ヴァルキリス・ギムナシオン。
ベリアステル聖神使国内において唯一の公的教育機関。
国家規模の組織でありながら、その内実は嘗て国家の最大戦力として活躍してきた歴代の
総敷地面積だけで国土の10の1を占め。
その教育施設は小国程しかない国土のあちこちに点在する。
首都に集められた校舎郡以外の大規模な戦闘可能な演習場やグラウンド、レクリエーション用の森林や極限環境再現用の高地等々。
多岐に渡る関連施設は各地にあり、区画が全て転移方陣で連結されて学校の何処からでも気軽に利用する事が出来るという優れものだ。
クラスという概念が無く。
基本的には巨大な講堂のあちこちで講義をする講師の下へ自分の足で歩いていって必要な教えを受けるフリースタイルを取る。
其処は言わば、自分達の家では教えられない魔術や技術の知識を学ぶ事が出来る学習塾と言って差し支えない。
集団行動というのはそもそも基本的には其々の家単位でしか行われないので集まる生徒達にあまり纏まりが無いというのは普通の事だ。
ただ、それでも本家と分家などの集まりや家々の連合や同盟等で親しい者が派閥を作って行動するのはよくある事でまだ幼いながらも上下関係というものを学ぶ場としては機能しているかもしれない。
『………』
巨大な一繋がりの白亜。
石を刳り貫いて構築された講堂はあらゆる部位に繋ぎ目が無い首都でも珍しい建造物だ。
煉瓦造りや木造の立派な大家の館が並び立つ一角に聳える威容は大樹のお膝元という事もあって、コントラストも鮮やかに見る者の視線を捉えて離さない。
バベッジ家からも程近い講堂と待機場所である校舎郡が複合したギムナシオンの中心区画は複数の壁と特殊教練用の屋内施設が周囲に配され、外側から内部を伺い知る事が出来ない特別な造りとなっている。
だが、入ってしまえば、其処が細部にまで行き届いた彫金や彫刻、学習用の施設への装飾も神々しい……一種の神殿である事に気付くだろう。
これこそは五千年の歴史を誇る彼らの歴史を顕す彫刻そのものだ。
国民の大半が法術師の女という国家において美意識というのはそれなりに大事とされてきた。
そして、その美というものにも具体的に色々と種類がある。
機能美に優れたモノ。
単純に芸術性の高い美しいモノ。
方向性が違う多用な価値観における“美しい”が集う結果。
国家的な側面としてベリアステルは国民の容姿や芸術には煩いくらいに拘りがある。
他国の人間がギムナシオン内部に入り込めば、その数千年前から連綿と積み上げられてきた白亜の神殿内部に今は失われてしまった美を見出す事になるだろう。
舗装に使われた石畳に彫られた美しき神々の力を借り受ける象形である【意匠】や壁の装飾に施された精緻な樹木や草花の模様。
芸術家が見たら、滂沱の涙を流して喜びそうな場所。
それが別名で美の殿堂なんて言われるヴァルキリス・ギムナシオンなのである。
『………』
そんな施設の正門。
銀と青銅が組み合わせられた龍の彫刻横を通り、内部に入っていく生徒達。
彼女達の誰もが国家の未来と家の担い手たる若者だ。
少女達は他国から見れば、その容姿だけで誰もが良家の子女と言われるだろう。
だが、重要なのはそこではない。
門を潜っていく者の中には亜人や異種の容姿を色濃く残す人型も数多く。
完全な人間と見える容姿は半数程だ。
その誰もが法術師として国家に組み入れられる家々の子女であり、彼女達は別け隔てなく朝の挨拶をしたり、笑い合ったりしている。
神性管理社会。
この内部におけるヒエラルキーには種族や容姿や民族による区分がまったくない。
それどころか。
能力が高い者は容姿が人とはかなり違おうと羨ましがられるのが常だ。
人は区別する生き物だが、区別の基準が通常の国家の価値観の上に無く。
単純に家と祖国にどれだけの貢献を行えるかという点のみで判断されるベリアステルの常識は大陸中央諸国で言われる差別や偏見の無い世界という理想論に最も近い答えの一つと言えるだろう。
まぁ、それでも国家内部でしか分からない異なる者への排撃はあるのだが、殆どが種族的な容姿や所属する共同体や宗教や組織のようなものに対するものではなく。
家としての失態、それを犯した構成員に対する冷たい視線だとか、罰に等しい冷遇という面での“意見”に近い。
『………』
獣の耳を持った少女。
蜘蛛の下半身を持った少女。
鳥の翼を持った少女。
鱗の肌を持った少女。
人類種という枠の中でも確実に容姿だけで上位層に分類出来るだろう多種多様な肉体を持つ美しき乙女達。
これらを前にしてバベッジ家の使い魔は主の頭の上で優しげな瞳(黄色いボタン製)を向けていた。
殆どの生徒達が其々の家が持つ伝統的な衣装か。
もしくは複数の大家が推奨する法術師の制服。
要は魔術の各種能力を
バベッジ家の当主は現在……黒い東部式の制服に漆黒の
要は一部の好事家が略して語る衣装“ガクラン”と膝まで全身を隠す簡易マントである。
大陸に近代化の波が押し寄せて以降。
東部で開発されたこの制服のスタイルは少しずつではあるが、大陸全土に広まりつつある。
特に教育に力は入れているが、文化の高度化や近代化に出遅れた地方の国々では黒い生地に軍隊の制服にも通じるところがあるとかで人気の品だ。
ただ、それが一般的では無いどころか。
普通はドレス型の衣装が常用されるベリアステルにおいては注目と視線を悪い意味で集める広告みたいなものである。
つまり、「あんなのしか着せてもらえないのか」とか「かわいそう」とか「縫製が苦手なのかしら?」とか。
そういう憐れみにも近い感情を向けられる服なのである。
『………貴様、目立ち過ぎだろう』
金糸で鷹が縫い込まれた学帽やら羽織られた外套の色やら女性らしさの無い姿は丸っきりの男装だ。
そんなティアの肩に乗った黒い虎のような縫い包みがジト目(やはりボタン製)で呟く。
このベリアステルにおいてもそういう需要はある。
が、大抵そういった装いはまずそもそもソレが似合う種族や美観、容姿を持つ家や個人が着用するものでメジャーではない。
女性同士では子供を作れない為、
『後、オレは恨み事を忘れない。覚えておけよ。人形め』
ボソボソと一晩中箪笥の狭い場所に押し込められてご立腹なクオトラが呪詛を呟き続けていたが少女……いや、衣装のせいで男に見える少年はその声を無視した。
「………」
編入先は初等教育で三年目。
別にクラスは無いし、バベッジの家は徒党を組んでもいないので、まったく孤独に過ごして問題ないわけだが、まだ歳を二桁も越えない少女達の群れに混ざったティアが異物として人目を引くのは男性が殆ど生まれてこない絶滅危惧種である国家においては仕方ない事である。
ヒソヒソと少女達が噂し合うのも無理からぬ話だろう。
朝の日差しを吸収する漆黒の制服に変な縫い包み。
鞄一つを持って歩いているのが先代ヴァルキリスの家の者だと知れば、近付こうという輩がいるはずもなかった。
その上、背後には黒と白を基調とするスタンダードなメイド服を上半身に纏う人馬が控えているのだ。
珍問屋かと疑われても仕方あるまい。
「ハゥ?! 何故、こんな事に?! じ、自分は傭兵なのでありますよ!? そ、それに自分より確実に容姿の上な年下に混ざってお世話とか!? もはや苛め?! うぅう!? 職場の変更を!! 配置転換を希望するであります!! 御当主殿~~」
涙目で視線に耐えていた傭兵(今は雑用メイド)エシスはどうやら限界に達したらしくメソメソし始めた。
昨日の今日で老女から言われた傭兵以外の仕事。
つまり、諸々の雑務が現在その哀れな人馬の背中には背負わされている。
使用人がいなくて困ってたのよねぇ、とは朝からエシスの馬の下半身すらも覆う鞍付きメイド服を調達してきた元当主様の言葉だ。
一日、金貨十五枚。
これを前にしては贅沢な嘆きであろうが、実際村にいた頃から女性が行ってきた伝統的な仕事。
裁縫だとかの手仕事、家事炊事があまり得意では無かったエシスが人の世話をするというのは数百m先の得物を矢で仕留めるより難事であった。
「……そのままで」
チラリとティアが彼女を見てから呟く。
その言葉にもう観念した様子で『これは仕事これは仕事これは仕事』というエンドレスな自己暗示を呟きながら、書面で老女から手渡された注意事項……お付としての仕事を脳内に刷り込んでいく。
この異様な集団。
もとい変な一人と一匹と一頭を前にしては普通の生徒や従者、使い魔達は引き気味であった。
だが、そんな空気の支配する校門周辺に土埃を上げて爆走してくる物体が一つ。
『何でやぁああああ?!! ウチが何したって言うんや~~~~?!!?』
その悲鳴に思わず後ろを振り返った一行が見たのは道の先から巨大な影が物凄い速度で滑空してくるところだった。
化けものと言っていいだろう。
全長で8m近い真っ黒な鳥類。
カラスが何かを追っていた。
その滑空速度よりも速く。
校門内部へとスライディング気味に突っ込んできた人影が咄嗟の判断で退いたエシスの横を通り過ぎ、そのまま少年に激突し、それでも止まらずに宙を舞って一緒くたに四回バウンドして校舎の壁にめり込むようにして止まった。
巨大なカラスは校門の寸前で高くほぼ直角に上昇してから悔しそうな鳴き声を上げて、ギャーギャーと上空で騒ぎ立てている。
「だ、だだだ、大丈夫でありますか?!! 御当主殿!?!」
慌てて駆け寄ったエシスが最初に見たのはティアではなく。
それに覆い被さるようにして片手で頭を押さえる少年と同年代の少女だった。
栗色の髪をツインテールにした吊り目がちの容姿。
眉目は整っているが、何処か親しみ易い表情を浮かべる様子からは闊達な印象を受けるだろう。
髪を束ねる白いリボンが背後で地面に付きそうな程長く伸びて揺ら揺らしながら首を擡げているのを見れば、それが彼女の使い魔の一種だと普通の魔術師なら分かるかもしれない。
「いったー。何してくれてんねん!!? どこ見て歩いとるんや?!!」
「………」
「ん? あんた見掛けん顔やな。新入りか? そうか。じゃぁ、自己紹介せなアカンな」
独特な訛りのまま。
まだ一言も発していない相手に間髪入れないトークで喋り倒す様子は確実に異様だったが、周囲から少女に向けられる視線は温かい微笑だ。
「ウチはエインティート!! エインティート・アスタルシオや!! よろしゅうな。新入り!!」
元気一杯にニカリと笑った少女の顔は清々しい。
少し太めの眉と愛嬌のある表情は彼女が人に愛される性質である事を如実に現していた。
「初めまして。クリスティア。クリスティア・バベッジです」
「ん? ばべっじ? 何やったか? どっかで聞いたような」
上から退いた少女に手を貸して貰って立った少年がペコリと頭を下げて、エシスの隣まで戻る。
その肩では目を回したらしきクオトラがグッタリしていた。
「ま、いいか。思い出せないっちゅう事はどうでもいいって事や。ま、これからも仲良くしてくれ。ほな、ウチはこれから法術の講義受講せなあかんさかい」
ヒラヒラと手を振ってエインティートが校舎内部へと慌てて走っていく。
台風に巻き込まれたような様子で埃塗れとなったガクランを慌ててエシスが魔術で綺麗にし始める。
「だ、大丈夫でしたか!? 御当主殿!?」
「……行こう」
「は、はい」
歩き出す雇い主にも等しい少年にイソイソと人馬女が付いていく。
その背後では同年代の少女達が彼らの背中を見ていた。
講堂とは逆方向に進む姿にツッコミを入れる無粋で心の優しい者はその場にいなかったのである。
*
ベリアステルにおける学校とは通常の国家が言う教育機関とはニュアンスと赴きが聊か異なっている。
その最大の点は教育されるのは法術師としての基礎などではなく。
現在時点で国家が一般化していない最新鋭の知見と技術。
要は未だ国内に出回らない情報や経験則や体験の類である事だ。
それは何故か?
答えはベリアステルが基本的な部分で個人に分業化を行わせないからだ。
これは法律により罰則付きで定められており、特定の条件や国民的な結論において分業化するべきだとの結論が得られない限りはあらゆる仕事とその作業に関して他者に阿る事を禁じているからである。
軍営国家。
つまり、軍を賄う為に全てのリソースが注ぎ込まれる共同体。
家営国家。
つまり、家を続けていく為にあらゆるリソースを注ぎ込む共同体。
この二つの特性を併せ持つベリアステルでは赤子や幼児の時を除けば、如何なる門地の者も何事も全て自分で行えるよう教育される。
この“何事も”というところがまず常軌を逸していると国外の者は言うだろう。
食物が食べたいのならば、それの原材料の作り方までをもベリアステルの母親達は子供に教育するのだ。
自分で使うものは自分で。
今の段階では個人的に“出来ない”と判断された場合のみ家族からの供給を受けて良い。
そう誰もが育てられるのである。
こういった無理難題を支えるのはベリアステルが国家規模において行っている知識の集積と再分配。
税というものがそもそも存在しない国において、それの代わりとなるのは知識や経験に即した技能やそれを使ったあらゆる物質的な成果、行動。
人々はその多くを家と国家に納付、貢献という形で提出を義務付けられている。
これらを用いた知識が一般化され、各家での教育に使用される為、根本的にヴァルキリス・ギムナシオンはどんなに対象者が幼かろうと高度な教育しか行わない。
テストというものも無ければ、点数というものが付く事も無い。
単純に学びたい奴が学べという半ば放任主義にも近いスタンスが取られているのである。
故に生徒達の多くは他国の大学で言うところのカリキュラムは選んだもの以外受ける必要が無い。
道徳や集団行動、社会的な適性というやつを育てるというのが学校における意義の一つであるのは他国ならば、頷ける話であるが……ベリアステルでは家と家の繋がりの上からそういうものは学ばされる為、ある意味では特定の人間以外とは関わらずに過ごして構わない。
何が言いたいのか?
つまり、ヴァルキリス・ギムナシオンには数人から十数人程度の小グループはあるが、それ以上の規模での纏まった集団は子供の数が多い、それなりに大きな家、もしくは複数の家同士の同盟や協定、親類関係にある者達くらいしか存在しない。
「調子に乗ってる恰好の子って貴女?」
その大人数の集団が全て子供である。
大人の社会においては関係の複雑化や倫理観や道徳、打算や妥協や合理というものが考慮されるのだが、まだ幼い彼女達にとって、その関係上のヒエラルキーは単なる優秀さ。
つまり、この場合は純粋な戦闘能力の高さで決まる。
「何か言いなさいよ。あんた、あたしを誰だと思ってるの?」
強い存在を頂点に据えるという時点で集団の頭、トップが特定の性質を帯びるのは人間の常だ。
要は猿で言うところのボス猿。
強さそのものが偉さとイコールであるという弱肉強食社会にありがちな傲慢さ。
それを隠そうともしないのは―――如何にも筋肉質な少年よりも少し年上くらいだろう黒鬼の少女であった。
法術師の制服を着込んだ集団の中。
上着を羽織っただけで胸を紅い水着で隠しただけの姿。
腰から下はちゃんと隠れていたが、それにしても自らの筋力を誇示する為の装いは所々露出が多い。
「誰?」
『(こいつは黒鬼か……二流辺りにいる戦列歩兵役の家の一つだ)』
エシスが『いじめ?! いじめでありますか?!! でも、傭兵は本国人に戦闘以外で手を出したら、アウトなのでありますよ!!? 自分はど、どどど、どうすれば?!』と後ろでアワアワ右往左往する最中。
複数ある講堂の裏手で少年はクオトラを肩に乗せたまま、絡まれていた。
「だ、誰って言いましたよ!? 姉さん!!? この人!! ギムナシオンの年齢別で同年代のトップに一番近いって言われる姉さんを誰って言いましたよ!?」
「姉さんはすごい!! 姉さんをしらないなんてモグリ!!」
腹筋の割れた黒髪の黒鬼少女の後ろでは彼女よりも1歳か2歳くらい年下だろう幼い男のような恰好……つまりは弟に見えるだろう愛らしい顔の似た少女が二人。
心底、姉の強さを疑わない様子で強気な発言をしている。
その後ろにはどうやら家族ではないらしいものの。
赤鬼に青鬼と同じような鬼人の子供達が二歳くらいの幅で年上から年下まで十数名揃っており、生意気そうと思われて狙われたに違いない黒尽くめな少年をジロリと睨んでいた。
「何処の家だか知らないけど、この年齢の頭を張る一角のあたしを差し置いて黒い服だなんて!! ちょっとなってないんじゃない!!」
眉が太めで身体の線がしっかりした彼女は少年と同年代程の背丈ではあったが、それでも十分に強さを体現しているようにも見えた。
『(面倒臭い……後でこちらの身分を知れば、青ざめるだろう。適当に謝っておけ)』
「誰?」
「?!! あ、あたしは!! あたしの名前はガルジュア!! ガルジュア・ガルドス!! 覚えておきなさい!!!」
気圧される事もなく平然と訊ねられ、ガルジュアと名乗った黒鬼少女はイライラした様子で拳を僅かに握り込む。
『(オイ?! せっかく相手は頭が弱そうなガキだというのに何で喧嘩を売る!?)』
サラッとクオトラの意見と言葉を無視しつつ。
ペコリと頭を下げて、何でもなさそうに少年が踵を返して再び目的地へ向かおうとすると。
ガルジュアが片手の指を鳴らした。
すると、サッと鬼の子達が少年の行く手を阻むように展開し、すぐさまに囲む。
「貴女、どうやらあたしを怒らせたいみたいね。何か喋りなさいよ!! それともあたしに逆らおうって言うの!! このあたしに!! この下級三期の中で身体能力と近接格闘能力4位のあたしに!!?」
『(四位。それも自慢に法術が入ってない……こいつゴミだぞ。ウチの国で法術が使えない前衛なんぞ、後衛が生きた壁くらいにしか思わん人材だ)』
クオトラの耳元への酷い呟きに少しだけキロリと視線を向けた後。
少年が目の前の相手をジッと見つめた。
「な、何よ!? その変なボソボソ喋るぬいぐるみ!? それでも使い魔なの?! はん!? そんなのが無きゃ落ち着かないの? 随分と子供ね!!」
相手の冷静さに不機嫌の階段を上り詰めつつあるガルジュアがクオトラを取ってやろうと手を伸ばしたが、その手が少年に払われる。
結構良い音がして。
その瞬間、少女が沸騰した。
「もういいわ!! そこらを結界で固めて!! 人が下手に出てれば、いい気になりやがって!! 此処でどっちが上か分かるよう……ぶっ潰してやる!!」
鬼の子達が周囲に広がって、何やら短く呪を紡ぐ。
すると、建物と周囲数十mを這うようにして外界からの認識を隔絶する結界が起動し、周囲に複数の蒼や赤の魔力を帯びる斑な魔術方陣が曼荼羅のように張り巡らされた。
敵意を向けた少女が僅かに拳を半身に構え、ミシッと音がする程度に全身の筋肉を膨張させて、一直線に突撃してくる。
『(一応、解説してやる。ベリアステルにおける戦列歩兵役の前衛は捨て駒というよりは使い回しの利く盾や肉壁の類だ。防御力、耐久性、あらゆる魔術と既存の火砲やそれに類する飛び道具を受け切って、近接系の敵からの時間稼ぎを旨とする。まぁ、集団戦に限った話だが)』
クオトラの言葉は全て今のところ圧縮言語で極々短時間の内に少年の脳内へと響いている。
その間にもガルジュアの拳は少年の顔面に迫っており、当たればただでは済まないだろう。
子供とはいえ。
仮にも腕力に優れる鬼の一撃。
普通のベリアステルの子供達は常時展開型の防御方陣を身に纏っているが、少年はそんなものを使用してはいないのだ。
当たれば、簡単に鼻が陥没して命も危うい。
「………」
ヒョイと。
本当にそんな擬音がしているのかと思うような不意打ちで少年の掌が先にガルジュアの顔を覆うように軽く掴んでいた。
「え―――?!」
思わず動きが止まった黒鬼少女は何が起こったのか分からずに一瞬の不安に囚われたが、すぐ自分の目の前の暗さが何の為かを理解して、更に頭を沸騰させた。
「こんのぉおおおおおお!! 舐めんなぁああああああ!!!!」
ビキッと額に青筋が奔る。
それと同時に純粋な黒の魔力が少女の身体を覆って、簡易の身体能力強化用の真皮内に敷設された方陣を起動させた。
それは幾何学模様が入れ込まれた丸く小さな陣を身体の関節に沿って配したもので、連動する陣が次々に全身の強化した肉体の力を蓄積し、動きに合わせて四肢の先端に威力として出力するように調整されている。
簡単に言えば、その方陣は通常なら鍛錬などで手に入る肉体での徒手空拳での威力の出し方を増幅、補正、補助しているのだ。
法術自体が得意ではなくても、国家から持たされる叡智の欠片、情報の利用、事前の準備というものがあれば、国外なら一角の術者が使って然るべきだろう技も子供が使えてしまえる。
それがベリアステルにおける常識だった。
無論、そんなものを喰らえば、少年の身体には穴が開く。
当たれば、の話であったが……。
「は?」
思わず。
本当に思わずガルジュアがそんな声を上げた。
一端ステップで距離を僅かに取り、その上で陣を起動して殴りかかったのだ。
しかし、また、自分の顔面がいつの間にか手によって塞がれている。
それはどうしてなのかと混乱するのも無理は無いだろう。
相手の動きは見えていた。
見えていたのだ。
なのに顔を掴まれる瞬間だけ意識が飛んだような錯覚がする程に突然、暗闇に包まれるとは奇奇怪怪。
面妖に過ぎる。
そして、トスンと軽い音と共に黒鬼少女はその押しても引いても倒れなさそうな身体を後ろに倒されて、強か後頭部を地面にぶつけた。
(な?! あ、あたしが倒された?! 地面に?!! 真正面から?! お母様達にだって今じゃ倒すのも難しいって言われてるあたしをあんな細い身体で!?)
耳から周囲のざわつきを感じ取って、これではいけないと目の前にいるはずの相手に再び拳を放つガルジュアだったが、手応えは無く。
彼女が見たのはようやく暗闇から開放された瞬間には制服の埃をポンポンと払っている少年が後ろで今もアワアワしている人馬の鞍の下に付けられている鐙《あぶみ》へ片足を掛けて、手で鞍を掴み、逃げるよう促している姿だった。
「に、逃げるな!? 卑怯者!?」
「行ってくれる?」
「は、ははは、はいであります!!」
エシスが言われた通りに走り出す。
それに馬鹿めという顔をした鬼の子達だったが、方陣の端に接触する前に少年がクオトラにボソリと呟く。
それに物凄く嫌そうな顔?をしながら、クオトラがボソボソ圧縮言語で呟きを零した。
『く、この身体なのだぞ!? 魔力も寄越さずソレか!? 覚えていろ人形め!!? 今日のところはあの汚そうな手に触られるよりはマシだから手伝ってやるがな!!』
短い呪よりも更に短く半秒以下の声のようなものを縫い包みが発した瞬間。
結界の一部が崩壊して、エシスがその隙間を駆け抜けた。
今まで方陣を維持して観戦する事で手一杯だった鬼の子達が呆然としている合間にも一人と一体と一匹が講堂の角を曲がって消える。
その直後、パリンと結界の一部が割れて上空からシュタリと何者かが着地した。
「誰や!? こんな朝っぱらからお粗末な集団結界なんぞ張りよって!? 風紀委員舐めとんのか!? あ!? またお前か!? ガル!! ええ加減にせえよ!? 新入り入ってくる度に因縁付けまくりとか!! ウチが毎回毎回、他の家の従者に謝ってやってるんやで!? ちょっとはそういう人の気持ちとかをやなぁ……?」
呆然とした様子で未だ結界の隙間を見つめ続ける様子のガルジュアを怒突き倒そうと思っていたマシンガントーク少女。
エインティートが何やらざわつき続ける鬼の子達を見回して、ようやく立ち上がった同年代の友達に話し掛ける。
「何や間抜け面曝してからに。何かあったんか?」
「………名前……」
「あん?」
「名前、聞いてない……名前ッッ!!」
「ど、どないしたんや!? いつものお前らしくないで。白黒ハッキリさせたら笑顔でバッチシ決めんのがいつものパターンやないか?! 何で泣き入っとるん!? というか。今日の被害者は何処におるんや?」
「名前ッ、名前教えろおおおおおおお!!!?」
その絶叫は少年には届かず。
微妙な雰囲気の中。
エインティートは友達の様子からゴッツイ奴と戦ったんやろなぁ、と肩を竦める以外無かった。