※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第四章三節「出稼ぎ人馬の細腕傭兵日記Ⅲ」

 

 朝から新入生への歓迎(手荒い)を経験したバベッジ家一行は構内を彷徨いながらもようやく講堂の一角、自分達の受講する講座を受け持つ講師の下へやってきていた。

 

 と、言っても部屋の扉には『只今、外出中』のプレートが下げられ、その横の箱にはレポート用紙……受講予定者間の対戦リストのみが寂しく数枚置かれているだけだった。

 

「………」

 

『こいつは戦者の養成講座か? 対戦表だけとは随分とお粗末だな。場所と時間指定と相手のみとは手を抜き過ぎだろう』

 

 クオトラの言葉は最もだ。

 

 しかし、人気の無い講堂内の通路の端にある部屋は何も言わないし、愚痴を聞いてもくれない。

 

「きょ、今日はこれで終わりでありましょうか?」

 

 少しだけ嬉しそうに背後のエシスは己の尻尾が揺れている事にも気付かず訊ねる。

 

 自分より美形な年下しかおらず。

 

 無粋な程ではないが、注目されまくりで通路を歩いてきたのだ。

 

 これならお屋敷で雑用メイドらしい仕事をしていた方が百倍マシという内心が透けて見える。

 

 そんな様子の従者にクオトラが溜息を一つ。

 

 前途多難そうな少年の学校生活の出だしに付き合わされるのかとげっそりしていた。

 

「………」

 

『オイ。どうした? 人形』

 

「今日の十時に対戦って書いてある……」

 

『は? ん?』

 

 用紙には細かい文字で注意事項が書かれてあった。

 

 時間厳守。

 

 不戦敗で退講させる。

 

「十時でありますか。ええと、今の太陽の位置が……」

 

 田舎暮らしの永い人馬が文明の利器も使わずに時間を計ろうとしてクオトラがゲンナリ呟きを零す。

 

「後、三分だ。第四講堂付きの練武場大舞台……ここから走ったら10分は掛かるな」

 

 煌びやかな装飾の施された遺跡の如き通路は走ったらダメ絶対という空気を醸し出しており、事実として走るような生徒を其処に至るまで三者とも見掛けていない。

 

 で、ある以上は歩いていくしかないのだが、それもまた時間に間に合わない。

 

「な?!! そ、そそそそ、それは大変であります!? 主に自分の雇用条件的に!? 一項目でも御当主殿が講義で芳しくない結果を出したら、即解雇なのでありますよ!? ど、どどど、どうすれば!? ハゥ!? 就業一日目で解雇とかもう嫌でありますよぉおおお?!!?」

 

 クオトラを掴んでガクガク揺さぶり始めたエシスが涙目で錯乱する。

 

「うお?! や、止めろ!? 止めろと言っているだろう!? この駄馬!!? クソ!? あの老害にまたいびられるのはこちらとしても願い下げだ!! この魔力集積中に無駄な力を使わせる感じ!! あの老害の仕込みじゃないだろうな!?」

 

 言った傍から時間が消費されていく事を鑑み。

 

 クオトラがバリッと自分の爪でエシスの指を引っ掻き、そこから得た血を地面に降り立つと同時に素早く地面に描き付ける。

 

 すると、そのただの円の内部に方陣が浮かび上がり、転移の燐光が三人を包んで瞬間、別の空間へと跳ばした。

 

 *

 

―――ギムナシオン第四講堂付大練武場。

 

 燐光がその広大な屋根の裏。

 

 鉄骨の梁の内部に現れたと同時に人馬もろとも少年が舞台の上に落下する。

 

「はひゃあああああああああぁああああぁあ?!!?」

 

 自由落下で25m程の距離。

 

 転移を使った飛び降りにも等しい行為。

 

 しかし、エシスの身体が途中でフワリと浮いて速度を殺し、静かに着地へ成功した。

 

「び、びっくりした~~。あなた達ダメだよ? 急いでても転移であんな上に出てきたりしちゃ」

 

「あ、あ゛り゛がどうござびまず~~~ッッ!!!?」

 

 自分が馬刺しになるような走馬灯を見てしまったエシスは一気に恐怖が押し寄せてきたのと同時に涙と鼻水を零して、その自分を救ってくれたらしいリング上の何者かに抱き付いた。

 

「きゃ、え、あ、ちょ、そんなに抱き締められたらくすぐったいですよ?!」

 

 少年が何事も無かったかの如く着地に成功した後。

 

 そのエシスに抱き付かれている少女を見た。

 

 エインティートと名乗った少女くらいの歳だろう。

 

 無邪気な様子の彼女はまず何よりも他人に注目されるだろうモノを持っている。

 

 金色の虹彩には紅の幾何学模様の亀裂。

 

 超常の力の保有者である事は間違いない。

 

 その顔立ちは東部風で眉目秀麗ではあったが、二重の大きな瞳に童顔、背の小ささも相俟って幾分か幼く見える。

 

 その衣装は白い鱗が鏤められたワンピースタイプの法衣に近い。

 

 ただ、子供らしさとは無縁の手足の太い竜が銀糸で意匠として両袖に縫い込まれているのが、とても印象深く。

 

 何か特別な存在なのだと見る者に思わせる。

 

 歳相応なのはスカート部分が短い事。

 

 また、白で統一された靴の横に桜色の花びらが刺繍されているくらいだろうか。

 

「は?! 自分は何を!? つ、つつつ、つい!? ご、ご無礼をどうぞお許し下さい!!」

 

 我に返ったエシスがようやくハッと自分のしている事に気付いてズザァァァッと後ろに下がり、平謝りに土下座した。

 

「い、いえいえ、その、少しびっくりしただけですから」

 

(な、何という寛大な心の持ち主でありましょうか!?)

 

 エシスがその何処か造りものめいた出来過ぎ感のある微笑を浮かべた少女に感動している合間にもリング外から内部へ声が響く。

 

【部外者は舞台から退出して下さい。これよりペイル・シュターゼン講師の戦者育成講座の受講者戦を行います。情報取得は自由。観戦自由。場外からの後援不可。使い魔の持込自由。尚、講師の意向により死んだ場合の蘇生措置が神々から受諾されており、本受講者戦では死亡及び本人の降伏宣言、完全な戦闘不能が撃破条件となります。では、神々の名の下に祝福在らん事を】

 

 何が何やら分からないまま。

 

 エシスが慌てて、その白い白亜の舞台から駆け下りる。

 

 すると、もう周囲には十数人の少女達が観戦していた。

 

『(シュターゼン? 何処かで聞いたような……まぁ、いい。オイ!! 人形!! さっさと終わらせて、あの老害の家に帰るぞ!! 今日の受講予定は此処だけだ。オレは魔力集積に忙しい!!)』

 

 チラリと肩の縫い包みを見た少年が鴉羽織内のガクランからゴソゴソと何やら取り出し、ビリッと褐色のテープらしきものを引っ張り出すと途中で切って、口元へベッタリと横一文字に貼り付けた。

 

『ムギュフ?!』

 

 何だソレは!?と驚くクオトラだったが、声が出せない事に気付いて、こんなもの何処で手に入れたと言わんばかりに怒ろうとしたものの、すぐ身体も肩に吸い付いたように離れないのを悟って、そのテープが一種の封印の類だと理解した。

 

「あ、新しく入った人だよね? 名前、何て言うのか教えてくれない? わたしはユイハ!! ユイハシア・ミリステル!! 数ヶ月前に中央諸国のアルヴィッツから転校してきたんだ」

 

「クリスティア・バベッジ」

 

 その歳相応の愛らしい元気一杯の笑みに少年は短く自分の名前を告げるに留まった。

 

「バベッジ? えっと、何処かで聞いたような……」

 

【戦闘準備を。10秒後、開始されます】

 

「あ、はい。じゃあ、バベッジさん。よろしくお願いします」

 

 ユイハが頭を下げた後。

 

 チラリと左手を見やる。

 

 すると、その手の中に白い杖。

 

 それも機械的な工作で作られたと思われる鋼の儀仗が何も無い空間から現れた。

 

「この子は【機械杖《マシンナリー・ワンド》】の【灼凝(フラムタン)】。大陸中央で一般的な魔導(ハイクラフト)と電子噐械学(エレクトロニクス)を掛け合わせて造る儀仗なの。ママのお師匠様からのプレゼントなんだ。ほら、挨拶して?」

 

『………緊急起動。トリガーオープン。対象を第一級危険個体と推定。これより霍乱機動に入ります』

 

「え?」

 

 機械仗が一瞬明滅したかと思うと周囲の明度が落ちた。

 

 それは杖の上部に付けられた七角錐状のメイスのようにも思える部分が瞬時に展開し、内部から割れて花弁の如く開いたからだ。

 

 中央にある玉石。

 

 その銀金《ミスリル》製の中核部分の表面には0と1の羅列が延々流れており、瞬時に生成した通常のものとは違う意匠も文字も無い方陣を一気に多重展開、周囲のあらゆるエネルギーを吸い上げ、【半無限機関(レモン・マグナ)】としての機能を開放した。

 

「あう!?」

 

 術者の安全を最優先に。

 

 彼女の背中に魔術で出来た鋭い銀製の装飾剣にも見える翅が六対十二翼展開され、急速に高度を上げていく。

 

 その翅はまるでレリーフのように刀身のような全体を刳り貫かれており、風通しの良さそうな部分には魔力の膜が張られていた。

 

【空間創生結界起動。全方位3km圏内の完全封鎖完了。戦闘開始】

 

 上空に舞い上がったユイハは鉄の梁にぶつかるかと思われたが、その寸前で二人の周囲の結界が空間を生成。

 

 一気に拡大して外界から隔絶。

 

 内部は夜明け前の薄明かりの中、白亜の大地と地平線だけの世界へと塗り変わった。

 

 空と大地以外建造物も無い世界。

 

 しかし、それは同時に広い何も無い空間で実力だけで敵と相対するという事になる。

 

 ユイハの姿は上昇していく間にも分裂し、其々がランダムな起動を取りながら少年から遠ざかりつつ、翅の周囲に展開された方陣から魔力弾を高速で連続射出し始めた。

 

「どうしちゃったの!? と、止まって!? いきなり、こんなの撃ったら魔力が?! え?! な、何コレ?! 力が溢れて―――!?!」

 

 術者本人が驚いている間にも小さな魔力弾の小雨が少年のいる大地を覆い尽くした。

 

 規模が小さいからと言って威力が無いわけではない。

 

 魔力弾というのは魔力の凝集体を運動エネルギーや熱、光に変換しつつ威力を確保する。

 

 だが、その威力自体は魔力の量よりもむしろエネルギーの凝集の仕方による。

 

 つまり、100の魔力を10の空間に押し込めた弾よりも0.1の空間に押し込めてエネルギーを出力させた方が威力は高いのだ。

 

 敵の方陣の特性や密度、敵の構成物質、防具の分子結合の仕方にもよるが、少なくとも【灼凝(フラムタン)】の放った魔力弾の威力は人間の身体どころか厚さ100cmの鉄板すら打ち抜く代物だった。

 

 それが絶え間なく降り注げば、どうなるか。

 

 少年の周囲は白い白亜の大地が微細に砕かれた土埃で見えなくなっていく。

 

「止めて!? どうしてこんな!?」

 

 ユイハの声に相棒たる儀仗は答える。

 

『術者保護の観点から制止不可。敵に凝集弾効果無し。変換エネルギーを電気、斥力、熱量、魔力弾による常時ランダム射出に転換。攻撃開始。続いてランチャー起動。【重力崩壊陣(バニシング・グラビティー)】【分子運動制御陣(ムーブメント・ゼロ)】【大重獣(オーバー・ハウンド)】連続励起開始』

 

 未熟な術者の意見を全てシャットアウトした機械杖が魔力を人型に偽装した実態のある幻影の全てと連動して複数の魔術を演算。

 

 幻影そのものが回路としての役割を担い。

 

 同時に術を多重構成。

 

 最終的に少年のいた土煙を取り囲むようにして合計二十一枚の方陣が其々三つの術を七つ同時に【擬似詠唱《ディス・キャスト》】した。

 

 その攻撃手段は単純計算にて21×3×7。

 

 441の攻撃が最適なタイミングで放たれる。

 

 第一段階は少年の周囲を黒い方陣が多重で囲む形となった。

 

【重力崩壊陣(バニシング・グラビティー)】

 

 あらゆる重力・斥力・分子間力の類を全てを意味消失(ブランクワード)レベルで特定空間内から除去する一撃が対象のいる周辺空間を襲う。

 

 この時、内部の物質はあらゆる構成を解かれ、汚泥に近い見た目となるまで徹底的に分子崩壊させられる。

 

 全てが曖昧と化す霧状の白い分子雲によって内部が閉ざされた。

 

 第二段階は蒼い方陣が黒の方陣に重なった上で厚みを持つよう積み上げられ、三次元的には筒の如く一定空間を封じ込める。

 

【分子運動制御陣(ムーブメント・ゼロ)】

 

 あらゆる分子から運動エネルギーを抽出する陣はどのような状況からでも敵の攻撃から勢いを失わせる鉄壁の防御であると同時にその内部に捕らえた対象のバラバラな分子の運動を任意の方向に揃えて捻じ曲げる事が可能だ。

 

 それはつまり、相手から熱量や運動エネルギーを奪い尽して、完全なる凍結を可能とする。

 

 この中に入って無事でいる生物など常識的には存在しない。

 

 絶対零度まで物体の温度を下げる事が可能な陣の本質はその極低温そのものではなく。

 

 内部から奪ったエネルギーの全てを任意に運用……内部の静止した物体を破砕する事に使われるという点にある。

 

 それは敵を氷結させると同時に微細な分子にまで構成を分解する事が可能という事だ。

 

 内部はまるで凍らされて機械で砕かれる果実の氷菓みたいな状態だろう。

 

 だが、それで全ては終わらない。

 

 第三段階は幻影を含めた二十一人のユイハが同時に掲げた機械杖の上にある方陣から“顕現”する。

 

【大重獣(オーバー・ハウンド)】

 

 ガリガリと0と1の方陣が軋みを上げる最中。

 

 その内側から禍々しい爪を供える獣の腕が飛び出し、自分の主に姿を見せ付けるよう顔を覗かせた。

 

「?!!」

 

 術者であるユイハすらも驚きに固まる。

 

 それは半径2mの方陣から迫り出して尚、頭部と腕しか出ない赤褐色の獣。

 

 大陸内の代物ではない。

 

 それは本来、異相と別世界。

 

 酷界と大陸の合間にある通り道をうろつく魔族の一種だ。

 

【七重頭(セプトロス)】

 

 異相内部の酷界と繋がる小道。

 

 その時折魔族が迷い込む場所を棲家として獲物を待ち構える狩人。

 

 元々は兇暴な上に話も通じないからと知恵のある同属から酷界を追放された存在である。

 

 酷界寄りの空間の流れにしか生息せず。

 

 下級や低級の魔族が偶然にでも出会ったら、命を諦めるのを推奨されるソレが二十一匹程。

 

 腕と首だけを相手に迫り出させて、口を大きく開いた。

 

 口内から巨大な口が次々に重なるように外へ迫り出して同時に喉の奥の一点に紅の光を生成する。

 

『オレがどうしてこんな人形のお守をしなけりゃならないんだ?!』

 

 何故、七重の頭と伝わるか。

 

 その理由が部位の複製能力だ。

 

 あらゆる身体機能、部分を七倍まで増殖させられるのだ。

 

 頭を潰したと思ったら他の六つに食い殺される。

 

 部位だけを重ねて強化すれば、単純計算で腕力は七倍。

 

 口内の器官を複製すれば、単純計算で威力は七倍。

 

 一つ二つが壊れてもまた七つに戻せる。

 

 全ては魔力で造った虚像だとも言われるが、そんなのはどうでもいいだろう。

 

 今、重要なのは魔獣の口内において生成された紅の積層魔力結晶が喉の周辺器官から同時に発生した爆圧で凝集。

 

 喉の奥から噴出した励起済みの魔力流で方向性を与えられ、爆縮後に発生したエネルギーで口内を5重までも焼き尽くしながら発射された、という事だ。

 

 正しく太陽を吐く獣とも言われるソレの 火炎(ブレス)が瞬間、結界内の全てを白く染め上げる。

 

『ようやく少しは溜まったと思ったらコレか!? あの老害に後で苦情を入れてやる!!!』

 

 身体を失ったとはいえ。

 

 それでもクオトラは元々が空間制御型の魔術師だった。

 

 神々からの加護をまったく使わずに御三家と呼ばれる家の次期当主三人から逃げていたのだ。

 

 どれだけ防御に長けた存在であったか分かろうというものだろう。

 

 新しい身体、ぬいぐるみに入れられてから十時間弱。

 

 さっそく体内に溜め込んでいた魔力を放出しなければならない事に愚痴りつつ、彼の魔術が煌々と白い耀きの中でも色を失わずに黒く空間へ焼き付き一枚の方陣を形成する。

 

『オレの防御を貫きたいなら、空間破砕系の術でも持ってくるんだな!!』

 

 二十一の極太の光線が少年の周囲で方向性を変えられ、まるで吸い上げられるかのように頭上で光の玉と化していく。

 

 空間歪曲による物理事象の近隣空間への投棄。

 

 また、最初に受けた重力崩壊陣を半ば乗っ取って防御方陣の駆動魔力を吸い上げていたぬいぐるみは機械杖からの魔力供給が停止するのを見計らって、火炎というには無茶がある頭上のエネルギー塊を二十一人の少女に向けて分割噴射した。

 

 緊急回避を選択した機械杖だったが、陣を乗っ取られた時に一瞬、制御系を経路《チャンネル》経由で攻撃されたせいで処理能力が落ちていたのか。

 

 本体以外の全ての幻影が光に貫かれて消滅した。

 

 それと同時に光の塊から出ていた噴流が一方向に細い糸状となって複数個所を貫く。

 

 回避軌道上を細い射線で塞がれた為、常時展開型の方陣では防ぎ切れないと方陣防御が数十枚前面へ多重展開された。

 

 十枚、十五枚、三十枚、三十五枚。

 

 次々に糸の如き噴流が方陣を貫いていくが、元々のエネルギーの水準が落ち始め、噴出しても糸状とはならなくなる。

 

 それを見たクオトラが単なる獄炎程まで熱量が落ちた頭上の光の玉に見切りを付け、少年に動くように促した。

 

 ティアが数mを軽く一足飛びで背後へ退く。

 

 すると上から炎の塊が落ちてきて、床の建材を熱し溶解させながらズブズブと下へと沈んでいった。

 

 その合間に機械杖からの攻撃は無かった。

 

 何故なら、術者が既に気を失っていたからだ。

 

 高レベルの方陣防御を重ね掛けするというのに術者へのアシスト機能の処理能力が落ちていた。

 

 だから、本人が負荷を肩代わりすれば、その当人の実力以上の力は容易く意識を奪うに足る。

 

『中央諸国の杖は許容量(キャパシティー)と並行作業は機能的で高度だが、どうにも術者を置いていく性質のようだな。一気に片を付けろ』

 

 少年がスラリと今までずっと腰に下げていた東部式の刀剣を引き抜く。

 

 前方で揺らめく炎を蹴り付けるように跳躍した身体が捻られ、一速跳びでユイハまで肉薄した。

 

 魔術による身体能力強化と跳躍時に足裏で運動エネルギーを放出する単純な動作だ。

 

 その程度なら法術師ばかりのベリアステルで出来ない者を探す方が難しい。

 

 だが、一つだけ違っていたのはその冷静さか。

 

 個人へ向けるにはあまりにも過剰な火力を受けて眉目一つ動かさず。

 

 完璧に肉体を御した者が放つ斬撃は左に擦れ違い様、機械杖の中心部である玉石と杖の接合を斜めに両断した。

 

 一気にアシスト機能が停止。

 

 ついでに方陣の多重制御、多重展開の負荷で恒常型の防御方陣が消え失せた少女が地面へ向けて落下していく。

 

 高度53m。

 

 少年は刀を投げ捨て、虚空でまた足裏から運動エネルギーを噴出させると、真下へ向けて跳躍。

 

 即座にユイハを抱き抱え、天地を再び元に戻して、段階的に魔術で減速した。

 

 最終的に地面へふわりと降り立つ事に成功する。

 

【勝者。クリスティア・バベッジ】

 

 少年に抱かれているというのに意識の無いユイハの敗北が告げられ、周辺の結界が解かれると。

 

 二人と一匹が立っていたのは最初にいた舞台の上だった。

 

 たった一つ違っていたのは周囲の人数か。

 

 少なくとも百人近い少女達が唖然とした様子で目を見張っていたのだ。

 

 その人波を掻き分けて大きな図体が舞台の上へと駆け上がってくる。

 

「大丈夫でありますか?! 御当主殿!? 思いっ切り自分なら即死しそうな攻撃を沢山喰らっていましたが!? 怪我はありませんか!?」

 

「大丈夫」

 

「そ、そうでありますか」

 

「この子を医務室に運んでくれる?」

 

「は、はい!! 了解しました」

 

 少年がエシスにユイハを渡す。

 

 それとほぼ同時に拍手が周囲で起こった。

 

『凄い!! やっぱり、ユイハさんは御三家のご息女なだけありますわ!?』

 

『いえ!! バベッジ家の方もやはりヴァルキリスの家柄!! 魔術らしい魔術も使わずに使い魔に攻撃を防がせて、杖を一刀両断!! まさしくクールですわ!! スマートですわ!!』

 

『さ、ささ、さっそくボールネスト家の新聞部にネタを持ち込みに行きますわ!?』

 

『やっぱり、シュターゼン家の講義受講者は格が違いますわね。二代前のヴァルキリス輩出家……今もその目は健在と言ったところでしょうか』

 

 ガヤガヤと姦しい少女達の群れが少年が舞台から降りると左右に割れて道を作る。

 

『(そうか。思い出したぞ。シュターゼンとか言う家。バベッジの前のヴァルキリスだ。確か先々代の交代時はあの老害が前任者のシュターゼンを完膚無きまでに破って華々しく勝利したとか。あの老害……自分の破った家に人形とはいえ当主を任せるとは……食えない狸だな)』

 

 そんなクオトラのどうでもいい解説を聞きながら、少年は医務室への道行きを周囲にいた少女達から聞き出し、ユイハを送り届けた足で学園を後にした。

 

 その日、話題となったバベッジ家の新入生が次期当主。

 

 いや、もう当主を拝命しているらしいと。

 

 さっそく情報を集めた観衆達の噂はすぐ光の速さで各大家へ伝わり。

 

 彼らの多くが鴉羽織の少年に注目する事となる。

 

 ただ、当主と愉快な御一行は初日から疲れた身体を癒す為、初めての家路を急ぐのだった。

 

 次の日、彼らが学園に現れる事はなく。

 

 ミステリアスが止まらないとばかりに噂には尾ひれが付いていく事になるが、それは明日の話。

 

 *

 

 エインティート・アスタルシオ。

 

 彼女が世に言う堅物が入るべき風紀委員として働くのは主に家の事情だ。

 

 家にいる17人の家族達の内。

 

 新参者である少女は大家が果たすべき役目の一つを適当に割り振られただけに過ぎない。

 

 御三家と呼ばれる【稀呪(ヴィクス・マギア)】の血統。

 

 大陸でも残り僅かとなった魔術師よりも前に発生した神々の力を受け継ぎし、法術師の一族。

 

 その一員ともなれば、果たすべき役目も自然と大きくなる。

 

 彼女自身は元々が母親が大陸中央諸国のアルヴィッツに留学中産んだ子供であり、物心付いた時から七教会が世界の中心に思える程度にはその内部で育ってきたチャキチャキの近代化(レボリュション)の申し子である。

 

 世界が平和である事を自分の祖国に戻るまでは信じて疑っていなかったし、近代化を誰もが歓迎するものではないにしても、人々を幸せにしていくものだと感じていた。

 

 だが、世は広い。

 

 自分のいた世界が造られた箱庭並みに繊細で世界の極々一部の恵まれ過ぎた場所だと知って、エインティートは祖国の地を踏んでからというもの、学ぶべき事は多いと理解するようになった。

 

 祖国において七教会の評判はよろしくない。

 

 祖国そのものも周辺国からの評判はよろしくない。

 

 ついでに反七教会派に属する祖国における出戻りの留学生の子供は興味の対象であると同時に世間知らずと見なされた。

 

 それも無理は無いだろう。

 

 人類の普遍的な文明の発展とは無縁の国だ。

 

 分業ではなく。

 

 全ての事を個人で出来て当たり前の世界。

 

 神の加護と人自身の手による数千年にも及ぶ血統改良。

 

 その後継者達を【良血種(オールワーク・ブラッド)】とすら周辺国は呼ぶのだ。

 

 この血統に連なるだけで誰もが生まれながら勝ち組。

 

 貧困に喘ぐ事も無ければ、階級による差別に曝される事も無い。

 

 このような社会の事を何も知らないのは彼女のいた地域では普通だ。

 

 家というものを軸に据えた神性管理社会。

 

 これが人類という種を合理的に何でも出来る自己生存能力に秀でたモノとして改良する為のものだと知れば、大抵の者が自由という言葉の空虚さを知る。

 

 普通の人々には不可能だろう多種多様な仕事に対する適性。

 

 精神的、肉体的な資質は後天的な神の加護と連綿と子供達をより強くより強固により生き延びられるよう、幾多の親達が積み上げてきた叡智と遺産により更なる飛躍を見せる。

 

 このような共同体の中にあっては社会問題とは貧困とか精神的な退廃とか社会的な正義の後退とか、財政難とか政治の迷走とか過激な主義主張の台頭……そのようなものではないのだ。

 

 常識が違う。

 

 あらゆる意味での水準が違い過ぎる。

 

 ベリアステルにおける社会問題とは常に一つ。

 

 子供が自分よりも優秀に、裕福に、不自由なく高く舞い上がるだけの素質を備え、誰よりも最後まで生き残り、幸福な人生を送れるかどうか、だ。

 

 大陸中央諸国において神童の部類として他の子供達から慕われていた彼女にしてみれば、何故こんなにも簡単な事が出来ない相手が多いのか。

 

 そう不思議に思う事ばかりであったが、それは祖国に帰れば、普通の話であり、原因もすぐに分かった。

 

 初めて自分と対等。

 

 それよりも上の人物達を家族よりも多く見掛ける事で疑問は解消されたのである。

 

 人間はどうあっても先天的な性質から逃れられるものではない。

 

 また、自分の性質や個人としての資質が受け入れられるような社会でなければ、息苦しさを感じるものだ。

 

 彼女の母親はそれを分かっていた様子で祖国に帰る事になってから、多数の娯楽を失う不満が募っていた彼女に面白い所だからと宥めていた。

 

 それを娘は気休めだと感じていたが、その言葉は蓋を開けてみれば、真実だったのである。

 

 神童故に周囲からのやっかみの視線や嫉妬、その他の不の感情を向けられる事が無くなった。

 

 自分と競い合える間柄になれそうな人材が数えるのも不可能な程に沢山いる。

 

 これだけで案外人間というのは幸せなものだ。

 

 大陸中央諸国において流通する近代化後の娯楽は音楽、映像、文学、美術、学術、遊戯、その他諸々で莫大な経験し尽せない程の数であり、大きな魅力の一つであったが、それに勝るとも劣らない生活の張りというのが彼女を今包んでいる。

 

 その上、留学生にして母親を同じくする生まれた時からの幼馴染にして姉妹。

 

 御三家の次期当主を親に持つ他の二人の大親友が一緒となれば、この数ヶ月で彼女が飲み込めない不安や不満というのは殆ど無かった。

 

 しかし、その無かった事が現実となりつつある。

 

「ユイハちゃん!? 大丈夫なんか!?」

 

 火急の知らせで医務室へと慌てて駆け込んだ時。

 

 キョトンとした顔で寝台の上で身体を起こす大親友の一人ユイハシアを見つけて。

 

 エインティートはその場で脱力しそうになった。

 

「あ、ティートちゃん。どうしたの?」

 

「あのなぁ……ものごっつい戦争みたいな戦闘して意識不明って聞いたら、そらこうもなるやろ」

 

 ユイハの傍まで来て、身体の何処にも異常が無さそうな様子を確かめたエインティートは大きな安堵と溜息の中間のような吐息を零した。

 

「大丈夫大丈夫。ちょっと事故が起きただけだよ?」

 

「事故って……何でもそつなくこなすユイハちゃんがか?」

 

「あはは。何だか【灼凝(フラムタン)】の挙動がおかしくなっちゃって。本当にどうしたんだろう……」

 

「どうかしたんか? 不具合とか?」

 

「ううん。相手の人を精査した途端に知らないモードが発動したみたいで……勝手に戦闘始めちゃって……」

 

「勝手にて……そら不可解やな。アレってオカン連中のお師匠様製なんやろ? 値段は付けられん代物だって話やし。そもそも直せるんか?」

 

「う、うん。それはお母さん達が直せるとは聞いてる。けど……」

 

「けど?」

 

 何処か不安そうにユイハがゴソゴソと寝台の中から壊れた機械杖を出してくるのを見て、一緒に寝とったんかと呆れた様子になったエインティートだったが、すぐにその壊され方に驚いた。

 

「こらけったいな……これ切断されたんか? 確かこの子の構成材質って七教会の【高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)】の装甲端材なんやろ? これを此処まで見事にってのも凄いけど……まず何よりも基礎が壊されとる。中枢は大事無いみたいやけど、これ大修理やな」

 

「うん。大丈夫? 【灼凝(フラムタン)】」

 

『基礎素体破損。OSに問題無し。中枢ブロックのエラーコードを処理中』

 

「杖の部分を総取っ替えか。又は復元やな。ま、中枢さえ大丈夫ならどうにかなるやろ」

 

「うん……ねぇ。どうしてあんな無茶な行動したの?」

 

 己の機械杖に尋ねたユイハだったが、それに対する回答は以外なものだった。

 

『コード666。エラー』

 

「コード666? 何の問題や。教えてみい」

 

『コード666。エラー』

 

 エインティートが何度か質問したが、全て同じ答えしか返ってこない。

 

「どうやらこのコード666ってのが何かを知る必要があるみたいやな」

 

「……お母さん直し方は知ってるけど、機械には弱い方だから……」

 

「あ~せやな。ウルハかーさんはそういうのだけはダメダメやからな。ま、分からんもんは諦めとこ。とりあえずはこの子を直してやらなあかんって事で」

 

「うん。ティートちゃん。ありがとう」

 

 ニコリと笑むユイハにエインティートがポリポリと頬を掻いた。

 

「そういうの言われるとむず痒いわ」

 

「それじゃ、そろそろ行こうかな」

 

 寝台から立ち上がろうとしたユイハをエインティートが支えようとするも、大丈夫と手で制される。

 

「これくらいで参っちゃってたら、お母さんに心配掛けちゃうと思うから」

 

「ホント。ユイハちゃんは良い子さんやなぁ。ウチには付いていけん領域や」

 

「ティートちゃんだって、良い子だと思うけど?」

 

「良い子は夜更かしや大陸中央諸国からこっそり娯楽を直輸入したりはせーへんからな♪」

 

「あ、まさか、新しい音楽データ入ったの?」

 

 少しだけ声を潜めたユイハにコクリとエインティートが頷く。

 

「天謳の最新作や。負けてケチが付いたかもしれんが、今日はそれで気分変えようや。あ、そう言えば、聞いとらんかったんやけど、相手って誰だったん? 東部系の武芸術を修めとる家のもんか?」

 

「ううん。バベッジ家のクリスティアちゃんて言うんだ。暴走したこの子が止まってから助けてくれたのもその子なの」

 

「バベッジ? あ、ああ!! 今朝、会ったで。あの新入りか。黒尽くめで変なぬいぐるみ肩に乗せて、後ろに人馬の従者付けとる奴やろ?」

 

「う、うん。その子!! 男の子なのかな? 時間が無くてお話はしてないんだ」

 

「ま、あの子もまた明日来るやろ。その時にお礼言っておけばええんちゃうん?」

 

「う、うん。そうする……悪い事しちゃったし……それにもし止めてくれなかったら、あの子を必要以上に傷つけてたかもしれないから……」

 

「ごっつい術を重ね掛けしてたって聞いたけど、実際そんなにヤバイもんだったんか?」

 

「えっと……この子の中にデータが入ってた術みたいなんだけど……たぶん、途上国の軍隊くらいなら薙ぎ払えちゃう、かも……」

 

「そりゃあかん。即死級やないか。まぁ、この国なら蘇生ありやから、無しとは言えんが……教育現場で人死にはさすがにマズイ。報告せんと怒られるな」

 

「分かってる。今日、帰ったらお母さん達に話すよ」

 

「さよか。なら、今日はそろそろ帰ろ。風紀を乱しそうな連中には声掛け終わったからな」

 

「講義はいいの?」

 

「もう終わった。今日は全部提出して終わりなんよ。ウチ」

 

「うん。じゃあ、一緒に帰ろう。あ、今日休んでるフィーちゃんに何かお土産持っていかない?」

 

「フィーの奴は今日もリシェールかーさんの世話やろ。ウチの畑、今新しい果実試しとるんよ。そこから熟れたやつ持っていこ」

 

「うん!!」

 

 少女達が医務室を後にする。

 

 その主の持つ袋の中で今も0と1の情報を吐き出す機械杖の中枢は僅かに呟いた。

 

『緊急報告。製作者とのリンク不能……自動対処開始。対魔王汎用兵装の運用を認むる。元素集積、原子変換開始、構造材内部空間内で生成。完成まで残り―――』

 

 物騒な声は主に届く事無く。

 

 そうして緩やかに軽やかに時は過ぎ去っていく。

 

 新たな風が巻き起ころうとするのを誰が知らずとも。

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