第二章七節「支竜」
男が覚えている限り、その果て見えぬ戦列は国家一つを落とすに足るものだった。
二十五万の大兵団。
大陸の何処よりも超常の技能に特化した皇帝の軍。
その一番槍として愛馬に跨り駆けたのは今や遠い昔。
竜すら呑み込み砕き潰すと確信していた男の所属する第一列は皇帝に弓引いた武帝の若き英才操る四匹の竜を前に瓦解した。
【劫竜(エンシェント・ドラグラ)】
人類が未だ大陸で戦った事も稀な希少竜種。
武帝の言い伝えにおいて太陽神の騎乗したとされる一匹の火竜。
先遣隊からの情報によって用意されたのは五千度の熱にも耐えられる防御方陣。
前列第一層において槍のように作られた光の格子は巨大な【秘儀文字(アルカナ)】を回しながら、あらゆる火の加護を得て、戦士達を守るはずだった。
まるで人間一人にも満たないような大きさの竜は普通の竜と比べてもあまりに小さ過ぎて。
最初、第一列で突撃を掛けた者達は侮る事こそないものの。
倒せると確信していた。
だが、戦端が開かれ、竜を呑み込んだと思われた一万は・・・約九千近くが消し炭すら残らず蒸発。
竜の羽ばたき。
吐息(ブレス)ですらない。
緋色の翼から噴出した数万度を超える高温は陣形を大きく抉り、あまりの熱量に放出された恐ろしき中性子の波は残る戦列にも多大な影響を及ぼした。
最前列左端で突撃を掛けていた男が生き残ったのは距離と男の家が紡ぐ血統が齎す超常の力が優秀だったからだ。
火傷をしていない者もすぐに火ぶくれ、ブクブクと泡を吹きながら汚泥のように顔を崩していく光景を男は今も忘れない。
食い破られた陣形を突破するように地を疾走した影が続けて第二列へと炸裂したのは直後。
地竜。
幾万年を越えて生きるとされていた大地の化身は獣のような速さだった。
即座に目標地点へ到達した四足の竜は火竜のような翼は無く。
ただ、ぐるんと首を回したのみ。
そして、第二列二万の軍勢は一斉に土塊と化した。
石化の魔眼ですらない。
無慈悲に生物を大地へと戻す還元の魔眼。
その射程距離はあまりにも広く。
広大な平原に並んでいた陣の奥深くまで到達して。
鎧を残して誰もが土塊へと帰した。
痛みは無かったと後に研究者達は語ったが、定かでは無い。
観測によって変質を齎す魔眼の中でも最上級に位置する力。
それは魔術を持ってしても抗う事は不可能だった。
そうして、全ての指揮系統がズタズタに引き裂かれた直後。
姿を確認出来ていなかった二匹の竜の一匹が現われた。
その時、男は知る由も無かったが、確かに竜は兵達を襲った。
前日から曇っていた空から降り出した霧雨。
それは一切合切を融かし取り込むもの。
水竜。
おぞましき流体。
ドロドロに融かした生物の力を得て、保存し、再現する。
戦場に降る雨に肉体を、意思を奪われて、更なる危機は訪れた。
視界がけぶる世界に敵の軍団が現われた。
彼らは今まで傍で肩を並べていた同僚であり、上司であり、部下であり……竜に保存され、操られるだけの憐れなる人形と化した。
“再現”された誰もが融けていく同胞を涙ながらに殺していった。
地獄。
いや、地獄よりも地獄的な光景。
男は霧雨の中心地から離れていて、更に水の加護が特に強い家柄だったから助かっただけだ。
二十五万の軍勢はその時点で約七万まで減っていた。
そうして、最後に空は翳った。
雲の上。
厚い雲に覆われた空が夜のように暗くなった。
それがあまりにも巨大な物体が上空に存在するからだと彼らの誰一人理解しなかった。
魔術の加護も全てを防ぎ切ると信じた装備も歯が立たない。
ただ、己の運命だけを彼らは感じた。
風竜。
豪風も嵐も操らない巨大な浮遊物体。
最後に現われた大気を漂う存在は山脈の如き巨躯を揺すって、落下した。
轟々と大気は鳴動して。
これが教会の言う世界の最後。
審判の日であるならば良かったと兵達の誰もが思ったに違いない。
全てを押し潰す力はされど、仲間の竜を傷つけるかも怪しい。
(敗北が降り注ぐ丘に…絶望すらなかった我々が…生を諦めたのは自然な話だったはずだ。だが、終焉に顕れた。あの小さな背中を見て……我々は……)
男には見えていた。
見えてしまっていた。
それが悲劇か。
ふわりと風が戦(そよ)いで。
落下してくる巨大なモノの中央にポッカリと日の光が差して。
まるで天の身使いが降りてきたのかと誰もが錯覚して。
風竜の身体はまるで液体のように波打ち、薄く薄く空へと広がった。
血染めの空からは輝ける太陽。
雲も無い上空に美しい紅石(ルビー)を鏤めた絶景があった。
水の代わりに降ってくる血は透き通り、この世の物とは思えない地上の地獄を飾って。
虚空から、唯一人(ゆいいつびと)は、降臨した。
(超越者……あるいは……)
死の際にいる者も死に逝く者も死せる者も全て網膜にその姿を留めて。
息を呑む。
無論、竜達も。
人影は地の竜の視線を受けてポロポロと土塊を零し、それでも人の形のまま大地に降り立った。
水の竜によって融かされ、火竜の収束した黒い吐息(ブレス)を受け、それでも動いた。
本来ならば、黒い本流は熱と光を全て内部に押し固めたもので、接触した部分から熱と光を流し込む超常の絶技。
並の城壁ならば何層あろうと貫通するはずの一撃。
なのに、人影は腕を振っただけで火竜の一撃を消した。
漆黒の吐息が失せ、水の竜がブルブルと震え、地の竜が雄叫びを上げる。
地の竜は牙で襲い掛かり、水の竜は融かし込んだ兵達で襲い、火の竜ですら業炎と化して影へ突撃を掛けた。
(世界は震えなかった。余波も有りはしなかった。だが、確かに絶望を見た……)
超常の獣。
武帝において神とすら讃えられた竜達。
その末路。
地の竜。
鋼の牙を掴まれ、一撃の拳にて頭部を粉砕。
水の竜。
人影が足踏みした際の振動で組成が完全に崩壊。
火の竜。
正面から受け止められ、輝く二つの腕で鼻先から身体を断裂。
(馬鹿げていた。そうだ…馬鹿げていた…我々は何の為に命を費やした。人生を…後に残す多くの悲劇を……なのに、アレは……)
それは決して救いの手ではなかった。
無慈悲に理不尽に激甚の災害すら覆す何か。
人影がもしも化け物だったならば、男は決して、その場を離れなかっただろう。
しかし、ソレは化け物ですらない何かで。
―――辺りを見回した瞳には痛ましい慈愛の色すら在って。
涙を零しながら、男は逃げた。
他の誰もが同じだった。
神ではない。
人ではない。
化物ですらない。
吐き気がする程に人間の皮を被ったソレから。
(そう……ソレはたぶん……)
生物の根幹たる配列に刻まれた根源的恐怖は肉体を意思に従わせなかった。
見てはならないものが、感じてはいけないものが、誰の上にも絶望を降らせて。
人影は最後まで男達を見送った。
―――徒歩(かち)にて世界を歪める者の本性、それを男は知った。
助けても救いではなく。
哀れんでも手は差し伸べず。
それこそが事実。
人影は迷い無く。
己の為に人の尊厳も死も意味も価値も踏み躙って、手を下しただけ。
そこには大そうな理由も無かった。
神すら理由無き虐殺など行わないのに、人の歴史に手を出しはしないのに、ソレはただ自分の都合だけで全てを台無しにした。
(道端で見知らぬ他人の葬式に出会った時のような…声高に叫ばれる犯罪に興味を覚えるような……そんな、他愛ない愚かさで…アレは……)
最前列中央で死んだ男の親友に許婚がいた事も、水に溶かされた指揮官が兵達に酒を振舞う陽気な者だった事も、土塊と化した男の大切な人の事も、人影は知らず、分かろうともせず、無に帰した。
命掛ける理由。
人が全てを掛けて果たさねばならない結果。
それすらも、人影はただの“お節介”で片付けてしまった。
まるで人生という物語から要らないと決め付けた文字を消してしまうような。
そんな暴挙。
本能的に生き残った全ての者は感じ取っていたはずだ。
(人の人生を無かった事にした。竜を倒す為に貢献した者の偉業すら……)
後に生き残った多くの物達が直面した事態だけを述べるならば、単純だ。
亡くなった者の家族に親戚に友人に遺族に聞かれた。
お役に立てたのでしょうか?
●●●●は立派に国の為に身を尽したのでしょうか?
役に立ったと笑顔で応えられた者は騎士を辞めた。
役に立てなかったと悲痛に伝えた者はもう戦場に立たなかった。
沈黙を持って答えた者は頭を下げる以外無かった。
誰も“貴方の死んだ大切な人は何の役にも立たず、無駄死にでした。その代わりに魔王に助けて貰ったのです”とは言えなかった。
言えるわけがなかった。
バルデバラン・デオ・エイルム・ソシアニアは故に魔王というものをこう結論付ける。
―――人の世に在りて、人と為らざる、人の罪業。
男が抱いた恐怖は、男達が抱いた恐怖は、人の醜さへの恐怖だった。
全てを台無しにしてしまえる人間の本性。
命を掛けて戦った貴い御霊すら貶める所業。
圧倒的な力で虫けらの如く他者の人生を無為と成す超越者気取りの存在。
立ち向かえようはずがない。
戦争という醜悪の精粋に浸る誰もが。
抗い得るはたぶん全てを赦し、全てを受け入れられる者のみ。
それこそ聖人以外には無い。
人は己の醜さに耐えられる程強くはないのだ。
命を救われて、尊厳を奪われて、仲間の命を掛けた意味を否定されて、それで尚潔く死ねないと逃げ出した男達は……己に絶望する以外無かった。
「オレは貴様を認めない。認めて、など、やらな、いッ!!!」
もう夜明けの時間帯。
長いようで短い泡沫を見た男は紫雲の空を仰ぎながら、もう動かない体を横たえて、少年に言った。
「そう……残念に思うよ……」
男の剣はもう毀れていない場所が無い程に崩れて、石畳に突き刺さっている。
少年はその横で一筋刻まれた頬の傷に微笑んで座っている。
流れていく血は輝き、失せて。
仄かに辺りを照らした。
「恐怖の化身よ。人の罪業よ。貴様は何故、この世に生まれた……」
男の心からの問いだった。
全身に刻まれた傷は浅く。
しかし、辺りには血の痕が幾つも。
睡蓮の花が朝日に薄く紅石(ルビー)の色を魅せて。
「僕もそれが知りたい」
少年が瞼を閉じて、汗に濡れた身体を脱力させる。
「は、はは……罪でありながら罪を知らず、業でありながら業を知らず……ならば、貴様は一体、どうして人の生を遊ぶのか。我が麗しき皇帝陛下……真に残念ですが、オレは守れぬようです……」
涙を流した自覚すら無く。
男は朝日を見つめた。
少年は男の生き様を刻まれて、一つだけ理解する。
倒れ臥した男もまた自分の犠牲者の一人だったのだと。
「さぁ、そろそろお城に帰ろう。そうしたら、食事でも一緒にどう? 昨日、君の分も用意させてたから、冷めてるのでよければ台所に残ってるかもしれないし」
「何?」
聞き返した声に少年は笑う。
「君にも彼女は食事を用意してた。それこそ君が来るまで僕に君の事を沢山話してくれた。随分と自慢は聞いたけど、君を自慢する時が一番輝いてたよ。エトは……」
「……不覚」
男は極めて真面目に全てを悟って、顔を好々爺のものにした。
「身内に間諜(かんちょう)がいては勝てる戦も勝てはしない、か」
「不敬で掴まるんじゃない?」
「エト様は慈悲深い御方だ。捕らえた民達と同じく一日で釈放してくださる」
無念と悔恨を苦く笑みで押し潰して。
男は蒼き空に孫娘のように思う少女を幻視する。
「君に一つだけ約束するよ」
少年がゆっくりと立ち上がり、血が流れる頬もそのまま、男を見下ろした。
「あの子を不幸が襲うなら、僕が守ろう。あの子が笑みを零すまで」
男はようやく少年に顔を向けて。
断ち合った存在をまともに凝視する。
頬から流れ落ちる輝きは止まらず。
今もソレは鏡のような瞳で。
(ああ、そうか…罪業よ…汝の名は…醜悪…なれど、同時に……)
男は起き上がろうと身体を動かす。
「鏡は鏡。そういう事か」
首を傾げて少年が差し出した手を男は何とか取って立ち上がる。
「魔王。いや、シンア・ザ・クリティカルアンラッカー。貴様に一つ頼みたい」
「僕が頷ける事なら別に構わないけど」
「どうか。皇帝陛下を…エト様を…大切にして欲しい……」
少年は男が己の中に見つけた言葉を笑みで流す事無く。
頷いた。
「……僕が出来る限り必ず」
よたよたと二人は城へと歩き出す。
男は認めず尚共に在らんとするのも又人の業であると気付いていた。
醜悪なる性だろうと逃げずに向き合うのも道であると。
仕える少女(エト)がこれから対峙するものを自分が遮ってしまえば、それもまたあの戦いの時に降臨した少年と同じ、尊厳を今まで彼女がしてきた事を否定する事に他ならないはずだと。
「ソシアニア……」
二人を見つめるのはたった一人。
城の中、二人の戦闘を水晶で見届けた少女のみ。
「どうやら一件落着のようであるな」
筆舌に尽くし難い剣戟。
見切れぬ技の応酬。
未だ近衛達を超える力量を発揮した男。
その命を燃やした斬撃。
それに応じた少年の力量もまた達人を超えていた。
どちらが倒れるか。
どちらが死ぬか。
たぶん、そうなるだろうと思いながらも止めなかった皇帝は笑みを浮かべて寝台の上で欠伸をする。
(見入ってしまったではないか。エリザが起こしに来る時間まで寝なければ……)
一生一度見られるかどうか分からない命の迸り。
しかも、それが自分の敬愛する男の姿であった事を誇りに思いながら、王の器を持つ者は寝不足になってしまった罰を誰にも与えない事とした。
「ん……」
寝息が聞こえ始めた寝台。
その傍らの水晶には肩を貸し合う男達の姿が続く。
もしも、それを見た者が彼女以外に在らば、その場面(シーン)をこう思ったに違いない。
戦友達の帰還、と。
*
マロウ・ブレステンドは現地部族の少女と共に朝を迎えていた。
まだ幼い姿態は腕の中、すやすやと寝息を立てている。
繋がり、交わってより数時間。
まだ未熟な子宮へ精を注いで、膣(なか)に幹の形を躾けて、亀頭と子宮口の接吻で女の悦びを覚えさせて、貫きながら、優しくあやし揺らし慈しんだ。
最初こそ交合(まぐわい)に罪悪感を覚えてしまって体を強張らせていたものの、心を決めて後は少女アイレンの身体に負担を掛けぬよう愛撫と触れ合いに終始した青年の表情はもう柔らかい。
繋がったまま、腰を揺すって、まだ膨らんでもいない乳房を撫で、静かに高ぶらせた幹で射精を味わい、少女を蕩かせ続け、牝としての快楽で女の顔を浮かべさせた。
初心な恥じらいを笑みに同居させたままの少女は青年に何度も愛を呟き、幼き告白は言葉分からずとも青年の心に意味を深く伝えた。
ピッタリと吸い付き触れ合った場所(あな)は一滴も精を零さず。
少女の蜜だけで濡れている。
ビュルルルルルルルルルルルル。
「♡」
二十四回目の射精にもう少女は慣れた様子で驚きよりも慈しみと悦びを混ぜて身を震わせ、青年の胸に顔を寄せて舌でピチュピチュと感謝の意を伝える。
獣がするような舌を使った触れ合い。
原始的で文化よりも原始を帯びた少女の心遣いが青年をまた高ぶらせた。
たった一夜で女が一生分受ける以上の精を注ぎ込まれたアイレンは自分の胎で湯のように熱を帯びる粘性の精の感触にずっと軽く達しつつ、時折来る波に身を任せて、青年に笑みを向ける。
性魔術の影響で青年の精を生気として吸収している少女に疲れはない。
青年もその異常とも言える体力で、明らかに自分の肉体の堆積よりも多いだろう射精をし続けて尚憔悴する様子は無かった。
クチュクチュと淫らな音を立て続ける終わりない性交。
もう青年以外とは感じられないだろう慶び。
少女は既に自分の神聖な胎で青年の子を儲けた事を意識していた。
それでなくとも大量の精は少女の肉体を鋭敏にし、青年の雄を意識させている。
両親や獣の交尾を見た事のある少女には自分がこれから青年の子を産むのだと自覚が出てきていた。
気持ちいい事。
初めての事。
それを青年と味わえた事は少女を変えた。
違ってしまった両親や親戚、部族の人々。
もう終わりだと感じて諦めていた少女は再び生きる意味を人生に見出した。
青年のものとして生きる人生。
青年の子を孕み、産み、育てるという未来。
時間は関係ない。
確かに少女は運命と出会ったのだ。
諦観も絶望も乗り越える希望を抱いたのだ。
「く、また……」
赤ちゃん。
赤ちゃん。
そう内心呟きながら、少女は己の胎の上を撫でる。
ビュルルルルルルルルルルルル。
少女の呟きの意味をまだ完全には理解出来ず。
それでも慶んでいる事は理解して、青年は頭を撫でる。
「♡」
それだけでアイレンの膣(なか)は甘えた様子で襞を絶えず蠢かせた。
そこには激しい行為も無ければ、大きな絶頂も無い。
だが、それでも、拙くとも、愛があった。
『マロウ。時間です』
「!!?」
思わず背筋を伸ばした青年が突然の声に心臓をドキリとさせる。
「サ、サヤトネ。わ、分かりました。今すぐに」
『いえ、ゆっくりとその子の身を清めてからで結構です』
慌てたとはいえ、その事にまで思い至らなかった自分をマロウは内心情けなく思った。
記憶がある頃ならば、もし女性と付き合っても気が回ったのだろうかと頭の片隅でチラリと考える。
『では、十五分後にもう一度確認します。それまでに済ませて下さい。布は横に置いてあるものを。では』
声が途切れて。
マロウとサヤトネのやり取りを聞いていた少女は一つだけ理解する。
青年(まろう)にとって女性(さやとね)は自分とは違ってまた特別なのだろうと。
「アイレン」
「?」
自分で名乗った名を呼ばれて顔を上げた少女に青年は優しく笑う。
「今日は此処までにしておきましょう。もう、傷も大丈夫そうで良かった。引き抜きます……」
言葉は分からずとも青年の声に何をするのかは漠然と悟って。
少女は頷く。
ゆっくりと両手が腰を掴んで持ち上げた。
「ひぁ♡」
幹が引き抜かれていく。
自分の中から消えていく。
それがどうしようもなく寂しく感じられて。
少女は離れる不安に泣きそうとなった。
しかし、青年と交わった視線でそんな気持ちは消えてしまう。
腰から伝わる手の感触もハッキリと少女に安心していいと伝えていた。
言葉よりも雄弁に青年は少女を安堵させ、幹を全て引き抜き終える。
ジュポンと音がしてブルンと幹が揺れた。
少女の入り口を潜ったえらから伝わる良さに呻くものの、青年は射精せず。
「とても気持ちよかったです。アイレン」
青年は自分の顔まで少女の頭を上げて額に口付けした。
横たえた少女の体を傍らの布で優しく拭いて数分。
ようやく清め終わった青年は今度は自分がと立ち上がって体の汗を拭いていく。
「……」
それまでされるがまま微笑んでいたアイレンは青年が身を清めていく光景に嘗て両親がしていた事を思い出し、膝立ちになって、青年の股下を潜った。
「ア、アイレン?」
「ちゅ……」
濡れて未だ雄々しい幹の下からチラチラと舌が踊り。
精と己の蜜を舐め取っていく。
「ぅ…そんな事をしては……」
震える幹の上から下を清めた舌へと青年の先走る蜜が垂れていく。
「……」
そのままでは綺麗に出来ないと少女は下から這い出て、青年の反り返る幹を握って下に向けた。
ぁむ。
先端を咥え切れないまま、口付けするように亀頭を半分唇で含んで。
チロチロと舌が鈴口を舐め始める。
「う……」
呻く青年の声に良いのだと感じたアイレンは初めての口淫を丁寧に楽しげな顔で行う。
トプトプと精と蜜の混じり合うものを啜り、両手でコシュコシュと幹の奥から液を優しく絞り、自分のする行為の結果である青年の呻きと吐息に微笑む。
綺麗にしたばかりの少し中央が開いたすじからまた蜜が太腿まで伝った。
改めて感じる幼い少女の行為を青年は止めなかった。
拒絶出来なかったの間違いかもしれない。
懸命に奉仕するアイレンの姿は健気で。
胸を締め付ける程に切なく。
えらの下、裏すじをチュルチュルと舌で舐め取られた時点で青年は込み上げる精を我慢出来なかった。
もう数えるのも止めた射精回数は覚えていない。
「アイレン!」
精が弾けた。
ビュボボボボボボボボボボボ。
「ふぁ!?」
青年のいきなりの射精に驚いた少女が思わず口を離した。
吹き上がった精が、プルプルとした粘液が、大量に顔と身体を穢していく。
それに呆然としたものの、すぐ笑みを浮かべ、少女は口を開けて暴れ上を向く幹を自分の顔へ向けた。
舌を出して、口を開いた少女に精が万遍なく絡み付いていく。
咽返るような匂い。
それに陶然としながら、射精を両手で促して、少女は青年の悦びの証を身体と口と舌で味わった。
「す、すみません」
いたたまれなさに謝るマロウだったものの、褐色の肌に紅と白の化粧をして微笑む淫靡な少女の姿を見て、穢してしまった背徳感にゾクゾクと背筋を震わせる。
「♡」
嬉しそうに精を浴び終わった少女は喉の奥に精を消し、褒めてと言わんばかりに青年を見上げた。
「とても、はい……気持ちよかったですよ。アイレン」
無邪気な少女の顔にまた射精したいとの獣欲が沸き上がって、青年は誤魔化し気味に笑顔を作る。
『終わりましたか』
「!!!?」
思わず「はい!!」と叫んでしまいそうになったマロウは自分の下半身とビチャビチャに精で汚れた少女の身体を見て。
「……後、十五分下さい」
そう、情けない声で言うのが精一杯だった。
*
「ケダモノですね」
サク。
「貴方にはガッカリです」
ザク。
「どうしようもない男だと断言します」
ザクン。
「……すみません」
ボロボロに貶されたマロウは朝食の席でサヤトネに言われっぱなしだった。
理由は当然の如く身体を清め終わらなかったからだ。
再びの十五分。
その間にまた一回されるがまましてしまった青年には言い訳のしようもない。
アイレンの顔に付いた精を拭き終わろうという前に暗闇の結界は途切れた。
未だ全裸の青年は少女を清め終わったものの。
下半身は白く濡れたまま……その身を曝したのだ。
「うぅ」
悶絶して今にも死にそうなマロウを見かねたのか。
朝、何とか身奇麗にして服を纏ったマロウへ跳び付いたイーステルは頭を撫で撫でしている。
「いい…こ…いい…こ」
その横で青年に貸された外套に包まった少女が青年に身を寄せ、静かにカップへ口付けた。
朝食は乾麺麭(かんぱん)とスープ。
簡素な食事に文句は出ず。
空気は弛緩し切っていた。
「……誰かいるならば返事を」
一人、和みの外にいたサヤトネが鋭い視線で密林の左前方を見た。
少女二人を傍にしながら、青年が少しだけ腰の剣に手を触れさせる。
ガサガサと音がして手を上げた男が林の奥から現われた。
前日から常に周囲の警戒を行っていたサヤトネは完全に気配を殺して近付いてきていた男の所在を速やかに看破したのだ。
腰蓑(こしみの)一つをしただけの男はアイレンと同じく肌に色合いの違う紅の紋様を刻んでいて、何処かの部族の者とすぐに知れた。
「アナタタチ! チガウカ! チガワナイカ!」
「どういう事です?」
素早くマロウとアイコンタクトしたサヤトネが三人を庇う位置に立ち聞き返す。
「オレ! ガナイノオカノ、ガリニツラナル、ナナバンメノコ! アナタタチ! チガウカ! チガワナイカ!」
男は二十代。
ガッシリとした筋肉を付けながらも戦う気がないのか。
背中の槍に手は触れていない。
前日の男達の件もあって、警戒を解かない四人組みに汗を浮かべた【ガナイの丘のガリに連なる七番目の子】はジリジリと今度は後ろに下がり始める。
そのまま逃げ出すかもしれない様子にサヤトネが刀へ手を掛けようとした。
「 」
マロウとサヤトネには聞き取れない言葉で男に声が掛かる。
「アイレン?」
自分の傍らを見た青年は少女が他部族の男に何を言っているのか理解しなかったが、必死に何かを訴えている事だけは理解した。
「…ドウヤラ、アナタタチ、チガワナイ…アイレンノコイウ。アナタタチ、チガワナイ」
少女達の保護者二人は互いに顔を見合わせて、新たな闖入者に対して情報を求める事とした。
そうして、今現在武帝で起きている異常の一端を彼らはようやく知る事となる。
それは見えない化物と四匹のあがめるモノの話。
幼いアイレンが竜に捧げられた理由そのものだった。
*
朝から宮殿域を賑わせた報を誰よりも早く受けたのはたぶん皇帝その人であっただろう。
今朝方まで手に汗握る興奮を覚えながら剣戟を観戦していたせいもあって、ドレス姿のエリザが起こしに来るまで惰眠を貪っていたエトだったが、起きろとの声に目を開けた瞬間、窓際で佇む鳩を見つけた。
緊急時の要件以外は魔術などによる遠隔からの情報は入らない。
鳩は魔術での偽装が不可能な情報伝達手段としては優秀だった。
その鳩を使って低血圧なエトを怒らせるかもしれない情報の伝達をする以上、緊急の用件であるのは誰の目にも明らかで。
「あ、ユーちゃんじゃない」
エリザがカラカラと窓を開けて鳩を部屋の中に入れると、エトはその足にある魔術の印に触れて、黒い塊のような文章の羅列を引っ張り出す。
魔術において記された一文にある花押(かおう)は辺境伯のもの。
それも武帝との国境地帯からのものだった。
「どうかしたの? エト」
虚空に広げられた文面を覗き込もうとしてベチリと額が叩かれる。
「な、何するのよ!?」
「無関係の者が見ていいものではない。他の者にソシアニアを呼んでくるよう言ってくれるか?」
「え、バランさんを?」
「ああ、大至急だ」
「う、うん」
エリザが真面目な皇帝の顔に頷いてパタパタと部屋を出ていく。
一人虚空の文を読んでいたエトはアルスハットの署名に目を細めて、思案する。
(国境地帯に難民が押し寄せているだと? あの武帝の部族達が? どういう事だ。今現在の豪族達の権勢に何かあると言うのか……調査が必要であるな……)
パタパタと再び足音が聞こえて、エリザが猛烈な速度で戻ってきた。
「よ、呼んできたわよ!!」
「本当にお前が貴人なのか疑わしくなる刻が余にも時々ある」
「な、早くしろって言ってたのはエトじゃない!」
「まぁ、そうであるが」
「それで一体何の話するの?」
興味ありげなエリザにエトはさてどうしようかと悩んだ末、一つ思いついた様子でニヤリと笑った。
「明日から新たな都の視察へ出かける。旅の準備をしておくのじゃ」
こうして二つの物語は引き合っていく。
皇帝視察の話は瞬く間に宮殿域を騒がし、警護の為の師団が急遽編成される事となった。
武帝とイグニシア・クルシス。
二つの国家の行く末は北東部辺境ゴウランの都にて新たな展開を迎えようとしていた。
奴隷と魔王と皇帝と多くの者を巻き込んで。