第二章二十節「暗闘」
朝と夜の境界。
深き霧と白み空けていく闇の狭間。
撃ち上がる煌めきは銀に光り。
大地の奥から空の彼方まで紅の尾を引いていく。
詳らかにならない淀んだ澱が輝きの跡から失せていった。
耳良き獣ならば、その時、声を聞いただろう。
小さな囁き。
まだ節も付かない詩が世の虚ろを塗り替えて響く。
瑞々しい音は少女のもの。
初々しくも響き渡る謳い手の心情にある色は、恋。
空飛ぶ鋼の上。
芸術的感覚は絶無と讃えられる国の主は嘗て恋の詩を読んだ星読みの男の如く世界を尊ぶ。
―――隻翼(せきよく)の女神が路無くし淵(ふち)紡ぐ。
―――王ならぬ王は御手差して笑み零し。
―――唯(ゆい)の杯盃(さかずき)を分つ。
―――刻に果てて尚、誓い御影に浴し。
―――毀れ散って尚、棄つる事無し。
―――聖約は…劫と成らん。
「……エーレイン」
「はッ、此処に」
一人付き従った紅い女が片膝を折ったまま、顔を上げる。
「余は変わったか?」
「……はい」
「そうか」
甲板の上で振り返った皇帝は僅かに笑んで、歩き出す。
「付いてまいれ…」
「陛下の往くところ何処だろうと!!!」
そんなやり取りが行われた朝。
七教会はイグニシア・クルシスの評価を改めざるを得なくなった。
魔導により軌道上に打ち上げられた七つの衛星は要石(かなめいし)。
イグニシア全土を覆う守護方陣の構築は七教会のあらゆる部署において大きく注目された。
何故なら、それは今まで聖女の祈りによって大陸を覆っていたものの代替だったからだ。
奇跡の加護。
神の加護。
聖女の加護。
そう言われていた【因果律誘導性領域】の新規構築。
通達こそされなかったが、実質それは教会の庇護が無くとも生きていけるというイグニシアからの明確な意思表示だった。
*
イグニシア・クルシスと武帝。
両者の間で会議が終了し、実務者間での協議が始まった四日目の朝。
奴隷都市上空【貴皇(ペルソナ・ノーブリス)】の中に少年の姿は無かった。
少年がハルトゥムへと旅立ったのは真夜中の事。
前日の夜、エリザ、エーレイン、エト、イフィミスラ、エフィリム、ナーリャは同時に「そろそろ行かないと…」という少年の呟きを食事を共にしていて聞いた。
些細な一言。
しかし、少女達には悶々とする一言。
少年と過ごす夜の時間は近頃貴重だ。
主に少年と話すとか。
少年を弄るとか。
少年と遊ぶとか。
少年と添い寝するとか。
少年と肌を重ねるとか。
共に旅をしている少女達からしてみれば、ずっと少年と共にいなかった時間を埋め合わせスキンシップを図る時間。
イグニシアの三人にしてみれば、皇帝はイチャイチャ子作りを望み、エーレインはイライラと貞操断固死守(ておくれ)に動き、エリザはソワソワと覗き見するべく画策する時間。
そんな欲望渦巻く夜がまた一日消えると知って内心穏やかなのはつい近日に愛されたエフィリムくらいのもので。
殆どの少女達からすれば構って構って構ってと色々工作する以外ない。
例えば、何かに目覚めた皇帝は引き止め策なのか少年が立つまで話し込み、チラチラ服の裾を捲った。
無論、何も穿いていないという事はないが、下着は娼館でも見ない過激さでエーレインは卒倒。
イフィミスラは少年に色恋の話をさせながら、身体を擦り付けた。
便乗するナーリャとエフィリムにピットリとくっ付かれ、過去の話を根掘り葉掘りされる時間は少年にとって色々な意味で地獄だ。
更にエーレインの視線がもはや人を呪殺出来そうな眼光を放っていたり、不用意に助けを求めた先にいたエリザが「エトとどうだったの?」と聞いてきたり、世界は混沌の渦に飲まれた。
少年が顔を引き攣らせて、逃げ出したとしても誰も責められるものではない。
「ふぅ…」
少女達に好かれる事は素直に嬉しいと思うものの、少し距離を置きたいと願うのもまた男の心理。
ようやく少女達の手から逃れた少年は余りにも贅沢な悩みを抱えながら、ハルトゥムの扉を潜った。
「あれ?」
いつも通りのエントランス。
椅子やソファー、テーブルはそのままに人気だけが無い。
「こっちは朝だから起きてるかと思ったんだけど…」
少年が首を傾げると紫髪の小さな少女がメイド服姿で廊下の角から現われる。
「ご帰還お待ちしておりました。我が創造主」
「何かあった?」
「定常通り。閾値を越えるイベントは発生していません」
「そう。皆は?」
「オーレム様は前日、激しく自慰に耽られ疲れた様子です。昼間まで起きてこられません。烙南様と紅亜様は山岳部の方へ出かけました」
「今日は来るって行ってなかったから、しょうがないと言えばそうなんだけど」
ちょっと息抜きしたいと出てきた身だ。
本来なら更に一日か二日後に転移してくるはずだったので手違いとも言えない。
「そっか。じゃあ、しばらく待ってれば戻ってくる?」
「今日は山岳部で星を見るのだと言っていたので戻ってくる事はありません」
「そうなんだ?」
「現在地はティルオノーレ近辺断崖の小道です」
「そこまで飛ばせる?」
「現在、個体数が損耗しています。全機復元まで動力資源(リソース)はシステム再構築へ全投入。現在の設定を変更しますか?」
「まだ、他の個体の復元は出来てない?」
「稼働率0.43%。稼動機体十三機中二機復元完了。残り二機の稼動まで72時間」
「二機は順次稼動。残り二機も復元次第稼動させて」
「了解。全機非空間潜行行動。非武装化を完了。認識阻害術式全カット。現在設定をデフォルトに固定。五機の復元完了以降、残り七機の復元を開始。暫定で434時間と推定」
「随分早くなったけど、どう調子は?」
「システム下部三千機は大戦以後未だ全損状態です。十三機の稼動を完了次第、復元シーケンスに入らなければ、幾つかの作業に支障が出る可能性大」
「本当は色々としてもらいたい事があるんだけど。そろそろ本格的にシステムを復元しないと難しい事もあるだろうし…いいよ…下部の復元を許可。【因痕(キカトリクス)】波の収束率だけ気を付けて」
「隠蔽機構の強化を十三機稼動後実行します」
「うん。よろしく」
「管理業務を続行」
「オーレムが起きたらよろしくって伝えておいて」
「了解しました。では、良い一日を我が創造主」
少女が少年に頭を下げて再び廊下の角に消えて行く。
「さてと。自分で見つけないと」
少年は一人再び扉を開けて遠方に見える山岳へと歩き出した。
*
「大丈夫ですか? 烙南様」
「はい」
山岳の小さな道を二人の少女が歩いていた。
一人は着物姿の白い髪の白い少女。
一人は学生の制服姿で凛々しいツインテールの少女。
二人は遠方に見える己の住処を時折見ながら、道程を往く。
制服の少女、紅亜(こうあ)の手には大きなトランクが提げられていて、中には一晩夜を過ごす為の道具が幾つか仕舞い込まれていた。
「眩暈などは?」
「いえ、ありません」
「そうですか。どうやら、此処の空気は空の上なのに薄くはないようです」
「空の上だと空気は薄いのですか?」
小首を傾げる烙南に紅亜が頷く。
「はい。この世界には空気の重さがあるので。簡単に言えば、上に行けば行くほど、空気は軽く薄いのです」
「紅亜様は何でも知っているのですね。そのように学問を修めていた事とても羨ましく思います」
「いえ、それ程では……それに途中で抜けてしまいましたから……」
「ぁ、すみません」
「謝る必要はありません。全て自分で招いた事。それに……此処で烙南様と共に過ごす事は私にとって望外の喜びですから……」
「紅亜様は変わられた気がします……」
トランクを左手に、烙南の手を右手に、紅亜が微笑む。
嘗て、そんな風に柔らかく微笑むような姿を見た事の無かった烙南は此処にいるから、目の前の人はこんなにも自然でいられるだろうな、と…そんな風に感じた。
それは誰も同じ。
少年との出会いがハルトゥムにいる全員の多くを変えた。
「烙南様もよくお話になられるようになりましたよ?」
「そう、ですか?」
「はい。それがきっと本来の烙南様なのですね」
「兄様(あにさま)のおかげです……きっと……」
幾度と折り返した髪の鈴を鳴らして、白い少女が微笑む。
「ええ……」
二人が山岳の道をまた歩き出した。
道中の道端には珍しい動植物がチラホラと見える。
小さな栗鼠、美しい野花、名も知らぬ小鳥、鈴を奏でる蟲。
世界は驚きと発見に満ちていて。
何かを発見する度に立ち止まっては二人の笑みが零れた。
時間を掛けて歩いた先、目的地が見える。
小さな山小屋と高原に一本切りの大木。
少し息の上がった烙南を慮って。
紅亜が大木の下にトランクから毛氈を敷く。
「此処で昼としましょう。紫髪の子が用意してくれました」
「はい」
爽やかな汗を浚っていく涼風が吹き抜けて二人が互いに頷く。
敷物の上に座り込んだ二人がトランクに仕舞われていた弁当を明けて驚く。
何処にそれ程の食材があったのか。
箱の中には山のものも海のものもふんだんに使われていた。
「随分と手の込んだものを作ってくれたようです。後で共にお礼を言いましょう」
「はい」
静かな昼食が始まる。
作法として何かを食べている最中に話すような事はない。
箸すら音を立てず。
和やかな時間が過ぎていく。
「ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様でした」
やり取りは交互に。
外見は似ていなくともまるで姉妹。
山岳の絶景を前にして片付け終わった二人は景色をずっと見ていた。
「紅亜様」
「何でしょうか?」
「兄様に会いたいですね」
「……はい」
少年がその場にいない。
もし、二人の少女にとっての不幸があるなら、それだけだった。
「今頃はどうしているでしょうか?」
「あの男の事です。今もイフィミスラ達を困らせているに違いありません」
クスクスと烙南が笑う。
「どうやら今はイグニシアにいるようですが、前回来た時に皇帝の話までしていましたから。また、誰かが毒牙に掛かって……そ、それで……」
自分で言っていて最後をゴニョゴニョと誤魔化した紅亜が脳裏の想像を首を横に振って追い払う。
「兄様は恰好良いですから」
「あ、あの男は恰好良いのではなく! ふしだらなのです! た、沢山の女性と関係を持ちながら、あ、あのように別の女にも優しくして!!」
「あのように?」
烙南の言葉に紅亜がハッとした。
「い、いえ、ですから、一般論的な話として!! と、とにかく女の敵です!! あの男は!!」
「兄様は優しいですから」
「た、確かに優しいところは認めますが、誰にでも優しくし過ぎです! あれでは何人の婦女子が泣かされる事になるのか。困ったものです」
ムスッとしながらも、顔に浮いているのは笑み。
紅亜の心の底からの信頼が烙南には透けて見えた。
「紅亜様の旦那様ですから」
「そう、私のだんなさ―――い、一体何を言い出すのですか!?」
「その、この間、“そふぁー”でお休みになっていた時に旦那様と寝言で……」
「え!? あ、いや!? そ、それは!!? 何かの聞き間違いで―――」
「でも、紅亜様はとてもお幸せそうでした///」
幸せそうだった寝言の内容が烙南の赤い顔から推し量れて、紅亜は思わず内心少年を罵った。
「ぅぅう……一生の不覚です」
「烙南も、いつかそんな呼び方をしてみたいです……」
「!?」
紅亜が自分と烙南の二人が旦那様と囁き。
少年の傍に侍っている様子を思い浮かべた。
「別にいいけど」
「「!!!?」」
少女達が飛び上がりそうになって、声のした方を向く。
「あ、兄様?!」
「き、貴様、いつの間に!? まだ、来るのは先のはずだろう!!」
思わず立ち上がった紅亜が大木の傍まで来ていた少年に詰め寄る。
「ちょっと早めに来たんだけど、邪魔だったかな?」
「そんな事ありません。兄様…お帰りなさいませ…」
烙南も立ち上がり少年の下まで駆け寄っていく。
出会った時ならば、きっとそんな事はしなかった。
だが、時間と伸び伸びと暮らせる場所が少女を変えたのか。
そんな年頃の娘らしい烙南の変化が少年には嬉しく思えた。
「ただいま。烙南」
「はい。兄様」
頭を撫でられて嬉しそうに目を瞑る烙南の様子に紅亜は更なる追求を中止して尋ねる。
「此処の事はあの子にか?」
「うん。星を見るって聞いたけど」
「あ、はい」
烙南がトランクまでトテトテ歩いていくと中から丸く黒い板を取り出した。
「星座盤?」
「これを館の奥で見つけて。紅亜様が星を見る為のものだと教えてくれたので……」
「紅亜が?」
少年が振り向くと制帽が少し下げられた。
「学問の一環として習った事があっただけだ」
「そっか。ちゃんと烙南のお姉さん役してるみたいで安心した」
「お、お姉さんなどと!? 烙南様と私では同格の家とはいえ、分家と本―――」
自分で言い掛けて、紅亜が罰が悪そうに苦笑した。
「家を捨てた身で本家も分家も無いか」
「あ、あの」
烙南が紅亜の横に立つとそっと制服の袖を摘む。
「紅亜様は、その……兄様のように、姉様だと……思っていますから」
「烙南様……」
目を見開いて固まる紅亜に少女は恥しそうに囁く。
「此処に来てからずっとお世話して頂いて。とても感謝しています。紅亜様は私の姉様は嫌、ですか?」
「そ、そんなわけがありません! とても、光栄に想います!!」
「ぁ……」
顔を輝かせた烙南が大きく頷く。
「じゃあ、今日は一緒に星見よっか?」
「当たり前だろう。此処まで来て帰ったら怒るぞ」
二人が少年の左右に寄り添う。
夜までまだ遠く。
少年と少女達はしばし毛氈の上で雄大な景色を眺め続けた。
*
昼から山小屋の内部を幾らか掃除して。
夕暮れ時に食事を済ませ。
日の入りと共に一番星を眺め出して二刻程。
三人は夜空を眺めた。
一つ二人の少女にとって想定外だったのは正座盤が役に立たなかった事。
それもそのはず。
ハルトゥムの一地域を浮かべるのは大陸から遠く離れた海洋上。
少年以外に星座を正確に把握する者は無く、幾度となく星を指して語られた言い伝えは少女達を愉しませた。
そんなに詳しいとは思っていなかった二人にとって、以外な一面を見た一時(ひととき)だっただろう。
そうして。
寒さが身に染み始めたのを見計らった三人は山小屋へと帰り、予め用意しておいた湯船へ共に浸かる事となっていた。
『兄様……』
安らかな声が反響する。
設備を大陸標準に更新されていた浴室にはシャワーもお湯の温度を調節して出す機能も存在する。
蛇口の前でシャワーを浴びているのは紅亜だ。
浴槽はゆったりと広いものの、さすがに三人入れば少し狭い。
身体をさっと洗った少年はすぐさま二人に椅子を譲って浴槽へ。
長大な髪を短時間で洗い流すのは中々難しいと烙南も身体を洗っただけで紅亜に席を譲って今は少年と共に湯に浸かっていた。
『兄様の身体、綺麗です♪』
楽しげな声。
白い髪を自在に動かせるようになった少女は今やふわふわと浮いているソレで少年に優しく触れる。
『烙南。あの、くすぐったいよ?』
常に控えめな性格の少女の悪戯は少年に時の移ろいを感じさせた。
ずっと家というものの中に閉じ込められていた少女本来の感情が育ち始めたのかもしれず。
普通の少女が浮かべるような歳相応の笑みが少年には眩かった。
『兄様とこうして向かい合うのが烙南は今まで夢でしたから……』
『そう、なの?』
『はい』
何も互いに身に付けてはいない。
向かい合う身体は全てが晒されている。
身体を重ねるようになっても、そうして相手の身体をよく見るのは少年ばかり。
だからこそなのか。
嬉しそうに烙南は少年に近寄り。
愛しさと慈しみと僅かな艶を帯びた視線で少年の身体を見つめた。
『兄様。烙南の身体はどう、ですか?』
『綺麗だよ。白くて小さくて。壊れちゃいそうで。抱き締めたくなって』
『嬉しいです……』
そっと少女の視線が少年股間へと落とされて、湯の熱さだけではない熱が頬を染める。
『兄様……』
ヒタッと身体が湯船の中でくっ付いた。
薄い膨らみと白い腹と小さな肩と全てが少年の肌と接触する。
『ぁ……』
少女は嬉しそうに少年を見上げた。
自分の腹に幹が確かに湯と同じくらい熱く当たって。
嬉しくて。
恥しくて。
愛しくて。
『兄様』
少年の足を跨ぎながら、そっと小さな手が幹に触れる。
『ん、烙南……』
それは興味から子が親に触れるような接触ではなくて。
いつの間にか自分の事をわたくしとは呼ばなくなった少女は甘えた声でねだる
『烙南のここも、触れて欲しいです……』
『うん』
ちゅ。
そう額に口付けが為されて。
それを喜びのまま受け入れて。
少女は片手で少年の手を自分の慎ましい小さな“すじ”へと導こうと―――。
『ごほん』
『『!?』』
全てを咳払いが中断させる。
『湯船に入らせて貰っていいか?』
二人だけの世界が出来上がる寸前、そう紅亜が割って入った。
『ごめん……』
半笑いで少年が少し湯船の中、移動する。
『では』
パチャリと紅亜が烙南の後ろへと身を沈めた。
『その……私も同じようにする、のだから……そう強くは言わないが、ふ、二人だけというのは……ずるい』
『紅亜様も一緒にしますか?』
少年との交わりは二人にとって必要不可欠なものだ。
肉体や精神の深部に受けた傷を少年の生気と性魔術で癒してきたのだから、紅亜に今更止めるような気持ちはない。
だが、目の前で睦まじく二人だけで触れ合おうとするのを黙って見ていられる程、少女は大人でもなかった。
『///』
コクンと提案に頷いて。
紅亜が髪を掻き分け烙南の後ろまで辿り着く。
『それじゃあ、三人でしよう、ね?』
『うぅ……破廉恥だ……』
紅亜が顔を真っ赤にしながらボソリと呟く。
『二人とも可愛いよ』
(そういう事を恥しげもなく言うから私は……)
少年に内心でそうは言うものの、もう紅亜の身体は芯から疼いてしまっていた。
言われる通り。
好きな男に囁かれるまま。
細い指が姉と慕ってくれる少女の胸の蕾に伸びる。
『っ…兄様ぁ、姉様ぁ……』
『烙南様。可愛らしいです』
『烙南……』
少年の指もまた烙南の秘裂へと触れていた。
兄と姉。
そう定めた二人から優しく肌に触れられて。
蕾をすじを捏ねられて。
少女の顔が甘く甘く蕩けていく。
『ひ…ぁ…あにさまのここも……』
ヒタッと烙南の指が少年の幹を優しく扱き始めた。
『烙南のここ、吸い付いてくる……』
『くぅん♡』
少年の呟きと同時に指が第二関節までゆっくりと膣(なか)へと潜った。
クチャクチャと内部を丁寧に掻き回されて。
胸の蕾が尖るとコリコリと指で摘まれる。
『烙南様。心地良くします、から……』
『ひぅ♡』
浴室。
三人。
妹と思う少女と愛しい男(だんなさま)と共に性を味わうという状況にもう紅亜は当てられていた。
心地良くしたいという思いが、初めて触れる少女への行為を大胆にさせる。
『そん、なにぃ…したらぁ♡』
ゾクゾクと背筋を震わせて、烙南がはしたなく唇を開き、唾液を零した。
『いい子だね。烙南……ん、ちゅ…くちゅ…ちゅ……』
『ぁ…に…ひゃ…ま♡』
少年の舌が開いた口内に押し入り、優しく唇が蹂躙していく。
その様子を一番近くで見つめて。
紅亜は恥しいとも破廉恥だとも思いながら、美しいと心を震わせた。
それは少しの嫉妬を孕んで。
でも、決して暗く妬むようなものではなく。
自分もそうして欲しいと。
自分もそうなりたいと。
一人の少女としての憧れにも近いものだった。
『ん、んぅっ~~~』
『―――ちゅ』
唇が離され、舌と舌を繋ぐ透明な糸が顎を互いの顎を伝って落ちる。
『あに、さまぁ♡』
甘えた声。
もっともっととせがむ雛鳥を思わせて、チロチロと紅い舌が蠢く。
『あんまり長くするのものぼせちゃうし。そろそろ上がろう』
少年が愛撫する指を離して、湯船から上がった。
『兄様ぁ♡ 烙南はもぅ♡♡』
『うん。先に上がって待ってるから紅亜と一緒にね』
『はぃ……』
待ち切れぬ様子で烙南が頷いた。
『ティア』
『紅亜?』
浴室の扉を開けようとしていた少年が振り返ると腕の中に妹を抱きながら、期待する瞳があった。
『次は私に……』
『うん』
微笑みを返して、少年はそのまま扉を潜って行った。
二人の血の繋がらぬ姉妹が身を清めてから浴室から出たのは十数分後。
下穿きだけで待っていた少年の前に現れたのは下着も付けずにやってくる少女達の姿だった。
*
―――大陸南東部より。
夢を見た。
悪夢…まだ人だった頃の夢だ。
一人の女が夢の中で確かに笑っていた。
泣いて怒っていた。
戦場ではあったが、そこには人の心が通い合う世界があった。
恋をしたのは確か初めてで。
それは自らを支えてくれていた男への感情だったはずだ。
だが、それが実る前に女の居場所は消えた。
理由は単純。
戦に負けたからだ。
崩れ落ちる城砦。
内部の手引きにより全ては水泡に帰した。
なし崩しに隊は瓦解。
それが誰の仕業なのか。
解ったからこそ、問い正す為に恋した男を呼び出して。
彼がまだ部下として人として、心があるのだと信じたくて。
裏切られた。
そうして。
後にはただ投獄と言う名の暗黒が広がっている。
女として蹂躙され。
敵として拷問され。
薬物の投与を受け。
魔術具を埋め込まれ。
術で心を破壊され。
頭の中を書き変えられ。
何処にでもある兵器とされた。
戦争。
強い武器が必要とされるなんて毎度の話だ。
一度だけ誰かが囚われた獄を急襲した。
けれど、誰も助けてはくれなかった。
それどころか殺そうとした。
記憶が曖昧な戦場での事。
投入された場所で見覚えのある装備に身を固めた誰かと戦った。
何かを言った気がする。
それが何かは思い出せない。
致命傷を受け本能が暗示を破って逃げ出したのは僥倖だったのかどうか。
誰にも見つからないように山林の中を駆け抜けた記憶は一秒か、十秒か、一日か、一年か。
どれだけ逃げたか知らない。
ただ、気付けば泥の中に半分浸かっていた。
温かい雨が降っていて。
見えるのは半分の視界に映る鉛色の空と落ちてくる雨粒。
生温い泥の中。
徐々に感覚が薄れていった。
死は安息。
ぼんやりと薄れていく意識の中で安らかだった。
もう何も傷付けず誰も殺さず死んでいけるなら、それで良かった。
それが、一人の女の終わりであり、始まり―――。
足音で意識が繋がれた時には不快ささえ伴ったのは分かっていたからだ。
また罪を重ねると。
でも、助かると本能が叫んで。
喰えと、誰かが言った。
安息を邪魔する者ならば、そうするべきだ。
そうしないわけがない。
だから、最後の力で近付こうとして。
けれども、獲物であるソレは自分から近付いてきた。
何故か体が温かくて。
ふわりと何かが掛けられて。
動物の様な思考で思った。
どうして、と。
『こんなところでどうかしたの?』
喰えと、誰かが言った。
『困ってるみたいだし、僕でよければ…』
口を開こうとして。
『大丈夫だよ…怖がらなくていい…』
開けなかった。
代わり体が震えた。
まだ死ぬまで少しあるのに。
いくら口を開こうとしても開けなかった。
『随分と頑張ったみたいだけど』
ソレはいつの間にか醜悪な体に触れていた。
『一人じゃ生きるにも死ぬにも寂しいよ』
触れて、くれていた。
『術の腕に覚えもあるし』
どうしてだと。
『どうにかなると思うから』
何故だと。
『君を助けさせてくれない?』
問う事すら出来なくて。
『君に起こった事は変えてあげられないけど』
震えた。
『これから君に起こる事は変えてあげられると思うから』
下に潜り密着して。
泥の中から体を押し上げて。
穢れに身を塗れさせ、それでも嫌な顔一つせず。
『そういえばまだ名乗ってなかったっけ』
彼(ソレ)は言ってくれたのだ。
醜悪な化け物に微笑んで。
『僕の名前は―――』
自分の名前を。
『よろしくね』
喰えば助かったのに何故そう出来なかったのか。
結局、薄れていく意識の中で答えは出なかった。
でも、確かに。
その時、思ったのだ。
何一つ救うに値しない世界でも、まだ生きていたいと。
こんな笑顔を浮かべて生きてみたいと。
それはきっと救世の微笑。
この世を殺さず、穢さず、滅ぼさないに値する価値。
誰かを助けたいと願った、優しい彼の精一杯の気持ち。
―――サヤトネ。
目を覚ます。
新たな夜明けに再会を願いながら。
深く静かにまた暗闘が始まる。