※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第一章五節★

第一章五節「空転」

 

 世の中には未だ無数の種族がいる。

 

 世界唯一の超大陸ファルティオーナ。

 

 その中で犇(ひし)めく種族の一つが人類、人間種と呼ばれる者達だ。

 

 故に彼らは過去から永劫続くのではないかという生存闘争を勝ち抜いた種族の一つでもある。

 

 無数に増え、大陸に満ち、他の種族を超越する力を手に入れた。

 

 それは虐殺の歴史であり、同時に残酷な慈愛の歴史でもある。

 

 幼い身で博学を修めていたイフィミスラはその光景にそんな事を想った。

 

『さぁ!! ご照覧下さい!! 此処に用意した樽の中身はこのダークエルフ!!! 齢を人の年齢に当て嵌めれば、歳は二桁を超えた頃!!! あの大戦争以後、滅んだ村から仕入れた逸品だよ!!! もう【悦楽乙女(ニンファ・ディレクタティオ)】に仕上がってる上物だ!!! 七教会が来る前に一人!!! 家具に一つ、奴隷に一つ、夜のお供にも!!! さぁさ、値段を付けてくれ!!!』

 

 小さな篆刻写真が一枚。

 

 街の街頭で小さな手持ちの看板に括り付けられて掲げられていた。

 

「……」

 

 嘆かわしい。

 

 人間を奴隷にする以上の事を他の種族に強制した結果。

 

 奴隷ですらない“物”として人間は同じ命を虐げ売る。

 

 今、もしもただの貴人としてその場に立っていたなら、イフィミスラはその声を張り上げて人ごみの中で商売する脂ぎった男に死罪を言い渡したかもしれなかった。

 

 だが、その身は既に捧げられている。

 

 魔王の残党、優しい少年に。

 

 もしも、そこで自分の身分を明かしたならば、街は大混乱するかもしれない。

 

 魔王の残党が近くにいると言うだけで死人が出る騒ぎだってあり得る。

 

 そんな人々を無用に怯えさせる事は出来なくて。

 

 だから、唇を噛み締めてイフィミスラは手が白くなるくらい拳を握った。

 

「十万」

 

(え?)

 

 隣から上がった声が怒れる少女の耳を震わせて、少女は思わず振り返る。

 

『す、凄いぜ兄さん!!! あんたダークエルフの餓鬼にそこまで出すのか!!? はっはぁ!!! いいぜぇ、いいともさ!!! それじゃあ、競りはお終いだ!!! 皆様!!! 今日は物好きな兄さんに初っ端から競り落とされてしまったので此処までとさせて頂きます!!!』

 

 ひそひそ。

 

 奴隷商人の事を良く思う人間はいない。

 

 だが、奴隷を買う人間は咎められない。

 

 人々は外套に顔の隠れた二人組を見て、噂し合った。

 

 大きな街。

 

 街道沿いにある其処は数千は人がいるだろう。

 

 小さな身を外套の中に包んで、イフィミスラは買ってもらったばかりの服を有り難く思いながら、少年の横顔を下から見つめていた。

 

 笑顔に見えて、その冷たい横顔は奴隷商人に向いていた。

 

『じゃあ、こちらに来てくれ。此処の樽はイミテーションなんだ。宿屋の裏手に馬車がある。商品はそこさ。いやぁ、他のとこでは売れなくてなぁ。やっぱり、恐ろしいダークエルフなんて買う酔狂な客はあんまりいないかと思ってたんだが、まったく兄さんあんたは素晴らしい。はははははは』

 

「イフィミスラ。少しだけ待ってて」

 

「う、うむ。ティア…その…そのな…どうして…」

 

「大丈夫だから」

 

 頭を撫でられて、何も言えず。

 

 イフィミスラは少年が無言で男に付いていくところを見送った。

 

 人々は興味を失ったらしく。

 

 日が中天になる前に食事時にしようと酒場へ消えていく。

 

(買うのか。ティア……)

 

 言いようのないもやもやを胸に感じて、始まったばかりの旅の事に想いを馳せる事もなく。

 

 少女は両手を祈る形にしていた。

 

 街路の横に立て掛けられた手持ちの看板にはエルフ特有の耳を持った美しい黒い肌をした長い金髪の娘が無表情の顔を晒していた。

 

 *

 

 街で買い物を済ませた二人は元来た道を多少戻り、街近くの森の中にいた。

 

 人気のない場所へ一台の馬車と共に。

 

 少年は奴隷商人からダークエルフが入った樽と馬車を同時に買い上げたのだ。

 

 その事に相変わらず胸がもやもやしていたイフィミスラは馬車が止まってようやく傍らの少年をちゃんと見つめる事が出来るようになっていた。

 

「ティア。どうして奴隷商人からその子を買ったのだ」

 

 手持ち看板は御者台の横に置かれていた。

 

「昔から一つだけ嫌いな職業があって。こういう風にされてる子を見るのは……嫌なんだ」

 

「そう、なのか?」

 

「うん。それに買ったけど、これ一枚しか払ってないし」

 

「え?」

 

 チャリンと少年が掌に一枚の銅貨を出して見せる。

 

「さっきは十万と言っていなかったか? 金貨で百枚以上は…」

 

「よくそういう輩から買い物をする時はお金が過大に見える魔術を掛けてあげる事にしてる」

 

「過大に見える……」

 

 銅貨をマジマジと見て、少女がよく意味が掴めず首を傾げる。

 

「銅貨一枚であの男はこれから人生を売り続ける」

 

「まさか、それは―――」

 

 あの奴隷商人に少年が何をしたのか何となく察して少女は、憐れにこそ思わなかったが、少し背筋が寒くなった。

 

「価値観の書き換えを行ったのか?」

 

「よく魔術師と戦う時は意識干渉系の魔術を喰らってたから。大陸で六番目くらいにその手の魔術は詳しいかな」

 

「そうか……」

 

「怖い?」

 

「いや、お前が奴隷商人の事を嫌っているのが分かって少しだけ、その……」

 

 少年はそんな素直な少女の頭を撫でて一緒に後ろに来て欲しいと告げた。

 

 二人が幌付きの荷台から大樽を取り出して地面に下す。

 

「この中にあの子が……生きているのだな」

 

「うん。奴隷商人の話だと処女のまま【禁断蟲(エクソティシス)】に入れられたって事だから、ちょっと怖いかもしれないけど、手伝ってくれる?」

 

「えく何とかの事は解らぬが、この子を助けるのだな。ならば、我も頑張ろうぞ」

 

「ありがとう。それじゃ、樽をばらすから少し下がって」

 

「ああ」

 

 地面に下した樽の表面に触れた少年が何事かを呟く。

 

 それが解呪の魔術の文言であると少女は知っていた。

 

 綺麗な響き。

 

 魔術にはその人間の性質が色濃く出る呪文がある。

 

 同じ呪文でもその者にあった音色というものがあり、威力を高めるなら、自分に相応しい韻律に調整し直す事が魔術や魔導を修める際の慣習だ。

 

 故にほんの些細な魔術行使にも人の違いが出る。

 

 綺麗な響き。

 

 それは使用者の心そのもの。

 

「!」

 

 イフィミスラが感心している間にパキリと樽が割れた。

 

 同時に二人足元に生暖かい液体が流れ出す。

 

「こ、これは、何だ!?」

 

 思わず少女は声を上げていた。

 

 樽の中から現れたのはヌラヌラと照り光った粘液に濡れる肉の蕾だった。

 

 花弁一枚一枚が肉で出来た蕾はその中に入っているモノを思えば、身の毛もよだつ悍ましさだった。

 

「これに、あの子が入っている、のか?」

 

「うん。奴隷商人が女の子を扱う時に自動で調教・調整してくれるコレを使う事は珍しくない。それでもこれくらいの大きさのものになるとかなり高価だから、本当の貴重品……ダークエルフぐらい希少な子じゃないと使われないだろうけど。これの名前は【禁断蟲(エクソティシス)】あんまり触ったり、匂いを嗅がないように。催淫作用のある粘液と天然の媚薬だから」

 

「う、うむ…」

 

 甘ったるい匂いが辺りに充満していて、頭がぽぉっとしてくるのを何とかイフィミスラは耐えた。

 

「それじゃあ、一枚一枚剥がすから、そっち側は頼める?」

 

「わ、分かった」

 

 そうして少女は手の先に触れる肉の感触を不気味に思いながらも少年と共に肉の蕾を剥がし始めた。

 

 一枚一枚。

 

 丁寧に剥いていく。

 

(う、うにょうにょして気持ち悪い)

 

 花弁の内側は全て繊毛状の襞に覆われていた。

 

 蠢きながら、その襞は内側のものに白濁液を吹きかけ塗り込んでいた。

 

(こ、これがあの子ッッ!?)

 

 剥いていく途中で少女が引っかかりを感じ、僅か強く引くとズルンと何かが抜ける音がして、少女の顔が出てきた。

 

 それと同時に匂いも強くなる。

 

 少女は口の中に押し込められていた繊毛の束を吐き出しながら、それでもぽんやりとした空ろな表情。

 

 更には白濁液を口元から大量に零した。

 

「ぅ…ぁ…」

 

 イフィミスラが後ろに下がろうとする己の体を抑え付ける。

 

「大丈夫。元に戻してあげられるから」

 

 少女は震えながら最後まで花弁を開いた。

 

 そうして、知る。

 

 少女の姿を。

 

 花弁が開かれて出てきたのは正しく褐色の肌を持つエルフ。

 

 ダークエルフの娘だった。

 

 まだ自分と三歳くらいしか違わないだろう少女の姿にイフィミスラは我知らず唾を飲み込む。

 

 全身を白濁液に塗り込められ。

 

 ペタンと座っている少女の股間はピッタリと蟲の台座に吸い付いている。

 

(この子妊娠を?)

 

 その膨れた胎を見て少女は内側から悍ましさと少女の淫靡さに背筋を震わせる。

 

 少女の胎は妊婦程ではないにしろ、子宮を中心にふっくらとしていた。

 

 服の上からでは分からないかもしれないが見るものが見れば、妊娠していると見えるだろう。

 

 内側にある二枚の花弁が少女のふくらみを隠している。

 

 花弁を外すとニチャァッと今までより濃い濃密な匂いが立ち昇る。

 

 まだ幼いものの均整の取れた僅かなふくらみが露わになった。

 

 その乳首は外の空気にふるふると先を尖らせている。

 

「だ、大丈夫、か?」

 

 話し掛ける少女の声に僅か反応するものの、ダークエルフの少女は何も答えなかった。

 

「イフィミスラ。この子はまだ眠ってるみたいなものだから。ゆっくりこの台座から離してから、ね?」

 

「あ、あぁ」

 

「ここから先は僕がやるから、少し後ろに下がってて」

 

「う、うむ」

 

 少年が悲しそうな顔でいる事にイフィミスラは何故かちょっと安堵していた。

 

 並の男ならエルフの少女の淫靡な姿態にすぐ我慢できなくなって、犯していてもおかしくない。

 

(良かった。うん……)

 

 少年がそういう表情になっていなくて。

 

 ホッとしている理由に少女は気付かない。

 

「それじゃあ、ゆっくり外すから」

 

 いつもの優しい笑顔で少年がダークエルフの少女と視線を合わせ、粘液に濡れた頭を撫でる。

 

「っ」

 

 眠っていると少年は言っていたが、イフィミスラは少女の頬が仄かに今までより赤くなるのを見た。

 

 少年が粘液に濡れるのも構わずに少女に抱き着き。

 

 尻を掴んでゆっくりと持ち上げる。

 

「ッッ!!!」

 

 少女が淫靡に蕩けた表情になり震えた。

 

 ちゅる、ちゅる。

 

 少女と台座の間に細く長い繊毛と粘液が糸を引いて落ちていく。

 

 少女を台座から少年が完全に引き上げた時にはもう既に何度も体を震わせた少女は少年を瞳に入れて、誘うような笑みになっていた。

 

「大丈夫。気持ち良かった?」

 

 コクンと今まであまり反応しなかった少女が頷く。

 

「そっか。それじゃ、もう少し気持ち良くなろっか?」

 

 再びの首肯。

 

 少年はそっと少女を自分の外套に包んで馬車の荷台に引き上げる。

 

「良かった。まだ破れてないみたい」

 

「何がだ?」

 

 一緒に荷台に上がって恐る恐る訊くイフィミスラに少年が頬を掻いて答える。

 

「繊毛は処女膜に最初から開いてる穴を通ってから子宮口を少し広げて媚薬を入れるから。繊毛を引き抜く時に破れちゃう事もあって」

 

「その、詳しいのだな……」

 

「昔、同じような子はたくさん見たから」

 

「そうか」

 

「媚薬は体を処女のまま開発するもので、同時に膣や子宮は精子で絶頂するようになる。それで子宮は子種で沢山広がって孕みやすく、快楽だけで普通の子の三十倍以上にもなる。この子はまだみたいだけど、この状態で一度男に抱かれたら、その男の体にしか反応しなくなるから。まぁ、間に合ったって言えると思う」

 

 少年の口から語られる生々しい話にイフィミスラが顔を赤くして俯けた。

 

「あ……ごめん」

 

「い、いや、詳しいから、あの子を助けてあげられるのだろう? だから、そんな申し訳ない顔をするな。それにそういう風に謝られると、その…恥ずかしいではないか」

 

「ありがとう。イフィミスラ…それじゃ、もう少し手伝ってくれる?」

 

「あ、ああ、我に出来る事なら何でもしよう」

 

 少年が今まで自分をずっと見つめていたエルフの少女に視線を合わせる。

 

「名前は言える?」

「……?」

 

 少女は何を言われているのか分からない仕種で少年を見上げ続ける。

 

「そっか。それじゃ、少し口を開けて」

 

「♡」

 

 少女は何を勘違いしたのか少し嬉しそうに口を開いた。

 

「そう。そのまま」

 

 ゆっくりと少女の口の中に少年が指を入れていく。

 

「その…何をしているのだ?」

 

「こういう子には色々と記憶とか感情制御とか廃人にならないように沢山仕掛けがしてあって、大体それは頭部に一番近いの喉の奥にあるから。見つけた」

 

 少女は口接での愛撫をして欲しいと思ったのか。

 

 少年の指を目を細めてぴちゅぴちゅと舐め愛撫する。

 

「いい子だから、そのまま動かないで」

 

 少年が口元で何かを呟く。

 

 同時にバキンと大きな音が少女の口の中から響いた。

 

「だ、大丈夫なのか!?」

 

「痛みとかは大丈夫」

 

 ゆっくりと喉の奥まで入れられていた指を口から引き離されて、少女が名残惜しそうに舌を這わせる。

 

「君の名前を教えてくれる?」

 

「…な…りゃ…」

 

(名前を思い出したのか?)

 

 さっきまで名前も言えなかった少女が言葉を発した事にイフィミスラは少しずつ少女が回復しているのだと理解する。

 

「うん。ゆっくりでいいから」

 

「なー…りゃ…なー…しむ」

 

「ナーリャ・ナーシム?」

 

 コクンとダークエルフの少女が頷いた。

 

「ごしゅ…じん…さま?」

 

「そんな大そうな者じゃないよ」

 

 苦笑して、少年が今度はイフィミスラに顔を向ける。

 

「これから媚薬を抜くから、少し後ろに手を回して掴んで上げてくれない?」

 

「分かった」

 

 ナーリャと己の名を語った少女の後ろからイフィミスラが腕を優しく後ろ手に拘束する。

 

「少し気持ちいい事しようか。でも、暴れちゃダメだよ?」

 

 小さい子に言い聞かせるような少年の言葉にナーリャが嬉しそうに頷く。

 

 少年が少女の腹の上にそっと顔を寄せた。

 

「お胎(なか)を触るから」

 

「ん…ごしゅじん…さま…さ…わって?」

 

 僅かに妊娠したような胎に少年の顔が近づいていくのを見てイフィミスラは顔を赤らめた。

 

「それじゃあ、するから」

 

 顔を近付けた少年が何事かを呟きながら片手を胎の上に触れさせる。

 

「ひぅ?! ん、ぁ…ゃぁ♡ なーりゃの♡ おにゃ…かぁ♡」

 

 悶える少女の割れ目から少しずつ白濁が溢れていく。

 

 それに感じた少女の上気する頬、甘く歪んだ顔、震える身体。

 

 そのどれもがイフィミスラには刺激が強過ぎた。

 

(こ、この子…こんなに…気持ちよさそうに///)

 

 目を逸らしたくても年頃の少女としての好奇心と少年に任された使命感からイフィミスラは目を離せなかった。

 

 自分と同年代の子がこんなにも乱れている姿に腰の奥が僅かな熱を帯びていく。

 

「ひぁ…くぅん♡ もっ…ろぉ…してぇ♡♡♡」

 

 完全に雌の顔になったナーリャの腹がゆっくりと平たくなっていく。

 

 その行為が三分も続いた頃にはもう少女の秘部は白濁に塗れて、下は水溜りのようになっていた。

 

 割れ目からニチャァッと糸を引く愛液がその上にトロトロと落ちていく。

 

「気持ち良かった?」

 

「ごひゅりんひゃまゃぁぁ♡♡」

 

 蕩け切った少女のおねだりに笑みを向けながら。

 

 少年がそっとその額に口付けする。

 

「眠ったら、もう少し気持ちいい事してあげるから、それまでは眠って」

 

「ぁ♡ はぃ……」

 

 パタリと少女が気を失う。

 

「これで少しは次に目が覚めたら意識もしっかりしてると思うから。布でこの子の体を拭いてあげてくれない?」

 

「……///」

「イフィミスラ?」

 

「ぁ、な、何でもないぞ!? そ、そうだな。で、では、拭くから」

 

「はい」

 

 少年は今までの淫らな行為を何とも思っていないように振舞っている。

 

 それでも陶然としてしまって、行為を見入って上せていたイフィミスラは慌てて布を受け取った。

 

「それじゃ、この子が休めるよう移動しよっか。此処より雨風が凌げる場所を探さないと」

 

「う、うむ」

 

 御者台の方へと行ってしまった少年の背を見ながら、スヤスヤと眠るナーリャの体を拭きながら、イフィミスラは自分の下着が湿ってしまっている事に気付いて猛烈な羞恥に襲われる。

 

(我のここ…こんな…はしたない。こんな…ぅぅ///)

 

 しばらく少年と顔を合わせられない。

 

 それぐらいに刺激的なイフィミスラ旅の初日だった。

 

 *

 

 大きく事態が動き始めたのは【高格外套】数十人からなる部隊が呆気なく撃退され、剣を全て失って追討師団へと帰投した直後の事だった。

 

 白と黒を基調にする全身防護の為の【軽殻装(コート)】を着込んだ連隊長達がマロウを中心に円卓を囲んでいた。

 

 首筋まで続く銀糸の刺繍が七つの剣を露わにしている。

 

 その全てが彼らの誇りであり、敬愛の対象。

 

 聖女の一人一人を顕していた。

 

「それで【蒼穹の騎士】の欺瞞工作が破られたというのは本当なのですが。マロウ師団長」

 

 連隊長は男が三人に女が一人。

 

 砲兵を扱う四十代の女連隊長アルガ・レアがその厳しい表情に驚きを混ぜて直属の上司であるマロウに質問した。

 

「どうやら、ハティア、こほん。聖女様のお力で折られた剣に欺瞞を破る法術が掛けられていたようです。こちらは関知していませんでしたが、有り難い」

 

「では、さっそく騎士への本格的な攻撃を開始しますか?」

 

 機動歩兵を扱う三十代の伊達男フェルラス・ディオスは既に編成し終えた連隊を動かしたくてウズウズした様子で上機嫌に問う。

 

「いえ、アレの位置情報が、欺瞞が破られたと同時に掛かりました。直接叩くチャンスを逃す手はない。ただ…少し位置が悪い」

 

「位置?」

 

 そう聞いたのは工作兵を扱う七十代の老将ハイネシア・ダールだった。

 

 唯一、マロウにその場で対等に意見を言える老人は極めて冷静な顔で問う。

 

「エルデナンド中部。あそこは連合内部でも独立性が高く部隊の派遣を拒否しています。このまま無理に兵を進めれば、皇国連合との間の亀裂が今以上になる可能性がある。不用意な進軍は考え物。そういう事です。ハイネシア老」

 

 老人がニヤリとした。

 

「ほうほう。あそこは確か現地の教会の力が強い。少し揺さぶってみるのもいいでしょうな」

 

「どうやって?」

 

 老人の堅実な作戦にいつも身を助けられてきたマロウは自分が上司でありながらも一定の敬意を払ってハイネシアに訊く。

 

「あちらに魔王の残党が来たと、それだけを教会経由で教えてやればいい」

 

「それだけですか?」

 

 マロウの問いにハイネシアが頷く。

 

「それだけですとも。瓦解寸前の皇国連合の端にあるエルデナンドに戦う力はない。だからと言って情報が入ってきたのに無視も出来ない。ならば、どうするか? 無論、戦う以外の方法を取るでしょうな。戦う以外の方法……それは我々のケチを付ける理由になるかもしれない」

 

「揺さぶって下策を打てば、介入の理由にすると?」

 

「大義名分はいつの時代にも必要という事ですよ。マロウ殿」

 

 しばし、沈黙したマロウが最終目標の現在位置を脳裏で確認して、決断した。

 

「いいでしょう。情報を与え、その後のエルデナンド側に隙が出来れば、その時にこそ」

 

 老人、そして二枚目と猛女が同時に頷いた。

 

「では、騎士の方に関しては私が出ます。相手の傾向から考えて今頃慌てて合流に向かっているでしょうが、足止めする策は既に用意してあります。明日の日の出を持って私が単騎出撃。エルデナンド側の報が入ってきたら連絡を、すぐ戻ります。帰還まではハイネシア老に指揮を取って頂きたい」

 

「いいですとも。朗報。お待ち申し上げる」

 

 礼を取って三人の連隊長が下がった。

 

 今まで一言も口を利かずに傍で会議の内容を記録していた巨漢の秘書。

 

 サイラー・アルゴムがチラリとマロウを背後から見る。

 

「師団長自ら単騎で出撃。未だ護衛騎士の頃の癖が抜けないと笑いますか? サイラー」

 

「いえ、師団長こそがこの追討師団において最強なのは誰もが知るところです。貴方は唯一“人間”としてあの戦争の中枢へと赴いた。誰も貴方を阻む事は出来ない。それが聖女様達だろうと」

 

「買被り過ぎですよ。サイラー」

 

「アレの、いえ【魔王】と幾度となく戦い、敗れ、それでも尚諦めず、生き残り、その剣術を磨き上げてきた貴方を買い被る事などない。それは貴方が一番よく分かっているはずです。マロウ様」

 

「……装備の確認をしてきます」

 

「剣の皇に足る人よ。どうぞ、ご存分にお働きを」

 

 その天幕を後にしてマロウは夜の幕屋の群れの中を進む。

 

 無数の資材が置かれた幕屋の横を通り過ぎ、ゴミ捨て場を通り過ぎ、天幕が張られた一帯の端まで来た時、ようやくマロウは目的の場所に付いた。

 

 巨大な、巨大な鉄の匚(はこ)だった。

 

 その大きさはまるで一つの家、豪邸程もあるかもしれない。

 

 芝生の生える地面から馬車一つ分程浮いている。

 

【縛束鋼(リガトゥス・モルフェーメ)】

 

 彼の装備を運ぶ。

 

 たったそれだけの為に造られた装備保管庫。

 

 巨大なソレが主を確認して、自ら中央を開く。

 

 夜。

 

 仄かに晃(かがやく)ものが内部にある。

 

 飛び上がり、組み木細工の如く開いた内部へと足を踏み入れた瞬間、背後は完全に閉ざされる。

 

 内部は明るい。

 

 金属自体が発光している為だ。

 

 その通路を歩いていく先。

 

 たった一着の装備がマロウの前に現れる。

 

 いや、座している。

 

 胡坐を掻いて、座している。

 

 中身を求めるように鈍く輝いている。

 

 それの外見はただの【高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)】だった。

 

 だが、実際のところ量産化されたソレより随分前に造られた彼専用の装備だ。

 

 銘を【終滅(アド・ア・プロキシマ)】と言う。

 

 大そうな名前だとマロウが思ったことはない。

 

 名前の由来は他者を滅ぼすに非ず。

 

 使用者を滅ぼすという、ただそれだけの理由から。

 

 これを着て戦えば、使用者は滅びる。

 

 それが一秒だろうと二秒だろうと、装着した瞬間だろうと、例外なく、人間ならば滅びる。

 

 どういう意味で滅びるのかと言われれば、単純だ。

 

 その重量によって。

 

 その能力の負荷によって。

 

 その性能の大きさによって。

 

 人間ならば、鎧が密着する瞬間に掛かる約八万気圧程の圧力で圧潰する。

 

 人間ならば、能力の解放、つまり戦闘時内部に発生する4500度以上の高温に耐え切れず焼失する。

 

 人間ならば、装備された剣を振った反動、一つの山岳環境を回復不能にする衝撃で弾け飛ぶ。

 

 そういうものだ。

 

 それはそういうものでしかない。

 

 凡そ、人間が使う為に創られたものではない。

 

 ただ、それでもそれは彼にとっては着慣れた装備だ。

 

 着慣れなければならなかった装備だ。

 

 そうでなければ、届かなかったから。

 

 そうでなければ、戦いにすらなりはしないから。

 

「また、頼みます。負荷は肉体の限界まで許容を」

 

 彼の言葉にその人外の鎧から光が奔って内部を調整し出す。

 

 鎧の各部に走る回路の如き光の筋がカリカリと内部の機構を改変していく。

 

(ここまでしても、未だ人では届かない。それが限界だとフルー辺りなら言うのでしょうが、私は決して諦めはしない。諦めるわけにはいかない……待っていろ……我が生涯の宿敵……魔王……)

 

 彼はバシュリと内部から開いたソレに歩みを進める。

 

(これで約半分。五十年前のお前にまで近付いた。あと少し、あと少しで、お前に…)

 

 彼は思う。

 

 この鎧。

 

 その【源型(アーキタイプ・モールド)】を着る一人の男の事を。

 

 それを一番最初に何の問題も無く着こなしたと言われる彼の事を。

 

 ガキン。

 

 そう音がして。

 

 マロウを鎧が包み込む。

 

 激痛。

 激痛。

 激痛。

 

 意識を砕き散らし、今にも命を奪おうとする鎧からの圧力にマロウは耐える。

 

「ぐ……機能調整。出力二割。換装は汎用武装より、概念武装へ」

 

 バチンと意識が一瞬遠のいた。

 

 強化され続けてきたマロウの体を持ってしても抗い難い苦痛。

 

 それが示すのは匚により鎧へと付加されていく力の量。

 

 それは聖女の奇跡にも似て。

 

 鎧の表層に一つの力が上書きされていく。

 

 魔術、法術、外法、そのどれとも違う。

 

 彼の妻が構築せし【魔導技術(ハイ・クラフト)】による加護。

 

 大陸技術を革新した聖女の使う【電子噐械学(エレクトロニクス)】の加護。

 

 加護、加護、加護。

 

 機械的に量産される加護の本流。

 

 それは普通に成したなら、十万の術者と五年の歳月を掛けなければ完成しない概念防護術式。

 

 それを瞬く間に成す匚は正しく神の御業にも似る。

 

 魔族や大陸に住まう妖精もその力には驚くだろう。

 

 その瞬間、確かに男は世界で一番過酷な環境に置かれ、同時に世界最大の加護を得た。

 

 たった一度。

 魔王の残党。

 

 いや、魔王の従者と戦う為に加護を得た。

 

 その瞬間、師団の誰もがその方向を向いた。

 

 ああ、彼が、自分達の師団長が、今日も戦う為に命を燃やしている。

 

 人間として世界で一番強いと信じているその人が戦う為にこそ傷付いている。

 

 その気配。

 

 圧力を感じて。

 

―――お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛ッッッ!!!!

 

 匚の内部で雄叫びを上げたマロウが明朝出撃した時、その周辺には誰に言われる事無く整列していた兵達が敬礼して待っていた。

 

 彼の名はマロウ・ブレステンド。

 

 聖女を妻にし、魔王を宿敵とする七教会最高の騎士。

 

 世界の十分の一を焦土に出来る“人間”だった。

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