第二章二十七節「血統」
集いし者々。
悉く目を拓いて見るがいい。
これが世の理の内で最も輝く生命の系統樹。
そう【血河万象図(オムネス・スティルペ)】である。
『ぉおおおお…』
我が学問はこれを生み出し。
今、人の生命の根源へと手を伸ばした。
分かるだろう。
人に織り込まれし、数千数万の血統が。
これこそが人の強さ!!
これこそが人の最たる能力である!!!
遥か古の旧き種達。
【基幹異種(バルバロス)】は元より無数の生物達との間で交配を繰り返し、その能力を薄めながらも全ての血筋を統合収束する事で人間は爆発的な繁栄を得るに至った。
否。
今もそれは進んでいる。
幾多ある種の中で唯一人間が持ち得る可能性。
これが、この大陸に春を謳歌する人の根幹である。
嘗て、その内で光り輝ける者が生まれた。
それこそ我らが国父ニェハエルに他ならない!!!
『おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
その只管に圧倒的な力は大陸に覇を唱えんとした。
彼はただの人だったのか?
そうだ!
彼は人間だった!
だが、“人間という種の精粋”でもあったのだ!!
人を最も体現した者。
あらゆる祖先達の力を自らへと復元させた人間。
彼こそが我ら人の行き付くべき姿の一つなのである!!!
『ニェハエル万歳万歳万歳万歳!!!!』
我ら藩落の民はニェハエルの血筋によって憎み合い殺し合い争ってきた。
国父は大陸を一つにしようと崇高な理想を掲げたにも関わらず、志を継いだ者達は誰もが尊き血統を権力の基礎として取り込もうと、ニェハエルの名を貶めたのだ。
そんな年月が無為に過ぎ去った事実を悲劇と言わずして何と言おうか。
しかし、今此処に我が【異種教義(グノーシア・ドグマ)】は【奇跡の一滴】と対となる回答を得た。
さぁ、姿を、我が娘……マヲン・クラウゼン・セト・ニェハエル。
『――――――!!?』
「クヲ」
まず初めに一つ言っておかなければならない事がある。
この姿を亜人や化け物と思う者もあろう。
人には有り得ぬ真白の肌。
巨大な尾。
海月のような頭部。
そこから髪の代わりに伸びる接触器官。
全てが人間より逸脱していると。
しかし、その考えこそが間違いだ。
国父が人間の精粋である事は先程述べた事実だが、継承権第一位である我が娘はイグニシア・クルシスの皇帝家を除けば、唯一この地上でニェハエルに最も近い存在だ。
この形態に至った経緯を説明しよう。
詳しい者ならば知る通り、ニェハエルの血統は基本的に女系とされる。
生まれてくる者は女が七割で男が三割。
女は強い魔力や超常の力を持って生まれてくるが、男は能力もほぼ普通の人間と変わらない。
これはニェハエルの血筋における強い祖先の殆どが女系であった事に起因する。
隔世遺伝の確率がニェハエルの血統はとても高い。
それは女系の祖先達の形質を受け継ぐ確率が高いという事でもある。
ニェハエルの血統とは即ち、過去の女系祖先の能力を頻発する隔世遺伝によって獲得する血筋と言えるだろう。
つまり、国父ニェハエルは例外的に“強い隔世遺伝を持ちながら男性体として生まれてきた異端児”だったのだ。
『!!?』
「クヲクヲ!」
幾つかの歴史文献から国父の母にも息子であるニェハエルと同様の力があった事が既に確認されている。
我が娘は母体の体内にいる時より、先祖帰りを起こす手段を用い、旧き黄金期時代に君臨した祖先の能力を人工的な隔世遺伝で受け継ぎ生まれた。
諸君も知る通り、ニェハエルの血統を受け継ぐ女は魔力や能力が強ければ強い程に瞳が菫色に輝く。
あれは先祖帰りした能力や魔力による特殊な色素が瞳に凝るからだ。
些細な変化だと思うかもしれないが、長年の研究の結果、あの瞳の色が極度に強い者の肉体には一部人間には必要ない器官の生成や骨格・筋肉・内臓・多種多様な変異が付随する事も分かった。
ここまで言えば分かるだろう。
この娘の姿はその症状が極大化したものと考えていい。
「クーヲ!」
娘はこの通り、喉の構造上、人の言葉を話せぬが、意思疎通と言語の習得は出来ている。
そして、ここからが本題だが、娘はこの姿と声を制約される代わりに【奇跡の一滴】にも比例する能力を得た。
さぁ、皆(みな)へお前の力を示せ。
マヲン。
「クゥゥゥゥゥゥゥゥヲォオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
『~~~~~~!!!!?』
今、この場にいる全員の血統の力を一時的に目覚めさせた。
感じるだろう?
胸の高鳴りを。
遥か古より受け継がれてきた力の本流を。
身体に染み渡る生命の鼓動を。
勿論、女だけではなく男もまた感じているはずだ。
この子の瞳が両目とも深い菫色に染まっていくのが確認出来るだろう。
我が娘は己の血統の力を呼び起こす能力を持っている。
今後、この力を使う事で国父へと届く子を儲け、更に国父よりも先へ。
次世代の人類種を生み出し、我ら藩落の悲願は叶えられるであろう。
「クヲ~~~~!!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!』
聴けよ。
者々。
教会の唯一神は嘗てこう言った。
増えよ。
儲けよ。
地に満ちて。
汝ら世の全てを支配する者なり。
神を信じぬ我ら藩落の民は血統の力を信じ、此処までやってきた。
ならばこそ、あの傲慢が服を着た教会に見せてやろうではないか。
我らが人より先を生き、より善き人間として支配する楽園が此処にあると!!!
教会の神すら届かぬ力が此処に存在するのだとッッッ!!!!!!
「クヲッ!!!」
『ヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ―――』
藩落西部都市国家アーズトリテ領内。
クラウゼン公爵家本邸付随の大聖堂。
巨大で荘厳を極める国父の墓所を地下に抱く祭壇の前。
演説を行った男は歓声に包まれながら、娘と共にその場を後にした。
長く白い顎鬚を持つ老人の名はランナ・クラウゼン・アリト・ニェハエル。
先程の演説とは裏腹に薄暗い通路を歩く顔には衆愚への侮蔑が浮かんでいる。
「これでしばらくはまた権力欲に取り付かれた者達も静まるだろう。それにしても見れたものではないな。あの力に溺れ切った顔は……」
「クヲ?」
老人の横を歩く少女が首を傾げた。
少女と言っても、その姿は異端。
シルク製のノースリーブとキュロットを身に付けた簡素な出立(いでた)ち。
亜人にも見えるが、大陸に同じような姿の種族は一つとてない。
人間にしては真白に過ぎる滑った肌。
巨大な海月に食われているようにも見える頭部からは触手が髪の毛の代わりに幾本も伸びている。
人型でこそあるものの、そのモチを伸ばしたような形の尻尾も、腕の皮膚がまるで着物の袖のように伸びている様子も凡そ人間とは言い難いだろう。
だが、その身体は間違いなく少女の形をしている。
造形は異形であるものの、見目麗しく。
その仕草は愛玩動物にも似て。
見るものに微笑ましさを覚えさせるかもしれない。
「ふ…可愛いか。随分と博愛主義に満ちた見解だ」
宝石のように輝きを失わない菫色の眼球が己の父の苦笑する様子を映した。
「さて、では今日の本題へ会いに行こうか」
「クーヲ!」
父に寄り添いヒタヒタと素足で廊下を歩きながら、異形の少女マヲンが前日の事を思い浮かべる。
彼女の下にその報が届いたのは三日前。
そして、現物が連れて来られたのが前日。
どうしてそうなったのか彼女は知らなかったが、捕まえられたはずの花嫁は男になっていた。
顔も満足に見えない程拘束された少年。
厳重な魔術防壁のある独房の内部に据え付けられた姿は人形のよう。
幾つかの安全装置。
この場合はあらゆる物質を消却する魔術であるとか。
首を落とす拷問機械であるとか。
そういったものに囲まれ、彼は椅子に座らせられていた。
『……』
彼女は独房内部の少年がそんなに怖いものなのだろうかと首を傾げざるを得なかった。
『クヲ……』
無害そうなのに。
そんな思いとは裏腹に少年を連れて来た部隊長の顔は恐怖や疑心に歪んでいて。
何らかの力を持った不死者。
頭部を完全に破壊したはずなのに生き返った化け物。
簡易の拷問を行ってもすぐに傷が治る不気味な存在。
一言も喋らない為、仕方なく口を割らせる目的で連れて来た。
などなどの主観的な羅列が報告されるに至った。
『……』
程なくして男は独房から逃げ出すように失せて。
彼女の父親は目を細めつつ、その正体をすぐさまに看破した。
『まさか、実物に合う日が来るとは思わなかった。この地へは何の用か。魔王』
魔術方陣を地肌に書き込まれ、目も耳も聴こえていないはずの少年が口元に笑みを浮かべるのを見て、彼女が思ったのはとても強い人なのだなという事。
『こんにちわ。君がアーズトリテの一番上の人?』
『そう思ってもらって構わない。お初にお目に掛かる。我が名はランナ・クラウゼン・アリト・ニェハエル。アーズトリテを取り仕切るクラウゼン公爵家の長にして【血統信仰(スティンマ)】より【異種教義(グノーシア・ドグマ)】を生み出せし者』
『随分、余裕みたいだけど、それって本音?』
『今更、この地で戦争でも始めるか? そのような人間に貴殿は見えないが』
『そう?』
『戦いだけを求めるような輩だったなら、当の昔にこの星は終わっていたはずだ』
『まぁ、ね』
『そもそもがエーデリアの血統を取り込もうとした我らに魔王を云々するような意図など無い。争う理由は皆無と言っていいだろう。それにしても将軍の血筋を追って魔王が釣れるとは世の不思議だな』
『それじゃ、さっそくで悪いんだけど、これ解いて貰えない?』
『悪いがそれは容易には出来ない相談だ。血統を尊ぶ学問の研究者が、この大陸で最も価値在る存在を手放すと思うかね?』
『勝手に逃げ出せって事?』
『あの娘とどうして知り合い助けようと思ったのかは知らないが、此処まで大人しく連れて来られたという事は時間稼ぎでもしてやっているのだろう? こちらとしては貴殿が手に入るなら、しばらく放っておいても構わない』
『饒舌だね』
『これでも緊張はしている』
『そうは見えないよ』
『貴殿の事は前々から情報を集めていた。もし叶うなら、その血統の秘密を探ろうとも。こうして機会に恵まれた事は望外の喜びだ。故に言っておこう。生憎と魔王相手に嘘を吐く無謀な真似はしない』
『それで?』
『此処にいる内は我が手勢による小娘への諜報活動を停止してもいい』
『取引って事?』
『無論、研究に身体を差し出してもらう事になるが』
『僕の血統は安易に増やせないし、複製(コピー)しようとしても無駄だよ?』
『こちらは国父亡き後、延々と血統の研究に明け暮れた筋金入りだ。それくらいは承知している。あの女がやっていたアルヴィッツでの複製実験や模造品の製造と一緒にしないでもらいたい』
『随分と僕の研究に関して詳しいみたいだけど、それって確か知ってるだけで消されかねない事実ってやつじゃなかったっけ?』
『こちらも当時は当事者だった、というだけの事だ』
『藩落って結構進んでるんだね』
『その筋でならば、あの女より先に行っているという自負はある』
『拘束とか術式とか拷問器具の気配とか。あそこと同じなのも納得、かな……』
『貴殿を拘束しておく事を前提として設計された部屋を再現してある。当たり前と言えば、当たり前だ。無論、本人を入れる日が来ようとは思っていなかったがね』
『それでそっち側の条件は? 博士(ドクトル)』
『ふ、世辞を言えるとは中々に興味深い』
二人の会話は要領を得なかったものの、彼女にとってはどうでもいい事だった。
問題は一つだけ。
少年がどうなるか。
『では、条件を決めよう。此方側の要求を伝える。こちらからの行為に対して肉体の反応を制御せず偽らない事。こちらからの行為を全て受け入れる事。何らかの動作が伴う場合も拒絶は許されない。この三つを提示する』
『こっちからは“僕からの他者への致命的な干渉”と“僕に関係する人員の非殺傷の確約”あとは“それらの人員の精神や肉体に関する致命的変異の拒絶”を提示させてもらおうかな』
『いいだろう。七教会で言うところの“非人道的行為への制約”と捉えさせてもらう。研究素材の精神と生命に関しては非殺傷を誓おう。研究の際に行う投薬及び改造も命や精神に致命的変異を与えない範囲でのものにすると約束する』
『そう。それじゃあ、短い間だと思うけどよろしく。そっちにいる子もね』
『クヲ?』
そうして。
首を傾げたマヲンに微笑みかけて。
少年は虜囚となった。
「……ク~」
父親の横をヒタヒタ歩きながら、彼女は今頃どうなっているだろうかと少年の事を思い浮かべる。
地下への階段を下り、屋敷本邸への道を進めば、やがて目的地が見えた。
広大な敷地の下。
彼女の父親の研究施設はある。
国父の血統を支える研究はとにかく個体と個体の掛け合わせから始まる。
それはつまりより善き子を産む為の智識であり技術だ。
様々な個体との掛け合わせ。
投薬、魔術、儀式で、生まれる子供の資質を操作する。
考えられる限りのパターンを試してデータを収集する為、その親個体には人間だけではなく多くの亜人や人外、異種族も使われる。
その結果としての彼女があるのだから、ある意味その研究は終盤に差し掛かっていると言っていい。
今回行われる実験はそれとは違い、彼女も知らない事ばかりだった。
そもそも子を成すのが目的ではないという点で根本的に今まで彼女が協力してきた研究とは異なる。
「さぁ、どうなっているか。まずは結果を見ようか」
広い石畳と大陸中央式の電灯で形作られた道の先。
錆びぬ鋼の扉を開いて、彼女は父親と地下研究棟の一室へと入った。
深い縦穴の底を覗く偏光ガラス張りの天蓋。
その床を透かして、彼女は少年を見つける。
それなりに広い部屋の中央。
本来は母体を寝かせる巨大な寝台の上に少年はいた。
フカフカのシーツに身体を沈み込ませて、数人の被検体達と共に……。
*
―――確か。
最初に覚えているのは踏み締めた枯葉の感触と指が凍り付いた痛み。
見上げれば、降って来たのは魚の骨と腐り掛けた芋。
『ホラ、コレデイイダロ。サッサトキエロ』
バタンと戸はすぐに閉まった。
いつからそうだったのか知らない。
ただ、始まりはそれだけ。
暗闇に風音だけが響いて。
空は曇天。
村外れにある小さな樹の根元。
洞の中が寝床だった。
首にはいつも張り付いた鉄錆の感触。
寒い時は首が凍り付いて一晩中眠れなかった。
それでも夏よりはマシだっただろうか。
焼け焦げた首はたぶんどの季節よりも痛かったから。
朝起きて、村を回って、朝の残飯、あるいは家畜の食い掛けを貰い、何かの仕事をする。
それがいつもの事だった。
川へ漁に出れば、体の数倍はある網を持たされて、落とせば、鼻が折れるまで殴られた。
畑仕事に出れば、他の子供が遊ぶ横で夜まで鍬を振るった。
狩りに出れば、獣の餌だと熊や猪の囮になって弓を向けられた。
冬は何も無いと森でよく樹の皮を剥いで食べた。
今も味は覚えている。
骨も腐り掛けた芋も樹の皮も味はそれほど悪くない。
少なくとも死ぬような痛みが体に走る食べ物ではない。
せいぜいが一日か二日気分が悪くないくらいのものだ。
魚を取って食おうとすれば猟師から半殺しにされたし、まともな芋を食う事は殆ど無かった。
肉とは一体どれほど旨いものなのかと大人達と子供達が不思議でならなかった。
そう、いつもそんな調子だった。
服だけは襤褸を村の中心付近の家庭から貰った。
何でも“娘の目に付いたら教育に悪い”らしかった。
自分の事を何と言うのか。
歳が桁を増やすまで知らなかったが、村間奴隷という種類と聞いた。
何でも村が共同で管理する所有物だとか。
働けなくなる程の傷をあまり受けなかったのはそういう事情だった。
好きなものが出来たのは初めての記憶から四度目の季節。
過ごし易い花が咲く時期。
村の外れから少し行った場所に丘があって、よく空が見えたのを覚えている。
闇に瞬く輝き。
まだ星とは知らないソレを眺めながら、眠る。
白い月もまた見ていて飽きはしなかった。
誰にも知られない自分だけの楽しみ。
たった一つの秘密。
村の誰にも気付かれていない事。
それが在れば生きるには十分だと思っていた。
矢を射られて怪我をしても死なず。
川で溺れても死なず。
厳しい冬を越しても死なず。
村の誰もが少し変だと思いながらも頑丈な奴隷だと納得していた。
そんな名も無い「オイ」とか「オマエ」とか「ソコノ」であったはずの村間奴隷の日々が変ったのは自分の年齢ぐらいの数が数えられるようになった歳の事。
村に小さな教会が出来た。
音に聞く教会が出来る。
村の誰もが沸き立った。
神がどういうものか。
教会が何か。
さっぱり分からなかった奴隷には関係ない話。
年の半分も掛けて出来た教会に初めて大きな街から人が来る事になった日。
滅多に見ない立派な馬車で牧師と家族が来た。
村の誰もが暖かく牧師とその妻と娘を迎えた夕暮れ。
お祭りのように賑わった村から奴隷は追い出されて。
何処かで一晩過ごせと初めて焼き菓子というものを貰った。
食べている様子は見ていたから。
美味しいのだろうかと疑問に思っていたから。
夜。
まだ夏までは遠い、お気に入りの空を見上げながら丘で食べようと出かけた。
星を見上げて。
貰った菓子を食べようとした時。
そんな少し特別な夜。
何かが変った。
初めて聞く足音。
村の誰も夜には来ないはずの丘に彼女は現われた。
村では見た事もないような上等な生地の服に身を包んで、赤と白の裾がふわふわと軽い姿。
それが聞いていた牧師の娘(こ)だとすぐに分かった。
村の人間なら丘から追い出すはずで。
そのまま洞へ戻ろうかと腰を上げたのは必然。
声を掛けて問題になれば、要らぬ怪我をしかねない。
だから、そのまま丘を下りようとして。
『あら、別に構わないわよ。其処は貴方の席じゃない』
彼女は、そう言った。
*
意識もなくクッションに背を凭(もた)れさせて。
少年は糸の切れた人形のようになっていた。
その瞳は黒い布切れで目隠しされ。
首と腕と足に同様の色をした細い布がまるで鎖のように巻かれている。
人を安息へと誘う死神の加護を受けた呪品。
普通ならば死者の霊を送る為の装備。
同時に生者を安らかに逝かせる安楽死の魔術具。
それを巻かれて尚生きているというのは普通ならば在り得ない。
しかし、そもそもが死という概念とは程遠い肉体を持つ者ならば、在り得るかもしれない。
意識を失うだけで済んでいる時点で生半可な不死性を持つ高位生物より頑丈なのは折り紙付きだ。
どのような改造にも耐えるだろう。
この千載一遇の機会である無防備な肉体への施術。
もしも聖女達がこの事実を知り得るなら、悔しさを滲ませたかもしれない。
それ程に貴重な時間だったのだ。
少年が無防備な肉体を晒すという事は。
施された術が少年を滅ぼし続けるものでもなければ、封印し続けるものでもないという事実はもういっそ世界への反逆と言っても差し支えないかもしれなかった。
少年を滅ぼす為に使用された莫大な資源や人員の事を思うなら。
少年に復讐しようと邁進した人々の歴史を思うなら。
寝台の上で行われている行為は正しく人類への裏切り。
無論、彼女達はそんな事は露程も知らなかったし、誰が責めるものでもなく。
施術は滞りなく完了した。
「【双四睾丸(オストレア)】の融合は完了しました」
「前立腺への男神二十四柱の意匠刻印、終了しました」
「海綿体内部へ術式敷設、完了しました」
「みんな。ランナ様が来ましたわ」
薄桃色の上等な下着。
それも肝心の性器を隠す部分も薄く、更に切れ目を入れられている代物を纏った数人の少女達が上を見上げてから深く頭を下げた。
『施術は完了したようだな』
「はい。ランナ様。滞りなく完了してございます」
『よくやった。では、これより交配実験に入る。各員は各々のケージから交配可能個体と所定の補助個体を連れて四時間交代で事に当たれ。射精管理は個体の担当者に一任する。尚、個体の名称はティアで固定する』
「ティア、様ですか?」
『そうだ。無意識下においても言葉は届いている事が確認されている。適宜使って反応を引き出せ』
「はい。了解しました」
『肉体操作は通常のパターンを全て適用。交配個体には媚薬S00-324を入室後に使用しろ。量は裁量に任せるが随時追加して構わん。発情の度合いが足りなければ、刻印の使用を許可する』
少女達が一斉に頷いた。
『尚、今交配実験に際しては着床済みの個体も使用。指定した全個体との交配が一巡した後にまた見に来る。情報の記録は全て室内に敷設された方陣で行うが、現場での意見もレポートとして後日提出の事を言い添える。何かあったら書斎に直接連絡を。以上だ』
「では、これより特別交配実験を開始します。対象男性体名称はティア。交配用個体は七種。全四十五人。担当はオルヴォー家。アルシラ家。イスト家。メンゼル家。以上の四家子女が当たります」
『よろしい。芳しい成果を期待する』
ランナが頷いて部屋を出て行く。
実験の指揮者ではあっても、人道を常に蹂躙しているとしても、老人にも守るべき規範というものがあった。
少なくともそれは自分の実験の被検体達。
自ら家の為に身を捧げる貴族の子女達には向けられるべきものらしく。
実験の現場に立ち合うのは最小限に留まっている。
一人だけ父が去った後も残ったマヲンが床にベッタリと張り付いて、少女達に手を振る。
『クヲ! クヲ!』
「あ、マヲン様。今日も見学ですか?」
『クヲ』
胸を反らしてマヲンが大仰に頷く。
「前日の種付けで異種全ての着床を確認いたしました。おめでとうございます」
『クヲクヲ』
何やら仕草でそれ程でもないです的な謙遜をした後、好奇心旺盛な瞳が再び少年へ向けられた。
部屋の中。
薄明かりに照らされた室内で少女達が互いに顔を見合わせる。
「では、始めましょう」
誰も彼もまだマヲンより幼い。
しかし、誰もが貴族の子女として育てられ、【血統信仰】の為に生まれてきた生粋の【被検体(おじょうさま)】だ。
大陸を覆い始めた七教会の倫理や道徳とは根本的に常識が異なる。
育ちの良さそうな顔。
その華奢で白い肌。
乳房の膨らみも途上だが、それでも女として求められる全てを使って奉仕する事を教育された彼女達は、羞恥こそあるものの、確かに並みの娼婦以上の覚悟と経験を持っている。
藩落が出来て以降。
クラウゼン公爵家に仕える貴族の子女達が辿ってきた道。
母の母が、その母の母が、まったく同じように仕えて来たように。
彼女達もまた自分の子を儲ければ、そう教える歯車の一つだった。
「では、イスト家のケージから」
「はい。お姉様。では、行って参ります」
ペコリと金髪を緩くカールさせた少女がお辞儀をして部屋を後にした。
残るは三人。
赤毛を長髪にした少女と白銀の髪をショートにした少女と黒髪をポニーテールにした少女。
全員が寝台の横にある台座に置いた施術用の魔術具を片付け始めた。
「それにしても新しい方をお迎えするなんて思ってもいませんでしたわ」
「そうですね。ランナ様も急に工程表に変更を入れたようですし、そこまでの逸材なのかもしれません」
「不死者と窺(うかが)いましたけど、確かにとても特別なお体をしているようです」
「この睾丸を四つも付ければ、大概の種は狂ってしまうはずですものね……」
「ふふ、ちょっとお顔が好みだったりして……」
「確かにお可愛らしい顔をしてるのは認めますわ」
「ランナ様はこの方をマヲン様のお婿様の候補にするつもりなのかしら?」
「さぁ、どうでしょうか。でも、此処で種付けに成功すれば、あるいは……」
「そういえば、どうして着床済みの個体とも交配するように工程を組んだのでしょうか?」
「時折、性魔術に長けた種や存在は妊娠済みの母体に力を与え、母体内の子にも良い影響を与えるとか」
「まぁ、この方も?」
「詳しくは教えてくださいませんでしたが、そのような事をランナ様は言っておられましたわ」
「そうですの。なら、ケージの個体達も善き子を産めるでしょうね」
「ええ、もしかしたら……クヲン様との交配も可能になるやもしれません」
「そんな時が来るといいですね」
「そうですね。マヲン様もクヲン様も我らアーズトリテの宝ですもの。いつか、きっと……」
「あ、来たようですわよ。まずはNO.043ですわね」
「ああ、あの無駄に元気がいい?」
「亜人の中では面白い素材だと思いますわ。下半身はアレとはいえ、上半身は綺麗な子ですもの」
「ただいまケージから戻りましたわ」
部屋の扉を開けて入ってきた金髪の少女がジャラリと鎖を鳴らした。
「は、離せぇ! 離せぇ!?」
涙声が部屋へと招き入れられる。
連れて来られたのは貴族の少女達とそう歳も違わないだろう全裸の栗色の髪をした少女だった。
「こ、こんな事をしたらトトサマもオジサマもみんな許さな―――」
途中、栗色の髪の少女は何も話せなくなった。
他の少女達が手にしているものを見たからだ。
その掌には針の代わりに細長い管が付いている透明な注射器。
中身は半透明で薄らと薄紅色に輝いている。
一度でも投薬された事のある者なら、何も言えなくなるのは当たり前。
効果が如何なるものか。
鎖に繋がれた少女はよく知っていた。
「ひっ!? く、来るなッ、来るなぁ!!」
パカラッと冷たい床に蹄の音が響く。
「あらあら、いけませんわ。馬畜生の分際で尊い交配実験を拒否するなんて許されません」
鎖が引っ張られると薄ら輝き、首輪から沈静の魔術による神経麻痺が身体を支配していく。
その効果は上半身からジワジワと動きを奪った。
まだ動く下半身は四足と大きな体躯で構成された馬のもの。
【人馬(ケンタウロ)】
亜人の中でも珍しい人の部分と亜種の部分がハッキリと別れる種。
本来、狩猟民族であり、武の民として知られる人馬は大陸でも奴隷にする事が難しい種族として知られている。
少女の不幸は血統に血道をあげるクラウゼンの家に目を付けられた事か。
まだ中型のポニー程しかない大きさの下半身はやがて少女の意識を反映しなくなり、硬直していく。
「聴こえていますわね? これから貴女にはこの方と交配して頂きます」
「!?」
少女が身体を強張らせながらも少女達が手で示した方を向いて驚く。
自分と同年代くらいの少年が寝台には沈み込んでいて、その下半身の一物は大きくそそり立っていた。
それだけではない。
その股間は普通では考えられない六つの睾丸が下がっている。
「ひきょうものぉ。このひとも……」
痺れる舌で何とかそう言った人馬の少女に少女達がクスクスと笑った。
「意識はありませんけど、体は反応しますし、動かせますもの。何も問題ありませんわ。そもそも、貴女みたいな馬畜生と交わらなければならないなんて、ティア様の方に失礼ですわ。この方は高貴な血筋だそうですから」
少女達が馬の下半身の方へと回って手に持っている管を三つの穴に差し込んだ。
一つは尻穴。
一つは尿道。
一つは膣穴。
他には一つで膣穴に二つ。
合計四つの管から何の説明も声もなく体内へ媚薬が注入される。
「ひ、ぁあああああああ!!? ひぅ!? やめ、ひゃめろぉ!?」
容赦なく注射器が押し込まれて。全ての液体が性器から溢れる程に滴った。
冷たい感触に最初こそ、身体を縮めた人馬の少女だったが、すぐに冷たさは熱に取って代わった。
(やぁ?!! こんなぁ!! またもおしりもぉ!!? あついぃぃ!!!)
「ふふ。しっかり濡れて来ましたわね」
「そうですわね」
「では、始めましょう。ティア様の方を」
「はい。お姉様」
少女達が寝台の前に人馬の少女を引き連れていき立たせる。
同時に少年がゆっくりと身を起こした。
黒い戒めに仕掛けられた術が身体を「己の意思では?」と錯覚させる滑らかさで動かす。
「やめぇ! こんりゃのぉ?! やぁ!!」
人馬の少女が顔を羞恥と身体の疼きと屈辱に染めながら、ふるふると身体を震わせる。
「あらあら、この後に及んでまだ嫌だなんて…ねぇ、貴女…そんなに嫌なら止めてあげてもいいわ…その代わりに化け物や蟲や悍(おぞま)しい形の種族と交合(まぐわい)続ける事になるけど。いい?」
「―――ひ?!!」
人馬の少女がその提案に身を硬くする。
「この方は人の形をしているし、ちょっと身体には手を加えたけれど、愛らしいお顔をしているわ。貴女が望むなら優しく動かしてあげてもいいのよ? 恋人がするみたいに優しく“おまんこ”して欲しくないの? 今までみたいに機械の方がいい?」
「しょ、しょんなぁ……わ、わらひはぁ……」
脅しだとは分かっていても、もし拒否すれば本当にそうなるだろう事を確信した少女は…苦悩と込み上げる欲情と卑怯に対する拒絶の狭間で顔を歪めた。
「貴女まだ器具で処女膜を失って、薬や道具で調整されてるだけなのよ? 初めてはせめて少しでも“同じ形”の人がいいんじゃないかしら?」
「ぅぁ…ぁぐ…ぐぅううぅぅ……」
ポタポタと涙が人馬の少女の頬を伝っていく。
「クスクスクス。じゃあ、踏ん切りが付くようにしてあげましょう。みんな」
「はい。お姉様」
「そうですわね」
「ふふ、ではティア様」
少年が少女達に操作されるまま、人馬の少女の前に回ると、目隠しをされたまま唇を奪った。
「んむ!? むぅううう!!? んんん!!?」
クチャ、ピチュ、グチュ。
口を閉じようとしたものの、少女は熱に犯され始めた体内の衝動には勝てず、熱い吐息を吐いた。
滑り込んでくる舌は少女の口内を蹂躙してはいるが、何処か優しく。
「んぁ♡ ふぅぅ♡ ひぁ! クチャ、ひきょ、ピチャ、やらぁ♡」
舌を舌でなぞられる感触に脳裏は完全に蕩け切った。
「うふふ。良かったですわ。気に入ってくれて。ティア様もほら」
「まぁ、こんなに大きく。反応も良いのですね」
「さぁ、交配を」
「刻印の使用も準備が出来ましたわ」
ぼんやりと唇から少年の舌が離れていくのを見つめながら、人馬の少女はもう自分がこの状況を受け入れてしまった事を悟った。
背後へと回った少年の優しい手が尻肉を鷲掴みにした時、少女の芯にカッと熱いものが灯る。
「素敵な初めてにしてさしあげますわ」
同じ笑みを湛えて。
少女達は人馬の少女の乳首を捏ね、淫核を攻め、幹を持ち、交配を始めた。
ズ、プン。
「ッッ?!!」
もう蜜を垂らしていた鈴口がすじへと口付けし。
そのまま全てを沈み込ませていく。
「ひぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! こんなぁぁぁぁ!!? やぁぁぁぁ!! きもひぃぃのやぁぁぁぁ♡」
いやいやと拒絶する素振りをしながらも、声は甘く蕩け、背筋を駆け上がる甘美に意識は没していく。
「おまんこ、いいですわよね? もし、そうなら“おまんこしてほしい”って言わないとダメですわよ♪」
「ぁ…ぁぁ…ぁあああ♡」
最後の理性が悪魔の甘言に融け切る前に少女の一番奥に少年の先端が優しくめり込む。
「ぉ、おまんこひてぇぇ♡ じゅぼじゅぼひてぇぇ♡♡ あかひゃんできれもいいからぁぁ♡♡ やさひくひてぇぇ!! おひんひんれぇぇ!!! びゅーびゅーしへぇぇぇぇぇぇ♡♡♡」
「はい。よく言えましたわね。では、最後にティア様の名前を呼んで差し上げてください。そうすれば、もっと気持ちよくなれますわよ」
「てぃ、あ?」
「そうですわ。これから貴女に種付けする方のお名前です。これから牝穴として使って頂くのですから、可愛くおねだりしなければ、ね?」
「てぃ、あひゃま。てぃあひゃまぁぁ♡ わらひのおまたぁ♡ おまんこぉ♡♡ あかちゃんのおへやちゅかってくらしゃいましぇぇ……♡」
「では、第一巡目、被検母体【人馬(ケンタウロ)】記録開始ですわ」
グヂュン。
少女達の言葉通り。
恋人達が互いを求め合うような強さで子宮口が抉られ。
「んおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお♡♡♡♡」
人馬の少女は初めての絶頂に白目を剥いて、唾液を垂らしながら・・・はしたなく舌を突き出した。
「ヲ~~~」
感心した様子で実験を好奇心旺盛な瞳が見つめ続ける。
少年の受難は見世物よろしく異形少女マヲンの前で始まったばかりだった。