第二章二十九節「懐夢」
秋。
枯れ草色の草原には小さな獲物達がやってくる。
巣穴の奥で家族を増やす穴鼠。
樹を行き来する肥えた栗鼠を追う禿鷹。
生まれたばかりの小鹿を狙う牙狼。
命を取り、取られ、回っていく世界は激しい泣き声が響いても穏やかで。
きっと、次の年も、その次の年も同じだと感じさせてくれる。
お気に入りの草原は断崖の先。
遥か人の国があるという果ても見える。
春になれば、名も知らぬ小鳥が巣を作る花畑にも為る。
空気はいつも穏やかで。
冬になれば、一面の銀世界。
不毛な山岳にやってくる人は少なく。
いつも年の瀬に来る吟遊詩人の老婆が二人。
音色の狂騒を一族以外に誰も知らない。
人の世の悲劇を嘆き、人の世の常を謳い、人の世の慶びに酔う。
それは毎年のように続く御伽噺。
猛き勇者の群れは大地に沈み。
人心は皆、朱に向き始めた。
世に在った暗雲は去り。
幾多の金に群がる傭兵はお払い箱と消え。
幾多の王達が望んで尚果たせなかった世界の統一へと動いている。
国を遥かに上回る教会は強大と為りて。
歴史に埋もれぬ魔王は逃げ。
天下を騒がす。
けれど、と物語はいつもこう締めく括られる。
あの静かな夜はもう無いのだと。
自分達が知る世界は無いのだと。
残酷だからこそ、優しさを知れた。
醜いからこそ、美しいのだと分かる。
全てが優しさと美しさに彩られた灰色の世界。
闇に沈まぬ朱しか無い世界には本当の喜びはあるのかと。
老女達は謳う。
世を映す一連なりの月と太陽。
その片方しか無いならば、きっと世界は寂しいのだと。
全てを聞き終えて、寒い空を見上げた時、星を人もまた見上げるのだろうかと、そう思った。
今の人は“醜さすら”失った何かなのだろうかと。
年嵩にそんな生意気な口を聞いて叱られたのも良い思い出だった。
枯れ草色の草原の中で一人。
いや、その黒い外套を着た背中を見て、声を掛けようか迷う。
「良い場所だね」
何故だろう。
夜を思い出す声音。
優しくて、温かくて、哀しみを覆い隠してくれる月光にも似て。
「本当に……」
彼は言った。
その声はどうして懐かしいものを見ているような感慨に囚われているのだろう。
分からない。
「昔、世界はこういう色だったんだよ」
なら、今は違うのだろうか?
「泣きたくなるくらい蒼い空も全部忘れさせてくれる闇も過酷な日常を照らす朱(あけ)も……」
人の世を嘆くのか。
それとも諦観しているのか。
分からない。
「昔は皆でよく話した。この世界からもっと闇が取り払われて、誰もが光の下にいられたらいいねって。でも……」
でも?
「何処で間違えたのかな。今はどこまでも夜が来ない灰色に何もかもが染まり掛けてる……」
背中は何処か寂しそうで。
声を掛ける事すら躊躇われて。
「ただ、誰もに笑っていて欲しかっただけなんだ。きっと、皆そうだった。僕や僕の仲間達だけじゃない。多くの人がきっと同じ願いを持ってた。でも、闇は深くて果ても無かったから、何処までも光で満たそうとしたら影ばかりが濃くなって……もう僕以外には止められない……」
止める。
何を止める。
分からない。
けれど、彼の拳は握り締められていて。
「君には迷惑掛けちゃったから…コレ……」
いつの間にか後ろに立っていて、勝手に手が彼の手に乗せられていたものを掴み取る。
「もし良かったらでいいんだけど、名前教えてくれない?」
答えようと。
一歩踏み出そうとして。
パチンと音がした。
全ての光景が、ただ何もかもが、失せた。
*
「これで四回目ね」
「はい。そろそろ仕上げかと思います」
「ふふ、こんなにはしたなく涙と唾液垂らしちゃって。さすが馬畜生ね」
大きな寝台の傍でクラウゼン公爵家に仕える少女達が【人馬(ケンタウロ)】の少女と目隠しをされた少年の交合を見守っていた。
「ほら、達しちゃったからって意識を落とさないで頂戴。貴女はいいかもしれないけど、ティア様はまだ出してないんだから。呆けてないでちゃんと膣(なか)を締めなさい」
グヂュン。
「ん゛お゛お゛お゛お゛~~~!!?」
パンパンパンパン。
少年の剛直に子宮口を再び攻められて。
人馬の少女が蕩けた媚肉を何度も戦慄かせた。
「もうりゃめぇぇぇ♡ ひゃめぇれぇぇぇ♡♡ ひぎぅううううん!!?」
三度絶頂し。
まったく休まずに腰を打ち付け続けられた少女は愉悦と涙に濡れる。
今や乳房を起たせて、貴族の少女達の一人に淫核を摘まみ扱かれ、脳裏は過剰な快楽と愉悦と多幸感で焼き切れる寸前。
「お゛ん!! お゛ん!! お゛ん!! あ゛~~~~?!! やぁぁああああ!!!? ひぐぃぃ!!?!」
初めて感じる牝の快楽。
器具で処女を奪われた時とはまったく違う。
自分の大切な子作りの孔を見知らぬ少年に抉られて、人馬の少女は果てない昂揚にはしたなく舌を垂らし、唾液を散らして幾度と嬌声を上げる。
膣(なか)は何処も彼処もそそり立つ少年の幹を受け入れていた。
亀頭は言うに及ばず。
内部の襞を全てこそぐ勢いで出し入れされ、蜜を粟立たせている。
プリプリと扱かれる襞の奥。
最も神経が集る場所を乱暴なくらいに擦りあげながら。
先端は子宮口を虐め抜く。
【人馬(ケンタウロ)】は種族的に男根が大きい傾向にある。
人で言うところの馬並みだ。
女達はそれを受け入れる体である為、本来人間と交合(こうごう)するにしてもよっぽどの大きさでなければ、もどかしい思いをする事になる。
しかし、そんな貴族の少女達の杞憂は見当外れだった。
「やはり、ティア様は素質をお持ちになっていますわね」
「はい。普通に動かしているだけですが、扱いが手馴れていると言うか……一部、記憶を引き出して使う術式の方が良い動きをしてくれるような気がします」
「では、そうしましょう。後でレポートに付け加えれば、問題ないでしょう」
後ろから少年に攻められている人馬の少女の前で三人の少女達がボソボソと詠唱し始める。
それに合せて今まで滑らかな動きではあったものの、機械的に犯していた少年の動きが変わった。
「ッッッ?!!!」
人馬の少女が今までの嬌声が嘘のように震えを止めるものの、同時に完全に顔を崩壊させた。
「んぁぁぁぁぁぁ♡ ひぅ!? ひぁ!? あきゅぅぅ!! やぁぁ♡♡ こぢゅくりらめぇぇ……」
穏やかになった快楽に震えながらも、恥じらいに身を捩り、完全な牝の顔で少年を受け入れていた。
涙は悦びへと取って代わり、笑みは雄を誘う女のもの。
「ぁ、ぁ、ぁ、あかひゃんのへゃぁばかりしひゃぁ♡」
少年の腰は前程には激しく動いていない。
それでも深く挿入し、一番奥で子宮口を小刻みに冒しながら優しい手付きで尻肉を触っている。
「馬畜生でありながら、こんなに大切にされて…ティア様に犯されて幸せですわね。貴女」
「ちが、しあわひぇなん―――ふぁぁぁ♡♡♡」
攻めが緩められたおかげで多少戻った理性の色を宿した瞳が反抗しようとしたが、少年の腰使いに声は途中で蕩けた。
「貴女は三回も達しましたが、ティア様はまだ一度も射精していません。いえ、こちらで射精を止めているのですが、そろそろ頃合でしょう。こんなに幸せな顔で種付けされるなんて、早々無い事です。合計四回分の射清量になりますが、人馬なら大丈夫でしょう。しっかりと受精し、着床させ、妊娠なさい。貴女の卵はちゃんと今日出ていますから、善き子が望めるでしょう」
「ひょ、ひょんにゃぁぁ、ひあ!?」
少年の腰使いが少しずつ速くなっていく。
射精管理で常人ならば発狂しているだろう量の精を腹底に煮え滾らせていたのだから、この先に待つ結果は火を見るより明らかだった。
「あかひゃんらめぇぇ♡ こぢゅくりぃぃらめぇぇ♡ こういうのはぁ♡ すきなひととぉぉ♡♡」
いやいやする人馬の少女の言葉に貴族の少女達がクスクスと笑う。
「言っておきますが、もう薬の効果は切れているはずですよ? 遅行性のものは基本的に副作用が強いですから。今、貴女は即行性の薬も切れて、刻印も使っていない状態……つまり、そんな状態の癖にこんな牝の顔でティア様の肉棒を咥え込んでいる時点で、七教会みたいな戯言を言う資格はありません」
「!?」
「貴女はもうティア様のもので牝になった馬畜生です。こんなに幸せそうな顔で子作りが嫌だなんてお笑いです」
ズヂュン。
「んぁぁあああああああ♡♡」
「抉られるのがいいのでしょう? 優しく子宮口を捏ね回されて、愛する者とするように子作りして、もし…貴女が心底に受け入れて“おねだり”しながら子種を付けられれば、きっとティア様も喜ぶのではなくて?」
「ッ」
少女達は今までの経験から強制されながらもこれだけ優しく扱われた人馬の少女が堕ちると踏んでいた。
心と身体は不可分。
善き行為となれば、善き子が産まれる。
それはジンクスとも言えない程の迷信に近かったが、クラウゼン公爵家に使えてきた貴族の子女達が当然のように知る一つの真理であった。
母体の状態一つでほぼ条件が同じ個体でも受精した子の性質には違いが出る。
何例、何百例、何千例と積み上げてきた個体管理の技術蓄積はその僅かな差異の存在を教えてくれる。
だから、貴族の少女達にとって、母体の心理の保全は重要な仕事の一つだった。
如何に実験とはいえ、泣き叫ぶ者が孕んだ子を取り上げるよりは笑みを零して孕んだ子を取り上げる方が彼女達自身も嬉しい。
歪んでいようと教会に勧める道徳的に間違っていようと悪鬼羅刹の如き行いだろうと、少女達もまた一人の女である事は変わらない。
人に在る善悪の彼岸の只中で彼女達は彼女達なりの義と道を持っていた。
「ぁ…ぁあ…わ、わらひぃ、はぁ…」
「ほら、もう時間が無いわ。そろそろティア様も限界…始めた時みたいにおねだりしてごらんなさい。薬無しでも、今よりずっと気持ちいいわよ? さぁ」
人馬の少女は蕩ける思考の中、脳裏で背中を思い出す。
それはまだ意識の底でしか彼女が知らない背中。
寂しそうで優しい声で語る誰か。
「―――ティ、ァひゃまぁ♡」
貴族の少女達が人馬の少女の声に笑みを深くした。
「わ、らひぃのなかれぇぇ♡ た、た…たねちゅけぇしれぇくらはいぃ♡ こぢゅくりしてぇぇ♡♡ あかひゃんのへやちゅかっれぇぇ!? れはりゃまひぇてぇぇ♡♡♡」
そのおねだりに少年の腰が一際大きく引かれ、突き出された。
瞬間。
「ッッッッ?!!!!」
ビュボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ―――。
「 」
声にならない声で人馬の少女が絶頂した。
ビュルルルルッルルルルルルルルルルルッルルルルルルルルルルルルルルルル。
何処までも続くかという射精に少女の胎がボゴンと一瞬で膨れ上がる。
本来、少年の射清量はかなり多い。
馬並みどころか人間の域を遥かに超える量を出せる。
それが人口の睾丸で精の増産能力を加えられ、射精を管理されて何発も溜められていた。
それを含めて考えれば、どうなるかは想像が付く。
「これは!? 引き抜かせなさい!?」
その声に少年の近くにいた少女が身体を羽交い締めにして後ろに引く。
ズリュンと人馬の少女の奥、子宮口と子宮、卵巣までも精で完全に征服した幹が引き抜かれた。
「んぁ!?」
ビュババババババババババババババババババババババババババババ。
吹き上がるあまりの射清量に人馬の少女の全身が濡れ、背後は白く染まった。
それだけでは飽き足らず。
貴族の少女達も大量の精液を思わぬ形で受け、身体をブルリと震わせた。
部屋の中に雄の匂いが満たされる。
絶頂こそしなかったものの。
少女達はクラクラと眩暈でもしたように呆然となった。
人馬の少女はあまりの射清量に気を失って倒れ臥している。
「凄い、量…こんな…まさに逸材…んぅ…妊娠しちゃいそう…」
少女達が頬を染めて、自らのすじに手を伸ばした。
身体を濡らす精ですじを弄べば、きっと戻れなくなるような快楽を得られると半ば確信して。
「だ、ダメ…よ…て、転移で母体をケージに転送。此処をケージと非常用の空間転移方陣で繋いで。このままケージに行ったら、押さえが利かなくなるかもしれない…このまま実験を続行」
「は、い。お姉様ぁ」
人馬の少女が白く染められたまま。
下に浮かび上がった魔術方陣に飲み込まれていく。
魔術の気配に僅かに意識を戻したか。
人馬の少女が薄らと目を開ける。
(ととひゃまぁぁ♡ かかひゃまぁぁ♡ しゅれでぃにゃはぁぁ♡ てぃあひゃまのあかひゃんたねちゅけられてぇ♡ しあわひぇになっれひまいまひたぁ♡♡♡)
トクントクンと胎に感じる少年の精の感触。
熱湯のように熱く。
けれども、温かくも感じる。
少年と並んで小さな自分似の子と手を繋ぐ。
そんな幻視に微笑みながら、人馬の少女は一人棒立ちになる少年を置いて、部屋から消え失せた。
「これ、から…受胎中の母体を使用するわ。NO.043交配完了。続いてNO.025の交配実験準備を開始します。オルヴォー家のケージより、。妊娠済みの汎用交配個体を」
「はい。最下級貴族の子です。マヲン様の準備交配実験時に妊娠。今は【禁断蟲(エクソティシス)】に夢中の子ですわ」
「転移開始」
精の匂い漂う部屋に再び転移方陣が浮かび上がり、今度は寝台の上にポフンと少女が落ちてくる。
緩くフワフワとした金髪と煌めく産毛。
歳は少女達と同じくらいだろう。
貴族の子女らしく何処か高貴な気配がある。
乳房は年齢相応に薄いものの、僅かに母乳らしきものを滲ませていた。
何よりも一目を引くのはその腹だろう。
中央をふっくらとさせて、子供を孕んでいるのは確実。
「あ、お姉様方。その…今日はどのような実験ですか?」
薄いレース地の下着。
貴族の少女達と同じものを身に付けた彼女が微笑んだ。
「今回、妊娠済みの個体の交配実験を行う事になりましたの」
「ですので、今日はこの方…ティア様と交配して戴きますわ」
「ん、この匂い……」
金髪の少女が股間をモヂモヂと擦り合わせて、寝台の前に立っている全裸の少年を見つめる。
その視線はもう淫靡な悦びに濡れ始めていて。
ほぅっと熱い吐息が吐かれた。
「では、準備を」
四つん這いになった金髪の少女はまだマヲンに一回の種付けを許しただけのすじを両手で広げて、唇の端をだらしなく緩めた。
そうして、まだ始まったばかりの交配実験は続いていく。
*
静かな森の奥へと続く階段。
不毛な世界の先へと続く螺旋。
人と人以外を隔てる小さな道の踊り場に。
まるで嵐のような音色が氾濫していた。
送り出す者達からの葬送曲。
もう戻らぬだろう戦士達への響き。
これからの苦難を思えばこそ、その音色は悲哀と苦悩に満ちて激しく。
しかし、それだけではない世の美しさを秘める。
例え、どれだけ世界が荒廃しようと吹き続ける黄金の風。
そんな意思の輝きが瑞々しい音を染め上げる。
全てが終わった戦場に日が昇るように。
砕け散った宝玉がそれでも大地の上で輝くように。
「必ず」
木々の天蓋を透かして零れる明星が旅立つ者達を祝福していた。
幾つかの足音は遠ざかる。
人の住まう世界。
修羅の巷へと昇っていく。
暗がりの中。
歳若い声が訊いた。
「ジジサマ。本当によろしかったのですか?」
「何がかな?」
「人間は…恐ろしい。もし、返ってくる便りが…おぞましいものばかりだったら…連れて行かれた子の不幸を…ただ、眺めることしか出来ぬのだとしたら…行く意味は…」
「人か。嘗て人の勃興と共に大陸に覇を唱えたのはわしらであったが、その時代は当の昔に過ぎた。今は人の時代…それが真理であろうよ」
「ですが、あまりにも…あまりにも人は残酷です…」
「確かに。大陸を支配していながら、人の欲望には限りがない。天然自然の者ならば心得ているべき歯止めすらない。魔を強大に育て、聖なる者に愛され、神々すらも思うが侭にせんと奢る」
皺枯れた声に賛同の声が上がる。
「そうです! そうです! あの悪魔共!! 人間!!! 魔よりも暗き者共!!!」
「そうだ!! 人間なんて!!? 人間なんて滅びてしまえばいい!!?」
まるで諌めるように枯れた声が割って入る。
「だが、そう呪っても人は進むだろう。破滅の道すら踏み越えて。それ故、大地に生きる全ての種族は人を畏れるのだ。越える為にこそ、人は智を磨き、技を編み、高みへと手を伸ばす。己の血を克服し、自らの種を超越し、神も魔も糧として、果てない世界を夢見続ける。そんな事が出来る種は人をおいて他にない」
「このまま我らのような旧き種は人に滅ぼされるのを待つだけだというのか。亜人と蔑まれながら……」
「そうとも限らんさ」
「え?」
「そもそも、我らやこの血に住まう者達が亜人と言われるようになったのは極々最近……せいぜいが十数万年程前だろう。嘗て、人の勢いを知った我らの祖先は人の血を自らに取り入れる事で繁栄を築いた。まだ分岐する前、他の異種達とは違う選択として人を求めたのだ」
「人を?」
「人は我らの祖先に異種との仲立ちを期待し、その血を分ける事で自らの安全を確保した。今また人は今までに無い動乱の時代へと移ろいつつある。我らも人もまた互いに求めるかもしれん。どうなるかは分からんとしても、備えはせねばならぬ」
「……」
「そんな顔をするな。何もこちらが頭を下げようという話ではない。あの【大戦】に勇者達が参加したように再び我らの力が必要となれば、人も頭を下げに来るだろうて」
「ですが!!?」
「今は見届けよう。人の行く末を…それまでに我らが滅んでは元も子もない。祈り、備えよ……それこそが我らに出来る唯一のこと」
「ッ……」
「何、心配は要らぬはずだ。今回、彼の四氏族が我等と同様の案件で動いておる。共同戦線を張れば、如何な者も強情は張れん」
「はい」
「帰ろう。我らが狩り場へ」
蹄の音が幾つも遠ざかっていく。
カポカポ、カポカポ、と。
数人の【人馬】の一団が人為らざる四つの異種と合流したのは数日後の事。
彼らが目指すは藩落古都エーデリア。
人馬の少女が一人消え失せた地。
今正に騒動が起こりつつある場所だった。
*
―――大陸北西部革命闘士達の一時集会所より。
【フゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!】
【イェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!】
無意味な叫びが世界を包んでいた。
凡そ百人からなる集団が各々叫んでいる。
彼らの姿を見る者があれば、大陸の何処であろうと眉を顰められるだろう。
長い皮製の下穿きだけで上半身には何も身に付けず。
顔にはギラギラと金属片が埋め込まれ、髪型は芸術が爆発かと言われる程に派手な者ばかり。
その手には鎖(チェーン)だの鋼鉄製の棍棒(メイス)だのが握られている。
人の声以上に浸透する音楽。
絶叫のみで構成された喉を潰して謳われる何か。
漂う煙は退廃の象徴たる芥子の粉を焚いたもの。
そこにいるのが老若男女というだけで常識を知る者ならば目を剥くだろう。
【オレ達は何だぁあああああああああああああああああああああああ!!!?】
【カクメイトウシイィイイイイイイイイイイイイ!!!! イエェエエエ!!!!】
【オレ達の目的は何だぁあああああああああああああああああああ!!!!!!?】
【ハカイジユウスンバラシィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!】
【ヒハハハハッハハッハハハハッハハハハハハッハハハハハハハッハハハハ】
七教会が大陸で【近代化(レボリュション)】を推し進めて以降。
様々な文化・価値観が摩擦し、音を立てて崩れてきたのは紛れも無い事実だ。
その中でも取り分け、大陸の常識とのズレが激しかったのは道徳問題だと言われている。
例えば、見ず知らずの他人を助けるとか。
例えば、奴隷を買ってはいけないだとか。
例えば、女は男の所有物ではないとか。
摩擦の範囲は果てしなく広がり、七教会の広報活動や利害調整による布教でも中々変わらない常識(もの)が少なからずあった。
革命闘士や革命分子と呼ばれる人々の興りはそんな七教会の価値観に国を跨いで反抗する民間運動として始まった。
これが七教会にとって目下頭の痛い話になったのはここ数年の話だ。
問題はその運動が事実上七教会の統制下にある国々の間でも盛んになってきた事だろう。
民間の運動である以上、大げさに力で潰せば反発は必至。
しかし、潰さなければ芽はいずれ樹となり、七教会の権力基盤や信仰すらも揺るがすかもしれない。
そんなジレンマに陥った七教会の革命闘士への方策は後手後手に回っている。
主に大陸中央の国々を中心にして広がってきた七教会にとって、面と向かって革命闘士達を潰せるのは明らかな違法行為が行われた場合だけだ。
公正明大を掲げる組織である以上、教会の教義が浸透し切った国での行動には常に“お利口”である事が求められる。
軽い罪ならば、罪に見合っただけの罰しか下せない。
その罰にしてもその国が七教会がどれだけ影響力があるかで軽いか重いかは決まってくる。
押さえ付けれれば、跳ねっ返りも多くなるのは道理だ。
革命闘士というトレンドは大陸の各地で様々な形で展開されていたが、その中でも最も過激で性質の悪いグループが大陸中央の国々の若者達によって組織されているのは皮肉な話だった。
『今日はぁああああああ!!! ナントォオオオオオオオオオオオ!!!! ガイラからお客さんがゲストォオオオオで来てくれてるゼェエエエエエエエエエ!!!!』
文明的な生活の中で窮屈さを感じ、革命闘士という名を借りた乱痴気騒ぎを持て囃す者達の誰もが、ステージの上にやってきたソレを、見てしまった。
「皆様。お初にお目に掛かります。ガイラにて【幽国の士】と呼ばれる革命分子組織を統括しておりました【アルデーティル・エーリエル】と申します」
今までの盛り上がりが嘘のようにざわめきが会場に広がっていく。
出てきた年齢不詳とも思える女は教会の修道服を着ていた。
「本日はお招き頂きありがとうございます。わたくし達がこうして武帝より逃れて此処に辿り着いたのも何かの縁。本日は我らが御子様といと高き御神の名において、皆様に素晴らしい贈り物を用意いたしました」
会場にどよめきが奔る。
ステージ端からぞろぞろと白と黒の肌をしたエルフ達が連れられてきたからだ。
端は幼さに頭を撫でるような頃合の少女から、豊満な胸と安産型の大きな尻を揺らす女盛りまで。
一繋がりの鎖で首輪を繋がれたエルフとダークエルフの女達が全裸が会場の誰にも微笑み掛けた。
申し訳程度に施された手足の装飾品。
あられもない姿が若者達に見せ付けられる。
「ふふふ……」
今度は静まり返った会場で誰かがゴクリと唾を飲み込んだ。
「大丈夫です。この子達は皆奴隷。そう“あなた達の所有物”なのですから。遠慮なく好きになさってください。きっと“人生がどうでもよくなるくらい”気持ちいいはずです」
ステージから発される魔性。
魅惑ですらない人の根幹的欲求を暴騰させる声。
それが一種の詠唱魔術の類だと誰も気付かなかった。
いや、気付いた者もすぐにそれを忘れた。
フラフラと。
今までの熱狂が嘘のように若者達がステージ上に惹かれて群がっていく。
やがて、まだ歳若いダークエルフの少女に若い男が手を掛けた。
ふにゅりと少し小さめの胸が拉げて。
少女が笑みを浮かべて男の下半身へ指を伸ばす。
その様子に触発されてか。
怒涛の如く会場が一気に動いた。
集団真理と理性を削ぐ甘い薫りが全てを狂わせていた。
エルフの女達から発される雌の匂い。
人間の脳には強過ぎる麻薬めいた効能。
それがどんな意味を持つのか修道服の女アルデーティル以外には知らない。
大森林において豪族達を骨抜きにして人間を違うものに変えてしまった女は自らの子供達にいつも奉仕する唇で若者達へ囁く。
「うふふふふ。皆さん慌てなくとも沢山います。どうぞ、今は愉しんでください。これより先は地獄のように働いてもらうのですから……」
いつの間にか。
会場の周囲にはステージ上で矯正を上げ、男達に犯され始めたエルフ達と同様の姿が群がるようにして溢れ始めていた。
ステージ上のエルフ達と違うのは殆どがまだ幼いか若いという事だろうか。
男も女も自分のものにするエルフ達を見つけては群がって乳房を性器を淫核を尻穴を全身を愛撫し、嘗め回し、擦りつけ、交合(まぐわい)、嬌声を上げていく。
「さぁ、もう到着したようですし、初めましょう」
アルデーティルが不意に浮き上がって会場の上空へと昇っていく。
女以外誰も気付いていなかったが、七教会の艦船が上空へ近付きつつあった。
輸送艦と思われる鋼の船が高度を下げて腹の中央を開く。
動体魔術の一種が落ちてくるコンテナをゆっくりと会場の上空へ固定した。
そのまま去っていく輸送艦を見送る事もなく。
アルデーティルが両腕を広げ、同時にコンテナが二つに裂けてバラバラになって地上へ落下する。
運悪くコンテナの破片が直撃した会場の者が数人。
下半身や上半身をグシャグシャに潰されて即死した。
が、そんな些細な事を気にする者はもう会場には誰もいない。
「ああ、御神よ…これが、これこそが…ぁあ…ぁああああああ、うふふ、ふふふ!!!?」
全身をゾクゾクと快楽に支配されながら、淫らな顔で女が嗤う。
罪深き修道女の前に現れたのは一枚の扉。
【漆黒の門】
何がその先にあるのか。
会場の若者達が知る事はついになかった。
ゆっくりと、扉が、開く。
――――――――――――――――――――――――――――――――?
その日、完全に受胎したエルフの女達を残して、数百人の若者が地上から消え去った。