※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第二章三十一節★

第二章三十一節「旋転」

 

 何処までも【血統信仰(スティンマ)】を深めた先、そこに待っているのは厳然たる交配の黄金比だと言われている。

 

 どの種族にどの資質を合わせれば、特定の想定された個体を生み出せるのか。

 

 これを家畜ではなく人間でやり、見極める。

 

 そればかりか。

 

 異種や亜人間でもこれを行う。

 

 それが【異種教義(グノーシア・ドグマ)】実践の一端である。

 

 これを極めたクラウゼン公爵家の技術は既に交配結果を九割以上の確率で知る事が出来る。

 

 例え、些細な交配実験に使われる被検体であろうとも、地下研究棟内部に“飼われている”というだけでアーズトリテの上流階級にとっては正に福音と言える。

 

 どんな家のどんな子と掛け合わせれば、己の子弟が良き子を残せるか。

 

 それを知る事が出来るだけで家を盛り立てる方法は違ってくる。

 

 望んだ子を高確率で産めるともなれば、彼らにとって交配情報を教えてくれる者は神にも等しい。

 

 故に彼女もまた幼い頃から己の境遇に誇りを持っていた。

 

 尊いクラウゼン公爵家の交配実験に携わる一貴族として、同時に交配の当事者である被検体として。

 

 更に言うならば、予備的な交配実験とはいえ、クラウゼンの第一継承権を持つマヲンとの間に子を儲けられるというだけで至福であった。

 

 母や父の顔を彼女は思い浮かべる。

 

 この研究棟に入ってからもう一年。

 

 時折、会いに来る父母はいつも笑顔で彼女に頑張ってと応援してくれた。

 

 子を孕み、胎が出てくると喜びは一塩深まった。

 

 それが新たな権力と地位や名誉の為だとしても、彼女が幸せな事はまったく変わらなかった。

 

 毎日、お腹の子に詩を聞かせて、時折は庭で日の光を浴びて、同じケージの貴族の子女達と共に噂話に興じ、勉学もする。

 

 異種や亜人達は何処か暗い顔をしているが、それも研究棟に来て何年かすれば変わるという。

 

 自分の産んだ子を育み、新たな子と番(つがい)になって幸せな毎日を送る。

 

 確かに位や種族の違いはあるだろう。

 

 が、それは偉大な血統の力の前には些細な話だ。

 

 事実、強制的に受胎させられ、比翼となった男女で自分の身を嘆き続ける者は少数である。

 

 ケージの中で死ねば、供養の為に共に葬られる場所だってある。

 

 研究棟の中で生まれた子は外を見る事は稀だが、必要とあらば外に出て学び大きくなって戻ってくる。

 

 形こそ違えど。

 

 確かに地下の交配実験場は人にとっても亜人にとっても異種にとっても人外にとっても“楽園”だ。

 

 故に彼女はマヲンの子を孕みながらも、別個体と交配する事を何とも思わない。

 

 いや、実際には少しドキドキすらしていた。

 

 目隠しをされていたものの、人間のようである少年は…好みだった。

 

 もしも、番(つがい)になれるかどうかを見極めているのならば、交配で良いところを見せて、マヲンの子を産んだ後に少年の子も産んでみたいとすら思っていた。

 

「ん…」

 

 どれだけ暴れても軋み一つ漏らさない寝台の上。

 

 ふっくらとした胎を下にして股を持ち上げ、自らのすじの花弁を開いて、彼女は初めて見た少年の男根を待ち侘びる。

 

「では、始めます」

 

 クラウゼン公爵家に仕える四大貴族。

 

 彼女にしてみれば、上級貴族のお姉様と言うべき存在。

 

 その声に導かれて、寝台に上がった少年の息遣い。

 

 ゆっくりと広げた穴の中央に先端が埋まっていく。

 

 ジリジリと膣(なか)へ溶け合うように押し込まれていく幹の感触に彼女はブルブルと背筋を震わせた。

 

「くぁ……」

 

 舌さえ出して、だらしない顔で久しぶりの悦楽に笑みすら零す。

 

「では、補助用の個体を。メンゼル家のケージより【獣人】の虎型三個体」

 

「はい。お姉様」

 

「ん、あ、あ、あん♡ んぐぅ!? 赤ちゃんお腹蹴ってぇ♡ 喜んでますぅ♡ お姉様ぁ♡♡」

 

 少年の幹を半分以上後ろから突き立てられて。

 

 彼女は悦びに目の端へ涙を浮かべる。

 

 四大貴族の少女達が少年と彼女の横に付きながら、手際よく詠唱に入った。

 

 少年の性器を制御と被検体全員に刻まれる胎の刻印。

 

 更に新しい個体を呼ぶ転移方陣が一斉に起動する。

 

 尻を両手で鷲掴みに揉みしだきながら、少年が腰を少女の奥に打ち付ける。

 

 最初は僅かに余っていた根元の幹が刻印の起動と共にピッタリと全て埋まる。

 

「んぁああああああああ?!!! ふか、ふかぃよぉぉ♡♡」

 

 プシュッと潮が一瞬、少年の太腿を濡らした。

 

「転移完了」

 

 交合(まぐわい)を続けている寝台の横にキョロキョロと辺りを見回す新たな被検体が三体現われる。

 

 尻尾に人間の耳とは別に頭の上にある大きな耳。

 

 手足や背筋にある獣のふさふさとした毛並み。

 

 【獣人(ベスティア)】は亜人の中でも割りと多数を占める種類(カテゴリー)だったが、その中でも猛獣の部類との相似を持つ者達は人間との相性が悪く、大陸でも奴隷や拳闘興行の為、狩られる傾向にあった。

 

「では、さっそく」

 

 獣人の少女達の耳元に何事かが囁かれる。

 

 とろんと目元を潤ませて、獣人の少女達の口元に笑みが広がった。

 

 既に研究棟での生活にも慣れ、子を孕み産んで育てる為の歯車の一部となった者の笑み。

 

 獣のように四つん這いの貴族の少女を犯す少年の左右に少女達が移動する。

 

 ピクピクと交合の音に大きな耳を反応させながら、舌が伸ばされた。

 

 少年の動きが深く幹を突き入れたまま止まる。

 

 一人の舌は少年の尻穴に。

 

 残りの二人の舌は少年の乳首を這い始めた。

 

「―――」

 

 一回り幹が太くなる。

 

「お、おおきくぅうう♡」

 

 ペロペロと毛繕いする狗のようにザラザラと舌が性感帯を攻め立て、少年を高ぶらせていく。

 

『ヲ~~』

 

 珍しく性感の増幅する交合補助を見た天井の異形の少女マヲンが関心した様子になる。

 

 クラウゼン公爵家の交配実験は基本的に惰性がない。

 

 単純に言えば、合理的。

 

 悪く言えば、遊びがない。

 

 今まで生まれる子の資質を操作する為だけに血道を上げてきたクラウゼンの家にとって、交合は快楽を得る手段ではなく、より良き子を生み出す為の手段だ。

 

 故に個体をリラックスさせる以上の手練手管のようなものは交配実験では極力用いない。

 

 番(つがい)となる雄と牝の自然交配も実験の一部としては行っているが、そちらはメインではない為、快楽を引き出すような行為は珍しい。

 

 上から見下ろされる少年と少女達の饗宴はクラウゼンの中枢であるマヲンにしても中々お目に掛かれるものではなかった。

 

 それ故にムズムズと“楽しい事”を求める気持ちの高ぶった少女は少し混ざりたくなった。

 

 床にへばりついて見るのを止め、廊下へペタペタ素足のまま走り出す。

 

 角を三度曲がり、転移方陣を二度経由して階段を昇って下りて二分弱。

 

 迷路のような研究棟の地下の交配用部屋へ迷わず辿り着いた。

 

 扉が一人手に横へスライドしてトコトコ入ってくるマヲンに四大貴族の子女達が思わず驚く。

 

 飽きて何処かへ行ってしまったのかと思っていたからだ。

 

「クヲ?」

 

「あ、あ、あああああああああああ?!!!!」

 

 ビクビクと身体を震わせて続いていた少年との交合に少女が絶頂した。

 

 今はその乳房を二人の獣人の少女に下からチュウチュウと座れている。

 

 少年は鷲掴みにした尻を引き寄せ、腰をピッタリと密着させて、大量に射精していた。

 

「あかひゃんよろこんれるのぉおおおおおお!!? ま、ら゛あ、ああああああああああああああ♡♡♡」

 

 完全に牝の顔で大量の白濁を子宮口に噴射され。

 

 ガクガクと背筋を仰け反らせる。

 

 様子を見ていた貴族の少女達が現状をそのままにマヲンの前へと集ってくる。

 

「何か御用ですか? マヲン様」

 

「クヲクヲ」

 

「混ざりたい、でしょうか?」

 

 一番年長の少女が言葉は分からずとも長年の付き合いから言い当てた。

 

「クーヲ!」

 

 『その通り!』とでも言いたげな様子でデンと胸を張ったマヲンが両手を腰に手を当ててコクコク頷く。

 

「ですが、ランナ様のご都合もありますし」

 

「クーヲ、クヲクヲ! クヲックヲ」

 

 我侭な感じに『いやだい! いやだい!』と床でジタバタし始めるマヲンに四人の少女達が何処か仕方なさそうに笑う。

 

「では、交合は無しで口付けや触り合うだけ、ですよ? それ以上はさすがにランナ様に私達が叱られてしまいますので」

 

「クヲ~~~♪」

 

 全身で喜びを表すマヲンに誰もが苦笑した。

 

「では、一端、交配実験は小休止とします。各個体の生体情報(バイタル)を確認後、転送でケージへ」

 

 マヲンが寝台に近付くと少年の大量射精に絶頂して呆けていた金髪の貴族の少女が目を見開いて驚く。

 

「あ、マ、マヲン様」

 

「クヲ?」

 

 大丈夫?

 

 そんな感じの声に少女が四つん這いのまま、蕩けた顔のまま、頬を染めて頷く。

 

 それを見たマヲンが手でナデナデとその頭を撫でた。

 

「マヲン様。仕度が出来ました。転送しますので少し離れていてください」

 

「クヲ」

 

 離れていくマヲンに少女が少しだけ微笑んで小さく「では」と呟く。

 

 ズルンと少女の中から男根が抜かれ、少年が後ろに下がると少女達の下に方陣が浮かんだ。

 

 周辺に屯していた獣人の少女達と共に寝台の上の少女も転移の光に沈み込んで消えていく。

 

「クヲ~」

 

 またねと手を振るマヲンに寝台の少女も小さく手を振った。

 

「では、寝台を清掃しますので」

 

「クヲー」

 

「あ、ティア様は洗ってしまいますので、寝台を掃除し終わるまで見ていてくださいますか?」

 

 貴族の少女達が何事かを呟くとザバーッとお湯が滝の如く上から降ってきて少年をびしょ濡れにした。

 

 用意されていた空布で全身拭かれて後、少年がマヲンの方へと押しやられる。

 

「では、しばし、お待ち下さい」

 

 少年の手を引き、外に出てすぐ横の壁に少女が背を凭れさせる。

 

「クヲ……」

 

 目隠しされ反応しない全裸の少年。

 

 その姿にマヲンは何処かそわそわする自分を感じていた。

 

 人間好奇心には勝てない。

 

 魔王とかいうのは一体、どんな体をしているのだろうか。

 

 そんな思いから、ペタペタと白い手が少年の体やら頭やら腕やら太腿やら触っていく。

 

「ク~~?」

 

 あまり普通の人間と変わらない。

 

 それは触っているマヲンにも分かった。

 

 だが、何か微妙に人間とも違うような感じがして、首を傾げる。

 

「ヲ?」

 

 そのまま触り続けようとしたものの、途中でおかしい事に気付いて、その白い手が胸の上で止まる。

 

「……?」

 

 そっと、その大きな海月に食われたような頭が少年の胸に押し付けられた。

 

 音を拾う耳は普通にあるが、何かと魔力関係の器官が集中する頭部にも同じような事は出来る。

 

 ドクン。

 ドクン。

 

 心臓の音。

 

 しかし、マヲンにはそれが不自然に思えた。

 

「クーヲ」

 

 集中した感覚器が少年の体を探査する。

 

 違和感の正体はすぐに分かった。

 

「クヲ?」

 

「あんまりされるとくすぐったいんだけど……」

 

「!?」

 

 思わず顔を見上げるが、少年の口元は閉ざされている。

 

 何も言ったような気配はない。

 

「……」

 

 両手で少年の頬をみょいーんと伸ばす。

 

 無反応。

 

 頬をちょっと抓る。

 

 無反応。

 

 脇を擽る。

 

 無反応。

 

 足の裏を交接器。

 

 頭から伸びる海月の足のような細長い器官の先でこちょこちょ。

 

 無反応。

 

「ク~~」

 

 手強い。

 

 こうなったらとマヲンが己の股間を隠す下穿きの紐を解いた。

 

 スルンと解けた紐の奥から白く長い一物が伸びる。

 

「ククヲ!」

 

 昔、交配実験の折、男性個体が己の排泄器官での交合(まぐわい)を極端に嫌がるという場面(シーン)をマヲンは見た事があった。

 

 それは彼女の雄としての能力を高める為の実験だったのだが、興味深く見ていた本人は未だにその時の事を覚えていた。

 

「クーヲ!」

 

 『姿を現せ!』的な声にも無反応な少年の尻に己のソレを近づけ―――プシュリと扉が開いた。

 

「マヲン様。準備が出来ました。何をなさっておいでで?」

 

 ささっと体を反転させ、紐を即座に結び直したマヲンが何でもない何でもないと愛想笑いで少年の手を引いて部屋へと入っていく。

 

「ふぅ……」

 

 何処か安堵したような溜息がマヲンの耳に聞こえたのは少年が少女達の手で操られ、寝台の上に乗せられた時。

 

「さ、マヲン様」

 

 寝台の上でクッションに埋もれるようにして背を預ける少年をマヲンはジ~~~ッと観察する事から始めた。

 

「クゥ……」

 

 怪しい事この上ない。

 

 そんな異形少女の呟きだった。

 

 *

 

―――大陸北西部ディミトリア公国所領、灰化の雪原より。

 

 戦わなければ、ならない。

 

 驚愕に歪む同僚の顔がまるで揚げ菓子の輪のように刳り抜かれていたとしても。

 

『全部隊高速楕円機動!!! 回避!!!!』

 

 現在487人。

 

 撃墜(キルマーク)13人。

 

 次々に四肢欠損による行動限界が表示されていく。

 

 敵は圧倒的。

 

 只管に圧倒的。

 

 他種族の頂点存在すら1000人で平らげる兵達を前にして怯む様子すらない。

 

 雪の中を無数の同胞達が駆け抜けていく。

 

 恐ろしき力は当たれば即死。

 

 正面よりの激突では分が悪いと踏んだ司令官の判断は正しい。

 

 機動歩兵最大の特徴は三次元戦闘における超高速機動の回避能力にある。

 

 無論、本来は対魔王汎用兵装。

 

 量産型とはいえ、数が揃えば、超高位魔族にすらも対抗出来る。

 

 臆する者はいない。

 

 雪原に暴風が吹き荒れる。

 

『防御方陣全開!!! 斬り込めぇええええええええええええええ!!!!!』

 

 撃墜者が出た時点で全武装のリミッターは解除されている。

 

 全兵は視覚情報のリンクにより、相手の放つ攻撃の予測を共有し、共通の戦場(レイヤー)での完全な同期連携波状攻撃が可能だ。

 

 高速機動中の回避パターンを後方部隊が通信で上書きして最適化。

 

 攻撃時間の延長を試みている間にも魔導による【質量加速斬撃】が目標(てき)を薙ぎ払っていく。

 

 肉眼では見えないものの、兵達の剣から放たれた術式は敵の構成分子を強制的に加速。

 

 見かけ上の質量を一瞬で十乗倍する事で構成を破壊する。

 

『ギュギアカアンギアエランガエエ!!!!!!』

 

 断末魔。

 

 そんなものを上げさせる事すらないはずの一撃を受けての絶叫に誰もが驚く。

 

 斬撃は運動エネルギーそのものを叩き付けているわけではない。

 

 攻撃を防ぐには術式の接触から逃げるしかないが、射出される刻印式の【秘儀文字(アルカナ)】は刃先から射出された時点で光速。

 

 照準し、斬撃で飛ばされた時点で逃れる事は不可能。

 

 当たっているとはいえ。

 

 相手の耐久力が非常識な値である事に誰もが目を見張った。

 

 術式に接触し、瞬間的に構成物質を加速された生物の成れの果ては昇華だ。

 

 生物が一瞬で気体へと変化して生きていられるわけが無い。

 

 厳密な現象としては聊か違うが、術式に触れた対象は瞬間的に熱を発し爆風となって解け散る。

 

 だが、しかし、そうなっても相手側の攻撃は熾烈を極めた。

 

 一斉射が、来る。

 

『損耗率4パーセントを越えました!!?』

 

 もう、顔を合わせる事もない同僚達の反応が撃墜(キルマーク)となって視界に増えていく。

 

 地上からまるで雨の如き速度で迫る虹色の光弾の群れ。

 

 方術防護も加護も一瞬にして貫徹する攻撃の正体は未だ分かっていない。

 

『敵射撃の攻撃解析76%!!! 各員へ!!! 敵攻撃に対して現在のところ対抗手段はない!!! 繰り返す!!! 対抗手段はない!!! 全力で回避せよ!!! 全力で回避せよ!!!』

 

 見渡す限りの白に空く褐色の孔。

 

 斑模様の世界で上空に向けて口を開くのは見た事もない化け物。

 

 いや、化け物ともし難い何か。

 

『ゴウゥウウウフオウウウ』

 

 強いて言うならば、流動した血肉と言うべきか。

 

 目も鼻も耳も手も足も胴体もないのに口を開く血肉。

 

 人口の魔術生物にしてはお粗末に過ぎ。

 

 ただの化け物にしては強過ぎる。

 

『攻撃し続けろ!!! 撃墜者に構うな!!! 光弾を抜ける軌道を選べ!!! 相殺は出来ない!!!!』

 

 目標の数は最初の一千近い数から半数以下まで減っている。

 

 光弾の隙間を裂くように斬撃を叩き込み続けて、攻撃を途切れさせないまま、押し切れるかと思った、その時、“空間”が揺れた。

 

『各員警戒!!!? 重力警報!!! これは?!! 魔王!!? いえ、何なのこの質量!!!!!!!?』

 

 悲鳴。

 怒号。

 

 後方支援のいる数十キロ先にまで影響を及ぼす極大の異常の中心で各員が攻撃を止め、自己判断で退避していく。

 

『ぐ、こんな!? しゅう、へんに666G検出!!!? た、だちにはな、コパ―――』

 

 バジュンと柔らかな肉の爆ぜる音。

 

 絶大な重力負荷。

 

 惑星にすら影響を及ぼしかねないソレの最中、猛烈な勢いで消費される積層魔力と加護が相手との絶望的な差を教えてくれる。

 

『各員!!! 逃げろ!!!? 此処はもう持たない!!!? 一人でもいい!!!? この異常を聖―――』

 

 司令官からの通信途絶。

 

 化け物達の中心から辺り一帯を覆うように黒いものが全てを閉ざそうと広がっていく。

 

 暗くなっていくのは光が歪んでいるからだ。

 

『クソ!!!? あいつら動け―――?!!!』

 

 危うい飛行で逃げ出そうとする大半が最後に見たのは眼前に迫る光弾。

 

 異常事態の中心付近で足を持っていかれる。

 

 強制遮断され、断面を積層魔力で覆った左足の付け根から神経麻痺の術式が流し込まれる。

 

 ショック死は免れたものの、それでも絶望的なのは分かった。

 

 撃墜(キルマーク)372人。

 

 戦闘続行は不可能。

 

 逃げるにしても、此処で背を向ければ、満足に回避出来ないまま、光弾に貫かれて果てるのは目に見えている。

 

 ならば。

 

『生き残っている各員に告げる!!!! 突撃せよ!!!!! 中枢はあの闇だ!!! 積層魔力を完全開放して加護と一緒にぶつければ、多少は被害も減るだろう!!!! 七聖女に栄光在れ!!!!!!!』

 

 もう指揮系統が生きているのか分からない。

 

 だが、このまま逃げて死ねば、被害の拡大は免れない。

 

 故に。

 

『積載魔力全開放!!!! 動魔術駆動回路出力全開!!!! 消し飛ぶまで!!! 消し飛ぶまで加速しろぉおおおおお!!!!』

 

 脚部と後背の電子噐械学(エレクトロニクス)製の駆動機構が半ば魔力の輝きに吹き飛びなががらも最後の仕事をする。

 

 加護の残量が尽きるまで約二秒。

 

 その瞬間に圧壊するだろう鎧の中で何を思うのかは分からない。

 

 ただ、それでも一つだけは確かだった。

 

 続く者の声が、聞こえた。

 

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!

 

 最後、化け物達の中心の暗闇に突入した刹那、見えたのは半開きになっている漆黒の扉。

 

 全身の感覚が途絶し、扉の中央、剣が隙間を突き抜けて――――――――――――。

 

 *

 

 老いるとは醜い事だと言ったのは誰だっただろう。

 

 何もかもが衰えていく中で精神すらも例外ではない。

 

 若き日には輝いていた現実も老いた今では幻。

 

 聴こえない耳で、効かない鼻で、霞む目で、働かない頭で感じられるものは鈍く擦り切れ、鮮烈さを失っている。

 

 嘗て抱いた淡い感情でさえ。

 

 老いさらばえる我が身には不遜であると封じ込めれば、世に未練などない。

 

 それがディクト・ベッケン・ルースティンの人生観だった。

 

 既に過去の栄光は遠く。

 

 もはや語る事は無く。

 

 夢に見る物は尽き。

 

 一言を発するのすら出来ない。

 

 それでも彼は一つだけ。

 

 ただ一つだけ。

 

 未練もない世に思う事もある。

 

 おおいに愛し。

 

 おおいに殺し。

 

 おおいに呑んで。

 

 おおいに戦い。

 

 おおいに生きた。

 

 それでも人というのは生きている限り、醜くも思ってしまうものに違いなく。

 

『僕もそろそろか。良い人生ではなかったけど、そう悪くも無かった』

 

 まるで一時の夢のように滲む視界には一匹の毛深い子猫。

 

 最初に育てた時は何の猫だろうと思っていたのに今では大きく成り過ぎて家にも入らない。

 

 主という気持ちは一度も持った事がない。

 

 強いて、その思いを言葉にするなら、相棒だろうか。

 

 大きくなっても付き従ってくれた子猫に彼は一つだけ気掛かりを伝える。

 

『……心配なんだ。子供達が……』

 

 主の最後の言葉。

 

 それを聞いて、“彼”は頷く。

 

――――――――――――。

 

 醜く老い。

 

 一人で旅立った姿を遥か天空に求めて。

 

 やがて一匹は一度だけ啼いた。

 

 偉大なるものを見送って、一滴の雫を零した。

 

 やがて、草原の只中で一人横たわる身体がそっと咥えられ、飲み込まれる。

 

 ゴクリと。

 

 遥か太古。

 

 もう殆どいない“彼”の同胞達が尊ぶものを己の中へ永遠に納めたように。

 

 時期が来るまで護るようにと言われていた扉へと一匹になった子猫は進む。

 

 午睡みにも似たものを感じながら。

 

 老いとは無縁の存在として、あの壮大なる一生を見続けた忠実なる伴として。

 

 やがて、預言された時期が来たならば、遺言の通りにしようと誓って。

 

―――そうして“彼”は数十年後、ようやく約束を出迎えた、

 

 ああ、そうだ。

 

 その瞳だと“彼”は間違えなかった。

 

 勇猛果敢に戦いて、大言壮語を良しとして、大陸すらも統べると言われた主。

 

 今や亡き光が幼き日に戦乱の世に涙した時と同じ。

 

 そう同じ。

 

 あの瞳の輝き。

 

 例え、理不尽でも諦めたくないと泣いて立った時の耀き。

 

 それこそが今も子猫にとって一番印象深かった伴としての記憶。

 

―――オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ。

 

 誰にも聴こえぬ歓喜の声で吼え猛れば、雷が降る。

 

 見極めんと欲した時、立ちはだかったのは嘗ての主の友。

 

 唯一「敵わないな」と零された男。

 

 その恐ろしき者に促されて、その場を去って尚、“彼”は洞窟へとやってきた主の血を引く者を見守り続けた。

 

 そうして今正に彼女は謳う。

 

 この世の理不尽を糾弾する為に。

 

 在りし日に“彼”の主が大勢のものに大陸を統べてみせると、戦乱を終わらせて見せるとぶち上げた時のように。

 

―――その耳にどうか届く事を願って、此処に私は一人の人間として貴方へ訴えます。

 

 これから始まる覇業を思って。

 

 “彼”は彼女を護るべき次の主と定めた。

 

 ディクト・ベッケン・ルースティン。

 

 大辺境において賢者と讃えられし、大法螺吹き。

 

 彼のまたの名はディレイ・アルム・セト・ニェハエル。

 

 超絶を誇った異能の全てを使い果たし、多くの子を儲け、戦場で死したと伝わる大陸の大偉人。

 

 多くの少女達の祖にして、運命と血脈を遺した男。

 

「           」

 

 今も続く争いの元凶たる男の跡継ぎにと。

 

 知らぬ間に選ばれた少女は何も知らず声を張り上げ続ける。

 

 彼女の様子を見つめながら、“彼”はふと近付いてくる気配に首を回した。

 

「           」

 

 北から何かが近付いてくる。

 

 轟々と音を立てながら。

 

 それが所謂【異種】の中でも上位の存在だと悟って。

 

 “彼”は戦闘態勢を取った。

 

 複数の気配にあるのは怒りにも似た悲憤。

 

 気分一つで街が滅ぶような絶望。

 

 もし、その力が彼女に向けられたならば、その時こそ立たねばならないと“彼”の目は細められる。

 

【崩狼(ソラ・アヴィス)】

 

 神すら腹に治めたとされる旧きもの。

 

 唯一、ニェハエルの血統に対して文句を付けられる存在は渇いた風に小さく喉を鳴らして、猫のように顔を洗った。

 

 子猫ちゃんと嘗ての主に呼ばれていた時のように。

 

 *

 

 誰の上にも試練が降る頃。

 

 一人。

 

 ブカブカな灰色の外套を着込んだ金色の髪の少女が双來にやってきていた。

 

 見えない化け物対策という事で越境に際して、数日前に一晩で設けられたらしい関所の待合室。

 

 彼女は外を見て、イグニシアという国の強大さを見せ付けられていた。

 

 珍しい硝子製の窓の外。

 

 数十kmにも及ぶラストーラ大山岳を貫徹した空洞が広がっている。

 

 今やイグニシアの技術者や奴隷達の絶好の公共事業の場。

 

 動員されている作業員の中には武帝の人間らしき者達の顔も見える。

 

「……凄い」

 

 山岳内部の補修に巨大な魔導方陣が幾つも浮かび、使われる資材は武帝から持ち込まれて加工されているらしい。

 

 それにしても本来ならば膨大な年月が掛かりそうな事業がたった数日前に始まったとは思えない速度で進んでいるのをユヒアは夢幻のように思った。

 

 同じような事を七教会がしようとすれば、まったく違わず出来るだろうが、その決断にはそれなりの予算の裏づけやら七教会内部の会議での承認が必要だ。

 

 決まるまでそれなりの時間が掛かるだろう。

 

 しかし、イグニシアの皇帝による即決により一日でこんな極大の隧道(トンネル)が掘られたというのだから、ユヒアにしてみれば、そのトップダウンな決断力には脱帽するしかない。

 

「お、ユヒアちゃん。許可出たぜ」

 

 近くのドアを開けて書類をヒラヒラ振ってやってくるのは二枚目の伊達男。

 

 旅装束姿のフェルラス・ディオスだった。

 

 魔王追討師団が暇になったからと昔から知っている少女の旅のお供を買って出た連隊長。

 

 師団の一部の者達からは「あれは狙ってるな」とか普通に【年下好(ロリコン)】扱いされ始めている身空の独身貴族である。

 

「あ、許可出たの? フェルラスおじさん」

 

「ああ、つーか、やっぱりおじさんはやめないか? ユヒアちゃん」

 

「おにーちゃんて言われたいんですか? フェルラスおじさん」

 

 ジトーッとしたユヒアの視線に耐えられず「いえ、おじさんでいいです」とフェルラスが折れた。

 

「それじゃあ、此処からは空を飛んで―――」

 

「行けないようだぞ? 化け物対策でイグニシアが近辺で音頭を取って航空渡航規制してるらしい」

 

「え?」

 

「その代わりに馬車を貸して貰えた」

 

「そうですか……」

 

「まぁ、空飛ぶっても個人だとオレもちょっと無理だからな」

 

「かあ様が魔導を貸して下さると言ってたのにフェルラスおじさんが断ったんじゃないですか!」

 

 ビシッと指摘されて、フェルラスが苦笑いになる。

 

「いや、今のハティア様に面倒を掛けるのは何か気が引けて……」

 

「かあ様なら一秒で出来る魔導を面倒だなんて思うはずありません」

 

「そりゃそうだなんだろうが、魔導ってのは精神を沈めて行うもんだろ? そりゃ、今の状況じゃ人間らしいとは言えねぇとオレは思うんだよ。やっぱ、ハティア様には自分の気持ちに素直でいてもらいたいからな」

 

「……」

 

「な、何かな? ユヒアちゃん?」

 

 ジト目で睨まれたフェルラスが少しだけ動揺する。

 

「かあ様はとう様のものですから。フェルラスおじさんには1mmも入る隙間なんてありませんから」

 

「わ、分かってるよ。んな事」

 

「その割りにはフェルラスおじさんて、かあ様の事だけは凄い真面目ですよね。いつもはおちゃらけてるのに」

 

「酷い言われようだな……」

 

 溜息を吐いたフェルラスだったが、もしもマロウが結婚していなければ、自分が結婚を申し込んでいたのは間違いない事実なので何も反論出来なかった。

 

「じゃ、とりあえずはユヒアちゃんの探してる人間がいるらしい方向に馬車で移動って事でいいよな?」

 

「はい。かあ様がいいって言ったのに占なってくれて…お仕事頑張ってって…絶対、失敗出来ません」

 

 二人が歩いて関所を出ると玄関先に二頭立ての馬車がもう待っていた。

 

 馬車を引き渡されて。

 

 ユヒアが幌付きの荷台に乗り、フェルラスが馬に鞭を入れた。

 

 ゴトゴトとまだ舗装されていない砂利道の上で車輪が回り出す。

 

「そういや、ユヒアちゃんの仕事場って七教会の独立部署だよな?」

 

 馬車が巨大な孔を後にして雪がチラチラと降る薄曇の山間を抜けていく。

 

「はい。基本的に焚書や封印されるような書架の管理。それから流出した書物の回収や特定智識の消却が主な仕事です」

 

「特定智識の消去って記憶の事だよな?」

 

「でも、危ない智識を消すだけですから。確かに戦闘になる事もありますけど、かあ様仕込みの魔導で負け知らずです!」

 

「はは、そりゃ頼もしい。一体どんな仕事場なんだ?」

 

「あ、あんまり大っぴらにしたらダメ、なんですけど、皆さん不自然に優しくしてくれたり、凄く丁寧だったりしないので助かってます」

 

「ま、ハティア様の娘ってだけで気を使われるのはしょうがないが、あんまり過ぎるようだとな…」

 

「皆さん凄く強いですし、お仕事の時も色々と教えてくれて。やりがいのある仕事だと思ってます」

 

 ユヒアが幌の外の雪景色を見ながら、そう漏らした。

 

「そっか。上手く行ってるならいいさ。それで今回はどんな人間をっと……聞いちゃいけないよな。一応、守秘義務があるんだろ?」

 

「大聖廊の禁忌書庫関係とだけ」

 

「マジで?!」

 

「こ、声が大きいです。かあ様にも心配させたくなくて言ってないんですから!?」

 

「そ、そうなのか。すまん」

 

「分かればいいんです……」

 

「でも、それってオレに言ってもいいのか?」

 

「だって、フェルラスおじさんはこういう事は本当に危険じゃなければ、いえ……本当にユヒアが望まなければ、告げ口したりしないじゃないですか」

 

「そ、そりゃ、まぁ」

 

「かあ様がいつも言ってました。フェルラスおじさんは本当に自分が信じる事の為なら、自分にも意見するし、秘密も作る人だって」

 

「う……ハティア様が?」

 

「かあ様が言ってた事。ユヒアにも分かります。フェルラスおじさんはいつだって自分の信じるものの為に戦ってるんだって」

 

「んなカッコイイ話じゃないんだけどなぁ」

 

 ポリポリとフェルラスが頭を掻く。

 

「ユヒアはフェルラスおじさんの事信じてますから」

 

「お、おうとも」

 

 その信じてます宣言にフェルラスが誇らしくなって、ちょっと胸を張る。

 

「あ、一応言っておきますけど、男性としては信じてませんから」

 

「おい!?」

 

「HENTAIは罪だって七教会の経典にもありますし」

 

「ぐふッ!?」

 

 思わず胸を押さえて仰け反ったフェルラスにユヒアが致命傷を与えていく。

 

「人の胸の事をとやかく言う男は最低だって、かあ様も言ってました!」

 

「げふッ!?」

 

「結婚するなら胸の大きい人と小さい人。どっちがいいですか?」

 

「そりゃ、大き―――愛に胸の大きさは関係ないさ(キラッ☆)」

 

 歯を耀かせて誤魔化そうとするフェルラスに疑惑の視線が向けられる。

 

「フェルラスおじさんが昔使ってた部屋の寝台の下にある本の事をユヒアが知らないとでも思ってるんですか?」

 

「な、何故知っ―――は!?」

 

「有るんですか?」

 

 間一髪、肯定を避けたフェルラスの背筋に冷や汗が伝う。

 

「ないない。何も無いって!」

 

「じゃあ、フェルラスおじさんは如何(いかが)わしい魔王関連の本なんて持ってないんですよね?」

 

「そりゃ、持っ―――うぐぅ!? 何故、ナチュラルに答えようとするオレ!!?」

 

「さっき、ちょっと…かあ様謹製の魔導を打ち込んだので」

 

「ちょ、何ソレ!? どういう事だい!?」

 

「かあ様が昔みたいに女の子を……そ、その、ごにょごにょするような魔王本とか持ってないか聞いて、今度教えてって……」

 

 顔を赤らめてユヒアがジト目でフェルラスを睨む。

 

「ハティア様!?」

 

「それで持ってるんですか? 持ってないんですか?」

 

「ぐく、お、男の尊厳に掛けて回答は拒否す―――」

 

「かあ様に沢山持ってるって言いつけますよ?」

 

「三冊だけ!! 三冊だけだから!!? ちょ、連絡用の魔導とか展開しないでくれ!!? ユヒアちゃん!!? 後生だから!! オレの連隊長としての地位とか終わっちゃうから、ソレ!!?」

 

「三冊も!!? 不潔です!!? フェルラスおじさん!!!? やっぱりHENTAIなんですね!!? ユヒアはガッカリです!!?」

 

 騒がしい馬車は今日の停泊地に付こうとしていた。

 

 今や新たな外交官の下で急ピッチで国政を改革している国の中枢。

 

 弧牢の城がある城下街。

 

 化け物の脅威から開放され、イグニシアから来る労働者や技術者で賑わうようになった街は【貴皇】が来た数日前より確実に賑わっていた。

 

 大陸で起こる異変を未だ多くは知らず。

 

 人という種に迫る新たな戦いの足音は着実に近付いていた。

 

 ゆっくり、ゆっくりと。

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