第二章三十七節「新興」
確か、目を明けて一番最初に見たのは大きな手と音のする玩具(おもちゃ)。
初めて欲しいと思ったものは御伽噺に出てくる勇者の剣(けん)。
好きになった女の子に送ったのは小さな何処にでも生えている花が一輪。
友と見た景色の美しさは今の瞼の裏に。
夢見た未来の自分は今の自分とは大違いで苦笑する。
尊敬を覚えたのは来年には学校にいないだろう優しい老教諭。
一人暮らしを初めて知った母の偉大さは忘れない。
寒空を見上げた日、横に擦り寄ってきた子猫、助けられなかった。
後輩の家に生まれた赤ちゃん……幸せでいて欲しい。
腰が痛いと画面越しで愚痴る父にそろそろ似てきた。
昨日の晩飯、自分の子供みたいな年齢の子に誘われた、行って来ればよかった。
学生の時の哲学の先生「この世界に全て返さずには死ねない」らしい、本当だ。
明日が在ると無闇に信じられた。
無鉄砲に前へ進めた。
それが若さか。
懇親会の幹事、今年は後輩に任せよう。
雑務を押し付けられる前に逃げ出せる勇気は必要だ。
隣に誰かいてくれたら、寂しくなかったのだろうか。
砕け散る腕が骨も残さず痛みすらなく失せていく。
側溝に嵌った犬は助けた。
かなり際どかった試験は合格。
初めて酒を呑んだのは憧れの人の前。
みすぼらしい単身者用の我が家、片付けねば。
お隣さんの若者、せめて薄い壁越しではなく、それ専用の施設を使え。
視界の半分が暗くなって見えなくなる。
飼ってる熱帯魚、餌をやり忘れた。
大きな仕事が終わったら、オレ引退して婚活するんだ……遅いかも……。
涙零れた、まだ大丈夫。
蒼い空の下、一生仕える人を見つけた。
その人は年老いていた。
しかし、美しかった。
信仰は無くとも、畏敬と共に知った。
何故、その人が輝いて見えたのか。
諦めを知らぬ人だった。
全てを受け入れた笑みだった。
約束を違えぬ方だった。
ただ、人を見守る者だった。
甘やかさない。
己を老害と言って憚(はばか)らない。
笑い、怒り、泣き、哀しみ、そして遍くものを労る。
『約束したのよ。自分と……全てを受け入れようって。たった一つを拒絶した代わりに……』
刃が毀れていく。
己が毀れていく。
その最中、男は失われた。
直後、漆黒の扉が、全てを閉じ込める重力偏差の檻が、歪む。
輝きが散った。
一つ、二つ、四つ、八つ。
増えていく輝きは溶けゆく結晶の如く。
人生が、命が、まだ他者を泣かせ、笑わせ、怒らせ、抱き締められるかもしれない人が、永遠に失われていく。
門が歪む。
命が散る。
世界に色が付く。
人が、奏でられる。
明日を約束した者があった。
昨日を惜しむ者がいた。
今日を諦めたくない者の鼓動が、潰えては続けとばかりに消費されていく。
それは悲劇と答える者あらば、それを見た者は殴っただろう。
精一杯の自分を刻み付けて退場する姿に敬礼する以外ない。
そうするしか、出来ない。
光景を見た誰もがそうした。
大陸北西部ディミトリア公国所領。
灰化の雪原。
逸早く異常を感知した七教会観測部門の捉える望遠レンズの先の光景がもう何もかもが間に合わないという事実が、誰もにそうさせた。
―――世話が焼けるわね。
世界を隔てて声がする。
自らの身を捨てて、人の世を護ろうとした誰もがソレを感じた。
数百からなる命を平らげた門が罅割れ、その機能が停止する。
同時に重力の檻に掴まった全てが開放された。
人の時間間隔に直すなら、限りなく零に近い刹那。
男も女も無く。
命消した彼らは天を見上げた。
剥き出しの魂でなくては見られなかっただろう。
空を覆う門が現出していた。
今正に大地に禍齎し、彼らの命を奪ったものに似た。
しかし、温かな光を湛えた境界。
―――久遠(くおん)の星は軌跡を辿り、やがて源(みなもと)へと行き着く。
―――真淵(まおん)の月は渦動に至り、やがて旭(ひ)へと還り咲く。
―――響けや。
―――人の御霊に盈(みつる)もの。
―――刻の狭(はざま)紡ぐもの。
―――光の勇魚(いさな)に足るものよ。
―――我は“天”の名において、汝ら一切救う者也。
門が、人の世の信仰を集めるものが、開く。
光が満ちた。
彼らは知る。
今はもう自らが信じた神さえ無い事を。
そして、それに勝るとも劣らないものが己を包んでいる事を。
―――無垢なるもの、次なる聖(ひじり)とならんが為に。
―――今、理(ことわり)持ちて、正しき流れの内へ∀(すべて)を還さん。
世界が歪む。
それは現実的な光景では無かった。
夜とも朝とも付かない薄暗がりが世を覆い尽し、空を覆った月が喰らわれるかの如く、欠けていく。
開いた世と世を繋ぐ天の門に虚(うろ)を飾る星々が飲み込まれていく。
そうして、彼らは気付いた。
己が明けゆく丘に立っている事に。
「オレ……達は……」
漆黒の中心へ一番槍を果たした彼が呆然と呟く。
鎧姿のまま。
欠けたところなど一つもない己の身体を見つめながら。
「どうして」
その場に佇む数百人には後方の支援を行っていたはずの者もいる。
「?」
鎧の視覚に文字列が浮かんだ。
同様の文字が鎧を被らない者達の端末にも浮かんだ。
―――二度目の人生、頑張りなさい。
「これは……」
男は自分が泣いている事も気付かず。
一人の老女の姿を思い浮かべた。
本来、仕えるべき人。
その名が呟かれる。
「クラル様。ありがとう、ございますッッ」
『応答せよ!!! 応答せよ!!! こちら観測部門第四百八十五分隊!!! 貴官等の―――』
入ってきた通信に応えた彼らはすぐに動き出した。
何故なら、正体不明の化け物が大陸各地で暴れていると知ったからだ。
人々が去った後。
丘の上に半透明の姿が不意に降り立つ。
ドレス風の衣装を鋼鉄のパーツで打ち止めされているような姿。
七聖女クラル・リテル。
何処か遠い目をした老女。
今は天使達の住まう世界にいるはずである神の代行者。
『久しぶりに奇跡なんて使ったわ……ふぅ』
フルーと相対していた時は打って変わって疲れた様子でクラルはゴキゴキと首を鳴らした。
『ハティアとユアンも大変ね……今回の事でアレに貸しが出来た事だし、菓子折りくらいは届けるべきかしら?』
七教会が襲われているというのに余裕の表情だった。
透明な姿にも関わらず衣装の内側から実態を伴った小さな端末が取り出される。
『もしもし。ええ、そうよ。商品番号の×××‐××を七教会の独立外部機構に届けてくださらない? ええ、ええ、宛先はそこの所長宛で。料金は七教会の会計部門の方へ。口座番号は―――』
サクッと話をまとめていくクラルが端末を切った時。
彼女の傍には七教会の制服を纏った三人の天使が頭を垂れて片膝を付いていた。
『……それで今回の事はどうなっているの?』
天使達が顔を上げる。
声は無い。
しかし、波動と言うべきものがクラルへと答えを発する。
『つまり、こちらに置いていた全員が消失したのが感知出来なかったわけ?』
天使達が同時に頷く。
『しょうがないわね。持ち去られた物の行方も気になるし、【メトシェラ】と【ナハシュ】の一族に依り代を頼むわ。こちらでの行動を許可。【能天使(エクスシア)】三万を率いて事態の収拾に当たりなさい。人の世への干渉は最小限に。あくまで“九天”を屠った相手を捜索。途中でそれらしいものを見つけたら報告を』
天使達が頷いて立ち上がった。
『【天の軍勢】(ツェバオート)中位三隊行動開始』
丘に風が吹き抜けて。
次の瞬間にはもう天使達も聖女も消えていた。
残ったのは穏やかな丘とゆるりと昇る旭日のみだった。
*
―――大陸南西部【宝涯都市シャンラ】郊外七教会研究部門第三研究所より。
「所長! フルー様がいらっしゃいました!!!」
「では、すぐにお通ししろ。所員達を第四格納庫へ」
「はい!!」
無機質な光沢を放つ通路にバタバタと忙しない靴音が幾つも急いでいた。
所員達の顔は明るい。
ようやく開発の終わった研究成果の発表準備に追われているとは思えない程だ。
通路の先には城が丸々一つ入りそうな正方形の構造物があった。
その無駄に広い格納庫の中央。
鎮座しているのは十字架に掛けられた鎧だ。
【高格外套(ソーマ・パクシルム・ベルーター)】
七教会の基礎武装。
しかし、部品単位での造形が大幅に違う。
追加装甲や特殊状況下で使用するオプションパーツともまるで別物。
より洗練されたパーツの一つ一つが継ぎ目も無い鎧を生物のように見せている。
滑らかな鋼の曲面には曇り一つ無い。
一種、人形とも思える生々しい質感。
従来の素材が使われていないのは一目瞭然。
それこそが所員達の自身の表れでもあったかもしれない。
きっと、自分達のトップを唸らせるという自信が多くの者達に垣間見えた。
「お久~~元気してた?」
通路を気軽な足取りで歩いてきた白衣に眼鏡姿の少女。
今まで作業していた所員達の誰もが最敬礼する。
七聖女フルー・バレッサ。
聖女筆頭とも言われる“世界一”を数多く二つ名に持つ存在。
「ああ、そんなに畏まらなくてもいいよぅ。基本的にそういうの好きじゃないしねぇ」
「ようこそ。お越しくださいました。フルー様」
所員の中から進み出たのは年配の男だった。
蓄えた口髭にはもう随分と白いものが混じっている。
「三年ぶりくらい?」
「はい。生身で合うのはそれくらいになるかと」
「そっか。道理で皺が増えてるわけだよぅ」
「いえいえ、これでもまだまだ若いつもりです」
「じゃあ、まだまだ若いつもりな実力ってやつを見せてもらおうかな?」
「では、こちらにどうぞ」
フルーを伴って老人が鎧の前に移動する。
「ご要望の通り、各種魔力親和性を重視し、四百七十四種全魔力形質に対応しています。現在、親和性の低い魔力は概念性神話魔力系統のみで、完成を優先させ課題は後の研究項目に譲りました」
「大変結構」
「フルー様」
大きく頷いたフルーに老人が他の所員達に聴こえぬようボソボソと訊く。
「何?」
「こう言っては何ですが、ご自分でやった方が早かったのでは?」
「十分も時間が有ったら、普通お菓子食べたいと思わない?」
「……我が研究所の精鋭が聞いたら、卒倒しそうですな」
「でも、これが作れるようになったって事は僕の小指の先くらいには到達したって事なんだから、喜んでいいんじゃない?」
「それはそうですが、こちらにも一応矜持くらいあります」
「これを君達が作る事に意味がある。僕が作ったら叱られちゃうし」
誰にとは聞かず。
老人は合点がいったように頷く。
「そういう事ですか。それでどうするおつもりで? 情報は全て研究部門の本部に送りましたが?」
「次期七教会の基本装備。正規品だからねぇ。現物くらいは自分で見たいと思って。今、ウチの研究室で【神門】タイプの開発させてるんだけど、それをフラッグシップにするつもりなんだ~~」
「そうですか。ですが、量産するにはコストダウンが前提かと。本機へ使用する特殊鋼の発掘量は惑星全土でほぼ零に等しく。送ったデータ通り、七教会の各部門から調達した原材料ですらギリギリ五体分でした。魔術によって増やした場合、後々使用する際に特定の魔術系統には歯が立たなくなる可能性もあります」
「それは心配しなくてもいいよぅ♪ この間メルフが帰ってきたからねぇ」
「メルフ様が?」
「うん、色々と目処が付いたから、資源関係は問題無しって事。運用方法や戦術構築なんかはこっちでやるから、開発主任辺りをウチの研究室に送っておいてくれる?」
「畏まりました」
「じゃあ、後は任せたよぅ。これからちょっと出ないといけなくて」
「そうですか」
「あ、それとコレ持ってっていい?」
フルーが新規格の高格外套を指差す。
「構いませんが、まだ一度も実用試験をしておりません」
「いいからいいから。出来たてほやほやを試験もせずに実戦投入なんて昔はザラだったし」
「そうですか。では、どうぞ」
「ありがとね。これはご褒美って事で」
チュッと老人の額に口付けが為される。
それを見ていた研究員達がどよめいた。
「はは、これはこれは過ぎた褒美ですな」
老人が頭を下げる。
フルーがニコリと笑った刹那。
十字架に貼り付けられていた高格外套が転移した。
――――――!!?
所員達が見ている前で最終調整が終わったばかりの鎧が手を開いて握り締める。
『銘は何て付ける?』
鎧の中で少女が問えば、男は迷わなかった。
「彼(か)の【終滅(アド・ア・プロキシマ)】に倣(なら)うなら、名は体(たい)を現して【超克(ネガティオ・セイプスム)】と」
「超克……うん。いいんじゃない? 超え克つ者なんてイカスよぅ♪」
「行ってらっしゃいませ」
「じゃあね」
燐光すら残さず。
どんな転移の術式を使ったのか研究所の誰にも悟らせず。
少女は巨大な格納庫の屋根の上へと瞬時に移動する。
「勝手に所有者の体格に合せてくれるなんていい感じ♪」
キュッと鎧が一回り小さく縮む。
「親切(フィックス)設計大変結構! それじゃ、さっそくオプションパーツでも呼んでみよ~」
曇り、今にも雨が降り出しそうな空の下。
今では【近代化(レボリュション)】の影響で珍しくなくなったモルタルの街並みを見下ろしながら、聖女は手を上に上げた。
遥か頭上。
大気層より更に先の高高度。
大陸の静止衛星軌道上。
七教会の秘匿技術の一つである人口衛星が起動する。
大気の蒼さと曲面する惑星が見て取れる世界に浮かんでいるのは一種、宝石の塊のように見えた。
光の屈折に色彩を変化させる七色の玉石。
その半径は四40m強にもなるだろう。
不活性状態の時は一切の光を遮断する黒い球体として存在するソレが、創造主の命令(コマンド)を観測し、自力で予め決められていた行動を開始した。
玉石の中央。
小さな朱色の輝きが乱反射しつつ膨れ上がり、四方に放たれる。
地上とは別方向。
惑星に沿うように湾曲した光の筋が大陸の反対側。
大海洋と呼ばれ未だ大陸でも未知とされる海域の一点へと集約される。
その赤い光の柱は大陸から離れた海洋上に浮かんでいるハルトゥムからも見る事が出来た。
娼館の屋根の上。
「【外宙碩学師団】及び【メルフ・グラネッタ】の観測成功。座標測定。大質量体確認。誘導領域の空間歪曲微弱。質量体の体積推定……観測結果と合致せず。新型の空間制御術式による現象と推測。大質量体の引力誤差を確認」
紫髪の小さなメイドが観測用の魔術を複数展開させて、目を細める。
「……脅威判定Sクラス。対象を最優先観測目標へ追加。ただちに創造主へ報告…交信不可能。ハルトゥムより離脱…否定…不許可。館外庇護対象者への報告…否定…情報深度Bは開示不許可。常時交信を継続…否定…逆探査の危険により不許可。館内庇護対象者への協力打診…条件付肯定…対象者選定…天御門紅亜」
彼方の光が収束するよりも前に屋根から人影は消えていた。
「♪」
今正に宿敵である少年の片腕に重要な秘密を知られた事を半ば承知しながら、フルーは星を分断するように空を貫いた光の筋を見つめつつ、小さく小さく呟く。
「これで急ぐ以外無くなったよぅ。さぁ、どうするシンア?」
赤い光が次第に細くなり、ふっつりと途絶えた。
それと同時にフルーの周囲に燐光が舞い始める。
それは転移方陣の光。
それも惑星の反対側からでも跳べる超長距離転移の先触れ。
鎧の背後の空間がグンニャリと曲がった。
「来た来た。引っ掛かってるっぽい?」
空間の歪みがいつまでもそのままである事に気付いて、振り返ったフルーが腕を空間に突き入れる。
腕が消失し、空間が撓んだ。
「よいっしょ!」
フルーの手が一気に空間の先から何かを引き出す。
燐光が弾けて、瞬間的にフルーの周囲数mの虚空が罅割れた。
ビキビキと砕ける通常空間の先。
異相の暗闇の深い場所から白銀が姿を現す。
片手がグッと端を掴んで、鎧が跳ぶ。
跳躍と共に一気に空間の罅割れが拡大し、最後には完全に破砕した。
異相の同調は無く。
無理やりに抜き出したソレが陽光の下に晒される。
「ふぅ」
それは巨大な環だった。
直径二十数m以上もあるような巨大構造物である。
人一人分もあるだろう七つの球体が螺旋状の巨大な綱に結わえられた姿。
一目には何か分かりかねるだろう。
「メルフも良い仕事してくれたみたいだし、此処はちょっと試運転でも」
空の上。
巨大な環を背後に背負い中央に位置を取った鎧が腕を、振った。
「えっと、仕様通りなら、これでいいかな」
円が回り始めて。
フルーの前に今着ている鎧とまるで瓜二つの代物が現れる。
「おお~~自分で設計しておいて何だけど、大丈夫そうで良かった♪」
鎧が左右にまるで移し鏡のように増えていく。
更にその列の背後に鎧が一斉に倍々で姿を増やしていく。
やがて、シャンラの空は鎧の大群で埋まっていた。
人々が何事かと上を見上げ、ポカンとして七教会による何かしらのデモンストレーションかと指差す。
噂するもの、崇めるもの、祈るものまで出始める。
あれは何だ。
こんなところに師団がいるとは何事だ。
何が起こっているんだ、と。
「ま、ギリギリまで増やしてこれくらい? じゃ、さっそく」
フルーの背後で回転していた環の中央の空間が歪む。
「新規格【超克】の配備を開始っと♪」
中央からフルーの入った鎧が退く。
すると鎧達が空間の歪み、渦の中心へと吸い込まれた。
一分程で鎧が捌けるとフルー自身も歪曲した空間に身を投じる。
そうして、誰も居なくなった後。
円環も薄らと姿を透かして失せる。
後に残ったのは呆然とする人々。
そして、研究所の中から敬礼する所員と老人だけだった。
*
「ひぅ!? もうやらぁ!!?」
闇の奥底で少年の声が響いていた。
そう広い場所ではない。
黒い壁に仄かに灯る紅の耀きがその場を薄紅色に染め上げている。
一面家具のようなものはなく。
あるのは壁や床が変形し、形作る寝台のみ。
沈み込むような柔らかさを持つ壁は仄かに脈動しているようですらあった。
「ん、あ、ふぅぅ!?」
肉のような羽毛のような。
おかしな質感に背を預けながら、幼い少年は声を上げる。
それは初めて知る感触と感情だった。
その源は回りを取り囲んでいるエルフの少女達だ。
まだ、母の胎から出たばかりのはずだが、彼女達はもう自立して思考し、少年を快楽で責めるだけの意志があった。
もはや母が“違ってしまっていた”事を悟っていた少年は心に占める絶望から逃げ出すように身を捩る。
エルフは眉目秀麗である事が大陸での常識だ。
少女達はその例に漏れず美しい。
まだ、少年より三、四歳年上なだけの姿だったが、普通とは違う生い立ちである彼女達はもう色香と妖艶と呼んで差支えないものが備わっていた。
その細い体。
瑞々しい肌。
エルフだけではない。
ダークエルフもちらほらと混じっている。
「んくぅ!?」
牝の顔をして。
エルフの少女達は少年の声にピクピクとその尖った耳を反応させる。
顔に浮いている微笑はまるで型に取ったように同じ。
それを気味悪いと思う事さえ、少年は出来なかった。
恐ろしい男の子供。
急速に成長した尋常とは思えないエルフの少女達の手が全身を這い回る。
しなやかな指は到る場所を触っていた。
が、その中でも性器への接触は執拗だった。
「ぁ、ぁ、ぁ、ッッ?!!」
小さく声を上げる少年をクスクスと嗤いながら、無数の指が乳首を摘まみ、尻穴へと侵入し、若い幹を擦り上げる。
それは得体の知れない快楽だった。
まだ精を放つ事さえ知らなかったはずの身体が変わりつつある事に少年は気付かない。
それどろころか。
自分の姿がエルフの少女達と同じく。
急速に大人びて、少女達と同じくらいの歳にまで成長している事も。
「やめへぇ! おねーひゃんたちやめぇ?! おひんひんこんなこわりぇひゃうぅううううう?!!」
複数の指で擦り上げられた幹がまだ幼かったはず大きさを大幅に上回り太くなっていく。
肉体の過剰な成長に神経が熱を帯びてピリピリと全身を敏感にし、少女達の初めてとは思えない指の動きで少年は性感を限界以上に高められていく。
「ふぁああああ♡ なにこえぇええ♡」
不意に甘くなった声に機が熟したと感じた少女達が指での愛撫を取り止め、変わりに舌を使って少年の全身を舐め回し始める。
初めてしゃぶるのが母の乳房ではなく。
男根や男の身体という時点でもはや少女達は普通の生物の枠には治まり切らない何かだった。
グッチュグッチュと男根を扱き上げていた指に鈴口の先から零れた蜜が絡まり、滑りを良くしていく。
その透明な液が溢れる先端に数人の舌が群がった。
「ッ、ぅぅぅぅぁああああああ?!」
あまりの衝撃に少年が仰け反る。
それはまだ一度も人生で感じた事の無い類の感触。
ドロドロに融けたスープに自分の大事な場所を突き入れられたような感覚。
火傷している。
あるいはもう自分の大事な場所が完全に焼けてしまったのではないかと少年は錯覚した。
しかし、その背筋を強張らせる想像も杞憂。
「ふぁぁぁ♡ こんなのしらな、んきゅうぅううううう♡♡」
次の瞬間には蕩けた顔で少年はもう喘いでいた。
幾重にも重なる熱い舌と唾液の感触はもう既に常人男性以上の大きさとなった幹を壊すようなものではなくなっていた。
残ったのは快楽だけだ。
舌の一つ一つが先端のくびれをなぞり、蜜を唾液と絡め、幹を交互に絶え間なく舐め上げていく。
「♡ッ!! ♡ッ!?」
声も出ない様子で少年は必死に怒涛の如く流し込まれる快楽に耐えようとした。
それは自分の奥底で何かが煮え滾り、溢れ出しそうになったからだ。
その前兆を察してか。
エルフの少女達は笑みを深くして、今までとは打って変わって優しく。
それでいて執拗に少年の全身を舌と指で包んでいく。
口付けされていないのは声を愉しむ為。
もう娼婦の手練手管だった。
ビクビクと震えて、その時を迎えようとする幹からスッと指と舌が離される。
「ぁ……」
少年は思わず、そう名残惜しげに涙混じりの視線で自分の股間を見つめた。
心地良かったものが遠ざかっていく事に未練を感じてしまった。
その事実に自分がもう己の母と同じように“違ってしまっている”のだろうかと脳裏の何処かが諦観を心の奥底にまで付き付ける。
『ふふ・・・・・』
少女達は一様に淫靡に姿態をくねらせて嗤った。
そして、その中からダークエルフの少女が一人少年の股間の上まで進み出る。
クスリと少年に微笑みかけて、その腰がゆっくりと落ちていく。
そんな様子をビクビクと幹を跳ねさせながら、唾を呑み込んで凝視していた少年だったが。
途中、少女達が上半身を起こさせると再び舌で愛撫を開始した。
少女達の一人がようやく唇を奪った。
ヌルっと入り込んできた可憐な舌の感触を享受しつつ、少年は自分の大きくなったソレが少女のまだ何も生えていない、ふっくらとしたすじに呑み込まれていくのを歓喜とも恐怖とも付かない感情のまま受け入れた。
ズヂュ、グジュルルルルルルル。
「!!!!!!!!?」
初めての交合(まぐわい)。
エルフの少女達はそのはずだったが、純血の証はまったく交わった場所からは流れなかった。
それどころか。
少女の媚肉は狭くきつかったものの蕩け切っていて。
一切の躊躇なく最奥にまで少年の幹を受け入れた。
ドジュン。
「あぉおおおおおお♡♡♡」
初めて交合した少女の顔が快楽で歪む。
はしたなく獣のように舌を出して。
自分の子宮口に幹を抉られる悦びで達していた。
そして、少女の腰が動くよりも先にめり込んだ先端が子種を吐き出した。
ビュチュルルルルルルルルル。
初めての種付け。
どちらもが初体験のはずだったが、その衝撃に少年は気を失い、エルフの少女は自分の子宮を満たしていく熱い白濁の感触に背筋に昇り詰める衝動を解放した。
ゴヂュングジュンズヂュン。
乗騎位のまま、少年の幹の形を腹に映しながら、獣のように腰が振られる。
回りで愛撫を続けていた少女達も種付けされ、膨れていく少女の胎に物欲しげな顔となって、早く順番が回ってこないかと少年の身体に自分の秘所を擦り付け始めた。
そんな、この世のものとは思えない交合(まじわり)を見つめていたエルフの少女が一人。
優しげな笑みを零して、部屋から出ていく。
ピーリヤ。
大陸東部の大森林。
エルフの集落において御子アーフルに侍るようになった少女は自分の故郷から遠く離れた藩落まで落ち延びて尚、その改変された意識のまま仕え続けていた。
「これでアーフル様の血筋を継ぐお子がまた……ふふ……」
ピーリヤが黒い通路を通り過ぎて、広い空間に出た。
『あーふるしゃまぁあああああ♡』
『おとーしゃまぁあああああ♡♡』
『たねちゅけしてくらしゃいまへぇぇ♡♡♡』
先程少年がいた小部屋よりも幾分か大きい。
寝台は更に数倍はあるだろう。
そんな場所で少年と交合していたエルフの少女達より幾分か幼い少女達がもう成人を過ぎているだろうエルフの女達に見守られながら、寝台の中央で責められていた。
無論、まぐわっているのは彼女が仕えるべき人。
アーフル・ナーシムその人だ。
全員が穏やかな様子でいるのに心を温めて、ピーリヤが頭を下げて次の通路へと向かった。
同じような部屋に数分で付けば、其処にいるのもエルフの女達や娘達、アーフルだった。
次々に頭を下げながら部屋を順繰りに巡っていく彼女はアーフル達が己の子へ種付けし、胎を膨らませた女達が出産の為に黒い壁に吸収されていくのを何度も見た。
そうしてようやく“全てのアーフル”の様子を見終えた彼女は白い切株が一つ置いてある場所。
旅装束姿のアーフルがいる部屋へと戻ってくる。
「ただいま戻りました」
「しばらくは休め」
「はい……」
ゆっくりと腰を地面に下した彼女を気に留める様子も無く。
アーフルが壁に映し出される外の“惨状”を見つめる。
人間が人間である事を止めた獣の乱交場。
人が死に、誰も気にせず、まぐわい、子を孕み、白濁の中に産み落とされる。
そんな場所で数人のエルフの女達が産み落とされ、人間達に見向きもされない赤子を拾っては黒の塔。
アーフルが埋め込まれている場所へと運び込んでいく。
「これで四万。続けて五十万まで増やす……後は七教会の出方次第か……」
呟くアーフルをうっとりとした様子でピーリヤが眺める。
自分の主の凛々しい姿が、これから世に覇を唱え、エルフの楽園を作る横顔があまりにも神々しくて。
嫋(たお)やかに膝を崩して座っていた股間の奥からトロリと蜜が溢れ出す。
「アーフル様。準備は順調です。御神の使徒は上手くやってくれるでしょうか?」
「所詮は人間。しかし、あの女はまだ使える。しばしの見物としよう」
「はい……」
闇の奥。
産まれ出でるモノ達は知らない。
エルフだろうと人間だろうと関係なく。
既に始まった戦闘へ。
あらゆる闘争へ。
自分達が消費されていくという事実を。
壁に新たに映し出されたのはピーリヤにしてみれば、アーフルの創った楽園とは程遠い世界。
教会に集い笑う人々だった。
その腕が、足が、胴体が、聖典が、何の前触れもなく失せる。
虹色の光弾に抉り貫かれ、教会が倒壊する様子が映し出されて。
ピーリヤとアーフルは少しだけ笑った。
「さぁ、存分に戦うがいい。大宇の果てより先へ放逐されしものどもよ」
滑稽な人間達との戦いの火蓋は切って落とされたが。
彼と彼女の楽園は密やかに新たなる命を産み落とし続ける。