※この作品はR-18です。

聖娼館ハルトゥム   作:Anacletus

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第二章四十一節★

第二章四十一節「襲名」

 

 例えば、剣の達人は相手の技に人生を垣間見るという。

 

 それは強さを手に入れる為の工程が容易に想像出来るからと言われる。

 

 あるいは靴屋の職人がその人の靴で何をしている者か知るという。

 

 これも靴の磨り減りでどう使われているのか推測出来るからだ。

 

 つまるところ。

 

 想像力は現実の物差し足りえる。

 

 そういう事だ。

 

 哀しみに沈むとか。

 

 苦しみに喘ぐとか。

 

 それもまた人なればこそ、想像したのみだろうと真実に成りうる。

 

 世界が決して幸福ではないという思い込みは一面において妄想と呼べない。

 

「      」

 

 今も見えるもの。

 

 世界を蝕むもの。

 

 悲哀。

 

 苦痛。

 

「      」

 

 喘いで。

 

 彼女は否定する。

 

 世界はそれだけではないはずだと。

 

 決して幸福ではないとしても、支え合った想いや握り締めた手もまた本当だと。

 

 悪意だけでも善意だけでもない。

 

 全てが複雑に絡み合っている。

 

 倖も不幸もあるからこそ、生は輝く。

 

 それを誰よりも感じているのは彼女自身に他ならない。

 

 けれど、もう一人の彼女は囁く。

 

 黄金の仮面を半分だけ被って嘲笑う。

 

 多くの不幸を見せながら。

 

 母の屍に抱かれて眠る赤子

 

 望まれず流される子供。

 

 蹂躙されながら唇を噛み締めた女。

 

 生きながらに鳥から啄ばまれる男。

 

 餓えに兄弟を見捨て涙する兄。

 

 家族を救えずに首を括る父。

 

 理不尽な暴力に命を諦めた幼子。

 

 砕け散った剣を手に臥す兵士。

 

 この現実をどう説明するのかと。

 

―――それでもナーリャは知ってる。

 

―――あの人がとても悲しい目で笑うのを。

 

―――何にも言わずに誰かを救い続けてきたんだって。

 

―――手を放さないでいてくれたんだって。

 

 白い布を纏って喇叭を持つ彼女は言う。

 

 なら、どうして今傍にいないのかと。

 

 それに彼女が答えようとして。

 

 風が彼女(ナーリャ)と彼女(ナーリャ)の間を吹き抜けた。

 

 奏楽は金管の音色。

 

 晴れ上がっていく世界には虚無が迫る。

 

 未来の果てまでも侵蝕し、須らく破滅を齎す何か。

 

 笑顔を破壊し、人々を不の熱狂に落とし込み、やがては大宇すらも飲み込む薄暗い蒼き孔が天を穿つ。

 

―――自分を失くした私を埋めてくれた。

 

―――俯いてばかりだったのに笑わせてくれた。

 

―――終わったはずの未来を奏でてくれた。

 

―――だから、貴女が例え私でも、絶対に貴女は私じゃ、ナーリャなんかじゃない。

 

 ひひひと彼女は笑う。

 

 もう一人の己に嗤う。

 

 しょうがないなぁと。

 

 どうなっても知らないよと。

 

 崩れ落ちるのは視界。

 

 砂のように全てが零れ失せて。

 

 そこでようやく彼女(ナーリャ)は気付く。

 

 自分が空から落ちている事を。

 

「ティア」

 

 高度数千mからの死のダイブ。

 

 少年の名を呼んで。

 

 ナーリヤ・ナーシム・エルトロイカは、自分の名前をようやく思い出した彼女は、風圧で既に聴こえない耳に声を聞いた。

 

『発見』

 

「?!!」

 

 落ちていく自分に追走する者が一人。

 

 白き翼を背負い。

 

 能面のような顔。

 

 冷淡に見つめる瞳。

 

 着ているのは白の鎧。

 

 有機物なのか。

 

 無機物なのか。

 

 この世のものとは思えない衣装は不可思議な質感で。

 

『発見』

 

「だ、れ?」

 

『報告』

 

「!?」

 

 背後からの声に彼女は気付く。

 

 同じモノがいる気配。

 

 そして、それを裏付けるように彼女の周囲に羽持つ者達が増えていく。

 

『完了』

『観測』

『推定』

『捕獲』

『申請』

『許可』

『受諾』

 

 まるで鼠算のように彼女は自分が天使達に囲まれている事を知る。

 

 落ちながら増え続ける天使の圧力は眼光のみで生物を圧殺するに足る。

 

 呼吸すら覚束ないまま。

 

 もう一人の自分が言っていた事を彼女が悟る。

 

 どうなっても知らないよ。

 

 それは正しかった。

 

 彼女にこの状況をどうにかする力はない。

 

 それでも自分の心配なんてせず。

 

 遥か遠ざかる空飛ぶ船を見て。

 

「みんな……」

 

 天使は一体も近付いてはいない。

 

 朧な自分もいない。

 

 助けに行くのを邪魔するものは何も無い。

 

 ならば、いい。

 

 ならば、大丈夫だ。

 

 だって、彼女は、ナーリヤ・ナーシム・エルトロイカは知っている。

 

 あの船には彼女が心の底から信頼する者達が乗っている。

 

 少年の事を守りたいと願った義理の姉妹達が。

 

「一緒には行きます。ですが、あの船には手出し無用。もし、構うというのなら、与えられた契約の全てを持って、貴方達を滅しましょう」

 

 天使達は能面の顔を互いに見合わせる。

 

『申請。許可。確保』

 

 地面に激突する寸前。

 

 天使達の翼が肥大化し、ナーリヤを覆った。

 

 暗く押し固められていく卵のような白の中で。

 

 彼女の最後の呟きが漏れる

 

「頑張って。イフィミスラ。エフィリム。私の妹達」

 

 ふわりと激突するはずだった少女の代わりに地面へ一枚の羽が落ちる。

 

 跡形も無く少女の姿は地上から失せていた。

 

 *

 

 白い部屋にポツリと洋光(ランプ)の明かりが灯って。

 

 無機質な正方形が七つ。

 

 床の上に映し出された。

 

 円を作るように置かれたソレは椅子だ。

 

 それを証明するように席が四つ埋まっている。

 

『今、確保したわ』

 

 鋼鉄にドレスごと縫い止められたような老婆が溜息一つ。

 

 小さな花柄の陶磁器(カップ)に口付けして琥珀色の液体を喉に流し込む。

 

『お疲れ~~』

 

 七教会が実用化実戦投入したばかりの鎧が座ったまま老婆の労を労う。

 

『現在、現場指揮は師団長達に預けてきた。こうして会うのは久しぶりだな。フルー。クラル』

 

 月下美人。

 

 長い黒髪に流麗な姿態持つ凛々しい女が壁も無いように何処からか歩いてきて椅子に座った。

 

『あ、ユアン』

 

 七聖女随一と名高い美貌。

 

 可憐なる乙女。

 

 聖母と呼ばれる金色の髪の少女が親友が隣に座ったのを見て微笑む。

 

 七教会施設数百が崩壊してまだ間もない。

 

 それでも内心と仕事を切り分けて考えられる程度にはもう落ち着いている様子だった。

 

『は~~~あの干し肉惜しかったわ~~~誰かさんが非常呼集とか掛けたりするから取り損なっちゃったじゃない』

 

 短く刈り込まれた白銀の髪がガシガシ掻かれる。

 

 改造された袖の無い薄緑色の制服姿の女が鎧をジロリと見た。

 

『え~~集まりの悪い七聖女(五人しかいないとか)の諸君。色々とあったので色々と報告したいんだけど、いい?』

 

 鎧が立ち上がって四人の仲間達に本音丸出しで音頭を取った。

 

『つーか。ミュルトとメルフはどうしたのよ?』

 

 仲間内評価が破壊魔呼ばわりな干し肉と麦酒(ビール)の化身ソィラ・ミクラに痛いところを言及されて、実質聖女筆頭である鎧フルー・バレッサは顔が見えないのをいい事に問題をいない相手に押し付けた。

 

『用事がある(キリ)とか言われたよぅ』

 

『ようやく帰ってきたと思ったら、どっちも不在。また、何か頼んだわけ?』

 

『う、半分は頼んだけど、半分は自分の意志ってやつじゃないかなぁ』

 

 ソィラの指摘にまぁまぁとハティアが割って入る。

 

『フルーはちょっと言葉が足りないだけなんです。きっと、ええ、たぶん、その、だいたい』

 

『ハティア。あの、それって、暗に責めてない?』

 

 いつもよりも棘が多い七聖女の良心にフルーが「うっ」とタジタジになる。

 

『お前がいつも何でもかんでもやりたい放題やってるから信用されないのだろう? フルー』

 

 ユアンがダメ出しとばかりに核心を突いた。

 

『これでもすご~~く控えめなんだけどなぁ』

 

 四人のやり取りを見ていたクラルがどうでも良さそうにカップを傾け、四人の調子に合わせるでもなく発言する。

 

『さっさと話を進めましょう。こっちはこっちで天使の統制に忙しいのよ』

 

 四人がクラルの正論に押されて自分の席に戻った。

 

『あーえー、と、とりあえず七聖女(パーティー)全員に大陸秩序再編計画の進捗を』

 

『資料で済ませられる事で呼び出したわけじゃあるまいし。そもそも数字なんて出来るのは聖女の中じゃ貴女とあの二人くらいじゃないの。いいから主題(テーゼ)をぶち上げなさいな』

 

 フルーが「……はい」と何処か溜息がちに指を鳴らす。

 

 暫定の筆頭は僕なんだけどなぁという本音が丸分かりな情けない声である。

 

 ヴォン。

 

 そんな音がして。

 

 フルー以外の聖女達全員が自分達の周囲に様々な光景が映し出されていくのを興味深そうに見た。

 

 まるで今、目の前で起こっているようなリアルさ。

 

 ここ数か月の物事が空間の全てを使って映し出される。

 

 最初に聖女達が視たのは一人の少年が透明な身体を持つ男を殴り飛ばしている場面(シーン)。

 

 続いて少年が数人の少女達と歩く姿。

 

 他にも大森林内部で起こった虐殺。

 

 エルフの集落に落着する巨大構造物。

 

 見えない化け物が七教会の兵士達の手で淡々と処理されていく光景もあった。

 

『七教会が近頃出会った事件はこんな感じなんだけど。まぁ、だいたいはいつものようにシンアのせいって言っていいかな。ただ、大森林で出てきた化け物を背後で操ってた奴は、はい。たぶん、コレが本体』

 

 一人の男の顔が聖女達の中央に浮かぶ。

 

『ダークエルフよね? これって』

 

 ソィラにフルーが頷く。

 

『そうだよぅ。名前は正確な発音でARFL。アーフルって呼べば適当かな』

 

『こいつが見えない化け物や攻撃が防御出来ない化け物の首謀者(おやだま)か?』

 

 ユアンが普通のダークエルフにしか見えない顔に首を傾げた。

 

 あそこまで大規模な事件を起こすような存在には見えなかったのだ。

 

『そもそもあの化け物達は一体何なのかしら? 少なくともただの人工的に生み出されただけの存在ではないのでしょう?』

 

 全員の視線がフルーに向く。

 

『かなり調査した結果だけ言うと、彼はそもそもがあんな大それた事が出来るような力を持つ存在じゃなかった。というか、それはどっちかと言うと彼の妹の方なんだよねぇ』

 

『妹さん、ですか?』

 

 ハティアが困惑した表情を浮かべた。

 

 家族がいる。

 

 それは知性を持つ生物にとっては殆ど例外なく当たり前の事だ。

 

 しかし、大森林において武帝を亡ぼす原因となる化け物を生み出し、今また恐ろしい化け物を生み出しては七教会を破壊しようとした相手という事を勘案すれば、何か違和感があった。

 

『クラル。今、どうなってる?』

 

 フルーが訪ねた時点で何やらクラルは気付いた様子になり、目を細めて報告する。

 

『主観時間を限界まで引き延ばした状態でほぼ停止状態にしてるわ』

 

『どういう事よ?』

 

 ソィラの問いにクラルが指を弾く。

 

 するとアーフルの顔の代わりに今度は豪奢な寝台に寝かせられているダークエルフの少女、ナーリャが映し出された。

 

『フルー!? まさか、妹さんを!?』

 

 驚き、視線を険しくして詰め寄ろうとしたハティアの肩をユアンが掴んで留める。

 

『彼女は【外なる神々】(アウターゴッズ)の何柱かの影響下にある』

 

 クラル以外の全員が固まった。

 

『確認されてるだけでも【首狩りしもの】(ヒュドラ)【暗躍者】(ヌギル・コーラス)【萌ゆる炎】(トゥールスチャ)【這い寄る混沌】(ナイアラトテプ)……四柱は確実だよぅ』

 

 沈黙というには短い時間。

 

 誰も発言しなかった。

 

 それは小さな惑星にとって致命的である以前の問題。

 

 宇宙そのものの危機が差し迫っていると言っていい事態だ。

 

『本来、彼女と比べたら兄なんて吹けば飛ぶような存在だったんだろうけどねぇ。何の因果か、嫌~なものに取り憑かれてるみたいなんだよねぇ』

 

『何かにこの女の子の兄が操られてるって事?』

 

 ソィラがナーリャを見て目を細めた。

 

『そういう事。この子の神様に最初は影響されたんじゃないかなぁって思ってたんだけど、これはこれでまた別口みたいで調査中。ただ、エルフの集落に落ちたコレ』

 

 再び【宇宙樹(ユグドラシル)】の横で崩れて横たわる構造体が映し出される。

 

『コレは魔族が大昔、たぶん一万年近くか、それより前に複数大陸に埋めてたものだって言うのが解ってて。それの動力源がどういうものなのかも把握出来てる』

 

 クラルは朧げにだが、フルーの言わんとしている事が理解出来た。

 

『神を捧げる祭壇。違うかしら?』

 

 パチパチと虚空に拍手が響く。

 

『よく分かったねぇ。そう。これは大昔の魔族連中が神様を殺し、その余波を“世界の外側”に打ち出すのに使ってたものなんだよぅ。壊すのが惜しいと思ったのか。それともいつか再利用する日でも来ると踏んでたのか。エルフの集落近くや藩落の異種関連地域に埋めてて。それでこの兄妹はその遺跡管理者であるダークエルフの血統。何でも【神担者(コスタレロ)】って言うみたい』

 

 フルーがようやく全てを吐き出したと見た全員が互いに顔を見合わせて。

 

 誰よりも早くハティアが発言する。

 

『つまり、この兄妹も含めて誰もが“犠牲者”って事でいいんですよね? フルー』

 

 何を言いたいのか。

 

 いや、これから何をしようと決めたのか。

 

 長年の付き合いである他の四人は理解する。

 

 しかし、誰も彼女の言葉に口を挟もうとはしなかった。

 

 それが七教会がこれから困難な道に進んでいく起点になると知りながら。

 

 七教会の行動指針の殆どは、事実上ハティアが打ち出してきた。

 

 聖女と言っても所詮は人間。

 

 実際に聖人と己を自称するような愚か者は誰も仲間内にはいないが、聖人と讃えていいと本人以外が認めるのは唯一ハティアしかいない。

 

 現実的な実務担当こそ七聖女全員が分担する形を取ってこそいるが、事実上七人の意志を上手く纏めているのは他ならぬハティアの思想に他ならない。

 

 もしも、七聖女にハティア・ウェスティアリアがいなければ、七聖女と彼女達は呼ばれていなかっただろうし、七教会の現在の威光も無かっただろう。

 

『え、うん。まぁ』

 

 フルーが頷く。

 

『それじゃあ、みんな力を貸して下さい。もう誰も傷付かないように』

 

 他の四人が同時に軽い溜息を吐く。

 

 言い出したら聞かない。

 

 聖女内で最も“頑固な女”の言葉を曲げられるものはその場に誰もいなかった。

 

『とりあえず、私達でも手に負えないモノが絡んでるのは解ったけど、これで全部なのかしら?』

 

 クラルの問いにフルーが少し考え込む。

 

『これ以上の情報開示はまだちょっと。化け物の解析は完了したけど、それを発生させた“門”とかアーフルの最終目標とか潜伏場所とか。色々と調べないといけない事がまだ山ほどあるからねぇ』

 

『そう。いつもの秘密主義ご苦労様。天使達からの報告だと藩落内部で巨大な船に乗ってたって話だけど、そっちはいいの?』

 

『そっちはミュルトが行ってるから大丈夫』

 

 独自の情報網を構築するクラルの言葉は暗にイグニシア・クルシスと藩落内部で起こっている異変に対処せずにいるのかと聞くものだったが、フルーはサラッと流した。

 

『そう。じゃあ、やる事があるから今日はこれで戻らせてもらうわ』

 

 クラルが立ち上がる。

 

『ん、難しい話は結構。必要になったら呼んで』

 

 ソィラも欠伸をしながらそれに続いた。

 

『では、これで現場指揮に戻らせてもらう』

 

『はい。では、これで失礼しますね。フルーは後でまた』

 

 ユアンとハティアも続いて。

 

 白い部屋の外側へ。

 

 其々が別々の方向に歩いて去って行く。

 

『ふぅ。相変わらず集まるとギスギスするなぁ』

 

 分からない事は分からないままでいい。

 

 必要があるなら情報は開示されるし、協力を求められもする。

 

 七教会のトップとして秘匿情報を取り仕切るフルーに文句を言う者は誰一人としていない。

 

 それが世界一の頭脳。

 

 七聖女の存在すらも数字で考え。

 

 最善の回答を出し続けるフルー・バレッサという女への信頼でもある。

 

 聖女の行動を逐一監視するわけにもいかない七教会にしてみれば、フルーのみが聖女達を制御する言わば安全弁と言えるかもしれない。

 

『まぁ、仕方ないとは思うけどさぁ』

 

 洋光(ランプ)が消されて再び明かりが付けられる。

 

 そこは既に今までいた部屋とは別の場所だった。

 

「ん~クラルには気付かれた? 憑代になる一族にも依頼したみたいだし」

 

 硝子張りの温室内。

 

 色とりどりの草木が生える庭園の一角。

 

 飴色のアンティークな椅子に座って。

 

 フルーが目前にあるテーブル上の皿から小麦菓子を掴んで口に放り込む。

 

 その姿はいつもの普段着。

 

 眼鏡を掛けた少女のものに戻っている。

 

 そう仕立てが好いわけでもない古びれた外套がカサリと音を立てた。

 

「【聖杯委員会(ペルスヴァル)】との契約は庇護下の種族とは関係ないからねぇ。勝手に種族が連携して人類排斥とかされちゃっても知らぬ存ぜぬお前がどうにかしろって言われるし。やれやれだよぅ」

 

 喉が渇いたなぁとやる気ゼロな怠惰さでテーブルに伸びたフルーだったが、その顔の横にコトリと紅茶のカップが置かれた。

 

「あ、つるピカ」

 

 いつの間にか。

 

 頭の禿げ上がった牧師風の老人がテーブルの横に立っていた。

 

「久しぶりに生身での会合はどうでしたかな?」

 

「いやぁ~~。うん。ホントどうしてあんなにまとまりないんだろうね!!」

 

 半ば投げやりな言葉を吐きつつ、紅茶が半分以上喉に流し込まれる。

 

「第四十二次調査報告です」

 

 パサリと数枚の紙がフルーの前に置かれる。

 

「どれどれ」

 

 内容は要約すると以下の通りだ。

 

 大陸北東部ディシグニア皇国領国境緩衝地帯における調査結果。

 

 秘匿された戦闘の形跡有り。

 

 因痕波の固有の違いは当戦闘は魔王以外の魔王級の存在を示唆するものである。

 

 乂羅における地下教会の調査結果。

 

 地下教会最深部において魔力残滓の採取に成功。

 

 固有魔力形質を現在大聖廊の禁忌書庫において検索中。

 

 異様な魔力形質から推測して滅びた大神に準じる存在の可能性在り。

 

 大森林武帝内部宇宙樹エイファにおける調査結果。

 

 乂羅地下教会で採取されたものと同種の魔力残滓を採取。

 

 エルフの集落における【破壊者(ワンダリカ)】使用が情報の精度を落としている。

 

 僅かにダークエルフの一団が人間の狩りから逃れて亡命していた様子が伺える。

 

 これの集団の中にARFLがいたと推測される。

 

 目標の現在地不明。

 

 藩落内部に入った時点で足取りは途絶えている。

 

 目下捜索中。

 

「つまり、前回報告から殆どなーんにも分かってないと」

 

 マディクトが紙を集めると横に携える。

 

「魔王の足取りも藩落で途絶えました。ミュルト様が出向いているとはいえ、不確定要素が多過ぎますな。相手が魔王級ならば、ぶつかり合った際の被害は……藩落一つで済めばいいですが」

 

「ハティアが被害なんて許すはずないし、自分の娘までいるんだから保険くらいは掛けてるよ」

 

「近頃は創作意欲が湧いておられるようですが、一体何を御作りで?」

 

「ブフッ?!」

 

 いきなり変わった話題に聖女とは思えない形相でフルーが紅茶を噴水にした。

 

 何も言わずに取り出されたハンカチがテーブルの上をサッと拭う。

 

「どうしてウチにはこういう人材しかいないんだろう」

 

「一体何年の付き合いだとお思いで? “他人任せにしたフリ”は得意技だと思っていましたが」

 

「別に今回の化け物事件が解決しようと長引こうと僕にとってはいつもの通り。でも、藩落で情報収集させてた筋からの話だと物凄くややこしい事になってそうなんだよねぇ」

 

「ややこしい?」

 

「武帝とイグニシア・クルシスの国境地帯で起きた騒乱。あれの時も結局はシンアが全てを治めた。皇帝との間に繋がりも出来て、ついでに藩落内部の要人に何人か接触したって話。今はどうやらアーズトリテらしいよぅ」

 

「全てが集約されていっていると?」

 

「そうそう。乂羅で神門をぶっ倒すわ。皇帝とたぶん密約結ぶわ。藩落で実験材料にされるわ。いやぁ、ホント人の苦労とか考えて欲しいよねぇ」

 

「アーズトリテへ素直に協力しますか。あの魔王が?」

 

「そこはほら。人質とか色々ね。あんまり力を使って物事を解決するとあっちも大変だから、せいぜい条件付けて時間潰してるんじゃない」

 

「クラウゼンの当主とは訳ありだと存じ上げていますが、ご懸念でも?」

 

「因果……なんだろうね。彼の下にシンアが捕まる。そして、全ての事態が収束していく。最悪でも七教会がひっくり返されるくらいかなぁ」

 

「それで徹夜ですか」

 

「まぁ、これでも聖女だし」

 

「ハティア様達には聞かせられない話です」

 

「後で言っておけばいいというのがボクのポリシ~」

 

「では、今回はミュルト様に事態を一任するという事でよろしいですか?」

 

「最後には出向くよぅ」

 

「何が起ころうと最後に貴女が出た時点で盤面は投了です。何をお造りになっているのか存じませんが、使用される当該地域の方々には同情を禁じ得ませんな」

 

「どんな問題にも解は存在する。それがどんなに理不尽で受け止め難い答えでもね。それと僕がいつも超兵器とか物騒なものばっかり造ってるような言い方はないと思うんだけど」

 

「【超克(ネガティオ・セイプスム)】に【外宙碩学師団】で建造させていた“アレ”をオプションで付けたと聞いていますが?」

 

「出力を十二乗分の一以下で使うから問題無し」

 

「1%でも出力しようものなら、聖女の殆どの方が止めに来ます。それこそ魔王戦ともなれば、二度目の大戦に発展しかねない」

 

「僕の発明は経過時間に乗算で能力が優秀になってくからねぇ♪」

 

「日に日に惑星内部や公転軌道内、星系内部での使用が難しくなっていくの間違いかと」

 

 世の中にどれだけの迷惑が掛かるか。

 

 フルーの発明に頭の痛い思いを経験してきた側近の言葉だった。

 

「ここだけの話。全部終わりになるかもしれないよ」

 

 マディクトは多少固まったものの、いつか来るかもしれないと思っていた日が来てしまったのだろうと気を取り直して尋ねる。

 

「――――――閃きましたか?」

 

「うん。閃いちゃった」

 

「本当なら祝福するべきなのでしょう。ですが、貴女を傍で見てきた側近としてお尋ねします」

 

「?」

 

 “全てが終わる”

 

 それは七教会の存在意義と同義語だ。

 

 いや、七聖女達が聖女である理由と同義であると言うべきか。

 

「私は、此処にいるマディクト・ナシエは、貴女が例え、他の聖女と袂を分かとうと一向に構わない。もし全てを無かった事、聞かなかった事にしろと貴女が言えば、記憶も差し上げましょう。ですから、どうか正直にお答え下さい」

 

 気魄。

 

 老人が出しているとは思えない圧力。

 

 それはいっそ殺気と例えてもいいくらいに強い。

 

 だが、そういうものとは根本的に違う。

 

 老人から発されているのは永い年月苦楽を共にした友人、主、あるいは娘のような少女への親愛に由来する厳しさだった。

 

 七聖女ではない唯(ただ)のフルー・バレッサに彼は訪ねる。

 

 “本当に、よろしいのですね”

 

 きっと迷う事なく頷けると思えていた彼女は、一人の少女は、咄嗟に言葉で出なくなる自分をまず嗤い、それからこんな自分に長年付いてきてくれた彼に応える。

 

「僕はフルー・バレッサ。心魂を己の技に捧げたもの。閃きを無かった事には出来ないし、世界を救う事を放棄したつもりもない。あのアルヴィッツの丘で、生涯大切にしたかった人を手に掛けた時から、この手が生み出すものは全て誰かの為のもの。そう決めた」

 

 だから。

 

 そう寂しそうに笑って。

 

「僕は進むよぅ。魔王を倒してねぇ♪」

 

 少女は空を見上げた。

 

 何処かの少年のように。

 

「分かりました。存分にお働きを」

 

 マディクトが頭を下げて礼の形を取る。

 

「それにさ。未練タラタラな友人達に好きな男を殺させたら、聖女失格じゃない?」

 

 いつもの調子で聖女達の事実が蒼い世界に嘯(うそぶ)かれた。

 

 *

 

 息遣いが聞こえる程に近く触れ合って。

 

 弾む鼓動のままに一人の女となってエーレインが腰を弾ませる。

 

 少し寝台の端に寄った為、少し不安定に足が虚空に出ている。

 

 それでも安心していられるのは少年が片手で腰から下を掴んでいるから。

 

 尻を鷲掴みにされてジンジンと火傷でもしたように麻痺とも快楽とも付かない情動が肉体を占拠して、牝として愛される悦びを彼女は知った。

 

 少年の唇は今上半身を寝台に忍ばせてきた人馬の少女シュレディナの舌と交わっている。

 

 空いた片方の手はエリザの股間に指を潜り込ませていて。

 

 休まずに責め立てている。

 

「っ、っ、ん」

 

 羞恥と快楽に身を震わせながら、少年の肩や頭に胸を寄せてエリザは熱い息を漏らす。

 

 後の二人も似たり寄ったりの状況。

 

 恥骨と恥骨がぶつかり合う粘ついた音。

 

 エーレインの奥は既に少年の幹を受け入れる事を苦とせず。

 

 きゅうきゅうと。

 

 処女を捧げたばかりとは思えない膣(なか)のざわめきが幾度も少年の腰を震わせていた。

 

 それでも射精していないのは少年が放精を制御しているからだ。

 

 改造され能力を増された男根や睾丸は激痛となる程にその身をパンパンに張らせている。

 

 これで普通の女が種付けされたならば、人の身には過ぎた悦楽に精神は堕落し、子宮そのものが膨大な量の精を受け止め切れずに傷付く。

 

 だからこそ、男の性を超人を優に超える忍耐力で少年は暴れ馬のような自身を御していた。

 

 軽く達し続けているエーレインの股間は蜜に濡れて淑女よりは娼婦の如く幹を愛し続けている。

 

「ん、もうそろそろ、出すよ。エーレイン……ッ」

 

「っ…もぅ、こんな、げんか…い…っ」

 

 ズグン。

 

 幹を上がっていくのは精というよりは固めの粘液にも近いゼリーだ。

 

 グッと腰の一番奥に幹を呑み込んで。

 

「~~~~~ッッ?!!!」

 

 蕩ける理性を必死に立て直そうとしたエーレインは、

 

 ビュジュヴュルルルルルルルルルルルルルルルル。

 

 受け止め切れない精の本流に脳裏に火花を見て気を失った。

 

 目も空ろなまま少年の胸へと倒れ込み。

 

 甘く震える吐息を吐き出している相棒。

 

 その跨った部分にドロリとした白濁を見つけて。

 

 次は自分の番かとエリザが股を擦り合せた。

 

 精で妊娠初期のように膨れた腹が圧迫され、コポリと精が交じわった場所から零れていく。

 

「つ、次はこ、こ、こっち、よね?」

 

 さすがに自分の処女を捧げる段となって緊張したエリザが少年に尋ねる。

 

「ん。シュレディナ。ちょっと手伝って」

 

「はい。主様」

 

 唾液で口元から喉まで濡れているシュレディナが微笑みながらエーレインを少年の上から退かす手伝いをし始める。

 

 ズヂュプ。

 

 深く呑み込まれていた少年の幹はシュレディナが後ろからエーレインを持ち上げるとまるで離れたくないと引き込もうとする膣(なか)に食まれながらも抜けた。

 

「しばらくおやすみ。エーレイン」

 

 少年が蜜と精でドロドロになった下半身も拭かずに未だ意識の戻らない頬に口付けした。

 

 本人の意識があったなら「女の子扱いしないで」と緩みそうになる顔をムッとさせたかもしれない。

 

「お浄めしますね」

 

 しゃがみ込んでシュレディナが丁寧に少年の幹と下半身に口付け、精を舌で絡め取っていく。

 

 ピチュピチュ。

 

 優しげな手付き。

 

 舌で念入りに精を味わい飲み干していく様からは凛々しさは見えない。

 

「ぅ……」

 

 エリザが少しだけ身体を震わせた。

 

 不安にもなるだろう。

 

 自分の相棒の姿にこれから正真正銘の魔王に抱かれてしまうのだと理解して。

 

 それが分かっているからこそ、少年は何も言わずにニコリとするだけだ。

 

 細い手が少年の方に伸びて。

 

 パタン。

 

 そんな音と共に部屋の扉が開いた。

 

 清める事に熱心なシュレディナ以外の二人が同時に振り向くと開いた扉の先に白い肌が見えた。

 

 もちを伸ばしたような尻尾が頼りなげに揺れている。

 

「えっと……」

 

 少年が言葉を脳裏に探したのは天真爛漫を絵に描いたような人外少女が何処か気落ちしたような顔だったからだ。

 

「……」

 

 どうしたのかと注視する二人のいる寝台までトテトテ歩いてきたマヲンが寝台に昇って、少年の横まで来ると沈黙した。

 

「どうか、したの?」

 

 思わず聞いた少年の声に宿っていたのは優しさだ。

 

 それを理解出来るようになった。

 

 いや、優しくされる事が本当はとても嬉しいものなのだと知ったマヲンはキュッとシーツを掴んだ。

 

 俯むき加減だったマヲンの下へポタリと一滴染みが出来る。

 

「マヲン様! どうかしましたか!」

 

 何やら慌てた様子で廊下から数人の足音。

 

 開きっぱなしの扉の先から四代貴族の少女達が駆け込んで来る。

 

 そして、マヲンの滴が再び落ちる場面を見て何も言えなくなった。

 

「シュレディナ。ちょっと服を持ってきてくれる?」

 

「あ、はい」

 

 さすがに空気を読んだのか。

 

 シュレディナが少年の為に用意されていた白い病衣のような衣装を隅の籠から持ってきた。

 

 さっそく着込んだ少年が同じように空気を読んだエリザにひっそりエーレインの事を頼む。

 

 シーツを再び身体に撒き付けた少女が頷いてエーレインにも同様にシーツを被せ、横に座った。

 

 ようやく一息付いた少年の前で三度、滴が柔らかな寝台に滲む。

 

「お腹空かない?」

 

「……クゥ」

 

 何を言っているのか。

 

 そもそも意味のある呟きだったのか。

 

 少年には分からなかった。

 

 ただ、少女の感情だけが伝わってきて、貴族の少女達に視線を向ける。

 

「ご飯用意してくれると嬉しいかな。久しぶりにまともな食事が欲しいと思ってたところだし」

 

 少年の笑み。

 

 それが今は誰の為に作られたものなのか。

 

 貴族の少女達にも分かった。

 

「わ、分かりました。ですが、実験は……」

 

 言い掛けた筆頭であろう少女に向けて今までジッとしていたマヲンが服から何やら紙を取り出して差し出す。

 

「……失礼します」

 

 近寄って紙を受け取った金髪の少女は紙の文面に目を通して、そういう事かと僅かに瞳を閉じる。

 

「現在、ランナ様は自身を使った最終実験を行っており、帰還なさるまではマヲン様が当主代行という事になりました。実験やその他の一切の管理権限は全て移譲、という事のようです」

 

(最終実験。此処の設備や特色、この子の事を考え併せても、これは……)

 

 少年が大まかな事態を察した。

 

「それじゃあ、此処でこの子が言えば、少し休んでご飯くらいは食べさせて貰えるって事?」

 

「そう、なります」

 

 固い口調になった金髪の少女は心配そうにマヲンを見つめる。

 

「君はどうしたい?」

 

 あくまで小さな子供にでも聞くような素振で少年が少女の顎をツイッと人差し指で上げさせる。

 

 目と目が合う。

 

 深い哀しみを湛えた瞳。

 

 菫色のソレは少年が知る皇帝の瞳にも似ていて。

 

「……クゥヲ……」

 

 マヲンが何事かを呟き、傍にいる貴族の少女に向き合うと手を取って指で文字を書き始める。

 

 多少長い文面。

 

 それを正確に一文字一句把握して彼女は頷いた。

 

「……畏まりました。では、全てそのように」

 

 そっと頭が下げられる。

 

「御客人として食事をお出しします。此処にいる他の方も同様に」

 

「うん」

 

 少年が頷くと他の貴族の少女達も金髪の少女に倣い頭を下げた。

 

(何か助けに来るまでも無かった気がするわ。ホント……)

 

 来た事を後悔してはいなかったものの、エリザは相棒の傍らでそう思った。

 

 少年はいつだって味方を増やして生きている。

 

 そんな気がしたのだ。

 

 例え相手が自分の肉体を弄繰り回そうとする輩だろうと変わらない笑みを向けられる強さと優しさ。

 

 魔王の武器(やり)は下半身に付いていると【貴皇】では専(もっぱ)らの噂だったが、真実は多少異なる。

 

(己を敵にすら捧げられる慈しみ、か)

 

 エリザは少年と交わったらしき翌日に皇帝が言っていた事を思い出した。

 

(『本当に怖い相手は敵を憎まない』エトの言ってた通り、これが敵に回ったら勝てる気なんてしないわよね。絶対……)

 

「クヲ」

 

 キュッと少年の服の袖を握ったマヲンが再び俯く。

 

 よしよしと撫でた少年の手の下。

 

 小さく小さく微かな嗚咽が響き始めた。

 

(それにしても良かったような、そうでないような。う、私、女として先越されたんじゃない?)

 

 相棒に女としては一段先に進まれたような敗北感を感じながら、自分にも再び処女を捨てるような機会が来るのだろうかとエリザは幸せそうな寝顔の頬を突いた。

 

 アーズトリテに皇帝の旗艦が到着したのはその日の深夜。

 

 人外魔境(じんがいまきょう)を引き連れて、聖女も化物(けぶつ)も急ぎ来て。

 

 ようやく。

 

 全て集う時がやって来る。

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