第二章四十八節「寝床」
―――貴方が殺したのよ。
みんな!
みんなッ!!
こんな化け物だって知ってたら!!?
友達になんかならなかったのに?!
ねぇ返してよ!!
お母さんをッ!!!
お父さんをッッ!!!
この化け物ッッ!!!
そんな哀しそうなフリなんてしないでッッッ!!!
嘘吐きッ!
この嘘吐きッッ!!
『約束なんて、しなきゃよかったッッ!!!』
落ちていく感覚。
初めて感じた想い。
それが絶望ではなかったのを今も少年は覚えている。
刺された胸は焼けた杭を埋め込まれたように熱く。
水に沈んでいく身体は真冬の夜よりも凍えて。
痛みばかりが思い出される日々より辛くて。
手は、伸ばさなかった。
肺を満たしていく水に溺れながら。
それでもいいかと。
彼女が望むなら、そうなったっていいと。
笑みを浮かべて。
謝れないのだけが、心残りで。
『ティア』
柔らかな日差し。
複数の気配。
自分の寝床には上等過ぎる寝台。
ハルトゥムの館だと少年はすぐ理解した。
「……おはよう」
「馬鹿。もう二日も寝ていたのだぞ?」
涙混じりの声。
「イフィミスラ。心配させちゃってごめん」
「お前は謝ってばかりだな。出合った日からずっと」
「あ、はは。そうだった、かな?」
「ああ、そうだとも」
少年の顔に手が触れる。
「エト。いる?」
「ティア。そなた……」
僅かに固まる声。
「状況を聞かせてくれない?」
「分かった……」
二人の少女の後ろ。
エトが少年に状況の説明を行っている最中、控えている誰も何も言わず。
「それじゃあ、もうエーデリアは大丈夫?」
「はい」
答えたのはエトではなくセイリだった。
「君のおかげでこれから不平等条約の改定がイグニシア・クルシスの取り成しで行われる運びとなりました」
「そっか。頑張って。セイリ」
「ええ、君に貰った機会です。絶対、ものにしてみせます」
「うん」
少年が頷く。
「エーレイン。エリザさん」
「な、何?」
「何ですか? ティア」
二人が足元で真剣な表情で少年を見つめた。
「ありがとう。迎えに来てくれて。ご苦労様」
「あれは任務よ。出来て当然よ。感謝される事なんて一つもないわ」
「陛下の手足たる我らにそのような言葉は……」
「それでも、ね?」
「一応、受け取っておく」
「覚えておきます」
二人の顔が僅かに歪んだ。
しかし、エーレインの声には揺らぎ一つなく。
主の手前。
自分が最初に“そうなってしまう”のを避けたのは、やはり従者としての思いからか。
「エフィリム」
「はい。てぃあにぃさま。えふぃはここにいます」
半魔族の少女がその青い手できゅっと少年の袖を掴んだ。
「その……ナーリャの事。少し迎えに行くの遅くなるかもしれない」
「いいえ。いいえ。にぃさまがあやまることはないんです。きっと、それくらいなーりゃねぇさまはまってくださいます」
「案外ご飯食べながら『来るの遅い!』って叱られちゃうかもね?」
「…は…い……はい!」
熱い雫が数滴、手の甲に落ちた。
「紅亜」
「何だ? 何か欲しいものがあるのか? すぐに持ってきてやる。言ってみろ」
耳元で優しく問い掛けるツインテールの少女に少年は思わず笑ってしまった。
「いつもの紅亜じゃないみたいだよ?」
「そ、そんなわけあるか! わ、私は普通だ!」
思わず込み上げてきそうになるものを飲み込んで。
唇は噛み締められたまま。
学生帽で表情が隠される。
「烙南」
「兄様……」
紅亜の横で白くなるくらい手を握り締めて。
少しだけ芯がしっかりし始めた白い少女が決然と少年を見つめる。
「紅亜やオーレムと一緒に治療は続けられるよう、あの子へ言ってあるから。ちょっと大変かもしれないけど、戻ってくるまで待ってて」
「兄様がお戻りになるまで。此処は紅亜姉様と一緒にお守り致します」
「強くなったね」
「はい。全て兄様のおかげです!」
少年が少しだけ吐息を吐いて。
「オーレム」
「ご主人様……」
「戻ってくるまで我慢出来る?」
「ええ。この身を委ねるのはご主人様だけですから」
超大な乳房を膝の上に押し付けながら、未だ記憶の戻らぬエルフの女が頷いた。
「あー、えっと……シュレディナ?」
「主様。シュレディナは此処に」
何処か罰が悪そうな少年の声に半身半馬の少女が膝を折って頭を下げる。
「帰らないって決意は変わらない?」
「もう、主様の牝馬ですから」
「……うん。次に出掛けるまで此処にいる全員と仲良くね」
「勿論です。皆様にとても良くして頂きました」
少年が頷いて。
「クヲッ?」
寝台横でスヤスヤ眠っていたマヲンが少年の横に首をニョッキリ突き出した。
「マヲンもいるの?」
「クーヲ」
当然だとばかりに天真爛漫なまま人外少女が頷く。
「時々、此処に来るのはいいけど、アーズトリテの復興とか色々あるだろうし、程々にね?」
「クックック、クーヲ」
『それはどうかな?』的不敵リアクションをしながらも少女は請け負った。
「いる?」
「はい。我が創造主」
少年の肉体の上。
紫髪の小さなメイド少女が現われ浮遊した。
「後は任せるよ」
「了解しました」
「少しだけ眠らせて…後一回は…起きられ…ると…思う…から……」
スゥスゥと寝息が聞こえ始めると嗚咽が部屋を少しずつ満たし始める。
「では、皆様。大食堂の方へ。これより事態と状況の説明を行います」
動じた様子も無い紫髪の少女が床に降り立ち、扉を開けた。
*
ハルトゥムは基本的に幾つかの棟に分かれている。
その中でも未だ住んでいる者すら使用した事のない場所に全員が集っていた。
巨大な円卓と紅い絨毯。
食堂と言うには内装は華美で。
飴色の椅子は全員が座っても余る程にあった。
唯一シュレディナのみ合う椅子が無く立ったままである。
「つまり、七聖女のせいで幾つかの要素に分離されたのか?」
イフィミスラの声に紫髪のメイド少女が頷く。
「はい。現在、分離された三要素の内、記憶は大気圏より先。真空の海に在り、七教会の艦隊が宙域を封鎖しています。月との重力が釣り合う場所で安定しており、一週間後には完全な形で顕現するでしょう」
「顕現とは?」
「もしもの時の為の保険が働きました。不用意に干渉すれば、本来切り離されて不安定な記憶は崩壊し、肉体に戻ろうとする為、あちらは手出し出来ません。現在は周辺の小惑星等を取り込んでいる最中ですが、物質的な安定を得れば増殖、自己組織化し、自動で運行が開始される魂の砦です。創造主の復活を早めるにはコレの中に取り込まれた記憶の開放は必須となるでしょう」
「一つ。いいか?」
エトが手を上げる。
「何でしょうか?」
「記憶の在り処は分かった。だが、意思は何処に在る?」
「それは……現在のところ不明です」
「不明だと?」
「何かしらの“入れ物”に囚われている可能性があります。本来、創造主の意思を何かに納めるというのは不可能な話ですが、例外があると見るべき事態です」
「例外……」
「クヲ」
手を上げたマヲンがテテテッと早足に紫髪の少女のところまで行き、自分の顎を付ける。
「……変換完了。魔王の複製実験についての資料がクラウゼンにはあるそうです」
「複製実験? そのような事が可能だと言うのか?」
「クーヲ」
エトの最もな問いにマヲンが頷く。
「詳細は分かりませんが、嘗て一度七教会に捉えられた際にそのような事をされたと創造主からも報告があります。今現在、計画がどうなっているかは分かりませんが、可能性は十分あると推測します」
「では、クラウゼンの資料は昏睡している現当主に代わりマヲン・クラウゼン・セト・ニェハエル。貴殿に当たって欲しい。これはイグニシア・クルシス皇帝からの正式な要請であるが、如何に?」
「クヲクヲ」
「頑張る、だそうです」
通訳されたマヲンが「その通り」と胸を張って頷く。
「こちらからも調べてみよう。それで本題じゃが。ティアはこれよりどうなる?」
「我が創造主は現在、肉体と僅かに残った記憶と意思で辛うじて持っている状態です。記憶と意思が自己統一性を得る為に肉体側に残る因子を崩壊させて回収すれば、肉体のみが残ります。次に目を覚ました時が実質的に最後の機会になると思ってください」
「最後ではない」
イフィミスラが凜と声を響かせる。
「あの大馬鹿者は必ず帰ってくる。いや、我らが迎えに行く。であるからして、最後ではなく……これは始まりだ」
「はじまり……」
エフィリムが呟き、頷いた。
誰も皆。
その言葉に賛同を示し、応える。
「我らは僅か十一人。されど、あの手に救われ、慈しまれた十一人だ。互いに知らぬ事、分からぬ事は多い。だが、あの温もりを、あの優しさを、笑みを、我らは決して忘れていない。ならば、手と手を取り合う事も出来るはずだ」
イフィミスラが全員を見渡した。
「我は此処に同盟を立ち上げを進言したい」
「ほう?」
エトが興味を引かれて、笑みを作る。
「魔王同盟。いや、我らにとってティアが聖なる者なら、聖王同盟と言うべきか」
「聖王同盟……」
紅亜は呟きながら、その言葉が自然と耳に馴染むのを不思議に思った。
「ふむ。良いかもしれぬ。組織立った動きが出来なければ、これから七教会に対して何かと不便な面もあろう。藩落の者達は言うに及ばず、我らイグニシアもこの件に関しては同じような立場だ。誰も七教会を安易には歓迎出来ない」
空かさず合いの手を入れたエトの言葉にマヲンもセイリも意見としては同様の感想を持った。
つまり、あのような暴挙を行う七教会を信用するには値しないという思い。
それは二人の胸の奥、静かに凝っている。
「だが、それにしても此処は娼館であったのだろう? 仮にも王が住まうとすれば、随分と淫蕩な王と思われような。差し詰め、集う我らは魔王の娼婦。聖なるものの娼館ならば、此処は【聖娼館ハルトゥム】と言ったところか?」
エトの苦笑に誰も異を唱えない。
少年との蜜事を知る者は少なからず淫蕩な行為をしてきた。
「兄様が帰る場所の守護は我ら三人にお任せください」
「ご主人様が帰るまで。お傍でお世話を致します」
「あいつが帰るまで。保安上の問題は任せて貰おう」
烙南。
オーレム。
紅亜。
三人が頷き合い。
自らの役目を自然と語った。
「我らイグニシア・クルシスは約束を未だ果たして貰っておらぬ。故に全力で事態の収拾に当たろう。情報収集と諸般の雑事、活動資金面での心配はせずともよいぞ」
「私は陛下に付いていくだけです」
「まぁ、此処で見捨てるって選択肢はないわよね。まだまだエトもイチャイチャし足りないみたいだし」
エト。
エーレイン。
エリザ。
大国を回す少女達が全面的な協力を確約する。
「クヲ、ククヲ、クーヲヲ」
「まだ遊んで欲しいから、人手が欲しかったら協力すると」
相変わらず翻訳してもらっているマヲンの言葉は簡潔だ。
表立ってイグニシアが七教会と対峙するのは如何にもまずい。
しかし、現在のクラウゼンは七教会、それも聖女の襲来によって甚大な被害を受けた、という対外的な発表を行っている。
一命は取り留めたものの当主であったランナは昏睡状態で保護されており、七教会に表立って対抗する組織としては十分な大義名分があると言えるだろう。
魔王と良好な関係を築くというのは七教会と敵対するクラウゼンにとって十分利となる選択だ。
何も考えていないようでいて、本当のところ父親譲りの知能を有するマヲンの決断は大局を見据えたものであると言える。
「我が国は、私は彼に救われました。表立った協力は出来ませんが、セイリ・ティウアズライト・エルメトロ・ニェハエル個人として協力を惜しみません。イグニシア・クルシスやクラウゼンとの関係を円滑に進める為にも幾分かの人員をこの件に裂きたく思います」
「そうか。では、クラウゼンとの和議が終わり次第という事でよいか?」
「はい。陛下」
セイリがエトに頷き頭を垂れた。
「では、私は皆さんの間の伝令役となりましょう」
まだ人馬の里を出て間もないシュレディナの意見は多少的外れではあった。
現代の大陸は魔導や魔術による通信が多用される時代に突入している。
「ふむ。それがいいかもしれぬな」
エトがシュレディナの意見に賛同したのは通信技術の発達後、情報を統制している組織の殆どが七教会の息が掛かったところばかりだったからだ。
重要情報伝達で伝達手段を安易に魔術や魔導に頼れば、傍受や漏洩、秘密が漏れる可能性は高い。
「シュレディナと言ったな。汝に我が国にある情報局の席を与えよう。今後、ハルトゥム及びイグニシア、クラウゼンの間を表向きは情報収集という体で回って貰ってよいか?」
「主様の為なら、喜んで走ります」
シュレディナが自らの足を持って主へ貢献する事に同意した。
「エフィリム。我は西部へ赴いてみようかと思うのだが、どうする?」
「西部に?」
イフィミスラの言葉にエフィリムが首を傾げた。
「西部は七聖女フルー・バレッサの故郷。七教会の研究部門が数多く存在すると聞く。情報を収集するにしても正規の手順では無理な事もあるだろう。クラウゼンやイグニシアの組織だった非合法活動が非難される事となれば、立場は悪くなる。だが、我はもう存在しないはずの女だ。魔王に捧げられた女が魔王の為に情報を盗んでいるとすれば、角も立つまい?」
「えふぃはねぇさまといっしょにいきます。にぃさまのいし。きっと、さがせるとおもうんです」
「どういう事だ?」
「はい。その…えふぃのしまい…このこが…にぃさまのけはいをおぼえてるって……」
膨らんだ胎内で今も成長を続けるエフィリムの姉妹。
彼女は交合の中で覚えた少年の魔力的な特徴や波動を今も確かに感じていた。
「本当か!? では、これからもよろしく頼む」
エトがガヤガヤとこれからの詳細を詰め始める少女達を見て深く、深く笑んだ。
(ティア。そなたは己の全てを隠して魔王の座に付いた。だが、どうだ。本当のそなたを知る者が此処には大勢いるではないか。そなたに救われて、笑みを浮かべられるようになった者達が……罪作りであるな……猊下)
其処に一つの同盟は結ばれた。
後に人々は噂する。
あれこそ魔王の聖なる娼館に集う乙女達。
万魔すら傅く真の支配者。
【聖王同盟(サクラム・フェデレイションズ)】かと。
*
多くの意見がまとまった後。
ようやく少女達は遅い昼食を取り終わっていた。
「さて」
全員が手持ち無沙汰になったところで音頭を取ったのはエトだった。
談話室の一角。
色取り取りの少女達が一点を向くと皿を片付け終わったメイド服の少女にエトがゴニョゴニョと耳打ちした。
「畏まりました。貸与される権限内です。採寸は必要ありません。体型にあったものを全色全種類お揃え致します。尚、覚醒時の知覚強化は可能であると推測します。詳しい手順は後程。では、西館の最奥。衣裳部屋へとお越しください」
虚空に紫髪がふわりと消えて。
少女達は何事かと目をパチクリとさせる。
「こほん。此処にいる者は殆どティアとの間に関係を持ったと聞く。あのような状態になって覚醒もしばらく出来ぬとなれば、何かと心残りのある者も多かろう。余はこの事態を鑑みて、眠りに付くティアに奉仕する事とした。一人ずつはさすがに無理だろうが、全員ならば多少の余裕があろう。と、言う事でティアに今夜抱かれたいと望む者は付いて来るがよい」
全員が沈黙した。
「クヲー!」
一抜けしたのはマヲンだ。
タタタッとエトの傍まで来ると「むふー」と鼻息も荒く一番という顔をする。
する順序は早い者勝ちと勘違いしているのかもしれない。
「あ、あんた先に行きなさいよ。一応、抱かれちゃったじゃない」
「い、いや、陛下の時間をう、奪うわけには……」
エリザがせっつくとエーレインが慌てて固辞する。
「ご主人様と……」
次に行ったのはオーレムだった。
たゆんと明らかに人為らざる大きさの乳房が揺れる。
その場で常識的には最も大きいエーレインですら、その乳房の三分の一程だろう事を考えれば、全員が改めて釘付けになったのも致し方ないだろう。
ゴクリと誰かがその脅威。
いや、胸囲に唾を飲み込んだ。
「紅亜姉様」
「ええ、行きましょう。烙南様」
「エフィリム」
「はい。いふぃみすらねぇさま」
「主様と///」
負けてなるものかと続くのは烙南と紅亜、イフィミスラとエフィリム、シュレディナである。
残ったのは皇帝の従者二人と顔を真っ赤にしたセイリだった。
(ま、魔王というのは、や、やはりこんな……うぅ……き、君はどれだけ女性と関係を持っていたんですかティア!?)
少年に助けてもらったとはいえ、だからと言って体を許すというのはセイリの貞操観念的には有り得ない行為だ。
無論、別に少年の事が嫌いなわけではない。
それどころか好意に値するとすら思っている。
そんな自分を自覚しつつも、セイリは現実的な自分の立場や打算を容易には棄てられずにいた。
「セイリ。余はそなたに行為を強要するつもりはない。だが、個人的にはその打算や立場こそ、ティアとの関係を必要とするのではないかと感じておる」
「へ、陛下?」
エトがセイリの傍まで行くとその肩に手を掛けた。
内心を看破された少女が思わず動揺する。
「これより、余はこの時代を変える。その時、七教会とは決定的な対立も起ころう。同時に融和や妥協、打算のみで動かざるを得ない日も来る。だが、それはティアに対しても同じじゃ。為政者として魔王との間にどんな関係を築くのかは国の一大事。分かるであろう?」
「はい……」
「だからこそ、余はあの背中に掛けてみたくなったのじゃ。打算も妥協も関係なく我らを救い続けるあの背中を追って行けば、新たなる道が見えるのではないかと。そこに我らの国を変える何かがあるのではないかと」
「ティアの背中……」
「余はあの男の子をこの胎に孕む。もし、それが叶わずとも魔王というものを己の未来に関与させるのは決定事項。汝が余と同じ道を歩むなら、余の姉妹として、汝の血統を承認してよいと思っておる」
「そ、それは陛下。ご自分が何を言っているのか―――」
「解らずに言うと思うか?」
エトが提案したのはイグニシア・クルシス皇帝家との間に太いパイプを持つ以上の話だ。
血統を承認するとは血縁を認めるという事。
つまり、藩落の者達が願って止まなかった【皇帝(インペレータ)】の位を継ぐ権利を得るという事だ。
「……」
「己の一存では決められぬか?」
セイリが顔を伏せる。
「陛下。一つだけお尋ねしてよろしいですか?」
「何じゃ?」
「陛下はティア、彼と閨を共にする時、怖くは……ありませんでしたか?」
「それは女としてか? それとも為政者としてか?」
「為政者として、です」
「一概には言えぬな。余は打算も妥協もするが、己の意思を曲げぬというのも美徳としておる故。ただ」
「ただ?」
「余はあの男を一度も怖いと思わぬまま、抱かれた。この世の全てを敵に回して戦ってきた男と寝るのにちっとも怖くなかった。余の国がなくなるかもしれない、余の代で何もかも滅ぶかもしれない、そう覚悟して進んでいたはずの余が、だ」
エトの独白にも近い心の内にセイリがハッと顔を上げる。
「ふふ、おかしな話であろう? その日からじゃ。余の中に確信が芽生えたのは」
「確信」
「ティアは我らを。いや、何もかもを救う気でいる。実際のところは解らぬし、都合の良い妄想かもしれぬ。が、余はそう今も感じておる。だからこそ、余もティアを助け救うのじゃ。国を動かす者の言葉とは思えぬかもしれぬがな」
セイリは自分の中に漫然と漂っていた少年への思いに形が付いた気がした。
「陛下は、愛しておられるのですね。ティアを」
「間違っておるぞセイリ。それを言うなら、我らが、だ」
「――――――はい」
そっと、頷いた少女(セイリ)は少女(エト)を伴って今待っている少女達の下へと歩き出した。
「私も信じます。そして、賭けてみたい。陛下と彼が紡ぐ未来に。一人の女として。一人の為政者として」
「よいぞ。それでこそ余の姉妹となるに相応しい器量。まぁ、まずは多くの視線の前で愛し合う羞恥に克つのが先であろうが」
「ッ、が、頑張り…ます……」
セイリは顔を紅くして、これから自分が何をするのか思い出した。
「エーレイン。エリザ。混ざらずとも構わぬ。しかし、覗き見るくらいならば、余の傍で見ておれ。無論、興醒めな衣装などは言語道断であるからして、それなりの装いでな」
「は、はい!? 畏まりました陛下!!!」
「結局、全員で行くはめになるのね」
ぞろぞろと全員が館の西館の奥へと歩いていく。
今まで数十年も使われていなかった場所だが、誇り一つ落ちていない。
廊下の先。
大きな扉が開かれると中には何処まで続くかも定かでは無い飴色の棚に無数の下着が陳列されていた。
布面積が少なく透ける生地が多用された衣装も所狭しと並んでいる。
明らかに館の総面積より広そうな空間は魔術による空間制御によるものか。
天井は無く空が広がっている。
『お待ちしていました。皆様、お手元の資料をどうぞ』
全員の掌に一枚の紙が何処からともなく落ちてくる。
虚空の声は簡潔に内部の陳列状況を説明した。
『奥に行けば往く程に下着も衣装も過激になります。左に行けば大きなものが、右に行けば小さなものが。更にデザインが旧いものは下、新しいものは上の階に収蔵されています。言ってくだされば転移してお運びしますのでどうぞご利用ください。尚、可愛いものや大人びたものという類型(タイプ)でも即座に別階層へお連れします。尚、アクセサリや性具の類も同じように取り揃えてあります。ご所望の際は遠慮なく。正しい使用方法と装着方法をお教えします』
全員が呆然としたのは女ならば当たり前だろう。
見た事もない色、素材、意匠を縫い込まれ、刻まれた下着や衣装。
性を謳歌する為に人類が作った器具の大半があるのではないかと錯覚する程、彼女達の掌に落ちた紙には多種多様な性具の情報も流れている。
お勧めとか、今夜はこれで決まりとか、誰が考えた文句なのか。
自動で流れていく情報が全て女の性を引き立てる為のものなのだとすれば、人という種の業は深過ぎる。
「クヲォォオオオ!!!?」
まるで宝物庫を発見した墓泥棒や探検隊の如き喜びようでマヲンが奥へ奥へと走り去っていく。
「では、我らも行こう」
「はい。ねぇさま」
イフィミスラとエフィリムが連れ立って小さなものがある右へ。
「まずは烙南様のを選びましょう」
「はい。そ、その……紅亜姉様」
「?」
「その、最初に性具の方を見たいのですが、よろしいですか?」
おずおずと紅亜に切り出した白い髪の少女が頬を赤くした。
「あ、は、はい……」
釣られて赤くなった紅亜だが、すぐに虚空へ声を掛けた。
二人が転移の光に消え失せる。
「往くぞ。エーレイン。エリザ。汝はどうする? セイリ」
「は、はい。陛下。その…私は…一人で……」
「ふふ、精々あの大きなものがそそり立つ下着を見つけてこよう」
三人が奥へと向うとセイリは少しだけホッとした様子になりながらも何を選ぶべきか紙に流れていくお勧め情報を確認し始めた。
残されたオーレムが自分の胸を少しだけ見つめた後、虚空に話し掛ける。
「あの、ご主人様はどういうものがお好きですか?」
そこでハッとした様子になったセイリとシュレディナが確かに個人の好みは大事だと基本的な事に気付かなかった己を反省し、同じように虚空へ問い掛けていく。
「その、シュレディナはこういう事に詳しくないのですが。人馬用の下着やせ、性具もあるのでしょうか?」
虚空の回答はイエス。
行き先を見つけてシュレディナの身体が転移で跳んだ。
オーレムも自らの下着のサイズ。
特に胸に合うものがあると聞いて別の階層へと跳ぶ。
残されたセイリも幾つか虚空からの回答を得て。
宝探しもかくやという遥か遠方を目指して歩き出した。
『………』
其々、少年の前へ出る衣装を求めて旅立った少女達。
その声に対応しながら、彼女は旧い記録が論理機構に割り込んで再生されるのを黙って黙認する。
それは随分と昔。
少年がハルトゥムの地方を大海洋へと浮かべる事になった後日の話だ。
誰もいない魔王の城。
娼婦達の姿もない館の奥で少年と交わした会話は未だ鮮明に残滓(ログ)として残っている。
『我が創造主。このような部分に資源(リソース)を裂く事に意味があるのでしょうか?』
『いつか、返す日が来たら……此処を使う子達にあげようと思って』
『その可能性は限りなく零に近いとの予測結果が出ました。この娼館で働いていた者が生存している間に再びこの場所を転移において再接続する可能性は……』
『そうかもね。でも、此処を使う日だって来るかもしれないよ。僕にそんな人がこれから出来る確率は低いだろうけどさ』
『今後も収蔵と複製及び保存を続ける場合、一定負担となりますが、よろしいですか?』
『うん。よろしくね』
『了解しました』
「我が創造主。確率0.00321%の現在は貴方が望んだ世界でしょうか?」
意味の無い問い。
魂も意識も心だって無い合理性の塊たる論理中枢(システムカーネル)、無数の演算素子が出した回答を少年の言葉は越えた。
それを問う事にはまったく意味が無いし、彼女すら己の言葉に首を傾げる。
それでも彼女は観測していた。
潜行する空間内部から少年が微か笑むのを。
『貴女達は未来。蒼穹の騎士だけが持っていた願いを持つ。創造主が掴んだ一欠けらの希望』
論理的(ロジスティック)で無機質な光を湛えた瞳が少年の下に集った女達に向けられる。
『クヲォオオウ?!!? クヲッ! クヲックヲクヲ!!!?』
『了解しました。香油と化粧用の紅(べに)、香料もお持ちします』
大興奮する少女(マヲン)の要望を的確に叶えながら、彼女の時間は静かに過ぎ去っていった。
*
魔王に導かれた少女達が互いの下着や衣装を確認し、鏡と睨めっこしていた頃。
遠い世界からの風を感じながら。
透ける天蓋を通して夜空の星々の光を受けた少女が起き上がっていた。
部屋の中は瀟洒ながらも教会の基本意匠に忠実な造りになっている。
何も無い虚空として描かれる唯一神。
天使達が無数に集う空の上。
そんな絵画が一枚飾られる以外は清貧を旨とする精神が息衝いていて。
壁紙から床板まで【近代化(レボリュション)】においては非効率とされた旧い時代の技法で仕上げられていた。
「―――【首狩りしもの】(ヒュドラ)」
ギョロリと絵画の天使達の瞳がダークエルフの口元に向いた瞬間。
その首が落ちた。
吹き上がる血飛沫。
肉体を顕現させた上で現世に固定された天使。
その大半は損耗を抑える為に精神も人間同様肉体に依存する。
人間の血統を基礎として存在する彼らが死んだのも無理からぬ事だった。
それでも落ちていく首の何体かが今の主である七聖女へ連絡を入れようとして。
「―――【暗躍者】(ヌギル・コーラス)」
頭部が細切れになった。
無論、絵画の中で。
しかし、地獄絵図と化したソレは真っ赤に染まって。
もう何が描かれていたかも定かではなくなっている。
「―――【萌ゆる炎】(トゥールスチャ)」
紅く染まった絵画が緑色の炎を上げて燃え始めた。
壁も床も焦がさず。
すぐさまに灰となった一枚絵ははらりと床に落ちる寸前で完全に燃え尽きる。
「―――【這い寄る混沌】(ナイアラトテプ)」
ひひひ。
そんな声がして。
ナーリヤ・ナーシム・エルトロイカと瓜二つの少女が寝台横に現われた。
白い布を扇情的な肉体に巻き付けただけの姿。
黄金の仮面が顔の半分を覆って隠している。
「遮りを得てソレを探します貴女達は黄金の」
まるでバラバラの短文を繋げただけの文章。
起きたナーリヤの言霊に彼らは注意深く耳を傾けた。
「越える奇跡が流出します何者をも同胞は蔓延る地で」
カタカタと寝台の周囲が震える。
「神名乗る偽書を戻るでしょう置けば黒の棺は冷たい地に」
異常を察するはずの魔導、及び部屋に備えられた観測機器は一つとして警告も発さず。
「因果です最後の奇跡は七つの天に運ばれる惑なる審判と」
ひひひ。
そんな声がしたかと思えば、ナーリヤを守り、拘束し、時間を遅延させ、封印していた館が周辺区画を巻き込んで地表付近に現われた大規模な虚無としか言いようの無い闇に飲み込まれていく。
「天が七つを越えし時、大母の願いは果たされる」
響いた声は人には届かなかった。
『ナーリヤ。迎えに行くね』
館があった大陸中央諸国の一つアンデリット。
その外れ。
居住者十万五千人強の地方都市アイウィス。
その大地は凡そ二十五秒で地上から姿を消した。
*
一つの都市が地上から姿を消した頃。
小鳥が一羽。
藩落を見渡すように遥か高空を飛んでいた。
その瞳が映すのは何も人々の営みだけではない。
例えば、国の東端。
双來にて始まった奴隷達や武帝の移民達の移住、帰化申請の決裁に追われる外交官の王女。
例えば、国の北端。
聖女に滅ぼされ、ただの砂と化した都市国家の成れの果てで佇むダークエルフの青年。
例えば、国の中央。
滅亡と繁栄を手にした二つの国家の間。
帰る場所を失いながらも文句一つ無く四大貴族達の声を聞く民。
例えば、国の南端。
大陸中央へ続く街道沿いの教会へ運び込まれ、駆け付けた母と共に眠る少女。
例えば、国の西端。
襤褸屑みたいに焼け焦げて。
誰もいない山岳の大穴で今も虚ろに思考を続ける聖女。
例えば、国より北の不毛山岳。
我が子を助けて帰途に付こうとしている強大な四氏の異種と人馬の一団。
「 」
小鳥は舞い。
世界の美しさに寂寥を感じる。
こんなにも多くの人々が沢山の幸せと不幸を隣として生きている。
それは涙を落とす程に壮大な命の流れ。
その一部。
奏でられる時には善悪も正邪も在りはしない。
「ずっと、視ていたのか?」
老人が一人。
何か背中の荷物でも降ろしたような顔でポツリと隣の小鳥に訊ねた。
「マヲ」
短く答えが返される。
「たぶん、これが最後だろう。よく聞いておけ。クヲン」
「マーヲ?」
「私は存分に生きた。食べたいものを食べ、眠りたい時に眠り、多くの子を儲け、家族を造り、青春を謳歌し、最後の答えを得て旅立つ」
「マゥ……」
「だから、後は全てお前達次第だ。遺したものの使い方も生き方も私は指図しない。私のように生きるもよし、己の道を探すもよし、民と共に再び楽園を目指すのもいいだろう。ただ」
「?」
「一つだけ覚えておけ。お前達は私の最高傑作。そして、最も愛するべき娘達だ」
「マヲッ!」
「お前達の姉は自らの血統が世界を滅ぼすと感じてクラウゼンを後にした。それは結果的にクラウゼンの崩壊と共に証明されたが、私はお前達の未来はまだ白紙だと思っている」
「マウ?」
「描くがいい。どんな色もどんな形も全てはこの世界(なか)に在る」
前に差し出された掌に世界は地平まで納まった。
「その選択こそが己を他人を人を誰かを導き、何処までも何処まで続く命、血統の軌跡となるのだ」
老人の姿がスゥッと薄れていく。
「ふふ、我が子ながら好奇心が強過ぎるのは玉に瑕か」
最後の最後でいない白き我が子を遥か海洋の果てに見て。
苦笑一つ。
ランナ・クラウゼン・アリト・ニェハエルは小鳥、マヲンの姉妹たる少女へ全てを託す。
「あの何処までも駆け出していくだろう背中を頼む」
「マーヲ!!」
「残った体は如何様にも使え。抜け殻だろうと役立つ事もあるだろう」
「―――マヲマヲ」
「我が愛しき子よ。いつか、聞かせてくれ。お前達姉妹が選んだ未来がどんなに素晴らしき時代だったかを!」
哄笑を響かせながら、血統という因果へ全てを注ぎ果てた男は消えていった。
「マァァァァァヲォォォォオォォォォォォォォォォォォォォォオォォ」
クヲン・クラウゼン・イストリア・ニェハエル。
今は避難地の幕屋で四大貴族の少女達に守護される少女。
大きなフラスコの中で眠り続けるマヲンの妹は父の旅立ちに遠く遠く果てまで届けとばかりに啼いて、見送った。
そして、一つの時代は終わり、一つの時代がやってくる。
後に語れる繁栄と滅亡の輪舞。
その最初の切っ掛けを男に求める者達は常にこう言った。
―――彼こそ、近代化への波紋を呼び起こす最初の投石者だったと。
*
一人の男が人生の勝利者として旅立った頃。
大陸東部。
極東の地、乂羅(がいら)で黒い学生服を身に纏った垂れ目の短髪少女が一人。
小さな机の上で鋼の小さな板切れを叩いて。
虚空に魔力の光で文字列を打っていた。
〈新教会暦八年。初夏、陽気の兆し有り〉
〈七教会の軍門に下って早数ヶ月〉
〈吉兆と為り得る動向有り〉
〈未確認なるも七聖女フルー・バレッサが藩落において都市国家アーズトリテを攻撃〉
〈崩壊に導いたとの報が一部の情報網に流れ、途絶〉
〈情報部門の統括責任者であるフルー・バレッサ個人の権限による情報統制の可能性有り〉
〈早くも情報を得た魔術結社及び廃滅された王侯貴族、皇家の反七教会派に動きが出る〉
〈乂羅でも天御門と土御門の両家による暗躍が始まっている〉
〈この後に及んで七教会の内情に詳しくなった私を召喚するつもりのようだ〉
〈しかし、此処で七教会を離れるのは得策ではないと思われる〉
〈中長期的な七教会の支配が揺るがないと見れば、切り捨てられるのは目に見えている〉
〈ならば、情報と引き換えにせいぜい利権という利権を巻き上げて力を削ぐ事から始めよう〉
〈まずは天御門から学徒憲兵隊の関連利権を、土御門からは烙南様の血統情報を頂こう〉
〈此処に来て七教会が致命的ではないにしろ失敗を犯すのは明らかに不自然だ〉
〈反七教会派の機運が南部のイグニシア・クルシスで高まる中、何故今なのか?〉
〈大陸北部を牛耳る三国では【騎士国(ヴィーリア)】に対しての支援が約束されたとも聞く〉
〈大戦下で絶大な威力を発揮した【騎師団(ミリシェ)】の再編は【五聖騎士(ファイブ・ラウンズ)】を動かしたらしい〉
〈七教会の各地施設を襲撃した化け物達達の件は反七教会派のテロとの見かたも広がっている〉
〈不安定化する政情で暗躍する者達の殆どは七教会に潰されるだろう〉
〈しかし、今後の展開次第では七教会に対する疑惑の視線が大きくなるのは避けられない〉
〈ファサルトス皇国連合が現在南進を諦め、北に視線を向けているとの報告もある〉
〈七教会のゴタゴタの内に北の小国を幾つか飲み込む算段らしい〉
〈北部三国が圧力を強める中、手を出し辛い状況下にある北への干渉は最低限になると推測される〉
〈これは機会なのだろうか〉
〈上手く運べば、二つの家を新たな時代の肥しに出来る可能性もある〉
〈お姉様との約束を早められるかもしれない〉
〈……とにかく立ち回りを考えなければならない〉
〈今の直属の上司である七聖女ユアン・クオは聡明な方だが、恐ろしくもある〉
〈七教会の醜聞を漏らした程度では文句を言われる事もないだろうが、利権に対しては解らない〉
〈昨日からどうやら月へ向かったようだ〉
〈空の上に何をしに行ったのかまでは分からないが、あの物言いからして、しばらく帰らないだろう〉
〈さぁ、そろそろ行動を始めよう〉
〈此処からが私の頑張りどころだ〉
〈この青い嵐の名に掛けて、全てを巻き込み、天の雲を晴らそう〉
虚空の文字が輝き、彼女の手元。
開かれた立派な装丁の本の一ページへ転写された。
コンコンと部屋の内部にノックの音が響く。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
優しい声で言いながら天御門青嵐〈あまみかど・せいらん〉は本を閉じて机の内側へと仕舞った。
「どうぞ」
「……はい」
ガチャリとドアノブを回して入ってきたのは薄紅色の着物を着た小さなエルフの少女だった。
「お茶…入れて…その…どうぞ……」
おどおどしながら盆に載せた湯のみを差し出してくる相手に微笑み。
青嵐が湯のみを机の上に置いた後、その頭を撫でる。
「ありがとうございます」
「ぁ…はい!」
笑顔になったエルフの少女が頭を下げて部屋から下がっていく。
その様子を見つめながら、彼女は世の無情と命の輝きを胸に書き留めた。
(七教会の世だろうと、奴隷が消えていく時代だろうと、あんな子が大陸の各地に出ている。お姉様だったなら、きっと嘆くよりも先に動けって言いますよね)
七教会が把握する情報は多くの場合、共有されている。
乂羅だけではない。
大陸各地に奴隷としてエルフが出荷されているとの報は青嵐の耳にも入る程に人権問題として七教会の内部では取り沙汰されていた。
これも七教会の治世が完璧には程遠い事例だと彼女は改めて自らの立ち位置を認識する。
(七教会に阿(おもね)る事なく。旧き家に囚われる事なく。私は自らの道を往きます。お姉様)
彼女の戦いは今や紙の上。
だが、それもまた重要なものだと青嵐は再び息抜きの日記執筆を終えて、山となった机横の書類を片付ける為に顔を引き締めた。
*
時代を産む少女の決意が新たにされた頃。
大陸中央諸国の中枢。
各国の代表が集うアルヴィッツ国際会議場にて。
九十九の座と一つの議長席は人と亜人、異種で埋まっていた。
特別席たる七聖女の椅子だけが空座となっている。
「七聖女様達はまた欠席ですか」
本来ならば教会の代表には一人か二人座っていて欲しいと願う議事進行役の議長席の男。
盟主たるアルヴィッツ代表は仕方無さそうに肩を竦める。
その礼服姿の男の様子が嫌味にならないのは一重に人望からか。
各国の代表も苦笑こそすれ、七教会に厳しい視線を向ける者はいない。
「すみません。現在、所在確認が出来る方は全て出払っておりまして」
一人、白の頭まで被る法衣姿で謝るのは議長席の横。
眼鏡を掛けた壮年の男。
マディクト・ナシエだった。
実務において殆どフルーの代わりを務める男さえいれば、七教会との折衝には問題がない。
とはいえ、むさ苦しい男ばかりの議事堂に聖女がいないのは会議に列席する代表達に、息が詰まるような堅苦しさを覚えさせていた。
「では、これより第四百五十二次大陸中央諸国同盟議会を開廷しま―――」
「待たれい!!!」
周囲が一瞬、静まり返った。
議会の大扉が開かれ、中央に向って伸びていく階段の左右に古めかしい鎧姿の儀仗兵達が雪崩れ込み、規律だった動きで杖を傾け道を作っていく。
どよめき始めた代表者達から声が上がるより先に鉄製の靴底が鳴った。
兵達の杖の道を潜り、階段を下りて議長席へと向う男の顔を見て。
議会の男達の顔が固まった。
誰も何も言わない議場の中。
議長席の前まで来た男に声を掛けたのはマディクトだった。
「これはこれはマシア・ミクニス・アルヴィッツ陛下。この度はどのような件で?」
「へ、陛下……」
議長席の男が何とかそう声を絞り出す。
彼の目の前に立った男の風貌は一言で言うならば老獅子。
無駄なものは一切無い肉体と戦い続けてきた者だけが持つ風格。
王者である前に為政者、合理主義の塊のようにも見えれば、概念論が跋扈する旧世界の世捨て人、賢者の如くも見える。
七教会が台頭していなければ、千年の王国を築いていたとされる太守、顎先に髭を蓄えた白髪の老人は、余人には見通せない瞳の色をして、黄金の獅子を刻まれた鎧に白銀の外套姿だった。
「議長。済まないが君は本日を持ってアルヴィッツの代表から副議長に退(しりぞ)く事となった。これはアルヴィッツの憲法に定められた正規の手順を踏み、議会の承認を得て今日の午後一時に可決された決定事項だ」
「へ、陛下!? な、何を言って!!?」
「無粋な言い方がいいならば、そうしよう。そこの席を是非とも我輩に譲ってくれるかな? 我が息子の友人よ」
「―――は、はい。畏まりました。陛下」
睥睨するでもない。
純然たる器量の違い。
議長席に座っていた男も大概にしてもう五十代のいい大人だ。
しかし、明らかな格上に対して喧嘩を売るような真似事を彼は嫌った。
悔しさや怒りのようなものが胸を過ぎったとしても。
彼はそれがどうでもよくなるような、自分の地位や命を脅かす以上の脅威をマシアという男に感じてしまっていた。
「では、副議長。君の手続き書類は全て揃えてある。速やかに処理しておいてくれたまえ」
「分かりました。その……一つだけ、よろしいですか? 陛下」
男が唾を飲み込む。
「何だろうか。それなりの無礼を働いた自覚はある。我輩に答えられる事ならば、許可しよう」
「何の為にこのような事を?」
「星が動いた。鳥を見た。嵐が来る。それと同様の事だと承知してくれ」
「は、はぁ……」
容量を得ない回答に男が何を言っていいのか窮する。
「それとも君にはこう言った方がいいか。魔王が動き出す、と」
「!?」
その言葉に議会がざわめく。
「まさか!? 聖女様達が力を失った魔王を追撃し、現在追い詰めていると七教会側からは報告が……」
「大丈夫ですとも。今もその魔王に対しての件で七聖女様方は動いておられます」
マディクトがにこやかに代表者達に含めるよう告げる。
それに対してマシアは何も言わなかった。
「で、では、これで私は失礼します。議長」
今の今まで座っていた席を立った男が目の前の王に頭を下げ、横にある小扉から出て行く。
「随分と久しぶりですな。陛下」
マシアはマディクトに目を向けて僅か細めた。
「昔から変わらずか。マディクト・ナシエ」
「はい。まだまだ現役だと自負しております」
マディクトの脳裏には様々な計算が働いていた。
そもそも大戦後に瓦解していた【聖杯委員会(ペルスヴァル)】を再始動させたのは他ならぬマシアだ。
戦後、一貫して表舞台に出てこなった男。
しかし、その実態は数十年前から七教会や聖女、他の多種多様な組織に強い影響力を及ぼしてきた世界最大の力持つ王家の長である。
議会制民主主義によって治められるようになった国々の中にあって、位を捨てさせられた王族や皇家を束ね、教会や議会との折衝を行ってきた性格上、その権力は今やアルヴィッツだけに留まらず、中央諸国全土に及ぶ。
七教会の中にも多大な影響力を持つ男が今更表舞台へと唐突なる復帰を果たすというのは正に青天の霹靂でしかなかった。
(現在の状況を殆ど把握されていると考えていいですな。フルー様もしばらくは療養が必要でしょう。あの場所に出向いておられる聖女様方を呼び戻す事も出来ない。となると、この老骨の出番ですか)
七教会とアルヴィッツ王家の関係は深い。
それでもマシアを心の底から信頼出来ないと若い頃からフルーに仕えていたマディクトは思考を研ぎ澄ます。
七聖女の殆どが己の仕事に埋没している最中。
本来ならばマシアに対応するのはフルーの仕事だ。
だが、今も藩落の大穴で憔悴している主に声を掛けて呼び戻す事など。
マディクトには到底出来なかった。
「唐突だが、これからは我輩が議長として責務を引き継ぐ。何か問題があると判断した方は挙手して欲しい」
議会の誰も手を上げる者はいなかった。
聖女の持つ影響力は絶大だが、大陸中央でのマシアの影響力はそれと同等以上のものがある。
それは国民に対してもだし、様々な関係機関に対してもだ。
票というもので選出される議会の上に立つ代表達にしてみれば、マシアに逆らうような行動は我が身どころか自らの政治基盤そのものを引っくり返しかねない危険なものだった。
「では、これより議長権限によって一つ緊急動議を行いたい」
兵達がまるで波のように議場から引いていく。
「それはどのような事項でしょうか?」
マディクトの声に頷いて。
マシアが巨大な議場全体に響き渡る声で動議内容を告げた。
「今日、再び魔王の力が増しつつあるという現状を鑑み、七聖女方の負担は相当なものとなる。これを我輩は国家。いや、大陸全てに生きる者達の一大事として捉え、彼女達の負担の軽減策並びに新たな大陸防衛の要として次代を担う【新聖女(ネクステーゼ・セイント)】の選出計画を提案したい」
新たな時代に向けて。
そんな言葉の裏側にあるものが何であるか。
未だ議場の誰にも、マディクトにさえ分からないまま、世界は動き出した。
*
獅子が表舞台に立った頃。
大陸北西部ディミトリア公国にて、とある男が一つの決断へと至っていた。
炎上する王都の地下200m地点。
次々に押し寄せてくる霊体と血肉を伴った化け物達を小銃で蹴散らしながら、鎧に身を固めた一団が白衣の男女とその家族を連れ立って移動していく。
「こちらです。導師」
赤い非常灯に照らされた洞窟を先導する鎧姿の兵達はディミトリアの意匠である折れた剣と欠けた盾を背中に刻印されていた。
「第三ルートと通信途絶!! 残ってるのは我らだけのようです!!」
「構わん。このまま転移門まで往くぞ」
兵達の間で身を震わせる少年と少女は白衣の男女に寄り添わせた。
「大丈夫よ」
そう少女の頭を撫でたのは四十代の女だ。
「う、うん」
少女が勇気を振り絞って何とか顔にぎこちない笑みを浮かべた。
「く、まだ本国からの増援は来ないのか!!? 【IX(イクス)】の搬送はどうなっている!!?」
眼鏡を掛けた六十代の白衣の男が焦った様子で兵達に尋ねる。
「NO.03までは研究所の崩落に巻き込まれた様子です!! 辛うじてNO.04をアルヴァスに転送したとの記録が残っていますが、転移方陣が途中で破壊され、転移座標が確認出来ません」
「仕方あるまい。だが、最も完成度の高い四号さえ残っていれば、研究は続けられる!」
「あなた!! もう止めましょう!!? こんな事になったのもこの研究のせいじゃない!! フルー様から研究を掠め取った日から、こうなる運命だったのよ!!」
白衣の女の言葉に男が唇を噛み締めて、無言で足を速める。
「と、父さん!!? アレ!!!」
「陣形組め!! 目標獣が―――人型魔族!!?」
少年が顔を強張らせ、少女を己の背後に庇った。
兵達が目を剥きながらも引き金を引いた。
輝いたマズルフラッシュが納まるより先に声が上がる。
「導師!!! 我々の装備では二分が限界です!!? そちらの試掘孔から脱出してください!!」
銃弾が体表で弾けるのも厭わず。
人型のソレがのっそりと陰りの中から現われる。
螺旋(ねじ)くれた四本の角。
貴族然とした立ち振る舞い。
剃刀のような顎。
怜悧な目元。
まるで抜き身の刀身。
その身を包む蒼と黒の衣装は大陸の貴族達が好む標準的な礼服より幾分か禍々しかったが、誤差の範囲と言われれば納得出来るような作りだった。
兵達は自分達の前にいるのが魔族の中でも【血統種(ブラッディー)】と呼ばれる存在だと確認する。
そして、そのあまりにも人と変わらない蔑む視線に死を覚悟した。
「先に行け!! お前はこの子達と四号を頼む」
「あ、あなた!?」
白衣の男が女と少年と少女を洞窟脇の小さな孔へと押しやった。
「確かに罰が下った。だが、だからと言って私は何もかも後悔して死ねるような人間でもない!!」
「―――ッ」
少年が男の顔に何かを見て。
孔から出ようとする白衣の女を後ろから羽交い締めにした。
「な、何を!? ダ、ダメよ!!? 人型魔族の中でも貴族の力は!!?」
「母さん!! 父さんの命を無駄にしないで!!」
「ッッ」
女が息を呑み、男が破顔する。
「はは、言うようになったじゃないか。もう一人前の男だな。やる事は分かっているな?」
「ああ、分かってるよ。父さん」
白衣の男が懐から小さな短剣を取り出した。
ソレは全体に曲線と幾何学模様が掘り込まれ、柄の中央に空いた孔の中心に黒い正方形が細い鋼の線で固定されている。
「そ、それは!?」
「使わせてもらうぞ。此処を持たせられるのはこれだけだろう」
「で、でも、それにはまだ【源理粒子(イデアル)】が殆ど!?」
「構わんさ。無かったら、造ればいい」
「導師!!!?」
全員が振り返った時には兵達の幾人かが洞窟の側面に叩き付けられ蹴散らされていた。
「上の避難も始まっている。事情を知るアルヴァスならこの技術と引き換えに難民程度受け入れるだろう。お前は“来るべき日”の準備を進めるんだ。どんな罪深い技術だろうと我らは此処で止まるわけにはいかん。全ては【総主教(パトリアルヒス)】様と真なる救いの為に」
男が試掘孔の蓋を閉じた。
「ど…うぃ…ぃ」
ゴボゴボと血を吐き出しながら洞窟の壁面に最後の兵が倒れ込む。
《人間は未だ愚かか》
角さえ無ければ人間に見えなくもない悪魔。
いや、魔族に対して白衣の男が苦笑しつつ、短剣を向けた。
「済まないな」
《何を謝る? まさか、この段に至って自らの行いを悔いると言うのか?》
「いや、悔いてはいないさ。自分で決めてやった事だ」
《ならば、何を謝罪する?》
「これから被害にあったのだろう君を殺すかもしれない事へ、だよ」
《く、くく、はははは、気に入った。それが今の大陸で最新の冗談(ジョーク)か?》
「ただの事実だ」
男の声に魔族の男が瞳を細める。
《不可解だ。これから命を失う者の目をしているのにどうしてそんな顔で笑える?》
「笑っているのか私は?」
《ああ、そうだとも。人間は変わらないな。愚かな癖に我ら魔族より時折勇敢ともなる》
「お褒めに預かり光栄だ。だが、此処から先へは行かせない」
《個人的には気に入った。しかし、隊の長としては排除せざるを得ない》
「隊長!? まさか?! 魔王軍は前代の時に瓦解したはずだ!!?」
《前代、か。人間側の認識ではそうなのだろうが、最後の魔王である方は人間相手に本気を出すのは恥しいと部隊の一部を動かしただけに過ぎん》
「な!?」
《酷界。いや、君達には魔界の方が分かり易いか。我らの世界にもそれなりの事情があるのだ。そして、だからこそ、真なる盟約に従って生きてきた。その静寂を破ったのはそちら側だ。何故、あんな事をした?》
「……」
男が顔を歪めた。
《こちらとしても“あのお方”の機嫌を損ねるような事はしたくなかった。だが、お前達がそうさせた。今は天使共と戯れているが、お帰りになれば、どれだけ下級魔族が被害を被るか。この致命的な事態を引き起こしたのは人間側の失態だ》
魔族の男が白衣の男の様子を見て顎に手を当てる。
《ふむ、一つ取引と行こう》
男達が話している間にも非常灯の光も届かない闇の先に輝きが増えていく。
「取引、だと?」
《良心が残っているのなら、命以外の全てを破棄するよう研究所及び全関係者に呼びかけたまえ。こちらとしては此処で逃がす危険を冒して事態が拡大するのは避けたい。記憶を含むこの事件の全情報とあの研究所の秘密。それさえ渡すなら、この上で今も阿鼻叫喚の殺戮に合っている民の安全も保障しよう。どうかな?》
破格。
そうとしか言えない条件。
魔族というのがどういう生き物か。
それを最も真直で見て。
男は自分達がやっていた事がどれだけの罪業を生んだか拳を握り締めずには要られなかった。
しかし、一度瞳を閉じて思案した男が顔を上げて。
魔族の男を真正面から見据える。
「悪いが私は何処までも愚かで醜い人間だ。その提案は受け入れられない」
魔族の男は残念そうに頭を掻いた。
《隊長!? 七教会の増援が!!?》
暗闇からの声。
それに構いもせず。
魔族の男は溜息を吐く。
「久方ぶりに楽しい会話だった」
魔族の男がその身に魔力を漲らせるより早く。
白衣の男は短剣のみで突撃を掛けた。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
《来るがいい。あの聖女以外がどれだけの力を手に出来るのか。教えてみろ人間!!!》
その日、突如として現われた魔族達の猛攻により、雪原と海の国、ディミトリア公国は崩壊した。
魔族側は政治中枢と工業地区が集中する地域を重点的に破壊、首都の半分が地盤ごと崩落。
後に灰化の雪原の一件で増員されていた【超克(ネガティオ・セイプスム)】の部隊によって化け物達は鎮圧。
潰走した魔族側の部隊長が手負いであったという情報が混乱の最中で掻き消え、治安が七教会の部隊によって何とか回復されたのが四十八時間後。
国土の大半が【魔匝窟(ルドゥム・ラクム)】となった一帯は再編後初出動となった【騎師団(ミリシェ)】によって封鎖。
多くの民が国を追われた。
全て棄てざるを得なかった難民達。
その誰もが周辺諸国に受け入れを拒否されたのは大陸では致し方ない話だっただろう。
魔族の血統。
それだけで迫害、排斥、忌避されるのは魔王が人の世界を侵略して以来の因襲。
汚染された国土からやってくる人々を嫌ったのも無理からぬ話である。
ただ、そんな中でも西部でたった一国、人々の受け入れを表明する国があった。
その国の名はアルヴァス。
亜人が旧き貴族制と奴隷制を維持する小国。
七教会の【近代化(レボリュション)】重点地域に指定された彼(か)の国が、反七教会派の蔓延る国として急速に力を付けるのはそれから数年後。
制度を維持しながらも発展を遂げる彼らの国の新しい技術は【崩燼機関(ソルヴァス・エンジン)】と言った。
*
大陸の大転換期。
その事態の一つである国の崩壊が正に大陸西部で始まっていた頃。
そんな事になっているとは露知らず。
数時間にも及ぶ悪戦苦闘の末、ハルトゥムの女達は其々に選んだ下着や衣装で一堂に一室の前で屯(たむろ)していた。
「……聞いてよいか?」
エトがそっと集合した面子の中でも一際異彩を放つ女に声を掛けた。
「はい?」
超乳。
そうとしか言いようの無いエルフの女。
オーレム。
彼女の姿に大概な姿である他の少女達も顔が真っ赤になっている。
「正気か?」
「何が、でしょうか?」
「いや、何でもない」
直視出来ず。
エトが隣でアワアワと頬を染めて手で顔を隠すエリザの肩をポンポンと叩いた。
その気持ちがエトにも痛い程分かる。
唯一、オーレムの姿に動揺していないのは娼館住まいだったエフィリムぐらいのものだった。
他の少女達が微妙に視線を逸らしたり、口笛を吹いたりしているのか分からない様子で最年少の少女は「?」と首を傾げる。
「エフィリム。あの姿を見ても何ともないのか?」
「なにがですか。いふぃみすらねぇさま?」
「いや、何でもない」
エフィリムの本気で解らなそうな顔にイフィミスラも話を打ち切る。
『準備はよろしいでしょうか?』
虚空からの声に誰もが頷いた。
『では、どうぞ。お入りください。まだお休み中ですが、もう少しで目を覚ますようですので』
「皆の者。出陣じゃ」
エトの掛け声は場にはそぐわない。
が、女達が異を唱える程、的外れでもなかった。
男と女が閨(ねや)に入れば、寝台の上は戦場だ。
倒し、倒され、勝ち、負け、全てを分かり合うか、仮初めの死(ねむり)を得るまで、戦いは終わらない。
扉が開き。
少年の安らかで何処か儚い寝顔に女達はまず初撃を喰らって。
武者震いもかくやという体の甘い痺れと胸を射抜く感情に敢然と雌の顔で立ち向かっていく。
如何な超絶、絶倫、無尽、そう噂される魔王であろうとも腹上死を覚悟せずして突破出来ない一戦。
魔王の打倒は彼女達の一存に掛かっていた。
性的な意味で。
「クヲー!!」