第二章五十四節「夢痕」
そよぐ風が吹き抜ける丘。
燦々と降り注ぐ太陽。
新緑に覆われた大地。
天高く流れゆく雲。
蟲は鳴き。
獣は駆け。
魚は跳ね。
少女は遠くを見つめ、呟く。
「良い処、だな」
外套に包まれたまま。
背後から抱き締められたまま。
少女は初めて見る光景に感嘆の溜息を漏らした。
「故郷なんだ」
「そうか。此処がお前の……」
幼い頃から奴隷として生活していた。
そう、いつか聞いた。
「こんなにも気持ちがいい場所なのに、人は奴隷なんて制度を捨てられなかったのだな」
少女には残念だった。
己の心を動かすくらいに雄大な景色の最中。
少年が虐げられていたなんて。
「今はどうなってるのか。分からないんだけどね」
その胸が痛むのは比較的、先進的な思想と文明を持つ場所で彼女が育ったからに過ぎない。
嘗て、同じ種族を虐げて扱う事なんて事は少年が知る限り、日常茶飯事だった。
戦に負けた国の民。
王家も貴族も関係なく。
敗者に刻まれたのは過酷な人生。
生まれながらに奴隷として村に所有されていた少年にとって、イフィミスラの言う事は綺麗事に過ぎない。
人を虐げるのは人の常。
それが奴隷という形を取っていただけの話。
場所が違えば、奴隷は無くとも差別がある。
差別が無くとも他者に生き方を強いられる人間が五万といる。
それが“悪”であると説く者達が多くなったとしても、それを“善”と考える者だってまだまだ沢山いるのだ。
実際、奴隷制が根本的には必要悪として求められ、維持されてきた経緯もある。
大陸において戦いに勝利した側が負けた側の報復を恐れ、殺戮に走らなかったのも敗北者側を再起不能にする奴隷制があったからに他ならない。
それはつまり、奴隷に落される側にとっても確かに最低限ではあるが利益があったという事だ。
虐げられながらも、奴隷達は自分が優遇されていた事も知っていた。
専業奴隷でも無ければ、民間人と違い戦に借り出される事はなく。
女が己の主に可愛がられ、家の跡継ぎを産んだ事例も多い。
男ですら働きが認められれば、婿養子として迎え入れる家は一般的に多かった。
それもまた国や地域によって違うものの、ただ搾取され、虐げられるばかりでもなかったのだ。
命を使い捨てられた者達が多いのと同様に命を救われ、輝かせた者だって確かにいた。
逞しく生きて来た人々が、ただ不幸であっただけのはずもない。
「イフィミスラ。此処に連れて来たのは君が“初めて”だよ」
「ぁ……そ、そうなのか」
初めてを欲しい。
少年に自分を刻みたい。
他ならぬ己の言葉を少年が守ったのだと今更に気付いて。
イフィミスラが照れた様子になる。
「いつか、また帰ってみたいって思ってる。例え、誰も僕を知らなくて、無くなってたり、変わってても……それでも、いつかは……」
「な、なら、その時は我を連れてきてくれ。今度は本物が見てみたい!」
「うん」
大きく頷いて。
少年は少女の頭を撫でる。
「ん」
大人しくしているイフィミスラが少しだけ意外で。
そっと耳元に問い掛けが囁かれる。
「子供扱い。嫌なんじゃなかったっけ?」
「……気付いたのだ。嬉しい事に大人も子供も関係ない。もし、そんな事を理由にして幸せを逃がしてしまったら、とても……もったいないだろう?」
何処か大人びた笑み。
女の子は早熟なもの。
人生経験から知ったつもりになっていた少年は自分の前で変わってゆく少女の移り変わりに少しだけ複雑そうな微笑みを向ける
成長を喜び祝う内心とは裏腹にずっと変わらないでいて欲しいと、自分の傍にいて欲しいと、そう思ったのだ。
どちらも本当の想いだからこそ、その笑みもまた儘為らない。
「心配するな。我はずっとずっとお前のものだ」
「!」
内心を見透かされた事よりも、少女が浮かべる笑みの優しさに少年は胸が鳴るのを感じた。
「あ、はは。イフィミスラには頭が上がらなくなる気がする」
「いつの世も女無くして男は育たない、らしいからな」
「何処の本の受け売り?」
「ハティア・ウェスティアリアのベストセラーだ」
「ごほッ?!」
思わず咳き込んだ少年が目を白黒させた。
「ふふ、冗談だ」
「イフィミスラ……」
困った笑みを浮かべる少年は実際、本当に心臓が止まるかと思った。
色々と話していない事。
後ろめたい事。
そのどれもが今はイフィミスラには話したくなくて。
話したくないと、嫌われたくないと、普通の人間のように思ってしまっていて。
「ティア。お前が誰を愛そうと、誰を憎もうと、誰を共にしようと、我の想いは変わらない。嫉妬くらいはするが、お前を想う気持ちを変えたりしない」
顔も見ていないのに。
少女は少年の顔がありありと思い浮かんだ。
きっと、複雑で、自己嫌悪を抱えながら、それでも優しい瞳をしているに違いないと。
「だから、待っていろ。必ず我がお前を迎えに行く。何処にいても、地の果てでも、それがこの世界の終わりより彼方だろうと、必ず、絶対、お前を一人にはしない」
触れる手が震えていた。
それでも何かに縋るように小さな身体を抱き締めていた。
昔々、まだ少年が泣けた頃。
まだ、仲間達が傍にいて、共に進んでいた頃。
そんな日も確かにあった。
『シンアが迷子になったら必ず迎えに行きます』
『そうよ。だから、あんたはちゃんと待ってればいいの』
『ちゃんと僕達が見つけるから。心配なんて要らないからねぇ♪』
『ふ、弟子を見捨てて逃げるわけにはいかないからな』
込み上げてくるものはきっと涙ではなくて。
それでも顔は見られたくなくて。
少年は微か囁く。
「きっと、凄く大変だよ」
「構うものか」
「沢山ケガをして、重症だって負うかもしれない」
「備えればいい」
「多くの人から憎まれる事になる」
「覚悟の上だ」
「僕が死んだままなら、君はきっと故郷にも…」
「今は此処が我が家なのだが?」
「最後に戦う事になるのは聖女。僕を除けば、この世で一番の理不尽だよ」
「倒してみせる。お前を傷付ける者に負けはしない」
もう、少年の脳裏に止める言葉は無かった。
「……イフィミスラって、男前だよね?」
「な!? そ、それは聞き捨てならないぞ!!」
思わず抗議の声を上げて振り返り、少女が口を尖らせる。
「格好良いって褒めてるのに」
「絶対面白がっているだろう。我も一応は姫だったのだぞ?」
「うん。君は僕の、僕だけのお姫様だよ。イフィミスラ」
「~~~!?」
唐突に言われて顔を伏せる間もなく。
少女の顔が染まった。
「ば、馬鹿」
愛らしい照れ隠しにまた少年が頭を撫でて。
「今まで王族や皇族って言われる人達と何人も会ってきたけど、君みたいに笑ってくれる人はいなかったっけ……」
「そ、そうなのか?」
あからさまに話題を変えられたものの、渋々少女はそれに乗った。
「僕を倒そうと悲壮な顔で立ち向かって来る王様がいた。国を守ろうと短剣一つで挑んだお姫様がいた。大概、話は聞いてくれても仲良くはなれなかった。背負うものが大きい人はいつか僕を殺さないといけないって気付いて、最後まで友達のままではいられなかった」
「そうか。だが、友達になってくれる者はいたのだな」
「まぁ、身分上の付き合いだったけどね」
「そうかもしれぬが、少しだけ安心した」
「安心?」
「例え、別れたとしても誰かがお前の傍にいた。お前が寂しい思いばかりしてきたのではないとすれば、それは我にとって喜ぶべき事だ」
「イフィミスラ……」
コツンと額と額が付けられる。
「ん、これは―――」
イフィミスラの脳裏に沢山の映像が流れ込む。
「―――お前の記憶か?」
「うん」
倒れ臥す兵達の前でボロボロの身体を引き摺りながら戦おうとする男。
短剣一つを手に峠の上で少年を待つ女。
他にも無数。
少年を殺そうとした高貴な者達が少女の前で倒れていく。
「みな、守りたいものがあったのだな」
「そうだよ。民、家族、臣下、国、友人、恋人、誰もが誰かの為に戦ってた」
誰もが絶望していた。
殺せない。
倒せない。
どうにもならない理不尽の前に屈していた。
しかし、少女は気付く。
その顔が最後には何故か歪んで、相手への哀しみまでも内包している事に。
「ティア。それでもお前の事を誰もが最後には知ってくれたのではないか。納得は出来ずとも、な」
顔が歪んだ理由。
それは記憶を感じればこそ、少女にも解った。
痛みよりも哀しみに押し潰されそうな少年の心の内。
それに誰もが気付いたのだ。
最後にいつも見上げてくる誰もが、魔王だって苦しくて寂しくて辛いのだと解ってしまった。
それ故に顔は歪んでいたのだ。
個人の復讐とは違って、私怨無き戦だったからこそ。
彼らは魔王を、少年を、ありのまま見たのだ。
イフィミスラにだって少しは理解出来る。
上に立つ者の孤独は魔王のそれとよく似ている。
仮にも友達と少年が言った人々。
彼らが、少年をただ不幸の元凶として見ていたはずもない。
「どうかな……」
少年は何かを噛み締めるように俯く。
「結局、滅んだ国や併合された国は多くの苦難に沈んだ。それが僕のせいなのは間違いなかったし」
「まったく。全部、自分のせいにするのはあまり褒められた事ではないぞ?」
「でも、一応事実だから」
「なら、全部お前のせいにしてやろう。我の背が低いのも、聖女が極悪なのも、不景気なのも、子供がグレるのも、全部お前のせいだからな」
「それはさすがに……」
言われた事は理解して。
それでもやはり何処かで自分のせいだと感じながら。
少年が頭を掻く。
「なら、いいではないか。自分から罪を増やす事もない。そんなのはそこらの神にでも計算させておけばいい」
「あはは、嫌われてるからどうかな……」
「我が一つお前の大きな罪を教えてやろう」
「?」
「我を……恋に落した……」
ゆっくりと両手が少年の頬を包み込んで。
「この罪は重いぞ……」
まるで子供のお遊びのような軽い口付けをした。
「我を永遠に愛し、傍に置け」
そっと囁きが少年の耳元で零れる。
「お前が罪を認めるならば、な?」
答えは唇で返され。
刑の執行は密やかに始まった。
たった二人の手で。
どちらが罪人か知れたものでなくとも。
*
女の価値を決めるのが容姿だけなら、殊更に性の奴隷として重用する以外、人は他の奴隷達と彼女達を区別したりはしなかっただろう。
しかし、実際には奴隷として女性の方が専業奴隷として使われているという面がある。
男が単純労働者として使用される一方、女が様々な場で職権とも言うべきものを持つ重要な人材として重宝されていた。
それは一重に女性としての感性や精神的な素養に高い需要があったからだ。
奴隷商人達の卸売り市場ではよくこういう会話が飛び交う。
顔は良くなくても上手く働く女の専業奴隷を売ってくれ。
身体を頑丈にしてから注文した専業奴隷を売って欲しい。
そのような注文が専業奴隷市場では大半なのだ。
しかも、大半は男が働く職場からの要望である。
確かに女の奴隷は男よりも圧倒的に性奴としての素養を備えている。
だが、実際に女性の専業奴隷達が必ずしも性的に搾取されていたわけでもない。
奴隷制が一般的に浸透する国では奴隷を雑に扱う側面も確かにあるが、職場における専業奴隷達は資産として保護されてもいた。
その結果、男との行為を拒絶するだけの権利を有した奴隷も多かったし、性的な奉仕の免除を条件にして優秀な専業奴隷を囲う職場も数多く存在した。
一家に一人と言われるくらいに奴隷制度が充実していた大陸南部では専業奴隷の地位は高く。
一般人が私的に買った奴隷と明確に区別される。
奴隷を使い、性の玩具にするのは男の嗜み。
無論、それも時によりけりで、伴侶がダメと言えば、男には手を出す機会がない場合も多々あった。
子供の乳母役として奴隷を買うのが一般的な世界での話である。
若くて器量の良い女が伴侶として男の奴隷を家令(かれい)役にして囲う事もあったし、純粋に家の生業に必要な専業奴隷を、その仕事の為だけに奴隷商から一定期間借り出す者もいた。
そんな専業奴隷達の一部が着ている衣装を少女は丘の上で披露していた。
「ティア……」
外套を脱ぎ捨てた少女は愛しい者と向かい合い、精神領域内部で現実に即して構成された下着、というよりは貞操帯に近い代物を見せ付ける。
その形はまず卑猥な程に肉体を魅せるところから始まる。
肋の下辺りから背後の尾てい骨まで続くU字状の模様(レース)編み。
左右の脇腹から横隔膜辺りまでは大きな一匹の蝶にも見える。
肉体を薄く覆う黒い生地は切り抜いた曲線を多用し、只でさえ透ける布の面積を小さくしていた。
全ては一枚の絵に見せる仕様。
それは下着と言うよりは肌の色で浮き上がらせる刺繍に近い。
蝶の下。
臍と腹部は何も無い虚空において顕され、その下には女の性器と臓器の形が形象化されている。
二つの華の蕾と茎に例えられた卵巣と卵管。
その先にあるのは豊饒の大地と第二の心臓(ハート)を顕す子宮。
臀部を覆う布地は尻の割れ目に沿って左右で別れており、股間の性器のすじが始まる場所から合流する。
性器を隠す菱形の小さな布地に刻印されているのは貞節を表す百合。
股間の覆いだけが厚くされていながら、今にも襲ってくださいと言わんばかりの格好。
しかし、実際のこれでもかと女を強調する仕様とは裏腹に肌に浮き上がる形の全ては本人の承認無くして行為には及べない魔術的な鍵として機能していた。
それは男の相手からすれば、本人の意思でしか事に到れない。
鉄壁の城砦にも等しい貞操帯という事だ。
もし、行為まで及べたとするなら、それは心を許させたという事。
男の器量が大きい事を意味する。
そのような破廉恥な貞操帯が出回るのも、主である男達相手に不興を買わず、それでいて自分を安売りしないという強かな奴隷流の防衛術があるからなのだ。
最初に専業奴隷達が職場で働く前に買うのが、男を誘いながらも拒む二律背反な下着(ソレ)であるという現実は、それだけで如何に奴隷達が逞しく生きようとしていたかの証左でもある。
「我の身体……お前に口付けしてから火照って……沈めてくれるか?」
少し離れ、膝立ちで少年に全身を見せながら、少女は上目遣いに聞いた。
熟達した娼婦達の手練手管にも負けない甘い媚を含んだ視線は男を無言で行為に走らせるには十分だ。
「イフィミスラって、将来男泣かせになりそうな気もする」
女性心理とか人間観察が魔王家業で染み付いている少年にしても、愛らしいおねだりには反応せざるを得ない。
それが例え作為的な台詞でも、心の底から望んでいるなら、それは演技とは言えない。
娼婦のように己を意識しているにしても、だ。
「その、わ、我では……こういう台詞や下着は似合わないか?」
恐る恐る不安そうに訊くイフィミスラの姿に我慢出来ず。
少年は片手で外套に隠れていた自分自身を触らせた。
「あ……///」
答えは必要ないとばかりにもう片方の手がツンと膨れた乳首を中指で転がした。
「ん、ふぁ♡ ティ、ティア……ん、く、そんなに優しくてはぁ♡」
元より染まっていた頬だけではなく。
その小さくもはち切れんばかりの活力を内包した身体が上気していく。
「わ、我も……するから、な?」
もう先端から蜜を零す幹を触った手でヌチュヌチュと上下に擦り始めたイフィミスラが悦に浸った笑みを浮かべた。
ヌッチュグッチュズチュグチュ。
まるで小動物でも撫でるような優しい手付き。
細やかな指が窄められ、掌が亀頭を刺激しては拙い指使いの手淫は続く。
それに負けじとコリコリ乳首を撫で潰す少年の指先でシコッた乳首は少女には痛い程に勃って、今か今かと摘まれるのを待っていた。
まだ、手で触れ合っただけである。
それでも二人の性感は互いへの思い遣りに高ぶり。
着実に腰の奥を熱くさせていた。
「んぁ、ティ、ア……わ、我のち、乳首……な? お、お前の、指、で……優しく転がされて……喜んでいるぞ?」
男を誘惑する笑みだった。
熱い吐息交じりに報告する舌がチロチロと赤く。
少年は麻薬でも打たれたかと思うような酩酊感を受ける。
「も、もう、んぁ、ふ、く……つ、摘んでも、いい、のだ、ぞ?」
愛しくて、愛らしい少女の笑みに指を伸ばさない男はいない。
「イフィミスラ……ちゅ」
優しく口付けをして離れた少年が人差し指と中指で尖った乳首を挟んだ。
「んひゅぅ♡ ひ、んぅ♡ ティア、も、もっとぉ♡」
甘く喘ぎ、ねだる声に逆らえず。
少年はそっと丘に少女を押し倒し、もう片方の乳房を舌で舐め上げ始める。
「ぁ、あ、んひぃ♡ 乳首舐められてぇ♡ わ、我はしたなく感じているのだぁ♡♡」
舌先で敏感な場所を捏ねり潰される快楽で、少女の唇の端からだらだらと唾液が滴った。
潤んだ瞳には早く次をして欲しいという色がありありと浮かんでいる。
少年の幹から離した手で少女は少年の乳首に指を伸ばした。
男でも優しく触れるだけで気持ちいいものらしいと何処かの書物で読んだ記憶からである。
それを機に今度は反対側の乳首を舌で転がしつつ吸い始める。
唾液で塗れた乳首を今度はコリコリと人差し指と親指で挟み潰しながらの行為は少女の性感をカッと熱くした。
「赤ちゃんみたにぃぃ♡ ひゃぁ♡ あ、あ、てぃあぁぁ♡ ん、んぅ、んゃぁ♡♡ 乳首取れてしまうのだぁぁ♡ われのそこまだお乳でないのにぃぃ♡ 食べないでぇぇ♡♡」
蕩けながらも必死に我慢する表情。
それがこれからもっと少年に愛される為に出来うる限り、イって体力を消費しないよう心掛けたものだと、少年には何となく解った。
心と心。
繋がり合った精神の淵ならではの以心伝心かもしれない。
だが、実際には肉体を疲弊させない場所での無駄な努力である。
それを教える程、少年は野暮ではなかったし、今の状況を説明して行為を止められる程、真摯でもなかった。
少女の我慢する表情があまりにも愛らしくて。
流れを遮りたくなかったというのが本音ではあったかもしれない。
「お乳、出るようにしてあげるよ。イフィミスラ……」
「ふぁぁ♡♡♡ てぃ、あ?」
少年がねちっこく舌で乳首を擦り上げていく。
「あ?! やぁぁ!? とれ、取れてしまうのだぁぁぁ♡♡♡」
今にも限界に達しそうな少女は自分の胸から少年の舌が離れた時、ピチュッと白いものが先端から出るのを見て、呆けてしまった。
「こ、これ、は……?」
「此処は僕とイフィミスラの心の中だから。少しくらいは融通が利くって事、かな。ちゅ」
「ひぁ!? そ、そんなぁ♡ わ、我まだ赤ちゃんもまだなのにぃ……お乳飲まれるなんてぇ♡」
口よりも少女の乳房は素直だった。
指で潰され、舌で舐め擦られ、吸われながら、ピュッ、ピチュッと極々少量ずつとはいえ母乳を滲み出させていく。
「イフィミスラのお乳……甘くて美味しいよ……」
「やぁ♡ は、恥しぃ♡ またぁ♡♡」
ピュルッと乳の出が良くなる。
交互に胸を濡らす白い命の源を舐め取りながら、少年が囁いた。
現実でもそうしてあげようか、と。
「~~~」
まだ肝心の場所すら触れられていないのに胸だけで想い溢れそうなまま。
身を捩って少女は悦びに震えた。
やがて、意識の白く染まり昇っていこうとする寸前で唇が離され。
生きも絶え絶えに少女が唇の端をキュッと結んだ。
だらしない顔でおねだりしてしまいそうになったからである。
「今度はお尻をするよ」
いつの間にやら伸びた手が少女をコロンと引っくり返して、あっという間に四つん這いにさせた。
「ゃ……」
今にも達してしまいそうな生殺しの状態で少年の手に従った少女は自分の格好を思い出して赤くなった。
普通に何も付けていない尻を見られるより、よっぽどに恥しい。
誘い拒む衣装は二つの桃を飾っている。
それどころか割れ目と穴までも強調する。
淫靡な姿態で背中を向けては人間の交合(まぐわい)ではなく獣の交尾になってしまう。
そんな、少女の恥じらいを知ってか知らずか。
少年は片手を伸ばして、小ぶりな尻を鷲掴みにした。
「ひぁぁぁ♡ んくぅん!! てぃ、ぁぁ♡♡」
背筋を駆け抜けるのは快楽。
幾ら透ける程に薄く切り抜かれた布越しとはいえ。
触れる場所に薄皮があるようなものだ。
そのもどかしさ。
手の届かない場所が痒みを発するような。
もっと触れたいのに触れられない、はがゆさが少女を焦らす。
直に触れて欲しい。
もっと鷲掴みにして欲しい。
その、優しい手で両方を揉んで欲しい。
大陸の貞淑な女性像からすれば、須らくはしたないどころか淫乱の域にも達する欲求。
でも、それが少女の内心を埋め尽くし。
焦がれる度に熱を篭らせ。
高ぶらせていく。
「ん、ぁ、ふくぅ♡ てぃあぁ♡ もっとぉぉ!」
娼婦よりも娼婦らしく尻を僅か左右に振って。
甘い声を出す牝の誘惑に少年は答えた。
両手で鷲掴みにしてから、今までの行為で完全に熱り勃つ幹を尻の割れ目に押し込んだ。
「ひぁあああぁぁぁ♡ そ、んなぁぁ♡♡ や、火傷してしまうぅぅ♡ あ、あ、あくぅ!?」
ビクビクと太腿を震わせて。
突如として押し付けられた肉棒の熱に甘い声で鳴きながら。
腰を跳ね上げた少女は自分から擦る事になった割れ目の間で淫らな音をさせる。
肌に吸い付く幹の脈動で少年の興奮を知れた。
それだけで心の内が満たされ、艶やかな微笑が浮かぶ。
少女がモヂモヂと尻を擦り合わせれば、今にも達してしまいそうな幹がビクビクと震えた。
熱く盛った尻の間。
粘着いた蜜と肌が溶け合った結果は極上の肉壷と変わりなく。
少年も思わず征服欲に駆られて、鷲掴みにした尻の間で幹を上下に扱き始めた。
グヂュ、グヂュ、ブチュ、ジュチュ。
「んふぁ♡ 大きぃ♡ 大きぃくてぇ♡ おちんちん♡ 我のお尻の間でぇ♡ グチュグチュっれぇぇ!?」
舌を垂らしながら、大粒の涙を瞳の端に湛えて。
まだ繋がってすらいないというのに感じた少女は、はしたなさも受け入れて何度も何度も尻穴を戦慄かせた。
「イフィミスラ……」
「ゃぁぁあ♡ わ、我のお尻のあなぁ♡ そんなにぐりぐり押し付けてはぁぁ♡ 入ってしまうぅぅ♡♡」
少年はもう今にも射精してしまいそうな幹の先端を割れ目の中心。
まだ、一度も牡を受け入れた事のない穴へと擦り付けた。
「ごめんね。少しだけ乱暴にするよ……」
「ぁ、あ、はあぁぁあぁぁ~~~♡」
耳元で囁かれただけでヘナヘナと全身の力が抜けて。
そのまだ排泄以外には使われていない場所が緩み、泥濘(ぬかる)んだ。
ズ、ニュゥウウウウウゥゥゥウ。
「ひあぁああぁぁぁあ?!! ひ、ぐ、ぎぃぃん♡ しょ、しょんにゃぁあ♡ 我のぉ♡ 我のお尻ぃぃ♡ 太くて熱いのでぇぇ♡ 串刺しになっれぇえぇえ♡♡♡ ぁ゛、あ゛、あ゛きゅぅううッ?!!」
全身を震わせながら、少女は初めての尻穴交尾で期待していた以上の衝撃を受け、ポロポロと涙を零した。
そのまま獣のように腰を振り続けるかと思われた少年は背中から覆い被さり、耳を甘く噛みながら此処からが本番だと言わんばかりに囁く。
「一杯、するから……」
小さくて大きくて。
守りたくて守られて。
愛しいのに愛しまれて。
「だから……」
自分にはないものを持つ少女を。
傍にいると言ってくれた少女を。
「一緒に、いて……」
支配して。
征服して。
自分だけのものにしたくて。
「イフィミスラ……」
少年は抱き締めた。
まるで、普通の男が愛しい女を抱く時のように。
ただ、惹かれ合って。
*
(……?)
少年に愛されて。
今にも新たな境地へ踏み出そうとしていたはずだと。
少女は自分が何処にいるのかも見失って首を傾げた。
身体には未だ熱が息衝いている。
なのに己の肉体も見えず。
(これは何処だ?)
それは夢。
世界があまりにも輝いていた日の事。
『シンア。行きますよ』
美しい金糸の髪が目の前で揺れて。
少女は気付く。
これは刹那の過去。
(記憶を貰ったから、か?)
いつか儚く砕け落ちた幸せの残骸。
『もう。ダメですよ。自分の身体は大事にしなくちゃ』
守るべきものではなく。
愛するべきものでもない。
今は敵に堕したはずの聖女との記憶。
『シンアは甘えん坊ですね。ふふ』
今も友と仲間と恩人だと少年が言う女との記憶。
(……そうか。これが……)
随分と前に失せた昔々の御伽噺。
『ほら! こっちに一杯実ってます』
いつまでも幸せでありますように。
そんな想いが込められた笑顔。
(我としている最中だと言うのに……やれやれ……お前らしい……)
心に刻まれた色褪せない願い。
―――扉が開いた。
溢れ出したものが少女の前を通り過ぎていく。
それは夜が来る度に、嵐が来る度に、彼が思い起こす約束。
今まで出会ってきた人達と交わした。
彼だけの宝物。
温もりにも足りない日差しの如きもの。
集めても集めても、掻き集めても掻き集めても、最後には零れていく砂のような、命の記憶。
いつも少しだけ寂しい物語。
『やがて“来るべき日”に貴方は全てを手に入れるでしょう』
声は男のものだった。
『それがあの方の望みだったのです』
全てを失い途方に暮れて旅をしていた。
そんな時にやってきた老人。
夕暮時の峠に二人。
『貴方は人の悪徳の尽くを見てこられたはずだ』
まるで好々爺のような笑顔。
『その最たる者を傍にして気付いたはずだ』
皺枯れて尚、温かな手。
『人は愚かだ。しかし、救うに値する』
きっと、男が言うのなら、それは間違いの無い事。
『故に全ての罪を赦し、亡び去る人を守る事こそ、貴方の使命だ』
傅いて平伏する白い頭。
『今までの苦労、我らを恨む気持ち。それはこの身で受けとめましょう』
ずっと傅かれて来たはずの男が差し出したのは己の命。
『されど、全てはこの世の何もかもを救済する為』
教会を統べる最後の男が顔を上げて。
『どうか、この老骨一つで怒りを収めて頂きたい』
真摯に少年を見る。
今まで殺そうとしてきた者達の上に立つ存在が。
『貴方こそは我らが求めた真に亜(あ)する君』
少年が求めた何もかもを奪い去った輩が。
『この世の母が最後に産み落としし“天”』
憎くないはずがない相手だ。
殺したくないはずがない相手だ。
しかし、全てが茶番だっとしてもいいと少年は思っていた。
想われた事。
それに間違いはないのだから。
何もかもが本当に救われるなら、何もかもを赦したとて、少年はきっと構わなかったのだ。
『七罪の化身を滅ぼし、万象を統べ、大いなる運命を回す者』
だが、現実は何処までも残酷で。
『救済者よ。人の翼たる天の下。最後の争いを持って、人を導きたまえ』
哀しいくらいに残酷で。
(お前はきっと、こんな気持ちで……ずっと……)
それから、少年はしばし、話を聞いていた。
自分が産まれた訳も。
自分が為すべき事も。
全部全部、知って。
それでも愚痴の一つも、苦悩の一つも、零さずに。
(笑っていたのだな……ティア……)
そうして。
その男に少年は言ったのだ。
たった一つの結論を。
自分が求め続けた回答を。
虐げられてきた罪人として。
倒されるべき敵として。
あるいは、あまりにも無力な少年として。
「 」
男は目を見開いて聞いていた。
その言葉を聞いていた。
「 」
男は言った。
永劫の闇に呑まれ、受けるべき報いの全てを手放しても構わないのかと。
けれど、少年は答えた。
それがどうしたのだと。
全ては胸(ここ)に在り、今も変わらず、自分は魔王だ、と。
『優し過ぎますな。ですが……我らが求めた救済者が貴方で良かった』
晴れ晴れとした声。
『例え、これから先どんな苦難が待ち受けていたとしても、その気持ち有る限り、きっと……その選択は貴方の未来を照らすでしょう』
預言者めいた声。
自らが生まれた理由そのものである少年。
その全てを拒否する回答にすら微笑んで。
老人は大きく頷いた。
『貴方が進む世界に訪れる“来るべき日”は我々が願ったものとは異なるかもしれない。だが、きっと、これは人々が、世界が、我々が、彼らが、あるいは彼女達が受けるべき……試練』
それは如何なる心情から出た言葉か。
『一つ贈物をさせて欲しい。救済者にではなく。これから何もかもに挑もうという若者へ』
すっと伸びた指が額に十字を描く。
『我、思う故に神在り。我、愛す故に神在り。我、赦す故に神在り。なればこそ、我は神より出でて神へと還る一葉(いちよう)為りて。我が前に立つ者へ一片(ひとひら)の神意を預けん』
その手が密やかに輝いた。
『第124代【総主教(パトリアルヒス)】の名において。汝に位を授ける』
まるで孫に贈り物をする祖父のように笑みを零して。
男は少年に祝福の文字を描く。
『天に弓引く天為る者。汝の名は【天元一聖王卿公(イグノートゥム・リテラス・レクス)】』
天元一とは未知数。
聖王の聖名(ひじりな)は教会が認める最大級の統治者への賛辞にして字(あざな)。
そして、卿は教会においての三役、即ち大司教に準ずる位。
公は貴族達が使う五等爵の第一位である公爵として教会の所有する領内では扱うという宣言。
男が授けたのは使われるかも定かではない少年への公的な地位だった。
『貴方が願い果たす日を待っています。猊下』
それはまだ少年が一人で歩いていた頃の話。
全てを秘して進むと決めた時の記憶。
運命というものが軋みを上げて崩れ始めた最初の一歩。
それを踏み出した、目標が生まれた日の事。
(これが秘密にもならない秘密……お前の、お前の事を見ていれば、誰にだろうと解るはずの答え……)
一滴、頬を伝うものは憐れみではなかった。
グルンと場面が切り替わる。
『貴方を、殺します。シンア』
先程まで顔を綻ばせていた相手だった。
荒野に鎧達を引き連れてやってきた。
金糸の少女。
その決意の言葉だった。
これから奔るだろう身体の痛みなんて、どれ程のものか。
胸を貫く衝撃と息苦しさに呼吸まで止まったような錯覚を覚えて。
少年はただ少女を見つめていた。
(お前は何も言わず。こんな風に……)
鎧達に斬り付けられ。
全身を切り刻まれて。
死んだ方がマシだろう激痛を奥歯が砕けるまで噛み殺して。
全身を永劫焼き続けるだろう魔導に五感の全てを焼かれ、復元させながら。
それでも現実感すら消え失せた身体で戦って。
戦って、戦って、戦って。
笑みを浮かべるのだ。
例え、化け物と謗られてもいい。
ただ、目の前の少女が罪悪感になんて駆られないように。
ずっと聖女で在り続けられるように。
少年は己を穿つ者達の攻撃を受け入れた。
『どうして!! そんな顔で戦えるんですか!!? 貴方はッッ!!』
怒り戦う少女を見て。
哀しい事がないかと。
苦しい事がないかと。
今も変わりなく元気にやっているかと。
そればかりを気にしながら、少年は鎧達を斬り、蹴り飛ばし、殴って。
一人一人気を使いながら行動不能にしていく。
少女の傍にいる人を不幸にしないよう。
これからも健やかに生きていけるよう。
障害の一つも残らぬように。
『やっぱり、貴方は化け物です!! こんなッ、こんなッ!!』
喉は裂かれ、焼かれていた。
唇は胸の痛みに動かなかった。
それでも少女が虚空を舞う姿を捉えた瞳だけは極炎と共に全てを焼き付けて。
『そんな顔で笑わないでッッ!!!』
焼け落ちた顔で。
焦げた全身で。
少年は遥か頭上から降る無数の輝きの乱舞を美しいと思った。
空の果てまで埋め尽くす流星。
攻撃呪法五十八万六千種。
一つ一つが聖女の試作した神にすら致命傷を与える一撃。
虹よりも無数の色合いが混沌と溶け合い世を覆い尽し、たった一点に向かって落ちてくる。
『凄い……綺麗だよ……ハティア……』
まるで贈物。
少年がいつだったか。
四人の少女達と話していて誕生日の話をした事があった。
産まれた日も解らないという少年に少女達は「ならば、今日が記念日だ」とふざけ半分に祝ってくれた。
真面目な少女だけが、次の日に朝から近くの街に行って麺麭を買って来て。
仲間達には内緒で共に食べた。
朝日が昇る丘の上。
並んで笑い合いながら。
冷やかされて、紅くなった少女は言った。
また、来年もこうしましょう、と。
何年ぶりかの誕生日の贈物。
それが例え己の破滅でも、嬉しい事には違いがない。
『―――――――――』
被弾。
頭部の圧壊。
被弾。
左腕の消滅。
被弾。
胸部の腐食。
被弾。
下半身の石化。
被弾。
上半身の変質。
被弾。
右腕の焼却。
(ティア!!!?)
被弾、被弾、被弾被弾被弾、被弾被弾被弾被弾被弾被弾、被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾、被弾被弾被弾被弾被弾被弾、被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被、弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾被弾―――。
二人の少女の前で命が零れていく。
無限に続くかと思われる悪意の塊を受け入れながら、少年は声無き声で呟いた。
大丈夫だよ。
心配しなくていいから。
『貴方は生きていちゃいけないんですッッ?!!!!』
顔を歪めて、今にも泣き出しそうな顔で、少年を戮(りく)し続ける少女の叫びだけが空を震わせた。
『うん。知ってる』
復元し続け、被弾し続ける身体で剣を持ち上げて。
今にも泣いてしまいそうな顔をどうにかしたくて。
大地を蹴って。
一撃毎に魂を削られるような精神の磨耗に晒されながら。
少女の傍まで駆け上がって。
間にある何億層かも解らない見えざる壁を、ただの無限に復元する拳の負荷で抉り壊して。
『またね。ハティア』
優しく優しく赤子に触れるような強さで突き飛ばし、少女へ敗北を刻んで。
『いつでも、待ってるよ』
いつまでも降り注ぐ攻撃の中。
もう地上に見えなくなった気配が消えるまで少年は身動ぎ一つしなかった。
やがて、数時間にも及ぶ攻撃を全種受け切って。
誰もいなくなった空で一人。
少しだけ身体を震わせて。
空を見上げれば、虹。
『………ありがとう』
触れ合えた。
少しだけ繋がった気がした。
例え、事実でなくとも。
少年にとっての真実はいつも。
そんなにも小さな喜びでしかないのかもしれなかった。
―――扉が閉まっていく。
叶わない願いを想い続けるのは愚かかもしれない。
けれど、今共にある少女は知っている。
泣いて、閉じ篭るより、少年は傷付いても傍にいる事を選んだのだと。
触れ合えず、手も届かず、何も聴こえない。
そんな孤独よりも、永劫の地獄のような痛みに耐えて進む事を選んだのだと。
足早な記憶達。
どれもこれも残酷で痛みに彩られている。
それでも少年は笑い続けていた。
あなたへ残したい気持ち。
あなたへ伝えたい気持ち。
それを諦めないならば、いつかは届く。
そう、仲間達の傍に心を寄り添わせ続ける事を決して止めなかった。
(泣いては……だめだ。我が泣いてはっ……)
イフィミスラ・ハージェット・テトス・エルデナンドは決めた。
付いて行くと決めた。
ならば、少年の笑顔を曇らせる涙を浮かべたりしない。
(我が為すべきはお前に本当の笑みを浮かべさせる事なのだから……)
死すら許されない身体。
魔王という存在はそういうものだと誰もが思っている。
しかし、駆け抜けた長い長い戦いの記憶には少年を殺すに値する力もあった。
それでも今シンア・ザ・クリティカルアンラッカーは生きている。
それは少年が魔王だからではなくて。
ただのティアであるからに他ならない。
死ななかったのではない。
死ねなかったのだ。
仲間達を、今まで出会ってきた人達を、見守る為に。
(誰かの為に己の命と心を捧げ続ける……馬鹿な話ではないか。苦しくないはずないではないか。人に理解されず、害され…詰られ…壊されて……瞳閉じ眠ったとて、意識を真に落す事なく。魔王で在り続け……闇に午睡む安寧すら無い……)
貴方の傍にいる。
隣人を愛せよ。
それこそ教会の教義。
誰が実戦したとて、きっと少年程ではない。
瞬きさえ惜しむように人を愛する男程ではない。
色褪せない微笑みは他が為に。
そうでなければ、そんなにも少女の胸が痛む事だって無かった。
「あ、いた」
「!?」
「迷子になっちゃってるかと思って迎えに来たんだけど、どうかした?」
全裸の少年がいつもの調子で首を傾げて。
「何でもない」
「そっか。じゃあ、戻ろう」
「ん」
少女はその手をそっと握った。
「えっと、戻ったら此処ら辺の記憶とかは消えちゃうと思う。深層域は不可分な領域で情報の持ち出しとかが制限されてるから。でも、すぐに見つけられて良かった。此処って入り組んでるから……」
「そうか」
「イフィミスラ?」
「傍にいるからな」
「へ?」
「ずっと、お前の傍にいるから……だから、寂しくなんてないのだぞ?」
「イフィミスラ……」
少年は何も追及せず。
少しだけ困った笑みで頷いた。
「上にいる僕らはまださっきのまま。だから、帰ったら……ゆっくり、続き……していいかな?」
コクリと少女は頷いて。
精神の上層部へと昇っていく身体にきゅっとしがみ付いた。
「(いつか、お前の願いを叶えよう。我の全てを捧げても……必ず)」
この気持ちを忘れぬよう。
少女は何度も何度も心に想い綴った。
「(我はお前と出会えて良かった。ティア……)」
愛しい人の報われぬ想いを包み込むよう。
小さな身体は傷痕だらけの身体を無言で抱き締め続けた。
思う通り、想い通い合わせて。