第二章決定稿設定資料集その2
【武器・道具・能力・術編】イグニシア・クルシスside+α
『列車(ディムバール)』
イグニシア・クルシスの帝都を走る鋼の【怪物】である。元々が七教会から技術供与されたものを土台に生み出された都市インフラであり、馬車や転移の代わりに交通の要として機能している。二年という年月で帝都の隅々にまで線路が張り巡らされ、一日五千本程の列車が一千万都民を終日動かしている。この移動手段の整備により、物流と人の流れが効率化され、イグニシアの経済は飛躍的な発展を見せた。詩人からは【怪物】扱いされるものの、都民達にとっては今や無くてはならないものとして親しまれている。水脈の多い帝都地下で実は新たな線路が敷設途中であり、地下線路の先はイグニシア全土に広がるものらしい。計画を練った本人であるエトが自らの偉業として付け加える日も近いと思われる。
『壷世(ムンディ・オラム)』
空間制御魔術の精粋である内部に大規模空間を持つ壷。様々なタイプが存在しており、実は壷のみならず箱型や部屋そのものである事も多い。内部の空間を広くする技術と言えば聞こえはいいのだが、空間制御魔術の固定化は骨であり、固定が解けた場合、大惨事になる可能性が高い。第二章では【貴皇】内部のエトの寝室やイフィミスラ達が帝都を抜け出すのに使った貴族の持ち運び出来る別邸が該当する。ちなみにエトが使ったものは固定化されたものではなく、空間内部の物体までも設定可能な非常に高度な魔術の産物であり、並みの品とは一線を画している。更に時間遅延までも行えるという言葉からも、さすが皇帝の持ち物と言ったところかもしれない。貴族や大商人等はこれと同じようなものを自らの隠れ家や気を抜いて休める別宅として愛用する者も多く、その需要は品一つで金貨一万を超えるというのに毎年大陸全体で一千前後と大きい。
『七望(セプテム・サピエンテス)』
元々は【大皇】が掲げていた七望星の【意匠】であるが、それはそもそもが彼の血筋に発現する魔眼から取られていた形だった。第二章においては本気を出したエトの菫色の瞳に浮かび上がっている。この魔眼が浮かび上がった状態の存在はかつて【大皇】が使用していた能力が発動可能となるが、第二章の敵は人間を遥かに超える能力を持った座天使だった事もあって、戦闘で能力の本格的な活用はされなかった。ただ、重力封鎖の結界が弾けた時、天使が蓋然性操作云々と呟いていた事から、確率や運命と言った概念的なものに干渉する力である事が窺える。今後、エトが本気を出した際には能力の発動が見られるかもしれない。
『哭詠寡吟(カルミナ)』
【皇帝】が代々受け継いできた家宝の鎧。その最初の装着者は水分(みくまり)の女神の神官、つまりはエトの初代ご先祖様である。第二章では部分的とはいえ【劫竜】の能力を有した鎧の全力を退けて見せた。鎧の表面には幾つかの詩篇が書き綴られており、それ自体が強力な呪いにも似た防御力を発揮させる力の源となっている。しかし、第三位の天使を相手にしては部が悪かったのか。直接頭部に取り付かれては精神侵蝕の影響を完全に防げず、エトは限界まで追い詰められる事となった。エト本人の能力も合わせれば、半ば大軍百万騎にも勝るはずであっただけに活躍の機会が無かったのが惜しまれる。今後、第三章以下で活躍の場が与えられる可能性が高い。
『七星護封巌(セブンス・ロー)』
七教会への独自の対抗手段としてイグニシア・クルシスが打ち上げた衛星型の要石。主に大陸南部の大気圏上空、静止衛星軌道上に置かれる七つの構造体である。数兆行にも及ぶ【秘儀文字】が刻まれており、これを稼動する事で一定領域に七聖女達が用いる因果律性誘導領域、俗に“加護”と呼ばれる力を発現させる。これは七聖女ならば全員が用いる事が出来る共通能力の一つであり、意思力によって因果の流れを特定の目的に沿って誘導する事が可能な力である。大陸規模で使用される事もあれば、教会が運用する【高格外套】に蓄積されて運用される事もある。現在までに同じような力を発現させる実験は多くの国家で試みられてきたが、殆どの場合が魔術的にも能力的にも極々小規模なものを形成するので精一杯という有様だった。イグニシア・クルシスは七聖女の独自研究の結果、加護を人工的に生み出す魔術具の開発に成功し、それを巨大化して衛星軌道上に打ち上げる事で大規模な加護の発現を可能とした。様々な問題から七聖女の加護に比べると百分の一以下の出力という現実はあるものの、この衛星の打ち上げは実質的に七教会に出来る事は自分達にも出来るという意思表示であり、教会関係者を密かに驚かせた。加護の発現技術は今後も強化されていく事がイグニシア・クルシスの執政官達の間では確認されており、その開発は国家規模の最優先事項の一つとなっている。第二章終盤、フルーに封印され掛けた少年はこれを用いて己の分裂発現し掛けた要素を自らの意思で分裂制御する事に成功し、危機を脱する事に成功したが、限界以上の出力を余儀無くされた【七星護封巌】は全機大破し、大気圏の星屑と化した。非常に高価な魔術具である事を少年は察しており、弁償しなければと発言している。加護の人工的な発現・発生は七教会でも研究が行われており、その技術の一端はマロウ・ブレステンドが運用する高格外套の運用プラットフォームにも使われている。聖女本人が開発しただけあって、イグニシア・クルシスが開発したものとは質も量も桁違いであり、中々にして両者の差は縮まらないものとなっている。
『貴皇(ペルソナ・ノーブリス)』
イグニシア・クルシス皇帝専用の旗艦。イグニシアの技術と工業力の結晶である【貴皇】は皇帝を運ぶ軍艦というだけではなく、彼女が大神クラスの魔力源を有効に活用する為の道具(ツール)であり、自身の魔力運用限界を引き上げる為の制御装置でもある。【貴皇】に積まれた武装が極度に魔力を多用する仕様なのはそういった隠された理由からと言えるだろう。第二章後半、天使達の顕現で運用する武装の大半が使用不能になり、同時に能力が極端に落ちたが、それは彼女の魔力を運用するに足る最低限の魔力すら艦に残っていなかった事を意味している。【概念性神話魔力】の強大な出力は小出しに出来るようなものではなく、また安易に運用出来る代物でもない為、使う時には細心の注意が要求される。艦の制御中枢であるメインフレーム内に一時的に時間を掛けて抽出していたものを溜め込んでおき、それを戦闘時は艦内部に流入、魔力的な血管や神経として扱う事で艦を自身の身体の一部として認識し、随時魔力源から供給され続ける莫大な魔力を運用していたのである。七教会の【騎師団】や艦隊とも渡り合えるよう設計されたという話は有名だが、一つの事実が抜けている。それはエトが乗艦して【神話性概念魔力】を魔力源として運用した場合という一文である。その場合に限り、【貴皇】の能力は擬似的にだが、大神と同等、近いものとなる。
『神話性概念魔力(ファブローサ・マギシス)』
大陸に四百数十種類存在する魔力形質の一つ。魔力形質は幾つかの大別とその類型(カテゴリ)内における種別で細分化される。その中でも概念魔力は大きな意味を持つ魔力形質である。概念という人の産み出した思考における産物を現実に物理量(エネルギー)や事象そのものとして出力する点で概念魔力に実質上の底は殆ど存在しないと言っても過言では無い。そもそもが無形であり、概念そのものから魔力を引き出す工程は事実上“減らない源泉”を手に入れたようなものだからである。“概念を使い潰す”という事が根本的に不可能であるのは言うまでもない。故に概念魔力に類型される魔力形質は多くの場合、一個人には過ぎた膨大な出力の可能な才の一つである。この概念魔力の中でも更に特異なのが神話性概念魔力。つまり、神の権威を下敷きとした物語から力を得る魔力形質である。エトが神話性概念魔力を扱い得る理由は主に二つ。自らがその神話の直系である当事者の血統である事と、彼女自身が概念魔力形質の資質を持ち合わせていた事に因る。本来、この魔力形質を顕現させる事が出来るのは神話の当人及び神話に登場するものと関係性が深い者だけである。これは神が人間の信仰によって力を蓄え、肥大化、複雑化した過程の一つであり、神の強大な力は当人の超越者としての性質+神話性概念魔力による人々からの直接的な支援の結果と言える。この魔力形質における力の強弱は神話への認識と信仰が概念として万人に知覚、固定化された強度に因る。つまり、“神の知名度+信仰+神話としての認知度”が直接的な魔力源として神を賦活するのである。神話における自身の重要度に比例して、神々は魔力源の恩恵を受けており、主神や大神程に概念魔力による強化は大きくなる。しかし、神話に出てくる神々が既に存在しない場合や世界内部に内包されていない場合、魔力源の恩恵はその魔力源にアクセスする資質を持った者が一括して扱う事となる。その場合に課される具体的な変数は“神の知名度”が“自身と神の関係性+自身の知名度”、“信仰”が“神への信仰+自身への信仰”、“神話としての認知度”が“神話と自身の関係性の認知度”という具合である。しかし、絶大な魔力源である事にはまったく変わりが無く。神々が存在しない神話の【神話性概念魔力】を操る者は下手をすると神話の大神や主神以上の力を持つ正真正銘の化物となる。エトが扱う神話は水分の女神と神官の神話。つまり、大陸南部の大半とイグニシア・クルシスの属国において最も基本的な信仰の一つである。女神の血筋を持つ当事者であり、神官の血を引く関係者であり、同時に神としての資質+皇帝としての権威+人類規模での認知度を合計した場合、現在大陸に残っている主神や大神の大半を越える魔力源を有している事になるが、実際には発生してから現在までの年月が少ない為、幾星霜の信仰によって力を蓄えてきた神々には二歩、三歩及ばない。だが、それは日々増大する魔力源の留池(プール)拡大と時間経過で日々縮まっており、数十万、下手をすると数十億以上の年月を掛けて力を蓄えてきた神々をも超えてしまうかもしれない。勿論、それ程の魔力を有効に扱い得るかどうかで言えば、答えは知れている。人間として最優秀と言えるだろう彼女の才覚と努力を持ってしても、単体で扱い得る魔力量には人間らしい限界が在り、万能無限にも等しい神々とは天地の差がある。
『我在りしと認めず』(ゴルギアス・コンバージ)
イグニシア・クルシス旗艦【貴皇】の主砲。船体中心に円柱状の部位(パーツ)として据え付けられており、展開時は両舷が左右に開き、その中空を埋めるように砲身として膨らむ。両舷から魔力流入用の鉄線(バイパス)が接続され、砲身内部を船体を浮かばせている炉に直結させて主砲を発射する。攻撃方法(オプション)は幅広く、単純な飽和魔力の砲撃から触媒を交えての熱線や光波、他にも粒子線等も発射可能。双來において使われた時は惑星内部でなら射程無限という空間圧搾型の火砲として運用された。術式中核内部に周辺物質を超過圧して爆縮、発生するあらゆる物理量(エネルギー)を用いて空間の圧搾効果を維持する。これによって物質を取り込み続ける限り、効果が低減しない砲として完成している。発射時は魔力を用いた砲身の延伸用ガイドレールに沿って飛ばされ、【貴皇】側の遠隔操作で術式中核を停止、途中で砲撃効果を消し去る事が可能である。
『七光(セプタ・ノックス)』
イグニシア・クルシスの旗艦である【貴皇】の両舷に備えられた迎撃武装。その姿は円筒であり、展開されると魔力で形作られた光の円柱が発現する。薬室そのものは完全に筒状になっており、魔力は筒を構成する合金そのものから供給され、必要な反応触媒は空間転移によって装填される。その能力は個別に数千以上の目標に対してピンポイントの空間転移砲撃を行うというものである。砲撃と書いたが、実際には魔力と触媒の反応結果をジャストタイミングで瞬間的に相手に送り付けるというものであり、空間転移爆撃と解釈した方が正しいかもしれない。艦の観測機器と連動した射撃管制機構を通して放たれる一撃は、殆どの高位魔術師を焼き切る威力を秘めており、射程距離は実質艦の観測能力に比例する。第二章では双來の国境を400m級の断崖で焼き切り、襲撃していた見えない化け物達を一匹残らず焼き滅ぼした。この武装の長所は機構が単純で破壊されても艦の運行にさして支障がなく、砲弾や弾薬のような嵩張る弾体を必要としない事である。魔力の反応と変換に使用する触媒も転移方式を取っている事から誘爆の危険性が皆無である事は火砲にあるまじき利便性と解釈していいだろう。これの開発には空間制御魔術に長けた筆頭執政官D・グラム・ハイランの後援があったとされる。
『宝煉鋼(ティサウリス)』
大陸南部の一部地域で産出される魔力触媒。あらゆる魔力に対して専用に加工した個体(ペレット)を混ぜる事で様々な物理量(エネルギー)に変換する事が出来る。加工時に複数の触媒との混合や錬金術による練成収斂を行えば、変換後の魔力の指向性から性質まで微細に調整出来る事から戦略物資としてイグニシア・クルシスは輸出量を限定していた。イグニシア・クルシス皇帝であるエトは皇帝就任後の遊説の旅で出会った少女が大量にコレを欲していた事から山一つ分を譲渡。その代わりとして少女、フルー・バレッサは技術指導をイグニシアの技術者達に行った。【七光】の触媒にも使われていたが、使用用途としては魔術に使うのが今までは一般的だった。
『汎用散式結界弾(はんようさんしきけっかいだん)』
艦隊戦や空戦において相手側からの飽和射撃や火力の集中を防ぐ目的で運用される結界を生成する弾丸。本来の用途は前述の通りであるものの、第二章でエトはまったく違う使い方をした。【貴皇】の船体下部に据え付けられた副砲から発射され、直進上の空間から【大源】を吸い上げて発動する。散式の名の通り、散弾形式となっており、複数の結界が多面、多層的に展開される。これによって並みの火砲では【貴皇】に砲弾を届かせる事は困難となっており、極めて能力の高い防御用兵器の一つとなっている。
『獅禍埋葬(スィペリエント)』
自己の周辺から別異相に【要素】を引き込む攻防一体の魔術。第二章においてD・グラム・ハイランがユヒア・ウェスティアリアに対して使用した自身の切り札の一つである。空間毎、全てを引き込む為、あらゆる魔力及び魔力運用に不可欠な媒質を周辺から枯渇させる能力を秘めている。これはつまり如何なる魔術にも効果を及ぼす広範囲の汎用性を有しているという事であり、効果範囲圏内の魔術師、魔導師は魔力や魔術では根本的に対処出来ない。これを突破するには一瞬で引き込める空間の許容量を越えた質量や魔力を注ぎ込んで、異相側にある魔術核本体を破壊するしかないが、ハイランはそもそも空間制御に関する魔術のエキスパートであり、その許容量は計り知れない。ユヒアはこの術の発動を許した時点で魔力や防御用の魔導方陣に機能不全を来していた為、反撃の手立てを失ったのである。【獅禍埋葬】の基本的な原理は大陸東部において【要素】を引き込み【神門】を生み出した禁山の中枢と同じであり、ユヒアは特殊な【魔匝窟】の逆回しと考えていた。
『皇帝娘々日記』(こうていにゃんにゃんにっき)
イグニシア・クルシスだと発禁処分となっている青年以外お断りの問題作。インモラルな皇帝の日常を描いた代物で、微妙に名前が違う国の微妙に名前が違う皇帝が、微妙に名前の違う貴族や魔族の男達と浮世を流すという内容である。過激で卑猥な日常を送った皇帝は最後に魔王の伴侶とされてしまう為、発売から三日で発禁処分を喰らった。無論、皇帝の末路はエロ本に相応しく、肉奴隷、性奴隷的な意味合いでの伴侶である為、一部のマニアからは絶賛されている。帝都ではアングラな辺りで即日完売していた為、発禁と言っても再販されていないだけに過ぎず、写本が出回るのを防ぐのが帝都守護職であるヴァルガンノースに与えられた任務だった。公職に就く者が所持していた場合は左遷対象になり、所持している貴族の間では高値で取引されている。この本の内容を応酬した写本から知った極一部の隊員というか仮名【皇帝至上主義者(エトダイスキ)】さんは日夜、この本の原本を探していたが、外国から輸入した場合は税関で没収されてしまう為、頭を悩ませていた。故に外国である藩落において原本を手に入れた際にはご満悦だった様子である。
『瑠織(るおり)』
藩落都市国家エーデリア特産の鼈甲色の織物や衣装。元々がニェハエルに平定された狩猟民族であったエーデリアの民は民族衣装や織物の製造も得意としていた。国父からの信頼は厚く。一時はエーデリアに居城を構えていたニェハエルは大いに【瑠織】を奨励し、地域の特産品として、貿易の要として、自身が愛用する衣装として珍重した。【瑠織】は極めて高度な技術によって折られており、三次元的に編まれた衣装は一種の魔術方陣として機能し、使用者を守る優れた機能性衣料であった。藩落において大きな発言権と権力を有したのは戦時、最も兵達にとって重要な場面で使用される品を作っていたからであり、ニェハエル自身が地域一帯に思い入れがあると公言していたからでもある。現在の【瑠織】の技術は幾らか拡散しており、イグニシア・クルシスの官製品や軍の基礎的な衣装の大本となっている。ただ、その独自の秘奥は未だに守られており、エーデリアを治める王族や将軍の地位を持つ家には秘匿された技術によって製造された真の【瑠織】が街全体から送られる事が慣習となっている。過去、ニェハエルの危難に際しては何度も命を救ったと伝わる伝統の衣装は大陸最高の工芸品とも言われ、その価値は服一着で小さな都市が一年食べていける程であると言う。第二章後半、エーデリアの英雄となったセイリが人々の圧倒的な支持を得て送られた衣装は秘奥の技術を持って織られた物であり、イグニシア・クルシス皇帝であるエトが普段愛用する衣装と性能的にかなり近しい防御力を持っている。
『双四睾丸(オストレア)』
クラウゼン公爵家の地下研究棟において少年に付けられた人造睾丸。本来は使用者の遺伝子を大本にして培養され、使用者の精力と射精量と性欲を極大化させるのに使われる。少年に使われたものはランナが手掛けた品であり、根本的に通常のものとはかなり違う。本来、本人の遺伝子を用いて生み出される【双四睾丸】は牛並みの精力を使用者に約束する魔術的な培養技術の成果であるが、少年の肉体は特定の因子、精子を除いて全て光となって消え失せてしまう為、造るのが容易ではない。同時に精子から遺伝子を取り出して培養するにしても、複製という行為自体が不可能に近い為、魔王の複製が出来ないのと同じく、本来は人造睾丸も造れないはずであった。だが、ランナは過去にフルーが主導していた魔王の複製計画に携わっていた経験があり、その智識を元にして製造を可能としたのである。少年の睾丸に融合される形で運用された【双四睾丸】であるが、少年本人の絶倫さや射精量、勃起の持続時間や萎えないという性質から考えて、殆ど無駄であった可能性が高い。それでも敢えて少年に人造睾丸を融合させたのは少年へのランナからのメッセージであり、暗に見くびるなという警告の意味合いが強かった。ただ、数十人にも及ぶ交配実験を昼夜問わず行っていた為、性欲の減衰を補っていた可能性はある。知的生物の性として、行為は繰り返せば飽きるものである。それが数十人以上の女を相手にし続けて一向に性欲を持て余したまま、交合(まぐわい)続けたというのは少年にしてもかなり珍しい。クラウゼンの技術は魔王にすら届き得ると少年が確信したのもコレが理由の一つである。
『血統性概念魔力(サングィニス・マギシス)』
大陸に存在する中でも特に珍しい概念魔力の一種。概念魔力の中で最も保有者が多い魔力形質でありながら、その強弱となると途端に一強他弱で使い物になるのは大陸でも一握りとなる。これは【血統性概念魔力】の公式が以下の通りだからである。血統の希少価値(レアリティー)×血統の続いた年月(バリュー)=事象(エネルギー)。【絶対稀少価値(レアリティー)】と【相対稀少価値(バリュー)】による公式は最も単純な魔力源であるが、同時に最も安定化・強化するのが難しいものでもある。そもそもが血統の希少性と連続性が魔力として出力される為、一個人から引き出せる魔力量には限界がある。この【血統性概念魔力】の真価は基本的に多人数の母集団から魔力を引き出す事が出来る点であり、都市単位から国単位での運用が本来は好ましい。しかし、集団から魔力を引き出す作業そのものが煩雑である反面、血統におけるバラつきが存在する集団から魔力を引き出す作業コストは引き出せる魔力量に見合わない為、単体個人から多くても数百人単位で運用する事が比較的多い。このような矛盾を孕んでいる為に実質的に大規模な運用が可能な存在は大陸でも十人いないと思われる。しかし、クラウゼンはその規模こそ都市国家単位であるものの、血統の収斂と均一化を都市単位で管理し、尚且つ大規模な魔術儀式として都市の運営が成り立っていた為、あらゆる面で【血統性概念魔力】の魔力形質保有者には有利な場所となっている。しかし、その力を行使出来るのは都市管理者であり、都市そのものを魔術方陣化してきたクラウゼン公爵家のみ。地下研究棟の者達を主軸として連綿と血統改良に勤しんできたランナだからこそ、その魔力規模は並みの神すら超えるものとなったのである。都市が崩壊したとはいえ、未だアーズトリテの民は残っており、世界で最も稀少な血統であるマヲンやクヲンが存在する限り、クラウゼン公爵家の血筋によく発現する【血統性概念魔力】が弱まる事はないだろう。
『射視蛋覧(デヴォーティオ・アスペクトゥム)』
本来はクラウゼンの血統保全と秘匿、管理の為にランナが産み出した裏切り者となった重要血統者を抹消する技術である。視認する事で遺伝情報に付随する形で存在しているクラウゼンが手を加えた部分を操作、干渉して個体の遺伝情報を崩壊させる。この技術によってクラウゼンの血統流出は殆ど無くなった経緯があるものの、そもそもランナの代になってから、裏切り者がまったくと言って構わない程に出ていなかった為、使用機会は殆ど無かった。エルフの胎児達が【基幹異種】の復活の基礎となっている事を見抜いたランナの一撃は【大母】として覚醒した圧力も伴って、殆ど必死必然の一撃となったが、復活を果たした【基幹異種】達には一瞬肉体の崩壊を齎すに過ぎなかった。もし、これが常識的範囲の異種や亜人の類だったなら倒せていたはずである。このような点から【基幹異種】達の肉体に重きを置かない性質はランナにとって厄介であった事が窺い知れる。
『自在世音(テーシュヴァラ)』
無数の手と瞳を背に背負った人を守護せし主神。戦後の大陸において神々が減少した事で各種、神に由来する儀式や能力、技能の薄弱化が神々に力を貸してもらっていた者達を直撃した。力を失った者だけに留まらず、一族で信奉してきた神の消失で存在意義を失ったり、命までも落とした者は多かった。このような神の不在で風前の灯となった者達を救ったのが【自在世音】だった。戦後、他の神々の不在を補う形で人や亜人、異種、様々な神と関わりのあった者達を永らえさせ、同時に信仰を集めた慈愛の神である。人型の知的生物に徳や悟りを説く事で知られ、その千手千眼は大勢を救う為にあるとされている。クラウゼン家が長年捧げ続けてきた生贄の契約によって顕現し、【基幹異種】を取り込み、その御手で穿つ役割を与えられた。【基幹異種】に止めを刺した“絶掌”は単なる武術の秘奥義というだけではなく、【自在世音】が持つ慈愛、救済の能力を秘めていたのである。攻撃から【基幹異種】達が回復しなかった主な理由は知覚不能の一撃であった事と、攻撃そのものが悟り、つまり死を強制的に受け入れさせる、救いの一撃であった事に起因する。本来、もう消え去っているはずの命が不自然な形で甦っていたのであり、再び無に帰すのは世の理そのものである。【自在世音】の御手は相手を強制的に“明らめさせる”ものであり、そもそもが攻撃ではなく安らかな安寧を齎す慈悲の具現であった。故にランナは“恩”の声と共に一撃を放ったのである。
『懲悪者(オフルマズド)』
翼と光輪を複数持ち、名前の通り、悪を懲罰する主神。大戦後も大陸に残る数少ない大神の一柱であり、顕現するのは大陸史上を見ても数回目という非常に稀少な存在でもある。その能力は主に罪を犯した者への罰という形で行われ、神に対する攻撃そのものが罰としての属性を与えられる為、相手からの攻撃という手段では一切傷付かず、干渉も受けない。殆ど反則に近い法則に守られた存在であるが、大戦に他の神々から参加を要請されて断ったという経緯がある。それが何故なのか。他の神々の大半は訝しんだが、現在大陸の人間種に力を貸す神としては最高位に近い階梯である為、大戦の勝敗を始まる前から見越していたとも言われている。【自在世音】と同じくクラウゼン家が発生して以来、無数に捧げ続けてきた生贄の契約によって、ランナへと力を貸した。その能力の性質上、【基幹異種】からの攻撃に対する防御を担当し、事実として全ての攻撃を防ぎ切ったのは大神の面目躍如であろう。惑星を破壊する攻撃だろうと容易に神が倒せる相手ではない事を暗示する事例と言える。
『血河万象図(オムネス・スティルペ)』
知的生命が生まれた後、あらゆる生命が辿ってきた系統樹の全てを網羅した魔術具、またはそれらの情報を内包する魔術式を示す。この【血河万象図】は単体で血統=遺伝情報の保管庫であり、保存した種族の血統情報を数値化する事で失われた血統の再生、再創造までも行う。言わば、神の手にも等しい能力を有している。無論、その能力にも限界はあり、近しい血統や分岐した血統の情報が保管されていなければ、完全な遺伝情報の再生は難しい。しかし、あらゆる亜人や異種、人外や神の源となった【大母】に近しい【基幹異種】の情報を取り込む事によって、【大母】及び、その後に発生した知的存在の殆どを再生出来る能力を獲得した。実は知的生命だけではなく、神々のような高次存在までも生み出す能力を備えている。これは神と人と魔族と異種が実際に交わり、血統として現在の大陸に残っているからである。高次存在である神の情報が一般的な生物の遺伝情報と交わり、子孫を遺せたという事実は逆算して神の情報までも復元が可能であるという事でもある。人類にとって普遍的価値を有する共有財産とも言えるものだが、フルーとの戦いによってランナが打ち倒された為、今後運用するには娘であり、クラウゼンの全情報を有するマヲンの存在が不可欠となった。フルーはランナとの戦いに勝利したものの、その後に少年との戦闘で敗北。クラウゼン崩壊時のどさくさもすぐ遊説に来ていたイグニシア・クルシス皇帝が治めてしまった為、【血河万象図】は共に運用した高格外套と一緒に未だクラウゼンの手中で無事が確認されている。フルー最大の過失とも言えるクラウゼンの崩壊は半ば【基幹異種】のせいであるが、公式には七聖女の襲来によって発生したとクラウゼンやイグニシア・クルシスが発表しており、七教会は反論するも明確な証拠を打ち出せていない。その為、クラウゼン内部へ干渉しようとした七教会の勢力も他の藩落都市国家から非難を浴びて撤退せざるを得ず、【血河万象図】の奪取、及び破壊は不可能となった。再び【真権】を有する【大母】が創生される可能性が残った点でフルーは魔王と共に二重のリスクを背負う事となったのである。この時点でランナは自らの敗北すら一種折込済みであった事が予想される。結果的にクラウゼンは土地こそ破壊し尽されたものの、人的被害は出ず、イグニシアの後押しもあって復興へと向かいつつある。トータルで見た場合、フルーはランナに物理的な勝利は収めたが、政治的な優位は明け渡し、リスクまでも背負わされる事となった為、辛勝と言うのが正しいだろう。【血河万象図】が再び起動された時、それが教会にとって新たな争いの始まりであるのは間違いない。
『真権(パーフェクトゥム・インペリオ)』
ランナ・クラウゼン・アリト・ニェハエルが第二章終盤、黒の円環に入り【基幹異種】を取り込む事で発現に成功させた原初生命たる【大母】の能力。それは知的生命に取って最も旧い血統への恭順法則とも言うべきものである。魔術的な見地から言えば、それは“知的生物が創造した全ての成果物にまで及ぶ広義の優位性そのもの”と捉えられる。その内実が何を指すかと言えば、何かを始めた存在には始めた事に対して優位性が生ずるという極ありふれた答えである。知的生命を“始めた”者が、自らに“続く”知的生命に対して有する絶対的な階層母権性。概念的にも因果的にも魔術的にも家族的にも“祖”である事は強力な覆しようの無い要因(ファクター)であり、その究極の優位性が命令権限として具現化されたものが【真権】である。この命令に逆らう唯一の方法は生命としての在り方を【大母】に近付ける事である。これが叶わない場合、それが大神だろうと、超越者だろうと、ファルティオーナ内部に生じた全ての知的生命に逆らう術はない。権威は子孫が増えれば増える程に上がるという理屈から、現代に存在する知的生命のほぼ全てはこの命令に対して如何なる拒否権も有さない。これに対抗出来る力は恐ろしく限られ、元々が宇宙内部に存在せず、大母と同等の位を有する【外なる神々】の力か、あるいは【大母】とは関係ない惑星外で発生した生命・能力ぐらいであろう。ランナは現在殆どファルティオーナに存在しない大神を二柱も同時に自らへ同化させる事で【基幹異種】を捕らえ、自らへ取り込んだ。これは彼が開発した【万象血河図】によって血統の逆行生成を限界まで行う為であった。能力を発現させる時に使用された高格外套は彼がクラウゼンの伝手で手に入れたものを違法改造した代物である。本来、ランナの計画中枢であった黒の円環を起動させるには数百年から千年近くの時間を要するはずだった。過去フルーに語っているように数百年単位での血統開発を行う気でいたランナにとって、少年の捕獲は僥倖以外の何ものでもなかっただろう。そもそもが【大母】の生成まで生きられないと感じていた彼はクラウゼンの全権をマヲンに託す気でいた。血統開発の工程を大幅に短縮(ショートカット)出来たのは運と彼の弛まぬ努力と偶然が重なった結果である。【基幹異種】への転生実験は本来がマヲンの延命や後にクラウゼンが排出する重要人物の保護を主眼とするものであり、数百年後の【大母】創生まで地道な血統開発を行う時間稼ぎ、そんな意味合いが強かった。それが少年の急な捕獲で変化していったのはある種、必然だっただろう。作中では描写されていないが、ランナは魔王の因子を採集していた。外部に唯一残存する因子とはフェルラスが語っている通り精子である。それを【真権】を発動させる触媒としてランナは用いた。これは現在の魔王である少年が【大母】に最も近い血統であった事に起因する。人生を掛けてランナが用意した生命としての根源的な法則(ルール)そのものである【真権】をフルーが打ち破ったのは殆ど奇跡に近かった。それは彼女が吐血して少年に対し【奇跡】の使用を自ら封印しなければならなかった様子からも窺える。フルーがランナに打克った勝因は大きく二つ。一つは彼女の使用した【奇跡】が万能にも近い超高位の能力であった事と、運用していた【封星質量器】がファルティオーナとは別の惑星の物質・質量を基礎とする武装だったからである。前述したが【真権】は魔術的には“知的生物が創造した全ての成果物にまで及ぶ広義の優位性そのもの”と解釈される。つまり、大母を根源として発生した知的生命が創造してきた全てのものは最終的には【大母】に帰属する為、それが如何なる性質のものであれ、彼女を傷付ける事はない、というデタラメな理屈が能力使用者には働く。しかし、【封星質量器】を創造したのは人間であるものの、使用された鉱物や基礎的な質量の全てが【大母】とは関係ない惑星由来のものであった。これが帰属するものに対しての絶対的な防御力を誇る能力干渉を減衰させた結果として、ランナは完全に【質量武装】の影響力を防げなかったのである。生命とは惑星に由来するものであり、その星そのものも生命という循環の一部である。知的生命だけに留まらず地層を埋める幾千億、幾乂の死骸も残骸も全て一個の命として見なす【真権】の能力は、実は無機物にまでも及ぶ惑星規模のものだった。これを留意した上で考えるなら、常識的範囲で【大母】を退ける事は不可能。これを達成したのは一重にフルーの宇宙にまで進出する技術力と友に対する技術者としての絶大な信頼。そして、星すらも運用してみせる人間の飽くなき業(エゴ)の賜物である。子はいつか母の下から巣立つもの。七聖女が根源たる生命の力を打ち破った事は単なる勝利以上に人間の多様性と自立性を多くの超越者達に知らしめる出来事ともなった。
『心斬(しんざん)』
七聖女ユアン・クオの名乗る流派“閃剣”の奥義の一つ。第二章において少年が黒い天使の第三位を倒す為に使用した。元々はユアンが不死者を打倒する為に編み出した奥義の一つであり、過去共に旅をする最中、少年は彼女に師事する事で会得した。実際のところ、実は剣術というより威圧や相手への心証を操作する術に近い。相手の心に死を限界以上に想起させる手際は一種の心理干渉魔術の一種にも該当するが、それを自らの剣と身体だけを用いて相手に悟らせる事は古今東西、前例が殆ど無い域の技能である。そもそも強者との戦闘において自分が格下の場合、力量差を感じ取れる者は容易に自らの死に様が想定出来る。ただ目の前にいるだけでも相等な心理的な圧力(プレッシャー)を受けるのである。これを格上の者が術の域にまで高めると有る程度の力量差がある相手なら、身体そのものを死に至るまで影響を及ぼす事も可能であった。ただ、そこまでの力量差があるならば、別に身体を動かす方が術に力を掛けるより効率的である。ユアン・クオの考案した【心斬】は力量差が等しいか、自分より格上の存在に対しても死を強要する事が出来る点で普通の武術における前提を覆しているのである。これを少年が天使に対して使用したのは現実的に即行でケリを付ける為であって、もしも国境域に対する天使の影響が無ければ、時間を有る程度掛けて倒す方法を選択していた可能性が高い。この術によって斬られた者は例外なく心を割られ、それが不死者の類であろうとも二度と立ち上がれない程に精神を崩壊させるか、肉体の活動を停止させられて死亡する。
『虹炎女神(アルロラ)』
魔術構成における【意匠】の一つ。本来はその名の通り、女神の名であるが、彼女の力を借り受ける魔術師にとっては炎に属する魔術核の【意匠】である。第二章でイフィミスラが使ったものの、その魔術の中心は政庁内部に形成された為、外側からでは見えなかった。その形は七色の虹の麓で佇むたおやかな乙女というもの。基本的に高度な温度管理を行う炎の魔術に使われる代物で、女神自体は炎神の中でも中位の階梯に位置する。巨大な一区画を焼き滅ぼしたイフィミスラであるが、魔術中核をこの【意匠】にしたのは膨大な魔力の制御に手間取ると考えていた為。比較的扱い易く制御に向いた【虹炎女神】を用いたのは正しい判断だった。発動後の術の制御に険しい顔をしていた事からも、少年との間に交わりを持って以降、彼女の能力が加速度的に増大していた事が窺える。
『永遠動影式(エテルニタス)』
第二章終盤、少年が【基幹異種】達と戦うにあたり投入した時間干渉魔術の一種。符の形で保存され、少年が予め外部環境から抽出して溜め込んでいた魔力や周囲魔力を元手に起動された。時間遅延の術式は超高度なものながらも、大陸の超越者達にとっては割りと基本的(ポピュラー)な防御・攻撃の様式美的な魔術である。しかし、少年が発動したのは単なる時間遅延ではなく、自分の周囲の現実に自分の主観時間を優越させるものであった。この魔術は根本的に異なる思考速度や攻撃速度、魔術編制速度で争う存在に対して、己の時間を強要するという、一種の封印にも近しい効能を発揮する。この術の効果範囲圏内に存在する者達は少年の主観時間以上の速度では何も行えず、あらゆる力、能力、魔術、技術、生態を行使出来ないという極大の枷を嵌められた状態で戦わなければならない。本来が対聖女用の切り札であったが、少年は惜しみなく符を投入した。この魔術の影響下の少年が自らの肉体を動魔術によって光速に近しい速度で運用すると、“肉体は光速で動いているが、主観時間内の少年は自由に動ける”という光速不変の原則を無視するような事象が実現する。魔術一般の概念では光速は超える事が可能であるが、この魔術は光の速度を超えるのではなく、逆に現実を“自分の主観時間に合せる”という傲慢極まりない特性を有している為、時間遅延魔術に似てはいるが、現実改変の魔術に近しい。光速で運動する物体を生物が捉えるのはほぼ不可能であり、知覚そのものは困難を極める。超高レベルの魔術師達にしてもまずは知覚する為の魔術具や魔術を使わなければならない為、一般的人間に極めて近い主観時間を強要されると観測魔術を編むだけで数十年掛かりかねない。故に初見で少年の【永遠動影式】に取り込まれた敵が術を破る事は殆ど不可能に近いと言える。仮にストックしていた魔術や常時発動型のもの、魔術具単体で観測が可能だとしても、人体を光速で回避させる技能、技術が存在しない限り、少年の攻撃は当たってしまう為、それを更に短時間で用意するとなると容易ではない。常に光速の物体を知覚出来て、同時に回避行動にまで移れるような存在は神の中ですら稀である。故に惑星を一匹で破壊する事すら可能な【基幹異種】だが、手も足も出なかったのである。
『因痕(キカトリクス)』
《その2》
因果の断絶そのものを言う。これは事象の上では原因と結果の不全を表すが、自然発生する事は殆どない。森羅万象という言葉において語られるように世界の内部に内在する因果は巡り巡って全てと結び付いており、因果が断絶するとは事象の止揚(へんか)の拒絶だから、その事象の終点である結果に行き着かず、因果(ソレ)自体が無かった事になる。この状態は主に時間相克(タイムパラドックス)に似ており、過去と未来の間に現在が無ければ、そもそも途絶した事象自体が知覚出来ない。あるいは知覚する事象(ソレ)自体が存在しないものとして世界に扱われる。途絶した事象に連続性が保たれないなら、あらゆる事象が途中で破綻する為、知覚そのものがそもそも容易ではないのである。が、これには例外が存在しており、【因痕波】と呼ばれる因果断絶時に発生する事象の揺り返しが、量子的な性質の波として観測する事が可能となる。これは“無かった事”を世界の恒常性が処理する際に“無いものは処理出来ない”為、無かったものとして処理出来るよう“法則の例外”が発生した状態であり、機械で言うところのエラー警告に当たる。魔王の肉体が因痕を発生させるのは世界の恒常性が存在自体を認めない為である事は説明されたが、同時に世界の根源に類する場と同一視される魔王が“無いはずのものが無理やり在ったとされる”通常とは真逆の例外を発生させているからでもある。事象は原因と過程と結果の三要素で成り立つわけだが、魔王は在ったが無いものとして扱われる例外と、無いはずのものが在ったとされる例外、二重の例外で成り立っているのである。これは時間に要約すれば、過去が無い、未来が無いという事であり、現在のみが矛盾の矛先で固定化され成立している事を意味する。第二章において魔王が因果の特異点であるという旨が描写されているが、それは魔王の発する因痕が二つの矛盾の二律背反を負う特殊なものだからであり、あらゆる森羅万象の繋がりへ一方的に矛盾する現在・魔王そのものを指向させるからである。因果はあらゆる事象と繋がっていると前述したが、それが最終的には現在で固定される魔王(行き止まり)にて集約されるのである。これが因果の特異点としての性質と説明される。
『運命糸(リネア・フェイティ)』
因果律を視覚化した場合において、個人の運命とも言うべきもの。生まれた原因、人生という過程、死という結果まで含む究極の人生録である。これをサヤトネは自らの魔眼と【魔刃】を用いて観測し、干渉する事で第二章前半では数百万人の武帝難民を救った。七聖女の一人クラル・リテルも同様の糸をフルーの力を借り視覚化して魔王である少年への因果の収束を修整していた。この糸を見るという行為は現実的に一人では不可能に近い。何故なら、因果律そのものを視覚化するという行為は神の如き高次の領域から下位の領域を見る行為であって、マクロ的な視野が必要とされるからだ。人間に生来備わった知覚能力で見ようとすれば、幾つかの条件を満たす必要がある。知覚の拡大を行う魔眼を複合して持っている事。因果律に干渉する媒体を保有している事。物理的に脳の機能が因果律の観測に耐えられる事。膨大な因果律の視覚化処理に精神が摩滅しない事。これらの要素が在って尚、観測は慎重に慎重を重ねる必要がある。運命の糸は過去から現在、未来へと連続して流れており、その因果律への干渉は簡易の時間旅行や未来観測にも等しい。世界の趨勢を占なうような人間に対して干渉が行われた場合、尋常ではない現実への影響が懸念される。故にクラル・リテルもサヤトネも精密な干渉は行っていない。その指向性や方向性に対して誘導を行うのみに留めている。サヤトネが第二章においてマロウの糸を他の少女達の糸と寄り合わせた場面でも、彼女は七聖女ハティア・ウェスティアリアとの糸の繋がりを断つような事はしなかった。これはマロウという存在をハティアから引き離した場合、ハティアの運命がどのような形で変化するか予測出来ないからである。これは逆にハティア自身にも言える。魔術の極致に立つハティアが運命糸を操れば、確実にマロウを呼び戻す事が出来る。しかし、極致に立つ超越者である七聖女達は己の【運命糸】に関連する人間の因果律への干渉は人類が亡びるような事態が起こらない限り行わない。それは操った場合の危険(リスク)が高過ぎるからであり、一歩間違えば人類が滅ぶと自覚する故である。サヤトネが安全に【運命糸】に干渉しているのは因果律を破断する【魔刃】を保有しているからであり、これは七聖女達にも安々とは出来ない超高度な運命操作能力の行使なのである。
『魔刃(ベネフィシア・グラディオ)』
魔王の騎士であるルヒ・サヤトネが持つ因果律干渉媒体たる愛刀。その大元はサヤトネが過去に使用していた刀である。魔王である少年に救われて後、騎士として生きる事を決めた彼女に魔王として少年が託した一振り。その能力は因果律の破断を可能にするというものであり、魔剣や聖剣と呼ばれる伝説の刀剣すら越える力を持っている。一言で因果律の破断と言っても多くの場合は目に見えない形で能力を行使する事が殆どで、その実体は七教会側にも分かっていない。だが、第一章においてはキリアを賭博で儲けさせたり、悪人との間の因果を断って押し入られるのを防いだりしている。第二章でもマロウに対して加護のような形で能力を使用し、記憶の復活を邪魔している描写も見受けられる。ほぼあらゆる事象に対して干渉を行う万能にも見える力だが、実際には使用者の因果が僅かずつ破断するという欠点がある。この副作用によって【運命糸】の干渉後、サヤトネは極度に己の因果律が他の事象と切り離された状態で衰弱している。だが、この能力無くしては彼女の最大の能力である【運命糸】への干渉はまったく不可能である。何故ならば、因果律の視覚化の際に死亡する可能性、因果律への干渉を損う可能性、因果律干渉時の影響の制御は全て【魔刃】を通して行われている。刃を己に突き立てるという衝撃的(ショッキング)な使い方をしていたが、それは己の肉体と精神を死から保護する為に死という因果律の結果を自らと切り離す作業を行っていたからに他ならない。これは世界との繋がりが極度に薄れる事を意味するが、同時に通常の手段では惑星規模の破壊が降り注ごうと傷一つ付けられないという完全に近い防御能力を有するという事でもある。不自然な因果律の破断は世界の恒常性においては修整の対象であり、余程に強く切り離していない限りは時間経過で修復が行われる。それ故に第二章の前半ではマロウとの旅をサヤトネは続けていたわけである。今後も【魔刃】が使用された場合、サヤトネ自体の存在が因果律の破断で少しずつ希薄化いく事が考えられるが、彼女自身は必要な場合には使用する事を躊躇わない様子である。
『最従者(ディアコノス)』
魔王シンア・ザ・クリティカルアンラッカーが保有する【源型】にして【高格外套】の祖である機構。七教会の本来の姿は七教会の鎧とは違い、本当に外套の形を取っていた。だが、主である少年の要望や状況に適応する形で自己組織化・自己最適化・自己改造を行い続けた果てに今のような人型となった。第一章から七教会に追われる少年が様々な形で少年を助けてきた【紫影の従者】は【最従者】の機構の一部である。そもそもが複数の機体が同時並列で運用されている為、どれが本物でどれが贋物という区別がない。少年が常に身に纏っている黒い外套もハルトゥムを管理する紫髪の少女も元々は同じものである。ただ、区別が無いと言っても機構そのものには役割が割り振られていて、機構中枢に該当する十三機の【紫影の従者】は少年が身に纏う外套を除けば、能力的にも最高の力を誇っている。大戦において機構の手足のように扱われる下部三千機が大破、十三機の中枢機体も損傷、更に復元するには【因痕】の影響を考慮しなければならないという理由で殆どの機能は停止状態に近かった。第一章において復元が許可され、第二章終了時には復元が完了。完全な状態になるも運用する権限の少年から魔王の従者としてのイフィミスラに引き継がれた。復元が完了した事で少年をよく転移で飛ばしていた機構の転移システム【地平機構(システム・ホライゾン)】が完全に稼動する為、如何な七教会も今後【最従者】が管理するハルトゥムや力を運用する個人に対しての干渉は不可能に近くなった。造った当人も含めて七聖女の誰と出会っても完全に破壊出来ないという意味では世界最高の能力を持つ魔術具と言って差し支えないだろう。
『地平機構(システム・ホライゾン)』
【最従者】の機構の一部である転移システム。外套がフルーによって創造され、少年に渡って後。魔王としての戦闘は多くの場合過酷を極めた。その中で【最従者】が自らに追加した最大の機構が【地平機構】である。この機構は様々な領域に魔王を封じる事によって勝利しようとした人々への対抗手段であった。惑星間、もしくは銀河規模での超長距離転移によって、魔王を惑星から放逐する案や別次元、別領域、別宇宙と言った此処ではない何処かに追いやろうとした者達はかなり多かった。そのような状況が発生した場合、少年は自らの魔力を大規模に運用しない限り、帰還は不可能であり、それは同時に自己に掛けた封印の削除までも意味する。第一章でも第二章でも極度に能力や魔力を封印した状態で戦っていた少年からしてみれば、自分が本気を出すという事はその時点で敗北したも同然。因果律の不全で大規模な災厄を招きかねない行為である。このような使用者である少年の危機を未然に防ぐ目的で【最従者】が自己に追加した能力が時空間や複数の領域に干渉する転移の類であるのは必然だった。少年の外套が消滅したり、破壊されたり、脱ぎ捨てられたりしながらも、少年の求めに応じて如何なる状況からでも現われるのは【地平機構】の恩恵でもある。少年が剣を別異相から抜き出す時、転移を要請する時、これが無ければ、【最従者】の並列機構単体では大きな魔力ロスや転移不全が起きる可能性もあり、現実的には【最従者】の最も重要な部分と言って差し支えないだろう。大海洋にハルトゥムを浮かばせていたのも【地平機構】の力であり、完全な復元が完了した為、第二章最終話では大陸ごとの移動が可能になったのである。この機構が完全に機能している限り、ハルトゥムの隠蔽は完全に近く、七聖女ですらも捕捉は困難であり、大陸の如何なる国家・個人も見つけるには天文学的な確率の運が必要となる。
『神骸布(マネット・パンノ)』
第二章において【天門】を抜けようとしていた天使達が着ていた布の【源型】。その名の通り、神の躯を包んだとされる最も新しき【源型】でもある。包まれた神は言うまでも無く天使達の創造主である唯一神であり、これが存在する事自体が実は教会の根本を揺るがす唯一神の死を暗示している。大戦と呼ばれる黄昏の悠久戦争以後、奉じていた唯一神が消滅した事を教会は一般的には秘匿している。それでも唯一神が消滅しているという情報が大きく取り上げられていないのは、教会の唯一神に力を借りて発動する各種の法術や儀式が問題なく今も作動するからである。対象がいなくても力が借りられるという状態を不審に思った教会技術部門は独自の調査を行っていたが、結局原因は特定出来なかった。ただ、幾つかの推測が為されており、有力な説は二つ存在する。一つは唯一神の魔力源が未だに存在している為、【概念性神話魔力】が今も対象である神がいない間も溢れ出す程に信仰を集めているのではないか、というもの。もう一つは神の遺物に残る魔力残滓が膨大過ぎた為に今も本人の代替として機能し、残存魔力を供給しているのではないか、というものである。超高位の魔術師や種族毎の頂点存在、大戦に参加した神々や魔王との直接戦闘に参加した存在は暗黙の了解として唯一神の有無には言及しない旨の誓約を教会と交わしている。故に当時、唯一神の死を認識した存在達にとって天使達が保有する【神骸布】は大陸で最も新しく有名な【源型】として見られているのである。
『天門(ゲート)』
大陸中央諸国アルヴィッツの教会中枢施設に存在する天界と大陸を繋ぐ門。巨大な螺旋階段の形をしており、七教会には神聖なる場所として扱われている。本来、門には九天、九人の天使達が常駐しており、大陸にとっての災厄が感知された時、自動で相手を抹消する為に動き出す手筈となっていた。しかし、【天門】を降る途中、突如として現れたナーリャの姿をした【外なる神々】に遭遇、存在を齧り尽くされ、その機構は機能しなかった。教会にある【天門】は天界と唯一常時繋がっている通路であるが、大門のようなものであって、非常時以外は殆ど使用される事がない。というのも、天使の中でも巨大な能力を有する第二位や第三位、第四位までの者が集団で通る為に設定されたものだからである。下位の天使達が単一、または数人単位で降臨する際は門を使わずに大陸と天界の間にある世界の“境界”を越えてくる為、事実上運用実績は五千年間で百回を超えない。第二章では唯一神無き後、天界に居を移して天使達を統括、君臨しているクラル・リテルのぼやき……主に破壊魔と称されるソィラ・ミクラへの愚痴が語られている。曰く、勝手に世界と世界の隔たりを壊して遊びに来る云々。世界と世界の“境界”を無理やりに破壊する行為は一歩間違うと時空間の完全崩壊を招きかねない為、非常に危険な行為である。それが可能であるというだけでもソィラの奇跡のデタラメさが分かるが、その破壊後の修復やら何やらを行えるクラルも相等な力を有しているのが窺える。高位天使達は存在の強大さから世界間の移動をするだけでソィラと同じような破壊を起こす可能性がある。【天門】は天界の都合で置かれた隧道(トンネル)というより、大陸に住まう知的生物達の安全を考慮して設置された天使達の移動を補佐する一種の安全装置なのである。
『天環(ハイロウ)』
天使の頭上に耀く光の輪。そもそもの話として【天環】が如何なる性質のものであるのか。大陸では一般的に知られていない。天使そのものの能力が高過ぎ、捕獲が困難である事と、教会との関係の悪化を避けたいという最もな要因から研究は殆ど行われていない。しかし、大陸五千年近くの歴史の中では天使の輪がどういうものなのか直接的に調べた事例も存在しており、数百年前の古文書には【天環】が天使の実体を現実に顕現させる上で重要な役割を果たしていると説くものもある。内容としては輪が天使本体である集合体と固体を繋ぐ経路(チャンネル)の媒体であり、集合的存在である事を保障する為の“出入り口”であると記されている。天使に輪があるのではなく、輪によって天使がある、と言い換えてもいいだろう。この為、輪を破壊された天使は存在を維持するのが極端に困難となり、本体との接続を断たれた関係上、あらゆる情報や能力、力を他天使と融通し合う事も出来なくなり、独立した個体として機能する。第二章において黒の棺から遣わされた天使第三位、戦車を引くものは本体が肉体を構成せず、【天環】そのものとして国境域で猛威を振るった。これはつまり知的生命との根本的なコミュニケーションツールである人型を放棄したという事であり、実際の天使の在り方とは異なる。能力のリソースを全て精神侵蝕や輪の強化に使えた為、事実上本来の第三位よりも強かった可能性もある。
『劫竜(エンシェント・ドラグラ)』
【武帝】に存在する四匹の支竜。その役割は主に宇宙樹の守護であるとされる。そもそも人間種よりも余程に旧い竜種の中でも彼の四匹は更に転生する事で長年命脈を保ってきた生き字引である。宇宙樹周辺にいるエルフや人間達が祀り上げているだけで、実際には彼らよりも遥か以前から周辺の守り神として鎮座している。千年単位の交わりの中でエルフ達からは畏れ多い信仰の対象となり、人間からは宇宙樹周辺の守護者として幾つかの誓約を交わしているが、これは人間を守る為というより、竜達が大陸で増えていく様々な知性を警戒した結果である。人間やエルフを使い宇宙樹周辺を固めて、生きた障壁として使っていると見た方が正しい。事実上、死んでも転生する事で無限に生を謳歌する四匹は人間との契約の上で死ぬ事も厭わない。ただ、死亡した場合は自らの力を貸す為に捧げられた誓約の供物分は働いたと考え、定位置へと舞い戻る。再び力を貸す条件は同じ分の生贄を捧げる事である為、おいそれと何度も誓約出来ないという事情もある。第二章では誓約の生贄を捧げられた水竜がアーフルの傀儡となった人間達に仕え、宇宙樹周辺で他の竜との誓約を司る神殿に近付く者を抹殺していた。ただ、風竜は生贄であるアイレンを奪われ誓約が頓挫、火竜も同じくアルハを奪われて頓挫、地竜は誓約後に命令を受けず保留のままとなっている。それもこれも途中でソィラによる【罪過】の破壊とアーフルへの即死級の攻撃があった為である。聖女の襲来でエルフの集落を棄てなければならなくなったアーフルは藩落へと逃走し、アルデーティルは御子であるアーフルに追随する形で使える人間以外はそのまま放置して武帝を後にした。遺された人々の内で見えない化け物に汚染された人々はアルデーティルの命令を忠実に守るだけの木偶人形となり、現在は七教会の庇護下に置かれている。このような混乱の中で地竜の誓約は宙に浮いたままとなったのである。唯一誓約した水竜もソィラの水素原子の完全除去という荒業で肉体を完全に消滅させられ、転生する事となった為、現在の四匹は地竜のみが誓約後の命令を待っている状態となっている。
『漆黒(しっこく)の門(もん)』
第二章において流動する肉で構成された大口の化物を召喚した黒い門。高位の存在である筋肉の化身、少年の言葉においては“惑なる天”が創作したものが、その分身に乗っ取られていた七教会の魔王追討師団連隊長アルガ・レアの手引きで【幽国の士】の教祖アルデーティル・エーリエルに渡った。命を糧として世界の“境界”へと干渉し、化物を呼び出す能力を保有している。七教会への反発から非行に走っていた数百人の若者を生贄として分裂し、その若者達の手によって孕まされたエルフの女達が産み落とした子供を生贄に捧げて稼動していた。大陸全土で氏族としての情報が欠けた詳細不明のエルフ達が奴隷として増え出していて、その影にはアルデーティルの姿がある。これは奴隷という形でエルフ、アーフルの血族を増やしながら、次なる一手を打つ為の布石であり、何か大きな計画を控えているとも取れる言動をしていた。このような状況の中で大陸中の教会施設が門と口の化物に襲われたのである。一応、ハティアと新型高格外套【超克】の活躍によって門と口の化物は掃討されたものの、オリジナルの門とアルデーティルがどうなったかは第二章では描かれていない。今後、再び門とエルフを用いたテロが行われないとも限らない為、七教会は真相の究明へと動き出している。
『非占神使踊(クワム・クワム)』
第二章後半、七聖女の知覚と探査を封殺した大規模な自己発動、自己封鎖型の生贄魔術(サクリファイス・マジック)。術者であるアーフルは第二章前半、【破壊者】による即死級の攻撃を受けて計画を頓挫させている。その後、藩落に潜伏する際に編んだ術が教会の命題の一つを編みこんだものであるのは皮肉だろう。これは教会において論じられた聖なるものの集中、姿形無き天使が領域にどれだけ自らを占めるのか。その問いに対する解釈と回答を用いている。魔術の技法を自己に置くのではなく機構として罠(トラップ)化し、相手に発動させる事で特定の事象に対する知覚と探査を欺く術は例外的に七聖女の五感までも騙し遂せた。この事実は聖女もまた完全ではない事を示唆し、ある程度までは戦い様もあるだろう事実をアーフルに確信させた。結果的に藩落の地下で蠢くアーフルを七聖女本人が見逃した事で、七教会の調査団は藩落においてアーフルを見失った。乗っ取られた藩落の都市国家は消滅扱いとなり廃国。見えない化け物によって滅ぼされたと結論付けられる事となったが、今もその地下でダークエルフの青年は同胞たる子孫の“量産”と力を蓄えながら牙を研いでいる。
『再顕(エフィンゲレ)』
第一章においてはエルフ達が要素を現す技巧。攻撃を概念側から取り出して消えない炎等を出した。第二章ではこの技法を用いてアーフルが己を現実に固定しているようである。そもそも概念の側に一生物に過ぎない個人が置かれる事は不可能の部類だろう。大陸では高位の神々の一部や特殊な種族においてしか成立しないと考えて差し支えない。アーフルの見掛け上の分裂は概念上に固定されている個人を現実に魔力を持って引き出している状態である。故に分裂個体そのものの基礎的な部分に差異はない。これは一種の不死と言える。何故なら、分裂個体の一つ一つが死のうとも、アーフルそのものを魔力と【再顕】の技法で現実に引き出す事が可能だからである。未だ、個体毎の記憶や感情、その他の要素が概念側に更新されるかどうかは未知数であるが、個体が全て消滅しても、誰か協力者がいれば再び復活するという点で神にも匹敵する能力を得たと言える。