第一章九節「有無」
―――ファサルトス皇国連合七教会支部追討師団設営本部アルカスの丘より。
師団の最高責任者の失踪。
マロウ・ブレステンドの敗北という予想外の事態に師団で混乱が起きる、という事は無かった。
それというのも彼が、マロウが敗ける事はよくある事だったというのが大きい。
大陸最強の剣の使い手と言われながら、それでも勝てる戦の方が少ない。
そんな戦いへ駆り出される事が圧倒的であった事が師団に最大戦力の喪失という事態をも想定の内にさせていた。
魔王の従者と相打ちに近い状態になったと考えられたマロウの行方は引き続き捜索されていたが、それでも師団の誰一人として彼が死んだと考える者はいなかった。
そして、連隊長達がそれからどう行動するべきか新しい方針に悩んだのは単純な戦力の低下から魔王への追撃戦が困難になったからという、それだけの話だった。
砲兵を統率するアルガ・レア。
機動歩兵を統率するフェルラス・ディオス。
工作兵を統率するハイネシア・ダール。
三人の連隊長達は円卓を囲んで、今日目覚めたばかりである新たな師団の最高責任者を見つめる。
黄金の髪。
白磁の如き肌。
薄い唇。
手折れそうな手足。
静けさにこそ咲く蕾の乙女。
神域を凌駕する魔導聖女。
ハティア・ウェスティアリア。
夫であるマロウの失踪を機に眠りから起こされた少女はまるで夫を気遣う様子もなく。
聖女にしか着る事を許されない聖衣、白金の刺繍を持つ白き衣を身に纏って、円卓に置かれた紅茶をそっと口にした。
目の前に広げられた巨大な地図には目もくれずに。
「それでハティア様。マロウ師団長の穴はハティア様が埋めるという事でよろしいのですか?」
アルガ・レアは若干緊張した面持ちで少女に訊いた。
「はい。マロウ程には剣も攻勢防御も上手く無い身ですが、よろしくお願いします」
聖女という七教会の最高位に就いていながら、それでもその権威を笠に着る事もない謙虚な姿勢。
少女の絶世とも謳われる笑みと辞儀(じぎ)にアルガが恐縮する。
「い、いえ!!? お、お顔をお上げください!!?」
自分の娘のような歳に見える少女へ慌てて声を掛けたのも当然。
不敬罪というのは教会においてかなりの重罪ではあった。
「いや、聖女様の前じゃ鬼のアルガも形無しだな」
「フェルラス!!! 貴様、聖女様の御前だぞ!? 正気か!!?」
野次られた内容のまま、鬼の形相でアルガが伊達男を睨む。
「おお、怖っ!! オレは基本的に師団長以外に敬語を使う気は無ぇよ。ま、ハティア様とは昔からの知り合いだしな」
「そういえば、お前はハティア様が経営する孤児院の出だったか」
ハイネシアの言葉にフェルラスが頷く。
「ええ、ですから、ハティア様の事なら此処で一番詳しいですよ。オレ」
その三人の様子にクスリと笑みを零したハティアが聖衣の袖で口元を隠した。
「わ、笑われてしまったではないか!? フェルラス!!」
「笑ってるんじゃなくて、楽しげな人達だなぁって仄々してなさるんだよ。ハティア様は」
「フェルラス。貴方はいつもそうでしたね。他の子を気遣うのが上手くて…でも、大丈夫ですよ。私は貴方が心配する程には動揺も悲しみもしていませんから」
フェルラスが内心を見透かされて「適わなねぇや」と呟いた。
「では、皆さん。今日から追討師団は方針転換する事となります」
その一言で三人が顔を引き締める。
今までのやり取りが嘘のように全員が隊を取り仕切る者の顔となった。
「魔王の位置は割れました。逆に従者の位置を完全に見失いましたが、些細な事です。彼女はどうなろうと必ず最後には魔王の前に立つ。真に必要とされる時、彼女は何時如何なる場にも姿を現すでしょう。ですから、此処からは魔王へ仕掛ける機を見る勝負になります」
「ハティア様。一つよろしいですか?」
「何か提案でも?」
ハイネシアが手元にあった資料をそっと全員に配る。
「はい。エルデナンドの失策は聞き及んでいると思いますが、最終的に彼らは魔王の残党へ生贄を捧げるという暴挙で我々に随分と上手い行軍の理由を与えてくれました。それで我々はマロウ様が戻られるのと同時に仕掛けようとしていましたが、マロウ様の不在で機を逸した。此処までが今までの流れです」
「ええ、それで。続けてください」
ハティアに促され、ハイネシアが地図の一点を指差す。
「魔王は現在、街道を進んでいます。偵察隊の話では随分と鈍行なようですが、街道から離れるのは考え難いとの事です。そして、魔王は既に二人の者を同行者としている。その同行者の一人がエルデナンドの姫であるのは間違いありません」
「確か、“大皇”の血を引いているとか」
「はい。まぁ、この地にはそういう者もそれなりにいます。そう重要視する情報でもありませんな。続けますぞ。この街道を進んでいくと基本的に道は二つへ分かれていく。一つは大陸中央への道。一つは東の乂羅へと抜ける道。今までの魔王の行動から推測するに大陸中央へは進まないでしょう。ですが、東に進めば、色々とこちらに有利な場がある。此処と此処です」
スッとハイネシアの皺枯れた指が地図の二点を指差した。
「これは関所と…聞いてはいましたが、無法の緩衝地帯ですか?」
「はい。東に抜ける道は此処を通る以外では険しい山岳地帯のみ。馬車を使っている魔王はたぶん関所の方へは来ないでしょう。すると最終的に彼らが通る場所で最も確率の高いのはこちら。ディシグニアの国境地帯緩衝領域となる。悪名高いので知っているとは思いますが、今まで七教会が手を出してこなかった場所でもあります。今後の近代化(レボリュション)において整理する事は決まっていましたが、それまで此処は“如何なる行動も許容される地域”なのです」
「言いたい事は解りました。ですが、人々を巻き込むのは許容出来ません」
「はい。ですので、幾らかの下準備をしたいと思っています」
「下準備、ですか?」
ハティアが首を傾げる。
「この近辺へ荷を届ける中継地点の全ては前々から七教会が計画していた通り、ほぼ全域に渡って人々の教化が終了しています。此処でそろそろ一斉に荷の検査を行い、違法物と奴隷等の人権を奪われた人々の全てを七教会側で接収、解放する事を進言致します」
「つまり、全ての物流を遮断して人々を追い出そうという事ですか?」
「いえ、物流の遮断は順次行いますが、まずは奴隷とされた者や女子供の解放を優先します。あそこに運び込まれる前にそういった者を抑えれば、それだけで地域の者はこの異変がどういう類のものか気付くでしょう。それから噂を幾つか流すのです」
「噂、ですか?」
「はい。もう既に魔王残党の話は聞こえているでしょう。七教会が動いている事も耳聡い者ならば知っているはず。此処で民間にまでその噂が流布されれば、あの地域の住民は享楽的な者を除けば、ほぼ全て事態を察するようになるかと。魔王があの地域に入った時点で七教会が介入するとなれば、自発的に退去する者は少なからずいるでしょう。其処に我々が人々の救助を名目に入場するのです」
「人々が大人しく我々の指示に従ってくれると?」
「混乱が起きて暴動や略奪その他の犯罪が増加すれば治安維持の名目で犯罪者を根こそぎにします。彼らにしても人間。魔王によって殺されるよりは我々に保護される事を選ぶでしょう。全てを円滑に運ぶ為、ハティア様にはあの地域に入った魔王へ大きな力を使わせて頂きたい。出来れば、人々が分かり易い形で魔王の脅威を認識出来るよう」
人々が自発的に教会へ助けを求めるよう魔王の脅威を煽る。
その先導役をして欲しいと頼まれたハティアは一瞬だけ顔を翳らせてから、ハイネシアの語る、たぶんは最良の案へ素直に同意した。
「分かりました。作戦を聖女の名において承認します。でも、どうかこれだけは忘れないでください。ハイネシア。我々は神の代行者でもなければ、真の統治者でもないという事を」
ハティアの言葉にハイネシアは、昔から聖女を見つめてきた男は、穏やかな視線を向ける。
「貴女はお優しいですなハティア様。本当にあの頃から何一つとして変わっていない……ですが、我々は貴方達と違って、奇跡無き身。全ての矛盾を道理で押し通さなければならない身です。もし、我々が間違った時は……その身の奇跡に頼る事をお許しください」
人ならぬ身で人の上に立つ者。
人として人の上に立つ者。
それを真に理解するならば、二人の間にあるものを、他の二人も明確に感じ取れたのかもしれない。
「では、ハイネシア。後はよろしくお願いします」
「お任せを」
ハティアが穏やかな顔でそのまま天幕の外に出ていくまで他の二人は何も言えなかった。
「なぁ。ハイネシアの爺さん」
「何かな? 坊や」
「あんた確かずっと師団に付いてるって聞いてたが、ハティア様とは昔からの付き合いなのか?」
「さてな。随分と永い時間歩いてきたせいか。忘れたわ」
「嘘言うなよ。ハティア様にあそこまで言わせるなんて驚きだったぞ?」
「……七教会がまだ教会と呼ばれていた頃、兵が騎士とされていた頃、よくあの方はマロウ殿と旅に出ていた。そのお付を決めた日を今でも思う事がある。あの日、あの時をな。お前にも分かるように言うなら、未練というやつだ」
「おいおい。いいのか? こんなとこでそんな暴露して」
アルガですら驚きに目を丸くして、ハイネシアを見る。
「老い先短いと若者を驚かせるのが趣味になるのでな。あれはただの非番を決める勝負だった。コインの表と裏。マロウ殿は迷いなく表を選び、何も言わずこの身は裏を受け入れた。そう、それだけの事なのだよ。この世の不思議というものは……」
「ずっと思ってたんだがよ」
ハイネシアにフェルラスが真顔で呟いた。
「七教会で一番罪深いのは聖女様なのかもな」
今日最大の不敬にされどハイネシアは怒る事もなく。
ただ苦笑して、もう見えない少女の出て行った方角を見つめた。
*
新緑の息吹が感じられる街道沿いの宿場にはそう独特のものが多い。
例えば、宿屋のディティールが北部では一般的な煉瓦造りではなく木造のものであるとか。
戦乱が比較的多かった為に城壁のように宿の周りが石の塀で囲まれているとか。
門一つにしても内部に小さな小川を流して、桟橋を掛けているとか。
他にも複数の宿屋がそれらの大きな守りを維持する負担を互いに補う為、一か所に固まっているとか。
北東部でも比較的目にする宿屋街はそういう場所である事が多い。
峠や坂道を利用して外的の侵入速度を鈍らせ、魔術で周辺から獣が来ないよう配慮し、街道を中心にして左右を占領するように店を構えるところもある。
そういった宿屋の中には旅人に幾つか遊興的な施設を貸すところもあった。
賭場や娼館を隣接する事もある宿屋の中には部屋や道具のみを貸し出したり、売ったりと幅広い商売を展開している大手もある。
そんな宿屋街の一角に馬車を止めて、三人は比較的中規模の宿へ止まる事となっていた。
初めて目にするのだろう小さな城程もありそうな街道沿いの建造物を面白そうに眺めながら、借り受けた部屋の一室でナーリャは笑みを浮かべていた。
上等な部屋には時々備えられている浴室から聞こえてくる声に耳を傾けながら。
自分も混ざりたい気分に駆られながら。
『な、何故、明るい内からなのだ!!? こ、こういうのは普通夜にするものだろう!!?』
『いや、何て言うか蝋燭とか明かりとか。そういうのも結構宿屋って吹っ掛けてきたりするから、出来れば明るい内が…それに夜になるとたぶんまともに教えられる状況じゃなくなると思うし…』
『ど、どういう事なのだ?』
『えっと、此処がそういう事専用の宿屋で壁とか薄―――』
『~~~?!! 分かった!!? 分かったから言うでない!!!』
『分かってくれれば。それに……その……身体を少し詳しく見せて欲しかったから』
『ふぁ!? な、何を言っているのだ!!? こ、ここ、これは、あくまでお、おお、教えてもらうだけなのであって!!! わ、我の身体、み、見たい……のか?』
ちょっとだけ、その声に混じった期待に気付かず。
少年は正直なところを話した。
『え、いや、そういうのじゃなくて。身体の健康状態とか色々知っておいた方が今後その……そういう事を自分でする時にも歯止めが掛けられるだろうし。いきなり旅をしてるせいで身体に負担も掛かってるだろうから、その確認と負担の軽減をちょっと。魔術具とか用意はしてもらったから、後は整体とかを一緒にやろうかなぁって』
その少年の言葉に舞い上がっていた少女は残念な気分やら申し訳ない気分やら複雑に絡まった感情を上手く表現出来ず、ちょっと頬を膨らませた。
『そ、そうか。そ、それは迷惑を掛ける……』
『怒ってる?』
『お、怒ってなどいないぞ!!?』
『そう。じゃあ、もうお湯は張ってあるから。行こうか』
『ん、んむ』
脱衣所で衣擦れの音。
『は、恥ずかしい……のだからな!!』
『ごめん』
『あ、いや。お前が謝る事はない………』
『本当はちゃんと君を見てくれる人に見せるべきものなんだから、君は怒っていい……』
少年の言葉にある申し訳ないという気持ちに更なる複雑なものを感じて。
イフィミスラはもう何も言わず。
恥ずかしさに身を震わせながらも服も下着も取り払った。
『先に湯船に入ってて。こっちは色々道具も持っていくのにちょっと時間掛かりそうだし』
『ん……』
カチャッと音がして脱衣所が開けられ、閉まる。
『えっと、今日の夜にはしてあげるから。それまでは我慢してて』
脱衣所から掛かる声に思わず笑みを堪え切れなくなって。
ナーリャは笑みを浮かべたまま、久しぶりの柔らかい寝台に身を投げ出して、窓の外を見上げた。
「いい天気……」
やがて、再び脱衣所で扉を開く音がして、閉った。
*
ちゃぽん。
そんな音をさせて。
久しぶりに温かな湯に身を浸したイフィミスラは王宮で湯女(ゆな)が大勢いた浴場とは大違いの小さな部屋でほぅっと息を吐いた。
まるで融ける心地。
生贄にされる前日は念入りに身体を洗われていたが、それはあくまで美術品を磨き上げるような作業でイフィミスラの気持ちを解すようすようなものではなかった。
だから、その湯浴みは久しぶりに少女にとっての癒しだった。
身を清める事を少年は多くの時間を割いて少女達にさせてくれていたが、それでもお湯はやはり格別のものだ。
(我はこんなにも大切にされているのだな。この王宮の外で…本来ならば、在り得ぬというのに……)
ちゃぷんとお湯を手で掬って。
自分の顔を映した少女は己が初めて緊張している事に気付いた。
身体はとても穏やかなのに。
顔は何処か何かを期待する顔をして。
(ぅ…こういう顔をティアに見られていたのか。ぅぅ、恥ずかし過ぎるではないか……)
ぱしゃっと湯に顔を浸して何も見なかった事にして。
少女は戸の方を見やる。
今そこに少年がいる。
そして、入ってくる。
そう思うだけでトクトクと殆どふくらみの無い胸が高鳴った。
「イフィミスラ。入るよ」
カチャッと音がして入ってきた少年の姿は上半身が裸だった。
下には見慣れない濡れても良さそうな素材で作られた下履き。
「あ、コレ? 宿屋に頼んで用意してもらったんだけど」
「確か水着というものか?」
「え、うん。コレを知ってるなんて、イフィミスラって結構博学?」
「当たり前だ。我はこれでも教会が出す大百科図鑑を全て読破した博学なのだぞ」
「え……アレを?」
驚いた様子の少年に気を良くして少女が頷く。
「そうだ。一般部門のみならず魔術や法術に関しても一通りの知識はある。ま、まだ扱えぬものは多いが、少しなら超常の力も行使出来る」
「そっか」
笑みを浮かべて頷いた少年はちょっと得意げな少女の沈む浴槽の横にある椅子へ腰掛けた。
「それじゃ、初めていい?」
「ぁ…う、うむ……このまま、その……上がってお前の方を向けばいいのか?」
「最初は背中を見せてくれると。それから前をこっちに」
「あ、ああ、分かった……」
ゆっくりと湯船からイフィミスラが立ち上がる。
流れ落ちていく湯に全身は仄かに照り耀き、火照っていた。
「~~~!!」
恥ずかしさに身を縮めるように震わせて。
胸を両腕で隠すように湯船から足が上がり、外へと一歩が踏み出される。
その姿態の美しさに少年は「ああ」と感心した。
沁みの一つも無い。
いや、瑕疵の一つすら無い。
と言うべきか。
イフィミスラの慎ましやかな細い裸体は見入ってしまう程に芸術的で、否……芸術を遥かに超えて貴いものに見えた。
「綺麗だよ。イフィミスラ」
「!?」
少年の言葉にビクッと震えて。
まだ横と後ろしか見られていないというのに。
既に少女の身体はお湯で熱(ほて)る以上の熱を持ち始めていた。
「湯冷めしない内に始めるから、ね?」
優しい少年の声。
密やかに甘い声。
それはきっと自分がそういう期待をしているからなのだと。
はしたない自分に顔から火が出そうになって。
少女は敷かれた布の上にペタンと腰を下ろした。
(きっと丸見えになって……っ……わ、われのここ……)
「それじゃ、少し背中触るけど、驚かないで」
無理な事を言うな。
そう返しそうになったイフィミスラの背中にひやりと少年の手が触れる。
(ふぁ!? ひやっとするぅ?!)
背中に少年の手が付いていると思うだけで少女にはもう余裕なんて欠片もなくなってしまった。
「背骨はいい。内臓も。心臓も。うん。腕や足も疲れてるけど。問題ない。少し休めば。肺も元気だし。胃も……」
少年が触っただけでどうして自分の身体の内部が解るのか。
イフィミスラには分からない。
しかし、それが嘘偽りない事は少女自身が一番強く感じていた。
(魔王、か。強大な力を持ち、因果を歪めるもの。不幸の運び手。だが、本当にそうなのか? 我を、こんなに優しく触ってくれるお前は……)
本当は沢山聞きたい事があった。
けれど、怖くて。
少年の笑みが消えてしまうのが怖くて。
少女は何も聞けていない。
時折、とても普通の人間には分からない事を言う少年。
知識だけではどうにもならない情報を平然として語る少年。
それは少なくとも少女には驚きではあるけれど。
それでも魔王とか。
そういう者には見えない。
「うん。身体は全部問題ない。けど、一応前も見せてくれる?」
「ん……」
コクンと半ば自分でも思っていなかったくらい素直に頷いて。
イフィミスラは立ち上がり、少年を前にして振り向いた。
「――――――」
少年は言葉を失う。
キラキラと霧のように舞い上がる湯気。
浴室に届く天井の窓から降り注ぐ光。
女神の肖像より美しい幼くも神々しい裸体は湯と羞恥に火照って。
瑞々しい肌を伝う汗が、湯の筋が、肌を飾っていく。
細い手足、首筋、華奢という言葉でしか表せない脆さは庇護欲を掻き立て、誰が少女を前にしようと守りたいと思わせるに違いなかった。
「~~~」
身を震わせながらも胸を隠していた両手が退けられる。
そして、少女の全てが露わになった。
本当に小さな華の蕾のように愛らしいふくらみ。
その頂点は仄かに桃色をして。
すっと通っていく胎の筋から下には女の証である線が一つ。
ぴったりと閉じていて。
それを見る全ての雄に征服欲を抱かせる。
湯から上がったばかりの神聖な場所からはポタポタと雫が滴っていた。
「テ、ティア……ど、どう、なのだ? われは……」
少年に顔を向けられず。
羞恥に声すら震わせて。
そう訊いてくる慈しむべき少女へ。
少年は何も言わず。
そっと立ち上がって、胸に抱き締めた。
「ぁ……ティア?」
ふるふると長い睫が水滴か涙か。
どちらにしろ少年を困らせて余りあるものに濡れて。
少女は少年を見上げた。
「異常とかは無いから心配しないで。それと見せてくれてありがとう。イフィミスラ」
耳元で少女にしっかりと感謝を伝える声。
たったそれだけで少女の中にある色々なものが解けて消えた。
「ん、感謝するのだぞ……」
少しだけ自分を取り戻した少女が僅かに笑みを取り戻す。
「それじゃ、此処に仰向けに寝て」
用意された浴室用の枕か。
魔術によって水を固めたらしきソレへそっと少女の頭が横たられる。
「最初は冷たかったり、圧迫感を感じるかもしれないけど。全身を解していくと気持ち良くなってくるはずだから、少し我慢して」
もう言葉は要らなかった。
全てを信頼して。
少女は頷いた。
「じゃあ、いくよ」
横に置かれた細い瓶から液体が取り出されて、少女の腹の上に全て垂らされた。
ピクリと身体が反応する。
構わず。
少年の手が何も身に着けていない少女の身体の上へ液体を塗り込め始める。
緩やかに密やかに。
サラサラとした液体はしっとりと水を弾く少女の肌に沁みていった。
腹から腰、腿、脹脛、足の指の先まで伸ばし、今度は上半身を緩やかに手が滑っていく。
脇も腕も指の先も鎖骨も顎も頬まで全て。
「ティ…ア?」
「何?」
「ぁ……触らぬ、のか?」
少女の秘部とふくらみだけを遠ざけて滑った指だけで、少女はもう既に股間を濡らしていた。
ぷっくりとその証である雫がすじの上に盛り上がり、伝っていたし、ふくらみは頂点を少し硬くさせて、今か今かと少年の指を、手を待ち侘びている。
それを見つめながら、少年はそっと少女の頭を撫でた。
「魔力を帯びて、この軟膏は身体を芯から解していく。でも、少し効能が強くなると媚薬みたいに身体に負荷が掛かる事もあるから。ちょっと馴染むまで待ってて。それとこれを」
横から取り出されたのは半分になった小さな腕輪や足環だった。
白く硬いもので出来たソレはまるで誂えたように少女の首筋や手首、足首にピッタリの代物。
そっとそれが少女の手足にカチリと嵌められていく。
「これ……は?」
「女の子を身体の反応を制御するもの。これで訓練したら、えっと……ああいう事も我慢出来るようになる代物って言えば分かる?」
「そう、なのか?」
「そう。だから、これを付けてこれから触るから……少しずつ慣れるように頑張ろう?」
自分が思っていた以上に少年がよく考えてくれているのだと理解して。
そういう事を望む気持ちは持ちつつも、イフィミスラは胸の奥が温かくなるのを感じた。
「はしたないと思わないでくれ……こんなになったの、は、はじめてで……だから……」
「女の子は少しはしたないくらいの方が可愛いと思うよ?」
そう返されて何も言えなくなった少女の頬をそっと手の甲で撫でて、少年は始めるからと呟いた。
そうして。
最初に。
母性の象徴に指が触れた。
「ひぅん!?」
甘い鳴き声。
それだけで女を知らない男なら、いきり勃つだろう。
「気持ちいいなら声は我慢しないで。それが訓練。我慢しないで素直に気持ちいいって認めて感じちゃうように」
「そぅ、なのか?」
「うん」
少年が再び触れる。
また少女の鳴き声が浴室に響く。
今まで躊躇いがちだった声が少年の指がふくらみの上を滑る度に甘く甘く、大胆になっていく。
「ひぅん!? ティァァ♡ わ、われぇぇ♡ も、もぉ……ゃらぁ♡ もぉ、ここさわってぇぇ♡」
ずっと、頂点を避けてきた指。
それが自分のそこに触れるのを想像して、イフィミスラは“はしたない己”を我慢出来なくなる。
「うん」
穏やかに少女の乳房の頂点が指で突かれた瞬間。
「んッッ?!!! んぁああああああああ♡♡♡」
ビクビクと甘過ぎる絶頂を迎えた身体が戦慄(わなな)いた。
「まだ、ゆっくり捏ねてあげるから、ね?」
「んぅ♡ ひゅぅん!? ティアァ♡♡」
おねだりを覚えた少女は自分の手で少年の手を触って、自分の乳首へと誘う。
震える手に導かれながら、少年はコリコリと優しくそのしこりを捏ねた。
「ひぃぁああああん♡♡♡」
もう恥ずかしさよりも悦楽に悶える事を選んだイフィミスラは自分がどうなっているのか把握していなかった。
快楽に素直になる事。
そう少年から言われて。
そうしてもいいのだと悦びに震えて。
既に自分の股間から流れるものが下の布に蜜溜りとなっているのも自覚せず。
「ティアァ♡ わりぇぇ♡ いけない子にぃぃ♡♡ なっへぇぇ♡♡♡」
「両方気持ちいい?」
「♡」
ただ声にならない甘い喘ぎで少女が肯定する。
「それじゃあ、下もする?」
そう聞きながらも、少年は既に手をその場所の上に持ってきていた。
コクンと少女の期待する笑みが頷いた瞬間。
クプンと少年の人差し指が少女の割れ目に関節一つ分埋まった。
「んきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん♡♡♡」
啼いて。
女の悦びに意識をドロドロに融かされて。
それから更に少年がゆっくりともどかしいくらいに、少しだけ中をなぞった。
それだけで四度。
初めて想い人に触れられたすじから齎される快楽に少女は達した。
筆舌に尽くし難い灼熱。
ガクガクと少女の背筋は跳ねて。
もはや訓練しているという事実も少女には遠い彼方の星々と同等にどうでもよくなってしまう。
「イフィミスラ。これだけでこんなに素直になっちゃうなんて、本当にはしたなくて……可愛いよ……」
少年が少女の肌へと顔を近付けて。
ご褒美のように少女の乳房へと下を伸ばし、そっと口に含んだ。
「?!!」
少女は達する。
今まで少年にされた全ての行為。
それを上回る悦楽に背筋を焼かれて。
背骨も腰骨も神経が焼付いたかという衝撃を受けて。
胎の奥。
子を孕む為の場所が燃え上がって、内側から焼く。
「ティアァァァァ♡♡♡」
圧倒的な欲求。
少年の、ティアの、自分を大切にしてくれる人の、優しくしてくれる人の、その男の象徴。
本能が求めるものを無意識に少女は指の先で触れようと。
「だめ……訓練はまだ続いてるんだから、ね? イフィミスラ」
また少女の胸へ少年が口付けた。
まるで乳飲み子がそうするようにちゅうちゅうと。
男でなければしないだろう舌の愛撫でコリコリと。
吸った。
「ティアァ♡ ティアァ♡ ティアァ♡ ティアァァァァ♡♡♡」
慣れてきた快楽に身を焦がして。
早く少年のソレを、腰のソレを欲しいと、もうただの牝として望みながらも、そうする事を許されず、少女は幾度となく果てた。
もはやそこにいるのは少女でも女神でもなくて。
ただ、悦楽をねだる淫靡な姿態を曝した幼い獣だった。
姿態を蹂躙する灼熱は少女に自分が人間であるという事すら忘れさせた。
少年の名前を呼びながら、ずっと達し続けながら、鼻を鳴らして、雄の匂いに発情した獣はやがて、意識を絶頂の中で溶かして。
クッタリと力を失って手折れる。
「可愛かったよ……」
少年は少女の頬に軽くキスをして、零れ落ちた唾液を拭い、淫猥な蜜の匂いに溢れる浴室で少女を抱きながら、そっと湯に浸かった。
目を覚ました少女が最初に見たのは自分が乱れた跡。
グチャグチャの布と蜜溜まり。
そして、自分を優しく抱いて目を閉じた少年の横顔。
快楽が引いていく身体の奥には決して消えない埋み火のような獣欲と日の光を感じさせる温かな心地だけが残って、少女にもまた瞳を閉じさせた。
「てぃ…ぁ……」
その呟きが少女の胎の奥に熱を帯びさせて。
少年を少しだけ困らせる。
あまり懐かれてしまっては、別れが辛くなってしまうのにと。
「……ごしゅじんさまぁ」
そんな二人の濃密なやり取りを脱衣所で聞いていたナーリャが夜、少年の指を激しく求めたのは言うまでもない事だった。