---相沢小霧---
夏休みになり、小淵沢を訪れた。久しぶりの兄さん…元気になったって聞いている。
「牧場はどうですか?」
迎えに来てくれた深雪さんに訊いた。小淵沢の兄さんの土地には、牧場や畑があり、自給自足の生活を目指していた。
「まだまだかな。牧草は生えたけど、冬場の分まで生産が出来ないんですよ。もっと耕作地を広げないとダメですね」
って。
「あぁ、今回は絵のモデルさんも、呼んでいるそうですよ」
って、深雪さん。兄さんが、旅先で知り合った学生さんだそうだ。歳は私より1つ上らしい。
「この子です」
深雪さんが、画集の該当ページを開いた。私よりも胸が大きい…だけど形は悪くない。これが兄さんの好みか。う~ん…
「小霧ちゃん、悩んでも、胸は大きくなりませんよ」
って、深雪さんが苦笑いしている。そうだけど…
「見た目じゃなくて、中身が問題なんじゃないかな~」
って、深雪さん。そうですね。このモデルの子とは、未だやっていないって、美和子さんが言っていたし。
「でも、体内なんか、鍛えられないですよね?」
産まれ持った物である。それを弄ることは、兄さんは許さないと思う。だけど…
『小霧は小霧だから良いんだよ』
って、兄さんの有り難い言葉が、脳裏に浮かんだ。改造した私は、私で無くなる。そんなことを言いたいのだろう。
---七瀬美雪---
朝霧先生のモデルとして、夏休み期間、避暑地での合宿に招待された。一ちゃんによる横流し騒動で、迷惑を掛けてしまったので、二つ返事で、参加するとお伝えした。
車で美和子さんが迎えに来てくれた。着替えを詰めたカバンなどを車に載せて、合宿所へと車が走り出した。そうそう、美和子さんは先生の姉ではなく、秘書らしい。
「小淵沢ベースっていうのが、合宿所の名前なんですか?」
「合宿所では無いわよ。私達のお城かな」
お城?
「見た目はお城では無いわよ。でも、夢を叶える為のお城みたいな場所なの」
「美和子さんの夢って?」
「私は単純よ。大切な人の傍で暮らすこと」
朝霧先生のことかな。
「朝霧先生も、そこに住まわれているのですか?」
「大先生は、大先生の家よ。麓に母屋があるの。そこに住んでいるわ」
麓?お城は山の上かな?
◇
小淵沢の都市部を抜け、山の方へ…
「街中から遠いんですね」
「うん?もう隣家の敷地だけど…」
車窓からは山しか見えない。
「この山から、私達の敷地よ」
えっ!なんかスケールがデカく無いですか?山が境界って…
「あの橋を渡った先よ」
橋を渡ると門があった。表札には『相沢』と掲げられている。美和子さんが何かのスイッチを押すと門が開き、なだらかな山道が開けた。
「あそこに見えるのが、母屋よ。まず、ベースに行って、荷物を降ろそうね」
少し昇ったところに、日本家屋があった。ここに朝霧先生が住んでいるのか…山道を登っていくと、突き当たりにマンションのような建物があった。
「ここがそう。小淵沢ベースにようこそ」
◇
建物の内部は、1階の正面にデカい暖炉があり、奥には食堂と厨房で、2階から上が、各人の部屋だそうだ。
「あなたは4階の部屋になるわ」
フロントで部屋の鍵を貰い、部屋に案内していもらう。窓から見える景色は、最高である。部屋には机と本棚、後、ベッドとクローゼットが備え付けられていた。
「まぁ、何もない場所だから。スマホは使えるからね」
確かに電波強度は強いようだ。
「美和子さんの部屋はどこですか?」
「2階だけど、来る?」
「はい」
美和子さんの部屋を見るが、私の部屋とあまり変わらない。
「変わらないでしょ?あぁ、ここでの唯一の娯楽は読書だからね。地下に図書室があるから。今、案内するわ」
地下の図書室…スゴい…朝霧沙樹先生の全集がある。画集も総て揃っている。他にも、ここで創作活動をされている作家さんの書籍や画集もあるし、本になっていない没原稿やデッサン帳まで収納されていた。
そうか…これが夢のお城の正体なんだ。ファン垂涎のお宝の宝庫だった。
---相沢小霧---
漸く小淵沢ベースに着いた。車での長旅は堪えるなぁ…運転をしてくれた深雪さんは母屋へ向かった。
フロントで、部屋の鍵を貰う。
「今、着いたのかな?」
美和子さんに訊かれて、頷く私。美和子さんの背中に隠れるように、知らない女性がいた。
「紗霧ちゃん、彼女がモデルの七瀬美雪さんです」
「七瀬です、よろしくお願いします」
「相沢小霧です」
軽く頭を下げて、名乗った私。
「小霧ちゃんは、大先生の妹さんなんですよ」
って、私の説明をする美和子さん。
---司波深雪---
母屋に戻ると、祐介君が仕事をしていた。高遠さんが来てからは、彼に留守番と言う名のガードを頼むことが多くなった。
「彼を護ることが、私の役目です。遠慮無く言ってくださいね」
って、言われている。まぁ、美和子さんと蘭さんもいるので、安心ではある。それに、高遠さんが来て下さってから、悪魔のようなアイツはなりを潜めていた。
「祐介君、ただいま」
「おかえり、深雪。長距離運転させてごめんね」
「いいんです。これが私達の仕事です。祐介君は、書くことに集中してくださいね」
「うん」
蘭さんと私で、校正作業を始めた。だいぶ溜まっているなぁ。
「深雪…ちょっといい?」
「はい」
祐介君とお風呂場へ…全裸になり、二人で湯船に浸かった。だけど安心したのか、直ぐに私の胸に身体を預けるように眠ってしまった祐介君。のぼせる前に、蘭さんにヘルプを出さないと危険かな?
---金田一一----
美雪が合宿へ行ったという。久しぶりに帰って来たと言うのに…美雪の母親も、美雪がどこへ行ったか、定かでは無いそうだ。なのでメールを送った。
『どこにいるんだ?』
『バイトだよ♪』
『何のバイトだ?』
『朝霧先生のモデル♪』
また、ヌードモデルなのか…
『あぁ、そうそう…婚約、おめでとう』
って…紅葉のことがバレている。どこからだ?自分の家に帰ると、その紅葉がいた。
「おかえりなさい、あなた♪」
って…
---七瀬美雪---
まったく一ちゃんと来たら…旅先で一目惚れしての婚約だと、一ちゃんのお母さんに自慢された。訊けば、相手は、関西ではトップクラスのお金持ちのご令嬢だと言う。どうせ、私は庶民の娘ですよ!まったく、もぉ~!
「どうしたの?彼氏?」
美和子さんに訊かれた。
「違いますよ。婚約したって自慢をするヤツです」
「そう…今夜は何かな?シシ鍋とクマ鍋だと、どちらが好き?」
お肉類は、自前で狩ってくるそうだ。他にもシカや兎、野生化した鶏が山に生息しているそうだ。
「両方、食べた事が無いです」
「では、クセのないシシ鍋をリクエストしてきますね。あぁ、そうだ。地下3階に温泉がありますよ」
って、美和子さん。地下3階?そんな深くに…
「待望の温泉ですか。これで母屋へ行かないでもいいんですね」
って小霧さん。訊けば、今までは母屋にしか、温泉は無かったそうだ。だけど、地下へ施設を増設していたら、地下3階で温泉が出たそうだ。
◇
夕食…食堂に囲炉裏があり、そこでみんなで鍋を突っつく。朝霧先生の姿は、ここには無い。母屋で食事をされているそうだ。
「おいしいです」
初めてのシシ鍋…美味しかった。
「肉の熟成庫があって、熟成させているんです」
料理長が小鉢に、シシ鍋をサーブしてくれた。
「このハムも美味しい」
「それはシカのハムです」
「猿なんかも狩るんけど、それは犬達のエサだよ。犬達に猿はエサだって覚えてもらう為にさ」
って、美和子さん。牧場の小動物や、畑を荒らされるのを防止する為に、犬を放し飼いにしているらしい。後、ここの住民はほぼ全員狩猟免許を持っているそうだ。
「無いと不便だからね。普段から狩らないと、クマとかが出やすくなるんだよ」
って、このベースの管制室で働いている人が説明をしてくれた。クマなどの害獣と、不法侵入者などの監視用クローンの制御などをしているそうだ。
「まぁ、気にいったら、ここで一緒に暮らすのも手だよ」
って、美和子さん。都会には無い物が沢山ありそうだけど、都会になれている私では、都会から離れることが出来るかが心配である。
「まぁ、都会から離れられないかも知れないけど、ここに慣れると健康になれるよ」
◇
食後は、図書室で読書である。私の目の前で画集を開いて、唸っている小霧さん。開いているページは、私のヌード画では無いですか。本物と見比べているようだ。恥ずかしいなぁ。
「なるほど…」
「何がなるほどなんですか?」
「私は絵のモデルにされたことが無いんだよ。違いを見ていたんだけど、この絵のような表情をしたことが無いかなって」
私も無いんだけど…表情は先生の妄想だけど…でも、確かにそういう表情をするかも知れない。モデルの仕事…なんかドキドキしてきたなぁ…
---工藤優作---
ホテルの部屋に戻って、朝霧沙樹について調べるが、こんなに正体が不明な者も珍しい。正体に関して、徹底的にガードしているようだ。目暮警部やアメリカの友人の伝を使ってもわからないとは…
新一の話では、朝霧がアレコレ仕掛けているのだと言う。一介の小説家に、そんな事が出来るのだろうか?今回の出来事は大掛かり過ぎる。
あの島に新一達がいると言う情報は、公安からもたらされた。あの島はレンタルのようで、前金で10ヶ月分貰っていたそうだ。結構大掛かりな仕掛けも有り、予算も膨大だっただろうと思われる。
使われた媚薬は、随分前に製造が終わった裏の世界で販売品であった。原液だと強力過ぎるので、薄めて使う代物らしい。本来は無臭だったのだが、危険なので、甘い香りを付けたらしい。
どこかの組織の者かもしれないな、朝霧沙樹は…一般人では入手は難しい上、管理も難しいらしいし。
次に、あの病院のことも調べた。四葉記念病院…前身は陸軍の衛生兵を育てる学校だったようだ。その関係で、現在もこの国の軍隊、政府と繋がりがあるようだ。院長は四葉家当主の四葉真夜で、傘下にはFLTという軍需産業会社などがあり、この国の対外勢力へ圧力さら掛けられる火力があるらしい。
四葉家が朝霧の後盾なのか?土地登記を見ると、四葉家の隣家が相沢家という、新一達が不法侵入などをした家のようだし。う~ん…
◇
出版社からの依頼で、夏休み特別企画ってことで、夢の対談企画だそうだ。お互いに誰と対談するのかを知らないらしく、相手のことは何も知らされていない。
対談場所は、ここだった。小淵沢に滞在する為に、泊まっているホテルのスィートルームだそうだ。妻を一人、部屋に残して、俺一人で対談場所へと向かった。部屋に入ると、出版社の編集長と、見た事の無い青年がいた。
「工藤先生、お忙しいのに申し訳ありません。彼が噂の朝霧沙樹先生ですよ」
何?息子を追い込んだ奴だと。のうのうと俺の前にいるのか…
「よろしくお願いします、工藤先生♪」
「あぁ、よろしく」
警戒してしまう俺。単なる対談なのだが…見た目は冴えない青年である。あんな狂気の沙汰を起こすとは思えない。本物か?
「朝霧先生は、ゴーストはいるんですか?」
「うん?いませんが…何故、そう思われたのですか?少し心外です」
「いえ…見た目が、あのような作品を書く作家さんと思えなかったからです」
朝霧作品は総て読んでいる。作品自体は問題は無いのだが、彼の描く挿絵からは狂気を感じていた。特にエルフシリーズのエルフの生首のシーンなどは、尋常では無い。引きちぎられた皮膚感、垂れ下がる血管や神経…リアルな描写すぎる。実際に、やったのでは無いかと疑ってしまう。
「そうですか…そう言えば、奥様は女優さんですよね。どんな役でも、こなせるのですか?」
「例えば?」
「実の息子さんとの情事シーンとか。その場合の心情なんかが、興味があります」
まさか、コイツが仕掛けたのか…そのせいで、有希子は…
「どうされました?そんな、実際に息子さんとしろとは、言ってませんよ。まいったなぁ。そんなに怒りを露わにしなくても、良いじゃないですか?」
うっ、無表情で過ごすはずが…コイツ…
「工藤先生は、もっとクールな人かと思っていましたが、激情タイプなんですね」
俺を挑発するような笑みを浮かべる朝霧沙樹。
「そんなことは無いです。ただ、妻のことを弄るから」
「奥様を愛しているのですね」
「君は愛する女性がいるのかね?」
俺のなにげ無い言葉で、表情が一変した朝霧。何か地雷を踏んだのか?
「それは、問題発言ですよ!私は、性別、年齢を不詳にしているんです。営業妨害ですか…」
いきなり激高した彼は立ち上がり、部屋を出て行こうとするが、出版社の者達が宥めている。
「そうやって、若い芽を摘むんですね…それでは、ごきげんよう」
彼は出版社の者達を振り切り、部屋を出て行ってしまった。激高タイプなのか。
◇
対談が中止になり、有希子の待つ部屋に戻ると、有希子が朝霧と情事をしていた。激高したのは演技だったのか?コイツ…
「貴様!何をしているんだ!」
朝霧の首を絞め、窓際に追い込んだ。抵抗する朝霧…
「どうやって、部屋に入ったんだ?」
ガチャ!
部屋のドアが開いた。朝霧の仲間達か?
「抵抗しないで、手を上にあげろ!」
銃を手にしている奴ら…分が悪い。俺はゆっくりと手を離し、手を上に上げた。何人かの者が俺に群がり、後ろ手にして手錠を掛けた。
「大丈夫ですか?」
「えぇ…いきなり、彼が首を絞めてきて…」
事情を訊いている女性。それに答える女性…何!有希子だと…
「傷害…いや、殺人未遂かな。あなたを現行犯で逮捕します」
コイツら、刑事か…
---高遠遼一---
彼のシナリオはスゴい。演じがいがある。確かに、殺したら終わりでは、つまらないな。『ナイトメアは終わらない』とでも、作品名を付けたいくらいだ。ふふふ♪
対談中に出された飲み物に、幻覚剤を混ぜていた。私はまだ、主様のような暗示術を会得出来ていないからだ。奥様狙いと思わせて、部屋で奥様がやられている幻影が、見えたのだろう。
彼はホテルの外から、知り合いの刑事に、首を絞められていると通報した。たまたま、見上げたら目に入ったって設定だ。こうも上手く演じてくれるとは…工藤優作…名演技だったよ。
主様は、次に誰へ悪夢を見せるのか、楽しみである。
---工藤優作---
有希子の首を絞めたことで、逮捕された。朝霧に嵌められたと説明したのだが、その朝霧が通報したそうだ。アリバイも確かだそうだ。出版社の者と、ホテルの外で、見上げたら、俺が有希子の首を絞めているのが見えたそうだ。そして、直ぐに通報…出来すぎている。
くそっ!
取り調べ…対談の時に、激情タイプというイメージが、出版社の者に抱かれたらしく、それが警察に伝わったようだ。
「ふ~ん、奥様と息子さんが情事をねぇ。それを、大先生に看破されて、奥様に怒りをぶつけたのですか?」
あのビデオが警察に届けられたらしい。くそっ!朝霧めぇ~!
「息子さんは高校生ですよね?青少年条例違反ですよ、あなたの奥様は…海外在住で、この国の法律を知らないってことですか?」
有希子も罪人にするのか…朝霧…
「警視庁が、あなたを引き取るそうですよ、工藤先生」
俺は、警視庁へ護送された…
次回、死者が出ます…