---工藤優作---
有希子の消息が、まるで分からない。朝霧沙樹を思い浮かべる。アイツが何かをしたのか?証拠、動機が無いので、警察は手を出せないようだ。
米国の知人に相談をすると、FBIの日本支局に所属しているジョディという捜査官を紹介された。
「ジョディ・スターリングです。よろしくお願いします」
「工藤優作です。こちらこそ、よろしくお願いします」
彼女とは小淵沢近くの温泉街で落ち会った。どこで、監視されているのか、わからないので、少し距離を置いたのだ。
宿帳には「夫婦」として記載をして、部屋で捜査会議を始めた。
「さっそくだが、何か分かりましたか?」
彼女には朝霧沙樹と、その背後関係を調べて貰った。捜査権の無い私では、調べられないからだ。
「申し訳ありません。FBIの捜査能力を以ても、朝霧沙樹に関して、分かりませんでした。しかし、背後関係は少しだけですが、判明はしました」
それは多少ではあるが進展である。警察でも分からなかったからだ。
「小淵沢の大地主である四葉家がバックにいて、警察庁に影響力を持つ七草家が、脇を固めているようです」
四葉家は、この国の暗部を取り仕切っている家系であり、七草家は公安に顔が効くと聞いたことがある。
「朝霧沙樹はどんな人物なのかは?」
「分からないです。ガードが固いというより、誰かのセカンドネームの可能性があります」
「そうか!ペンネームであり、本名は別にあるのか…」
そうなると本名が問題だな。
---ジョディ・スターリング---
食事の後、温泉に浸かり、部屋に戻り、布団の中に入り込んだ。優作は、本名を調べると言って、隣の部屋でネットを使い、関係者に訊いて回っている。
ウツラウツラしていた私。そんな私を襲う何か…いきなり金縛り状態になった。襖の隙間からは、隣室の灯りが漏れて見える。声を出せば助けて貰える距離であるのだが、声が出ない。
布団を捲られ、浴衣の帯が解かれていく。そして、下着を脱がされて…薄明かりで見える人影…誰?優作…助けて…人影がスポイトを取りだし、私の股間に液体を垂らしていく。
うっ!腰が動く…勝手に…ソレ系の薬物のようだ。脚の付け根に冷たい触感。何かの電極か?低周波が股間へ襲い掛かってきた。手首に冷たい金属を感じる。手錠をはめられたのか?口にも拘束具を嵌められていく。舌だけ引っ張り出されるタイプである。
隣の部屋からは、優作の独り言が聞こえる。助けて…
膣の中に冷たい触感…体内で低周波攻撃か?あ!予想通りの拷問である。体液が布団を濡らしていく。クセになりそうな快感が全身を貫いていく。
優作…気づいて…
---工藤優作---
徹夜仕事になってしまった。そろそろ、ジュディを起こすか。隣の部屋へ入ると…
布団の上で意識が飛んでいる彼女がいた。舌はだらんと口から垂れている。下腹部はビショビショであり、全裸で布団の上に置かれていた。身体中が傷だらけで、うっすら血が滲んでいた。口からは泡を吹き、鼻と耳からは出血、目は白目である。危険な状態である。
「ジョディ!」
脈と呼吸を確認した。微弱な脈拍…ショック状態だ。何が起きたんだ?何も物音がしなかったぞ。状況的に私が疑われそうである。ジョディをスーツケースに詰め込み、宿を引き払った。宿の人にジョディが見付かると厄介であるから。
車で来ていたので、彼女をスーツケースに入れたまま、ジョディの上司の元へ、急ぎ戻った。
◇
「ジョディ!」
彼女に、彼の上司が縋り付いている。一命は取り留めた。だが、当分入院をしないとダメな状況であった。
「何が遭ったんだですか?」
彼女の上司に訊かれた。
「隣の部屋で休んでいたのですが、物音1つせずに、翌朝、彼女があの状態に…」
運び込まれた医療機関は、FBI御用達の病院で、彼女の精密検査が行われた。優秀な捜査官であるジョディが、あの様な状態になるとは考えにくいからだ。
「ミスター工藤、あなたはジョディがあんなになる間、何をされていましたか?」
私のアリバイ調べか…
「ネットで朝霧沙樹の本名を調べていました」
ノートPCを提出して、アクセスログからアリバイを調べてもらった。
「襖1枚しか隔てていないのに、何故、異変に気づかなかったんですか?」
「面目無い…気づかなかった。窓やベランダを調べたが、密室だった」
どこから侵入したんだ?考えられるのは、天井か畳、後、隠し扉か?いや、天井だと私が気づくはずだ。う~ん…
敵は神出鬼没なのか?新一も有希子も、敵の包囲網の中にいるのだろう。
一人、自宅へ戻り、部屋で昨夜のことを思い返していた。襖1枚しか隔てていない部屋。どうして、何も気配も音も聞こえなかったんだ?襖の向こう側は、静寂な空間だった。
---目暮警部---
取り調べ室で、容疑者を尋問している。
「どうして、殺したのですか?」
「殺されそうになり…」
彼は全裸の奥さんを拳銃で殺した。その拳銃は、FBI捜査官の物と判明している。持ち主は、彼と旅行中に、ショック症状に陥り、現在も入院中だそうだ。
「有希子さんは、凶器など持っていないかったですぞ!」
有希子さんの部屋には、旅行から帰ったような痕跡があり、優作君を驚かせようとして、全裸で抱きつこうとしたと、鑑識の見立てである。
「その拳銃は、どこで入手しましたか?」
「これは私のでは無い。すり替えられたんだろう」
それは、護身用に拳銃を所持していたと、認めた発言である。
「誰にですかな?」
「考えられるのは、朝霧沙樹だろう」
「彼には犯行は無理です」
「何故言い切れるのだね、目暮警部」
「所在は確認しました。彼は小淵沢から出ていません。ここ数週間、小淵沢署と私の班で、彼を監視していましたからな」
それは、彼が犯人では無いと、言うことである。私的にも朝霧沙樹は怪しいと思う。だからこそ、監視をしていたのだ。だが、彼のいる母屋から、彼は出て来ていなかった。周囲の者達が、敷地内で狩りをしたり、農作業をしたりはしていたが。誰も山を越えるような装備はしていなかった。
「そんな…じゃ、誰が…」
頭を抱える優作君。信じてあげたいが、状況証拠から判断すると、彼がFBIの捜査官から銃を奪い、その銃で奥さんを殺害したと見るのが、説明をしやすい。精神鑑定を手配するかな。
---高遠遼一---
さすが、あの方の編み出した暗示法である。あの工藤優作でさえも、まんまと…後は主役だけだな。ふふふ…
---工藤新一---
父さんが母さんを殺害したとして、逮捕されたそうだ。アイツの悪意は、俺の両親すらも飲み込んだようだ。くそっ!
収監中の俺に出来ることは何もなかった。誰も面会に来てくれないし。新聞で父さんの事件を知ったのだ。
翌朝…事態は動いていた。目が覚めると、俺は全裸で、あの山小屋にいた。それも子供姿で…あの薬を飲まされたようだ。何時の間に…俺は収監されていたのに…まさか、看守にも、朝霧の手の者がいたのか?
あの山小屋の2階の寝室で目覚めた俺。テレビを点けると、父さんが母さんを撃ち殺すシーンとジョディさんを父さんが襲っているシーンが流れた。そうか…父さんは暗示に掛かっていたようだ。何かの切っ掛けで、暗示内容が実行するようにされていたようだ。暗示に掛かっている父さんの目は虚ろであった。
これが朝霧マジックの正体か…世良も高木刑事も暗示を、掛けられていたのかもしれない。金田一と紅葉もか?そして、この俺も…例外は服部と和葉ちゃんだけなんだろう。くそっ!気づくのが遅かった。
兎に角、ここを脱出して、目暮警部へ連絡をしないと…問題は、何故ここに子供姿の全裸状態でいるかである。何か意味があるはずだ。意味のない事はしない相手だと思うから。
身を隠して、階下を見るが、誰もいない。どこかに隠れているのか?物音すらしない階下の室内。たぶん、監視カメラで俺の様子を監視しているのかもしれない。
その後、2時間くらい、身を潜めているが、階下から物音1つしない。どういうことだ?俺を餓死にするつもりか?全裸で山道は歩けない。裸足では危険であるから。どうするかな…腹も減ってきたなぁ。確か、階下には保存食があった気がする。
意を決して、階下へと降りていく。階段をゆっくりと一段ずつ降りていく。俺の踏み込んだ階段の軋む音しかしない。誰の気配も、何の物音すら感じ無い、静寂が支配している山小屋。
カチッ!
何かのスイッチ音。突然階段が消え、落ちていく俺。いや、滑走しているようだ。滑り台のような物をだ。どこに落とされるんだ?滑り台は滑りを良くする為か、油のような物が塗られていた。全身が油塗れになっていく。この臭いは鮭油のようだ。生臭い。なんで、鮭油なんだ?その疑問の答えを見つけ出す前に、地面に降り立った。
そこは平原だった。近くに川が流れている。ここを走り抜ければ、あの沢に出られそうである。俺は走り出そうとしたのだが、突然、腹部に激痛が走った。視線を落とすと、抉れている。背後からはクマのうなり声…そうか、鮭油はクマの食欲を刺激する為か…俺は静寂の時間を得る寸前で、疑問の答えに辿り着いた。