柳田愛美の手記
ああ、なんてことだろう。まさか、こんな日が来るなんて夢にも思わなかった。未だに信じられない……兄さんがあんな淫らなことをするなんて……。
それは、私がずっと
私は兄さんのことが以前から好きだった。それは肉親に対する家族愛ではなく、一人の男性を思い慕う恋心だ。
父と母は私が小学校に入った頃に交通事故で亡くなった。当時兄さんは大学に入ったばかりで、昼は大学の文学部に通いながら、夜はバイトで働いて幼い私を男手一つで育ててくれた。
それは、私が想像もできないような苦労だったろう。当時兄さんの目の下にはいつも隈があって、いつも大きな欠伸をしていた(私を心配させまいと、隠れてしていたのが、また凄いところだと思う)
きっとその頃から、私は兄さんのことが好きだったのだ。他の誰よりも、私は兄さんのことを愛しているとここに断言できる。
――私はいま、あまりの嬉しさで気持ちの整理がついていない。だから、これまでのことを見つめ返すために、私達が結ばれた顛末をここに記そうと思う。
さて、とはいっても何から書いたらいいのか……。ううん、やっぱり始まりは兄さんが行った秘密の仮面パーティーのことからにしよう。
私は、あの秘密の仮面パーティーには
たしかに、あのパーティーが開かれた10月15日は、兄さんにも言ったとおりパーティーに出席していた。
しかし、それは兄さんが出席したようないかがわしいものではなく、こちらが心底うんざりするほどお堅いものだった。それは兄さんにも言ったとおりだし、兄さんの日記にもその記録がされていた。
日記……そう、私は何年も前から兄さんの日記を密かに盗み見ていた。愛する人のことを少しでも知りたいと思う心は、誰にでもあると私は思う。さすがだと唸らされるのは、日記の記述の正確さだ。あの日記を読めば、兄さんの一日の行動が目に浮かぶように分かる。
この日記のおかけで、今回私はいろいろと策を弄することができたし、そのおかけで私達は結ばれることができたのだ。
兄さんが秘密の仮面パーティーに行った何日か後に、私はいつものように兄さんの日記を盗み見ていた。
はじめ、私は兄さんと寝た女への激しい嫉妬に襲われてどうにかなりそうだったのだが、直ぐにこれはチャンスだと思い直したのだ。
兄さんはこの女をいたく気に入っている。それなら、私がその女だと思わせればいい、と。そうすれば、私は兄さんの心を永遠に捕らえることができるのだ。
その次の日から、すぐに私は動きだした。
まず、必要となるのは肩にある歯型である。これは、仲のいい女友達に頼んで噛んでもらった。一体何のためにこんなことをするのかと訝しまれたが、何度も頼むと渋々引き受けてくれた。
次に、私は風呂から出るときに、
それからも、私は家で着替えをするときはなるべく兄さんに見えるように工夫していた。この繰り返しのお陰で、兄さんは私のこと以外は考えられなくなったのだろう。
ひとつ、ここで誤算だったのは、兄さんが次第に疲弊していってしまったことと、中々私に手を出してこなかったことである。
私が予め考えていたプランでは、兄さんは私の肩のしるしを見た段階で、我慢できなくなって私と結ばれるということだった。
実際は、兄さんは私と結ばれてしまったのかもしれないという良心の呵責に耐えかね、仕事もおぼつかないような有り様だった。このまま続けても埒が明かないと考えた私は、次の一手を打つことにしたのだ。
私は兄さんの飲み物に、睡眠薬を入れたのだ。そう、実は睡眠薬を飲ませて眠らせるという考えは私のほうが早く思いついていた。
日記を見ると、兄さんは裸の私とキスをする夢を見たと書いてある。
――ああ、初心な兄さん。そんなところも、私は大好き。
ふふ、本当はそれは夢ではないんだよ。
私達は現実にキスをしていたのだ。私は毎日、兄さんの部屋に通って、寝ていることを確認したあとにキスをしていたのだ。
おそらく、その時の兄さんの睡眠は、体は活動を休止しているが脳は活発に活動しているレム睡眠だったのだろう。目が覚めているのに体が動かない、金縛りも同じ原理だ。
このキスを毎日行うことで、兄さんはいつの間にか妹に欲情していると錯覚した。今までは妹と結ばれたかもしれないと怯えていた筈なのに、いつの間にかその妹とキスする夢を見たなんて思えば、そりゃあ勘違いしても仕方がない。
このあたりから、兄さんの私を見る目が変わってきた。それまでは、どこか怯えたような小動物めいたものだったのに、いつの間にか獣のような欲望が透けて見えるようになったのだ。
あともう一押しだと感じた私は、今度はキスではなく実際の行為に及んだ。
兄さんが見たという騎乗位の夢も、やはり現実だったのだ。
効果はてきめんだった。兄さんは睡眠薬を使って私と結ばれることを思いつき、それを日記に書き込んだ。それを見た私は、
兄さんが睡眠薬を飲み物に入れるだろう、と事前に知っていた私は、家で飲む全ての飲み物は口に含んでいかにも飲んだように見せかけ、スキを見て流し場に吐き出していた。
私は睡眠薬の効果で眠ってしまっているように演技していただけで、ずっと起きていたのだ。
兄さんの愛撫で、私は随分とはしたなく感じてしまったけれど、興奮のせいかバレなかったようだ。
後は兄さんの日記の記述のとおりだ。
こうやって書いてみると、何だか全て私の思い通りに事が進んだみたいに見えるけど、私の策略に兄さんが気づいてしまう可能性は十二分にあった。兄さんが自分の日記を冷静に読み返していたら……。
例えば、時間に注目してみよう。兄さんが秘密の仮面パーティーに行った10月15日。兄さんがキャバレーに行っている間に、私は一度家に帰ってきて晩御飯を食べていた。途中で先輩が車で迎えに来てしまったから、食事を中断してパーティーに向かった――これは兄さんの日記にも書かれている。
さて、もしも兄さんが秘密の仮面パーティーで出会った女が私だとすると、どうにも辻褄が合わなくなるのだ。
兄さんがキャバクラから帰ってきたのは、九時五十五分頃。兄さんはお店で一時間ほど飲んでいるから、私は八時五十五分頃から九時五十五分の間のどこかで先輩と外出した筈である。
そう、私は兄さんよりも
しかし、兄さんがパーティーで会った女は、卑猥なショーを見ている途中で現れている。
もし、私がパーティーで会った女と同一人物だとしたら、私が兄さんより早く外出していることから、その女は先に会場に来ていなければならない。つまり、その女は兄さんよりも先に席についていなければならないのだ。
しかし、現実には後になって兄さんに姿を見せた――少なくとも、パーティーで会った女が、私ではないかもしれない、と疑いを持たれてもおかしくなかった。
それ以前に、そもそも一介の学生である私が、どうやったら秘密の仮面パーティーに参加する資格を得ることができるのか。もし兄さんがそこを疑っていたら、私の作戦はうまくいかなかったろう。
外交官を父に持つ件の先輩に誘われた……と考えるのは、ちょっと無理がある。
男女の交わりを見せ、尚且つ不特定の誰かと結ばれるかもしれない卑猥なパーティー。そんなものに、異性を誘う人間なんているだろうか。普通、自分一人で行って楽しもうと考えるんじゃないか。
肩のしるしも、今思えば綻びが目立つ。
もし仮に私が秘密の仮面パーティーに参加し、男に歯型をつけられたら、いくら肉親といえども兄さんに見られないよう注意を払う。バスタオル一枚だけの姿を見せることは絶対にない。特に大学に入ってから、私は羞恥心から着換えを見られないようにしていたのだから(兄さんの日記に書かれた観察はかなり鋭かった)なおさらそんな印は見せようとしないだろう。
例え私に彼氏がいて、その男につけられたのだとしても、やはり同じことが言える。
私の肩のしるしを見たときの衝撃がよほど大きかったのだろう。もし普段の冷静な兄さんなら、いつもと違う肌の露出に作為的なものを感じただろう。
ああ、そうそう。これはちょっとした余談。
兄さんは私のショーツでオナニーをしていた。日記によれば、私はそのことに気づいていないことになっていたけれど、勿論私は気づいていた。もっと言えば、日記を読む前から私は確信していたのだ。
風呂から出たときに、かごに置いてあったはずのショーツがなかった。誰かが外から侵入して盗んだなら、その形跡があるはず。でも、そんなものはなかった。家にいるのは私以外には兄さんだけ。となれば、自ずと答えは出る。
そんなことにも気づかないほど、あの時兄さんは私に夢中だったのだろう。そう考えると、自然と頬が緩んでしまう。
――それと、もう一つ。
兄さんがもし私の肩にあるしるしと、自分の歯型を合わせていたら……。私の企みは直ちに明るみに出るだろう。
もちろん、そんなことを面と向かって妹に頼むことはできない、というのは分かる。だからこそ、中々難しい試みではあったけど……。
でも、兄さんは睡眠薬を手に入れていた。もちろんそれは私を犯すためだったのだろうけど。でも、ちょっと頭を柔軟にして考えれば、直ぐに分かる。
そう、睡眠薬で私を眠らせたあとに歯型を確認すれば良いのだ。私を眠らせれば、歯型なんて簡単に確認できたのに。
もっとも、もはやあの段階では私がパーティーの参加者か否かなんて関係なかったのだろう。兄さんは一人の女として私を見ていた。パーティーはあくまできっかけにすぎない。たとえ私がパーティー参加者じゃないと気づいたとしても、芽生えた情欲の種は消えなかっただろう。
さて、私が書きたかったことはこのぐらいだ。この手記に書かれた真実を、兄さんに教えるつもりは全くない。世の中には、知る必要のないことがたくさんあるのだ。兄さんは作られた真実を信じて、ずっと私と幸せに暮らす。
この手記は、直ぐに処分しようと思う。私が兄さんの日記を見つけて読んでしまったように、兄さんにこの手記を見つけられたら困ってしまう。
ああ、兄さん。愛しています。世界中の、誰よりも――
この度は拙作をお読み頂き、誠にありがとうございました。
本作は予約投稿を利用しているので、このあとがきを書いている時点では、本作を沢山の読者の方が読んでくださったのか、或いはほとんど誰にも読まれていないのか……判別がつきません。沢山の方に読まれているといいなあ。
最終話を読んでくださった方には、本作のキーワードの中になぜ「推理」が入っているのか理解していただけると思います。
今回の目標は、私の大好きなジャンルである「推理小説」と「官能小説」の両方を一つにしたい、とのものでした。いかがだったでしょうか。
本作は一旦完結という形にしたいと思います。とはいえ、まだこの兄と妹について書きたいことはあるので、また続編として書くかもしれません。もしよろしければ、その時はどうぞよろしくお願い致します。
あ、もし一言でも感想を頂けると執筆の糧になります。よろしければ、どうぞよろしくお願い致します。