「お、おかしな所はないかしら?」
「大丈夫大丈夫、何時も通り可愛いから」
「そ、そう?」
神綺がそう言って少し不安そうにしている。髪型をローポニーで纏めている彼女が髪留めに使っているのは少し前にプレゼントした黒いリボンだ。服装もチェックのロングスカートにセーターを着用しており冬用の外出用服装となっている。どことなくおっとりとした雰囲気はある物の、一目見れば美人だと解る顔の良さ、そしてスタイルの良さが見える。うん、どこからどう見ても美人だ。だが彼女の中身が本当に可愛いのは、恐らく自分だけが知っている事だ。他の誰もが知らなくていい事でもある。
「まぁ、遠出するのは初めてだからしょうがないか」
「こ、こうも人がたくさんいると流石にちょっと緊張するわ」
神綺のその言葉に苦笑を零す。自分も旅装に着替えており―――今は東京駅に居た。
プラットホームで旅行用のトランクを片手に、二人で新幹線がやってくるのを待っている。その間に特徴的な神綺の白髪は目を引いており、通り過ぎる人や、少し離れた所にあるグループとかが視線を向けてきている。神綺はまさしく美人という言葉が人の姿をしているような存在だ。意外と中身が可愛らしいぽんこつなのだが、少なくとも見ただけでは解らない。そして美しいものとは目を引く。
つまり、神綺の容姿は他人の目を引き付けやすいのだ。
ある意味当然というか。
俺も、そこそこ身だしなみには気を遣っているが、それでも見た目という所に関しては神綺が女として完成されすぎている。いや、存在として考えればある意味当然なのだろうが。それでも、人目を集める神綺は、恥ずかしそうにしており、隠れるように此方の腕を掴んで身を寄せて来る。そういう所が可愛いと思う。
「その、私余り人前に出る事ないから……ね?」
「解ってるって。慣れるまでは引っ付いてていいから……な?」
「うん」
可愛い。
心の中でそう感想を抱きつつ、やって来た新幹線を見る。
何をするかと言えば―――京都旅行だ。
無論、編集長の言っていた取材を行う為の京都出張だが、明らかにホテルのチケットがそれなりに長く逗留出来るものの上に、高級ホテルであった。こりゃあもう、二人で楽しい時間を過ごして来いとの編集長の思し召しなのだろうから、遠慮なく旅行という事にして遊ぶ予定であった。
今まで狭い田舎の中でしか時間を神綺とは過ごせていなかった。比較的に家の中に閉じこもっている時間も多いし、それでは流石に勿体ないと思っている所でもあった。故にこうやって神綺を堂々と連れ出す理由があるのは嬉しい所だった。今まで彼女がどこに居たかは解らないが、少なくとも、東京の様な人の多い場所ではないのは確かだった。
ともあれ、閉鎖された環境に引きこもっていても精神的に良い事は何一つとしてない。
だとしたらこうやって神綺を外に連れ出すのも悪くはないだろう。
ただ、周りの視線は煩わしいと思うが。
「んじゃ、いこっか」
「う、うん……外の世界はこんな乗り物があるのね……」
そんな事を考えながら、トランクを持ち上げて新幹線に乗り込む。なんだかんだで自分もこうやって新幹線に乗るのは物凄い久しぶりである為、ワクワクを隠せないのは確かだった。
荷物をラックに固定したら神綺と一緒に指定席を確認し、二人で並んで座る。こうやって新幹線に乗り込むと久々に旅をしている、という感覚があって実に楽しさが沸き上がってくる。うん、偶にはこういうのも悪くはない。今まで仕事や、やりたい事でずっと自宅周辺地域しかお散歩出来てなかったし。
「ミコトは……慣れているみたいね?」
「俺は元々旅好きだしなぁ。一時期は国外をバックパッカーしてたし」
「バックパッカー?」
窓の外に視線を向けて、動き出す新幹線の景色を眺めながら神綺にあぁ、と答える。
「鞄一つ背負って、それで旅をして回る奴の事だよ。金はないから基本的にヒッチハイクか徒歩、長距離の時はバスって感じだったな」
懐かしい。食べ慣れないものとか、慣れない環境が影響で腹を壊していた時もあった。後はギャンブルで全財産をスった時はどうしようか、と絶望した時もあったっけ。今となっては全部良い経験になっている。
「旅……を、してたんだ」
「あぁ。自分探しの旅をちょっと」
「自分探し」
神綺の言葉に振り返る事無く、外の景色を眺めたまま答える。
「あぁ―――Cogito Ergo Sum。我思う、故に我在り。この言葉の意味を探してちょっと日本を飛び出したんだよ。俺が誰なのか。俺が何になれるのかを。それを探したかったんだ。まぁ、その旅も終わって今じゃこうだけどな」
本当に考えてみれば馬鹿らしい話なのだが。それを思い出しながら苦笑し、ガラスに反射される神綺の姿が、此方を見ているのが解った。
「ミコトの事、もっと知りたいな。全部じゃなくて良いから……もっと、貴方の事を知りたい」
「そう言われるのに弱いんだよなぁ」
窓から視線を外して、シートに背を預けながらそうだなぁ、と呟く。
まぁ―――ちょっと格好悪いけど、別に隠す程の事でもないのだ。俺の過去という奴は。ただちょっと、子供の頃はイキっていたというだけの話だ。まぁ、それも全部俺の生まれが悪いという結論に達してしまうのだが。
目を閉ざす。それだけで昔の頃が思い出せる。
「昔の俺はな」
「うん」
「クズだったんだ」
「……うん?」
片目を開き、横の神綺へと視線を向ける。困惑する神綺の表情が見れるので、軽く笑い声を零す。珍しいものが見れた、と。だが神綺の方は納得がいかないようで、
「でも……今のミコトは凄く素敵よ?」
「そう言ってくれると更生しただけの意味があったよ。だが間違いなくあの頃の俺はクズで、最悪だったよ。まぁ……力を持ちすぎたガキが辿る道ってもんだ」
そう、俺は全能の王だった。
だったら人生を舐め腐るのも当然だった。
「今更思い出すのも恥ずかしい話だけど……調子に乗ってたんだよ、俺は。力があったからな。それで調子に乗って、いっぱい暴れて、満足するまで遊んで、いたずらに何かを壊したりして。誰かを傷つけてもそれを理解しない。そういう馬鹿なガキだったんだよ」
何より酷いのは両親だ。連中は
「だから誰も俺を咎めなかった。クソガキとして生まれて、クソガキとして育ったよ。ま、当然な。友達なんかいなかったけど付き合ってくれる人もいた。同じような奴にも出会えた。おかげで退屈する事もなかった。ただ、まぁ、人間としては最低最悪だった、ってだけの話だけど」
うん、思い出しても恥ずかしさしかない。忘れたい記憶だが、自分の悪行は中々忘れられない。戒めとしても、悪夢としても。ただ、まぁ、それも過去の話だ。ケジメはちゃんとつけて来たし。
「だけど変わったんでしょ?」
「あぁ、一人だけ俺の前で座って説教してくれる人がいたんだ」
神社繋がりというか、系列繋がりというか―――まぁ、どこから話が流れて聞こえてしまったのだろう。本当、あの頃の事は一度謝りたいと思っている。いや、実際何度も謝ったのだが。それでも謝り切れないというか。やっぱり、昔の失敗は頭が痛くなる話だ。もはやどうにもならないというあたりが実にどうしようもない。
「うん」
神綺へと上半身を向けながら、両手である形を作る。
そう、
―――説法印である。
ついでの後光エフェクトを背後に出しておく。そう、こう、立川っぽい場所に住んでいる―――そう、そんな感じの人。神綺もあー、と声を零している。やっぱり、この界隈だとあの人有名人なんだよなぁ、というのを改めて再認識させられる。
「まぁ、恥ずかしい奴だよな」
そもそもよく考えれば解る事だろう?
「神通力を与えられてそれを振るって満足げにしてどーよ、俺は凄いだろう? 何が凄いんだよ馬鹿野郎。ダッセェ。誇るものなんざ何一つとしてねぇ。そもそもそりゃあ人として生きてすらいねぇじゃねぇか」
そう、それに気づかされたのだ。通りすがりのパンチに。いや、通りすがりじゃないんだけど。うん、まぁ、そんな感じで。説教されたのだ。まぁ、それが悟りを開いた人って凄いのなんの。何故かジョニー・デップの方もいたけど。まぁ、そこはもう片方居たらセットって感じで。仲が良いのは実に宜しい事で。
話が逸れた。
だから、まぁ、
「今まで好き放題やって、それでごめんなさいして終わりってのもまた変な話だろう? つまりは……そう、誠意ってやつだ。ばかをやったら反省する。そして自分がやらかした事に対して相応の罰を……誰も俺にそれをやりそうになかったからな。自分で自分を罰する事にしたんだよ」
苦笑しながら説法印を崩し、頬杖を突きながら視線を変わりゆく新幹線の外の景色へと向けた。流れて行く景色を眺めているだけでも、旅という物はだいぶ楽しい。今はまだ都内だから街の様子しか見られないが。それでも、変わりゆく街の様子はそれだけで一つの物語の様なものだ。こうやって流れる景色を眺めているだけで無限に時間を過ごせる。
「それで……ミコトはどうしたの?」
「捨てた」
「捨て、た?」
「あぁ、全部」
地平の果てまで見える千里眼。古き術を使役する叡智。尽きぬ命。果てのない霊力。全能の王と呼ばれる者たちの特権、人を超えた存在である証。あらゆる人々がうらやむ理想の力という力。ソレである事を、
「全部、捨てたよ」
捨てた直後の1年間は酷いもんだった。手足をもがれ、目隠しされて、そして猿轡をされたような、そんな苦しみだった。ただの人間として生きる事がここまで重く、辛く、そして恐ろしいものだとは思いもしなかった。
ただの人間とは、こういう物なのか。
それを生まれて初めて理解した。そして同時にこれが人として生きて行くことの苦しみだと理解した。
「まぁ、それが俺の考えるケジメだったんだわ。今までそれに甘えてきたんだ―――だったらそれを捨てて大人になるべきなんだろうな、って」
言わなくても、俺がどんなものだったのか。何を捨てたのかを、神綺は解るだろう。お互い、そこだけは明確にぼかしている。だけど言葉にしなくても伝わる。つまり彼女がそうである事を、俺は全て出会う前に捨てている。
それだけが一つの後悔だ。
俺では、彼女の命に付き合えない。
先に俺が死ぬだろう。彼女を置いて消える事だけが俺の心残りになる。だけどそれは遠い未来の話だ。今は考える事じゃない。ただ、
「そういう馬鹿なガキも居たって話だよ」
溜息を吐きながら苦笑を零す。自分の、ちょっとした苦い過去だ。他人に話す様な事じゃないし、誇る事でもない。熱田尊という男が生まれる事になった原因とも言うべき話、その断片だ。男なら黙って背中で道を示すものだと思うし、実際そうやって生きてきたつもりだ。
だけど、まぁ、
彼女ぐらいには、自分の事を知って欲しかった気分だった。
そう思っていると、横から腕に抱き着く心地よい熱の感触を感じる。
「大丈夫だよ……ミコトの行いには恥ずかしい所なんてないよ。寧ろ……ううん、私は羨ましさすら感じてる。私はきっと、ミコトみたいに投げ捨てる事は出来ないから」
「俺は馬鹿だから、極端にしか選べないんだよ。だからいいんだよ神綺はそれで。俺の方がおかしいんだから。俺は俺で、お前はお前だ」
俺達は違う。
違う理想を抱いているし、違う人間だ。違う明日を進んで行くし、同じところは少ししかない。だからこそ、お互いにないものを求めて惹かれ合うんだと思っている。だからこれで良い。
「俺はこんな選択肢しか取れなかった。まぁ、そのあとで各方面に色々と世話になって覚え直して、こうやって出来るようになったけど。だけど神綺も。俺が取れなかった様な選択肢を取ってくれるよ」
俺はそれを信じているし。
君もきっと、俺が何かを成せると信じているから。
「うん」
寄り添い、熱を感じながら、神綺の言葉を聞く。
「ミコト」
「ん?」
「私、近いうちに私の事を貴方に話したい」
「急がなくて良いんだぞ?」
「ううん……私をもっと知って欲しいの。貴方に」
「なら、その時は俺も君に、俺の事を……今度はぼかさずに伝えるよ」
逃げない、目を反らさない、向き合う。
たったそれだけで傷つくことを俺達はここまでも恐れる。だけどきっと、大丈夫だ。
俺達は愛し合っているというのを良く知っているから。だから、
「旅行、楽しみだね」
「あぁ、仕事しなきゃならんのが憂鬱だけど。楽しくなりそうだ」
段々と見えて来るミコトさんの全盛期が何だったのであるかという話。そりゃあアレだったのかと思うと弱体化しているよなぁ、という感じのアレ。ミコトさんはそこら辺の精神性、ぶっ飛んで強度高い奴で、まっとうに突き抜けているタイプ。
それじゃ、次は京都へれっつら。