「蓮子でーす!」
「め、メリーでーす!」
「夢美でーす!」
「三人揃って!」
「秘封―――」
「ストップ。止めろ。誰かこいつら止めろ」
京都駅に到着した所で、秘封倶楽部の二人組に付属する、真っ赤な衣装の女が居た。服装だけではなく、髪も目の色も赤い。全てが赤尽くしの女だった。恐らく、この世で唯一、あらゆる神秘や幻想が苦手とする女でもあるだろう。だがそれと同時に、物凄い見知った顔でもあった。何女子大生に混じっているんだこいつは。片手で握るトランクケースを落としながら、片手で顔を覆う。
「お前、もう三十路前だろ」
「そうね」
「
「そうよ?」
「なにやってんの」
「見て解らないの?」
夢美は笑みを浮かべてサムズアップを向けて来る。
「若い子に混じって若い子のフリしてるのよ」
「お前のノリ、通じるの俺だけなんだから勘弁してやれよ……」
夢美の戯けた発言に溜息を吐きながら片手で顔を覆い、ハイタッチを決める27歳児と女子大生共を見る。女子濃度が高くなっているのに、欠片も嬉しくない光景がそこにはあった。まぁ、秘封倶楽部だけならまだ良かったのだが。そうだ、そう言えば京都にはこいつがいたんだっけ、と頭痛に頭を押さえながら思い出す。
「あ、貴女が噂のミコトちゃんの恋人ね? あぁ、もう、ほんと素敵! ミコトちゃんにこんな恋人ができるだなんて思いもしませんでしたわ。あぁ、本当に勿体ないぐらい可愛いし綺麗ね」
「え? えっ?」
いきなり飛び込む様に抱き着いてくる夢美の様子に神綺は困惑しているままハグされ、振り回されている。その30近くになっても変わらないバイタリティは、恐ろしいの一言に尽きる。姿なんて18の頃から一切変わってすらいない。だが彼女が本当に化け物だと呼べるのはそういう所ではない。もっと別の部分にある。若さを保つなんて事、彼女が保有する化学力からすれば欠伸しながら行えることだろう。
そうやって夢美が神綺の幻想の気配にテンションを爆上げしている間に、秘封倶楽部の方へと視線を向け、
拳を作って指の骨を鳴らす。
「懺悔の時間だガールズ」
「連絡を入れない先生の方が悪いと思う」
「恋人ができたからって放置は良くないと思います」
「お前ら的確に言葉を選んでくるな?」
まぁ、確かに夢美を無視していたというか、放置していた俺も悪いのだが。それでもいきなりこうやって出て来る事もないだろう。まぁ、会えてうれしくないと言えば嘘になってしまうのだが。はしゃいでいる夢美と、振り回されてもどこか楽しそうな神綺を見て苦笑を零し、素直に敗北を認める。まぁ、こればかりは俺が悪いから仕方がないな、と。
それはともあれ、
「そろそろ神綺を解放してやってくれないか夢美」
「あら、悪いわねミコトちゃん」
「だからちゃんはやめろつってんだろお前」
「えー、でも昔は貴方こーんなに長い黒髪で」
「その話はほんと止めろ。マジで。フリじゃねぇからな……ったく」
夢美から引きはがして神綺を奪還しつつ、とりあえず、と夢美を指さす。
「コレは岡崎夢美。幼馴染って奴」
「こんにちわ、紹介にあずかりました岡崎夢美です。大学では比較物理を教えたりしているわ」
軽く取り繕ってから夢美が頭を下げるが、神綺が首を傾げる。
「幼馴染?」
「そう、唯一の」
「私だけが貴方の無茶に付き合えたからね」
「は? どこからどう見ても逆だろう?」
「あ?」
「あぁ?」
「仲が良いのね二人とも」
神綺にそんな事を言われて、夢美との睨み合いを止めてから視線を反らす様に、軽く頬を描いた。なんだか、子供の様な姿を見せてしまった。だがこいつ、夢美に関しては昔の自分を知る数少ない知り合いなのだ。どうしてもノリが若くなってしまう―――こう、解って欲しい。悪友なんだこいつは。こいつだけはそういうノリでぶつかってしまう所があるのだ。遠慮が欠片もないというか。あぁ、これも言い訳だな。
そうやって自分の中で反省しているとにやにやと夢美が此方を見て来る。
「へぇ? ふぅん? はぁん? 貴方がねぇ? そんなリアクション? 取るようになった訳? へぇ……へぇ!」
「うっぜぇこいつ」
夢美の糞見たいなノリにこいつ、どうしてやろうかと思うが、神綺の方は楽しそうに此方を見ているから、やっぱり恥ずかしさの方が先立つ。そんな俺を眺めている神綺の視線を感じる。
「ふふ、良いわよ。私は別に、ミコトの新しい側面を見れたようで嬉しいもの。ここまではしゃぐ姿は見た事がないから、中々新鮮に感じるわ」
神綺のそのリアクションを見て夢美が此方へと視線を向ける。
「なんだよ」
「いや、貴方には勿体なさすぎると思って」
「そんな事はないわよ、夢美さん」
「夢美で良いわ。ソイツの恋人でしたら、私にとっても身内みたいなものですから」
「えっと、私も神綺でお願いね、夢美。でもね……寧ろ私は、私の方が彼には勿体ないぐらいだと思っているの。ううん、たぶんお互いにそう思っている。だからね、私達はお互いに誇れる私達であろうと思っているの」
「駄目、浄化されそう」
「教授―――!」
「死ぬなら単位だけください!」
「大学生共」
京都駅の内部が京都トリオの影響でだいぶ騒がしくなってきた。それを回避するためにもトランクケースを持ち上げると、片手で神綺の背中を出口へと向かって押した。振り返りながら京都トリオを神綺が指さすが、
「ホテルのチェックイン時間もあるしな。それにこいつらに構ってると一生同じノリで悪ふざけ続けるし」
「あ、そうなんだ」
まぁ、二人は現役女子大生だけどほら、夢美の奴は常に勢いで生きているという部分もあるし。こいつは適度に風当たり強くしておかないとつけあがるから。だから、まぁ、盛り上がっているなら放置で良いだろう。そんな事よりも先にホテルの方へと向かってしまおう。
「ここからはタクシーだな」
「楽しみね」
勝手に盛り上がっている連中を放置して先にホテルへと向かう事にした。
ホテルの方は結構、というかかなり良い所だった。
ネットで値段を調べてみれば一泊ン十万という値段がかかる様なホテルであり、京都に合わせた和風、そしてモダンな洋風の二つのスタイルを取り入れた所だった。正直、ここに普通なら泊まらないだろう。値段的な問題で一泊して帰るのが限度だ。そうじゃないと貯蓄を軽々と食いつぶしてゆくだろう。だが編集長からもらったチケットで宿泊できる為、しばらくはここで逗留していても一切懐が痛まない。実に嬉しい話であった。
部屋もかなり豪華なモダン風であり、
「おぉ……ちゃんとシャワーと風呂の動く部屋だ……!」
「ミコトは昔どんなところに泊ってたの……?」
まぁ、ホテルと言えば海外の安宿という生活が多かったのだから許してほしい。アジアの安いホテルなんてシャワーは形だけで水が出ないのが割と普通に存在していた。あの頃の生活と比べると、今はかなり恵まれた生活しているよなぁ、とは思わなくもない。だけどやっぱり、高級ホテルだけあってかなり作りと内装がしっかりしている。今確認している風呂場もゆったりと中で浸かれそうだ。広い風呂場はそれだけでいいものだと個人的には思っている。
日本人としては拘る場所だよな、と思う。
「あ、ミコト! こっち来て来て!」
「んー? なんだなんだ」
外から聞こえて来る神綺の声に呼ばれながら風呂場から出て、部屋の裏手へと回れば、外へと通じる扉から、その向こう側に広がる光景が見えた。
「おぉ、露天風呂か。すげぇな」
「うん。個人用に露天風呂が置いてあるみたい」
「流石にこれは予想外だったな」
やっぱり高い部屋だからなのだろうか、部屋から外に通じる扉の向こう側には露天風呂が用意されていた。今更普通のホテルではなく、かなり高いホテルである事をこれで理解される。一般的な上へと積み重なるビルタイプではなく、ロッジタイプの家一つ一つ借りる様なタイプのホテルだし。こういうのは実は泊まる経験が地味にないので、自分にとっても未知の経験だったりする。
一度は泊まってみたいとは思っていたのだが。それでもやはり、こういうラグジュアリーホテル系列は泊まるのに時間と金が必要になる。
ありがとう、編集長。フォーエバー、編集長。
仕事だけはしっかりやって帰ります。
心の中でついでにお土産も用意しておこうと考えながら露天風呂から部屋の中へと戻る。入口付近に置いたトランクケースへと戻り、横のロックを外して開ける。持ち運びが便利なサイズのこのトランクケースに、荷物の全てを入れてある。というのも、
トランクケースを開ければ、その中には
そしてその先には、別の部屋が用意されている。
昔、映画を見て思いついた、旅行用の鞄である。トランクケースの中その物に部屋を一つ用意しておけば、そこを倉庫にして旅行の時の持ち運びを楽に出来るという考えから用意した代物だった。とはいえ、実際に実行してみるとかなり専門的な知識が必要になるのが困った事だったが。ともあれ、このトランクケースのおかげで旅行には大いに助けられた。今回も雑に荷物をぶち込んでこれを運べばいいから、移動の際の手間が手軽で済んだ。
「とりあえず必要な分だけは取り出しておくか……よっと」
京都は全体的に対霊結界の類がかなり土地で充実しているので、自宅周辺の様に自分の手で定期的に結界を張らなくて良いのは便利だよなぁ、とは思う。あの町、安全に暮らしたいのなら結界術の類を軽く学んでいないと怪異被害にあうのが非常に恐ろしい。
その点、京都は物凄くそこら辺は安全だ。
もとは妖魔の跋扈する土地であったが、今ではその大半が駆逐されている。まぁ、全ての妖魔が悪いという訳じゃないが、それでも日本では昔から連中が暴れているから人間の住む場所で問題が発生していた。その事を考えると駆逐された事にもある程度、納得がいく。
「まぁ、鞍馬山にもう天狗が居ないのはちょっと寂しいけどなぁ……」
連中もいつの間にか消えてしまってたという話だし……幻想郷とやらに消えたのだろうか? 牛若丸が学んだ剣術の極意、俺も教わりたかったなぁ、なんてことを考えながらトランクケースの階段を降りて、その下にある部屋に入る。
一か所に着替えの類はまとめてあり、下着とか歯ブラシとか、此方に滞在している間は使いそうなものを纏めてある。そこに一緒に積んであるミネラルウォーターの類は、半ば癖で用意してしまったものだ。国内旅行だと水が飲めないなんて事はないから心配しなくてもいいのだが、海外だと事情が違ってくるから常に持ち歩いていた物だ。
国内旅行、楽で本当に良い。心配する要素が欠片もないというのが。日本は金さえあれば問題が解決できる国なのが実に最高という感じがある。
まぁ―――今回はそれで終わるかどうか怪しいが。
視線を荷物の方から外し、反対側へと向ける。狭い地下室の様な倉庫、その壁には複数のラックが設置されている。
そこにセットされているのは
鞘に納められ、符の張られた刀。クロスボウ。それとセットで置いてある塩の様に白い杭。神聖さを感じられる槍。暖かい熱を感じられる弓。どっかの薄汚い花のクズが34股達成してそれがバレたバレンタインに一番最初に飛び込んで花のクズを突き刺したときに使われたナイフ。
その他にも古今東西、趣味で集めた幻想、神秘的な武具の類を置いてある。それは見るものが見れば、ちょっとしたコレクションであるのが解る。中には実家を出る時に実家の蔵からパクった国宝クラスのものもある。何時かは返さなきゃいけないなぁ、と思いながら全く返していないものだ。
普段は自宅で厳重に保管、管理している物だ。
「使わないのが一番なんだけどなぁ―――まぁ、最近キナ臭いしな」
あの夢魔だ。
知り合いのクズとは全く違う方面で
「事件の後で調べてみれば死者は
最初の死者はイギリスの子供だったらしい。傍に落ちていた本は童話、赤ずきん。情報化社会でこういう情報は調べようと思えば簡単に調べられるから困る。個人のプライバシーという概念はどこへ消えたのだろうか?
まぁ、そのおかげで楽が出来たのだが。
「とはいえ、最初の犠牲者がイギリスならなんで日本にいたのか、って疑問もある」
どうやって海を超えた? 霊的防護は? 結界をどうやって? 何故誰も知覚しなかった?
「誰かが手引きした……って考えるのが普通だよな」
少なくとも夢の中では無敵の夢魔でも、現実世界ではクソ雑魚とでも呼べるレベルで弱い。それこそ普通の人間程度の強さしか持たない。そんな雑魚妖怪が一人でイギリスを出て日本にやって来れたとは思えない。
つまり、誰かが手引きした。
多くの人間を殺し、悪夢を生み出す為に。
「……今の情報じゃ推理するにも材料が足りねぇね」
ちょうど、京都には魔神が来ているらしい。だったらインタビューするついでに色々と調べてみるのも悪くはないだろう。少なくとも、ここしばらく―――というか現代科学が発達してからはこういう形で怪異や妖怪、幻想の存在が大きな事件を起こすようなことはなかった。
それだけの力がなかったはず、なのだ。
だがそれが覆されている。
見えない所で何かが始まっているのだろうというのは、直感的に、そして経験から察知できる。自分もまぁ、結構やらかした方だし。
とはいえ、
「楽しめる部分は楽しむか」
そうしなければ神綺に申し訳ない。彼女を連れてきておいて、楽しめませんでしたと言うのは嫌だ。一番大事なのは彼女の事なのだから。
「だからお前らも出番まではしばらくはお休みな?」
コレクションにそう言葉を向けてから、荷物を取り出す為に作業へと戻った。
不穏な気配しか存在しない現代情勢。
発端となった出来事がなんであるか。そしてそれがそうである意味は? と考えるとおぼろげに何が起きているのか見えるかもしれない。でも個人的には魔界戦国モードという言葉の響きが楽しくて好き。
ちなみに教授は原作だと18歳。