「今日はここまでだな」
歩いている所に式神が戻ってきた。それを紙に戻したら懐へとしまい込みながら軽く時間を確認する。時刻はもう、5時を過ぎていた。魔神探し初日としてはまぁ、十分に仕事をしたと呼べるレベルで探し回っただろう。少なくとも京都全体を式神で探って、何も見つからないという事が解った。やっぱり、表側には居ないのかもしれない。そんな風に結論を自分の中で少しずつ構築しながら、ホテルに帰る事にした。
当然のように、蓮子とメリーがそれについてくる。ホテルへの帰り道を三人で歩きながら、当然のようについてくる二人の姿に軽くため息を吐いた。
「お前らさぁ……」
「夕食ごちになりまーす!」
「こんな時でもなければホテルでのディナーなんて食べれませんからね、私達!」
いえーい、とハイタッチするバイタリティ溢れる女子大生共の姿を見て、仕方がねぇなぁ、と溜息を吐く。身内に対しては比較的に甘くなってしまう自分の性格、どこかで直しておかないと一生苦労するだろうなぁ、というのは解っている。それでも年下の子が頑張っている姿を見るとついつい応援してしまうのが性と言うべきか。ディナーも決して安い訳じゃないのだが。
「今夜だけだぞ」
「話がわっかるぅー!」
「あ、流石に高いのは頼みませんから」
「頼んだら蹴り出すに決まってんだろお前。後酔っぱらったから泊めてってのもダメだからな」
えー、と文句を言う学生の姿を無視しながら歩く。ホテルへの暗くなってきた帰り道を進みながら考えるのは、京都から消えた妖怪や怪異の事だけではなく、同時に見つからなかった陰陽師等のこの都の守護者たちの姿だった。
いや、寺院は無事だった。それは今日、式神をばらまきながら観察した所で見えた。その中に奉じられている神々の存在もまだ健在だった。彼らは護国の為に今も消えず、日本に残り続けている神々である為、この国に住まう者としては感謝の言葉しかない。霊的な侵略が発生していないのは、彼らのおかげなのだから。だが問題はそれらを管理する陰陽師や神官、巫女、そういう連中がこぞって姿を見せない事だった。
普通、これだけ派手に動けば俺の気配を察して誰かしら話しかけて来るものだ。少なくともいきなり街中で式神を大量使役するような奴を発見すれば注意の声ぐらいかけて来る。
そういう奴が来たら適当に今の京都の状況を聞き出そうとでも思っていたのだが、まるでそれが通じなかった。誰も、来なかったからだ。
明らかに、おかしい。
そんな事はあり得ない。
即ち、日本における霊的国防拠点。ここに日本選りすぐりの術師が揃っている筈なのだ。連中だって雑魚じゃない。俺よりも術の上手な奴だって世の中には存在する。そういう奴だってここには居るのだ。なのに反応がないのだ。つまり、死んでいるのかそれだけの余裕がないのか、俺がやった事さえどうでもいい事態なのか。どちらにしろ、京都の状況は自分が予想していたよりも遥かに酷い状況だというのは解る。少なくとも、最初みたいにのほほんとしていられるような状況ではない。
京都も何かが起きている。
だが裏で、だ。少なくとも表で、ではない。
故に今日は夜になる前に帰る。暗くなってからは動き出す連中もいるだろう。その前に出来るだけこの娘どもには帰って欲しいのだが―――まぁ、夢美がいるなら大丈夫だろうという雑な信頼もそこにはあったりする。なんだかんだでアイツ、一人だけ次元の違う科学力のインフレをしているし。
人間が個人で誰の力も借りずに宇宙条約違反しているとか、とてもだがこの時代の人間には想像できないだろう。少なくとも俺は想像しなかった。
どちらにしろ、表側で何が来ているのかは解らない以上、明日は間違いなく京都の裏へと侵入する必要がある。昔は妖怪などの類が暮らしていた領域へと。そこであれば何らかのヒントを見つけられるかもしれない。が―――危険度も高い。その為、この二人が居る間は行く事も出来ない。
何とかこの二人を振り切って出かけないと駄目だ。蓮子だけなら簡単だが、メリーの方がこの場合は問題だ。この女の能力であれば、多少隠れた程度なら簡単に見つけ出されてしまうのだ。場合によっては自力で異界に突入する事も出来る。いや、実際過去にやっていることを考えるとそうだろう。
適当に夢美に押し付けておくのが一番なのかもしれないが……まぁ、手段はある。
そんな事を考えながらホテルへの道を行く。
少々距離はあるものの、歩いて行ける範囲でもある。迷う事も特に何かトラブルがあった訳でもなく普通に戻ってくることが出来た。女子大生共もフィールドワークが結構多い方の為、歩きなれているのか多少やかましいものの、文句を言う様な事はなかった。
そうやってホテルの入り口を通って敷地内に戻り、神綺を迎える為にロッジの方へと向かうと、
その前で待つ神綺の姿を見つけた。
「ど、どうかしら……?」
ただ、普通の姿ではなく―――着物姿の神綺だった。
軽く袖を掴む様に腕を広げながら、着物姿を披露する様にくるり、とゆっくり体を回した。着物から帯まで、それなりに高そうなものを着ているのに、そこに金を使ったいやらしさが神綺の姿には見えない。元々持ち合わせている品格というべきものでしっかりと着こなせているのは、やはり彼女が美人だからだろうか? 神綺の背後では腕を組みながら得意げな表情の夢美が見える。
「やっぱり京都に来たのなら着物の着付けしないと駄目よねぇ……住んでいると飽きる程見るけど、やっぱり外から来たのならこういうのは試さないと駄目よね」
夢美が此方へと視線を向け、にやにやと笑っている。それを受けて、
「夢美」
「なに?」
「グッジョブ」
サムズアップを送った。いい仕事したよお前。その意思を全力のサムズアップで伝えると、夢美が呆れたような表情を浮かべる。
「ほんと、色ボケたわねアンタ……」
「人間、変わるときは変わるって事さ」
ニヤリ、とスマイルを見せながら答えると夢美が付き合い切れないと言わんばかりに呆れの溜息を零す。だがそのあとで神綺の横を抜けると、此方側へとやって来て、蓮子とメリーの腕を引っ掛けて引きずりながらホテルの入り口へと向かって歩いて行く。
「じゃ、私は帰るわね。この馬鹿共は私が連れて帰るから、精々京都の夜を楽しみなさい」
「えー! 待って、教授待ってください! ほんと! 今夜は奢ってくれるって言質取ったの!」
「私達もコース料理たべたーい!」
「コンビニでツナマヨ買ってあげるから我慢しなさい」
ぎゃあぎゃあ騒がしい声を零しながら京都大学グループがホテルの外へと消え去って行く。その姿を軽く眺めてから、そういやぁ夢美の助手のちゆりの姿を今日は見なかったなぁ、と思い出す。宇宙にでも飛ばされたのだろうかアイツ。まぁ、どうせ夢美にこき使われている事実が変わらないのだろうが。去って行く背中姿におやすみ、の声だけはかけておく。
それから振り返り、着物姿の神綺へと向き直る。
「綺麗だよ」
「そう、素直に言ってくるの恥ずかしいんだけれど……うん、嬉しい」
神綺に近づき、手を取る。こんな服装の神綺を見れただけでも京都に来た意味はあったのかもしれない。そう思いながら神綺と夕食を食べる為に歩き出しながら、ちらりと横を見て、
「……寒くない?」
「それは聞いちゃ駄目」
「駄目なのか」
「うん。白鳥が水面の下で必死に水かきしてるのと一緒だから」
「成程なぁ」
努力は見えない所でやっている、という奴だろうか。まぁ、寒いんならしょうがない。神綺の横、密着する様に体をくっ付けながら腕を組み、寄せる。自分の体温で少しでも神綺が温まるように密着し、歩幅を合わせて歩く。
「これなら暖かいだろ」
「うん、ありがとう」
「いいんだよ、俺が一緒に居たいだけだから」
語彙の少なさが恨めしい。もっと、伝えたい言葉をちゃんと伝えられる様になりたい。それが出来ない自分の頭の悪さが少しだけ、嫌いだ。あぁ、でもこうやって一緒に居られるだけでも割と幸せだ。言葉にしなくても……言葉にできなくても、その気持ちは伝わっていると思う。
「えーと、確かレストランで食事だっけ?」
「そうよ。話によると懐石料理とフレンチを混ぜているとか」
「うーん、俺の様な庶民には想像もつかないもんだな。楽しみにさせてもらおう」
「うん。ウチ、洋食の方が多いもんね」
そっちのが作るの楽だからなぁ、とは言えない。和食も悪くはないけど、味に対して満足感が薄いというか……ちょっと、量を多めにしないと満腹感が薄いのだ。後消化に良いから直ぐにお腹すくとか。そういうのを考えると洋食とかの方が腹持ちが良い気がする。そういう訳で自分が厨房に立つと大体洋食になる。
だから和食の懐石料理を食べるのは結構楽しみだ。なんだかんだで和食が一番好きだし。そういう部分は自分、根っからの日本人だという事を自覚させられる。根本が日本人というか、やっぱり白米なしでの生活はちょっと辛い。
「まぁ、神綺がもうちょい料理覚えてくれれば厨房を任せてもいいかな」
「さ、流石にまだちょっと不安かな……でも、ミコトが一緒なら私、大丈夫よ?」
「一緒に料理を分担するってのも楽しいもんだし、俺は問題ないよ」
そうやって神綺と語らい合いながらホテル内のレストランへと到着する。やって来たウェイターに泊っている部屋の番号を告げながら席へと案内され、料理が運ばれて来るのを座りながら待つ。
「そう言えば神綺、あの
レストランの席に着いた所で軽くメスを振り上げる様なジェスチャーを取りながら夢美が何かしてないかを神綺に聞いてみる。それを見た神綺が小さく笑い声を零す。
「大丈夫よ、優しい人だったから」
「アイツが……優しい……?」
その言葉には疑問を呈さずに居られない。いや、だってアイツが優しいとか絶対あり得ない。寧ろ暴君とか、そういう言葉が似あうタイプだぞ。アイツは。断言する。誰よりもアイツの事を知っている俺がそれを。
だけどその言葉にそうかしら、と神綺が言葉を零す。
「そうだよ。アイツは俺が知っている限り、人類の中でも最も身勝手な部類に入る奴だからな。アイツがもし俺を心配するようだったら、それは俺の為じゃなくてアイツ自身が何らかの楽しみを見出したからだよ」
昔は魔法の存在を、魔力の存在を学会に証明する! とか叫んでたのを殴って止めたのを思い出す。幻想や神秘がそうやって暴かれると、消え去ってしまうのだ。即ち存在した証明が証明した直後に消滅する。それを夢美は片っ端から行っていたのだ。そりゃあ殴って止めるしかないだろう。だから今は科学で魔法を再現する程度に収めている。ただ、まぁ、それでも十分にギリギリのラインだが。
少しでも方法が流出すればその瞬間魔法とか言う概念が科学で塗りつぶされて死ぬ。
岡崎夢美という女その物が毒だと表現しても良い。
だからアイツにこの世の中で居場所はない。化学は進みすぎた夢美を理解する事がないし、幻想も夢美のあこがれを理解する事がない。究極的に、誰にも理解されない女なのだから。だがそれを哀れだと感じた事はない。
少なくともそれを哀れだと思ったやつに、奴の友人なんて無理だろう。
「少しだけ」
「ん?」
「私の知らないミコトを知っている彼女に、嫉妬してる……って言ったら、どう思う?」
「クッソ可愛い」
神綺の言葉に笑いながらそう答える。嫉妬される程俺は愛されているのだ。だったらそりゃあ男冥利に尽きるという奴だろうと思う。少なくとも、俺の女は俺の事が好きで好きで、別の女から俺の事を聞くとちょっともやっとするんだろう。それぐらい愛されているのは純粋に嬉しいのだ。
「神綺、明日周りたい所とかある?」
「あれ、お仕事はいいの?」
「別に、一日二日待たせた所で世界が滅びる訳じゃないし。焦る必要もないだろう」
まぁ、気になると言えば気になるのも事実だ。だけどこういうのは釣りだ。自分で求めるよりは巻き込まれた方が案外早く中心に引き込まれやすいのだ。だとしたらもうちょいのんびりしていても罰は当たらないだろう。
なにより、これは二人で初めての旅行だ。
出来たらのんびり、純粋に楽しめるときに楽しんでおきたい。
だからとりあえず神綺と居る間は、仕事の事を頭から放り出した。またどうせ仕事に集中しなくてはならない時があるのだから、その時はその時。
それまでは二人の時間を大事にする。
自分でも書いててこいつ、人間として滅茶苦茶まともすぎて驚いている。相当な理由がない限り他の女に手を出す事さえしないでしょこいつ……?