※この作品はR-18です。

幻想踏破譚   作:てんぞー

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素晴らしき日常 Ⅱ

「―――あー、意気込んでこれかぁ」

 

 溜息を吐きながら石段の上に腰掛けながらコーヒーのプルタブを引いて開けた。まだ熱いうちに開けた缶コーヒーの中身を口の中へと注ぎ込み、体を内側から温めて行く。缶コーヒー自体の味はそんなに気にしないが、これを呑んでいると眠らなくて済む様な気がするから飲んでいるだけだ。それにお腹にも溜まらないし。家に帰ったら神綺が待っているから、変に缶のコーンポタージュとかを飲んで、腹の中を埋めたくはない。まぁ、料理をやるのは俺だが。

 

 まさか神綺が料理が壊滅的に下手だとは思いもしなかった。

 

 というか家事全般が。

 

 下手、と言うとちょっと間違っているかもしれない。

 

 どれもやった経験がない、と言う方が正しいのかもしれない。どれもやり方が解らず、試してみると失敗してしまう。目玉焼きを真っ黒こげにする姿を目撃するのは、かなり面白かった。その様子を見ていれば、彼女が普段からそういう手の事を一切やらず、他人に任せていたのが解る。だからこそ傷のない柔らかい手をしていたのだろうが。

 

 或いはいや、彼女は―――。

 

「考えるだけ無駄か」

 

 たとえ、神綺が彼(・)方(・)側(・)の(・)世(・)界(・)の(・)存(・)在(・)であろうと、それは自分には関係のない事だ。彼女に惚れたのは彼女の種族や人種や背景などではなく、彼女を見た瞬間に、彼女の魂に惚れたのだと、心の底からそう感じられる。そう、言葉をかわす前に、彼女の瞳を見て、その魂にお互い、惚れ込んだのだ。だから彼女が本当は―――であれ、自分には関係はない。彼女を愛しているのだから。

 

 だから、まぁ、彼女が切り出すまではそこらへん待つつもりではある。

 

「とはいえ、今回はガセだったのが痛いなぁ」

 

 結構厄いネタの気配はしていたんだけどなぁ、とは思っている。あの屋敷のネタ、確かめに行ってみれば屋敷には何もなかったのだ。いや、残留する霊力とかは確かにあったのだ。だから間違いなく、何らかの悪霊か霊が存在していたのは事実なのだろう。だがその姿は自分が到着したころには存在しなかった。屋敷の中に入り、探しても姿は無し、痕跡もない。消滅させられたか、或いはどこかに消えたのか。どちらにしろ、期待したような調査を行う事は出来なかった。おかげでオカルトスポットの取材という当初の目的は失敗する事となってしまった。

 

 だから屋敷を離れた。

 

 そして街が一望できる、博麗神社の石段に座りながら缶コーヒーを飲んでいた。

 

 屋敷のネタがつぶれたので、また別のネタを求めてスマートフォンを片手に、ぽちぽちとスクリーンをタッチしながら情報収集をしている最中だった。まぁ、まだネタはそこそこあるのでネタが一つ潰れた所で問題ではない。それに数年分の貯金もあるのだ。しばらく仕事をしなかった所で困窮する程危ない生活を送っている訳でもない。ただ、まぁ、仕事の有無は精神的な活力や健全さに通じる部分もある。

 

 出来るだけ、仕事はコンスタントに続けていることが好ましい。

 

 だからこのまま帰らず、次のネタを探している。

 

「暗くなる前には帰らなきゃならんしなぁ……手頃なネタはねぇかなぁ」

 

 はぁ、と白い息を吐き出しながらそんな都合の良い事を口にする。まぁ、最悪今日見つけられなくても問題はない。切迫している訳じゃないのだ、と自分に思い出させる。困窮している状態と余裕のある状態ではパフォーマンスが変わってくる。それを理解しながら、スマートフォンに落としていた視線を上げる。

 

 目の前には街の姿が広がっている。

 

 高く積みあがって行く石段からはこの広くもなく、狭くもない街の姿が一望できる。

 

 この石段の先は博麗神社へと繋がっているが―――名ばかりの神社であり、管理者も存在しない、廃墟となっている神社だった。その裏手も雑草が伸び放題となっており、偶に子供が遊ぶのに使って紛れ込み、

 

 本当に偶に、行方不明となる。

 

 帰ってくる奴がいれば、帰ってこない奴も居る。

 

 偶に返ってくる奴はそこに、もう一つの世界を見たとは言うくせに、その詳細を覚えていなかったり、口にできなかったりする。ただ、何かに迷い込んだのは事実だった。それを何度もここへと足を運んでは調査しているが、少なくとも自分が神隠しの類に会った事は今まではない。

 

「はぁー……白いなぁ」

 

 雪は降っていない。

 

 だがそれでも町は白く染まっていた。深く降り積もった雪を処理しようと人々が雪かきをしている姿が目撃出来る。俺も家の前は軽く雪かきしなきゃなぁ、とは思っている。ここ一週間、ひたすら家に引きこもっていた影響で新年とかいうビッグイベントを完全に逃してしまっていたし。

 

 思い出せば神綺と会ったのは、クリスマスの夜だったか。

 

「うーん、完全に脳味噌回ってなかったなぁ」

 

 ちょっとだけ神綺と距離を開けて、外の空気で頭を冷やしてちょっとピンク色だった脳味噌が落ち着いてきたかもしれない。いや、恋に落ちてしまった事自体はしょうがないのだが、だけどそれで何もかもを忘れるのは良くない。少なくとも、それは格好悪い事だ。何より、生産性も糞もない。

 

「もっと、頑張らなきゃな」

 

 誰でもない、自分が彼女と居たいから。彼女の為ではなく、自分と彼女の為に。そこらへん、間違えないように生きて行きたい。

 

 実家を出てきた。

 

 もう、10年近く前の話だ。

 

 高校を卒業してから父と交渉し、そして実家を出た。その時に家にかかわりのあるものの大半を捨てて、その代わりに熱田の名前を貰った。いわば、これだけが実家と自分の今の繋がりになる。自分が家を捨てて、家業を捨てて一人でこの世の中を生きて行く事を決めたのだから、これぐらいは当然だと思っているし、そして文句もない。だけど、まぁ、

 

 彼女というか、恋人というか。

 

 伴侶にしたい女というのは見つかった。

 

「その内、挨拶に戻るべきだろうなぁ……」

 

 実家から出たとはいえ、それで親子の縁が切れる訳じゃない。正直な話、実家の事は苦手意識がある。とはいえ、産んでもらった、育てて貰った恩があるのも確かだ。最低限、息子として果たしておくべき義理は果たさないと、人としてどうかと思う。まぁ、そこは神綺の意向も混じるし、あとお互いにちゃんと将来の設計しなきゃダメだし。

 

 時間を置いて、まだお互いを愛していられるかというのも確かめないとならないし。

 

「トンネルに出没する怪異か、こっちを探して―――」

 

 スマートフォンを見ながら情報を探していると、気配を感じる。言葉を終えるよりも早く、背後を振り返るように石段を軽く飛び上がりながら四肢で着地しつつ、右袖に仕込んである霊撃符を抜き取った。霊の類を特別に相手する為に用意された手製の符はこの街に出没する怪異相手には非常に良く効く。反射的に動き、反応するように体が出来上がっているのはここでの生活以前にそういうのを叩き込まれた影響でもあり、

 

「―――あら」

 

「あっ」

 

 振り返った所で見かけたのは霊や怪異ではなく、金髪の貴婦人の様な女性だった。

 

 四肢で体を支えた状態のまま、あー、と軽く声を零しながら、手元の符を見て、自分の姿を確認し、

 

「うぉっほん……こほんこほん」

 

 素早く立ち上がりながらコートの裾を払い、雪を落としながら符を素早く袖の中へと押し込んで隠した。

 

「あー、すまん。誰か境内の方に居るとは思わなくてな」

 

「ふふ、いいですわ。私が驚かせてしまったようですし」

 

 長い金髪に、道教を思わせる様な服装がドレスにアレンジされた、そんな不思議な服装の女だった。知らない、見た事のない女の姿を余り凝視するのも失礼だろうし姿を確認したら周辺へと視線を向け、他に気配がないかどうかを確認してから視線を戻す。

 

「あー……その、悪いな」

 

「いえ、気にしておりませんわ。だけど、物凄い反応でしたわね」

 

「そこは……まぁ、この街も暗くなってくると物騒だからな。ほら、逢魔が時ってあるだろ? 色々とそこらへん割とオカルトなんだよこの街は」

 

 だから暗くなり始めたらちょっと、警戒しておくぐらいがこの街では良い。夜になってから外を歩き回る事は自衛出来なきゃお勧めされない。なんでこうもこの街はそういうオカルト方面で物騒なんだ、とは思わなくもない。だけどそれが飯のタネになっているのだから、文句は言えない。

 

「ふふ、ご心配なく。私も少々寄らせていただいただけなのでこれから帰る所ですわ」

 

 そう言って女性は振り返り、境内の方へと―――博麗神社の本殿の方へと視線を向けた。そこに残されるのは廃屋だけだ。誰もいない、神様もいない神社だ。ここを管理する人間も、掃除する人間もいない。

 

 なのに不思議と、小綺麗というか、かなり汚れる様な事はなく、

 

 また、嵐や台風がやって来ても壊れる事はなかった。

 

 この神社はそういう、不思議な場所だった。

 

 また、定期的に近づいた人間を飲み込む様に神隠しを起こす癖に、幽霊や怪異の類は他の形では絶対に発生させなかったりする。ある意味、神隠しだけだと考えれば安全な場所だとも言えるだろう。とはいえ、逢魔が時ともなると怪異がそれとなく出現して来る。この現代の幻想無法地帯でのほほんとこの時間帯を過ごすのは危険だ。安全な場所に逃げ込めるのであれば、それに越した事はない。

 

「あんた、この神社に用事か?」

 

「えぇ、ちょっと見ておく必用がありまして、ね」

 

「へぇ、って事は例の神隠し関連か?」

 

 これは意外なネタにつながるかもしれない、という気配を直感的に感じ取る。博麗神社に人が来るとすれば、それは間違いなく子供が遊びに来ているのか、或いはここで神隠しにあった事が原因だ。偶に、神隠しで消えてしまった人を想って、お参りに来る人もいるが、それは基本的に稀だ。故に、どういうケースなのだろうか。そう思いながら境内の方に視線を向けている女を見てると、

 

 ふと、彼女の姿が知っている女の姿とダブった。どことなく、背中姿が似ている様に、そういう風に見えた。そうやって呆けている一瞬に言葉が滑り込んできた。

 

「幻(・)想(・)郷(・)」

 

「……ん?」

 

「幻想郷と言うらしいですわ。博麗神社と繋がる向こう側の世界は」

 

「へぇ、それは初めて聞いたな」

 

 幻想郷、今まで聞いた事のないキーワードだった。

 

「なんでも、忘れられたものが流れ着く地。幻想や神秘が当たり前の物として存在し続ける、幻想が最終的に流れ着く地―――楽園だそうですわ」

 

「本当にそんな場所があったらとんでもないな」

 

 あらゆる幻想が最終的に流れ着く。つまり、今はこの世界から消え去ったあらゆる存在がそこには存在し続けるのだろう。吸血鬼も、現人神も、神も、多くの存在がこの世界を去ったと言われている。科学の進歩によって幻想が蹂躙され、神秘の解釈が出来なくなったから。そして住める場所が失われてきたから。だから科学では解明不可能な完全なる霊障、ホラー系統の怪異しか表側の世界では存在し辛いと言われている。

 

 だがそれがまだ、別の場所で残っているとすれば―――まぁ、なんとも、まぁ、夢のある話だ。

 

 何せ失われた筈のものがまだそこに残っているのだ。

 

 実家の祭神連中に関してはまだ残っているが……それでも、何時かはそういう場所へと姿を隠してしまうのだろうか?

 

「……寂しいな」

 

「それは?」

 

 思ず、漏らした呟きに貴婦人が反応した。その反応にいや、あぁ、と声を零す。

 

「全ての幻想が流れ着く最後の地……なんだろう?」

 

「えぇ」

 

「だけどそうやって忘れられてゆくというのは寂しいなぁ、って話だ。忘れられたから消えるのか。或いは消えて行く先があるから消えるのか。どちらにしろ、この世界から騒がしさが引くのは寂しいって話だよ。そう思わないか?」

 

「さぁ? そういう事は考えた事もありませんでしたわね」

 

 食えない女だ、そう思いながらそろそろ帰るか、と決断する。あんまり遅くなると心配されてしまうだろうし。まぁ、幻想郷に関してはまた後日、調べれば記事のネタにできそうだと覚えておけば良い。

 

 そう考え、軽く手を振ってからポケットの中へと突っ込み、

 

「それじゃあな」

 

 別れを告げて帰ろうとした。それを止めるように、背後から声を投げられる。

 

「もし」

 

背中を向けて、石段を下り始めると、そんな声を背中に投げかけられた。

 

「幻想郷へと向かえるとすれば―――貴方はどうしますか?」

 

 降りる足を止め、軽く肩越しに横目を向けるように女の姿を見た。

 

「どうもしないよ」

 

「とは?」

 

 簡単な話だ。

 

「俺は、自分の選択肢に責任をもって生きている。自分がやる事、選んだ事、それに真摯に向き合っているつもりだ。自分がやった事に後悔はしないし、言い訳もしない。自分で自分が選んだ道なんだ。そこに文句を言うのは当然、間違っている」

 

 だってそうだろう?

 

 生きている以上、何をしようと責任を取るのは誰かじゃなくて、その選択をした自分自身だ。選択肢を強要されても、そこへと歩んだのは他の誰でもない、自分自身だ。

 

「だからそれが楽園だろうと、俺は行かねぇよ」

 

 そう、きっと都(・)合(・)が(・)良(・)い(・)のだろう。

 

 あの現人神も、祭神を連れて消えてしまったという事は―――きっと、そう、それが本当に存在するなら、幻想郷とやらに消えたのだろうとは思う。

 

 ほかの連中の事は知らない。葛藤があっただろうし、色々と考えもあったのだろうとは思う。だがそれを全部含めて、在るとしたら取材してみたい程度の興味であり、行く様な気持ちは欠片もない。

 

「このままならない現実ってやつが好きなんだ」

 

 なによりも、

 

 ―――俺の女に、誇れる自分でありたい。

 

 今の生活が気に入っている。だからどこに行く予定もないし、願望もない。

 

「それだけの話だ」

 

「そう、それはまた……幸せなのでしょうね」

 

「当然だろう? まぁ、そうじゃなくても自分の現実が気に入らないからどこか遠くへ、都合の良い所へ逃げたい―――そんな風に思う様な不真面目な人間にはなりたくはないけどな」

 

「不真面目、ね」

 

「ま、俺個人の考えだよ。あんたが何を思おうが、幻想郷とどうかかわろうが、俺には関係のない事だ」

 

 俺は今の生活を守るだけで手がいっぱいなのだから。

 

 故にさようなら、もう会う事もないだろうと今度は振り返る事もなく石段を下りて行く。背中に視線を向けられているのを感じるが、もう興味はなかった。ただ幻想郷、その名前だけは忘れない。

 

「さーて、今夜は何にするかなぁ……帰りにスーパー寄ってくか」

 

 適当に特売のチェックをしながら夕飯の材料でも買おうかと考える。まだまだ寒いし、鍋は……作る手間が少なすぎて神綺の練習にならない。となるともうちょっと何か、下準備とかが多いものの方が勉強になるかもしれない。シチューとか悪くないよなぁ、

 

 そう考えながら帰路につく。

 

 

♦

 

 

 そうやって、石段を下りて行く人間の背中姿を女は見つめた。眩しいものを見るように、或いは忌々しいものを見るように、懐かしいものを見るように。複雑な感情の入り混じった視線を女は男の背中姿へと向けていた。

 

「フラれてしまいましたね、紫様」

 

「藍」

 

 虚空から聞こえる声に咎めるように女―――八雲紫が返答する。僅かに怒気の含まれる声に、空間が割れて隙間が生まれる。幾何学模様が覗き見える隙間の中から、和装に身を包んだ狐の特徴を備えた女が出現する。いや、出現と呼ぶには少々荒々しく、叩き出すという言葉の方が表現としては正しいのかもしれない。ただ狐の女、藍も叩き出されておきながら飄々とした様子を崩さず、問題なく両足で着地し、紫の横に立っていた。

 

「それで、魔界神の男はどうでしたか、紫様」

 

「どうも何もないわ。見てのとおりよ」

 

「成程、フラれ―――」

 

「なんでそういう方向性なのよ……」

 

 呆れるように紫は溜息を吐き、藍は楽し気にくつくつと笑い声を零す。性悪狐め、と紫が呟き、それを藍は楽しそうに受け入れる。そこには歪ではあるものの、信頼という概念が見て取れた。女たちは博麗神社の境内から眺める事の出来る景色を一望してから、空間に再び裂け目を生み出す。

 

「帰るわよ藍」

 

「おや、もう若い燕を探さなくていいのですか」

 

「らーんー?」

 

「ははは」

 

「もう、貴女は本当に……それよりも魔界の定期的な監視を任せたわよ」

 

「拝承。紫様も忠実な僕をここまで働かせるとは酷いものです」

 

 藍が文句を楽しそうに口にしながら空間の隙間を潜り抜けて行く。それを追うように紫が足を踏み出し、もう一度街の様子を確認してから隙間の中へと消えて行く。

 

 そして、静かな廃神社だけが残された。




 神秘に片足ぐらいは突っ込んで自覚しているタイプの主人公。

 ふぁんたじーエロゲ路線だから恋人とのいちゃらぶっくすは割と雑に頻繁にこなしてゆくよ。なおてんぞーのファンタジーエロゲ感は大体えうげーから来てる。
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