1月下旬。
まだまだ、外は寒い。
冬という概念が一歩、家の外に出れば襲い掛かってくる。仕事はぼちぼち取材しながらネタをストックして行き、記事を書いたら担当へとぶん投げる。そんな緩い感じで仕事ができるのは霊障、心霊事件に関する情報を割といい値段で買い取ってくれる連中が世の中には居るからだ。表側の世界から急速に怪異の類が消えているのは事実だ。この数百年、幻想生物の類が消えて行く為に廃業になる同業者の姿が見られる。
だからこそ、そういう連中がオカルト関連の情報を漁ったりする。
それでも、そういう連中がこの街に殺到してこないのは不思議ではあるが。この街を取り巻く怪異や霊障の数に関しては、世界でもトップを誇る物だと言える。それこそ日常的に誰かが被害を受けているレベルで。それを時たま、その道のプロが潰したり、或いは自分のような奴が見つけたら潰したり、或いはある日、突然蒸発したかのように消える。そうやってこの街では怪異が発生したり消えたりを何度も繰り返している。
その回数を見れば業界の人間からすれば、金になる土地だろう。
なのに、そういう類の人間が街にやってくるのを全く見ない。
本当に不思議な話だった。
山を貫くトンネルを抜ける必要があるが、バス一本でやって来れる田舎のはずなのに、まるで辿り着けないように人が来ない。ある意味、この街の存在そのものが一つの神秘かもしれない。
或いはそれこそ、幻想郷という秘密の世界の影響かもしれなかった。
今まではその名前を知らずに調べていても何も情報が出て来なかったが、一度その名を得てから調べてみればロックが解除されたように情報が出て来るようになった。幻想郷、それは神秘と人が共存できるように残された土地―――らしい。
神隠しにあった人間はそこへと辿り着くものとなっている。神々も信仰が薄くなった大地では生きて行けない。その為、幻想郷へと逃れて神秘の濃い世界で生きようとする。幻想郷とはそういう場所らしい。あくまでも実際に行ったことのある人間と話した訳ではなく、軽く調べただけの話であり、
それ以上の話は興味を無くした。故に幻想郷の話はこれでおしまい。これ以上調べる事も追及する事もない、態々神々や幻想の避難場所を記事にして、それでその世界を危険に晒す必要もないだろう。
そんな事よりも自分にとって大事なのは、今のこの時間だった。
家の居間、テーブルの代わりに冬季はここに炬燵を出している。神綺を股の間に挟むように背後から包みながら二人で同じところに座り、正面のテレビを見ている。神綺が炬燵の上でみかんを剥いている。その姿を正面に捉えつつ、テレビに映るバラエティー番組を見ていた。
1月下旬ともなるとお正月ムードも抜けてきて、お正月特番もなくなってくる。こうなると既に出勤して働いているというのが日本人だ。たいていの人間が職場に出勤しては汗水を流している頃、
特に仕事を急いでする必要もないので、のんびりと正月を過ごしていた。
「うーん、ちょっと乱暴じゃないかしら」
熱湯風呂に叩き込まれる芸人を見ながら神綺はそんな事を口にする。言いたい事はなんだかんだで解る。古典的な日本芸人の芸だが、体を張りすぎる部分がある。
「無粋だというのは解るけど、それでもああいう風に笑いを取ろうとするのはあんまり好きじゃないわ。なんというか……人が傷ついて笑うって、不純じゃない」
「言いたい事は解る」
まぁ、なんというか、
「大抵の奴っていうか―――基本的に人間って他人の失敗を笑う生き物なんだよ」
誰かが失敗すれば面白い。そう思う奴が世の中には腐るほどいるという訳だ。
「日本人はそこらへん、マジで酷い。他人の失敗で爆笑する。いや、究極的にどの国でもそうだけどさ。日本はそこらへん、特に体を張った部分があるんだよ。リアクションが大げさな方が面白いって感じが。まぁ、気持ちは解らなくもないけど、そういうのが嫌な奴からすりゃあ不快って訳だ……あんむ」
「うん、私はこういうのは好きじゃないわ」
「チャンネル変えるか」
チャンネルを切り替え、別のエンターテイメント番組へと切り替える。こちらでは東京のグルメリポートを行っていた。それを神綺が興味深そうに眺めつつ、剥き終わったみかんを此方の口へと入れて来る。それに倣い、此方も後ろから手を伸ばし、剥き終わったみかんを掴んだら神綺の口の中へと寄せて、食べてもらう。
あぁ、やっぱり冬は炬燵にみかんというコンビネーションが素晴らしい。これを超える組み合わせは中々存在しないと自負している。後は……そう、炬燵と鍋。この組み合わせは実に殺人的な組み合わせだと思っている。
「あ、これ美味しそう」
「あー、チーズフォンデュかぁ。一応自宅でも出来るけど……今度食べに行く?」
「いいの?」
「偶には外食も悪くはないだろう。俺も結構食べてないし」
どうせなら自宅用ラクレットのセットでも購入したら、冬は楽しく食べられそうだよなぁ、何て事も考えたりする。一人暮らしの生活の楽しみなんて食事ぐらいなのだから、そこら辺の金のかけ方はあんまり遠慮しない。
「最近、バイクを腐らせ気味だしな。二人でツーリングついでに遠くで食べて来るってのも悪くはないだろう」
「ふふ、その時が楽しみね」
「ま、近いうちにな。特に予定がある訳じゃないし―――」
と、言葉を続けようとしたところで、スマートフォンに着信が入った。マナーモード中のスマートフォンがぶるぶると震えながら注意を促してくる。炬燵の上に置いてあるそれを手に取り、着信に表示されている仲間を確認する。
その表情を神綺が振り返りながら軽く見て、笑っているのが見える。
あー、ちょっと恥ずかしい。
「はい、もしもし此方熱田」
『あ、出た出た。熱田先生おーい』
「聞こえてる、聞こえてるって」
溜息を吐きながら聞き覚えのある女の声に苦笑を漏らした。男混じりの元気さを感じさせる声を久しぶりに聞いた、と思いながら言葉を返す。
「大学の方はどうなんだよ」
『課題とか終わらせて単位もどうにか取れたよ。だからこの冬はオカルト遠征! そっちの方へ遠征に行きたいんだけどどう? 部屋空いてるでしょどうせ? また泊めてくれない?』
『蓮子、流石にそれは失礼なんじゃない?』
『だってさ、先生ホモかと思うレベルで女性の気配しないし』
好き勝手言いやがるなこいつ。電話の向こう側から蓮子―――京都の大学生、宇佐見蓮子のやかましい声が聞こえて来る。その遠慮のない物言いがどういう信頼関係を構築しているのかを説明してくれる。まぁ、なんだかんだで付き合いが数年間続いてしまったのが悪いとも言う。あの少女たちのアグレッシブさには参る。
「ミコト? 誰なの?」
「ん? 京都の大学生だよ。オカルト好きの。神綺が来る前はちょくちょく遠征するのにウチを利用してたんだよ」
部屋は開いていたし。
今更ながら我が家―――というか借りている部屋は2LDK、二部屋にリビング、キッチン、ダイニングが備わっている結構良い所の部屋だ。個人的にはもうちょっと安めの場所でも良かったのだが、どうせ遊びに行くのだからちょい広めのを借りておけよ、という
こうやって神綺と一緒に暮らしている今、その選択肢は間違っていないとも思える。
『え、待って。今の声誰。滅茶苦茶声が綺麗だったんだけど』
「嫁」
『嫁……嫁!? 嫁ェ!?』
『蓮子、どうしたの蓮子!?』
通話の向こう側が滅茶苦茶騒がしい。耳からスマートフォンを離しながら視線を神綺へと向ければ、神綺が此方に身を寄せながら見上げて来るのが見える。その表情は少しだけ、得意げだ。
「……ワザと聞こえるように言ったな?」
「何のことか解らなーい」
「あぁ、もぉ、本当に」
そう言いながらも、嫉妬されているのだと思われると、嬉しかった。
『え、世界が違う……』
『蓮子には私が居るから? ね?』
『いや、そうだけどそうじゃなくて!』
「落ち着いて話せよ」
軽く呆れながら苦笑を漏らせば、蓮子がえーと、と焦りながら声を送ってくる。
『……ご結婚おめでとうございます?』
「あぁ、いや。まだ結婚とかしている訳じゃないんだ。同棲しているだけで。俺はその内籍を入れたいと思ってるけど……どう?」
「私も、貴方ともっと近く、一緒になりたいから断る理由なんてないわ」
『うわぁ、うわぁ、うわぁー! メリー、ね! 今の! 今の聞こえた!?』
『聞こえた聞こえた! きゃー!』
神綺とのやり取りに何が琴線に引っかかったのかは解らないが、女子大生二人組は電話の向こう側できゃーきゃー叫んでいた。こういう所、女子共は実に煩いと思う。いや、悪いという訳じゃないけどそのきゃーきゃー言うノリにはついて行けない。ただこういうのを見ていると、秘封倶楽部の二人組もなんだかんだで女の子なんだなぁ、というのを実感させられる。
その正体はレズビアン百合カップルなのだが。
別に今の社会、レズビアンのカップルはそう珍しいものではない。そういうのが認知されてきている社会でもあるのだから。ただ問題はあの二人がそういう関係のまま、一切の遠慮なく男や別の女の輪に混じってくる事だろうか。ちょっと無防備だとも言えるのかもしれない。その為、偶に勘違いされては轟沈する者もいるなんて話を聞いた覚えがある。
まぁ、大学生はそれなりに楽しそうだなぁ、というだけの話だ。
『そっち! 絶対にそっち行くから待ってなさいよ!』
『部屋を開けておいてね!』
「お前ら宿を取るってことを―――」
スマートフォンをスクリーンを見る。通話が切れていた。あの女子大生共、と息の下で呟きながらも軽く苦笑を零してしまう。
「仲が良いのね?」
「仲が良い、というか懐かれたというか……あの二人、マエベリー・ハーンと宇佐見蓮子のコンビは大学のオカルトサークルの面子なんだけど―――」
まぁ、オカルトを求めて北海道まで遠征するというある種の凄まじいバイタリティを持っている連中なのだ。それで自分からオカルトに対して首を突っ込む癖に、攻撃手段は持ち合わせていない。だから発見したらそれを楽しんで逃げるという事の繰り返しで遊んでいるらしく、
前、取材した時に連中とバッティングしてしまったのだ。それで目の前で怪異をぶっ飛ばした所を目撃されてしまい、
「あぁ、見られてしまったからそういう事なのね」
「そうそう。この街では異様にオカルト関連の出来事が発生しやすいしな。俺の部屋を借りては探索して回っているんだよあの二人」
休みの度に遊びに来るもんだから困った。まぁ、ゲストルーム用に部屋を一つ開けてあるんだから別に良いのだが。今となってはちょっとした問題になってくる。何せ、前は開けておいた部屋を今は神綺の私室として使っているのだから。
つまり、今は誰かを泊める様な部屋がないのだ。普段なら問題はないけど、今回に限ってはちょっと……困るかもしれない。
「あら、別にいいじゃない。大体、何時も同じベッド使ってばかりだし」
「いや、そりゃそうなんだけどさ」
「私、別に同じ部屋を使っていても問題ないわよ?」
「……一人の方が良い時もあるかと思って別の部屋用意したんだけど」
「あら、そんな遠慮が必要だって思われてしまうなんて心外だわ」
そう言うと神綺は振り返り、半身を炬燵に入れたまま、此方へと体を向き直し、そのまま寄り掛かるように押し倒してくる。
「神綺」
「私は……ミコト、貴方になら私の全てを見せてもいいと思うの。心も、体も」
覆いかぶさりながら神綺が体を抱きしめて来る。愛しい重さを感じながら、その姿を抱き返す。
「だから同じ部屋でも問題はないわ。見られて……恥ずかしい事はあるけど、困る事は何もないもの。私は―――」
「君が、何であるかなんて俺には興味はない。俺には神綺が神綺だって事実だけで十分だよ」
君がどんな幻想からやって来たかなんて―――興味もない。本当はどうであるかなんて、どうでもいい。ただ、君に恋をした。そして君を愛している。それが熱田尊という男が知っている真実だ。だから彼女が何かを戸惑い、話していなくても自分にはそれで構わない。
そんな事を気にしないほどに愛しているのだから。
「……じゃあ、部屋、一緒にしようか」
「うん……その、来る子達と仲良くできるかしら?」
「脳味噌がアーパーな女子大生だから大丈夫だよ。とっつきやすい連中だし。まぁ、その前に神綺は料理の練習しなきゃダメだけど」
「ちゃ、チャーハンなら作れるようになったから」
神綺が声を震わせながら答えた事に小さく笑い声を零しながらまた、平和な一日が過ぎ去って行く。
秘封倶楽部。本来なら秘封は董子一人しか存在しない筈なんだけどねー、こっちの二人組のが使いやすいと。
女子大生とホラーハンティングとかいかがかな?