「秘封倶楽部ここに参上!」
「もう、蓮子ったら……あ、お邪魔しまーす」
「お邪魔しまーす、じゃねぇんだよボケ。まずは相方止めろよ」
「あ、これ宿泊費と滞在中の食費です」
マエベリー・ハーン―――メリーから宿泊中の諸々の費用を受け取る。まぁ、ホテルや宿を探して泊まるよりは安いが、それが目的でウチを拠点に使っているのだ。メリーから受け取った金額を確かめる。確かに、丁度この二人が食べそうな金額が入っていた。本当にギリギリのギリギリまで攻めやがって……と、息の下で吐いている間に女子大生共が家の中へと入って行く。そうすると後ろからやかましい声が聞こえて来る。
「いらっしゃい、貴女達がミコトのお友達かしら? ゆっくりして行ってね」
「きゃー! でたー! 噂の人ー!」
「うわっ、凄い美人。え、先生本当にこの人を捕まえたの? 詐欺とかじゃなくて?」
「聞こえてるぞお前ら」
呆れの息を零しながら扉と鍵を閉める。本当にバイタリティ溢れている女子共め、と呪いの言葉を口にしながらもなんだかんだで連中の事は嫌いじゃない。しばらく玄関で立ち尽くしてから彼女たちの後を追うようにリビングへと戻ると、神綺がメリーと蓮子に囲まれている姿を見ることが出来た。
「先生の奥さん? 本物? 本物なの!?」
「ミコトさんのどこが良いと思ったの?」
「え? その……一目見た瞬間好きだって解ってしまって……全部一人でやろうとせず、ちゃんと私を頼ったり、出来るように教えて家事とか分け合おうとしてくれる所とか」
「きゃ―――!」
「うるせぇから少しは声のボリューム下げろよ……」
そうは言うものの、秘封コンビの盛り上がりは凄まじく、そのまま神綺を挟んで大いに騒いでいる様子が見える。神綺もやや押され気味に困惑しているものの、それを不快に思っている様子はなく、やがて秘封倶楽部の話題に笑いながら混ざり始めている。
此方に来てからというもの、神綺にはどことなく、外に出る事をちょっとだけ恐れる様なフシがあった。なんというか、
この騒がしい女子大生共のバイタリティが、少しでも神綺に対していい影響を与える事を祈っている。
少なくとも、この二人は良い子達だ。それが悪い影響を与えるとは思ってはいない。俺ばかりじゃなく、同性の友人も神綺には必要だと思う。
まぁ、独占出来ないのは素直に寂しいとは思うが。
それでも、彼女が楽しそうにしている姿を見るだけで心が満たされる。だから、まぁ、騒がしい女子大生共に関しては今回は許そう。物事が良い方に傾くとは限らないのだが―――それでも、世の中悲観していてはまともに呼吸する事だって出来ないだろう。だったら少しは明るい事を考えて生きて行く方が、遥かに建設的だ。
自己紹介を終えて話し合う三人を見て軽く笑い声を零し、キッチンへと向かう。
棚にはハーブティーがあったはずだ。外は寒いし、それとケーキでも出してやろう。
「へぇ―――金払ったとかじゃなくて本当に恋人なんだ」
「そろそろウチから叩き出すぞお前」
「ごめんごめんってば。だけどほら、先生ってかなり女っけがないから実はホモなんじゃないの? ってメリーと前話をしていてさ。家に泊めるのに手を出してこないしこれは本格的にそっちかEDなのかなぁ、って」
「あ、それ話してたの蓮子だけですから」
「あ、メリー!」
「お前らは本当にもうさぁ……」
リビングの炬燵を四人で囲んでいる。ハーブティーにチョコレートケーキという組み合わせは一瞬で女子を陥落させ、炬燵という魔の領域へと引きずり込んだ。騒がしさは残るものの、それでも炬燵に当てられてだいぶ大人しくなってきたのは解る。そう、大人しくなってこれなのだから困る。本当に、現役の学生のバイタリティという物には勝てない気がする。
「ふふ、ミコトの事を心配してくれているのね、ありがとう」
神綺のその言葉に蓮子が戦慄したような表情を浮かべながらメリーへと視線を向け、メリーがそっと頭を振る。
「神綺さん、私達と違ってヨゴレ系入ってないから」
「まって、それ私達がヨゴレ系入っているって事にならない」
「他人の家でおっぱじめるレズビアン共が何を言ってやがる。ウチ、一応防音だから隣の家には聞こえねぇけど、こっちの寝室には届くんだからなほんと」
「その節は本当に申し訳ありませんでした……」
信じられない話だが、このレズカップル、人の家に泊っている癖に借りているベッドルームでおっぱじめたのだ。セックスを。まぁ、あの夜は結構酒が入っていて勢いがあったのも事実だが、アレ以来秘封倶楽部との宅飲みは全面的に禁止という事になっている。酒を飲むのならある程度セーブが出来る外でのみ。家で飲むと完全にブレーキが外れるからダメなのだ。
「まぁ、二度とそんなバカしなければいいや。それよりもこっちに居るのはあー……1週間ぐらいか」
「そうそう、面白そうなネタを掴んだのよね。こっちにいる間にその尻尾を掴もうと思ってね」
そう言って蓮子が持ち込んできた鞄から何かを取り出そうとする。その間に、神綺に向けてメリーがサークル活動を説明する。つまり、秘封倶楽部がどういう活動なのか―――といっても、大学の超オカルトサークルであり、部員はメリーと蓮子の二人だけになっている。人数が少ないし、明確に役に立つような事をするわけでもない。大学で部室を勝手に使って勝手に活動しているほとんど大学とは関係のない趣味の活動の様なものだ。
「趣味でそこまで入れ込めるのは凄いと思うよ。俺は金にならなきゃホラーハンティングなんて絶対にしたくねぇわ」
「そうは言うけどミコトって就職しないわよね」
「……いや、ほら……俺、最終学歴高卒だからな」
「でもミコトがその気になれば就職できる当てはあるんでしょう?」
「いや、それは……」
「それとも……他に仕事を取りたくない理由があるの?」
「その、惰性で続けていたのは事実だけど……」
「だけど?」
神綺の視線から逃れるように目を反らす。あぁ、今蓮子とメリーが滅茶苦茶此方を指さしているのが見えるが、あの指を軽く折ってやろうか、と思うものの、神綺が炬燵から脱出して、此方の正面を両手で抑えて取ってくる。
「ミコト」
「お前との時間が取りたいからフレキシブルな仕事を続けたいと思ってるんだよ!」
「それならそうだって言えばいいじゃない」
「恥ずかしいじゃんかよ……。それに安定した収入じゃないし」
「そんな事、別に良いわよ。本当に余裕がなければ私も働けば良いんだから。一緒に生きて行くのに、私だけ苦労を背負わないというのは嫌よ?」
「それは……まぁ……」
まぁ、解るのだ。養っているのではなく、共に生きて行くのだから。だから頼りきりになるのではなく、必要な苦楽を分け合うというのは。だけど、こう、その気になればもっと安定した職に就く事も、出来る筈だ。少なくとも神綺との生活を始めてからはそれを考えた事もあるのに、彼女と一緒の時間欲しさにその選択を後回しにしてきた。その事を考えるとやはり、恥ずかしいのだ。
「ねぇ、メリー、ここ暑くない? ものすっごい暑くない?」
「解る。あー、すっごく暑いわねー!」
本当にこのお気楽女子大生共め……!
「ミコト」
「解ったよ。ただ貯蓄もあるし、別に生活に困窮している訳でもないんだ。そこまで焦る事でもないからな?」
「解ってるわ。それに私もなるべく貴方と居られる時間が欲しいから」
メリーと蓮子が暑い暑いと煩い。そんな風に言われると余計に恥ずかしくなってくるから止めて欲しい。ササっと横に入ってくる神綺の為にスペースを作りながら二人で並び、炬燵に入った状態で軽く咳ばらいをする。
「とりあえず……来た以上は何か追っかけるネタでもあるんだろうな?」
「お、実はあるのよねー、これが」
得意そうな表情で蓮子が口にし、スマートフォンを取り出した。蓮子がそうやってスマートフォンを操作すると、一枚の写真を表示させた。背景に夜空と月が見える写真であり、そこにはシルエット状にはなっているものの、人間よりも大きな存在が吠えるように腕を広げているのが見える。その周辺にはスプラッターな光景が広げられているのが解るのは、写真の端に人体の一部とみられるものが転がっているからだろう。
「趣味悪いぞお前……」
「いや、違うのよ先生」
そう言って蓮子がスマートフォンの写真、その背景の夜空を指示した。
「……森の夜空にしか見えないんだが」
「この空、
宇佐見蓮子という女は不思議なもので、空を見れば今の位置が解る。別の空を見ればその場所が解る。そして日本国内であれば、常に正確な時間を理解できるというすさまじい能力を持っている。これに星占術でも学ばせたら一流の魔術師にでもなりそうだなぁ、と思っているのだが、確実に道を踏み外すであろう未来が見える為、その事に関しては黙っている。
また、同様にメリーも蓮子と同じような凄い力を持っている。その為、この二人の女子大生共は、自分からオカルトに飛び込んでは当然のように無傷で脱出して来る。ちょっとした冒険気分で一級の危険地へとやってくるのだ。今回の写真も、見た限りかなり危険そうなものに見える。
写真越しなのに、かなりの邪気を感じる。
どちらかと言うと怪異ではなく―――外宇宙系統だろうか。なんか、もう、この時点でヤバイ気配しか感じていない。
「最近首都圏で連続殺人事件が発生しているの知っている? 引き裂かれた死体が一晩の間に数十見つかるって殺人事件」
「耳には挟んだ」
「この写真は現場に残されたスマートフォンから撮影されたものがネットにアップされたものよ。これが本当ならきっと、奴につながるヒントになるわ」
「いや、お前それを見つけてどうするんだ」
その言葉に蓮子とメリーが首を傾げる。そして互いを見やり、
「観察する?」
「危ないし遠くから眺める方針で」
「ぐ、く、こいつら……!」
片手で顔を抑えながら能天気な事を言っている女子大生共の様子に軽い頭痛を感じる。だが実際に、逃げ切れそうなだけの能力があるからこそ厄介なのだ。この二人の女どもはそれこそ天運とでも言うべきものに恵まれている。
そういう星の巡りがあるからこそ、まだ大学一年生だった頃のこの二人の困った時に自分が出会ってしまったのだろう。お手軽に助けてくれる相手として。
「大丈夫大丈夫、適当に探して堪能して帰ってくるから」
「……その、ミコトさん? 蓮子はこんなことを言っているけど、そのー……」
「ミコト」
「わぁーってる、わぁーってるよ。流石にほっぽり出したりしねぇよ、ったく」
神綺とメリーから頼まれるような形にはなったものの、流石に殺人鬼がこの街にいるかもしれないと言われて放置しておくわけにもいかない。しかしだ、殺人鬼。殺人鬼と来た。この街もたいがい物騒な所であるのはまた事実なのだが、それでも殺人鬼の気配は感じた事はなかった。
それとなく住んでいるマンションの周りには怪異避けの結界とかを張ったりしているからセーフエリアなのだが―――どうだろう? 怪異系の殺人鬼とか潜伏しているもんだろうか?
流石にガチモンの殺人鬼とエンカウントしたことはないから、判断し辛い。
とはいえ、
或いは、この街が境目なのかもしれない。
幻想と現実の境界線。
現実と幻想の狭間にあるものとはつまりイメージだ。そして現代社会の傾向を考えれば、それがマイナスの方面へと積みあがって行くのは容易に理解できることだ。だからここが本当に幻想郷へと通じる道が存在する街であるなばら、この境界線は、緩衝地帯であり、また同時に不安定な領域でもあるんだと思う。まぁ、実際の所はどうなのかが解らないが。そしてそこまで悩む様な事もでないだろう。
どうせ、出来ることはそう多くはない。
「先生を味方に付けたら百人力よ―――良い肉壁になるし」
「それ、本人の前で言う必要あった?」
「ごめん、ちょっと幸せそうにしてるから意地悪したかっただけよ」
「蓮子本当にそういう所あるよね」
てへり、と舌を可愛く突き出す蓮子の額にデコピンを叩き込んで倒す。その姿を見届けてから頬杖を突く様に炬燵に軽く身を預け、横から体を預けて来る重みを感じる。視線を軽く神綺へと向ければ、楽しそうに笑みを浮かべている姿がみえる。
やれやれ、1月の終わりまではどうやら、騒がしくなりそうだった。
とはいえ、それが悪いとは欠片も思っていなかった。
秘封連中登場。性格は結構愉快になっているというか。道具もスマホとか登場してモダナイズしている。
この世界、実は割と登場人物がフリーダムな訳でして。東方世界の登場人物がもうフリーダムって感じだから立川に聖人コンビがいたりする、そんな素敵な世界です。