「うわ、本当に人の気配が欠片もしない」
「古いのに朽ちていない……不思議……」
「廃神社だからな」
博麗神社の境内を蓮子とメリーが歩き回っていた。その様子を鳥居に背を預けながら腕を組んで眺めている。博麗神社は古い神社だ。当たり前のようにこの街にあったし、かなり古くから存在している神社だ。なんの神が祭られているかは知らないし、ここからは信仰の気配も、神気も感じられない。誰も住んでおらず、誰かが世話をしているのを目撃した訳でもない。
それでも朽ちず、汚れず、今もこのまま形を残している。一つの大きな不思議を抱えた場所だった。最近知った話ではここから幻想郷という場所へと向かえる事実が存在しているのだが―――まぁ、少なくとも自分がその幻想になれた事はなかった。或いは、俺が幻想となる事その物を拒否しているのが原因かもしれない。
まぁ、それがどうあれ、この博麗神社という場所が一つの大きな幻想である事に違いはない。蓮子がこの神社付近の空を見たと言ってきた時、どことなく納得を感じたのは間違ってはいないと思う。少なくともこの街における怪奇現象の中心と言える場所はここだ。
「あ、凄いここの水濁ってない」
「本当だ。岩に苔が生えてはいるけど、水が汚れている訳じゃないわ。これ、かなり綺麗な水よ」
「あ、こっちの絵馬はそれなりに新しいかも」
「うーん、不思議ねぇ」
「ふぁーあ……」
楽しそうに秘封倶楽部が博麗神社を観察している。まぁ、この場所が妙に変わらないというか、朽ちない不思議は誰もが感じているものだ。そしていつか、それが普通であると思ってしまって忘れてしまう。まるで魔法で保存されているかのような場所だ。或いはここだけ、時間が切り取られているのか。
真相は―――まぁ、知らなくても生きていける事だ。
「扉は……アレ、開かないのね。びくともしないわ」
「窓も開かないわね」
「ナチュラルに不法侵入決めようとするなお前ら。地主不明とはいえ流石にやらせんぞ」
えー、とぶーたれる女子共に近づき、襟首を掴んで神社から引きはがす。全く、油断も隙もない。そう思いながら二人を解放した所で、少し前、ここでの出会いを思い出す。あの貴婦人の様な女の姿―――そして雰囲気。
今さらながら、メリーと良く似ている。そんな事を思い出した。
「んー、場所的にはもうちょっと奥の方かしら。死体が残っているのは現場なんだけど、なんでこっちの空が映ってたのかしら」
「さあ?」
まぁ、怪異や妖怪という生物は一種のルールに縛られる。その事を考えるとそこまで不思議でもないだろう。出現条件を満たしたときに人間を襲う、喰らうというタイプのはそこそこメジャーでもある。有名なのではメリーさんとかだろう。ただ、この短期間で数十人という人数を一度に殺して回る様な奴は中々に珍しい。いや、珍しいというか悍ましいという方が正しいだろう。一度に数人を一年、半年というペースなら割と見るが、一度に数十人を短期間というのは中々聞かない数字だ。
それが本当なら、ほぼ確実にこういう怪異が安定して存在出来るスポットを核にしている筈だ。
それでも、何でそんな遠くまで顕現出来ているかが不思議が残る話ではある。どこかに種があるのだろうが、先に見つけないと話にならない。
「とりあえず奥はどうなっているの?」
「裏山があるな。ちょっとした川もある」
博麗神社の横を見れば、裏山へと通じる道があるのだ。不思議と、そこだけ綺麗に整理されていて裏へと回ることが出来るのだ。案内する様に先頭に立ち、博麗神社の裏手へと向かって歩き出す。
此方が神社の境内とは違って、草木が生い茂っている。かなり高い木の姿も目撃出来て、放置されているという言葉が似合っている様な景色が見られる。ただ、その中でも道が存在している。どこかの誰かが作った訳でもないのに、裏山の奥へと進むルートが存在しているのだ。まぁ、普段はここに遊びに来る子供とかが利用しているのだが。
そうやって裏山の入り口にまでやってくると、蓮子が空を見上げる。
「うん―――結構近いわね」
「便利な警察犬だなぁ」
「犬じゃないってば! もう、それよりもここはどうなってるの?」
「どう、って言われてもなぁ。地主のいない山だよ」
噂では異世界へと通じている、という物らしいが。ここで時々行方不明者が出ているのは例の幻想郷とかいう場所へと消えているからなのだろう。まぁ、そうじゃなくとも山だ。迷子になったら戻ってくるのに苦労して来る事だろう。
「あんまり、深く踏み込むなよ? 道からそれても面倒だからな」
「流石にわかっているわよ。ね、メリー……メリー?」
蓮子の言葉にメリーが返答せず、心配した蓮子の言葉がメリーへと向けられる。それを受けてメリーが大丈夫、と軽く頭を横に振った。
「なんか……不思議な場所ね、ここ」
「何か見えたの?」
「見えたというか……」
メリーが裏山の先へと視線を向けながら、首を傾げる。
「境界線が揺らいでいる? 恐ろしいほどに強固な境界線……そこに割り込むようになにか、醜悪なものがへばりついているような……腫瘍? 何これ気持ち悪い……」
「メリー? 気持ち悪いなら別に見なくてもいいのよ?」
蓮子がそう言いながらメリーに近づき、その姿を隠す様に抱きしめる。それに見ていた物から目を反らしたのか、安心したような息を吐き、メリーが蓮子の胸に顔を隠した。どうやら蓮子の言っていた殺人鬼とやらはここに隠れているらしい。ただし、本当に醜悪なものらしく、なるべくなら直視しない方が良いとも見えた。
「決まりだな、帰るか」
進んで良くない物を視る必要もないだろう。そう判断した所で、蓮子とメリーが頷く。好奇心旺盛で突っ込む様な癖があるものの、聞き訳は良い。根は素直で優しい娘なのだという事は解っているのだ。面白そうなら首を突っ込む。だが危険だと解れば直ぐに手を引く事も出来る。それぐらい出来なければ生きていけないのも事実だが。好奇心の強いだけの馬鹿じゃないって事だ。
「そうそう、折角一週間も休みを取ってきているんだし。その間はこっちに居座って先生の仕事にでも付き合わせて貰おう」
「おい、馬鹿やめろ」
「え、少しぐらいいいじゃない。減るもんじゃないし」
「俺の心が磨り減るんだよ」
溜息を吐きながら帰る為に振り返る。用事が終わったのなら何時までもここにいる必要はないのだから。
帰るために振り返った所で、
道が消えていた。
「―――糞! 間に合うかッ!」
迷う事なく、ほぼ反射的に袖から引き抜いた霊撃符を投擲した。先ほどまで道が存在してであろう空間へと向けて叩き込み、込められた霊力が爆裂しながら空間を打撃する。発生する光の爆発は通常の爆発とは違い、霊力によって発生する浄化と昇華の力を持った、対霊、対怪異に対する高い効果を持つ退魔の一撃でもある。これを喰らえば大抵の霊や怪異の類は祓える。少なくとも一般的な力のないレベルの奴であればこれで十分だ。
だが、目の前で発生した霊力の一撃では空間は揺るぐ事もなかった。
先ほどまでは存在しなかった赤い木々が道を完全にふさいでいるからだ。先ほどまで存在していた道、なかったはずの木々。ありがとうございます。軽い昼前の空は一瞬で夜へとその姿を切り替えて行く。
「あー……なんか地雷踏んじゃった感じ?」
「何これ、気持ち悪い……。無理矢理上書きしているみたいな」
メリーが気持ち悪そうに呟きながら足を動かしたとき、ぐずり、と音が足元からする。その音に視線をメリーの足元へともっと行けば、
細長く、赤く濡れた臓器の様な物をメリーが踏んでいるのが見えた。
「きゃっ!」
メリーが悲鳴を上げながら飛びのき、蓮子も釣られるように距離を開ける。二人が抱き合っている姿を確認しつつ、木々がどことなく鉄臭い血色に染まって行くのが見える。存在した筈の道は瞬きをしている間に消え失せ、残されるのは葉の枯れた木々が赤く染まった、枯れ木の裏山だった。
「あー、先生? 良く考えたら京都に帰りたいかなぁ、って」
「帰れるならどうぞ。ついでに俺もここから出してくれると助かる。という訳でメリー?」
「う、うん。なんとなくだけど出口は見えるわ」
「良し来た」
蓮子、メリーへと背中を見せるようにゆっくりと近づき、袖から引き抜いた霊撃符を指に挟んで広げる。護身用に持ってきた退魔道具だったが、まさかガチで使うハメになるとは思いもしなかった。ここ最近、怪異の質が上がっていないだろうか? それともアレか。あの貴婦人が原因か。どちらにしろ、ここから無事に脱出しないと考えようもない。
思考回路を切り替える。通常の思考回路から昔慣らした、退魔用の思考回路へと。昔と比べれば霊力がお粗末としか表現できないレベルに落ちているが、それでも今の自分の方が気に入っている。
死ぬわけにはいかないし、この女子大生共を殺させもしない。
そこで、妖気を感じた。背中をメリーと蓮子へと向けたまま、ゆっくりと足を止め、もう片手に雷撃符を抜く。霊撃符と雷撃符を同時に手に取った状態で、入り口があった方へと視線を向ける。影となって奥が見えなくなっている枯れ木の森の奥の方から、シルエットから近づいてきているのが見える。
「何かを」
「聞くな。深くは聞くな。聞き流せ。そして良いか、これから出てくる奴がきっとお前らが会いたーい、と呑気に京都から探してきた奴だ。気分はどうだ?」
「満足したし帰るわ!」
「そうね!」
「良し、なら体力を使いつくさない程度、余力を残して走れ。出口へ。一当てして足を止めてから追いかける」
少なくともそうしなければ女子の足の速さでは追いつかれるだろう。空でも飛べれば話は別なのだが―――まぁ、今の自分には無理な話であるというのは良く理解している。なんだかんだで空を飛ぶというのは基本的でもかなり難しい部類の力に入る。だから先に逃がし、追いつく。俺だけ逃げ遅れるとか絶対に嫌だからな。
「いいか、俺が足止めしたら一気に走り出せ」
背後から頷く気配を感じる。それを受け止め、良しと息の下で吐く。後は相手の実力次第だ。相手が滅することが出来る範囲の相手であるのを祈る。少なくとも、悪霊にしてもこれはかなり強い相手だ。普段、取材する時にもエンカウントしない様な強さ―――それこそ、
今では表の世界から消えた、
息を吐き出し、霊力を引き出す。備えるように構えつつ、正面を見る。
影だった枯れ木から段々と、その姿がみえて来る。
不吉な歌声と共に。
「Help, help, help, she goes. Screaming for help, all in pain」
それは老婆の様な声だった。或いは力強い男の様な声だった。だがそれは同時に、少女の声にも聞こえた。だがその根源にあるのは獣の遠吠えだった。咆哮する獣の声。それがその声の主だった。別に聞こえるのはこの空間に満ちる狂気が理由かもしれない。
いつの間にか赤く染まり、狂笑を浮かべる月の光を浴びて、それが見えるところまでやってくる。
それは二足歩行する獣だった。
赤く染まった茶色の毛皮を纏い、鋭い歯を異常に奥まで裂けた口を持つ獣。左腕があるべき場所からは人間の胴体が生えていた。頭のない、腕だけを生やして胴体が左肩から生えているのだ。その左肩から生えた胴体は両手に大鎌を一本ずつ握っており、その先端に臓物を引っ掛けながら地面を抉っている。
その右腕は毛深い獣のそれであり、鋭い爪は一本を除いて
だが特徴的なのはその腹だろう。
腹には穴が開いている。歩くたびに無限に石ころがぽろぽろと零れ、その奥にはまた、人のシルエットが収まっている様に見える。腹の穴からあふれ出た内臓を引きずりながら、零れ落ちた内臓を折り畳もうと、無造作に落ちている内臓を拾い上げては腹の中に詰め込んでゆく。
「な、な、なに、なにあれ」
「まだだ、まだ動くなよ―――」
確実に妖怪クラスはある。現代から消えて久しい、本物の幻想。現実では見られないファンタジーの存在。物理法則などを一切守らない、怪奇現象の塊。これが一体何をベースに生まれてきたのかは、想像したくはない存在だったが、それは異様に裂けた口を大きく広げながら笑うように歌っている。
「Help, help, help, she goes. Screaming for help, all in pain」
壊れた蓄音機の様に同じことを繰り返しながら一歩一歩、内臓を引きずりながら歩いてくる。凄まじいまでの悪意と妖気を感じるも、それを正面から受け止めながら秘封組の風除けとして機能する。これはちょっとキツイかなぁ、
そんな事を考えながらいつでも動けるように相手を観察する。
「Hunter! Hunter! Hunter! Hunter!」
此方を指さしながら笑うように興奮したような笑い声を飛ばし、背後の秘封倶楽部の二人へと視線を向ける。
「Little red riding hood? Little red riding hood!」
その視線が秘封倶楽部を別人ととらえた瞬間、
「人違いだよ馬鹿野郎―――!」
拳に雷撃符を握り込み、霊撃符を握り込んだ。童話の妖怪の意識が秘封倶楽部へと注がれて興奮した瞬間に接近しながら握り込んで拳の符を一斉稼働させ、
―――浄化と雷撃のコンビネーションパンチを顔面に叩き込んだ。
いやぁ、font機能も楽しいっすね。ホラー系っぽい話にこれは雰囲気出ますよ。ちなみに作業用BGMはずっとオルゴール旧支配者のキャロル。
それはそれとしてほのぼのいちゃいちゃどこぉ……?