雷光と浄化光が同時に炸裂する。連続でワンツーを叩き込み、その衝撃に拳が後ろへと下がる。顔面を殴打された童話の獣がその上半身を大きく仰け反る。その顔面を雷撃符と霊撃符で焼いたという感触はあった。だがそれは一つまみの塩をバケツいっぱいの水の中に叩き込んだような感触だった。余りにも密度が違う。余りにも純度が違う。生物としてのスペックが、根本的に違うのを拳を通した感触で一瞬で理解させられた。故にそのまま、
「ハガル」
二段式の爆裂させた。拳を叩き込むと同時に発生させた
そして、違う生物の様に死体が動いた。
「―――っ!」
まるで本体の狼の意思とは無関係の様にデスサイスを二本握った左肩から生える体はそれを振るった。臓物を撒き散らしながら振るわれるデスサイスの軌跡はまさに死神のそれのように錯覚する。人体を遥かに超越した腕力、それによって生み出される速度はまさに殺人的と評価するしかない。獣の頭を焼いた所で、思考がまるで切り離されているかのように腕が動くのであれば、頭を一気に落としても意味なんてない。それを証明する様に殺しに来る刃が赤い月光に煌めきながら振るわれる。
「なめんじゃねぇぞ塵クズがっ……!」
だが回避する。
「行けぇっ!」
短く蓮子とメリーに言葉を放ちながら袖から封魔針を引き抜いた。
「だ、大丈夫よね? 信じてるわよ!?」
「早く! 行け! もうちょっと足止めする!」
こいつを完全に足止めしておかないとこの二人じゃ追いつかれる。それを確信し、封魔針を投擲しながら上半身を持ち上げる童話の獣へと向けて一気に接近する。まずは怪異としての、妖怪としての存在を弱める必要がある。その概念を弱体化させれば漸く攻撃が徹せるという所だろう。となると、その名を正確に把握する必要がある。
名を知る事は呪術的に非常に重要だ。
それは魂を捉える事に等しい。
故に真名を掴む事は、勝利する為にまず必要な事の一つである。
あてずっぽうではなく、その概念、核心となる部分を捉える。その為の術を使う必要があるだろう。だがそれにはやはり、相手の足を完全停止させる必要がある。
「っ、ぉ!」
だが当然、相手もそうさせるつもりはない。
二枚のデスサイス、それに加えて右腕を振り回して空間を抉るように刈り取ろうとしてくる。無論、それが向かう先は一つだけで―――邪魔をする俺の存在になる。暴風の様に回りの空間を切り裂きながら周りの地面を抉り、此方を殺す為の攻撃を繰り出してくる。その動きに終わりはない。
人間であれば疲れ、という概念も存在するだろう。
だが
連中は概念を纏った存在。故に肉ではなくエネルギーやそういう側の存在に近い。少なくとも、現代社会ではそういうレベルにまで弱体化している。これが数百年前の話であれば受肉した怪異や妖怪もいたのだろうが、現代では無理だ。そしてその肉の薄さ、希薄さはつまりそれだけ、肉体的な制約に縛られないという事でもある。つまり、肉体的な疲労という概念にとらわれない。
疲れない。
だからずっと、攻撃できる。
ミスを犯さない。
「
自分に攻撃が届かない様に、コートの端に僅かに引っかかる程度に攻撃を回避し続けながら観察する。異形であるのは恐怖を与える為。その体は殺傷する為に特化している。つまり殺意が滲んでいる。そのモチーフとなった姿は解る。恐らくは赤ずきんの物語だ。Little red riding hoodとはつまり、赤ずきんを意味する。特徴からしてこいつはその狼役なのだろうが―――なぜ、
なぜ、という疑問が残る。
何故今になって童話型の怪異が発生する? しかも大規模な殺人事件を起こす?
確実なのはこいつにそこまで深い事を考えるだけの理性がないという事実だ。他人を識別出来ているかも怪しい。だが重要なのはその事実ではない。こいつがそういう存在である、という事実だ。それを再認識する。認識、それが怪異との戦いにおける必殺の武器となる。無論、祝福された武器や特攻武器、概念兵器の類があればなおさら良い。というか其方であれば怪異を構成する概念そのものを攻撃することが出来るから、早く始末出来る。
今回はそれを持ち込まなかった自分が完全に悪い。
「Hee, hee, hee」
耳障りな笑い声が脳を揺らす。狂気が直接耳の中へと這いずって脳へと侵入して来ようとする。それを意識を強く持たせる事でレジストし、狂気侵食を回避しながら、笑い声を放った姿へと向かって封魔針をカウンターに放つ。後ろへと向かって僅かに滑りながら、背後へと迫る木の姿を横へと避ける。振るわれるデスサイスが木を両断し、封魔針が童話の獣に突き刺さる。破魔の力を込められた対妖怪用の武装は刺さるだけで絶大なダメージを生み出すはずが、まるで意味がない様に笑い声を響かせながら凶器を乱舞している。
「糞……ふぅ、息が上がっちまうか」
バックステップからダッキング、スウェイしてサイドステップからバク転。連続でギリギリを攻めるように回避し続ける。そのたびに体力が消耗して行き、段々と自分のパフォーマンスが落ちて行くラインを認識する。昔とは違って自分の体にも限界が容易く訪れるのをちゃんと理解している。故に勝負は一瞬。
相手をまずは行動不能に追い込む。浄化する事も、全てを忘れてまずはその一点に認識を収束させる。
その為に近くの枯れ木を蹴り、霊撃符を投擲し、童話の獣を牽制しながら体を後ろへと飛ばし、距離を開ける。爆発する光が空間と悪意を浄化しながら獣の体を焼く。だがその姿は依然、笑いながら吠えている。
「Little red riding hood? Where are youuuuuuuuu?」
「さぁて―――熱田大神より授かりし我が奥義にてお相手しよう」
距離は三メートル―――この獣であれば一瞬で詰められる距離ではある。だがその間に発生する時間があれば、十分である。飛び込んでくる姿を前に、拳を握りながら構え、正面から相対する。
「我が身を空に。天地の合理より解き放たれ、無念無想の境地にて我が身は苦世から解放される。これぞ奥義―――」
飛び込んでくる獣を前に、動きを止める。
必殺の一撃が死神の様に振るわれる。一撃で殺す。絶対に殺害する。それだけの殺傷力と速度、或いは暴力と呼ぶべきそれを乗せた一撃でもはや避けられないコースで入る。両側から挟み込むようにデスサイスが、そして僅かな隙を右腕と、大きく開いた口が閉ざす。
それが体の薄皮一枚の所に到達し、
―――体を擦り抜けた。
我執から解放され、それを法則として適応される事であらゆる理不尽、合理、不条理から解放される。故に何物にも触れられず、届かない。全ての苦しみから解放される状態へと入る。これぞ奥義、夢想天生。発動すればその瞬間にはあらゆる災厄が届かなくなる鉄壁の奥義。
ただし―――無念無想の境地。それを欲を保ち、そして戦闘の間に一切のパフォーマンスを落とさずに入るというのは人間という生物的に、非常に難しい話になってくる。それこそ人を斬り続けた果てに悟りを得た剣豪や、幼い頃から無念無想にて神を降ろす為のトランス状態を維持する様に訓練された神官や巫女でもなければ、扱う事は出来ない。
久しく使って無かった埃被った奥義がいまだに使える感触に無我の境地で焦りを洗い流しつつ、全ての苦しみを透過する状態、ほとんど童話の獣に密着する状態で拳を、
その甲を胸に突き刺さった封魔針の柄に触れさせた。
「夢想封印」
「Red red reeeeeee―――??」
奇妙なうめき声を最後に、声が止んだ。
当然だ、
声を放っていた獣の頭は
封魔針を支点に、胸から上へと向かって両断されるように体は上半分が真っ二つになった。その上で頭ははじけ、跡形もなく消し飛びながらその体が今度こそ完全に後ろへと向かって―――倒れない。
声もなく、デスサイスと爪が振るわれる。そのたびに血が舞い、音にならない絶叫が聞こえて来る。だがそれは全て盲目の一撃であり、此方を狙えてはいない。目も、耳も、口も、そして鼻も、そのすべてが消し飛んだ所で察知する為の感覚器官が失われている為、此方を捉えられてはいない。
探知するのに魂の気配とかを追う様な奴じゃなくて良かった。とはいえ、まさか夢想封印の威力がこの程度という事実にはちょっと泣きそうだが。
「ぷ、っはぁー……あー、無理だ。無理。無念無想とか俺にゃあもう無理だわ。神綺が可愛すぎて俺には無理」
実家を飛び出してから俗世に染まりすぎた。昔の様にはやはりいかない。とはいえ、これで足止めは完了する。大きくバックステップを取って距離を開けながら音も失って暴れ回る怪物の姿を見て、
その腹の穴の中へと一瞬だけ、視線を向けた。
その中に、臓物に縛られるような姿がみえた。
「悪いな、こっちも手一杯なんだ」
調べている余裕なんてない。コートの端をちょっとだけ気にしつつ、距離を開けた所で背中を向けて一気に走り出す。出口の方へと秘封倶楽部の二人が既に走って行った筈だ。重要なのは二人がちゃんと出口を見つけることが出来たか否か、という事になる。
秘封倶楽部の痕跡を追うように枯れ木の森の奥へと進んで行けば、やがて立ちはだかる様な岩山を見つけた。その麓に立つ蓮子とメリーの姿を発見し、走っていた足を緩めながら拳で符を握るように武装しておく。
「蓮子、メリー」
「あ、先生……ぼろぼろじゃない! 無傷だ! うっそだぁ」
「今のうっそだぁ、に関しては後で弁解して貰うとして……メリー、出口は?」
「ごめん、ミコトさん。ここ、
「……入り口?」
メリーの先の空間へと視線を向けるが、駄目だ。自分では空間の揺らめきも何も見えない。だがメリーには見えているのだろう。彼女の異常性はこういう空間や領域、その境界線等を見ることに特化している。だがただ特化しているだけではなく、それを操作する事も出来るのがまたメリーの異常性である。その才能のすさまじさは、自分の知り合いの中でもトップクラスにある。そのまま育てれば―――まず、間違いなく普通の女の子としては生きて行けなくなるだろう。そのまま眠っている方が良い類の才能だろう。
「この境界線、抜けようとするとここのどこかへと戻ってくるように出来ているのよ」
「無限ループ構造かよ……まぁ、いいや。それを反転させてみろメリー」
「や、やってみる」
「私の仕事は?」
「メリーの応援」
「メリー! 頑張れー! 負けるなー! できるからー!」
「蓮子煩い」
とか言いながら、どことなく嬉しそうにしているのはメリーを見れば一目瞭然だった。なんだかんだでここの気の滅入る景観は精神的に悪影響しか生まない。それを含めて、この領域の役割なのだろうが。ここを領域とするあの気味の悪い獣が最大限まで力を発揮できるようになっている。
「能力を使う時の感覚で良い。ただそれは自分の手足だと思え。自分の体の延長線の様に使うんだ。力を含めて己だって思えばそれで良い」
メリーに軽くアドバイスを飛ばしつつ、視線を枯れ木の森へと戻す。
その方から再び、声の入り混じった笑い声が響いてくる。拳に握り込んで符を強く握りしめながら、拳を構え、殴り出せるようにしながらメリーと蓮子を庇える位置へと移動する。
「お前ら、絶対に俺の前に出るなよ。そしてここから出たら高い酒奢れよ」
「今回は流石にしょうがないなぁ、って感じあるよね。うんうん、ストゼロでいい?」
「お前終わったら本格的に説教だからな」
蓮子がわざと茶化しているのは解っているので、それに乗っかって遊ぶ。とはいえ、それも長くは続かない。
森の中から声が聞こえて来る。
「Little red riding hood! Little red riding hood! Where are you? Where are you?」
「The basket is ready my dear! Take this before your life is out!」
狂った笑い声を響かせながら
生理的嫌悪感の先立つフォルム。
まさに醜悪という言葉が似合う姿をする異形。
「じゃ、俺は老人会に出て来るわ」
「最近の老人会は若者の未来を潰そうとするものなのかしら? 興味深いわね……」
蓮子の言葉に反応する様に二頭異形の童話の獣は笑い声を返しながら、更に増えた腕と武器を振り回しながら迫ってくる。
それを迎撃する様に、
此方も第二ラウンド開始の為に踏み込んだ。
熱田大神……熱田尊……いったい何処出身なんだ……!
ミコト君は究極的にジョブを説明するとごった煮宗教家。いろんな宗教形式の術とかをあちこち摘まんで結構高いレベルがある代わりに、MPが恐ろしく低いタイプ。器用万能の燃費最悪タイプ。