世刻望という少年と永峰希美という少女が、俺……香山宗弥の一つ下の幼馴染の名前だ。俺がその二人の異常性に気がついたのは、幼い頃。望が野犬を追い払うのにどう考えても幼児が出せるはずのない威力を叩き出したことと、その直後に希美が望を殺そうと首を絞めたことによってだった。
その時、俺は初めて前世の記憶を取り戻した。
そこで初めて、俺は自分のいる世界のヤバさを思い知ったのだ。
まず、この名前から俺が気がついたのは、今いる世界がどこかということ。自分は『聖なるかな』の世界にいるのだと知った。
『聖なるかな』はXuseという会社のエロゲで『永遠神剣シリーズ』と呼ばれるシリーズの一つ。前作、『永遠のアセリア』のタイトルにもあるアセリアルートから具体的には何年後かはわからないが、そこからつながる物語。
このシリーズで最も重要となるのはシリーズ名にもある『永遠神剣』というもの。剣というが実際には剣以外にも……それこそ武器ですらない本なども存在するのだが、別にそこに関してはどうでもいい。重要なのは上位神剣と呼ばれるものはそれこそ俺がいる世界など簡単に滅ぼせてしまう。
うん、誰がこんな世界に転生したいと言った。
事実を列挙しただけでもう嫌になってくる。死ぬのは怖いから自殺する気にもなれないけど。
ついでにもう一つ、俺は原作から逃れることができないということを最近──とは言っても中三の頃なので四年ほど前なのだが──悟った。正確には悟らざるを得なくなった。望と希美の発言によって。
「宗弥は高校どこに行くんだ?」
以前、原作に巻き込まれたくないのでどうにかして望たちから離れようとしたことがあった。その一環で望と希美には内緒にして校区外の中学校にしたことがあったが、一学年俺の方が上ということもあって俺の制服からどこの学校か把握されてその学校に二人がやってくるという事態があった。今回もそのパターンだろう。さらに『聖なるかな』の原作は世刻望……破壊神ジルオル=セドカを狙って『光をもたらすもの』という集団が襲いかかってくることで始まる。
つまり、俺は原作から逃げられない。
その事実を悟った時に気絶してしまった俺を責めるやつがいるなら、一切の力を持たない状態で原作に放り込まれてから同じことを言ってみろ。さらに言えば俺が行く学校が物部学園以外だと望狙いの暁絶はともかく斑鳩沙月はいないので原作のように生きて帰れるとは思えない。
「望たちには頑張ってほしいな……」
もはやただのモブとして巻き込まれるしかない俺としては、そんな言葉を発するしかできなかった。
………………
…………
……
夢を見ている。いつもと同じ、虹の揺り籠にて見知らぬ少女と出会う夢。今日から高校最後の文化祭の準備期間が始まったのでしっかりと休みたかったのだが、見てしまっているのだから仕方ない。別に彼女と話すことは嫌いではないので、今日もその姿を探す。
ーーいた。
少し離れたところに今日もその姿を見つけた。金の髪と緋の瞳を持つ10歳程度の、聞いたことのないはずなのにどこか懐かしい調べを奏でる美しい少女。
「アリア」
「あら、宗弥。今日もこっちに来たの? 最近は文化祭、だったかしら。その準備だって言っていた覚えがあるのだけれど。明日もあるんでしょ?」
その少女の名を呼ぶと、歌うのをやめてこちらに振り向いて微笑む。この虹の揺り籠の主人である少女は今日もその美貌を損なうことなく、俺のことを迎え入れてくれた。
「そうは言われても、俺もどうしてここに来てるのかわからないんだよ」
頬を掻き、苦笑いをしながらそう返すしかない俺。この空間で俺と彼女がすることは単純で、ただ俺の日常について語るだけ。見る頻度は不定期で、二日続けて見たりすると話す内容に困ることの方が多い。ただ、今日のように文化祭の準備だったりと普段とは違うことが起きると話す内容ができる。だから、話の内容はそれが基本となった。
「それにしても」
文化祭の準備の話。うちのクラスよりも望のクラスの方が準備段階では六法全書が飛び交ったりしていて面白そうなことになっているのでそちらについて話をしたのだが、その話にひと段落がついたところでこれまで気になっていた事を尋ねる。
「アリアはどうしてこんなところにいるんだ?」
「あら、この10年ずっと聞かなかった事なのに、今日は聞くのね?」
「そりゃ、さすがに気になるさ。昔はただの夢だと思ってたから気にしてなかったし、君が言わないなら何か理由があるんだろうとは思ってたけど、どうしても気になるし」
それでも、今この場で聞いたことに意味を求められたなら、やはりそろそろ原作が始まることが理由だろう。できる限り謎の人物の介入なんて真似は避けたい。だからこそ、彼女が何者なのか知りたい。正体がわかっていれば何かできる準備があるかもしれないのだから。
「最初に会った時に自己紹介したでしょう? 私は
「でも、なんでか会える」
最初に会った時にも彼女は俺がここにいることにひどく動揺していた。今では俺がやってくることにも慣れたようだけど。当時の俺は転生したことで上がった精神年齢のせいで周囲に合わせるのが苦痛で、さらには誰かにそれを言うこともできなかったので、ただの夢だと思っていたアリアに全部ぶつけた覚えがある。
「そう。だから最初は……ってあら? そろそろ朝になるわね」
「なら続きはまた次に会った時かな?」
「ええ、そうね」
その言葉とともに開いた天蓋に向かって俺の意識は浮かび上がっていく。最後に見たのは、遠ざかる中で俺に聞こえない程度の小声で何かを言っているアリアの姿だった。
「もしも、貴方が私を求めるその日が来たのなら、その時は…………いえ、これは余計な感傷ね」
………………
…………
……
「香山? おい、香山、大丈夫か?」
「う……ん……」
珍しい体験をした。今朝見ていたはずの夢をその時の自分も含めて遠くから俯瞰する夢。そんな夢から俺を呼び戻してくれたのは名前も覚えていないクラスメイトの一人。ただ、珍しいことにどうやら俺は立ったまま気絶していたらしい。目を覚ますと俺は立ち上がっていた。
「会長、先に二年生の世刻のところに行ってるって言ってたぞ」
「わかった……俺も行ってくる……」
「なんかお前、死んだような顔して行くよな……本気で大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫……じゃ、ちょっと行ってくるわ」
我が校人気の生徒会長、斑鳩沙月はなぜか俺にまで興味を抱いている。彼女は俺の幼馴染である望と希美に対して「神の転生体」であることを理由に接触していた覚えがあるのだが、俺は持っていないはずだ。なのになぜか興味を持たれている。そしてそれは、もう一人の神剣使いも同じだった。
重くなったような気がする足を引きずるようにして望たちのいる教室に向かう道すがら、死んだような顔つきになっているらしい顔を普段の俺に取り繕っていく。誰が喜んで自分をあっさりと殺せる連中の揃っている場所に向かおうと思うのか。相手が美形揃いなことも重なり、フツメンの俺としては二重の意味でいくのが辛い。
それでも行かなければ何をされるかわからない。俺自身、こうまで気にかけられている理由がわからないのだから、その理由がなくなれば殺されてしまうかもしれない恐怖に怯え、そうなった時に殺されないように少しでも心象をよくするために向かうしかないのだ。
………………
…………
……
「あ、香山くん。こっちこっち」
「言われなくてもわかりますよ、会長」
望たちの教室につくと、俺に気がついた会長がこちらに向けて手を振る。その横にはいつものように希美ののぞみんパンチを食らったのだろう望と望をジト目で見る希美がいるし、それを見て苦笑している森や阿川などもいつも通り。俺が遅れて来たからかすでに暁もいる。
「先輩、今日はどうかしたんですか?」
そんな暁から言葉が出る。整った顔立ちなのに悪戯っぽい表情で、望が悪友と呼ぶ理由がよくわかる顔だが、彼の目的を知っている身としてはその表情にすら何かを隠しているように思えて恐ろしいものにしか見えない。それでも、全力でその恐怖を押し殺して返答をしないといけない。『俺が暁を恐れている』ということを知られれば何が起きるかわからない。
「いや、ちょっと疲れてるのか授業中に寝ててな」
「もう、授業中に寝ちゃダメだよ、ソウちゃん」
暁の言葉に返答すると私怒ってますと言った表情の希美からそんなダメ出しを受ける。
「あはは、ごめんごめん」
「それに関しては俺も同じ意見かな。授業中に寝るなんて」
「望には言われたくない。聞いたよ、寝ぼけて希美に抱きついたって」
「うっ、それは……」
この自分だけが怯えるいつ殺されるかわからない恐ろしい日常はもうすぐ終了し、今度は誰の目にもいつ殺されるかわからないことがわかる恐ろしい非日常が始まる。
ーー早く、非日常に。
ただ一人で恐怖に戦い続ける
………………
…………
……
「なんだよ、これ……」
そうして願った非日常はやって来た。
文化祭の話し合いを行なっている最中、突然空が暗くなったと思ったらミニオンが大量に学園へとやって来て、会長が永遠神剣第六位『光輝』を構えてそれらを撃破。けれど一部は校内に侵入し、おそらくはこことは違うところで望が覚醒しているのだろう。幸いなことに俺の近くには誰もおらず、今の俺の呟きは誰にも聞かれずに済んだ。
けれど、もしも誰かがいたとしても俺の呟きが正確に理解できる相手はいないだろう。
皆、きっとこの状況についての疑問としか思えない。あの武器を持った
あのミニオンに見つかってしまうのはまだ理解できた。恐ろしく、殺されて俺の第二の人生が終了することも納得できないし、どうにかして逃げ出したかったけれど、そんなことは不可能だとわかっていたから、それこそ暁が何かしらの気まぐれでも起こして助けてくれない限りはここで死ぬと思った。今も外で戦ってる会長が俺のことを助けられるとは思えなかったってのもあるから。
だが
ミニオンたちはあろうことか俺のことを真正面に、視界に収めながらも俺に一礼してなぜか素通りして行った。別にあいつらの上司でもない俺に。誰かに見られればそれこそ俺が連れて来たのではないかと誤解されそうな光景だ。こんなことになるなんて想像もしなかったから、俺は疑問の声を発していた。
「本当に、なんだよこれ」
それが、この世界での、後に──とは言ってもすぐのことだが──『元々の世界』と称されることになる世界から旅立つことになる前の、最後の言葉になるのだった。
………………
…………
……
揺籃にて、アリアは歌う。
その歌はどこかもの哀しく、されどどこか祝福するような歌。
自分とは形は違えど同類である存在。この神剣宇宙において異質な存在であるという一点においての同類の未来を憂い、同時に祝福する歌だった。
「さあ、宗弥。貴方は──」
そこから先の言葉は、彼女自身の耳にすら届かず、泡沫の如く消えるのだった。
エロに……エロに入りたい……