この作品は、本短編集の「5.そして、幸せを知った。」の続編です。まだお読みでない方は先にそちらをご覧ください。
……がんばれ……
広い草原を、独りで歩き続けた。丈の短い草だけが生えた、霧がかかった草原。どこへ向かうのが正しいのか私にはわからない。けれど、気がつくと私はただひたすら真っ直ぐ歩いていた。
何かにたてがみを引かれるような気がしたが、私は歩みを止めない。私はこの先へ行かなければならないのだ。理由は忘れてしまった。それでも。
……がんばれ…がんばれ……
霧が晴れてくる。目的地が近いのだろう。私は歩みを速めた。
霧の先に、何か見えてくる。綺麗な場所だ。人間の作った建物で過ごしていた私の見たことない景色が広がっていて、そこに、こちらに笑顔を向ける小さな影達があった。
そうだ、思い出した。私は。
視界が揺らぎ始める。なぜ。景色が遠くなっていく。どうして。
そして、暗闇に放り出された。
……がんばれ…レントラー……がんばれ……
続・「そして、幸せを知った。」
「想いはやがて」・始
○○○
それは唐突だった。遠くから単調な音が聞こえて無意識に目を開くと視界は光る点の嵐で、それはゆっくりと引いていく。ピ、ピ、という電子音を聞き流しながら私はただじっとしていた。どうやら自分は横たわっているらしい。
視界が定まってしばらくして、ようやく思考が戻ってきた。そして初めて、自分が今の今まで意識を失っていたことに気がついた。
「…?」
体が重い。なんとか体を起こそうとして阻まれて、動かしにくい上に拘束されてることに気がつく。狭くも広くもない明るい部屋に、自分は寝かされていた。
鈍い頭をなんとか働かせ、もう一度辺りを見回した。近くにあった機械の画面には規則正しく折り曲がる線が映し出されていて、それには見覚えがあった。
そうだ、あれは心臓の動きを表す機械だ。組織にいる時に見たことがあった……
……。
そうだ、私は………
………死んだ?
○○○
広い部屋に並ぶ縦長のデスクに座りパソコンや書類に向かって作業しているのはカントー警察ヤマブキ本部付属の医療センターの職員達。ここ医療センターでは主に警察ポケモンや職員の健康管理や治療などを行っていて、一般の病院も兼ねているので大きな病院である。
そのデスクの一部のパソコンでアラームが鳴った。
「I-01で動きを検知、担当者は至急確認してください。」
「あのレントラーの…!」
担当のナースが病室に駆けつけるとそこに寝かされているレントラーが薄目を開けていた。
「レントラー、分かる?」
頭を撫でながら何度か話しかければレントラーの瞳が動いて彼女を捉えようとした。それを確認したナースはボールペンを取り出して、レントラーの前足の肉球を刺激した。
「レントラー、ここ、動かせる?」
そう言ったのとほぼ同時に前足がぴくりと動いて握ろうとするようなそぶりを見せる。続いて後ろ足にも同じことをした。後ろ足は反応がなかった……
○○○
「…もしもし?」
ワンルームのアパートで一人暮らしをしている30前後の男は、休日なのに勤務先から電話がかかってきたので少し緊張しながら受話器を取った。
「休み中にすまない。カイト、こないだのレントラー、覚えてるか?」
カイトという男はカントー警察特別犯罪捜査官。そして、あの日レントラーを含むポケモン達を処分する際にスイッチを押した3人のうちの1人だ。
「もちろんです。もしかして……」
もしかして目が覚めたのか、それとも持たなかったのか、二重の意味を込めて続きを促すと、先輩である電話相手は少し高揚した声で返した。
「さっき目を覚ましたそうだ。子供と一緒にしてやったらちゃんと自分の子供だと認識したらしい。」
カイトは安堵の息を漏らした。3人同時にスイッチを押す時の嫌な緊張と罪悪感、それが少し楽になった気がしたのだ。
「ただ…。」
「……なんですか?」
「やはり脳に障害が残った。下半身が麻痺してるらしい。任務の参加は厳しいだろう。ただ、こっちはまだわからないが透視能力に問題がなければ予定通りお前のポケモンになるだろうな。」
「まぁ、俺たちはそんなに動くことないんで。最悪その都度ボールに出し入れすれば良いでしょう。」
カイトもとい特別犯罪捜査官の仕事は犯罪者の逮捕というよりその証拠探し。特にポケモンや薬物の密輸などを調査する際はレントラーの透視能力が活躍するはずだ。
「それに透視できなくなっていても引き取りますよ。ここまできたら。」
「そうだな。まぁ、ライのやつも繁殖許可出たんだろ?いい嫁になるといいな。」
「さてどうだか。」
レントラーの生殖機能に問題がなければカイトのポケモン、雄のライボルトにあてがわれる予定でもあった。ライボルトの実績が認められたというよりは、これを機にカントー警察もレントラーを導入しようという上の意向によるものだと思われた。余程の実績がないと認められない無制限の繁殖許可が、レントラーが相手であることを条件に認められたということはそういうことなのだろう。
翌日の出勤日にレントラーの病室を訪れてみた時、レントラーは一緒に逃げてきた子供を抱いて眠っていた。こころなしかとても安らかに見えた。
「ライ、今度お前にお嫁さん連れてくることになった。同じ電気タイプのポケモンだ。」
休憩中、相棒のライボルトにブラシをかけながらそのことを話すと、ライボルトは嬉しそうに鳴いた。
「おっ、良い反応でよかった。じゃあライ、良いな?」
ライボルトはもちろん、と意気揚々に頷く。カイトは苦笑いしながら相棒の頭を撫でて、そして声のトーンを少し落とした。
「じゃあライ、よく聞くんだぞ。あいつは…あのレントラーはな……」
雌をあてがってもらえる、しかも無制限ということで喜々としていたライボルトは、数十分後にはそれが不安に置き換わっていた。
○○○
目が覚めて、幾らか過ぎた。細かいことは私には分からない。取り敢えず自分も助かって、そのうち助けてくれた人間の元で生活するのだろうということは理解した。
「レントラーお疲れ様。また明日ね。はい、もうママのところに行って良いわ。」
私は日に一度仰向けに寝かされ後ろ脚を曲げ伸ばしさせられる。どうやら後ろ脚の感覚が無くなったことが生き延びた代償らしく、それを少しでも改善するためにこうして無理やり動かしているらしい。
感覚が無いというのは不思議なもので、目を瞑っていれば後ろ脚は無くなってしまったも同然、そこを無理やり動かそうとしたり動かされるのは奇妙で気持ち悪かった。
「やぁレントラー、調子はどう?」
ある日、ライボルトを連れた見知らぬ男がやってきた。
「今日からお前は俺のポケモンになるんだ。よろしくな。」
"よろしく、俺はこいつにライって呼ばれてる"
予想はしていたので適当に返事をした。
「あー、えっと、レントラーには俺たちと仕事をしてもらう。脚動かないみたいだけど俺たちはそんなに動くことないから大丈夫。あとその子もしばらくは俺たちがお前と一緒に預かって、その後はみんなが面倒見てくれるから心配いらない。仕事も今すぐじゃ無い。当分は休んでくれ。」
そうか、わかったと返事をした。彼らは部屋を後にし、私は我が子への毛繕いを再開した。
また人間に使われる日が来る。私も、この子も。けれどあのライボルトや、前に会ったウインディを見たところ環境は前とは違うようで、少なくとも前の組織よりは安心して過ごせそうだった。
後ろ脚がいうことを聞かないのはもどかしいし、何故私が助けられたのかも気になるところ。けれど知ったところでどうということはない。助けられ、こうして我が子といられるだけで十分だ。この子は相変わらず元気で何度も尻尾にじゃれてくる。
あぁ、尻尾も動かせないのか…。
脚が動かせないなら一緒に走ることもできない…
…開き直って寝ている暇は無いようだ。私はそっと、力を練った。
○○○
ここでは仕事をしなければいけない。でもそれを辛いと感じたことはないし自由な時間だってある。ただ、雄は雌との接触を制限されている、ただそれだけが唯一の不足である。
まぁ、確かに、仮にここにいる雄全員が子作りしたら子供で溢れ返ってしまうだろう。それを防ぐためだということは分かる。それでもやっぱりいつも頭の片隅には欲があるわけで。
そんなある日、主に毛繕いをされているとき、唐突に自分にも雌があてがわれると聞いて心が躍った。今まで不満だった訳ではないが、やっぱり相手ができるというのは嬉しいことだった。
が、
"俺はライって呼ばれてる。よろしくな。"
"…あぁ。"
「すぐじゃないけど俺たちと仕事をすることになる。」
"そうか。わかった。"
……こいつ、雌以前にポケモンか?ピッピ人形ならぬレントラー人形に話かけている方がまだ良いんじゃないかと思うくらい気まずい初対面だった。
……俺、こいつと子作りすんの?
正直悪い意味で想像できない。理想はあった。もちろん決められた相手だし、主から聞いたところかなりヤバイ過去があるみたいなので全て理想通り行くとは思ってはいない。でも仲良くできるなら仲良くしたいと思って親しげに話しかけたまでは良かったが、ここまで無愛想だとは思わなかった。
その日から時間が空いた時は主と一緒にレントラーと会っていたものの状況は変わらず、何か話しかけても短く淡白に返されて会話は終了。早くも俺の心が折れそうになっていたある日だった。
「レントラーは?」
「今はリハビリ室にいると思います。」
今日も主に連れられレントラーの元へ。リハビリ室は何やら賑やかだった。
「…そう、その調子…!」
歓声が聞こえて部屋を覗くと、レントラーが自力で立ち上がっているのが見えて、俺は主と一緒に驚いた。
「おいおい、ついこないだまで寝たきりだったじゃないか。」
"すごいな、お前。"
素直に出た俺の言葉にレントラーは振り向いて鼻息を鳴らした。
"ただ立っただけだ。まだ歩けない。これではこの子にも及ばない。"
あぁそうか、子供のために。これだけの会話で彼女と俺の格の違いが露わになってしまったようで、俺は言葉を返せなかった。向こうも求めていなかったらしくリハビリを再開していた。
「おそらく、脳からの電気信号が伝わらない代わりに筋肉へ微量の電気を流して動かしているんだと思います。意識してやっているのか無意識なのかは分かりませんが、すごい子です。」
医者が主にそう伝えていた。俺も時々電気を使って人間やポケモンの筋肉をほぐしてやることがあるが、要はそれの延長ということだろう。ただのマッサージでも加減を少し間違えるだけで惨事になりかねないのに、それで筋肉をコントロールするなんて言語道断。番の前に後輩を迎えるような気持ちでいた俺は谷底に突き落とされたような気持ちになった。
○○○
レントラーが意識を取り戻して2ヶ月と少し。リハビリを始めてからというものの、レントラーは周囲を呆れさせる程の執念で歩行訓練を続け、ついに自力で歩き、そして以前と同じくらいの速度で走れるまで回復。無愛想でも有名なレントラーだったが我が子のコリンクと接する時だけは表情を緩め、一緒に敷地を駆け回る光景は周囲を和ませた。
「じゃ、今日から正式に俺たちの仲間だ。よろしくなレントラー。」
レントラーはカイトのポケモンとなり、コリンクもしばらくは彼が面倒を見ることになった。そしてライボルトはようやくまともに彼女と話す時間を得たのだった。
"可愛い息子じゃないか。"
母親と違ってコリンクはよく笑った。おまけに人懐っこく、ライボルトにもすぐに懐いて彼のたてがみにじゃれてみたり口元を前足で揉んでみたりする度に大きな目をキュッと閉じて笑っていた。
"俺はな、ライだぞ。ライ。"
"らい…らい?"
"そうそう。あ、パパでもいいぞ。"
幼子と接する経験がなかったライボルトはレントラーからの視線に気づくことなく調子に乗って遊び、ポケモンフーズを持ってきたカイトにからかわれて気まずそうに姿勢を正した。
"その子を連れて逃げたんだって?"
"あぁ。"
"大変だったな。相手はどうしたんだ。"
"知らない。薬を打たれて、その後産んだ。"
"おう…"
"他の人間から聞いた。次はお前が相手だそうだな。"
"え?あぁ…まぁ…そうなるかもしれないけど…お前が嫌なら他の相手にしてくれると思う。"
口説こうとしていたはずなのに、完全に狂わされた。
"別に文句はない。言われた通りにする。"
"………。"
気まずい。非常に気まずい。子供の相手をしていた方がよっぽど楽しい。カイトの住んでいる所は部屋が狭いので同じ空間で寝ることになるのだが、レントラーがすやすやと寝ている隣でライボルトはこれからどうしようかと早くも悩んでいた。
翌日出勤するとレントラーは戦闘訓練を行うことになって、レントラーを処分室に運んだ職員のウインディが相手になった。
神速を紙一重で避け、火炎放射に対しワイルドボルトで正面から突っ込んでウインディを吹っ飛ばしたので止めが入る。
「すごいなぁレントラー、先輩のウインディ結構強いのに。」
これでも一応半身麻痺、全く感じさせない戦いぶりに主人たちの方が興奮していてレントラーの異変に気づかなかった。
"おい、大丈夫か?"
見ていたライボルトはレントラーが異常に疲れていることに気がついて側に寄った。
"悪いが…力を……"
"そういうことか。"
レントラーに前足をあてて軽く放電すると少し落ち着いた。つまりガス欠になったのだろう。ようやく気づいたカイトがレントラーを医者に診せたところ、下半身を無理矢理動かしている分無駄に力を消耗していたらしい。ワイルドボルトは全身の筋肉を雷エネルギーで活性化させつつ雷を纏って突進する大技なので反動も大きく、病み上がりのレントラーには堪えたようだった。
それから訓練を重ねる内に動きに慣れて消耗も抑えられてきたが、やはり長時間動き続けることは出来なかった。
"まぁ、俺も同じタイプだし、いざとなったら力分けてやっから。そんなに長く実戦したことないけどな。"
どことなく落ち込んでいるような雰囲気のレントラーにそう言って主のボールに戻った。今日はレントラーの初任務だ。
「カントー警察だ。ポケモン密輸の容疑で家宅捜索させてもらう。」
「レントラー、教えた通り頼んだよ。」
頷き、マンションの一室を透視でくまなく探す。テープで縛られた袋や床下にモンスターボールが隠されているのをいとも簡単に見つけ、他にも何かのポケモンの角や牙といったものを発見。容疑者は現行犯逮捕された。
「すごいぞ。こんなに早く終わったのは初めてだ。」
捜査開始からものの数分で終了。褒められて撫でられたレントラーが頬を緩ませたのをみて、前の組織でも褒められる事はあったのだろうとカイトやライボルトは思った。
仕事が早く終わった分、署に戻った後は敷地内の広場でコリンクと思い切り遊ぶ。パートナーポケモンとのチームワーク向上のため、ポケモンの健康のため、また警察署が保有しているポケモン達のための敷地は人間の職場の敷地よりも広い。カイトは備え付けのボールを使ってコリンクを運動兼遊ばせて、レントラーとライボルトはそれを眺めながら寝そべった。
"かーさん、あそんで、いっしょに。"
駆け寄ってきた我が子にやれやれと立ち上がってレントラーも参加。普段からは想像できない楽しそうなレントラーを見て、自分にもあんな顔をして欲しいなぁと思ったライボルトだった。
"なぁ、ライ。"
ある日の自由時間、遊び疲れて眠ったコリンクを2匹で挟んで寝そべっていた時、珍しくレントラーからライボルトに話しかけた。
"お前は母親を知っているのか?"
"もちろん。野生だからもう会わないと思うけど。"
ライボルトは野生出身。独り立ちしたばかりの時に15歳のカイトと出会って以来唯一の相棒だった。
"お前は……"
"私は知らない。気づいた時から闘っていた。"
幹部用支給ポケモンとして生まれ育てられたレントラーには、1番古い記憶にも親はいない。
"お前はこの子の扱いが上手いな。"
"そうか…?俺も世話をするのは初めてだ。"
レントラーは寂しげだった。
"ずっと、闘っていた。それが当然のことだった。子供なんて、はじめは理解できなかった。ここに来て、自分がいかにずれているかがよく分かった。お前は親を知ってる。だから子供の扱いも私より上手いのだろう。"
"そうか……"
"せめて私にも親の記憶が残っていたら、もう2匹を死なせずに済んだかもしれないのに。"
"どういうことだ?"
"子供は3匹いた。内2匹は殺された。前の組織の人間に。"
レントラーが過去を話すのは初めてだった。
"私はあの人間を信じてやまなかった。今だったら気づけると思える時が何度もあったのに。この子が今のうちからこの環境にいれて良かった。きっと私のようにはならない。私はここに来て、色々なことを知った。私はもう、なれないものだ。"
レントラーはそれきり黙り込んで、そのうち自由時間も終わって2匹は主の元へ戻る。その日の夜、ライボルトは彼女の寝顔をずっと見ていた。
ライボルトは聞いたことが衝撃的で、その後なにも言葉をかけられなかったことを悔いていた。無感情なものか。寡黙とは言えるかもしれないが、このコリンクと過ごしている時の顔は母親のそれであるし、2匹助けられなかったとはいえ今までのことを全て捨てて逃げてきた。それには相当な勇気と覚悟が必要だったはずだ。
彼女は無愛想な表の内側で自分を責め続け、自らを弱い者扱いしている。主人は、カイトは良い人間だと何年も付き合ってきた自分なら断言できる。けれどいくら良い人間だからといってポケモンの言葉は分からない。彼女のことも、自分しかわからない。せっかく打ち明けてくれたのに。
次の日になると、レントラーはいつも通りになっていた。それからも透視能力をもつレントラーは色々な捜査に引っ張りだこで、時折相手が反抗してきたときはライボルトが一役買った。
「いやー、相変わらずすごいなぁお前。ライも負けてらんねぇなぁ。ほら、3匹で遊んでこいよ。」
仕事を終えて、いつもの広場で遊ぶ。
"ライ、"
"…ん?えっ、なに?"
"どうした、最近変だぞお前。"
"…そうか?特に何ともないけどなぁ。"
レントラーが過去を話した日以来彼女とどう接すれば良いか分からなくなってきていたライボルト。対照的に、レントラーは少しずつ表情豊かになっていった。
気にしすぎだったのかもしれない。自分が余計なことを言わなくても、そのうち彼女自身が気付くだろう。
"とうさん、どこ見てるの?"
ライボルトのことを父親と呼ぶことに、レントラーはまぁそうなるだろうとしか思っていなかった。
"何でもない何でもない。"
コリンクとライボルトがじゃれあっているところを疲れたレントラーが見守っていることはよくあること。自分が遊び相手になるのも楽しいが、楽しそうに戯れる我が子をただ見つめるこの時間も幸せだ。
組織にいた時間よりもここにいる時間の方が長い気がするくらい、組織にいたことが随分前のことだったと思うくらいだった。
また仕事をこなす上で他のポケモンと強力したり自由時間に雑談したり、戦闘訓練後にお互い褒めあったり指摘し合ったりとそれなりの関係を持ち、彼らの影響を受けたことでレントラーも"普通の感覚"に慣れてくる。新しい生活が始まって1年経ったレントラーはいつのまにか彼らの一員となっていた。
"どうした、ライ。何か用か?"
"えっ、あ、いや、なんでもない。"
他のポケモンと話したりコリンクを毛繕いするレントラーを見つめていたライボルトは動揺して目を逸らす。レントラーの成長を見守っていたと言えば変な話だが、レントラーが無表情だった時からの付き合いなので彼女の変化を1番感じているライボルト。
"あぁそういえば、忘れていたがお前と子を作ることになってたな。"
"いや、まてまて、まだそいつがいるだろ。ひとり立ちした後でいいから。"
ここでいうひとり立ちとは、親元を離れて見習いポケモンとして訓練されることを指している。最近コリンクも親達から技を教わったり同じ子供とバトルまがいのことをしているのでその時は近いだろうが。
彼女と番いたいのは山々だがもし"そうだな"と答えたら今すぐその場でその体勢になる気がしたライボルトは慌てて返した。レントラーならやりかねない。
「おーい!ライ!レントラー!」
2匹が振り向くとカイトが慌てた素振りで向かっていた。
「急で悪いけど仕事だ。コリンクはいつも通り待っててな。」
とある工場の職員の内部告発により急遽調査することになったのでレントラーにお呼びがかかった。
カイトの他にも15人の捜査員が参加していたのでいつもの捜査とは違うとレントラー達にも緊張が走る。町外れにあったその工場の責任者らしき者は警察の訪問に動揺しながらも捜査に応じ、レントラー達はボールから出て調査を始めた。
「ちょっとでも怪しいものがあったら教えてくれ。」
手分けをして調査する中、床の下、壁の中などを透視しながら階段を登ってしばらく進むと巨大なタンクが並ぶ場所に行き着く。カイトが責任者にタンクの中身を聞いている間も透視を続けると、1つのタンクの中に階段を見つけた。どうやらタンクを装った、部外者には近づいてほしくない場所への通路らしい。レントラーがそのタンクを前足で触りながら主に鳴くとカイトは責任者を問い詰めた。
「ここには化学物質が入っているのですぐには…」
タンクの中はレントラーしか見えていない。直接は伝えられない。レントラーは手っ取り早くタンクにスピードスターを撃って破壊を試みた。
"俺がやる。"
当たった部分がめり込んだがかなり丈夫に作られているらしく中は見えなかったのでライボルトが代わり光輝くオーラを纏って突進。ライボルトのギガインパクトでタンクに大穴があいて階段が露わになった。
すると責任者の態度が一変、マタドガスを繰り出して煙幕を命じ視界を奪う。しかしこの手口に慣れているレントラーだけは怯まず透視を使って煙幕に突っ込み、その階段を駆け降りようとした責任者の襟に噛み付いて投げ飛ばす。すぐに取り押さえようとしたがマタドガスの毒ガスに阻まれたので目標を切り替えて10万ボルト。そのすぐ後にライボルトが煙幕を掻い潜ってって電撃波を食らわせた。
…責任者が見当たらない。
ゾワ、と身の毛がよだち、倒れたマタドガスの方を振り返ると不吉な光が……
主は間に合わない。レントラーがライボルトに体当たりして突き飛ばした刹那、大爆発がその場にいた者を吹き飛ばし、さらにそれはタンクの中にあったものに引火、爆発の衝撃でその階が崩れ落ちた。
壁に叩きつけられたライボルトは立ち上がって炎上した辺りを呆然と見回し、半身が瓦礫に埋れて倒れているレントラーを見つけて駆け寄った。
"おい、…おい!"
瓦礫を退かして顔を舐めながら声をかけるとレントラーは呻いて目を開けた。
"大丈夫か?"
"あぁ…"
幸い目立った外傷はない。レントラーはふらつきながら体を少し動かして調子を確かめる。特に問題はなさそうだ。
"ライ、お前は他の人間を呼んでくれ。私が主を探す。"
"馬鹿言え俺が探す。お前は脱出しろ。"
レントラーは笑った。
"雌の私は早く逃げろとでも言うのか?この火じゃ鼻も効かない。どうやって探すんだ。"
レントラーは瞳を金色に輝かせた。もし瓦礫に埋まっていたり、瓦礫に阻まれて外から見えず身動きできない場所にいたら、見つけられるのはレントラーだけだ。
"この爆発じゃ他の仲間もどうなっているかわからないし、無事でも救助には人が足りない。ライ、町に戻って助けを呼んでくれ。私では無理だ。長く走れない…"
ライボルトはためらったが反論の言葉は思いつかない。
"分かった。"
"じゃあまた後で。"
"レントラー、"
"なんだ。"
"カイトももちろん大事だ。だけど、俺の番になる約束、忘れるなよ。次いつ雌をあてがってもらえるかわからないんだからな。"
レントラーは鼻で笑って炎上する方へ向かっていった。
透視をしながら瓦礫の山を越える。まだ反応が続いているらしく時折り地響きが鳴った。
ゲホ、と咳き込む。表面の傷は無くてもダメージは大きい。首を振って探し続けると、座り込んで途方に暮れた様子の主人を見つけた。
「レントラー!」
どうやら片足の骨を折っているらしい主人は、無事で良かったと近寄ったレントラーを抱きしめる。
「ライは…?」
どう伝えれば良いか困ったレントラーはとりあえず頷いた。
「無事なんだな?…よし、レントラー、悪いけど背中を貸してくれ…」
カイトはレントラーの背中に手をつき片足で立ち上がる。それで歩くのはあまりに遅いのでレントラーは主人の股を潜って乗るように促した。
「大丈夫か…?」
恐る恐る腰を下ろすとレントラーはよろめいて、それでもなんとか歩き出す。とりあえず火が弱い方へ向かい出口を目指した。
自分よりも重い主人を乗せて歩くのはかなりの重労働。蛇行しながらゆっくりと進んでいると大きな音と振動が響いて頭上から大きな瓦礫が降ってくる。素早く反応し、地面を蹴って落下点からの脱出を試みるレントラー。その勢いに耐えられなかったカイトを振り落としてしまった。さらに大きな爆発音…
「レントラー逃げっ…!」
主人目掛けて瓦礫が落ちてくる。当たれば即死だろう。全く舐められたものだと、レントラーは主人の元へトンボ返り。人間の道具になるために生まれ、ずっと戦い続けて来たのだ。なんのこれしきの瓦礫、
「レ゛ッ゛……!!」
人間もそんな声を出せるのかと感心しながら主人を押し倒して覆い被さった。
「レントラー……」
光のベールが彼らを守った。全力走をした後のように喘ぐ主人を見下ろして微笑む。
「いつの間にこんな技を…」
元はあの子を守るために今の仲間から新しく学んだ技だ。あの時、相手を倒すことしか知らなかった、守り方を知らなかった故にあの子に大怪我を負わせてしまった。二の舞を起こさないために。
「ありがとう助かったよ……行こうレントラー…」
だが流石にレントラーにも限界が近づいて来ていた。何度も咳き込み転びかけるレントラーを見るのは苦痛だった。
「レントラー、もういい。ここは火がないし丈夫そうだ。休もう。助けを待とう。」
停電し薄暗い非常灯の灯りの中、施設の部屋に入ってカイトは床に座りレントラーは寝そべった。苦しげに咳をするレントラーの背中を摩りながらボールを取りだし戻そうとしたが起動しない。壊れてしまったようだ。
「参ったな…これで辛抱してくれ……」
衝撃で欠けて小さくなった"元気の欠片"を押しつければ多少楽になったようでレントラーは深呼吸した。
「ボール…直るといいな。」
スイッチ部分を弱々しく点滅させて破損を知らせるモンスターボールを手の中で転がしながら呟いた。そんなものまた作れば良いじゃないかとレントラーは首を傾げ、それはカイトにもなんとなく伝わった。
「大事なボールだよ。レントラーの前の主人から譲ってもらったボールだからね。」
レントラーは大きく目を見開いた。
○○○
「密閉完了。よし、やるぞ。」
処分室にその日待機期間を過ぎたポケモンを収容すると、3人の職員がボタンの前に立った。警察署内の全ての職員がローテーションでこの役を務めている。3つのボタンのどれかが処分開始のキーになっていて、どのボタンをキーにするかは毎回コンピュータがランダムで決める。
「3…2…1…押せ。」
ブザーが鳴り、部屋内にガスが注入される。ここでこの部屋を去る職員もいれば、責任を持って最後まで見届けようという職員もいる。この日はたまたま3人ともが看取ることを選んだ。
室内のカメラからの映像をじっと見つめる。悪いのは彼らじゃない。中には人間に捨てられただけというポケモンもいる。そんなことはわかってる。罪悪感で鬱病になってしまう職員もいるくらい負担は大きい。
どうしても、あのレントラーに視線が行く。自分の子供を助けただけなのに。幼い子供だけ残しては可哀想だ、もし親の死因を知ったら反感を買うかもしれない、だから特例を認めてほしいと上に掛け合ったが"規則だから"と門前払い。もがき苦しむのを見ているしかなかった。
不意に、固定電話が鳴った。顔を見合わせ、内の1人が受話器を取った。
『本日待機期間を終えるレントラーの主を名乗る人物が現れたのですが……』
「緊急停止!!」
最後まで聞かずに叫んだ。ボタンに1番近かった職員が反射的に非常停止ボタンを殴りつけた。
ーー緊急停止。急換気を開始します。ロック解除までしばらくお待ち下さい。ーー
「ボールがあるんですね!?あるんですね!?」
『は、はい。今……』
血相変えてマイクに怒鳴り、剣幕に押された相手を気遣うことなく受話器を叩きつけて、ボタンが凹む勢いで掛け直す。
「中型四足のポケモン1匹!!重度の二酸化炭素中毒!!早く来てくださいっ!!」
扉を思い切り開き、そして一瞬止まった。部屋の中には時折痙攣するポケモン達…。
顔を振った。生唾を飲んだ。だからこそ、だからこそ。
足を踏み入れ2人がかりでレントラーを部屋から出す。もう1人は走って廊下に行き、非常用と書かれたボックスを開けた。ブザーが鳴り響く。中にあるAEDや手動ポンプ式人工呼吸器が入ったバッグを取り出して処分室へ戻る。
「呼吸はないか…」
「脈は!?」
「わからない…」
レントラーを仰向けにし、1人がポンプ式人工呼吸器をレントラーの口になるべく密着させてピストンをゆっくり上下させている間にもう2人が協力して救命装置のパットをレントラーにつける。
『パルス微弱、測定不能。チャージする場合は黄色のボタンを押してください。直ちに心臓マッサージを行ってください。』
1人が操作し、後の2人は救命措置を続ける。
「完了した。一旦離れろ。」
2人が離れたのを確認してボタンを押した。
『ショック15秒前。患者から離れなさい。離れなさい……』
ショックの後もレントラーに変化はない。救命装置を再開した。
「救急隊はまだか!?」
「レントラー頑張れ!!お前は生きれるんだ!!」
「頑張れ…!!頑張れ…!!」
『チャージ完了……』
「死ぬな!コリンクと暮らせるんだ!!」
「頑張れ…レントラー…!頑張れ…頑張れ…!!」
○○○
「お前の前の主人、組織から追い出されたんだって。それで迷った挙句自首してお前のボールを渡したんだ。きっと、ボール不明のポケモンが処分されることを知っていたんだろう。ロケット団は自分のポケモンには愛着持ってるやつもいるから、お前の主人もそうだったんだろ。」
あの人間が?私を騙し子供を奪ったあの人間が私を助けた?
「正直もっと早く出てきて欲しかったもんだよ…でも良いこともあったんだ。待機期間が2週間から4週間に伸びた。お前のおかげで助かる可能性が高くなったんだ。」
カイトはポンポンとレントラーの頭を軽く叩く。任務がない時は、前もよくこうされていた…
ーー良くやったなレントラー…お前のおかげだ…ーー
ーーいつもありがとなレントラー……ーー
ーーもう一度だけチャンスをやる…子供を連れて戻ってこい……ーー
人間とはなんと不可解な生き物だろう。そう思わずにはいられなかった。
○○○
"かあさん、とうさん、行ってくるよ。"
工場の事故で煙を吸い込んだことによる気管支炎を起こしたレントラーが退院した数日後、見習いポケモンとして本格的な訓練を受けることになったコリンクは訓練トレーナーの元で暮らすことになるので両親に別れを告げる。もちろんこれからも普通に会えるのでお互いさほど寂しくはない。ほんの少しだけ頼もしくなった我が子を、寧ろ誇らしく思った。
"良い警察ポケモンになるだろうな。"
"お前より優秀になるんじゃないか、ライ。"
否定できないライボルト。なんせこのレントラーの子供だ。とんでもない強ポケになりそうだと苦笑した。
"なぁレントラー…"
"心配しなくても覚えてる。今日からここで暮らすということは、そういうことだろう?"
2匹がカイトのポケモンであることに変わりはないが、今日からは施設に用意されている部屋で暮らすことになっていた。
"いやまぁ…そういうことなんだけど……"
"まぁ、お前が1番信頼できるからな。"
意味ありげに尻尾を振って歩き出したレントラーに、ライボルトはまた苦笑しながらついていく。
"随分ポケモンらしくなったな。"
レントラーはその言葉を微笑で返した。
"皮肉なものだ。結局私は子産み役か。"
"でも……"
"分かっている。前とは違う。"
部屋に戻って寝そべったレントラーに遠慮がちに寄り添って、恐る恐る毛繕いする。ライボルトがレントラーを毛繕いするのはこれが初めてだった。
"俺はさ…お前が好きだぞ……"
目を瞑って身を任せていたレントラーは片目を開けて彼を見て、吹き出した。
"な、なんだよ……"
"いや…今までで1番のアホ面だなと思って。"
楽しげなレントラーを見て、きっと一生頭が上がらないだろうなと思ったライボルトだった。
そっと、さりげなく片前足をレントラーの肩にまわす。レントラーは特に嫌がらない。…彼女の性格からすれば当然か。ライボルトは彼女の背に覆いかぶさって、すぐに反応して隆起した雄の象徴を弾力がある彼女の雌へ押し込んだ。
熱い肉壁に包まれてライボルトは身震いする。興奮が一気に昂って彼女に頬擦りしたときに彼女も返してくれたことが嬉しかった。
一息つくとぎこちなく前後に動かし始め、すぐに慣れて本能のまま腰を振る。レントラーも惚けた顔で熱い息を漏らしていたのでそんな顔を見られたことを嬉しく思いつつ、彼女の口元に舌を這わせてそのまま口付けした。
きっとそんな行為は知らなかったのだろうレントラーは驚くそぶりを見せたが愛情表現だと理解したのかなすがままに受け入れた。
逃すまいと抱く力を込めより一層強く打ち付ける。人間に薬で無理矢理子供を作らされた彼女に教えてやるのだ。口を離してライボルトも口呼吸をしながらこの雌を孕ませるべく雄の全てを注ごうと彼女を突く。雌と交わるのはこれが初めてだが何も考えなくても本能が体を動かしてくれる。
"ラ…イ……"
不意にレントラーが名前を呼んだので彼女を見ると牙を食いしばっていてそれと同時に締め付けが強くなる。思わぬ不意討ちを食らったライボルトの興奮も頂点に達し、ギュウッと抱きしめて熱い子種を吐き出した。
射精の脈動を感じながら浸る至福の時は永遠のようで、また一瞬ようで。たっぷりと注ぎ込んで萎えた雄を引き抜くと、余韻に震えるレントラーを毛繕いした。
"ライ……"
"うん?"
"ありがとうな。"
"こちらこそ…"
レントラーはライボルトの顎下に額を擦り付ける。
"私は…私は幸せだ。"
その時の彼女の笑顔を、ライボルトは一生忘れなかった。
時は流れ、レントラーとライボルトは子育てをしながら今まで通りカイトと仕事をこなす。レントラーの最初の息子が進化してレントラーになった後は負担も減り、やがて引退した2匹はカイトの家族の元で穏やかな余生を過ごしたのだった。
「そして、幸せを知った。」
「想いはやがて」
完結