※この作品はR-18です。

ポケモンR18短編集ハーメルン版   作:神座(カムクラ)

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6-1.ぬくもりは君と共に【前編】(♂ウインディ×♀アブソル)【ストーリー重視】


 

 はじめに

 

・濡れ場は後編にあります。

 

・独自設定(生態、覚える技など)があります。

 

・流血描写があります。

  

・ポケモンやポケモントレーナー、ポケモンのプレイヤーを否定・非難等しているわけではありません。あくまで物語の一環です。

  

・本短編集の「そして、幸せを知った。」は本作の没ルートを別小説としてリメイクしたものなので本作もこれと似たような展開や、そのまま使っている部分があります。

  

 

 ────────────────────

 

 

 街から離れたところに建つ、森の中には不釣り合いな大きな建物。街から電気や水道も通っていないが、ポケモンという資源を使ってその建物はエネルギー工場として稼働していた。

 

 捕らえられたポケモン達も抵抗するそぶりは見せず、過労と諦観の中でただ死を待っていた。しかし奇跡とは意外と起こるもので。

 

 

 「ガウゥ…!」

 

 

 『了解!そっちは任せるよ!』

 

 

 振動が建物を捉えて侵入者を伝える警報が鳴り響く。動揺する収監されたポケモン達の前に現れたのは、白毛で黒く湾曲した角を持つ四つ足のポケモン。

 

 

 "もう大丈夫!"

 

 

 背中に通信装置を着けたアブソルは見張りの人間が使役するポケモンをいとも簡単に退けて、囚われのポケモン達に鳴き声で呼び掛ける。

 

 

 "もうすぐ助けが来るわ。それまでの我慢だから!"

 

 

 そのアブソルの左前脚には、鋭利なもので切り裂かれたような傷跡があった。

 

 

 

 【ぬくもりは君と共に】 始

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 「よしっ君で最後だね。」

 

 

 保護したポケモンの健康チェックをするため、今回の作戦の責任者である青年はポケモン一匹一匹にタグを着けていった。

 

 

 「ソウガさん、こっち終わったんでこの子達お返します。」

 

 

 作戦に加わっていた女性のエリートトレーナーは作業を手伝ってもらっていたアブソルを連れてくる。

 

 

 「了解。」

 

 

 前脚に傷跡のあるアブソルは主人に少し甘えて、がう、と鳴いた。

 

 

 「そうだなぁ、ここは平気だし、僕ら特殊部隊の役目はもう終わってるし、帰るまで自由にしてていいよ。初任務お疲れさま、ルカ。」

 

 

 ソウガと呼ばれたみかけ10代後半くらいのあどけない青年は国際ポケモン保護連合、略してIUPPに所属していて特殊部隊総部隊長を務める実力者。独断で地方チャンピオンのポケモントレーナー権を剥奪できるほどの権限を持ち、IUPPの切り札として不法繁殖させたり虐待を行う個人の逮捕をはじめ違法工場などの摘発、特定組織の掃討など戦闘が伴う任務に就いている。

 

 今回もロケット団が密かに運営していたこの違法工場を制圧するため仲間のポケモンと部下を連れて自ら出向いたのだった。

 

 

 緊張を解いて仲間のところへ向かうアブソルに、ソウガもほっとする。これまでたくさんのポケモンを保護しそのケアをすることもあったソウガからしてもあの雌のアブソルは群を抜いた問題児、と言えば語弊があるが、それだけ大きなものを抱えているポケモンだった。

 

 

 「ソウガ様、お疲れさまです。」

 

 

 「あーおつかれ。」

 

 

 長く彼に仕えている雄のルカリオがアブソルとすれ違って彼の元へ。彼はテレパシーを使うことができる。

 

 

 「うまく任務をこなせたようですね。良かった。」

 

 

 アブソルが去った方を見つめてそう言うとソウガも相づちをうつ。

 

 

 「これでようやく償いへの一歩が踏み出せたって所々に報告できるわけだ。」

 

 

 全くもってくだらない、という風にソウガは言う。殺処分されるはずだったアブソルを、償わせるという口実で助けてからまだ1年と少し。自然に笑ってくれるようになったのも最近のことだ。

 

 そんな話をされているとは露知らず、アブソルは少し歩き回ると目当てのポケモンを見つけた。

 

 

 "サルース、"

 

 

 呼び掛けたのは雄のウインディ。彼とアブソルは仲が良かった。

 

 

 "おうルカ、おつかれ。"

 

 

 2匹で待機場所へと向かうと寄り添って腹這いになり、ウインディはアブソルを毛繕いし始めた。それはまるで番のようで、しかし彼らはそこまでの関係にはなっておらず、それはポケモンにしては珍しいことだ。

 

 彼に身を委ねながら、アブソルは保護されたポケモン達の怯え様を思い出す。その内いくらかの怯えは突然の騒ぎに対しての不安によるものではなく、自らにある傷跡に対してだということに気づいていた。 

 

 少し前、人、ポケモン限らず暗殺や虐殺、拉致を行い世界を震わせた"殺戮ポケモン"。左前脚にトレードマークの傷跡があるこの雌のアブソルこそ、今や当たり前のように可愛がられている彼女こそ、その殺戮ポケモンだった。

 

 

 

 

 ────────────────────

 1.わざわいポケモン

 

 

 

 

 人里離れた山奥にアブソルは生まれた。子は父親を知らなかったが、優しい母親の元で幸せに暮らしていた。

 

 

 ある日、母親は危険を察知した。その角で感じたのだ。"災いが来る"と。

 

 

 母親は我が子と共に山を降りながらすれ違うポケモン達に災いの予兆を知らせ、忠告した。その途中、彼女らは人間と出会った。山の麓の村に住むその人間は2匹の白い獣を見るなり一目散に逃げ出して、村に駆け戻り伝えた。

 

 

  ──災いが現れた──

 

 

 数日後、母親の予想通り大きな地震が起きて山にあった洞穴がいくつも崩れ、谷には岩の雨が降った。それでもポケモン達の大多数は白い獣の警告を聞いて皆住みかを捨てていたので助かり、皆白い獣に感謝した。

 

 

 しかし、同じく被害を受けた人間たちは、もうたくさんだと災いの根源と伝えられている獣を退治することにしたのだ。何日も山の中を探し回り、ついに川原で休んでいた2匹の白い獣を見つけた人間達は武器を手に、従えたポケモン達と総攻撃を仕掛けた。

 

 

 母親は強かった。しかし子を守らなければならなかった。左前足に深傷を負った娘をかばいながらの戦いはやがて劣勢になり、母親はなんとか子を逃がして独りで必死に戦った。

 

 

 ──アブソルを捕らえた。

      ついに災いを捕らえた──

 

 

 村人達は誇らしげに言いふらし、その噂はある組織の耳にもすぐに入った。

 

 

 「田舎村がアブソルを捕らえたという噂が広まっています。」

 

 

 アブソルには自然の異変を感知する力がある、という最近発表された仮説の真相調査をするために、その組織、ロケット団はちょうど本拠地から大規模な調査団を派遣していたところだった。

 

 

 「急ぎ事実確認を。事実ならすぐに行動を起こす。サカキ様にも報告しておこう。」

 

 

 田舎村の、しかも自分から流している噂など、天下のロケット団にかかれば簡単に調べられる。それが嘘ではないと分かると彼らは即座にその村を訪問、始めは穏便に、次第にあらゆる圧力をかけて生け捕りにされていたアブソルを回収した。

 

 

 「それでアブソルは?」

 

 

 「生きてはいますが非常に危険な状態です。幸い角はほとんど無傷だったのでかえって好都合かと。」

 

 

 捕らえられたアブソルは、それから3日の間"厄払い"として痛めつけられ続けて衰弱しきっていた。

 

 

 「村人の話だと子供を捕り逃がしたそうですが、捜索しますか?」

 

 

 「許可する。すぐに隊を編成しろ。」

 

 

 探すのはさほど苦労しなかった。野生のポケモンがいやに警戒してくる方向があるのだ。捜索隊はそれらを排除しつつその方向に進み、1つの洞穴に辿り着いた。

 

 

 「いたぞ…!」

 

 

 汚れ、左前足に深い傷のある小さなアブソルは人間達に気づくと憎悪の目を向ける。怪我の具合や健康状態も分からないアブソルに手荒なことはしたくないということで、ある団員が恐る恐る近づいて話しかけた。

 

 

 「君のお母さんを助けた。とても弱ってるから君も来てくれないか。」

 

 

 母親が生きている。それを聞いた哀れな子は態度を一変させてそれを言った団員にびっこを引きながら駆けよって懇願した。

 

 

 「よしよし良い子だ。まずこれ手当てしないとな。ご飯もあるぞ。」

 

 

 泣いて訴えるアブソルにそう言いながら抱き上げて、村に戻った。

 

 

 「こっちだ。」

  

 

 村に建てられた仮設研究所に案内され、示された部屋に入る。一瞬、そこにいる獣が何なのか分からなかった。

 

 

 "ママ…!"

 

 

 布団に寝かされていたのは変わり果てた母親。美しかった白い毛は全て刈り取られ、力強かった四肢は中途半端な所から切断され傷口は焼かれていて尻尾も無い。身体中に包帯を巻かれており、目にも巻かれていた。

 

 

 "ママ…ママ…起きてよ…!"

 

 

 泣きながら母親の顔を舐めて目を覚まさせようとするアブソルを眺めながら二人の団員は呟いた。

 

 

 「あの村人もやるよなぁ。」

 

 

 「あぁ。毛を刈り取って足を切り落として、目をえぐり取ったんだもんなぁ。」

 

 

 「そうだ。あと尻尾はケンタロスに引かせて千切ったらしい。それで俺たちが来るまで暴力ざんまいって訳だ。いくら俺たちでもさすがに…なぁ?」

 

 

 「確かに初めて見たときはゾッとした。内臓もだいぶやられてるからもう無理だな。」

 

 

 と、瀕死のアブソルがうめき声を上げた。

 

 

 "ママ!!"

 

 

 "あ……"

 

 

 "ママしっかりして…!"

 

 

 "ぐ…… あな…た……?"

 

 

 "私、私よママ…お願い死なないで…!"

 

 

 それまで苦痛の色が張り付いていた母親のアブソルの顔に安堵が広がる。

 

 

 "よ……かった…"

 

 

 その言葉を最後に、母親は2日後に息を引き取った。

 

 

 ロケット団は冷たくなった母親の側でずっと泣いているアブソルをそのままにしていたが、あるときアブソルが突然部屋を出て何かを探し始めた。

 

 

 「おいアブソル!何してる!」

 

 

 左前足に深傷を負っているとは思えない速度で制止も聞かずに占領された村を走り回り、母親に染み付いていた匂いを辿って村人が監禁されている所に行き着く。見張りの団員とポケモンをすり抜けて中に入ると驚き恐怖する村人を見渡して、一番近くにいた老人にカマイタチを放った。真空の刃はいとも簡単に老人を引き裂き血がほとばしる。こんなに弱い生き物に母親は殺されたのかと思うと、内側から熱いものが吹き出るのを感じ、その全てを仇敵たちにぶつけた。

 

 

 「た、隊長!!」

 

 

 「どうした。」

 

 

 「アブソルが…アブソルがっ…!」

 

 

 「落ち着け。何があった。」

 

 

 あわてふためいていた団員は生唾をごくりと飲み込む。

 

 

 「…第一仮設収容所の村人を全員殺しました。」

 

 

 「なに!?」

 

 

 現場は目を覆いたくなるような光景だった。死体の中には何度も何度も切りつけたような痕があるものもあり、アブソルの復讐心の強さが分かる。仮設収容所は全部で2つあったので、アブソルはここの村人の半分を殺したことになる。

 

 

 「何故止めなかった。」

 

 

 「声をかけても聞く耳を持たず、村人が邪魔で割って入ることもできず……それに正直、動揺して手を出せませんでした…」

 

 

 「アブソルは?」

 

 

 「部屋で寝ています。」

 

 

 「麻酔を打ったのか?」

 

 

 「いえ、自分で戻りました。」

 

 

 「そうか…」

 

 

 隊長と呼ばれた男は冷や汗をかきながら、ゆっくり笑みを浮かべる。

 

 

 「あいつを研究材料にするのは止めろと伝えろ。閉じ込めておくには惜しすぎる。」

 

 

 「はっ!」

 

 

 翌朝、アブソルは最初に話しかけられた団員に餌をもらっていた。

 

 

 「なぁアブソル。」

 

 

 「クゥ?」

 

 

 「このままじゃ他の人間がお前を殺しに来るかもしれない。お前の母さんみたいにな。」

 

 

 ビクッと体を震わせ団員を見上げる。

 

 

 「俺たちと来いよ。そうすれば安全だ。それに俺たちといればお前の母さんを殺したような人間に仕返しできるぞ。」

 

 

 「……っ!」

 

 

 「どうだ?悪い話じゃないだろ。」

 

 

 少しの間うつむき、見上げたときには彼女の目付きが変わっていた。

 

 

 「…決まりだな。」

 

 

 こうしてアブソルはロケット団のポケモンになった。

 

 

 

 「やっぱり痕になったな。」

 

 

 「クゥ…」

 

 

 ロケット団に入って1ヶ月。カントー地方に移り休養していたアブソルの左前脚には爪で深く切り裂かれたと分かる傷跡が残り、その部分だけ毛が生えず黒い皮膚が見えているのでかなり目立った。

 

 

 健康チェックを終えると訓練所へ向かう。この日からほぼ毎日、他の団員のポケモンとバトルしていつも傷だらけになるアブソル。まだ成体ではないというのにも関わらず、主人と同じ階級のポケモンとの一騎討ちでは負けない。1年ほど経つと、様々な種類のポケモン達とサバイバル形式の訓練で最後まで生き残ることもできるようになった。

 

 

 「良いじゃないか。実戦投入もそんなに先じゃないな。」

 

 

 「はっ。ありがとうございます。」

 

 

 アブソル急成長のお陰で主のダムドはよく上司に褒められて、アブソルもそれが嬉しかった。

 

 

 この日も訓練を終えて、ダムドはボサボサになったアブソルをブラッシングしてやる。

 

 

 「疲れたか?」

 

 

 「クルル…」

 

 

 「最近また大きくなってないか?今度身体測定するか。」

 

 

 「アウッ!」

 

 

 アブソルは幸せだった。安心できる寝床、安定した食事、人間達も皆丁寧に扱ってくれるし力も強くなってきている。早く"任務"をこなして主人を喜ばせたいと思う一心で訓練に励んだ。

 

 努力が報われたのはアブソルがロケット団に入団してから2年経ったくらいの頃。命じられたのは主人や他の団員と一緒に指定された区域にいる野生のポケモンを捕獲すること。アブソルに伝えられたのはこれだけだったが無論実験材料調達のためである。

 

 

 「よし、準備は良いか?」

 

 

 「ヴルル…」

 

 

 見回りなどの任務はこれまでもあったが現場に出るのは初めてなのでアブソルも張り切っている。そして、

 

 

『総員出撃まで3…2…1…散!!』

 

 

 一斉に散り散りになってポケモンを探す。そして手当たり次第攻撃して抵抗できなくなった所を別の部隊が捕獲する。最初は良心が少し痛んだものの勝利感によってかき消され次々襲った。ガルーラを、フシギソウを、ウソッキーを倒し、ザングースを倒す。そのザングースの群れを見つけ、アブソル1匹で片っ端から倒していく。最後に残った親子に迫るとその親が訴えた。

 

 

 "この子だけは…許してくれ……"

 

 

 「良いぞアブソル!やれ!」

 

 

 "…"

 

 

 "どうしてこんなことを…?あたしらが何をしたって言うのさ…?"

 

 

 "…"

 

 

 「どうした。やれ!」

 

 

 "行って。"

 

 

 あくの波動を彼女らの目の前に叩きつけ、吠えた。

 

 

 "早く行け!!"

 

 

 尻尾に火が付いたように逃げるザングースを数歩だけ追って、見えなくなったと主人の元に戻った。

 

 

 「…お前、わざとか?」

 

 

 「クゥン……」

 

 

 ごめんなさい、と頭を下げる。

 

 

 「なんだ、親と重なったとでも言うのか?」

 

 

 アブソルが頷くとダムドはデジタル時計のボタンの1つを押し、アブソルが右前足にしていたバンドから痛覚を刺激する特殊な電磁光が彼女を包む。

 

 

 「ギャ゙ヴア゙ァ゙!!ン゙ア゙ァ゙!!」

 

 

 痛みにもがくアブソルに何を言うこともなく数十秒。止めてくれとすがり付いてきたところでもう一度ボタンを押し光が止んだ。

 

 

 「ハァッ…ハァッ…アァウゥ……」

 

 

 起き上がることもできず荒く息をするアブソルに、ダムドはしゃがんでこう言った。

 

 

 「アブソル、別にお前をいじめて楽しんでる訳じゃないんだ。でも言いつけは守らないといけない。分かるか?」

 

 

 「ウゥ…」

 

 

 「これは俺たちに必要なことなんだ。分かったら行け。」

 

 

 「グ…ウゥッ!」

 

 

 抜けた腰に無理矢理力を入れて立ち上がり、怒りと悔しさを先程のザングースにぶつけた────

  

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

  

 「こいつか、やらかしたのは。」

 

 

 作戦終了後、ダムドとアブソルは呼び出される。

 

 

 「せっかくのザングースの子供を殺してくれるとは!ダムド、こいつのしつけはお前の仕事だろっ!!」

 

 

 ダムドが上司に平手打ちされるとアブソルは小さく悲鳴を上げた。

 

 

 「その緩いしつけのせいで貴重な材料を潰したんだぞ!!」

 

 

 「誠に申し訳ありませんでした…」

 

 

 呆然と見ていると別の団員に呼ばれ引き離された。分厚い扉、分厚い壁のごく小さなドーム型の部屋の前に連れていかれて入れと指示される。

 

 

 「技を使おうとしたらこれだからな。」

 

 デジタル時計を指差しながらそう言って扉を閉め、ガチャガチャとレバーを捻って密閉するとスイッチを押した。

 

 元々薄暗かった部屋が真っ暗になり、光が完全に無いため何も見えなくなると全身に衝撃が走った。

 

 それは痛みではなく音。いくつもの金属板を尖ったもので同時に激しく擦ったような音と、様々な非常ベルが一斉になっているような音、固いコンクリートにドリルで穴を開けるときのような低く断続的な衝撃音などが大音量で鳴り響いたのだ。

 

 骨を軋ませ脳を震わす恐ろしい罰にアブソルは文字通り発狂した。本能的に体を守ろうとしているのか意思とは関係なく全力で叫びのたうち回る。やがて何も分からなくなってしまった。

 

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 

 

 「状態は?」

 

 

 「3分前に再計測、脳波、脈拍等は基準値に向かっています。精神安定剤を投与済みです。」

 

 

 過呼吸を引き起こしたため酸素マスクを着けて回復室に寝かされているアブソル。

 

 

 「少しやり過ぎたか。」

 

 

 「初めてでしたからね。それにしても…」

 

 

 上司とならんで様子を見ていたダムドは若干非難がましい顔をしながら腫れた左頬を撫でた。

 

 

 「いくらなんでも強すぎですよ、先輩。」

 

 

 「ハッハッハ悪い悪い。でも目に見えてお前が罰されたと分かればかえって良いだろう?自分のせいでお前が罰されたと思わせればこの先命令に逆らわなくなる。良いじゃないか、こいつはますますお前の物になるぞ。」

 

 

 「まぁそうなんですけど。」

 

 

 嫌らしく笑う二人はアブソルに向き直る。

 

 

 「確かにザングースの子供を失ったのは損失だがむしろ調教の良い機会だった。それにあの凶暴性、ボスも期待していたぞ。」

 

 

 「それにあいつは雌。他種の雄とでもアブソルが産める。実験台にしないで正解でしたね。」

 

 

 「あぁ。だが油断はできない。お前のしつけ次第で大惨事になる。コツは教えただろ?」

 

 

 「アメとムチ、ですよね。分かってます。」

 

 

 「なら俺は戻ろう。」

 

 

 「はっ。お疲れさまです!」

 

 

 それから携帯をいじりながら数十分、アブソルが呻き声を上げた。

 

 

 「アブソル、分かるか?」

 

 

 ゆっくり目を開いて主人を確認するとガタガタ震えながら弱々しく鳴いた。

 

 

 「よしよし、もう大丈夫だ。歩けるか?」

 

 

 ふらつきながら立ち上がって頷いたので、部屋に戻ってダムドがフードを用意しているとき、不意にアブソルが変に痙攣顔をしかめたので袋を差し出すとそこに顔を突っ込んで数分間吐き続けた。

 

 

 「薬の副作用か…?」

 

 

 治まったので口をゆすがせ嘔吐物を片付ける。お互い色々と疲れていたのでいつもより少し早いがもう休むことにしてダムドが制服を脱ぎ着替え終わるとアブソルが主の腫れた頬を舐める。

 

 

 「はは…お前は優しいな。次は気を付けるんだぞ。」

 

 

 口の端をわずかにつり上げながら従順になっていく手駒を撫でた。

 

 

 

 

 ────────────────────

 

2.壊れゆくもの

 

 

 

 それからアブソルは今まで以上に訓練に励み、慎重に任務をこなす。その甲斐あってか気づけば負けなしの強者になっていて、そのことがロケット団トップのサカキの耳に入り、アブソルはついに殺戮者と呼ばれる第一歩となる任務を受けることになった。

 

 

 「ダムド、アブソル、よく来た。」

 

 

 「いえ!光栄でございます!サカキ様!」

 

 

 膝にペルシアンを乗せたサカキは椅子に背をもたれながら迎えた。

 

 

 「もう10年も前になるアブソルによる村人の虐殺、ザングースの殺害。正直、私はあのときから今日この日を待ちに待っていた。アブソルによる計画を実行できるこの時を。」

 

 

 机にあったコンピューターディスプレイを回してダムド達に向けた。

 

 

 「この田舎村にシルフカンパニーの重役が住んでいる。お前たちは他の誰にも気づかれることなく侵入し、そいつを暗殺しろ。気づかれてはならない。それが重要だ。ただし目標の家族等に気づかれることは避け難い。その場合は目立たないように殺せ。捕らえてはかえって面倒になる。上手くやってくれるな?」

 

 

 「はっ!ありがたくお受けします。」

 

 

 サカキに呼ばれ、直接指令を受けるのはロケット団員にとって名誉この上ない。廊下を歩いている間その名誉に笑みが押さえられない主人をみて、アブソルも心底嬉しかった。

 

 それから4日後に作戦は決行。真夜中、アブソルは村に程近い森の中で放たれる。下見の時に教えられた目標の家へまっすぐ向かい、ゆっくり近づいていく。

 

 

綺麗な三日月の浮かぶ夜だった

 

 

 「ん…?なんだ?」

 

 

 扉を叩く音で夫婦は目覚めた。

 

 

 「こんな時間に誰?」

 

 

 「俺が見てこよう。」

 

 

 扉を少し開ければ静かにたたずむ白い獣。顔の右側だけに湾曲した角が生えている赤眼のポケモンと眼があって扉をもう少し開けた。

 

 

 「ポケモン…?どうした…?」

 

 

 後ろを振り返って誰かに声を掛けようとしたのを読んだアブソルは角に気を込め男の首にカマイタチを放ち、喉ごと頸動脈を切り裂かれた男から血が噴き出す。

 

 

 「あなた…?」

 

 

 重い音と水飛沫の音がして様子を見ようと首を覗かせたその妻は信じられない光景に言葉を失い、腰を抜かした。

 

 

 「あ…あ……!!」

 

 

 悲鳴を上げようと吸った空気が声になることはなかった。

 

 

 「よくやった、よくやったぞアブソル!」

 

 

 任務が終わってアジトへ戻り体を洗っている最中ダムドは何度もアブソルを誉めて彼女もそれに笑って応える。やっと主人に報いることができた。それがなにより嬉しかった。

 

 ロケット団やアブソルの存在は知られることなく任務は成功。ダムドは実行部隊副隊長に、アブソルもポケモン達のリーダーとなり、その後も実験台調達や施設建設のためのポケモン排除任務や警備任務を、そして暗殺任務をこなしていった。

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 

 真夜中、静まり返った村の家にアブソルはそろり、と忍び寄る。目標はシルフカンパニー幹部の男。任務前の緊張感に浸りながら窓を覗くと目標の男とその伴侶らしき女性、彼らが寝ているベッドの側には2匹のガーディを抱いたウインディが寝ていた。

 

 アブソルは良いものを見つけた、と口の端を吊り上げる。配置を記憶して窓から少し離れ、アブソル周囲の空気が渦を巻き始める。

 

 空気の刃が放たれガラスが砕ける。その音で目を覚ます人間とウインディ。何が起きたか分からないままウインディの鼻を血の匂いが突き抜ける。そして絶句。抱いていた我が子だけが切り裂かれていた。理解が追い付かず激しく動揺したせいでもうひとつの技が窓から飛び込んできたことに気づかなかった。

 

 あくの波動が男を直撃。妻が悲鳴を上げる。男は死んではいなかった。

 

  

 「エルム達を…!」

 

 

 ウインディは一瞬躊躇った。だがこのウインディは非常に優秀だった。ガーディ達の傷を見てそれが内臓まで届いていること、もう助からないことを確認すると腸がよじれる思いでその部屋を後にし主人の息子ともう一匹の我が子が眠る部屋へ向かう。

 

 それとほぼ同時にアブソルが窓枠から飛び込み男の喉を切り裂こうとすると突如目の前が光りエルレイドが現れてその攻撃を防いだ。

 

 

 "何のつもりだ…!"

 

 

 "あなたには関係ない。"

 

  

 あくの波動を部屋中に撃つと2階が崩落──そこには他のポケモン達も寝ていた──アブソルは素早く窓枠から脱出した。警戒を解かずに瓦礫の山を睨んでいるとその一部が念力で浮き上がる。

 

 エルレイドが自分と主達を守るために念力で瓦礫を退かした隙にアブソルは男に向かってカマイタチを放った。エルレイドが防がなければ男は確実に死に、エルレイドが他の技を使って防げば瓦礫が落ちて男は死ぬ、絶妙なタイミングだった。

 

 エルレイドは冷静に念力を調整して瓦礫を自身達の前に落とすと同時にその後ろに光の壁を作り出すことでやり過ごす。瓦礫だけでは防ぎきれない強力なカマイタチも2重防壁は破れない。しかし、読み合いを得意とし超属性(エスパータイプ)の感知を弾くあく属性の相手を自らの視界から外してしまうというのは致命的な失策だということに気づいたときには遅かった。

 

 十分に力を練って角に込めたアブソルは光の壁を突き抜けエルレイドの咄嗟の斬撃を紙一重で交わすとその腹に角を叩き込んだ。

 

 

 "不意討ちか…くそ……"

 

 

 殺られはしなかったが苦しげに顔を歪ませて膝をつく。対照的にアブソルは笑顔を向けた。

 

 

 "2本…いや3本かな?折れたよね?"

 

 

 "くっ…"

 

 

 "別にあなたは死ななくても良いのよ。用があるのはその人。だからそこで見てなさい。"

 

 

 アブソルは悠々とエルレイドを素通りして男の元に向かう。勝利を確信しているように見えたアブソルに一矢報いようと無数の光弾を浮かべた。 

 

 

 "馬鹿ね。"

 

 

 2度目の不意討ちをくらい、首から上を失った体は血を吹き上げながら痙攣して倒れた。

 

 がさり、と音がしてアブソルは瞬時に反応しあくの波動を放つ。逃げようとしていた男の妻がはね飛ばされた。男が悲痛な声を上げているのを楽しみながら止めを刺そうとすると村の他のポケモンが割ってはいる。が、アブソルの敵ではない。 

 

 

 「やめろ!逃げろ!お前の主人を守れ!」 

 

 

 男は体を引きずりながら叫ぶ。

 

 

 「もういい、もう分かった。知ってるぞ。お前の仕事は俺を殺すことだろ?」

 

 

 男の上司も傷跡のあるアブソルに殺されたのだ。

 

 

 「もういい。もう───」

 

 

 自分だけ殺せと言いかけて、瓦礫が崩壊する音に遮られる。直後、場にウインディが躍り出て業火がアブソルを襲った。

 

 

 「グレン!どうして出てきた…!」

 

 

 叱責する主を吠え声ひとつで黙らせアブソルを睨み付ける。

 

 

 "何故…こんなことを……!"

 

 

 セオリーに反し憤怒を露にするウインディを、アブソルは更に煽る。

 

 

 "無事だったなら逃げれば良かったのに。"

 

 

 "逃げる…?子供達を殺されて、主を置いて黙って逃げれるものか…!" 

 

 

 "そう…じゃあ遊んであげる。"

 

 

 "私を甘く見ないほうが良い…!"

 

 

 質の違う火炎放射をあくの波動で迎え撃つ。…あくの波動が押し返された。

 

 アブソルはあくの波動を止めて火炎放射を避け距離を一気に詰める。ウインディの鼻面を角で殴ろうとするとウインディは目視できないスピードで回り込み、炎を纏わせた牙で噛みついた。

 

 ガツン、と牙が宙を噛む。2匹は再び睨みあった。

 

 

 "これ以上は御免だ。ここでお前を倒し、泣いて許しを乞いてもらう…!"

 

 

 "じゃあ代わりに、あなたの全部を奪ってあげる。"

 

 

 負傷しほとんど動けないウインディの主は、彼らの死闘をただ見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

  

 

 

 『近年各地で甚大な被害を出している「殺戮ポケモン」についてですが、本日は国際警察のハンサムさんにお越しいただきました。ハンサムさん、どう思われますか?一体何が目的なんでしょう?』

 

 

 カントー地方トキワシティ、カナズシティ、ジョウト地方ヒワダタウンで1回、ホウエン地方キンセツシティで2回、カイナシティ、その他田舎村で同様の暗殺任務を行い、その内のある日に多数に目撃され多くの命を奪ったアブソルは相手をいたぶり殺すことに強い快感を覚え、以降必要以上の命を奪うようになった。

 

 暗殺の対象となるのは大手企業の重役など。それによって開いた席にロケット団の職員を入れて企業を内側から支配することが目的だ。アブソルは自分を目撃したもの全てを殺し、連日多くのメディアがその惨状を報じたのだった。目撃者は粗方殺されていたもののカメラの映像などから襲撃者がアブソルだと知れわたり、この頃から世間で「殺戮ポケモンのアブソル」と呼ばれるようになった。

 

 

 『地方を越えているので何か大きなことを企てている組織の一員でしょう。どうやら大手企業を狙っているようなのでそういった企業の重役には護衛をつけさせていますが、もしそうでない方でこのアブソル…左前足に傷痕があるアブソルを見かけたらまず逃げることです。暗殺対象だけではなくその周囲にいる人間やポケモンにも躊躇いなく襲いかかっていますし、殺されたポケモンや人間の中にはトレーナーとして上位の実績を持つ方も多くいました。なので───』

 

 

 「お前も有名になったな。」

 

 

 「グル……」

 

 

 「お前と組んで…15、6年くらいか?いやもっとだったか?まさか俺がこんなに昇格するなんて思ってもなかった。お前のお陰だ。」

 

 

 ポンポンと頭を叩かれて微笑むアブソル。彼らはシンオウ地方ミオシティ行きの船に乗っていた。目標はコトブキシティに帰省しているシルフカンパニー本部の副社長。この船はロケット団の配下にある会社の船なので見つかる心配もなくダムドはテレビを観ながらブラシをかけていた。

 

 

 3日後、コトブキシティに着いた二人はいつも通り夜に襲撃の体勢になる。

 

 

 「じゃ、頼むぞ。」

 

 

 軽く頷き、路地裏を駆け抜けた───

 

 

 「アブソルだ!!殺戮アブソルだ!!」 

 

 

 暗殺対象だった人間の生首を咥え血の道を作りながら悠々と街を歩けばそれを見たものが悲鳴を上げ逃げ惑う。シンオウ地方での任務は初めてだが名前は知れ渡っているらしく余計に高揚する。悲鳴を聞き付け慌ててアブソルを囲む警察。アブソルは不気味な笑みを浮かべた。

 

 

  ───お楽しみの時間だ───

 

 

 囲まれる前に悪の波動で目の前のガーディとその主を吹き飛ばし、呪いで筋肉を活性化させると強引に囲みを突破してまずは警察ポケモンを手当たり次第に切り裂いていく。

 

 普段から威勢の良いガーディが脚を潰されて情けない悲鳴をあげれば笑いが止まらず、いつもポケモンを見下す人間達の叫びも耳に心地良い。ミミロップの耳を切り裂きヘルガーの頭蓋骨を踏み潰して脚に付いた脳髄をペロリと舐めるとまだ生き残っていた警察ポケモン達が後ずさる。

 

 

   ───もう終わり?───

 

 

 帰れば任務完了。

 

 

   ───まだ足りない───

 

 

 退却する彼らを追い、ゴルダックの首をメガホーンで叩き潰し自慢の角でレントラーの顔半分をぐぢゃぐぢゃにするとクイックターンでウインディの不意を突き辻斬りで腹をかっぱさいて内臓を引きずり出したら主らしき人間に投げつけてその反応を楽しむ。

 

 死角から気合い玉が飛んできたがアブソルは直感でそれを感じて回避する。アブソルの災いを感知する能力。彼女は自分自身に対する危機をも感知できる。それによって攻撃を避けながらポケモンを果実のように切り裂いた。

 

 自分の相棒が無様に殺された、その時の人間の絶望の顔が全身の毛を逆立たせほど心地良い。いや、それを遥かに越えている。快感でもない。勝利感でもない。見境なく殺したときに得る感情。相手をなぶり殺しにしたときに、このように絶望させた時には特に強く得る感情。快感、勝利感、優越感、それら全てを高めた感情。

 

 

    ───美味しい───

 

 

 でも、足りない。

 

 

 ───美味しくてしょうがない───

 

 

 もっと、もっと欲しい。

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

もっと欲しい美味しい悲鳴ほしい

うばいたい全てもっと悲鳴響かせ

嫌いな幸せぬくもりぜんぶこわす

美味しいもっともっと欲しい熱い

しね血が肉がほしい抱き締めて痛

い痛い苦しい憎いぶつけろ悲鳴が

心が欲しいほしいよなんにもない

は寂しい苦しい何もないからっぽ

どんなにこわしても満たされない

こわい怨めしいたくさんくるしい

誰もいない足りない足りない裂け

かなしいどこ寄越せ壊せ壊れるか

たちも無くなれたりない足りない

すこしも埋まらない嫌嫌嫌だほど

けない足りないほしいほしい殺し

てあぁおいしいもっところせ殺せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間切れの合図であるバンドのバイブが鳴るまで狂宴は続き、主の元へ戻ったときには返り血で真っ赤に染まっていた。

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

 

 カントー地方にあるロケット団の本拠地にて、アブソルの主人ダムドはサカキに呼び出された。

 

 

 「来たか。コトブキでの任務、ご苦労だった。ところで君たちには数年に渡ってシルフカンパニーの重役を暗殺してもらった。そのお陰で今シルフカンパニー内部は大きく混乱し、また我々の内通者も多数送ることができた。あの会社が我が物になるのも遠くはないだろう。」

 

   

 サカキはディスプレイをダムドに向ける。

 

 

 「これで仕上げだ。シルフカンパニーの技術最高責任者がイッシュ地方へ避難するという情報をつかんだ。アブソルを使って彼を拉致しろ。ただし、流石に向こうも無防備もいうことはないだろうから、この任務のための小隊を編成した。お前が指揮し任務を遂行しろ。」

 

 

 「はっ。ありがたくお受けいたします。」

 

 

 「それともうひとつ、この任務が成功したらアブソルを繁殖場へ回す。以後お前は現場監督として我らに貢献してもらう。良いな?」

 

 

   

 ─────────────────────

 

 3.転機

 

 

 

 

 「……来た。」

 

 

 イッシュ地方の田舎村の中心近くにある家で目を瞑って座っていた青年がそう呟くと、周りにいた男達に緊張が走る。

 

 

 「心配いりません。ここに僕のポケモンを置いていきますし、コーヒーでも飲んでてください。」

 

 

 白い羽織を纏った青年はのんきに言いながら伸びをして立ち上がる。

 

 

 「いよいよか……」

 

 

 青年の言葉にもう一人の男も立ち上がってモンスターボールを取り出した。

 

 

 「わざわざこんなところにまで来ての協力は嬉しいけど、わかってるよね。」

 

 

 「……あぁ、わかってる。」

 

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

 

 「よし、行けっ!」

 

 

 アブソルとその他複数のポケモンは複数のチームに分かれて一斉にターゲットの家に向かったが程なくして異変に気づく。数匹のポケモンが明らかな待ち伏せをしているのだ。

 

 遊び相手が増えた……

 

 

 "怯むな!" 

  

 

 仲間にそう声をかけて自らに迫ってきたフライゴンにサイコカッターを放つと尻尾で弾かれた。直後にカイリューが竜の波動を撃ち返し、アブソルが避けるとその先へフライゴンが音波光線を撃つ。

 

 

 "バグーダ!"

 

 

 呼ばれたバグーダはフライゴン達に向けて背中を大噴火させる。フライゴン達は一時撤退したがその後ろからリザードンがやって来る。一部の味方がアブソルと他の味方に先に行くよう促したので、彼らが作った隙を利用し目標を目指した。

 

 家が見えると再び妨害に合う。実力的にも、アブソルが家に突入した方が良いと周りも判断し足止め。アブソルは家を襲撃しようとして間一髪、飛来したカイリューの気合いパンチを交わす。

 

 

 「その身のこなし、だてに異名を貰った訳じゃないわけか。」

 

 

 マントを羽織り、特徴的な赤髪の男はアブソルを睨んだ。

 

 外れたパンチは地面を大きく凹ませアブソルにも緊張が走る。まともに食らえばひとたまりもない。

 

 

 「カイリュー、ドラゴンクロー、ボーマンダ、竜の波動!」

 

 

 ボーマンダも参加してアブソルに竜の波動を撃ち、避けたアブソルと距離を詰めるカイリュー。竜エネルギーを込めた爪を力を込めた角で受け流しつつカイリューを自分とボーマンダの間に挟むことでボーマンダからの遠距離攻撃も防ぐ。

 

 

 「リザードン!」 

 

 

 カイリューは素早く空中へ離脱し、リザードンの大文字が辺りを一瞬で火の海にする。直撃を免れたアブソルは形勢不利と判断してあくの波動を地面に叩きつけて砂ぼこりを起こしてから一旦その場を離れる。

 

 

 "くそ…"

 

 

 相手を撒いてできた隙に再び襲撃しようと家から離れると、仲間がエーフィに倒されているのをみて、そのエーフィに指示を出していた青年の背後から辻斬りを仕掛けた───

 

 

 "!?"

 

 

 アブソルの下顎に強い衝撃が加わり視界が揺れて仰向けに飛ばされる。バックサマーソルトキックで蹴り上げられたのだ。

 

 体勢を大きく崩したアブソルに青年が攻撃を加えようとするがアブソルの仲間のポケモンによって阻まれる。状況が理解できなかったアブソルは再び退却。なんとか任務を達成しようと3度目の襲撃を試みたがまたしてもカイリューが行く手を塞いだ。

 

 アブソルが牙を剥くとカイリューは吠え、リザードン、ボーマンダ、そしてもう一匹のカイリューが集まってアブソルを囲む。

 

 

 「リザードン、ドラゴンテール!他は竜の舞!」

 

 

 尻尾を鞭のようにしならせしつこくアブソルを狙う。アブソルが避けると火炎放射で追撃した。負けじとアブソルも辻斬りを繰り出すが空に逃げられては当てられない。あくの波動で撃ち落とそうとすると舞い終わった残りの3体が一斉に襲いかかった。

 

 ボーマンダの竜の息吹を避け、カイリューのドラゴンクローをシャドークローで受け止め、もう一匹のカイリューの気合いパンチをギリギリで避ける。間髪入れずにドラゴンダイブで迫っていたリザードンを跳躍して背中に回り地獄突きを命中させる。

 

 その後着地地点に向かって放たれた竜の波動を避けきれずかすり、カイリューのドラゴンテールに弾き飛ばされた。

 

 

 「カイリュー逆鱗!リザードンとボーマンダは援護!」

 

 

 カイリューが近くにいるだけで肌を焼かれるほどのオーラを纏い、リザードンは火炎放射を、ボーマンダは竜の息吹を吐いてアブソルの退路を絶った。

 

 アブソルはやむを得ずまばゆいオーラを纏って正面からカイリューと衝突した。

 

 舞で能力を高めたカイリューと互角にぶつかり合っていたアブソルに、同じく舞で能力を高めたもう一匹のカイリューとボーマンダ、リザードンが迫る。

 

 このままではまずいと角度を少しずらしてカイリューを受け流し、そのまま離脱を図ろうとしたときアブソルの体に衝撃が走り目の前が一瞬白くなる。カイリュー2匹とボーマンダ、リザードンに気をとられて忍び寄っていたエレキブルに気づかず電磁波を食らってしまったのだ。

 

 

 「今だっ!」

 

 

 ボーマンダが破壊光線を、リザードンが大文字を撃ち、破壊光線は避けたものの爆風で飛ばされ、直後に業炎がアブソルを包んで初めてアブソルが苦悶の声を上げた。

 

 先の反動で力が練れないアブソルがなんとか炎から脱したのも束の間、竜のオーラを纏ったカイリューがアブソルを直撃、地面に倒された所をもう一匹のカイリューが気合いパンチを繰り出せばアブソルの肋骨のほとんどが折れ、内臓が潰された。

 

 

 「が……ぐふ……」

 

 

 血を吐きながらなんとか逃れようと前足で地面を掻く。任務の成功は絶望的だった。

 

 

 "このままじゃ…ご主人が…"

 

 

 ──また罰を受けてしまう──

 

 

 「ハァッ…ハァッ…」

 

 

 内側から突き刺されているような痛みを感じゼェゼェと息をしながら更に血を吐いた。

 

 

 "ご…主人……助けて……"

  

 

 首をもたげることもできなくなって意識が朦朧としてくる。

 

 

 「…やれ。」

 

 

 暴走状態のカイリュー以外のポケモンが各々の大技を溜めたその時、一陣の冷たい風が吹いて不思議な形の角と普通とは違う蒼いたてがみをもったスイクンがアブソルの前に降り立つ。

 

 

 "やめなさい。"

 

 

 普通の人間でも背筋がゾッとするほどのオーラを放つスイクンに、ポケモン達は技を解除し後ずさる。

 

 

 「ワタル!!」

 

 

 青年が走ってやってくる。

 

 

 「殺すなと言ったはずだよ。」

 

  

 "ソウガ、早くしないとこの子死ぬわ。"

 

 

 色違いのスイクンは青年の仲間だった。青年は頷くとアブソルに駆け寄って脇腹辺りに手を当てると意識を集中させる。強力な癒しの波動が内出血を止め、ある程度復元した骨を正しい場所に戻す。ルカリオも合流してそれに加わった。癒しの波動とはいえ体の中で骨を移動させられる苦痛はこの世のものとは思えないもので。体の中でフレアドライブをされているような感覚にアブソルは意識を失った。 

 

 

 

 ────────────────────

 

4.戻っておいで

 

 

 柔らかな布団に寝かされていたアブソルは、捕らえられて3日後に目を覚ました。

 

 

 「やぁ、起きたかい。」

 

 

 ここはどこだと首をもたげようとすると話しかけられそちらを見る。首の根本くらいまで伸ばした黒髪をした青い瞳の青年は、自分が起きるまで待っていたらしい。

 

 

 「あんまり動かないでね。骨が治りきってない。」

 

 

 あどけない顔立ちの青年は落ち着いた声でそう言うとアブソルを優しく撫でた。

 

 

 「もう、大丈夫。もう殺さなくて良い。でも気になるのはどうして君がそんな風になってしまったか、だ。」

 

 

 あの蒼いポケモンやこの青年が自分を庇ったことは何となく覚えている。けれど主人の仲間ではなさそうな上言葉も分からないだろう人間にそんなことを答える筋合いはない、とアブソルは低く唸った。

 

 

 「君の言っていることは分かるよ。僕は特別だからね。僕はソウガ、IUPP……ポケモン達を守る組織に入ってる。君を助けに来た。アブソル、災害の予兆を察知すると周りの生き物に危険を知らせるため山を降りてくるようなポケモンが、どうしてこんなことを?」

 

 

 "あなたには関係ない。"

 

 

 「それは君が望んだことかい?」

 

 

 アブソルはきつい目でソウガを見る。

 

 

 "それが役目だから。"

 

 

 「命令されたからってことかい?ならどうして命令を聞くんだい?」

 

 

 これにはすぐに答える。

 

 

 "ご主人のため、それだけ。"

  

 

 ソウガはいつもの手順通り尚も問い詰める。

 

 

 「どうして喜ばせたいの?」

 

 

 "…………あなたになんか分からない。"

 

 

 「そう。分からない。だから教えて。どうして命令を聞くんだ?どうして喜ばせたいと思うんだい?」

  

 

 アブソルは再び黙る。そんなことを考えたことはなかった。

 

 

 「彼らの所で生まれたの?それとも捕まったの?それとも彼らに、君のご主人に何かから助けてもらったの?その恩返しってこと?」

 

 

 一番最後に頷いたアブソルを撫でる。

 

 

 「嘘だな。」

 

 

 "え…?"

 

 

 「それは違うな。それだけの恩であんな虐殺を?僕にはとんでもない安請け合いに思えるけど。主人を喜ばせるために本心を押し潰しまで虐殺をしたのかい?」

 

 

 "ち…ちが……違う…私は…殺したくて…"

 

 

 「そうなの?はじめからずっと?思い出して。」

 

 

 "私は……"

 

 

 「どうして殺したかったの?楽しいから?気持ち良いから?」

 

 

   ───美味しいから───

 

 

 "わた…しは…"

 

 

 ソウガは装置付きバンドが着いているアブソルの右前足を持った。

 

 

 「このバンドは何?」

 

 

 アブソルはすぐには答えられなかった。

 

 

 「本当に君のご主人は君に優しくしてくれた?君の周りは本当に君に優しかった?」

 

 

 "止めて!!ご主人もみんなも良くしてくれた!みんな優し───"

 

 

 「みんな、」

 

 

 荒声を上げたアブソルよりもはっきりと言う。

 

 

 「虐待されても尚主人についていくポケモンはみんな言うんだ。大きな恩があるから、主人に誉めてもらいたいから、優しい主人が好きだから、もしくはそうしないと殺されるからってね。君は今の内のどれだい?全部?」

 

 

 "虐待!?そんな…!そんなこと…!"

 

 

 虐待という言葉の意味は知っている。

  

 

 「本当に優しかった?」

 

 

 "本当よ!!"

 

 

 じゃあ、とソウガが波動を練ってバンドを無理矢理外そうとすると電磁光が二人を包む。波動を纏っていたソウガには効かず、アブソルは悲鳴を上げた。サイドンが引っ張ってもちぎれないそれをソウガは両手で引きちぎり、主装置を潰す。

 

 

 「これは、なんのため?」

 

 

 "……"

 

 

 「アクセサリーにしては随分物騒だけど、何でこんな物をつけてるんだい?」

 

 

 アブソルの体が震え始めるのにも構わず問いただした。

 

 

 「これはなんのため?」

 

 

 "………罰。"

 

 

 「どんなときに、どんな罰を受けるの?罰はこのバンドだけ?」

 

 

 "……" 

 

 

 「さぁ、」

 

 

 "嫌…"

 

 

 「口で言いな。僕は心は読めないから。」

 

 

 重い、重い沈黙だった。アブソルが目線を逸らそうとしたのでソウガはアブソルの顔を持ち上げて無理矢理目を合わせる。

 

 

 "私が…失敗したとき……"

 

 

 「何に?任務に?それだけ?」

 

 

 "訓練…うまくいかなかったとき…"

 

 

 「それでさっきのあれかい?他に罰は?」

 

 

 だがその質問にはいくら経っても答えられなかった。けれどもソウガはそこまでこだわっていない。それを心に思い浮かべただけで十分なのだ。

 

 

 「じゃあもう一回聞くけど、どうして命令を聞いたんだい?それは誰のため?」

 

 

 黙るアブソルに重ねて問う。

 

 

 「誰のため?」

 

 

 "……"

 

 

 「大丈夫。僕は君を救いたいんだ。なにも怖くない。君の全てを受け入れる。信じて。僕なら君を助けられる。さぁ、」

 

 

 "いや……"

 

 

 「君は本当にそれを望んだのかい?」

 

 

 "嫌……"

 

 

 「アブソル。」

 

 

 涙一杯の目でソウガを見る。

 

 

 「今、ご主人はいない。組織もいない。遺族もいない。今なら何を言ったって誰も責めやしない。僕は人間に苦しめられているポケモンを救うために動いてる。もう何百というポケモン達を助けてきたんだ。だから僕は、君を受け入れられる。」

 

 

 "嫌……"

 

 

 「君は今どうしたい?何を思ってる?どうして欲しい?遠慮なく、ただし本当のことを言って。僕は君に痛い思いをさせるつもりはない。さぁ、」

 

 

 "やめて!"

 

 

 アブソルは吠えた。

 

 

 "ご主人の所に返して。"

 

 

 「それはできない。」

 

 

 アブソルは体を起こしてソウガにカマイタチを放った。しかし、青年が切り裂かれることはなく真空の刃が霧消する。

 

 

 「…たとえ五体満足の君が100匹いようと僕は殺せないよ。」

 

  

 "何者…なの……?"

 

 

 「答えるには複雑過ぎて難しいね。でもね、僕は、僕らは君を助けたい、心からそう思ってるんだ。そしてできればそれに力を使いたくない。」

 

 

 それは、従わないなら力づくで、という意味にもとれる。

 

 

 「君がどうしてそうなったかは分からない。分からないけど、君は戻ってこれる。普通のポケモンに戻れる。」

 

 

 心臓が体から逃げようとするかのように脈打ち、呼吸が浅くなる。

 

 

 "ご主人の所に返して……"

 

 

 「本当にそれを望んでるのかい?」

 

 

 "私は……!!"

 

 

 ソウガの青い瞳に見据えられてアブソルは口ごもる。

 

 

 「君にこんなバンドを着けさせる主人が良い人とは思えないな。」

 

 

 "ご主人は私を助けてくれた!お母さんが人間に殺されて、ご主人が助けてくれたから…私は…!"

 

 

 必死に訴えるアブソルに、ふーん、とソウガは腕を組んだ。

 

 

 「なるほど、羨ましかったのか。君はよく、任務に関係なく、警察とかでもない人やポケモンを殺したね。そのほとんどは親子だった。」

 

 

 アブソルは口を開いて、そのまま閉じて、何か言い返そうとまた開いたが意味を持たぬ鳴き声が漏れただけだった。

 

 

 「アブソル、一緒においで。僕たちなら君を助けられる。」

 

 

 "いや…私はご主人の所に帰る…"

 

 

 「帰ったらどうなるか、わかってるんじゃないのかい?」

 

 

 アブソルはビクリと震えた。任務に失敗し捕らえられた。自分がこの有り様なのだから他の仲間も同じようになってるだろう。

 

 任務に失敗して仲間も失った自分が組織に帰ったら────

 

 "それ"から逃れられる言い訳が見つからなかった。

 

 

 "殺して……"

 

 

 「断る。死にたくなるほど怖い目に合うと分かってるなら、帰らなければいいだけだ。」

 

 

 "そうじゃない…私はもう…生きていけない…普通のポケモンになんてなれない……"

 

 

 「認めるんだね?君は生かしてもらうために命令を聞くしかなかったと。そしてそれを続ける内に君はそれが自分の望みだと思い込んだ。殺しは楽しいものだと思い込んだんだ。」

 

 

 "ちがう……"

 

 

 「でも君は運良く、僕らの目に目に留まった。アブソル、君のしたことは決して許されないこと。多くの恨みと悲しみを生んでしまった、消すことができない、消してはいけない君の真実。」

 

 

 ソウガは大きくため息をついて、黙りこくるアブソルを撫で続ける。

 

 

 「僕の大切な友達も、その仲間も君に殺されてしまった。」

 

 

 アブソルは驚いてソウガを見上げる。

 

 

 「厳密に言えば、殺戮アブソルという怪物を作りそれを企てた君の組織に、ね。」

  

 

 ソウガは微笑んでみせた。それがうわべの言葉ではないことを示すような笑みだった。

 

 

 「アブソル、」

 

 

 欲しかったものが、目の前にある。

 

 

 「君の今までの真実は変えられないけれど、これから新しい真実をつくることはできる。君はまだ生きているんだから。それに君の命は、たくさんの殺してしまった人やポケモン達の命でできている。それを無駄にしちゃいけないよ。もっとも、生きれば今までのことで苦しむこともたくさんあるだろうね。そんなときに君を支えるのが僕らの役目。君はもう、独りで頑張らなくていいんだ。」

 

 

 ぽろぽろと涙を溢し始めたアブソルの顔を、ソウガは幼子をあやすように抱いた。

 

 

 「良く頑張ったね。もう大丈夫。…そうだ、君に名前をあげよう。うちは同じ種のポケモンを区別するためによく名前を付けるんだ。まぁそれ以前に種族名で呼ぶのは個人的に好きじゃないし…」

 

 

 アブソルをアブソルと呼ぶのは人間を人間と呼ぶのと同じだからね、と少し考える。

 

 

 「そうだな…ルカ、ルカはどうかな。昔の言葉で幸せって意味だよ。」

 

 

 アブソルは目をギュッと閉じて顔を押し付けた。

 

 

 「よろしくね、ルカ。」

 

 

 シルフカンパニー本社がポケモンマフィアロケット団に占領される2週間前のことだった。

 

 

 

 ◯◯◯

 

 

 

「……ってことで、予定通りアブソルは僕が預かるよ。」

 

 

 「分かった…でも次はない。」

 

 

 「少しは僕を信用してくれてもいいんじゃないかい?こっちこそ、次あの子を殺そうとしたら、四天王とて容赦しないよ?」

 

 

 個室で話している二人のうち赤髪の男はため息をつく。

 

 

 「俺はカントーの四天王だ。俺にはカントーが発端の事件解決の責任がある。」

 

 

 「その話はもう終わったはずだよ。アブソルを殺すだけじゃなにも解決しない。むしろ被害者だよ、あのアブソル。きっとあの子だけじゃなく他にも彼らの手先として戦うしかなかったポケモン達が大勢いるはずだ。復讐なんて、」

 

 

 不服そうな男に語気を強める青年。  

 

 

 「何の意味もない。」

 

 

 「お前の頭の中を覗いてみたいよ。『禁忌の子』さん。」

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

5.サルース

 

 

 「じゃあ改めて僕はソウガ、左からフライゴンのニンファ、ゴウカザルのバンダル、エーフィのハイル、ルカリオ、そしてスイクンのナギ。今のメンバーはこんな感じ。ほらそんな顔しない…」

 

 

 嫌そうな顔をしたゴウカザルとエーフィを諭しつつ自己紹介を終える。2匹とも実験台だったポケモンなので仕方ないと言えばそうだった。

 

 彼らは一先ずイッシュ地方から離れ、船でカントー地方にあるIUPP支部に向かった。都会から離れたこの施設では多くのポケモン達が職員や登録トレーナーにメンタルケアやリハビリを受けていて、大きな広場ではポケモン同士、あるいはポケモンと人間が戯れている。

 

 他にも木の実を栽培したり厳正な管理の元で発電機を動かしたりなども行っており到着したソウガのポケモンやルカもしばらくそれに加わることになった。

 

 その際ソウガはルカの左前脚の傷跡に包帯を巻いたのだった。

 

 

 

 ○○○

 

 

 

 夕方、収穫した木の実運びを終えたアブソルが独り屋外でぼんやりしていると雄のウインディが親しげ話しかけてきた。

 

 

 "よ、初ましてだな。俺はサルース。お前は?名前もらったか?"

 

 

 "ルカ……"

 

 

 警察がよく連れているガーディやウインディは数え切れないほど殺しているし、一昔前に1匹の雌のウインディ相手にかなり苦戦して、最後は徹底的にいたぶったのを思い出してそれを振り払おうとしながら答えた。

 

 

 "よろしくなルカ。隣良いか?"

 

 

 最近成長による自然進化をしたというサルースはルカの角が当たらないよう左側に寄り添うと毛繕いする。

 

 

 随分前に母親に毛繕いされた記憶はもうほとんどない。優しい感触に胸が熱くなる。

 

 

 "ルカ?"

 

 

 "なんか…涙出た…"

 

 

 ぐしぐしと前足で目を擦りお返しをしようとしたが、そんな小さい口じゃ1日かかると笑われて、ルカも釣られて笑った。

  

 

 "聞かないの?私のこと……"

 

 

 "聞いてほしいのか?"

 

 

 "い、いや…"

 

 

 "ソウガさんが直接連れてきたんだ。訳アリなんだろ?……いつか話してくれよ。"

 

 

 見上げるとニッと笑っていて、それがとても眩しく見える。

 

 

 "…もうちょっとここにいて良い?"

 

 

 "ハハッお前みたいな可愛い雌ならいくらでも。"

 

 

 顔を舐められ熱くなって思わずその立派なたてがみに顔を埋めると自分でも驚いた。

 

 

 "おっ?意外と積極的。"

 

 

 "えっ…それはっ……"

 

 

 "いいぜ、進化したことだしそろそろ番(つがい)と子供が欲しいって思ってたとこなんだ。"

 

 

 "あっいや…その…"

 

 

 "確かに結構体格差あるけど心配すんなって優しくすっから。"

 

 

 "えっ…えっちょっ……"

 

 

 ちなみにサルースの体高は約2mでルカは1.3m、体長もそれに比例して差がありサルースの体重はルカの3倍ある。

 

 ルカは心拍数が倍くらいになり今までで一番じゃないかと思うくらい動揺した。そんな彼女を見てサルースはますます愉快そうに笑う。

 

 

 "冗談冗談。これから仲良くしようぜ。"

 

 

 "う、うん……"

 

 

 日が沈むまで2匹は寄り添い、ルカはナギに呼ばれてサルースに別れを告げ夕食を食べに行った。

 

 

 

 「サルース…」

 

 

 独り寝そべっていたサルースの元に色黒で金髪の少年が現れる。ずっと前からこの施設に着いていたが、サルースがアブソルと寄り添っていたので呼びに来なかったのだ。

 

 

 「サルース、あいつの左前脚──」

 

 

 「雌だよ。」

 

 

 ルカリオから教わったテレパシーで遮る。

 

 

 「ただの雌だ。雄の俺が雌のあいつといるのはおかしいことじゃないだろ?」

 

 

 少年は黙った。説得されたというより言いたいことを堪えているという感じだった。

 

 

 

 

 ─────────────────────

 

6.傷痕

 

 

 その夜は施設の部屋でソウガとそのポケモン達と一緒に寝る。なぜか緊張して中々寝付けず色々なことを考えて、気がつけば夢の中だった───最悪な夢だった。死んだ母親が死んだときの姿で自分に何か恐ろしい言葉を掛けながら追いかけてくるのだ。捕まりそうになったところで目が醒め大きくため息をついた。

 

 ふと周りで寝ている皆を見て、ここの全員を殺せば主人は喜んでくれる、と頭に浮かんできてもう自分は違うんだと言い聞かせるが今なら殺れると身体中が叫んでいた。耐えられずルカは外に出て時々あく属性のポケモンが徘徊している広場に行き腹這いになる。後ろから足音が聞こえて振り返った。

 

 

 「このできそこないがっ!!」

 

 

 "ご主人…!!"

 

 

 烈火のごとく怒る主人を見てアブソルは慌てて体の向きを変えて伏せる。

 

 

 「裏切り者めっ!!何もできなかったお前の世話をしたのは誰だと思ってるんだ!!毎晩安心して眠れたのは誰のお陰だと思ってるんだ!!誰のお陰で生きてこれたと思ってるんだ!!」

 

 

 "ごめんなさい……許してください……"

 

 

 真冬の湖に放り込まれたような感覚になりアブソルは大粒の涙を溢しながら必死で許しを乞う。

 

 

 「恩知らずの畜生めっ!!2度と安心できる夜はないと思えっ!!お前のせいで俺は───」

 

 

 主人がぬっと手を伸ばしてきて更なる恐怖が襲う。

 

 

 "許してください…お願いです…許してください…許してください…"

 

 

 頭を掴まれて目を瞑るとそこからじんわりと温かいものが広がっていく。

 

 

 「…っ!?」

 

 

 "そのままゆっくり深呼吸してください。"

 

 

 聞き覚えのある雄の声が頭に響き、体が勝手に深呼吸すると感情が落ち着いていく。目の前にいたのはルカリオだった。

 

 

 "大丈夫ですか?"

 

 

 "ルカリオさん…?"

 

 

 "さん、入らないですよ。前にも言いましたが。"

 

 

 ルカは濡れた目をぱちくりさせる。

 

 

 "今のは…?"

 

 

 "私が聞こうと思っていました。どうしたのですか?"

 

 

 "ご主人が来て…"

 

 

 フム、と腕を組むルカリオ。

 

 

 "幻覚ですね。虐待された者はよくなります。"

 

 

 "幻覚…" 

 

 

 ルカはしばらく放心状態になる。ルカリオはその間じっと待っていた。

 

 

 "私に何をしたんですか?"

 

 

 "波動です。あなたの乱れた波動の流れを整えて、あなたの体に深呼吸するよう命令したのです。"

 

 

 "何でもできるんですね…"

 

 

 "誰にでも、というわけではないのですよ。少なからず私に心を開いてもらってないとできないんです。"

 

 

 ルカリオは何でもない口調で説明した。

 

 

 "…殺戮衝動、ですか?"

 

 

 できればその事に触れてほしくなかった。捨てられるのが怖かった。

 

 

 "起きてたんですか…まぁそうですよね。"

 

 

 "あなたが一定範囲以上動けば目が覚めるように波動で細工していたんです。あなただけではありません。いつものことです。"

 

 

 "そうですか…"

 

 

 ルカは黙った。みんな慣れているのだ。引き取った相手にみすみす殺されるほど馬鹿ではない。

 

 

 "その衝動はあなたのせいではありません。"

 

 

 見上げるルカに穏やかな声で続ける。

 

 

 "殺しで快感を得れば体はそれを覚え、求めます。同時にいくらそれを得ても満たされることはない。それを断ち切ることは容易ではありません。ルカ、幸せを得なさい。愛を得、幸せを得るのです。そうすればもう仮染めの安らぎなど求めなくなる。あなたが道を誤ることもなくなるでしょう。"

 

 

 "愛…"

 

 

 ルカリオはしゃがんで目線を合わせる。

 

 

 "親子愛、兄弟愛、師弟愛、友愛、恋愛…。愛の形は多様すぎて全てを言葉で言い表すことはできません。主人愛もその一つですがあなたが前の主人に抱いていたのはただの恐怖です。今のではっきりしましたね。あなたが知らずのうちに求めていたものこそ愛であり、あなたを救うのも愛です。どの愛かは私にはわかりません。どれかひとつかもしれませんし複数かもしれない。"

 

 

 "母さん…"

 

 

 ルカリオは頷いた。

 

 

 "そうです。あなたはそれを持っている。それはきっととても強い武器になるでしょう。"

 

 

 フッと何かが軽くなったよう気がした。次あの夢を見たら逃げる前に一言お礼が言いたいな、と思いながら立ち上がる。

 

 

 "ありがとう。私、寝ます。"

 

 

 "そうですね、それが良いでしょう。私は少し見回りをしてから──"

 

 

 "わ、私も行きます!"

 

 

 ルカリオは驚いたが、微笑んで頷いた。

 

 

 敷地内を歩きながらルカリオは主人であるソウガのことを、その思い出を語り、ルカも母親のことや故郷での何でもない楽しい思い出、今日会ったサルースのことを話した。話し、聞いている間ルカは自然と笑っていた。

 

 

 月の綺麗な夜だった。

 

 

 

 

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