5.そして、幸せを知った。 (レントラー♀)
ポケモンは人類の資源であり道具である、と謳って多大な利益を得ている組織、ロケット団。彼らに捕らえられたポケモン、組織で生まれたポケモンは言うまでもなく悲惨な末路を辿るだろうが、一握りのポケモンは団員の下僕として生きることを許される。
ロケット団カントー本部に属するレントラーもその内の一匹だった。
「そこまで。訓練終了。」
仲間のヘルガーを追い詰めたところで声がかかり、レントラーは主の元へ戻る。普通、負けたほうは何かしら叱責を受けるのだがヘルガーにおとがめはない。というのもこのレントラーは実力トップクラス、その主の30代くらいの男は幹部、そしてヘルガーとその主はしたっぱであり、負けて当然だからだ。
「お疲れ。これじゃあ物足りないか。」
フン、とレントラーは鼻を鳴らしながら寮の部屋へ戻ろうとする主に従う。
主の使うポケモンは他にも2匹いたが、それは厳密には主のポケモンではなくロケット団が所持するポケモンという扱いになっていて、専有しているのはこのレントラーだけ。
雌の身でありながらすばぬけた才能のレントラーを授けられるほどこの主が優秀というのはもちろん、それからはこのレントラーのお陰でロケット団の指導者サカキから直接呼ばれ指令を受けるほどの立場まで上り詰めた。
「じゃあシャンプーするから先にに行ってろ。」
部屋につくとそう指示されいつも通りシャワー室で待機する。ポケモン洗浄場はあるがこの主は自分の手で洗っていた。シャワー室付きの個室で過ごせるのもレントラーのお陰。何か忙しい用でもない限り訓練後はこうして丁寧に洗って、その後ブラシをかけていた。
それが終わると餌をやり、主は食堂へ向かう。そんな生活が既に2年経とうとしていた。
物心ついたときからこの施設にいるレントラーは何を思うこともなく、淡々と主に従っていた。むしろそれ以外を知らなかった。
最初はコリンクだった自分を始め沢山の進化前のポケモン達と同じ場所で暮らしていた。そのときは毎日今よりも厳しい訓練をさせられ、ノルマを達成できなかったり反抗したポケモンは酷く罰せられた。ポケモンの数は徐々に減っていき、自分がレントラーになる頃には数匹になっていた。そして片方の前脚に小さな機械のついたバンドを着けられ今の主人に使えるようになった。
なぜ、こんなことをするの。任務で捕獲したポケモンにそう訴えられることもよくあった。特に別の人間から奪ったポケモンからはしつこいほどに。
命令だからだ。そう答えると何故あんな酷い人間の命令を聞くのかと訊かれ、その度、そのために私は生きているから。と答えた。捕らわれたポケモンの末路は知っている。見回りで実験室やポケモン達のオリ、今の主人に仕える前に廃棄場の掃除を命じられたこともある。
けれども、今まで特に何かを疑問に思ったことはない。自分はこの組織のために生まれ、命令を実行するために生きている。同じ場所で訓練していたポケモンを殺せと言われても、それが命令な ら何のためらいもない。疑問なんて抱いているようでは生きられない。
命令を確実にこなす、それが自分の生きる意味なのだ。
「レントラー、新しい任務だ。」
ある日の朝、主にそう告げられたレントラーは指示を仰ぐため彼の目の前に「お座り」の姿勢になる。
「レントラー、お前は優秀だ。俺が今の立場にいるのもお前のお陰だ。そしてお前は珍しい。シンオウ地方のポケモンであるレントラーは今のロケット団にはお前だけ。だから次の任務は、お前が子供を作ることだ。少しは子供の世話もしないといけないが他の面倒ごとは組織が全部やってくれる。大変だろうが、引き受けてくれるか?」
今までとは違う命令だがレントラーは至って平静に頷いた。主はほっとした様子でレントラーを組織のポケモン用の個室が並ぶ場所へつれていく。廊下とは小さな穴が空いた透明な厚いプラスチックの扉で仕切られ、広さは三畳ほどで中には医療用の堅めの敷き布団があって隣の部屋とは部屋1つ分以上の距離が空いている。また向かい側に部屋はないため他のポケモンと顔を会わせることがなく、中にいるポケモンのストレスを軽減させる作りになっている。ここに入るのはケガや病気で療養が必要なポケモンだったり子作りや子育てをするポケモンだ。
レントラーも今日からその部屋で生活することになり、主は部屋番号を確認してから空いている一室にレントラーを入れるとレントラーが着けていたバンドの機械に持っていた端末を向けた。
「タグ変更。お前は気にしなくていい。ちょっと待っててな。」
それを終えると主はレントラーを撫でながら端末で部下に連絡をとる。
「……よし、すぐに準備できる。レントラー、今日からお前はここで独りで暮らすことになる。まぁ日に何回かは俺も様子を見に来るからな。何かあったらそこのボタンを押してくれ。」
部屋の中の赤いボタンを指差した。そうしている間に別の団員が水の入った器をやって来てそれを部屋に置く。
「すぐに医療班が来ますので少々お待ちを。」
それから数分後、白衣を来た男が医療道具を持って現れた。
「ではレントラーの方を頼みます。」
主は頷くと寝床にレントラーを横向きに寝かせて頭を膝に乗せる。
「お前が子供を産めるようにするための注射するからな。」
注射は何度かされてきたのでレントラーは頷いて力を抜き、それを確認した白衣の男はレントラーの太ももに卵巣へ作用する薬を打った。
「よーしよし、良い子だ。」
少し顔をしかめたレントラーの顔を撫でながら主が声をかける。注射は終わり、白衣の男は針を射った太ももを少し揉むと道具を片付ける。
「何日か同じ注射をしますが、体調を悪くするかもしれません。」
その言葉通り、その日の午後からレントラーに頭痛と吐き気が襲った。
「具合悪そうだな。これで少し良くなると思うが。」
夜、主は餌を半分以上残したレントラーに飲み薬を飲ませ、ブラシをかけてやる。
「もう少しの辛抱だ。せめてゆっくり休んでな。」
翌日、翌々日と注射され、そのまた次の日には採血もされた。そして5日経つと薬も増え、更に3日後に主と白衣を着た男がやって来る。
「副作用はどんな感じで?」
「もうほとんどない。餌も全部食べれている。」
「なら、問題ないでしょう。」
そしていつもより長めに、今度は排卵誘発剤を注射する。
「では今日の夜くらいに種雄を連れてきます。」
白衣の男はそう告げて部屋を去る。
「いよいよだな。頑張れよ。」
正直、どう考えても子作りではないような気がしていたがようやく本番らしい。最後の注射から数時間経つとレントラーは腹の奥が熱を持っていることに気がついた。それはなんとも微妙なものでもどかしく、イライラしていると主がやって来た。
「レントラー、体調はどうだ?」
問題ないと頷く。
「じゃあ始めようか。」
その一言で、レントラーは何となく緊張した。ここでひたすら子供を産まされるポケモン達を見てきたが、まさか自分が産むことになるとは思わなかった。だがまぁ、されるがままになっていれば良いと言われているので自分が何か不安がるようなことはないのだろうと納得して雄を待つ。
少しして白衣の男がゴルダックを連れてくるとレントラーの部屋に入れる。
「始めましょう。」
「レントラー、俺はいた方が良いか、いなくても平気か?」
そう言われた主はレントラーは平気という方に頷いた。
「わかった。すぐそこにいるからゴルダックが暴れたりとかお前に怪我させたりしたら呼ぶんだぞ?」
主と白衣の男が部屋を出て彼らの視覚の外に出るとゴルダックが荒く息をしながら話しかけてきた。
"お前が相手とは…光栄だな。"
彼は何度か会ったことがある。レントラーには及ばないが優秀で、今は種雄となっていた。
"あぁ、お前か。…お前、平気か?"
"あぁいつものことだ…種付けの前は針で刺されて……その内正気じゃなくなる。"
話している内にゴルダックの生殖器が何の刺激もないのにそそりたつ。
"レントラー…お前…交尾は知ってるか……"
組織で生まれ、戦いだけを教えられたポケモンの中には生殖行為を理解できないポケモンもいる。
"知っている。だがしたことはない。どうすれば良い?"
"尻を向けてくれれば良い……"
言われた通りゴルダックに尻を向けて立った。背後に付かれるのはいくらか抵抗があったが仕方ない。それでもやはり落ち着かず首を捻って後ろを見ると、ちょうどゴルダックが片手をレントラーの腰に添えたところだった。
途端、下腹部や腹の奥が撫でられたような感覚が走りレントラーの毛が逆立つ。同時に、あれが自分に入るのかと不安も感じた。
"力抜けよ…不安か…?"
"い、いや……"
意を決して強ばっていた体から深呼吸で力を抜くと熱いものが下腹部に染み出てくるのを感じ、恥ずかしさが込み上げる。
入れて、出してもらうだけ、それだけだと言い聞かせて気を散らせようとしたが、先端が秘裂をかき分けそのままズルズルと侵入してくると未知の感覚に頭が真っ白になった。
発情し湿っていたお陰でレントラーの膣はゴルダックの肉棒を難なく受け止め締め付ける。ゴルダックは間髪いれずに腰を動かしレントラーはたまらず喘いだ。
"くっ……はぁっ……こんな…なのか……"
"今くらい……楽しませてもらうぞ……"
ゴルダックの腰振りは規則的な機械的なゆっくりとしたものだったがその分絡みつく膣が持っていかれ押し戻されを繰り返しレントラーに強い快感を与えていた。
"はやく…しろ……"
"言われなくても…"
日頃から精液の生産を促す薬を飲まされ、興奮剤も打たれたゴルダックは早くも限界が近い。久しぶりの同意の交尾ともあって素で興奮していたゴルダックはレントラーの背中に片手を付き少し前屈みになって果てた。
"こ…これで……"
今にも後ろ脚の膝が抜けそうになるのを踏ん張りながら子種が送られる感触に一種の安心感を覚える。交わるだけでこんな風になってしまうとは思ってもいなかった。
"おい…いつまで───"
早く抜けと言おうとした矢先、ゴルダックが腰振りを再開させた。それもさっきは添えているだけだった両手はレントラーの腰をがっしり掴み、自分の腰の動きに合わせてレントラーを揺らし始めた。
それだけでレントラーの膝が笑い始めたというのにゴルダックは腰から手を離すと上半身を倒しレントラーの脇腹を抱いて強く突いた。
"おいっ…調子に…乗るな……"
"悪い……許せ………"
レントラーは振り払おうとするが増した快楽のせいで力が入らない。それどころかついに膝が抜けてしまった。
元来レントラーの雌は伏せた状態で交尾をするためそれは本能的なもの。問題なのはゴルダックが伏せたレントラーを包み込むように抱いて激しく腰を動かしたことだった。
"ぐぅっ……おいっ……"
歯を食いしばって声を抑えながらゴルダックを見ると、彼の目の焦点があっていないようだった。完全に押さえ込まれたレントラーは身動きもできず音がなるほど強い叩きつけに耐えなければならなかった。
今まで、辛い訓練を何度も乗り越えてきた。しかし今回は乗り越えられないかもしれない。そんなことを思う一方、レントラーは自身の中にこの行為を喜ぶ自分を見つけた。
乱暴に雄槍を突き続けるゴルダックは暖かかった。
「グ…グワ…」
"くっ……"
ガン、と腹の奥で鳴ったんじゃないかと思うくらい強く突かれこれでもかと押し付けられる。そして射精が収まらない内に再開。それが2、3度続くともう何も出なくなったがそれでも肉棒を固くしたまま腰を振っていた。
レントラーの意識が遠退いてきたところで主と白衣の男の止めが入り、ゴルダックはボールに入れられた。
「大丈夫か?」
生まれて始めて、主の存在に感謝した。それくらいレントラーは心身共に疲弊していた。
「まぁこれでしばらく様子を見よう。お疲れ。」
独りになり、大きくため息をついて横になる。汚れは主たちが拭き取ってくれたようだし、毛繕いをする気力が起きない。あのゴルダックの体液が自分の体内にあると思うとゾッとしたので先程のことは早く忘れようとまぶたを閉じた。
「やぁレントラー、結果だけど、うまくいったみたいだ。」
交わりから数週間後、また血を抜かれた後に主から子供ができたと知らされまじまじと自分の腹を見る。何の実感もないが主が言うならそうなんだろう。
しばらくは見回り任務をさせてもらえるらしく、久々に外に出られることを嬉しく思いながら他のポケモンと共に担当の場所へ。けれど任務の時間は前の3分の1にも満たず、部屋に戻された。
壊れ物扱いしなくても良いじゃないか大袈裟な、と思っていたのだが、子を宿したと告げられてまた数週間経つとそうも言ってられなくなった。つわりである。
「おはようレントラー、今日は……無理そうだな。」
餌を残し、顔をしかめながら寝そべっていたレントラーは誰がどう見ても体調不良だった。
「まてまて良いんだ。お前の優先任務は子供を産むことだ。」
何のこれしき、と立ち上がると制止される。不満を伝えるため鳴こうとしたら声ではなく先程食べたものが出そうになって堪えた。
「ブラシかけてやるからおとなしくしてろ。」
ムスッとしてまた横になる。体調も気分も最悪だ。こんなに吐き気がするなんて聞いていない。それにだるくて眠い。ブラシをかけられている間に眠ってしまい、その寝顔が可愛かったと主は仲間に言いふらしたらしかった。
「おはよう、今日は大丈夫そうだな。じゃあ散歩いくか。」
なんとなく散歩という言葉は嫌いだったが唯一体を動かせる時間なので素直に従う。体調の良い日は主と1時間ほど施設内を歩き回っている。
「どうした?」
急に立ち止まったので主が声をかけてきたので首を振ってまた歩く。最近、腹の奥が不規則に脈動することがあるのだ。そのお陰で嫌でも子を宿したことを実感しなければならなかった。
それからまた少し時が流れると腹も張ってきて何をするときも違和感があった。訓練もさせてもらえず、させてもらったとしてもいつものようにはいかないだろう。吐き気があるのに食欲はあるという謎の状態が続く中、狭い部屋での生活に徐々に慣れ始めてきた。
「ハァ……」
することがなくて3度目の毛繕いを終えるとため息をつく。暇だ。寝ていれば良いのだろうが、今まで訓練漬けだったせいかどうも落ち着かない。何度も寝返りをうってまたため息をついたとき、突然腹の内側が振動したので驚いて飛び上がってしまった。
"な…なんだ…?"
ピクピク、と痙攣や脈動にしては強い。それに脈動なら最近は感じることもなくなっていた。それを胎動だと理解するまで十数秒かかった。
まったく、不気味なものである。自分の中に別の何かが育っていると考えると、まるで寄生でもされているようで気味が悪い。慣れない感覚に余計ストレスを感じつつ早く眠りに落ちてしまおうと瞼を閉じた。
◯◯◯
「レントラー、飯は足りてるか?」
首を横に振ると主は持っていた袋を開けて空の器にドライフードを出した。
気分の悪さはなくなり、代わりに食欲が増した。また体調が良くなったことでポケモン用ランニングマシンで軽く走ることもできるようになった。
「レントラー、そろそろ時間だぞ。今日は検査もあるからな。」
十分に発散できたレントラーは景気よく返事をする。体を洗ってもらったあとは検査室に連れていかれ、機械で腹を撫でられた。
「三つ子だってさ。良かったな、何ともなくて。」
部屋に戻って独りになると眠気に浸りながら大きくなってきたお腹を舐めるとポコポコと胎動が始まった。最近ではしょっちゅう動いていて寝ているときも容赦ない。
"またか。賑やかだな。"
不思議な感覚だった。振動というより明らかに蹴られていたり、モゾモゾと向きを変えているようだったりと、具体的なことが分かるようになってきてから急に自分の子供だと自覚し始めた。
無意識に自分の腹を舐めることも多くなり、レントラーは自分自身の変化にも驚いていた。
自分には親の記憶がない。最初から他のポケモン達といた。だから親がどういうものなのか、どういう感情を抱くのかも知らない。いや、知る機会はあった。野生のポケモンの親子を捕獲したことは数えきれないほどあるし、種族は違えど町に出たときに人間の親子の一組や二組は目にしただろう。しかし全く興味がなかった故に眼中に無かった。
さすがに腹の中を透視する勇気はなかったが、自分の中にあるそれを特別な存在と認めていた。それが宿る腹を触られることに強く嫌悪するくらいに。
「もうすぐ産まれるってさ。」
そう告げられた時にはお腹は大きく膨らんで、胎児の動きも鈍くなっていた。
"…狭いか。もう少しで出られるそうだ。"
腹の中で寝返りでもうったのか、もぞりと動いたのでまた腹を舐めた。さすがにもう運動はしなかったしする気も起きない。
"腹と話すとは、私もおかしくなってしまったものだな……"
そう自分を嘲りながらも舐めることはやめなかった。なんとなく、こうしていると落ち着くのだ。一日中食って寝て、起きたら舐めるという日々が続いた。そして、
"産まれる…のか……"
まるで他人事のように呟く。起きたときから妙にだるく、食欲もない。かといって眠いわけでもなくむしろ緊張しているような状態がしばらく続いて、微かな痛みと違和感を感じ始めた。
"くそ…まだ強くなるのか……"
それなりに時間が経ったが痛みは増していく一方で、一定間隔ごとに思わず背中を丸めてしまうようなものになる。加えて間隔もかなり短くなってきて、柄にもなく不安になって意味もなく部屋の中を歩き回ったりせわしなく体勢を変えたりしていると、監視カメラで気づいた人間からの報告で主と医療班がバタバタ走ってくる。
「レントラー───」
主が自分を撫でようと扉を開けて部屋に入り、手を伸ばした。
「わっ、悪かった悪かった。」
主が慌てて手を引っ込めて我に返る。反射的に立ち上がって牙を剥いて威嚇してしまったのだ。今まで主に牙を向けたことは一度たりともない。
「あ、あぁ良いんだ。俺たちは外にいるから、頑張ってな。」
謝罪の意を込めて鳴いて頭を下げながら主に近づくと理解したようで、軽く撫でると部屋を出た。
申し訳ない気持ちになりながら寝床に戻る。痛みは更に強くなり、また痛みの波が来ると勝手に腹に力が入るようになってくる。試しにそれに合わせて息んでみるとこれまでとは比べ物にならない重く鈍い痛みが襲い、液体が流れ出てきた。
"ぐ……はぁ………"
物事を考える余裕もなく、波に合わせ本能的に力む。腹の奥でメリメリ、と音がするとまた数段苦痛が増した。内側から引き裂かれているんじゃないかと思うくらいの痛みと共に、大人しく腹に収まっていたはずの重さが強烈な違和感に変わる。
どうして、こんなことになっているのだろう。どうしてこんな目に…と波が引く度そんなことを思いつつも必死に力を込めたときに大きな異物が外に向かって少しずれると何故だか気力が湧いてきた。
無我夢中という言葉がよく当てはまるような、そんな感じで息み続け、ついに外界に出始めているそれを時々確認しながらまた力む。そしてようやく圧迫感から解放された。
"ハァ……"
産まれたコリンクは膜に包まれていて、まだ細い管で腹の中とつながっている。
"…起きろ。もう私の腹の中じゃないぞ。"
膜を食い破り、繋がりを食いちぎる。ちぎった瞬間血が飛んで心臓が飛び上がったが、すぐに止まったので安心した。
"か弱いな……まぁ、私の中で寝てるだけで強くなられても困るか。"
目を瞑ったまま鳴き声を上げて何かを探すような仕草をする小さなコリンクは、体液でびしょ濡れなせいで表面がすぐに冷たくなってきていた。
"自分の体も舐められないか…世話が焼ける……"
しかないので前脚で抱き寄せ暖めながら繕ってやるとコリンクは大人しく身を任せた。
"現金なやつめ。"
憎まれ口を叩いたつもりだったが、レントラーは笑っていた。痛みも疲れも忘れ、自分の腹を舐めていた時のように我が子を舐めていた。
こんなものが腹で育っていたと思うと不思議な気持ちになる。こんなのが自分の腹の中で3匹も───
痛みの波が復活して、現実に戻る。
"今のがあと2回……"
今まで、様々な訓練や任務をこなしてきた。仲間内で殺し合いをしたことだってあった。命令1つで修羅場を何度も乗り越こえてきた……と走馬灯のように頭に浮かべ、また痛みに呻いて今抱いているコリンクを産む前と同じ状態になった。
"ハァ……終わった……"
2匹目を産み、抱き、舐め、3匹目をなんとか捻り出す。感覚がなくなりかけている下半身を引きずって末っ子を加えて自分の前に持ってくるとこれまで同様舐める。
"覚えてろ……こんなに苦しませやがって……"
満身創痍。今までのあらゆる経験が馬鹿みたいに思えてくるほど疲れた。この3匹を排出したというのに腹はまだ張っていてなんとなくもどかしい。その理由はすぐに分かった。
"あぁ……そうだっけな………"
たてがみをまさぐり始めたコリンク達の首をくわえて自身の腹の近くに置いてやる。コリンク達はしばらく匂いを嗅いで、こちらもだいぶ膨らみを帯びた乳に吸い付いた。
こそばゆい感覚も先程の激痛に比べれば最早心地よいくらいだ。やっと休めると全身から力を抜いたタイミングで存在を忘れていた人間達が入ってきた。
「問題無さそうですね。気が立ってるでしょうし、そっとしておきましょう。」
「そうだな。お疲れレントラー。」
乳をやっているところを見られるのはすごく嫌な感じがしたが威嚇する気力は無かった。その後、むず痒くなって息んでみたら出てきた残骸のような肉塊を無性に食べたくなって食べたのだが、振り返ると何も食べていなかったとはいえなんておぞましいことをしたんだと後悔した。
「ほら、みんな異常なしだってよ。」
検査のため離されていたコリンク達が帰ってくる。主は嬉しそうな顔をしていた。いつも任務を成功させたり訓練で結果を残すといつも同じような顔だ。
"そろそろか…?"
帰ってきてしばらく寝ていたコリンク達が起き、また自分の乳も張ってきたので授乳の時間だと理解する。彼女は知らなかったが乳からの匂いに子供達が反応しているのだ。
目も徐々に開いてきて、毛繕いをしてやっているときに頬擦りしてくることもあった。
任務にはまだ参加させて貰えておらず、出産の後は散歩すら行っていない。しかし特に何か不足を感じることはなく、自分も随分鈍ってしまったと思いつつまた子供を舐めた。
"不思議だな。主といるときも、こんな気持ちになったことはない。"
まだ話すこともできないコリンク達。寝ている時間も長く、気がつくと部屋のど真ん中で寝ていることも良くあり、体を冷やしてはいけないとその度にレントラーは寝床に運んで自分は眠くもないのに抱いてやっていた。
"寝るならここで寝てくれ。そんなところで寝て体を悪くしたらどうするんだ。まったく、ここまでくるのにどれだけ苦労したと思ってるんだ。"
何故自分がそんな感情を抱くのかをそう理由付けた。あんな大変な思いをしてたった3匹。それを失ったら努力が全て無駄になる、と。
ずっと子供を抱いているだけ、聞いただけならなんて暇な過ごし方だろうと思うが、レントラーは暇と感じたことはなかった。なにも考えずに子供を眺め、そのうち自分も眠る。それで十分だった。
"そういえば、親子を狙うと親はよく子供を庇おうとしていたな。"
確かにあんな激痛の末に作った分身を奪われたいとは思わない。次そんなことがあったら聞き入れてやっても良いかもしれないとふと思ったレントラー。主を含めた人間達が様子を見に来てかなり苛立っていたがそれで幾分か冷める。何でも産まれた子供達の "かんいいでんし" 検査の結果、内2匹が "よんぶい" で、後の1匹が "ろくぶい" らしくそれが何やら良いことなんだそうだ。
訓練漬けの1日もあっという間。今の生活はもっとあっという間に感じる。最近、子供達は随分と活発にじゃれるようになった。まだろくに歩けないけれど兄弟同士もしくは母親や母親の尻尾にじゃれて遊んでいた。
"わかった、わかったからやめろ。"
夕方に尻尾を動かしてくれと集団でねだられ根負けしたレントラーはため息をつきつつ適当に尻尾を動かした。喜んで兄弟を押し退けながら飛び付く子供達。この日はもう何度も遊んでいたせいなのか体力が長持ちしなかったようで、また授乳の時間ということもあって乳を飲んだあとは仲良く眠ってしまった。
"やれやれ……"
また1匹が床に突っ伏していたのでくわえて抱き寄せる。ようやく独りの時間になったレントラーはぼうっと外をみていた。
正直、元の任務に戻れるかどうか心配になる。すっかりだらけてしまって、子供とじゃれあっているところを見られたときは顔から火が出る思いだった。
任務で町に出たときに見かける、騒がしくて嫌いだった親子の戯れが今の日課とは皮肉だ。しかも自分はそれを面倒くさがらずに相手をしている。自分の母親もこんな風にしていたのだろうかと思うこともあった。
レントラーは遊びを知った。何の利益もないそれとは無関係だったはずのレントラーは、今や子供がねだるのを待っている自分がいることを知った。
子供達はすくすくと成長し、乳離れすると部屋の中が狭く感じるほどはしゃぎ回るようになった。大きな目をキュッとつぶって笑う姿を見ると遊びを邪魔してでも抱いてやりたい気持ちになる。
レントラーはそれが愛情だということを知らなかったが、レントラーは主の手持ちとしてではない、自分自身の喜びを知った。
「やぁレントラー、今日もみんな元気そうだな。」
主はいつも通り餌やり兼様子を見に来る。子供に触れられることにもう嫌悪感は無かった。
「レントラー、こいつらに初めての任務だ。」
主が指したのは "よんぶい" と言われた2匹。 "ろくぶい" と言われた方はまだ待機、先に "よんぶい" の2匹にはこの組織の役に立てるよう簡単な任務が与えられたらしい。
「お前にも直に見回りの任務が来るだろう。なに、子供達ならそろそろ独り立ちの時期だし、お前が出回ってる間はそいつはここにいれば良い。」
頷いて、指された2匹をくわえて差し出す。主は部下が押していたオリ付きリアカーに子供達を乗せると去った。
レントラーは、コリンクの独り立ちが生後3ヶ月だというのが嘘だとは知るよしもなかった。
"静かになってしまったな。"
残った1匹は落ち着きがなく辺りを見回して兄弟の帰りを待つような仕草を見せる。
"お前だけ独り立ちが後回しとは、兄弟に遅れをとってしまったな。ほら、食え。大きくなれないぞ。"
幼体用のペースト状の餌を目の前に置くと食べ始める。いつもは器が分けられているのにも関わらず兄弟達と競争するかのようにがっついているのだがこの日はゆっくりで、とても寂しそうに見えた。
"おい、それはもう終わりだろ?"
乳離れしたのに乳を飲もうと揉みだした我が子をくわえて離す。
"そんなんだから独り立ちできないんだ。構ってほしいなら遊んでやるから……"
その次の日、レントラーは見回り任務を言い渡されて、1日数時間は捕獲したポケモン達が入れられている保管区域の見回りを再開することになった。
「おー、サボってた割に動けるな。」
そして対戦訓練も再開。相手のグラエナを軽々ねじ伏せると主に褒められた。が、やはり鈍っているらしく前以上に疲れた。
"悪いな…私は疲れてしまったんだ。"
そう言って催促するコリンクを無理矢理抱いて眠ろうとしたのだがあまりに悲しそうな顔をするので結局夜更けまで遊んでやった。
子供と2匹の生活が続いて1ヶ月ほど、この日もレントラーは見回りに向かうため主と部屋を出ようとする。
"また後でな。"
扉に両前足をついて寂しそうに見送るコリンクにいつも通りそう声をかけて主に付いていく。
「じゃ、頼むよ。」
頷き、いつものコースを歩く。
"うるさい、静かにしろ。"
どうやら最近新たにポケモンを捕獲してきたらしく、見回りコースであるポケモン保管所のオリは騒がしかった。
"助けてよ。ここから出して。"
そしてこれである。レントラーはため息をついて決まり文句を返す。
"お前達は弱かった。だからここにいる。それに私はお前達を捕らえる側の者。助ける道理はない。"
"どうして、どうしてこんなことをするの。"
"それが命令だからだ。私はそのために生まれ生きている。あまり騒ぐなら無理矢理にでも黙らせるぞ。"
雷を纏って威嚇すると静まり返った。馬鹿なやつらだとまたため息をつきながら見回りを再開する。
保管所を抜け、繁殖場を抜け、廃棄場に行ってまた戻る。その繰り返しだ。廃棄場に漂う "廃棄物" の嫌な臭いに顔をしかめながら往復すること数時間、何度目かわからない廃棄場の見回りをしたときに廃棄物が投入される警報が鳴ったので退避地帯に向かう。時々これに紛れて脱走しようとするポケモンがいるので注意深く見ていると、水色の物体が目についた。
廃棄物の山を転がってどこかに落ちたそれの方向をしばらく見続け、レントラーはその方向へ向かった。
そして、コリンクが1匹、転がっているのを見つけた。
コリンクの前足にはタグが無く、代わりに脇腹に黒色い字で文字と数字が書かれていた。レントラーはほっとした。それは捕らわれたポケモン達を識別するもので組織内のポケモンは自分が着けているバンドのようなタグを着けている。
そんなことはあり得ない。あの2匹は自分から独り立ちして、任務をこなすための訓練を受けているのだから。
けれども何故か安心できなかった。もうひとつの自分がそうさせていた。レントラーはコリンクに近づいた。すると半開きだったコリンクの瞳が微かに動いて自分を捉えた。
"お前……"
本当は、気づいていた。本能が自分の子供の容姿を、そして匂いを覚えていないはずがない。
"おまえ……は……"
だが子供達にはタグがつけられている。自分のバンドよりはずっと細く脆そうな物だが確かに着けられている。着けられていた。
"何故……こんなところに……?"
コリンクはゆっくり瞼を閉じた。いつも自分に抱かれて眠るときと同じような、安心しきった顔だった。
"何があった……?"
気がつけば、コリンクは息をしていなかった。
"なぜお前が…ここに……?"
頭が真っ白になる。いや、むしろ真っ暗だった。ぐちゃぐちゃになって思考がまとまらない。そんな中、自分にはもう1匹別れた子供がいたことを思い出す。
廃棄物の山に目を向け瞳を金色に輝かせる。最初はおもむろに、次第に必死に、透視能力を最大に使って廃棄場を隅から隅まで探す。
すると見つけた。積み重なった廃棄物の下敷きになったもう1匹のコリンクを見つけてしまった。
廃棄物を掘り返して冷たいコリンクをくわえ、項垂れながら先のコリンクの隣に置く。
2匹に外傷はない。ふたつの "廃棄物" をレントラーは呆然と眺める。そして山を見る。その山の "廃棄物達" の視線が一斉に自分に向けられているような錯覚を起こし、レントラーは一目散にその場から逃げ出した。
レントラーは部屋の扉の前にいた。人間でないと開けられないその扉の向こうには母親を待ちくたびれて眠っているコリンクがいた。
「なんだ、ここにいたのか。じゃあまた明日な。」
ちょうど任務終了の時間だったので主はいつも通り扉を開ける。
「…レントラー?」
が、いつもとは様子の違うことに気がついて声をかけるもレントラーは反応せずに熟睡しているコリンクを抱いた。主はまた機嫌が斜めになっているのだろうと結論付けて部屋を後にした。
コリンクは目を覚まして母親の存在に気付くと嬉しそうに鳴いた。
"…寂しかったか。悪かった。"
レントラーはコリンクを舐めながら気を落ち着かせようとする。
コリンクを尻尾であやすとコリンク3匹がじゃれあっていた光景を思い出す。あんなに賑やかだったのに、もう1匹しかいない。
しばらくして遊び疲れて眠ったコリンクを、レントラーはただただ見つめた。後の2匹は一体何をされたのだろう。このコリンクはいったいどうなるのだろう。
その答えはレントラー自身が知っていた。でも認めたくなかった。しかし現実は重かった。
信じていた。自分はこの組織に選ばれた、その一員であると。つまり組織にとって特別であると。だがあのコリンク達に書かれていたものは捕獲されたポケモンのものと同様。人間の実験とやらに付き合わされて無様に壊れ棄てられたのだ。
レントラーは、主が嘘をついたと理解した。そして今残っているコリンクは、その内本当の訓練を受けて自分と同じような存在になるのだろう。では自分は?
自分は組織にとって珍しい種。そして強い個体。組織のために子供を産むという任務。認めたくなかった。あの繁殖場にいるポケモンと同様壊れるまで産まされる存在に成り下がったとは認めたくなかった。
そういえば、最近あのゴルダックを見かけない。少し前まで種付けのために人間に連れられている所を定期的に見ていたが、今は全く見ない。
"お前も…将来あいつのような種雄になるのか。"
薬で狂わされ、拘束された雌をひたすら犯すあの繁殖場の光景が浮かぶ。
自分は拘束こそされていないが、やっていることは同じだと気付く。壊れるまで産まされ、産まれた子供は壊れるまで使われる。自分も、このコリンクも、いずれ廃棄されるのだ。
自分は何のために生まれたのか。
私は、組織のために生まれた。主の命令を聞くために。
このコリンク達は何故生まれたのか。
自分が生んだからだ。
何故コリンクを生んだのか。
それが命令だからだ。
何故命令を聞くのか。
そのために生きているから。
それなら何のために生まれたのか──
レントラーは、組織にとって自分も捕獲されたポケモンも同じだということを知った。
この子を守らなければならない。
もうひとつの自分が言った。だが自分は命令を聞くために生まれ、生きている。命令通り体が壊れるまで産み、その子供が組織の役に立つのなら、それが本望ではないか。
この子を守らなければならない。
本能が言った。でもどうやって。母親を知らない自分にできることは精々産んで乳をやることぐらい。あとは組織の人間に任せれば良い。
気にすることはない。今までだって悲惨な末路をたどると知った上で多くのポケモンを捕らえたのだ。確かに子作りはそれよりも遥かに苦労するけれど、外で捕まえるか自分で産むかの違いだけで何も変わらない。
それに捕らえられたポケモンに比べて自分はとても優遇されている。産む際に激痛と戦わなければならないがそれ以外は正直楽だ。
"……どうした、夢でも見たか。"
コリンクが目を覚ます。震えている母親を不思議そうに見上げて首をかしげた。その幼い姿が滲んでぼやける。3匹が1匹になってしまった、それだけでこんなに虚しくなるなんて。
いずれ会えなくなることに変わりはないのに。
たった、それだけで。
レントラーは我が子を抱き寄せると牙をくいしばって泣いた。記憶の限り、泣いたことなんて一度もない。それなのに涙が止まらなかった。
どうして自分は生まれてしまったのだろう。自分が生まれなければあの2匹はあんなことにならなかったろうに。
もう、受け入れるしかない。否定する物はない。自分は、捕らえられて情けなく助けを乞うあのポケモン達と同じなのだ。やがては絶望し、壊れて捨てられる存在なのだ。
レントラーはひとしきり泣くと前足で目元を拭う。
"起こして悪かったな。もうお休み。"
優しく頭を舐めてやると自分にも頬擦りして目をつぶった。
寄り添う我が子は温かい。少し前にはこの温かさが自分の中にあった。膨れた腹は邪魔でもあったがなんともいえない安心感もあった。
コリンクが寝返りをうって、レントラーは胎動の感触を思い出す。そして子を産んで抱いた時を思い出す。
"あれは本当に痛かったぞ……"
我が子の額にそっと口を付けた。接吻なんてものは知らなかったが、どういうわけかそうしたくなった。
"私はお前を…守らなきゃいけない…お前を守れるのは私だけだ……"
レントラーは、我が子の存在が自分にとってどれだけ大きいものかを知った。その我が子を守れるのは自分だけだということも知った。そしてレントラーは、その時生まれて初めて、自分の意志を知った。
"せめてお前だけは……"
廃棄場に置いてきた我が子達の亡骸。遊びの催促をしつこいほどしてきたあの子達は、どれだけの不安と恐怖を味わったのだろう。まだ話すこともできなかったのに。
レントラーは生まれて初めて悲しみを知った。
でもまだ終わっていない。この子が生きている。二の舞にさせてなるものか。
我が子をもう一度舐めたレントラーは、もう震えていなかった。
翌朝、いつも通り食事の前後に主がやって来る。レントラーも元の様子に戻っていた。
「じゃあ、見回りに行くぞ。」
扉を開け、レントラーを一撫でしようとしたところで主の記憶は途切れた。
あとは時間との勝負。電気ショックで主を気絶させるとレントラーは我が子をくわえて、開いた扉から廊下へ。そして走った。驚いて振り向く他の人間やポケモンを顧みることなく外に向かって走る。
脱出を試みた者の末路は見てきた。だが自分は捕らえる側だったのだ。この施設の構造は頭に叩き込まれている。どこに外へ繋がる出口があるのかも知っている。人間達がどういった対応をするのかも分かっている。
階段を飛び下り、また廊下を走り、そして窓をぶち破って建物の外へ。警報を無視して正門へ向かう。この時間はもう開いていることも知っていた。
正門には4人の見張り番がいて、こちらに気付いて警戒の体勢をとる。レントラーは走りながら雷エネルギーを溜め、見張りが出した計4体のポケモンの目の前で我が子を宙に放り投げると自分を中心に溜めていた雷エネルギーを放出した。幸いレントラーの技を無効化するタイプのポケモンはいなかったため4体全員は大きなダメージをくらう。
レントラーは我が子を口で受け止めると人間達が次のポケモンを出す前に雷エネルギーを地面に流し込んで周囲一帯に雷を帯びさせた。それらは雷に耐性がない者の筋肉に作用し、動きを封じる技。人間達もポケモン達も麻痺して動けなくなり、レントラーは正門を抜けて街へ向かった。
この施設は街から少し離れた所に建っているので林を抜けなければならない。レントラーは街へ続く道を使わず木々の中を通っていった。
"すまない、驚いただろうな。"
途中、子供を下ろして少し休憩する。
"心配するな。私が──"
ふと、捕らえたポケモンが母親を呼んでいたときのことを思い出す。
"──母さんが守る。もう少し辛抱してくれ。"
透視を使って追っ手が来ないか確認しながら休むが、やはり落ち着かないので先を急ぐことにした。木々の間を縫うように走り、街に出る。騒ぎにならないよう街の中では歩いて目的の建物を探した。
不意に、周囲がざわついて街の人間が自分に視線を向ける。
レントラーは知らなかったが、この地方では珍しいため、またレントラーはかなり強くトレーナーからポケモンを強奪したことが何度もあったので世間に覚えられていた。前脚にバンドを着けたレントラーは有名だった。
レントラーは特になんとも思わず街を歩き続け、ようやく目的の建物、ポケモンセンターを見つけた。自動ドアを通ろうとすると奥にいた女の人間が自分を見て驚く。しかしその視線はすぐにレントラーの背後に移る。
レントラーも足音で気づいていた。我が子を置いてゆっくり振り向く。
「レントラー。」
主と、組織の人間だ。
「無駄だ。そのバンドに発信器がついている。どこに行こうが無駄だ。1度だけチャンスをやる。そいつをつれて、戻ってこい。」
もう、騙されない。戻ったところでどうなるかくらい分かる。レントラーは牙を剥いて唸り、力を練る。すると主はボールではなく端末を出して軽く操作した。刹那、バンドから赤い光線が放たれレントラーを包んだ。
そのあまりの痛みにレントラーは叫んだ。視界が一瞬白くなり、立っていることも出来なくなる。技なんて使うどころではなく、意識が遠退いていく。
「回収しろ。」
別の団員がコリンクにボールを向けて中にしまい、拘束具を持った団員がこちらに近づいてくる。
ボールを持った団員はそれをケースに入れようと一旦集団から離れた。
ここまで来たのに、奪われてしまう。
「グ…ル゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ッ!」
私の子を、返せ。
「バ、バカな…!!サイドンでも壊せないのに!!」
身体中の悲鳴を無視してバンドに付いている装置に噛み付き、ありったけの雷エネルギーを牙とアゴに集中させる。装置がひび割れ、そこから強引に高電圧を流されたことで破裂した。
光線が消える。しかし痛みはまだ残る。膝も笑う。そんなもの、レントラーの足枷にはならなかった。
光線が消えたと同時にレントラーは電光石火の速さで我が子が入ったボールを持つ団員に飛びかかり、電気ショックで気絶させるとボールを起動させて我が子を解放し、そしてボールを破壊した。
「捕まえろっ!!」
仮にレントラーをボールに入れられたとしても、見たことのない鬼のような形相のレントラーなら自力で出てしまうだろう。直接捕らえた方が良いと人間達は判断して各々のポケモンを出す。
「グラエナ!噛みつく!」
襲いかかってきたグラエナを、持ち前の柔軟性で宙返りしながら背後をとって雷の牙で背中に噛みつき頭から地面に叩きつけた。
「ゴローニャ、ストーンエッジ!」
ゴローニャが地面に拳を叩きつけ、地面から尖った岩盤が突き出してレントラーを襲う。レントラーはそれを冷静に避けると接近していたノクタスにスピードスターを放って牽制、ゴローニャの手足を噛み砕こうと力を練ったとき、後ろで甲高い悲鳴が上がった。
振り向けばコリンクが岩盤に穿たれ宙を舞っているのが目に入る。レントラーは慌てて向きを変えると我が子を受け止めた。
生まれて半年も経たないコリンクにその技は命取り。直撃したコリンクは血を吐いて動かなくなった。
"貴様ぁっ!!"
逆上したレントラーは一直線にゴローニャに向かうが途中で地面の揺れを感知して反射的に跳んで我が子の元に戻ってくわえ、また跳んだ。間一髪地震の直撃を避けると今度はバンギラスがあくの波動を撃ち、それを十万ボルトで押し返すと我が子を置いてスパークで追い撃ちをかける。
1匹、また1匹とレントラーは敵を倒していくが流石に数で押され始める。加えて何人かの団員がレントラー対策に地面タイプのポケモンを持っていて、それがレントラーに苦戦を強いた。
腕に噛みつかれてそのまま投げ飛ばされたゴローニャがストーンエッジを放とうと力を溜める。レントラーは我が子を連れていこうとしていたヘルガーを叩きのめしたところで反応に遅れた───
「シャワーズ!ハイドロポンプ!」
高圧な水流がゴローニャを弾き飛ばす。皆が技の出所に目を向けた。
「よくわからないが、あの2匹を守れば良いんだな!?」
ポケモンセンターに居合わせた3人のトレーナーが助太刀したのだ。
レントラーは驚いた。だがそれに構っている暇はない。相手は十数人の、即席とはいえ戦績トップの自分を捕らえにきた集団。感謝する余裕はない。味方が増えたことで放電が使えなくなったが、シャワーズやメガニウムの存在は非常に心強かった。苦手なタイプは彼らに任せ、とにかく我が子を守る。しかしやはり押され始めた。
「おかしい…数が減らない…さてはお前達…!」
トレーナーの一人が気がついた。今いるロケット団員全員、6体以上のポケモンを所持していたのだ。
バクーダの火炎放射からメガニウムを守ったシャワーズがマルマインの雷で倒され、別のところでバクフーンもバンギラスとサイドン2匹に倒された。レントラーはヌオーに促されるまま彼ごと放電を使って周囲の敵を蹴散らし、雷技が効かないヌオーは同じく効かないサイドンにハイドロポンプを撃った。
レントラーが一呼吸置いたところにガラガラが力を込めた骨を渾身の力で投げて命中。レントラーはすぐに体勢を立て直したが追い撃ちをやり過ごさなければならなかった。
レントラー達の疲労が濃くなりコリンクを守るので精一杯になる。ロケット団員が勝利を確信したとき、
「ウインディ、大文字!」
「ガーディ、火炎放射!」
「ピジョット、つばめ返し!」
複数のポケモンが一斉に乱入した。少し前にテレビで観た怪しいレントラーがいるとの通報と、ポケモンセンターのジョーイからの通報を受けて駆けつけた警察だ。
流石にそこはプロ。大雑把だが即座に状況を理解してレントラーを除く団員のポケモンに攻撃した。
ポケモンマフィアロケット団の弱点、警察。それも最初から戦闘を予想して集まった彼らを前にロケット団は次第に形勢が悪くなってくる。
「畜生殺せ!!」
奪還は不可能とみたロケット団は悪あがきにコリンクへとどめの一撃を指示。
ボスゴドラが無数の岩を浮かべてそれらをコリンクに向かって容赦なく放つも寸でのところでレントラーが間に合い、我が子を抱いて攻撃から庇った。
その後数回攻撃されてもレントラーが我が子を離すことはなく、ロケット団は煙幕を炊いて撤退した。
"終わった……か……?"
ボロボロになったレントラーは深傷を負って荒く呼吸している我が子を舐める。
"ごめんな……私のせいだ…"
自分には無事を祈ることしかできない。
「そこのレントラー。」
呼ばれて振り向く。ウインディとその主の警察の男が自分達に詰め寄ってくる。レントラーは瀕死の我が子をくわえて彼らの目の前に置き、頭を垂れて懇願した。
"この子だけは……助けてくれ……"
それは以前、レントラーが何度も見てきた光景だった。
レントラーは、今まで自分が多くのポケモンにしたことの愚かさを知った。
"たのむ……この子は何も……"
レントラーは、自分の命よりもずっと大切なものを知った。
「こりゃあまずいな。おい、手の空いてるやつ、こいつをジョーイさんに!」
レントラーは情を知った。そしてレントラーは怪我と疲労と安心感からその場で意識を失った。
◯◯◯
目を覚ますと見知らぬ狭い場所に寝かされていた。痛みを感じ、体をゆっくり起こすといたるところに包帯を巻かれていた。前脚のバンドは外されていて、代わりに赤い、タグと思われるものが付けられていた。
「グ…ウ……」
自分はオリの中にいた。喉が焼けるように渇いていて、置いてあった器の水をがぶりと飲む。少しして見回りのウインディが意識が戻った自分に気がつく。
"起きたか。"
"私の…私の子は…?"
"コリンクなら別の場所で治療を受けてる。じきにここに連れてくるそうだ。"
大きく、深く、ため息をついた。
"一応言っておくが暴れるなよ?"
"分かっている。あの子が無事ならそれで良い。"
ウインディが去ると隣だろうか、唸り声が聞こえてウインディがそれを注意していた。どうやら隣のポケモンは拘束されているらしい。透視してみると口輪をはめられたヘルガーがいた。彼も赤いタグを着けていた。
レントラーは使い込まれた毛布の上で丸くなり、逃げ切れたことに安堵しつつ救えなかった2匹を想って嘆いた。
もっと早く、気づいていれば……
2匹の亡骸は他の死骸と共に潰され燃やされるのだろう。しかしポケモンたるレントラーは、置いてきた亡骸よりも今生きている我が子の身を案じていた。
レントラーが産んだ3匹のコリンク。内1匹は人工進化実験に耐えきれず廃獣になり衰弱死、内1匹はレントラーの透視能力についての研究によって死亡。残った1匹の命に別状はなく、保護された3日後にレントラーの元へ戻された。完治していなかったが幼子のストレスを懸念し、レントラーに、扱いに十分注意するよう伝えた。
我が子と再会したレントラーは、コリンクは将来的に警察に引き取られ、警察ポケモンとして訓練されると伝えられた。もちろん、相棒として大切にすると言われたレントラーは心から礼を言った。
人間にレントラーの言葉は分からなかったがその気持ちは伝わり、またすべてを悟っているかのようなその姿に複雑な気持ちにならざる得なかった。
"良い人間に拾われたな……運が良かった…"
青いタグを着けている我が子を大事に大事に毛繕いする。保護されて1週間経てば元通り元気にはしゃげるようになった。
今いるオリは以前の部屋よりだいぶ狭く外にも出してもらえなかったが安心できる空間に違いなかった。疲れて眠るまで尻尾で遊び、思いきり甘え合い、レントラーはそれが幸せだということを知ったのだった。
保護されて2週間経った日、食事はドライフードではなく木の実になり、さらにレントラー達は外出を許されてコリンクは初めての外で存分に遊ぶことができた。そして夕方になって部屋に戻る際、健康状態を見るため明日一時的に離ればなれになると告げられた。
"お前は…幸せになってくれよ……"
今にも寝そうな我が子の頬を舐めると嬉しそうに笑ってくれる。
"私なんて、母親と呼べないだろうが…お前達を産んで、本当に良かった。お陰であそこでゴミのように捨てられずに済んだ。何より、いろんなことを学んだ。"
我が子を抱いて、その温もりを噛み締める。そしてその姿を脳裏に焼き付けてから眠りについた。
翌朝、餌を食べた後、レントラーは妙な、非常に強い倦怠感に襲われた。周りのオリも今日は静かだ。人間が何度もやって来て、どうやらオリに入れられているポケモンを別の場所に連れていっているらしかった。
「おはようレントラー、コリンク。じゃあ、いこうか。コリンクも途中までは一緒だ。」
自分の所にも人間が来て、レントラー達を台車にのせる。レントラーはこの倦怠感には経験があった。前に大きな怪我をしたとき、その治療の際に薬を飲まされその時も同じようになった。
「じゃあコリンクを預かるからな。ウインディ、この子頼むよ。」
抱いていた前脚を素直に退けるとウインディがコリンクをくわえる。
"その子を頼む……"
ウインディはしっかりと頷き、そのやり取りを見届けた男はまた台車を押して、レントラーを処分室へと連れていった。
トレーナーのポケモンが行うことにはトレーナーに責任がある。トレーナーに落ち度が認められれば処分されるなんてことはまずないだろう。レントラーの場合、トレーナーがロケット団だという時点で処分は免れられるはずだった。それにあのとき助太刀したトレーナー達の証言からも、レントラーに落ち度はないと認められていた。
しかし、そこには例外がある。それは、ボール不明かつ登録が解除されていないポケモンは2週間待機の後、無条件で殺処分されるという規則。登録が解除されていないということは新しいボールに入れられないということ。すなわち保護不可能とみなされる。またこれに当てはまるポケモンを野生に返すことは再犯の可能性があるため禁止されている。
ボールの登録を第3者が解除することは不可能ではないが、その方法は当然のことながら機密中の機密。加えて専用の機械が必要で、しかも安全上その機械は開発されていない。よって登録が解除されておらず、元のボールも行方不明のポケモンは殺処分されている。
ボールが破損すると登録は自動的に解除されるため、コリンクは問題なく保護されたが主が逃げ切ったレントラーは殺処分されるポケモンを示す赤いタグを着けられ、待機期間を終えたレントラーは餌に鎮静剤を混ぜられたのだった。
「ごめんなレントラー…」
男は片手で台車を押しながらレントラーを優しく撫でた。このレントラーに罪という言葉が当てはまらないなんてことはこの男も、彼女に会った者みんなも分かっている。本当は助けてあげたい、けれどそれができる術はない。
「お前の子供は、きっと立派なレントラーに育ててやるからな。」
暴れようと思えば暴れられる。そんなことをしても無駄だと分かっているし、それに覚悟の上だった。だからこの十数日、今までのことは忘れて精一杯子供と接した。
もう十分だ。命令を聞くことしかなかった自分に、我が子との思い出はもう十分詰まっている。
「じゃあゆっくり息をしていてくれ。お疲れさま。」
広めの部屋に、他のポケモンたちと並べて置かれる。中には完全に眠っているものもいた。暴れて眠らされたのだろう。麻酔や強い睡眠剤は鎮静剤より高価かつ個体ごとの調製が手間なのであまり使わない。ポケモンの技では効力が薄く、命の危機の際に解かれてしまうこともあるので使われないのだ。
がしゃん、と重い扉が閉められる。
──二酸化炭素注入開始──
機械アナウンスと共に部屋に風が起こる。
これで私は死ぬ。
レントラーは自分を嘲笑った。死を恐れる自分がいた。
少しずつ息が苦しくなっていき心拍数が上がる。
私は、なんのために生まれたんだ。
道具として使われ、哀れな命を産み、そして今、短い一生を終えようとしている。
私は、あの子を守るために生まれた。
レントラーはそう言い切った。救うことが出来なかった2匹。けれど、あの尊い犠牲のお陰で後の1匹を守り抜くことができた。あの子達は決して無駄死になんてしていない。兄弟の命を救い、母親の心を救ったのだから。
頭痛と吐き気、そして肉球から冷や汗が滲み出る。呼吸も更に苦しくなった。
"長いな……"
周囲のポケモンも唸ったりもがいたりし始める。レントラーは死の苦しみを知った。けれど、あの施設に捕らえられていたポケモンたちに比べれば、あの子達に比べれば幸せな死に方だと思った。
体が酸素を取り込もうとしきりに呼吸を促す。その度体内には二酸化炭素が取り込まれていく。
私は、勝ったのだ。
レントラーはふと思う。
私は勝った。私は自らの意志であの子を守った。あの組織の操り人形にはならなかった。棄てられることもなく、栄誉の死を遂げるのだ。
でも、できるなら、できたなら、あの子と一緒に生きていたかった。一緒に普通の暮らしをしてみたかった。
目をつむり、焼き付けていた我が子の愛らしい姿を浮かべる。意志とは関係なく呼吸は荒くなり、平衡感覚が乱れてくる。
もっと一緒に、4匹で暮らしたかった。
レントラーは欲を知った。視界が歪み、体の末端が冷たく感じてくる。
もし生まれ変われるのなら、次はもっとましな生き方ができるだろうか。
首をもたげる力がなくなり、横たわり過呼吸に近い状態になる。
あぁ、苦しい、苦しい。でもあの子達を産むときに比べればどうってこともない。
"お前たちも…可愛がって…やらないと…"
あの子なら良い人間とポケモンに見てもらえる。自分よりずっと良い親代わりになるだろう。最後に浮かべたのは2匹のコリンクだった。
"寂しいよな…母さんも今行くから……"
視界が崩れても零れる熱さは感じていた。
体の感覚が消えていく。感情がなくなっていく。そして、虚無の闇へと落ちていった。
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