アネットに手を引かれるようにスカーレットが支配する屋敷から脱出を図ろうとするエリオット・アルテミス。
だが、自分の心の中は混乱している。先程まで、自分を熱を帯びて奉仕していた女性とは思えないほど、彼女は風のような速さで屋敷から脱出を図る。
(彼女を…アネットを信頼していいのか…?)
「き、貴様ら!」
「邪魔よ!」
立ちふさがる男性の見張りを彼女は恐ろしいまでの速さでハイキックをして、もう一人の鳩尾をパンチで気絶させた。
「この女!」
背後から襲ってきた男性は、エリオット・アルテミスが得意の魔法で一気に火炎の魔法を唱えて、大やけどを負わせた。
「エリオット様」
「魔法なら、私も一流と呼ばれた人間でね」
「心強いですね。急ぎましょう!」
そうして、見張りの男性たちを彼らは協力し合いながら倒して、急いで馬車が置いてある乗り場まで走っていった。
アネットは背後の馬車に彼を乗るように促す。その馬車の中には水とタオルが置かれていた。
「ファノンのところへ帰るのか?だが、君はスカーレットの側についたんじゃ?」
「そこにあるタオルでご自分の身体を拭いてください。その甘い快楽の蜜の匂いをさせたまま、ファノン様に会うつもりですか?」
「おい!アネット!」
「今は追手から逃げることが先決です!」
そうして、彼女は勢いよく、馬を操ると馬車をとある場所まで走らせた。
その馬車の中で、エリオット・アルテミスは彼女が自分に対して怒りを抱いている様子を敏感に察知していた。
(そうだ…。あの”背徳の宮殿”に導かれて以来、俺は何かと彼女に助けられて生きていた。それが心地よかったから。そうだな…。君の言う通り、俺は目を背けたかったんだよ。君がエクレールの女であることを…)
「エリオット様、ここからでも聞こえますよね?」
「何とか」
「スカーレット様が命じた通り、あなたをさらったのは、スカーレット様があなたを私にくれると言ったからです。スカーレット様の研究に付き合えば一生、面倒を見てあげると。でも、あの方はあなたの身体も欲していた。もう…私には耐えられません。もう、誰にもあなたを渡したくない…!!」
「アネット…」
だが、馬車は方向を変えた。そちらの方向はあの”背徳の宮殿”がある国ではない!エリオット・アルテミスは抗議の声を上げる。
「そちらはフェニキア王国ではないぞ!そちらの方角はエウロペ王国だ!」
「もう遅いです。既に国境を越えました」
「アネット…どこに向かうんだ?」
その問いに彼女は沈黙を守ったまま、ただ馬車を走らせてある場所へ向かった。
その頃…。スカーレットの居城にファノンがスーツ姿になり、怒りで緑色の瞳を冷酷に輝かせて、片手には鞘に収めされた剣を持って、ベッドで横たわるスカーレットを睨みつけ入ってきている姿があった。
そして、冷淡な声で彼女に、エリオットと裏切り者・アネットがどこに向かったのかを聞いた。
「思いのほか、早くここを突き止めたわね…。やるじゃない?ファノン」
「エリオットはどこにいるのですか?それと…あの裏切り者は?」
「さあ?どこにいるのかしら?私にも教えて欲しいものだわ」
「エリオットの無事を確認できないと、あなたを殺すかも知れませんわ」
「そういうのやめてくれない?頭痛がするの。さっきから」
「何を自分で言っているのですか?」
「アネットに言っておいてくれない?安物の薬は使うな、と」
「?」
そこで、スカーレットはその真紅の瞳を不敵に輝かせて、右手の人差し指で自分の唇に触れて軽く言ってやった。
「アネットに薬を盛られたの。口移しで」
「へえ…。まだあの女は、あなたとの関係を続けていたのですか?」
「花婿であるエリオットを強引に誘拐したのは悪いと思っているわ。ファノン。ただ、私は、自分の研究に付き合って欲しいと思っただけよ」
「で、そのエリオットとアネットはどこに?」
「どこかしらね。見当もつかないわ。前金でかなりの金額を彼女に振りこんでしまったから、父親とエリオットごと国外へ高飛びなんてわけないでしょうね」
「アネットが単独で動ける訳がないわ」
「でも、金さえあれば、国外へ高飛びは出来るわ。それこそ、エウロペにだって行けるくらいの金額を渡してしまったもの。あのね。ファノン。私はただエリオットさんに、私の研究に付き合って欲しいだけなの」
だが、そこでファノンは、そのスカーレットの鼻に着く傲慢な言い回しに怒りを露わにした。
「”研究”ですって?…面倒臭がりやなあなたがそんなことに手間暇かける訳ないわ。何が目的なの?スカーレット!」
ファノンが鞘から愛用の純白の長剣を引き抜いて、スカーレットにその切っ先を向けた。鋭利な刃が彼女の顔の前に向けられる。
そして、スカーレットがどういう人間か、ファノンは自分なりに味わった屈辱を思いだしながら言い放った。
「あんたにとって、このヘスティアはゲーム盤で、そこに住む人間は”駒”でしかないのでしょう!?あんたにこれ以上、ひっかきまわされるのはもうまっぴらよ!私とエリオットをひっかきまわして何が楽しいのかしら?!」
「激高したあなたはとても美しいわね…?ファノン」
「そう。それでこそ、フェニキア王国の女王候補だわ。だけど…私の返り血を浴びたあなたを、あの潔癖な”女神の皇子”は将来の伴侶としてあなたを選ぶかしら…?」
「…くっ」
そこに、ファノンの部下であるフェニキア王国の兵士たちが報告しにきた。捜している人物の姿がどこにもいないことを。
「ファノン様!この宮殿にはエリオット様はいません!」
「意地でも捜し出すのよ!アネットも!あの裏切り者は絶対に捜し出しなさい!」
「はい!」
ファノンは命令を出しながら、純白の長剣を鞘に収める。急いでその場から去ろうとするファノンに、スカーレットの歪んだ愛情が牙を剥いた。
「ファノン。私は、アネットが可愛くて仕方ないのよ」
「歪んでいるわ…!あなたの愛は…!」
肩を怒らせて去るファノンを彼女、スカーレットは邪悪な微笑を浮かべ…嘲笑っていた。
国境を越えて入国したのは、エウロペ王国の森の中だった。だいぶ深い森だ。そこはとても静かな木々の聖域で、だが女神の森とも雰囲気が違う場所だった。
鳥が鳴こうと、小動物が騒ごうと、かえって静謐な静けさが際立つばかりの森。アネットは馬車を止めて、この先からは歩きで限界まで逃避行をする。
「ここから先は馬車は入れません。歩きで目的地まで行きます」
エリオットが馬車から降りるとアネットが縄を用意して待ち構えていた。そして許可を取る前に強引に縄で拘束をする。両手を使えなくして、自分にも腕にそれを繋ぎ止める。
「何をするんだ!?アネット!」
「あなたは、隙あらば逃げ出すことは重々に承知しておりますから」
そうして、二人で深い緑色の森を歩いた。その間、エリオットは彼女に濁流のような疑問を投げかける。
「君は一体、私をどうしたいんだ!?何故、国境を越えてまで、逃げようとする?」
「…わかりません。自分でも。何がしたいのかは…」
二人の間に流れる空気は気まずいことこの上ない。エリオットはまだ自分の下半身に彼女の…アネットに無理矢理奉仕させられた感触が生々しく残っているのを感じる。
(くそ…。まだ…残っている…。アネットの熱を帯びた口戯の感触がありありと…。ファノンにどんな顔をして会えばいいんだ?)
悲しい気持ちが湧いてくる。同時に罪悪感も。
やがて…用意されていた靴が合わないのか、彼は靴擦れをしてしまった様子だ。痛みが走る。
「す、すまない。かかとが痛くなってきた」
「靴擦れをしてしまったのですね。近くに川があります。そこで休みましょうか?」
「ああ」
そうして、深い森の中にある渓流へとたどり着く。大きな川の流れが特徴的な渓流だ。そこの大きな石の上で彼を腰をかけさせて、濡れたハンカチで丁寧に靴擦れの部分を洗ってくれている。
だが、彼としてはそこまでしないでもいいと思って…
「自分でやるからいいよ」
だが、そこでアネットが自分の足の指を口に含んで愛撫を始めていた…。まとわりつくようなキスをしている。脚の指に。
「やめるんだ!」
瞬間的に彼は行為を中断させた。
その時…アネットは思いがけない言葉を、エリオットに熱を帯び、告白した…!
「あなたを私にください!」
エリオット・アルテミスはの何物にもぶれない紫水晶の瞳が、また当惑の輝きを宿した…。
「あなたを…あなた自身を…私に中に入れることを許してください!」
「…何を言っているのか、わかっているのか…?アネット」
「わかっています。だから…!私は他のエクレールの女のように、あなたを犯す真似は出来ません!だから、お願いします。あなたを私の花びらに入れることを許してください…!」
「そんなこと、許せるはずがないだろう?俺にはファノンがいるんだ」
「なら、何故?あの人を許したのですか?あなたを犯した女を許せたのですか?どうして?」
「エリオット様は、あの人の負う傷に惹かれた…。それなら…この罪深い私も救ってください」
「俺は…君を救う神じゃない…。俺に誰かを救うことなど出来ない…。夢を…いや夢想を見ないでくれ…」
「人が人を求める心など、みんな、そのようなものではないのでしょうか?この無意味で、非情な人生から…救われたいから、愛するのです。ファノンもそんな風に、あなたを愛した…」
「違う…!それは違う!」
「本当に?あなたはファノンの過去も知らないのに、そう断言できるのですか?」
「ファノンは聖人君子みたいに、俺のことを面と向かって”愛している”なんて言わない女性だ。彼女も…俺も…弱い人間だ…。だから、共にいたいと思える。お互いを信頼して、励まし合って!俺達は、お互いを助け合って生きていくって決めたんだ。片方が片方を神のように救うのではないんだよ…!!」
「だからこそ、俺はファノンを裏切るような真似は出来ないと言っているんだ…!」
エリオット・アルテミスの言葉を…本音を聞いたアネットは絞り出すように…言葉を出した。恨みがこもった声で。
「妬ましい…。ファノンが妬ましくて仕方ない…。そんなあなたに選ばれたファノンが」
「妬ましくて、妬ましくて、息が詰まりそうでした…。このまま私の傍であなた達二人が幸せになっていく光景を見ていたら…きっと私はファノンを殺してしまう…。そう思って…スカーレット様の誘いに乗りました」
アネットが熱を帯びてエリオット・アルテミスに、彼を手に入れようと、話す。
「ファノンよりも、あなたが必要な女性は私です!」
「アネット…」
(熱を帯びている…。あの冷静なアネットが。まるで泣くように…)
彼女の両手が彼の頬を包み込む。そして、綺麗な紫水晶の瞳を覗き込む。
「あなたが、私の気持ちを知っていて、それを見ないふりをしていたのは、それが心地よかったからではありませんか…?私の好意が素直に心地よかったからではありませんか?」
「それは…!」
「あなたは残酷な男性です。ファノンを抱きながらも、私の視線で感じていたのではないのですか…?!セックスを楽しんでいたのではないのですか?」
「やめろ…!あの時の話はやめてくれ」
「エリオット様…」
やがて、アネットが彼に覆いかぶさるように、大きな岩の上で倒れた。彼は手首を縛られたまま、覆いかぶさるアネットを見つめることしか出来ない。
そして、優しく包み込むような口づけを交わすエリオットとアネット。渓流の流れる音だけが聴こえている。
熱を帯びだす口づけが激しさを増している。エリオットは瞼を閉じて、まるで麻薬のような頭が痺れるようなキスに夢中になってしまう。
彼女の左手が下半身のジーパンに伸びて来ていた。そこを容赦なく触り始める…。そして、ズボンのファスナーが開けられた。
「やめてくれ!アネット。お願いだ…!!」
「もう、フェラチオまでしてしまったではないですか…」
そうして、ズボンから出された分身を彼女は、また濃厚な口戯を始めた。まるで貪るようにそれを愛する。舌を目いっぱい使って。
「ここから、愛の蜜が流れてきている…。欲しいでしょう?エリオット様?私の花びらが…。いいんですよ…?突っ込んでも。私は構いませんから…」
「言ってください。命じてください…エリオット様。これを入れさせて欲しいと」
「言わないとこのまま、私が入れますよ」
「ううっ…アネット…。そ、そんなに咥えこまないでくれ…!アネット…」
「頼むから…」
彼の表情は、涙が滲んできている…。アネットはそれを見つめながら…最後まで、自らの口で容赦のない口戯で、彼が果てるまで続けた…。
「ああっ…!ああっ…!!」
深い森に彼の喘ぎ声が切なく響いた。その時、鷲が空を飛び、自由な空へ飛び立つ光景も、彼の目には映っていた。
力なく、アネットに連れられるように、また森の中を歩くエリオット。
彼はこう頭の中で思っていた…。彼の両目には涙の雫が流れている。余りのショックで。
(体が重い…。ねっとりとまとわりつくような不愉快な感触…。実際、身体をつなげた訳ではないのに…それ以上に犯された気分だ…。俺自身が感じている、俺が一番深く醜い部分を、嬲られた…)
「目的地に着きました。エリオット様」
彼らの逃避行の目的地にたどり着いた二人は、エリオットはここでアネットから…この歪んだエクレール家のはじまりの物語を語られることになる。