「つきました。エリオット様。どうぞ…」
「ここは…?」
「実家です。とは言っても引っ越してしまったので、本当の実家でもないですけど」
アネットはバッグから合鍵を取り出すと、その一見、何の変哲もなさそうな一般的な一軒家に彼を案内した。
すると、家の中から出てきたのは彼女の父に当たる男性だった。思わず中年の男性は彼女が久々に家に帰ってきたのを少し驚いていた。
「アネット!?お前、寮にいたんじゃ…?」
「ただいま。お父さん。食事とお風呂の用意を使用人にさせてくれる?」
「あ、ああ…」
「以前にも話したでしょ?担任のアルテミス先生。火事で焼け出されて困っているから泊めさせてあげて?」
その辻妻の合わない話を聞いているエリオットはただ茫然とするだけだった。何のことを話しているのか要領が掴めない。
「火事で?それは気の毒に。今晩は、ゆっくりとしていってくれ」
「は、はい」
「ここまで来るのにさぞや疲れたことだろう?今すぐに客間を整えるから、アネット、リビングにお通ししてくれ」
全く普通に見える中年の男性だが、エリオットから見ると、どうも瞳の焦点が合っていない様子に見えた。何と言うか…例えるなら幻想の住人となってしまっている…そんな風に見えた。
彼が背中を向け家の奥へ消えるのを確認した後、エリオットは質問をした。
「何故、あんな嘘をつく?」
「今夜はここでゆっくりとしていってください。今、何か飲み物を用意させますから」
アネットはそう言いながら、エリオットを拘束していた荒縄をここで外して自由にした。無残にも縛られた痕が生々しく残っていた。
そうして、リビングに案内された彼は、家を見渡す。とても普通な一軒家だ。流れている空気も全く普通そのもの。
(一目で見ると全く普通な家だな。全くどこにでもあるような田舎の家だ。しかし、一体どういうことだ…?さっき、腕を縛られていても何にも不思議に思ってなさそうに見えたけど、事情は知っているということか?だが…それよりも彼女と二人きりではないのが何より安心した…)
リビングに置いてあるクッションに身を預け、彼は思わずため息をついた…。
そうして、夕食の時間になった。エリオットは、アネットと彼の”父”という中年の男性と使用人を交えて食事を摂っている。
だが、この食事中で話される内容が彼にはとても気持ちが悪い内容だった。そう、何もかも話の焦点が合っていない話だったからだ。
「口に合うかな」
「え、ええ。とても美味しいですよ」
「久々の客人が来て嬉しいよ。こんな田舎では、滅多に客人が来ないんだ。必要な物は家政婦さんが持ってきてくれるとは言え、我が家は妻は外国で単身赴任中でね。娘は学生寮で生活していて独りきりでね。料理の腕を振るう機会もないんだよね」
その焦点が合っていない話に何か気持ちが悪いものを感じるエリオット。アネットはただそれを黙ってうつむいている。
「アネットが学生…?」
「中学生の娘に学生寮暮らしをさせるなんて、厳しい父親と感じるだろう。だが、アネットには一流の教育を受けさせたくてね」
「お父さんの手料理は美味しいわ」
「優しい子だな。お前は。そうだ。デザートに取れたての桃があるんだよ。皮を剥いてくる」
エリオットは茫然として、フォークとナイフが止まってしまっていた。そのことに気付いたアネットはこう説明した。
「彼にとって、聞きたくない事柄は聞こえません。見たくないものも見えません…」
ますます気持ちが悪くなるエリオット。全くどこにでもある家なのに、何かが大きく歪んでしまっている…。ずれている。何もかもが。それが堪らなく気持ちが悪い。
そうして、夕食を摂った彼は、この大きく歪んだ家からどうにか脱出できないものかを考える。
どうにかして、ファノンと連絡が取りたい。だが、どこにもそういう連絡を取る物などない。余程田舎なのか、近隣の家の明かりもない。今は漆黒の森が目の前に広がっているだけだ。それは深い闇へ連れていかれそうな程、濃く暗く、そして絶望の闇に見える。
だが、ここにいる方が余程恐ろしい。今、アネットを包んでいるのは青白く燃える冷たい炎のようだ。
そして、このエクレールの女たちのことを考えてしまう。
スカーレットは自分を最初からまるで実験動物にようにしか見ていない様子だった。だから、あっさりとその関係も断ち切ることも出来た。
アネットの青い瞳は、いつも切実で、感情に引きずり回されてしまう。彼女の顔と合わすと、このまま己を保つ自信がない…。
不意によぎる、アネットの舌の感触…。
こんなに恐ろしいと思ったことがない。女性の男性を求める想いの強さが。
会いたい。ファノンに。
朝日が昇れば、ここから脱出できるのだろうか?ふと、玄関のドアノブを握る。
だが、鍵がかけられている。内側だけではなく、外側からも。今度は窓を見る。どれもこれも厳重な格子が施されている。
まるで、ここは牢獄ではないか。
そう思い始めた彼に、アネットは”その通りです”と答えた。
「ここは牢獄になっています。どうぞ。私の部屋へ。長い話になりますから」
彼はためらうようにして、立ち尽くしている。だが、アネットは冷淡にこう答えた。
「安心してください。さすがに、父が眠っている部屋のすぐ横の部屋で、あなたを犯す勇気はありません」
アネットの個室に入るエリオット。そこはまるで学生が使うような雰囲気の部屋だった。机…ベッド…タンス…クローゼット。一通りの家具が揃った部屋だ。
「父が昔のまま、部屋を整えてくれているんです。ですが、父の時間は、私が中学生の頃で止まってしまいました…。母は既に亡くなってしまっています。ただの外国への単身赴任と彼が思っていたいだけです。知りたくもない現実は全て見えなくなってしまいました」
「ただ…時折、ひどく錯乱してしまうので、このエウロペの田舎に隔離しているのです。幸い、日常生活には支障はありませんから。使用人を一人雇えば十分です」
テーブルを囲んで向かい合うようにして、お互いに椅子に座るエリオットとアネット。
そこで、彼は核心をつく質問を彼女にした。ここなら、彼女も話すはずだと思って。
「聞かせてくれないか?アネット。”自分達の親の世代はいろいろ不幸が多かった”という理由を?」
「はい…」
彼女はそこで青い瞳を憂鬱そうに輝かせて語り始めた。自分達、エクレール家の歪んだ歴史を。
「もう…十五年以上も昔の話です」
そして回想が始まった。
『ファノン?アネット?そんなところにいて、どうしたの?もっと近くにおいで?』
『いいの?お母さん?』
まだ、若いファノンが心配そうに聞きました。その当時。彼女は13歳の少女でした。私は12歳の少女だった。
『お医者さんが子供が入って、疲れさせたらいけないって』
『中学生は、そんな子供ではないでしょう?』
そうして、金髪の美女が彼女達の顔を見て笑顔になって喜んだ。
『まあ…。まっくろね。毎日、川に行って遊んでいるからね。健康的な日焼け。素敵よ』
『アネットは肌は赤くなるだけなんだね。雪国生まれのお父さんに似たんだね。二人とも、お天道さまの匂い』
ファノンの母親であるアストレイア様はエクレール家の長女で、当主でもありましたが、生まれつき身体が弱くて、床に臥せっていることが多かったんです。
気の練れた穏やかな人柄で、人望も厚く、皆、彼女のことが大好きでした。特にファノンにとっては、彼女の心の支えでした。
『今度、そこの川の岩魚を釣って食べさせてあげる!』
『いいわよ。別に。岩魚がいる所は危険だから…ね?』
『別に平気よ!あんな所』
『アネット。ファノンが危ないことをしそうになったら、止めてあげてね』
『はい』
ファノンの母親への愛情は心酔と表現してもいいほどのものでした。それはファノンの存在の拠り所がアストレイア様だけだったからだと思います。
私達は本物の姉妹のように育ちました。ゆるやかで、穏やかな日々…。でも、澱みというものはどこにでもある…。
『いつ行く?』
『今日の午後』
ファノンがとある人物と廊下でぶつかった時でした。
『きゃあ!』
『あっ!』
『ファノン!』
『あんたは、フィオリナ家の…!』
『ファノン…?まあ、あなた。しばらく見ないうちに、ますますシルフィードお姉さまに生き写しね…!』
『うるせえ!クソババア!』
『ファノン!おばさまに何て暴言を!』
当時、この集落で噂になっていたのはファノンの容姿のことだったのです。年齢を追うごとに彼女はシルフィードに似て来ていたのです。
「シルフィード?」
「シルフィード・エクレール。私の母親です。実の母」
「叔母に似るのはよくあることではないかな?」
「ファノンの両親、アストレイア様とサリエル様が政略結婚というのはご存知ですよね?」
「…ああ。父親が”女神の皇子”の遠縁の男性という理由で、無理矢理という話は」
「結婚前なのですが、サリエル様には将来を誓った恋人がいました。それを”女神の皇子”の血に執着する先代…私達の祖母が引き離して無理矢理結婚させたのです。結婚後、すぐにファノンが生まれました。アストレイア様からではなく、別の女性から」
「サリエル様の昔の恋人は、私の母親。シルフィード・エクレールです」
「そう言えば、あの血の記録にも書かれていた。ファノンと君は、サリエルとシルフィード・エクレールとの間に生まれたと」
「そう。その通りです」
「そして、ファノンがそのアストレイア様の娘ではないとわかれば、当主を狙う連中は放ってはおきません。ファノンの母というか母親代わりの当主・アストレイア様の妹は三人もいました。そのうちの最有力候補がシルフィードでした」
『私、もう帰るね』
『もう?』
『今日はお母さんが帰ってくるの』
『…何で、フェニキア王国で一人で住んでいるのよ?』
『フェニキア王国の宮殿の執務が忙しいんだって』
『これみよがしな感じ。”自分が女王です”って見える』
『何言っているの?お母さんはただアストレイア様の代理で、女王の責務をこなしているだけよ』
ボール遊びをしていた時に、そのボールがシルフィードの下に転がっていきました。それを掴むシルフィード。
彼女はローズピンクのロングヘアーが美しい女性でした。
『アネット』
『お母さん!』
『おかえりなさい。今日も早かったね~』
『相変わらず、アネットは可愛いわね』
『フン』
背中を向け、不機嫌になるファノンにシルフィードは怒りがこもった声で怒鳴ります。
『叔母さんに挨拶くらいしなさい!ファノン!…またそのしかめた顔をする…!一体、いつまで反抗期なのかしら?』
『永遠にだよ!そこを通しなさいよ!オバン!』
『上等ね!出来るものならやってみなさいよ!』
『お、お母さん…。ちょっと、大人げない』
『ん?ファノンか?』
そこに馬車から降りてきたのは、サリエル・アルテミスでした。
『シルフィード…。珍しいな。仕事はひと段落か?』
『女王の執務は明日もあるから、適当に切り上げてきたんですよ』
『フェニキア王国の仕事は大変だな。義姉さんもお疲れ様です』
その光景を見つめていたファノンは思わず逃げました。子供心にあの二人は特別な仲であるという空気は漂っていましたから。
ファノンの父・サリエル・アルテミスは、”女神の皇子”の血を引く、あなた様の父・ラファエルの弟で、その姿は恐ろしいまでの不思議な美貌でどこか神秘的な雰囲気の男性でした。
当然、ファノンはその彼に反発の感情を抱いていたのは無理もありません。
『いい年齢をして、色気を漂わせるんじゃねーよ!あの尻軽親父!お母さんが具合が良くなくても平気で仕事に行くし、あいつに会う時だけは急に機嫌を良くしたりして、何を考えているのかわからない!』
『確かに、浮世離れはしている感じだけど、研究者だもの。少しくらい変わっているのが当たり前だと思うわ』
『私はアネットのお父さんが羨ましいわ。”普通”で』
『ファノン、これを見てくれる?』
『これは?』
『今から300年前くらいのこの辺の地図。”女神の皇子”の神殿とエクレール家の場所は当時からほとんど変わっていないの。神殿の方がエクレール家の屋敷より少し高い場所に建てられている』
『つまり、どういうこと?』
『より、天に近い方が立場が上ということ。位の高い神様を祀っているということ。それは社会的地位がそのまま場所の高低に反映される訳。”女神の皇子”がエクレール家に仕える神官と言われるようになったのは結構最近の話なんじゃないかと私は思うの』
『つまりは今ではヘスティアは、女性上位の世界として発展をしてきたのだけど…昔は男性の方が立場が上だったのかも知れないわね。”女神の皇子”とエクレール家は元々は同じ一族で、それが時代の流れによって、別々の一族として分岐していったんじゃないかな?元々は”女神の皇子”がその土地の王で、姉妹だったエクレール家が彼らに仕えていたと考えられるよ』
『実際、今でも薬草医学は信仰されているし、魔法だって信じられているけど、いつの間にか女性上位の世界になったのよ。でも女神の皇子の血が入るとその子は健康になるという伝承はあるわ。ファノンが健康そのものなのは、サリエル様のおかげでもあるのよ?』
『あの女にルーズな男がこの場所の王様?馬鹿抜かせって感じね』
『ファノン』
『最初は妹と付き合っていたクセに、親に言われたからってホイホイ、姉と一緒になって!』
『私はお母さんの娘じゃないと噂されるくらいなら、産んで欲しくはなかった!誰の子かわからないなんて、頭の弱いヤリ男じゃないの』
『私、思ったんだけど、フェニキア王国の図書館には”血の記録”と呼ばれる本があるらしいよね?なら…それを見せつけてやればいいんだわ!』
『ええっ!?あの本?それでもし、その本に、ファノンの母親がアストレイア様ではないって書かれていたら、どうするの!』
『あなたまで疑っているの!?』
『私はどちらでもいいって思っているだけ。ファノンはファノンだから、誰の子でもいいの!』
『私は嫌なのよ!』
ファノンは自らの出生の不確かさを呪っていました。焼け付くように。でも…サリエルとシルフィードとの関係に苦しんでいたのは、何もファノンだけではありませんでした。
『だから…仕事って言っているでしょう!』
『だからって!』
『帰る度に恨み言ばかり吐かれる私の身にもなりなさいよ!』
『シルフィード!』
私の家族は夫婦喧嘩が絶えない家庭でした。その度に父は、自分の妻であるシルフィードが、今でもサリエルと付き合っていると思い込むようになっていったんです。
『シルフィードは俺達が疎ましいのだな。やはり、サリエルのことを今でも…。みんな知っている。俺はサリエルより魅力的な男ではないからだと』
『そんなことないよ。優しいお父さんの方がいい。薬を飲んで少し休もう?お父さん?』
父であるアンソニー・スコットは、日増しに被害妄想が強くなっていき、それから逃げるように母は仕事に没頭するようになったのです。
『サリエルとシルフィードが昔、デートで使っていたというコテージがあるそうなんだ。時折、そこの明かりがついているって。きっと、そこでサリエルとシルフィードが会っているんだ。シルフィードに捨てられたら俺は…恥ずかしくて生きていられない!』
誰よりも”普通”の父親に見えるのに、誰よりも幸福そうに見える立場なのに、父は幸福にはなれない。いつも、不満とイライラと愚痴と恨みばかりを言って…どうしたら父はその”不幸”から脱出できるのか?そればかり考えていました。
そこで…
『ファノン。フェニキア王国の宮殿へ入城するための許可証を貰ってきたわよ』
『ありがとう!アネット』
『これは貸しだからね。今度、私の民俗学ネタをたっぷり聞いてもらうわよ~。この前みたく眠ったら承知しないよ?』
『三日三晩、聞いてあげる!』
そう。ファノンが、アストレイア様の本当の娘と証明出来れば、少しは父も楽になるのでは…と思ったのです。子供心に。
『約束して?ファノン。もちろん、私は母親がアストレイア様だと信じているわ。そう祈っている。でも…もしそうじゃなかったら絶対に私以外には誰にも言わないでね。表情にも出してはダメ。わかった?』
『うん…。わかった。それじゃあ…私、今からフェニキア王国へ行ってくる!』
『今から?学校はどうするの?』
『適当にはぐらかしておいて?』
『そこまで行く馬車代は?』
『この日の為に、客間の壺を売却しておいたわ!』
『……さすが、ね』
『ありがとう。アネット…』
『私…サリエルが父親なのは嫌だけど…あなたが妹なのは…別にいいよ』
そこで、聴こえてきたのです…。深い森の中なのに…女性が快楽で悦びの声を上げている声が…。
『ねえ?女の人の声が聴こえない?』
『鳥の鳴く声じゃないの?』
『ああっ…いいっ…。いいわ…。もっと…』
『やっぱり聞こえるわ』
私達が見た光景は…サリエルとシルフィードの激しい情事のシーンでした。
『もっと、腰を振って!サリエル…!』
『ああ…。いい花びらだ…シルフィード』
『あん!あん!いいっ!これ、いいよぉ…!サリエル…っ』
『俺と会わない間、他の男を咥えこまなかったか?シルフィード?好色な君が夫一人では満足できないはずだ…。本当にいい身体だね。シルフィード…』
サリエルが彼女の乳首を指先でいじりながら、自らを入れながら、淫らに腰を振って、こう囁いていました。
『君の旦那さんが妬ましいよ。もし、俺が君を妻として迎えていたら、ひと時も離れないのに…。片時も離れないで、こうしてつながっているのに。蛇の交尾みたいに…ね』
『私もよ。サリエル。あなたが夫だったら、一日中でもつながってこの最高の快楽を味わいたい…!あなたのセックスは最高過ぎるんですもの…!あなたを味わったら、他の男と寝られるわけがないじゃない…!』
『そうだね…。シルフィード…!』
『ああん!そうよ!もっと…深く、あなたを入れて!ああん!!もっとお!!激しくかき回して!中を思い切りかき回して!あん!いいっ!いいの!』
『はあっ…はあっ…シルフィード、最高だよ。君の身体も、心も』
これ以上見ていられない私達は黙って森の中を歩いていました。あの激しく乱れる二人のセックスが頭から焼き付いて離れません。
ただの父の被害妄想だと思っていたのに…。涙が溢れて、溢れて、止まりませんでした…。
『泣かないの…。アネット。私は…早くここを出るわ。私がどちらの子供だとしても、当主にはならないわ。当主になって、女王になったらまた、あんな淫乱な”女神の皇子”の息子と結婚させられるわ…!まっぴらよ!あんな…娼夫!』
『大学から…いいえ、高校からだっていいわ。この家を出ましょう。その時はアネットも一緒よ』
できない約束をしたと思いました。母はもう父を捨てた。サリエルしか見えていない。私まで父を捨てたら…。
そう思って家に帰ると、父がナイフでリストカットをしている光景が見えました。
『お父さん!』
『家政婦のレイアがサリエルを見たって。昨日はフェニキア王国に戻るって言っていた癖に!あの女とセックスをしているに違いないんだ…!!殺してやる…!あのサリエルを…!』
『あそこに行かないと。殺さないと!』
『お父さん。そんなことないわよ。お母さんはたまたま本家に用事があって戻ってきただけだよ…」
『だけど…!』
『そんなに気になるなら、私が見に行ってあげる。そのコテージを。お父さんは休んでいてね。いつもの薬だよ…』
離婚するようになっても、このままの状態が続くかも知れない。父にとっては地獄の苦しみでした。
父を救うには、一生、嘘で塗り固めていくしかない。父は虚構の世界で生きていく…。それは果たして人として本当に幸せなのか…?思い悩みました。
それとも、人生とは最初からそういうものなのかと。
ファノンはあの時の情事の光景の後、フェニキア王国の宮殿に行きました。だけど…思いのほか入国に手間取っている様子で…。
心が折れそうでした。
自分一人を守ることが出来ない無力な子供が、自分だけではなく父も守らないといけない…。
そう思って、あの情事のコテージに向かいました。荒々しい歩調で。
『…誰もいないみたい。馬車もないし。今日は平日だし、お母さんも、サリエルも、フェニキアの宮殿のはず…。いる訳がない…』
そのコテージは本当に古くて、誰にも見向きもされないような建物でした。手入れさえもされていない様子で、汚くて埃だらけでした。
そうして、周囲をすっと見て回りました。中を見たいと思って、何気なく調べたら…冬の灯油と火が付くマッチが置いてありました…。
そのとき、なんで、こんなことを思いついてしまったのか…。
「何を…?」
「こんな古いコテージ、一つ、無くなっても、誰も困らないって」
もし…ここが、二人に逢引の隠れ家なら、ここさえ無くなればお母さんもお父さんの下へ戻ってきてくれるんじゃないかと思いまして…。
灯油を、コテージの周りに撒いていました。こう思いながら。
『燃え移る家屋は近くにないし、ここが無くなれば、父が少しは楽になる…』
「そんな軽い気持ちで、マッチで火を付けて…焼き払いました…」
「それで…どうなったんだ…?君は?」
「もうすぐ、夜が明けますね。エクレール家の情報網は国家機関並。そろそろ、ファノンもここを突き止めるでしょう」
そこで、アネットはエリオットを思い切り抱き締めた。きつく。そして…想いを明かした。
「あなたを愛しています…。エリオット様。初めてお会いした時から、ファノンよりも以前から、あなたが好きです。エリオット様」
深いキスをする。アネットの真実の愛の口づけ。徐々に彼の身体を触り出す。背中を愛撫する。
「大声を上げてくださって結構ですから」
「あなたの下半身も少し盛り上がっていますし…。私は、あなたと一つになりたい。直接、つながりたい。私の咲いた花びらを鈍く貫いて欲しい。激しく私を求めて欲しいです…!」
アネットが少し濡れた花びらを、彼女が穿いているスカートの下のパンティー越しに濡れるのを感じる。それがズボンに包まれているとは言え、直接彼の分身に当たる。
彼女が、彼を攻め立て始めた…!熱を帯びて…腰を振って、彼女が彼を欲している。
「ここで服を脱いでお互いに裸になりましょうか?」
彼女が自ら纏う服を脱ぎだす。上半身裸になって、パンティーを下ろして。
そして、彼にその濡れた花びらを押し付ける。
彼が悲鳴を上げる。彼女の求める快楽という名の感情に流されそうになる。
「ダメだ!これ以上は…!」
(このままでは…俺はまた”快楽”という感情に押し流されてしまう…!彼女の”快楽”に飲みこまれてしまう…!!アネットの感情に押し流されてしまう…!)
そこに、ガラスが割れる甲高い音が聞こえた。乱暴この上ない暴力的な音が響く。
アネットは残念そうに呟いた。
「タイムリミットですね。もう少し時間があれば…」
アネットは急いでまた洋服を着始めた。
外の一軒家。辺りが深い闇に包まれた夜。屈強な男たちがバットを手に、家のガラスを容赦なく割っている。
そこには腕を組み冷酷に命令をするファノンがいた。手にしているのは鞘に収まった純白の長剣を両手に持っている。そこから殺気のオーラを出していた。
「やれ」
「チャイムを鳴らしてくれれば、素直に出ましたのに…。これでは父が怯えます」
「エリオット!」
「ファノン!」
「怪我はない?」
「どこにも」
「良かったわ…」
そうして、彼らは抱き合った。やっと戻ってこれた。君の柔らかい肌の中へ…。腕の中へ。
「エリオットは下がっていてちょうだい」
「アネット…。約束を果たしに来たわ…。最初は耳かな。その次は指か。楽に逝かせたりしない…!!」
「何をするつもりだ?ファノン」
「危ないから離れていて」
「アネットを斬るのか!?その長剣で?」
「こいつだけは許さない!こいつは一度ならず、二度も裏切った…!そのうえ、私の夫を誘拐までして…!!」
「疑っているのですね…。時代は繰り返す。ファノンの母親が、義理の弟と禁断の快楽を貪っているように…私とエリオット様とも…と」
「そう疑っているのでしょう?」
「どこまで話したの?エリオットに?」
「そこをどいてください。エリオット様」
彼女…アネット・エクレールは全てを悟ったように話した。
「最初から、逃げ切るつもりはありませんでした。…もう全部、終わらせたかっただけ…。二人の人間を焼き殺した…この人生を」