4-1 心に刺さる詰問
アネットの口から語られた衝撃的な過去の話の後、容赦のない彼女の愛への懇願の合間に、唐突にそれをかき消す、非情な音が響いた。
乱暴この上ない、ガラスを叩き割る音、乱暴な男性の声が月も星も浮かばぬ闇夜に響いた。
そして、アネットと共に外へ出たエリオット・アルテミスは愛する女性の腕の中へ戻ることが出来たが…。
彼女…アネットが話したこの台詞は彼の心に重くのしかかる言葉だった…。
「もう全部、終わらせたかっただけ…。二人の人間を焼き殺したこの人生を…」
そこで彼は気付いた。その二人の人間とは…サリエルとシルフィードのことだ、と。
(なら…その古いコテージには、サリエル・アルテミスとシルフィード・エクレールが居たってことか)
アネットは待ち望んだように、自分を殺すようにファノンに促す。もう今更、逃げるつもりもない。この世に未練もないという感じで。
「待っていたわ。ファノン。これで、おしまいにしましょう」
「望むところよ…!」
ファノンが鞘に収まった純白の長剣の柄に手を伸ばし、居合い抜きをしようと構えた時、エリオットはアネットの盾になった。
そのまま、彼女の前に立ち、殺害を防ごうとする。両手を伸ばし、彼女を…アネットを殺させまいとした…!
「エリオット!?何故、邪魔をするの!」
「何故だって…?いくら、親殺しの人間でも、殺害をするのはいけないことだ!」
「フェニキア王国の女王の権限があれば、いくらでももみ消せることよ」
「…君はいつだってそうだ。悪ぶっていて…だが本当は、人を傷つけて平気でいられるような人ではないのに…どうして自分が不幸になるようなことをするんだ…?」
エリオット・アルテミスの言葉に、強い憤りを感じるファノンが、更に冷酷な緑色の瞳になる。憎悪に滾って、憎しみに心を奪われそうになる。
彼らの言い争いを家から見ていたアネットの父、アンソニーがそれを見つめている。彼の虚無の瞳にあのローズピンクの髪の毛が映った瞬間、アンソニーは思わず、ファノンを抱き締めてしまった。
「シルフィード…。シルフィード…なのか?」
「お父さん」
「シルフィード…やっと戻ってきてくれたんだな。シルフィード!」
そのアンソニーの”シルフィード”という名前に過剰に反応をするファノン。憎悪に彩られた瞳が当惑に輝く。彼女はその目を見開いてそして全てを拒絶するように、その男性を拒絶反応を示した。
「やめなさい…。この男!!」
乱暴に抱き着く男を突き放すファノン。そして…こう言葉を吐き捨てるように言い放った。
「私はシルフィードではないわ!シルフィードの娘なんかじゃないわ!この二人を拘束しなさい!永遠に邪魔が出来ないように」
「はい!」
「ファノン!?」
「行くわよ。エリオット」
自分の手を引っ張る彼女の細い腕は震えが止まらないでいた…。”シルフィード”という名前を聞いた途端に、彼女は…何かとても恐ろしい”過去”を思いだしてしまった様子だった…。
エリオットから見ると、その顔はまるで…幼子が余りの恐怖で泣いている様子に見えた…。
(ファノン……?)
アネットの恐ろしいを通り越して、もはや歪んでいるという言葉すら出てきそうな”告白”からまる一日が経った。
彼は今、自室のベッドの脇に座って、靴擦れをしたかかとを自らの治療魔法で治療を施していた。
そこに使用人である女性メイドのいつもの二人が現れた。ナツキとライアの二人である。
「エリオット様。お怪我の様子は?」
「靴擦れだけだから、大丈夫だよ」
「わあっ…。私、初めて見ました。これが、治療魔法なんですか?」
「ナツキは見たことがないんだっけ?…そう。これが、治療魔法だよ」
エリオットは自らの左手に傷がある場所に掌を当てて、患部に白い光をあてている。そうすると、患部の細胞が活性化して、より早く傷口を塞ぐ働きを促進する効果を持つのだ。
この世界・ヘスティアではポピュラーな回復魔法である。名前はヒール。文字通り”癒す”である。
だが、そこでナツキは思わず、本音を漏らしてしまった。今まで感じていたアネットに対する感情を、彼に漏らしてしまう。
「それにしても…やっぱり、アネット様って恐ろしい方…」
「ナツキ。エリオット様の前で…」
「皆も知っていたということか?」
「そりゃあ、大事件でしたもの。中学生の女の子がコテージに放火して、二人も焼死してしまうなんて、凄惨な事件…」
その事件の話について、リーダーであるライアはこうエリオットに説明をしてくれた。
「シルフィード様とサリエル様の仲は以前から噂になっておりました。それが、あの事件で二人の遺体が見つかって、不倫の証明になってしまったのです…。ファノン様は目もあてられない程すさんでいらっしゃいました。エリオット様がいらしてからですよ。昔のように明るくて優しい瞳の輝きになったのは」
「ところで…アネットは…?」
「この敷地内にはいないわ」
ファノンの不機嫌な声が響いた。彼の私室に。思わず女性メイドたちは退室してしまう。彼女の激しい感情に、憎悪に耐えられなくて。
「あの父親もろとも、別の場所に監禁してあるわ。あなたはもう、二度とあいつの…あの女のことを考えなくていいのよ」
「彼女はどうなる?」
「エリオット…あなたは」
「君たちのやり方は、結構過激だからな。拷問とか平気でかけそうだし。もしかして、鞭打ち千回の刑とかするのか?」
「安心なさい。いくら何でも、それはやらないわ。…処分は次の親族会議で正式に決めることにしたわ。…私が女王に正式に選ばれた席で、身ぐるみ剥いで一族から永久追放をするわ」
「永久追放…!?」
「あいつが少年院から帰ってきた時にそうすれば良かったわ。奴隷としてこき使おうなどと考えないで。最初から貧困に突き落として、永遠に苦しめてやれば良かった。私達の王国では絶対に雇わない。前科のある人間をまともに雇う国がどこにあるって言うの?なら…殺せないなら、”社会的”に抹殺してやるわ」
「なあ…ファノン。俺はここに攫われて来た時、彼女に優しくしてもらわなかったら、耐えられなかったと思う」
「エリオット…」
そこで彼は今まで、彼女…アネットが苦しみ、もがいてきた人生を…思った。
自らの両親をあろうことか殺害してしまった事実。あの切実な青い瞳には、そんな悲しい過去があったという背景。
目の前で苦しんでいた自分を救ってくれた女性でもある…彼女に対して、自然と言葉が浮かんでくる。
「アネットだって…自らが行った行為で、自分の父を死なせているのだから、とても苦しんでいるはずだ。母を失った君の哀しさも苦しみも大変だったはずだが、彼女を憎まないでやってくれ」
(そう。実の姉妹なのだから)
ファノンは呆れたように呟いた。エリオットの呆れるほどのお人よしぶりに、呆れる。
「…本当に呆れるほどのお人よしだこと。あなたは。私が父親を殺されて、アネットを憎んでいると思っているなら勘違いしているわ。その件に関しては感謝したいくらいにね?」
「あの男…。淫乱な娼夫とその間にいたクソ女を殺してくれて。私がアネットを憎んでいるのは、アネットが私を裏切ったから」
彼はその”裏切り”と言う言葉にも重みを感じる。澄んだ紫水晶の瞳が悲しそうに輝いた。微かに憂いがこもっている。
(裏切り……か)
そこで、ファノンが上から目線で、彼の顎に触れて自分にその顔を向けさせて、冷徹な質問を投げかける。
「何故、アネットを庇うの?…アネットと何があったの?」
顎を掴まれて、自分の冷徹な緑色の瞳を見ることに恐怖を抱く彼は、そこで胸を痛める。あの逃避行の時にされた…嬲られたセックスが脳裏によぎる。
(何もなかったなどと言えるわけがない。アネットの口と指と舌で嬲られて、何度も何度もイカされて…。それに彼女の言葉…)
『ファノンを抱きながら、私の視線で感じていたのでないのですか?セックスを楽しんでいたのではないですか?』
(セックスを…いや、それ以上に嬲られた…)
彼はそこでうつむいた。悲しい紫水晶の瞳がそこにある。口を閉ざして、彼は視線を下に向けた。
そんな彼にファノンはこう代弁した。
「されたってことね。…嘘がつけない男ね」
ファノンがそこで彼に覆いかぶさる。自然とベッドに倒れ込む二人。彼は顔を背けて、ただ彼女の体重を感じていた。
「私は、母親のアストレイア様とは違う。自分の男が他の女に抱かれて、平気でいられる人間ではないわ…」
「うっ」
「ファ…ファノン…!?」
「どこを触られたの?どこを舐められたの?」
「そ、それは…!」
ファノンが何も躊躇せずいきなり口戯をした。一気にほおばる。彼を深く…深く咥えこんだ。
「汚いから、やめてくれ…!!」
「あなたのはすぐにいきり立つ。私があなたを最初に犯した夜からそう。どんなに嫌がっていても、相手がエクレールの女なら立つのよ。これが”女神の皇子”の身体。生まれついての娼夫の…!女をひたすら悦ばせる身体」
見下した冷酷な緑色の瞳のファノンが、更に言葉で拷問を…詰問をする。どんなことをされたのか。どんな行為をされたのか?
「この甘い蜜をアネットも舐めたの?…アネットの舌はどうだったのかしら…?指は…?あそこは?」
濁流みたいな詰問に混ざって、アネットの甘く囁く声が…心に響いている。あの熱を帯びた懇願が。
『言ってください…!命じてください…エリオット様。これを入れさせて欲しい…と』
「やめろ…!やめてくれ…!!」
「すまない…ファノン。すまない…」
彼が左腕をハンカチ代わりにして涙をこらえていた。いや…その声はもう泣いている…。
彼女がその腕をどけると、彼の涙が溢れた瞳が露わになった。涙が浮かんで雫となって、頬に伝わっている。
「あなたは私のものよ。エリオット。誰にも渡さない。他の誰にも」
瞳を閉じた二人は激しくキスをしながら、レイプのようなセックスに溺れ始める。彼を騎乗位で入れたファノンが狂暴に腰を揺らし始めた!
「うっ!ううっ!そ、そんなに激しく…っ!腰を揺らさないでくれ…!もうっ…ダメだ」
「あうっ…!」
「はあっ…はあっ…こんなに嫌がっていても…あなたはイクことが出来るのね?じゃあ…相手がスカーレットだとアネットだろうと簡単にイクんでしょうね!違う?」
「こ、こんな…セックス…」
だが、もはや無意識のうちに、彼は自分からファノンを責めるように抱き始める。後ろから挿入して、彼女の細い腰を掴んで、打ち付けてしまう。
「なら…もういい。俺が壊れるまで、そして君が壊れてしまう位に、責め抜いてあげる。他の女の痕跡が残らないくらいの絶頂を味わってくれ…!!」
「あああっ……!!」
「わ、私もまたイク…!!」
「そうだね…。俺を美味しそうにむしゃぶりついているよ!君の花びらは。気持ちいいんだろう…?」
「エリオット…!エリオット…っ!」
「はあっ…はあっ…はあっ…はあっ…」
彼が荒い息を上げている。しばらくすると強烈な脱力感も…。このまま倒れて、眠ってしまいたくなる…。
珍しく彼女の方が気を失うように、放心としているので、心配になって声を慌ててかけた。
「ファノン…?ファノン…!?」
「エリオット…」
お互いにお互いのことを自分達で客観的になる。ファノンはこんなにも自分が嫉妬深い人間であったことに。
エリオットは、これまで様々な女性に無理矢理、性行為をされる恐怖について。
二人して、背中を向けた…。
「私がこんなにも嫉妬深い女とは思わなかった…。あなただって好きで攫われたわけではないのに…」
そんな全裸で悲しむ彼女を、同じく全裸の彼が背後から、自分の身体に預けさせるように抱いて訊いてみた。彼女が大好きだった母親のことを…。
「聞かせてくれないかな…?アストレイア様ってどんな方だったのかを。君の大好きな母親のことを知りたい…」
背後から抱かれるファノンは彼に身体を預けて、そして少しだけ話した。
そして…ここから、彼女の”禁断の過去”も語られる。