「シルフィード・エクレールが、神聖娼婦だった?」
「そう。実は後で調べてわかったことだけど…エクレール家にもそういう”神聖娼婦”が存在していたの…。この神聖娼婦は他の国でも根強く存在しているわ。ヘスティアでは」
「……神聖娼婦にとっては、神に仕える彼女らにとってはセックスは神事と聞いたことがある。けして、一人の男に所有されない母権制のシャーマンだと」
「そうね…。まさか、でも相手が”女神の皇子”というもう一つの神官の家系の人間とは思わなかったわ」
「我が家の父と母は普通に恋愛結婚していたが、俺達・アルテミス家も実は近親婚による結婚がなされてきた一族だった。先祖にとってもアルテミス家の嫡子を確実に得るには近親婚が確実だと思っていたのだろう…。完全男系の一族ならば尚更だった」
「このフェニキア王国の夫婦は一夫一婦制だから、そんなあからさまな風習が守れるわけがない。だけど……サリエルは娘として君を愛してなかったのかな……?」
「愛されているとは思えなかったわ……。幼かった頃からずっと……」
『お父さん!いっぱい取れたわよ!』
『……男の子だったら、良かったのに……』
サリエルはいつも遠くを見ていて、どこか、ここから、囚われたこの籠の中から外へ出たいと思うような……誰にも心を開こうとはしない瞳だった。
呟いて出る言葉は、こればかり……。どこか、それは兄・ラファエルへの羨望もあったかも知れない。
ファノンは父の話を続ける。
「私は今でもあの男の笑顔を思いだせないの。異常なまでの先代の女神の皇子への血の執着で、風習を破って長女・アストレイアと結婚させたこと。これが全ての不幸の…そして歪みのエクレール家を作った元凶だったのね」
『海外留学?』
『そうよ。フェニキア王国の大臣の娘さんも高校から隣国、エウロペ王国の学生寮に入っていてね。あなたにもどうかって。すぐにでも転校できるそうよ。やっぱり名家の姉妹は一度はするものねえ』
『どうせ、アレス叔母さまの差し金でしょう?』
『よくわかったわね』
『アレス叔母さま。私はわかっていますわ。みんな、私がこの本家に住んでいるのが気に喰わないのでしょう?でも、なんと言われようとも、私はアストレイア様の娘です。私がここにいることは当然の権利です』
『そうねえ。戸籍上はそうだろうけど、あなたが本当はシルフィードの娘であることはもう一族全員知っていることよ?エクレール家の遺産はまだほとんどがお義母さま名義ですし、アストレイア姉さまやサリエルさんの遺産や保険金も大したことないじゃない?』
そこでアレスは不敵な笑みを浮かべ……嘲笑うように、言葉を投げかける。
『あなたは保護者もなく、収入もないただの孤児。高校でもすっかり孤立して話す相手もいないし、馬鹿にされているって聞くわ?あなたを仮にも守る親戚まで敵に回さない方が利口ではなくて?』
『ちっ!』
『ファノンさま!』
(学校での様子が叔母に伝わっているということは、学内に叔母に通じている人間がいるということ…!使用人も古い人間ばかりだからこそエクレール家の親戚と縁が深い。誰も信用などできない…)
恐怖で身が引き裂かれそうな程、震えるファノンは当時、自分にこう言い聞かせて、乗り切ったという。
(…大丈夫よ。きっと…お祖母さまなら、居場所を守ってくれる…大丈夫…)
そうして、悲惨な高校を卒業したファノンは大学へ進み、帝王学を学んだという。あの頃はとにかくがむしゃらに勉強ばかりをしていて、常に何かをしていないと自分がバラバラに砕け散りそうな気持ちがあった…。
そんな、毎日を送っていたらアズラエルとアリエルの母親が来て、ファノンにこう言葉を投げかけた。
『あんまりいい成績は取らない方がいいわ。アレスは既にこのフェニキア王国の次期女王に就任が決まった。例え長女の娘ではなくても、あなたは姪っこ。敵にもならないぼんくらだとわかればこの王国の役人は無理でも城に勤務する騎士くらいにはなれる。あなた、剣では右に出る者はいないからね』
『あなたも、女王の座の狙っているのですか?』
『私は末っ子だし、アレスが相手じゃ勝ち目はないわね。あなたがアズラエルと婚約してくれるなら、後ろ盾になってあげてもいいわよ。アズラエルもぞっこんだしね。あなたに』
『私はフィオリナ家への当て馬ですか?』
『当て馬でも、立派な役目よ。そうでなければこの家にあなたの居場所はない』
彼女はそこが学校だろうとお構いなしに煙草を吸った。そして冷徹な質問をする。
『それとも……誰も知らない場所で、たった一人で人生をやり直す?そんな度胸もないに……』
『今、ここで私が逃げたら!自分自身まで”母の娘ではない”と認めたことになるのよ!私はアストレイアの娘です!お祖母さまは絶対、次の当主に…私を指名してくれるはずです!』
『まだまだ、子供ね』
ファノンはその時のことをこう振り返っていた。祖母は病院で入院したまま寝たきりになり、月日が流れ、彼女は身の振りようも決められないまま大学へ進学して、アネットは少年院から出たらすぐにエウロペの親戚に預けれてしまったという。
理由は父親が心を病んで入院してしまったことと、もう一つは世間体が悪かったこと。それからアネットがファノンにはどうしても会いたくなかったこと……。
アネットは自分の母親と父親を殺してしまった親殺しを自分の中ではどう整理していいか、どう解釈していいのかわからなくなっていた。
祖母がそうして亡くなり、そして問題の遺言がここで話された……。
『ご当主の公式な遺書は以下の通りです。次代の当主は孫の代で”女神の皇子”に選ばれた女性にすること。女神の皇子の血を取り戻せ。期限は三年後の私の命日まで。女神の皇子が誰も選ばなかったら、資産のすべてをフェニキア王国に返上し、女王家の資格も返上すること。以上です』
『女神の皇子……だと!?』
『何故、今更そんな』
『逃げた女神の皇子の血筋を探せというのか?!』
『血が絶えているかもしれないのに?』
ざわめく人々の騒ぎをよそに、ファノンの心に残ったのは”絶望”だった……。
『お祖母さまも認めていなかった……。私が…アストレイアの娘ではないと。だから…こんな遺言を……何て、漆黒の孤独……』
それから日も浅いある日、ファノンはアレス・フィオリナが実はフェニキア王国の資産を私有して自由に散財していることを、その当時から活躍していたとされるマスコミやジャーナリストを金で買収して内部告発をしたのだという。
恐ろしい騒動になり、国民からは女王の座からさっさと降りろと怒りの矛先を向けられたのは言うまでもない。
もはやその頃の彼女は、冷酷な緑色の瞳しか存在していなかった。
『エクレール家の醜い膿をあなたが全部、引き受けてくださって良かった。アレス叔母さま。辞任していただけますよね…?』
『ファノン……まさか、お前が…?!』
『ええ……。記者や関係者を買収できるくらいの遺産はもらいましたので』
『この私を笑い者にして……どれほどの屈辱を…!』
『屈辱?それは私の言葉ですわ。まあ、利権の汚泥にまみれたあなたが女王をこのまま続けるより、清潔な若い女王の方が国民の理解を得やすいですわ。あなたがたが教えてくれたのですよ。自らの居場所は自分で奪い取るべき、と』
もう、彼女にとって世の中すべてが敵だった……。
何故、こんなことになってしまったのか……。父親が”女神の皇子”でさえなければ、私がこんなに孤独になることもなかったはずなのに……。
もう一滴の涙も出ない。泣くことすらできない。独りだと…ただ見渡す限りの荒野が続くだけ……。
そうして、彼女は、アネットに手紙を出した。戻って来いと。
彼女は手紙が届いて……すぐにエウロペからフェニキア王国に戻ってきた。
かつて生きていたエクレール家の敷地に見慣れない建物があるのを見たアネット…。ファノンが建てた別の屋敷だった。背徳の宮殿から出て彼女はそこで暮らしていたのだ…。
『宮殿から出て、屋敷を別に建てたのね…。どうして?びっくりしたわ…急に戻って来いって手紙が来て…』
『私の手紙、読んでくれたかしら…?』
『どうしても、ファノンに謝りたかったの。本当に申し訳ありませんでした。わざとファノンを犯人に仕立てあげようとした訳ではないの…。ただ、あの時は怖くて。自分だとばれないように細工するのに必死でファノンのことまで頭が回らなかったんです』
『その後、ファノンがどんな想いで生きてきたのか全部、伝え聞いています。私がしたことで、これほどのことが起きるなんて、浅はかだったんです……。私に償えることがあるなら、何でもいたします……』
『何でも?』
ファノンが見下した声で静かに怒りを燃やして、アネットの頭に自分の右足で踏んだ。傲慢に。
そして…静かに、だが冷酷な声で、何故、屋敷を建てたのか話した。
『私が別の屋敷を建てたのは、宮殿では一睡もできないからよ。エクレール家のすべての人間が、私はここにいるべきではない人間だと言っている。だから、私は必ず”女神の皇子”を手に入れて当主の座を奪い取るのよ……!!そうすれば、宮殿でも眠れるはずだわ…!』
『私からすべてを奪い取ろうとした奴らの頭に上に君臨して…一生、呪ってやる!復讐をして弄んで、思い知らせてあげる…!女神の皇子に執着していたあのクソババアも、淫乱で不実なあの汚い女も男も、私を選ぶはずの”女神の皇子”も…全部!!』
『……ファノン』
『アネット?あなたが私に償いたいのは自分の罪悪感を慰めるためでしょう?私がそんなこと許すと思って……?』
『何でもするなら、私の側ですべてを見ていなさい。これは、あなたが全て招いた結果。私がこの家を支配して呪い続ける様を見届けるがいい。罪悪感に苦しみ悶え続ければいい。あんたは一生、私の奴隷よ』
「だから、俺を誘拐して…」
「もうすぐ、親族会議があるわね。そこで、あなたが私を指名すれば夢が叶うわ」
「それが君の望みなのか?復讐することに、望みがあるのか!?」
「当主になることが、私にとっては”アストレイアの娘”であると勝ち取ったことになるのよ」
「それで自分自身を信じられることが出来るのか?!君は?君が”当主”とか”女王”になることにこだわり続けるということは、”自分が誰の子供なのか”ということを疑い続けることなんじゃないか?!それは”女王”になってからもずっと!」
「そんなことないわ!私は楽になれるはずなのよ!女王になりさえすれば……!」
「君が父親のサリエルを恨んでいるのに、その同じ血を引く”女神の皇子”である俺を夫にして怖くないのか?君は!?これから一生、俺がサリエルみたいになったと疑いを持ちながら生きることになるんだぞ?それに怯えながら生きるんだぞ」
「それが、本当に君が望む”楽になる”方法なのか?」
「わかったような口をきかないで!」
「ファノン!」
ファノン……!君は…。エリオット・アルテミスの頭の中は、その”復讐”が完遂される瞬間が浮かんでいる。その復讐の後、そこからはじまるのは”新しい復讐”……!
彼女が永遠にこの家を呪い、嘲笑い、高笑い、自分の掌で踊るものを弄ぶ光景だ……!
だが、そうやって自分の一族を呪い続けるのは、恨み続けるのは、果たして人間として”幸せ”なのだろうか?
だが、どうすればいいのか。いい考えが浮かばない。
確かに、俺は”女神の皇子”の血を引く人間だ。だが、神からのお告げらしきものは全然聞こえない。
どうすればいい?このまま、俺はファノンを当主として、女王として、指名していいのだろうか?
(どうすればいいのだろうか……?)
そうして、夜が更けていった。その夜は行為はされなかった。だが、彼の心の中は揺れているまま……。
彼女を指名したら…復讐劇は完遂する……そしてはじまる新しい復讐……。
(復讐で得られるものは何もない……。わかるはずだな?エリオット…。だから、人に復讐するのは…やめるんだ。それは憎しみを大きくしている行為でしかないんだよ)
昔、父・ラファエルは自分をいじめた奴に復讐をしようとした彼に言い聞かせてきた言葉が、これである。
そうか…。これが、鍵になる。事件を解決する鍵がこれになる。
わかったよ。父さん。俺に出来ることでそれを止めてみせるよ。
そうして、深い眠りへ意識を落としたエリオット・アルテミスだった。
翌朝、九時。
彼は、メイドのリーダー、ライアから、例の親族会議の日程を聞いた。
「エリオット様。親族会議の日程が決まりましたのでお知らせに来ました。明日です」
「明日?」
「ええ……。急な話ですが、アネット様の処分が急がれているようでして。あの……?」
「どうした?」
「ファノン様がここのところ、ずっと眠っていないご様子で…」
「ずっと書斎にこもったままだね…。俺に任せて。そういうのは得意だから」
「よろしくお願いします」
彼女は書斎にこもったまま、ずっと仕事に追われている様子だった。だがそれよりも、何より、明日の親族会議で運命が決まることへ恐怖を感じているのだろう。
だから、それを忘れようと何かをしていないと居られないのだろう…。
その前夜。彼はファノンの書斎へ向かう。手には淹れたてのハーブティーをマグカップに入れて、ソーサーを手に持って姿を見せた。
「失礼するよ……。ハーブティーを淹れてきた。今夜くらいは眠ってくれ、穏やかに」
「あなたは先に寝ていていいわよ」
顔も向けようともしない。だが、彼はわかっている。怖いのだ。自分を拒絶されることが。そして、当主の座に指名しろって強制させるのが嫌なのだ。
拒まれるのが、怖くて、不安で、そして今まで散々、自分がしてきたことを後ろめたく感じている…。
だけど……
彼は背後からファノンを抱き締めた…。そして囁いた、優しく…。
「抱いてくれないか…?俺を…」
「エリオット…」
「怖いんだ、明日が…」
「私の復讐で、何も知らない、あなたを傷つけたこと、血を流させたことも……犯して、悲しませたこと…全部本当にごめんなさい…。私は…」
「それ以上は、言わなくていいから」
彼は人差し指と中指でその瑞々しい唇に触れた。この上ないやさしさで。
「俺でも不思議に思っている。何故、君を好きになってしまったのだろう…って」
「お人よしだからよ」
「いや……多分、俺と同じ、弱い人間だから…だよ。人が人を好きになる時、正しいから好きになるんじゃない。強いから好きになるんじゃない。君の孤独を埋めてあげたいと思うから傍にいたいと思える…それだけだよ」
「私がエクレール家の人間ではなかったら、あなたが”女神の皇子”でなかったら、こんな醜い出逢いにはならなかったのに」
「でも、それがあったから出逢えた…。何があっても、忘れないでほしい…忘れるようなことをしないでくれよ…。俺は君の為にあることを」
二人で熱く抱きしめ合うとそのまま深い口づけを交わした…。これは偽の愛のキスじゃない。本当の愛のキスなんだ。
エリオットは彼女が纏う洋服を脱がせる。壁に押し付けて、やさしくふくらみを舐め始める…。優しく口に薄紅色の乳首を含む。甘噛みして、舌先で遊ぶ。
彼女がいつも仕事で使っている椅子に彼が座ると、彼女を誘った。
「裸になって、上に乗って」
「う、うん…」
彼らが椅子で身体を重ねている。椅子に座るエリオットの腰に、彼女がゆっくりと下に降りる。徐々に彼女が望む花びらに彼が入って行く…。
「あ…う…ん」
「ゆっくりと…腰を落としてごらん…」
ふくらみを触る。指先で乳首を優しく責める…。掌に広がる柔らかいふくらみの感触…それをしっかりと記憶に焼き付けるように、揉みほぐす…。
ファノンが切なく喘ぎ始めた…。彼は甘い吐息をついて、そして甘く囁く。
「すぐに濡れて、受け入れてきているよ…。きついけど、こんなに動ける……!」
「ああん。エリオット…っ。気持ちいい……気持ちいいよぉ……奥がすごく…」
「こんなに入っていると…君……子供が出来るかも知れないね…。すぐ、やめる…」
「お願い…このまま…最後まで……」
「ファノン…?」
「あなたが欲しいよ……全部」
「わかった……」
そうして、エリオット・アルテミスは後ろから激しく優しく腰を揺らし、最後は己の愛を彼女が望む花びらに思い切り、注ぎ込んだ。
こう願いながら。
(守ることができますように。大切なこの人を守れますように。アルテミス様……どうか、せめてこの人を……お守りください……)