とうとう来た…。来てしまった……。
女神の皇子と新たな女王が寝室に三日三晩籠り、愛を交わす「神寝の儀式」が。
それが始まったのは、既に夕暮れの五時。時計塔の鐘の音が儚く響いている。
女王となったアネット・エクレールは無垢なる白無地のドレスに銀色のティアラを冠して、静かにその時を待つ。
そして、彼女を女王へ指名したエリオット・アルテミスは手の込んだ衣装に今、着替えている。美しい紫色の光沢がある神官のローブ姿だ。
そして、最後に彼は教会にて洗礼の儀式を受ける。胸の十字架のロザリオを下げた神父が最後に彼に囁くように言った。
「月の女神・アルテミスのご加護あれ」
そして、彼らは顔を合わした。お互いに遠慮がちに目の前に広がる洞窟の前に立っている。
彼らの儀式を執り行う神官は、そこで「神寝の儀式」についての簡単な概要を説明した。
「お二人には、これから三日三晩、あの洞窟の祠の神殿に籠っていただきます。快適にお過ごし出来るよう調度品を整えておきましたが、何か入用でしたら神殿の鈴を鳴らしてくださいませ。常時、人を待機させておきます。食事は日に三回、お届けにまいります」
そうして…エリオットとアネットは、洞窟内にあるというアルテミスの神殿に足を運んでいく。
ひんやりとした空気が流れている。風に揺れる木の葉も聴こえる。いつの間にか、空が紺藍から漆黒へ移ろっていく。
二人は無言だった…。
彼、エリオット・アルテミスはこう思う。
(もう何も感じない…。心が氷になってしまったようだ。なんにも感じることが出来ない。泣きたくても、泣けないよ)
十分程歩いてたどり着いた神殿は、以前よく足を運んだあの”女神の森”の奥に建つ地下神殿だったのだ。
両方の端には暖かなオレンジ色の炎が燃えている。静かで心地よく、川が流れるせせらぎの音も聴こえた。
彼らは意を決して、神殿の中に入った。
快適に過ごせるようにきちんと柔らかいベッドが置かれている。レースのカーテンに覆われた寝室。風通しは良く、そこは涼しい風が吹いている。炎の松明が明るく照明の役割を果たしている様子だ。
処女神の彫像の傍には、それは大きな…大きな…紫水晶が置かれていた。神を祀るようにそれを祀っている。
「これが、本物の、女神の皇子のご神体です。私も初めて見ました…」
「これがね」
その神体の傍には、同じ紫水晶をへその緒で結びつけておいてある”お守り”みたいなものが鎮座している。何個も、何個も。名前も書かれているみたいだ。
「これは、何かのおまじないでしょうか?」
二人でその”お守り”に触れようとした瞬間。二人は手が触れそうになって、気まずそうに背中を向け合ってしまう。
そこで、アネットが口を開いてくれた…。
「私は…あなた様には指一本も触れません。このまま三日三晩、神寝の儀式を済ませたことにして、ファノンに謝れば許してくれるかもしれません」
だが、彼はそのアネットの申し出を受ける気になれなかった。彼は涙を流しながら言う。
「それは……できないよ。俺は、君にひどいことをしてしまった…。ファノンにもひどい仕打ちをしてしまった。俺と歩む人生などに興味も関心もない。意味がないから出るって去ってしまった」
「誰も、救えなかった。俺は君たちを傷つけただけだった。だから……アネット。君は俺を自由にしていい。それ程のことを君にしてしまった」
「彼女を……ファノンを縛る鎖を断ち切ったのですね。私を身代わりにして…」
「本当にすまなかった……。この家から逃げ去りたかったのは、君だっただろうに……だから…君は俺を自由にしていいんだ」
そこで、彼女、アネットは白無垢のまるでウエディングドレスのようなドレス姿で、頭の銀の王冠を外して、自ら膝をついて頼んだ…。優しく、彼に…自分を抱いて欲しい…と。
「なら……お願いがあります…。この三日間だけ、エリオット様の本物の恋人にさせてください……。例え、それが毒であろうとも、あなたが私にくれるものであればこの上ない程、甘い…!これから先の人生が、例え牢獄でも、地獄でも、孤独でも、私はあなたに抱かれたこの三日間の想い出さえあれば生きていけます…!許していただけませんか…?」
彼は、エリオット・アルテミスはその紫水晶の瞳を涙で滲ませて、彼女の青い瞳を見つめた…。見開いている瞳から涙が雫となって、彼女の頬にそれがこぼれていく。
そして、今までずっと言いたかった台詞をやっと言える相手に出会えた。嬉しかった、純粋に、自分を最後まで強引に抱こうとしなかった女性は彼女しかいなかったから。
「……結局、君だけだった……。最後まで、強引に俺のことを抱こうとしなかった女性は、君だけだったね……アネット」
「嬉しいよ。ありがとう、アネット。君に余計な足跡を残すかも知れないが……」
「それでも、私の…私だけの恋人になっていただければ…」
彼女も涙を流して、そして自分を切なく求めて欲しいと、彼に自分を抱くように促してくれる。
「私を求めてください……。切なく…情熱的に、私を」
「わかった…。アネット……!」
彼らはまず濃厚な口づけから始める。お互いに舌と唾液を絡め合って、弄んで、激しい口づけを交わしていく。
その内、彼はアネットの白無垢のドレスを破かないように、丁寧に脱がせながら、その度に口づけを交わして、瞳を情欲と切なさで濡らしていく。
彼も自分が纏う紫色の神官の服を脱いでいく。すぐに愛を交わせるように下着は着ていない。ただ、トランクスだけは穿いてきていた。
華美な装飾の紫色の服が、床に落ちていく。彼女の白無垢のドレスが一枚ずつ床に落ちていく…。
そして、キングサイズの柔らかいベッドに、彼女を横たわらせると、おもむろに彼は脚の指から丁寧に舌で愛撫を始めた。丁寧に舐める。
彼の健康的な桃色の舌が彼女の膝に這う。今夜の彼は誰よりも情熱的だった。激しい程に舐めて、その綺麗な紫水晶の瞳を濡らしていく。
下半身の足を全部舐めたら、次は胸から首筋まで、丁寧に舌で愛する。彼女の適度な張りのあるふくらみを舐めて、薄紅色の乳首を優しく舌先で遊んで、口に含んで、吸いこんだ。
「エリオット様…!」
「気持ちいいかい…?アネット…?」
「今更だけど……まともなセックスをしていると…自分でも思う……」
彼はアネットの身体を舌で愛撫しながら、自然と言葉も湧いてくるように話す。額には汗が滲み始めていた…。
「不思議な気分だ。あれだけ、散々身体を重ねてきたのに……こんなにゆっくりとしたセックスは生まれて初めて…なんだ」
「エリオット……。今は他の女性を忘れて、私だけを激しく求めてください……!!」
「そうだね。大事な場所の愛撫を忘れているな。いいかい?いくよ」
エリオット・アルテミスはアネットの足を大股開きにすると、彼女が望む花びらに激しく舌を這わせ始めた。まるで貪るように、花の芯を舌先で舐めて、彼女が望む快楽の蜜が扇情的な甘さを帯びている。
匂いを確かめるように、花びらに顔をうずめるエリオット。その匂いで覚醒した彼は、舌を今度はラビアの中へ入れて、こじ開ける。
アネットが悲鳴のような声を上げた。
「ああーーーっ!エリオット!!」
「美味しい……君のここは美味しいよ…!アネット…」
「あうっ!ああっ!すごいよぉ…!あなたに…煽られている…!」
「何回でも、イッてくれ…!この三日間で、一生分の快楽を味わって…!」
そして、一回目の絶頂が彼女へ襲い掛かる。まるで、悲鳴のような歓喜の喘ぎ声。喜んでいる。自分に抱かれていることに。それが嬉しい。
「はあっ…はあっ…はあっ…大丈夫か?アネット?」
「やめないで…はあっ…はあっ…お願い…続けて。あなたが果てるまで、何度も何度も」
「嬉しいよ……こんなに花びらが濡れている…俺の為に…。さあ、いくよ。入れるからな、奥まで届く位に一気に」
「あうっ!!ああっ…!!」
そして、彼らは熱く、深く、つながった…。そのまま彼は腰を踊るように巧みに振り出した。リズミカルに腰を揺らす。彼女が望む花びらはまるで蠢くように自分を放そうとはしない。
別の場所を擦ると違う快感が、頭に直接刻まれる。そのまま彼は腰を打ち付ける速さを変化させた。もう止まれない。
激しく腰を打ち付けるエリオット・アルテミス。彼の細身の身体が汗で滲み、芳香となって彼女の体臭と交じり始める。
「す、すまない!アネット…!もう、もう止まれないよ…!はあっ…はあっ…はあっ…」
「エリオット…!エリオット!」
「ううっ!!」
彼もまた一回目の絶頂に駆け上がり、そして一旦脱力するように彼女の身体の上で休んだ。
「はあっ…はあっ…すまない…!もう、やめる…」
「だめ…!まだ、私を抱いて…!お願い…!エリオット。気を遣わないで、続けて!」
二人はベッドの上で全裸で見つめ合う。情熱的に、官能的に、熱い瞳を向ける。
「わかった」
激しい口づけを交わして、ひたすらに身体を重ねているエリオットとアネット。彼は身体を重ねながらこう想う。
(黄金の満月の光……風に揺れる葉……水が流れるせせらぎに……もうすべてが溶けあって、俺には何にも残っていない…あるのはこの身に受ける”快楽”だけ……)
「くうっ!」
「あうっ!」
(ああ……男が女を抱くのか……。それとも……女が男を抱くのか……どちらなんだろうな……)
その三日間はまるで琥珀色の蜜のような時間だった。甘く…ひたすらに…濃い三日間…。
その間…彼らは食事をするのも忘れ…没頭していた。お互いに、お互いを、ひたすら求め、快楽の海へ身を心を溺れさせる。
「はあっ…はあっ…エ…エリオット…」
「生命力が削られそうな…儀式だね……アネット。でも、まだまだだよ」
彼らはうつ伏せで身体を重ねている。もう二人の身体中に汗がおびただしい量が流れている。真っ白のベッドのシーツは何度も彼の愛液が流された染みが残っている…。
アネットは漠然とした想いが浮かんできていた。
(挿入したまま、ずっと動かない。もう何時間経っているのかしら…?時折、大きな津波のような快楽が押し寄せて…でも絶頂へは達しない…。生殺しにされている…)
彼は自らを彼女が望む花びらへ入れながら、喘ぐように言葉を絞り出した。
「ずっと……昔から、こうして君と一つだったような気がする……既に決められていた運命みたいに…!それが…二つに分かたれようとしているなんて嘘のように」
汗だらけの彼は、更なる快楽の拷問の海へ溶かされようと、彼女へ必死に懇願した。
「もっと…懇願してくれ。アネット!腰を揺らせ、と。俺だけを欲しがって、ずっと求めていた俺を欲しがってくれ!もっと、もっと…限界まで」
「ああ……もう頭がおかしくなっちゃうよ……エリオット!もっと、頂戴!あなたが死ぬくらいに、私は欲しいよ、あなたが!」
「あうっ!あああ…!!すごいよぉ…!エリオット!」
彼はラストスパートをかけるかのように、腰を激しく揺らして、奥の聖域で暴れた。もう意識が危険な状態になっている…。朦朧としている。部屋の風景が歪んで見えている。
だけど……どうしても彼女が欲しかった。ずっと自分のことを待っていてくれた彼女。その彼女に足跡を残していきたい…!
その一心で交わり続けた。
「エリオット!」
「アネット!……君に、足跡を残していいか?!」
「あなたの子供ならいい!中に流して!何回でも、何回でも!」
もう、何度目だろうか?
彼女が望む花びらに、己の愛を注いだのは?記憶にない…。数えてもいない…。
最後は、彼らはお互いにまた激しい口づけを交わして、愛しい快楽の海へ溶けていった…二人一緒に。
三日三晩、彼らは文字通り身体をつなげ続け、四日目の朝が来る夜明け前……エリオットはタオルと水が入った桶を持って、最後にアネットの全裸の身体を、汗だらけになってしまった身体を柔らかいタッチで拭いてあげた。
水に濡らしたタオルで隅々まで身体を拭いていく。ふくらみを、彼の愛で溢れた蕾をそっと拭く。
最後に彼は彼女を抱きしめて呟いた。
「今までありがとう……。アネット。この背徳の宮殿で今日まで生きてこられたのは君のおかげだ…ありがとう」
そして、四日目の太陽が昇る…。神々しい太陽の光を浴びて、彼は名残惜しそうに呟いた。
「お別れの朝が来たか」
また、お互いに着てきた礼服を纏うエリオット・アルテミスとアネット・エクレール。
彼は去り際に、自分のファーストネームの「エリオット」の意味を彼女に伝えた。
「俺の名前のエリオットも、実は天使に由来する名前だったんだ。ミカエルとかラファエルの「エル」の部分を取って、そして愛称の為に「オット」ってつけられて「エリオット」という名前が出来上がったそうだよ」
「そうだったのですね」
「もう終わったんだよな。これで…」
「はい…。これで、晴れてあなたも自由の身です…。でも、何か私に手伝えることがありましたら、何でもおっしゃってください」
「……これだけ、彼女と君との想い出に溢れたこの場所で……もう今更戻れるわけがないよ。ただ……もし君に余計な足跡が残っていたらそれは本当にすまないと思う。俺は」
「例え、あなたの子供が出来ても、私は構いません。それで私に生きる価値を下さるなら、その子は中絶しないで産みます」
「今まで世話になった。ありがとう。アネット・エクレール」
「ご苦労様でした。エリオット・アルテミス教授」
「その”教授”にはまだなっているのかな?ここにいてもう一年近くになってしまっているから。でも、考えても仕方ないかな」
彼はそうして、またただ一人の遺伝子学の研究員へと戻った。
昼間の正午頃、”背徳の宮殿”から静かに去っていく、不思議な男性を目撃したという情報はまことしやかに流れる。
そうして……女神の皇子の波乱の”背徳の宮殿”での生活は終わり、祖母も実家に戻り、彼らはまともな外の世界へと戻っていった。