※この作品はR-18です。

女神の皇子   作:翔田美琴

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4-6 女神を継ぐ者

 エリオット・アルテミスという”女神の皇子”が去り、三か月……。

 背徳の宮殿から去り、城下町からも去ったファノン・エクレールは、荒れた生活を送っていた。毎日のように酒と薬に溺れ、自暴自棄な生活を送っている。

 彼女がいるそんな荒れた一軒家に、名目上”女王”となったアネット・エクレールが訪ねてきたのはそんな矢先の出来事だった。

 

「そんな荒れた生活を送っていることを、”女神の皇子”が知ったらどんなにお嘆きになることでしょう?ファノン?」

「アネット……!何の用なの?」

「エリオット・アルテミス様が行方不明になってしまったのです。我々エクレール家の情報網をもってしても見つからないの」

「その名前、聞いただけでも吐き気がするわ!私には関係ないことよ!」

「その言葉、偽りではないの?ファノン?……あなたの体内に、あの方の子供が宿っているという話を聞いたわ。実のところ、私も彼の子供が出来たの」

「あんたはどうするつもりなの?その子を産むの?」

「ええ。それが…女神の皇子の願いでもあったから」

「こんな……汚らわしい子供が出来たなんて…私は許せない」

「本当に、あなたは羨ましい人。散々、アストレイア様に甘やかされて育ってきたからね」

「何よ?」

 

 そこで、アネット・エクレールは手紙を差し出した。後、何かの手荷物も預かった様子だ。それをファノン・エクレールに手渡した。

 

「彼が去る前に私に預けていった荷物です。あなたに渡して欲しいって」

「いらないわ、そんなもの」

「いいから、受け取って」

 

 やや強引にそれを渡したアネットは、去り際にこう呟いて、ファノンの下から去った。

 

「エリオット様は私達エクレール家の穢れをすべて一身に引き受けて、去ってしまった」

「私は彼が残した”毒”を”薬”にしたわ。あなたも冷静になって、考えてみたらどう?あなたに残ったものを”毒”にするか”薬”にするかは、あなたが決めることだから……」

 

 彼女は侍女を引き連れ去って行った…。

 残されたファノンは怒りで、その手荷物を調べ出す。

 

「何よ!”毒”だの”薬”だの偉そうに言って!」

「こ、これは……」

 

 紫色の包みに入っていたものは、離婚届とファノンのへその緒の”お守り”だった。後は彼が彼女に宛てた手紙だ。

 彼女は手紙を読む。エリオット・アルテミスの思いのたけが書かれた手紙だった。

 

『女神の皇子のご神体の前に供えられていた物です。これは”女神の皇子”が我が子の健康を女神に祈願し、父親のサリエルが君の為に作った”お守り”だった。サリエルは君を愛していなかったわけじゃない。彼も彼なりに君を愛していた。だが、彼には彼の苦しみがあっただけ』

 

 ファノン・エクレールはその紫水晶で作られた”お守り”さえも投げ捨てこう怒鳴る。

 

「知るか!!許せるわけないじゃない!そんなこと!私はすべてあいつに奪われたのよ!!”女神の皇子”と呼ばれた娼夫共にすべてを!!」

 

 だが、そんな時……とある香りが漂ってきた……。

 ハーブティーの香りだ。彼女が台所に来ると、使用人のナツキが、かつてエリオット・アルテミスが”彼女の為に”に溜めて作ったハーブティーを淹れている光景があったのだ。

 

「すみません。あの、お嫌かと思ったのですが、もうこれしか無くて。以前、エリオット様がスカーレット様の家に引っ越す時に、ファノン様の為に作り置きしてくださったものなのです。でも…大丈夫かしら?私、ハーブティーは不慣れで。以前、エリオット様は”薬も毒の一種だから気をつけてくれ”って言われたもので」

 

 そこにアネットの言葉が聴こえた。

 

『あなたに残ったものを”毒”にするか”薬”にするかはあなたが決めることだから』

 

 ファノンは消え入りそうな声で言った。

 

「……して」

「はい?」

「ひとりにしてもらえない……?」

 

 そうして、キッチン兼ダイニングルームで冷静になるファノン。いつの間にか、エリオットは彼女の為にこんなにもハーブティーを作り置きしておいてくれていたのだ。

 自分には一切、何も言わないで。誰に言われたわけでもないのに。

 

(あの人、こんなに作っていたの?私の身勝手で誘拐されて、強姦されて、傷付けられて、血を流していながら、なのに何でそんなに私を気遣って…?)

 

 そしてひと口飲んだ……。

 

「でも、何だか前よりかは美味しい?」

 

 そして涙が両目から溢れて止まらなかった……。彼女は泣き崩れる。

 

(何で、私なんかを彼は許してくれたの?)

 

 手紙にはこう続いている。

 

『許してやってくれ。人の弱さや苦しみからくる過ちを、複雑さを。人を許すことが、君自身を許すことにもつながるということに。君が幸福になるために、生きるために、前に進む為に…許してあげてくれ』

 

 しばらくの後、ファノン・エクレールはもう一回、エリオットの祖母、アリア・クレアリスの下へ向かった。

 そして、また頭を下げて、今度はエリオットがどこにいるのか教えてもらおうとしていた。が、アリアは冷淡な表情で顔も向けずに食事を摂っている。

 彼女はまだ実家にいる。だが、エリオットの姿はなかった。どこにいるのかも八方捜したが行方不明のまま、時間ばかりが過ぎて行く。

 

「あんた、謝罪が好きな女なんだねえ。知らないよ。エリオットがどこにいるか、なんてさ」

「エリオットが行きそうな場所なら、どこでもいいので…」

 

 床に目を向けたまま彼女は頼んだ。しかし、この祖母から送られた言葉はこれだけだった。

 

「そんなにあの子に会いたいなら、あんたがいい方に変わりな。自分は何も変わらないで相手や周りに求めてばっかりなんて、傲慢はなはだしい」

「……目が覚めました。やっと…」

 

 ファノン・エクレールは優しい微笑を浮かべて、そしてその緑色の瞳を活気で輝かせ始めた。

 

「エリオットが私にくれたものを、”薬”に変えてみせます」

「おお。そうだ。あてになるかどうかわからないけど、あんた、その様子だと妊娠しているのだろう?だったら、最近、話題になっているフェニキア王国の街医者に会ってごらん?そこは産婦人科も担当しているから、頼りにはなるんじゃないかね」

「ありがとうございます」

 

 彼女は凛々しいスーツ姿だったが、下半身が膨らみ始めているのを見たアリアは、遠回しに”孫”が経営するクリニックの存在をほのめかしてみた。

 まあ、場所はあの子のことだから、人々に聞いて回って見つけることが出来るだろうね…。

 それでも、少しヒントを与え過ぎたかも知れないかな…と思ったアリアはため息をついた。

 

「やれやれ。あたしももう年寄りだねえ。放っておけばいいものを」

 

 そして、半年前のことを彼女は思いだした。

 孫があの”背徳の宮殿”から帰ってきた時のことを。

 

「アリア。戻ってきたよ」

「何だい?エリオット?あの”背徳の宮殿”から戻ってきたのかい?そのまま、アネットさんとゴールインしてしまえば良かったのにさ」

「何を言っているんだよ。俺にはファノン・エクレールがいるけど…。……でも向こうから離婚しようと言ってきたから確かにアネットとゴールインしてしまえば良かったかな」

「フェニキア王国の王立大学の方は正式に辞めたということになっているし、これからどうするんだい?お前は?」

「俺、医者になろうと思う」

「医者!?随分とまた無茶を言うねえ。一体、あんたの身に何があったんだい?」

「あの”背徳の宮殿”にいる時、思ったんだ。このラファエルとハニエルから学んだ薬草医学を持って、人々に役に立ちたいってさ。なら、今のフェニキア王国は医師が不足しているらしいから、俺は街医者になる。自分のクリニックを持って、街の人達の病気を治したい」

「医師の免許を取るって言ったって、最低半年はかかるよ?その間の生活費は?」

「それなら、アネットに密かに頼みこんで奨学金をちゃっかり貰っておいたよ。しかも、ここの家賃の助成もするってさ」

「あんた、ちゃっかりしているねえ。まあ、好きにやんなよ?その代わり、絶対にやるって決めたからには放り出すんじゃないよ?」

「ああ!」

 

 孫の変わりようには、祖母も驚いていたが、あの宮殿でそれを勉強してきたのだろう。自分の運命は自分で変えられるということが。

 

「あの子ならいい医者になりそうだね。けして、ヤブ医者にはならない。誠心誠意、患者に寄り添う医者になるだろうね」

「エリオット!」

「何だい?」

「ヤブ医者になったら、容赦しないよ!」

「怖い、怖い。アリアのことだから殴り込みされそうだ」

 

 そうして、孫は確かに宣言通りに、医師免許を取得して、フェニキア王国のある街に自分のクリニックを建設したという。

 名前は”セレーネ・クリニック”。内科、小児科、産婦人科担当の個人クリニックである。

 そして、独自の薬草医学と現代医学を組み合わせた独自の治療で、彼は評判の街医者になった。

 孫は多分、遺伝子学の研究をやめて、これからは医療に携わっていくのだろう。アルテミス家の血脈はきちんと彼にも受け継がれている。

 そう思ったアリアはもう一回、天国のラファエルとハニエルに呼びかけた。

 

「ラファエル。ハニエル。あんた達の息子はきちんとアルテミス家の使命を全うすると思うよ。だから……安心して天国であいつを…エリオットを見守ってあげておくれ」

 

 フェニキア王国の街の一つ。首都・フェニキアから少し離れた隣の街・アルヘイム。

 この街に、評判の街医者がいるという情報を貰ったファノン・エクレールは、その”セレーネ・クリニック”の初診を受けた。

 もう既に妊娠して六か月が経過しようとしている。そこで、きちんと医師の診断を仰ごうと待合室で待っていた。

 そして、彼女が呼び出され、診察室に入った時、捜している愛しい人と彼女は再会した。

 目の前にいるのは、あの独特の紫水晶みたいな色の銀髪と口髭と澄んだ瞳を持った壮年の男性がいる。医師の白衣を着て…。

 彼も思わず、愛しい人の名前を呼んだ。

 

「ファノン…!」

「お久しぶり……エリオット。会いたかったわ」

「後で二人きりで話そう。今は診療中だから…手短に終わらせる。いいかな?」

「はい。それで『先生』。今、私、妊娠中でつわりが少しひどくなっているんです」

「食欲は?」

「あんまり…」

 

 などなど、表向きの『診察』を終え、午後六時を回った頃、彼は”セレーネ・クリニック”の営業を終えて、自宅にもなっているそのクリニックの客室で、実にほぼ一年ぶりの再会を果たした。

 

「ファノン…君、どこで俺がここで街医者をしていることがわかったのか?」

「あなたのお祖母様が遠回しに教えてくれたの。このフェニキア王国のある街に評判の街医者がいるって。それで街の人達に聞いて回ったら、みんな、”セレーネ・クリニック”のことだという話を聞いて、やっと捜し出したの」

「でも、俺は離婚届を出して君に」

「出していないの。実は。証拠に持ってきたの」

「私はもう自力で幸福になろうって決めたの。幸福になるために全てを許すことにしたの…。父親のサリエルを、母親のシルフィードを、叔母たちを、アネットを、あなたを…、アストレイアの娘でもなく、女王になれなかった私自身を……。あなたが私を許してくれたように」

 

 ベッドで二人で並んで座っている二人。中の照明は、少し薄暗いアンティーク調の照明だ。だが、今夜は黄金色の満月が浮かんでいる。

 

「そうしないと始まらないの。幸福も、人生も。私が幸せになるためにどうしても、あなたが必要なの。だから……このお腹の中の子とあなたと私で……幸せになってくれないかしら…?」

 

 その台詞を聞いたエリオットは、涙を流して、彼女を思い切り抱き締めた。

 

「もちろん!待っていたんだ……その言葉を」

「エリオット!」

「久しぶりに、再会のキスを」

 

 二人はそうして、絆を確かめるように、お互いの唇に唇を重ね…身体も重ねだす…。

 ややあって、彼は呟いた。

 

「もしかしたら、このお腹の中の子は…双子かも知れないね」

「本当?」

「うん。きっと、双子だよ」

 

 そして、彼らが正式に夫婦になり、彼らの間には、双子が誕生した。

 一人はエリオットと同じ銀色の髪を持つ男の子。もう一人はローズピンクの髪を持つ女の子が。

 そうして、この夫婦はこのアルヘイムでも評判の仲良し夫婦になり、仲睦まじく夫婦で”セレーネ・クリニック”を経営していく。

 そして、幾年かの時が流れた。

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