とある日、アネット・エクレールの息子が10歳の誕生日を迎えた日のこと。
そのアネットの息子は母にこう問いかけました。
「ぼくのお父さんはどこにいるの?」
母・アネットはこう説明しました。
「あなたのパパは月の女神様に会いに行く為に、月に行っちゃったの。そこで、あなたが立派に、そして優しい人になるために、女神様を守っているの」
「だから……あなたも優しい人になってね。強くて、優しくて、感謝の心を忘れないで、元気に育ってね。エリオット」
その日はアルヘイムから、わざわざ彼女に会いに来た一組の家族がいました。
美しい銀色の短髪…場合によっては紫水晶のように見える銀髪の父と気高いローズピンクのセミロングヘアーの美しい母、そして父親そっくりの銀色の髪を持つ活発な男の子と、母親そっくりのローズピンクの髪の毛の元気な女の子の家族。
彼らは笑顔で笑いながら、フェニキア王国の首都・フェニキアに遊びに来た人達でした。
その夫婦は傍目からでも仲睦まじく、お互いを理解し合っている平和な夫婦でした。
「ねえ!ねえ!これがお城って建物!?」
「ああ。そうだ。そう言えば、初めてだったか?お城を見るのは?ジョフィエルも、ジェシカも?」
「うん。初めて見るよ!」
「久しぶりね。ここを訪れるのは」
「そうだね。元気にしているかな?」
「お母さんはここに来たことがあるの?」
「ええ。お母さんは実はここに住んでいたこともあるのよ」
「すごーい!どんなだったの!?」
「そうね~。生活には困らなかったけど、今の家の方が居心地いいわよ」
「何で~?」
「ジョフィエルとジェシカがいるから」
「お父さんもいるからでしょ~?」
「そうね~。その通りかも」
「完全にのろけているな~。ファノンは」
「さあ、入りましょう?」
あれから10年が経ち、フェニキア王国はだいぶ変わりました。時代の変化に合わせて。
そこはもう、女性上位の国でもなく、男女平等の国になりました。
彼ら家族が城に入ると、そこには女王となったアネット・エクレールと一人の銀色の髪を持つ男の子がいました。
まるで、ジョフィエルがもう一人いるような錯覚をするエリオット・アルテミス。
そこで彼は気付きました。この銀色の髪を持つ男の子は、自分のもう一人の息子だと。だけど、彼は何も言わないで、目の前にいるその男の子に話しかけました。
和やかな声で、名前を聞きます。しゃがみこんで目線も合わせます。
「君、名前は?」
「エリオット」
「……。そうか。おじさんも”エリオット”だよ?君と同じだね」
もう一人の息子は、何故か初めて会ったはずの彼が父親のような気持ちを抱きました。思わず彼は訊きました。
「おじさんは月の神様?」
面白い質問を投げかける、もう一人の息子に本来の父は優しく応えてあげました。
「いいや。どこにでもいる普通のおじさんだよ。でもおじさんはかつて、こう呼ばれていたんだ」
”女神の皇子”と。
「君のお父さんはお母さんが言う通り、月の女神様に会いに向かったんだ…。そしてそこに住むようになった。女神様を守る為に。そして、エリオット。君を守るために。目の前にいるおじさんはもう、どこにでもいるおじさんで今はこの子たちの父親なんだ」
「一緒に遊ぼう?」
「うん!」
子供たちが笑顔で打ち解けて遊んでいる光景を見る彼らは、久しぶりに会話を交わす。
かつて、”女神の皇子”を巡って、争った二人とその”女神の皇子”当人。
だが、もう醜い争いもない。争う必要もない世の中になった……。
そうして、幾百年もの月日が流れました。
あれから、異世界ヘスティアと私達の世界の境界線は曖昧となり、いつしかヘスティアという名前の世界は、大いなる時間の流れの中忘れられ、静かに消え去ったと聞きます。
しかし、ヘスティアでかつて、月の女神に仕えた神官の家は、血脈は途絶えることなく続いていったそうです。
そうして、人はついに本物の月に行くことが出来るようになりました。文明が発展を遂げて。
そして宇宙にも人が住み始めました。
そして、その世界に月に住んでいる一人の男性がいました。
彼は月の女神には仕えていませんでしたが、月で、愛する妻を、娘を、守る為に残りました。
やがて……壊れゆく世界に、その身を投げ入れ、歴史に名前を残した彼の名は……。
女神の皇子に伝わる代々の秘宝があります。
それを、エリオットは自分の息子へ、そして娘へ、伝えました。父から息子へ、受け継がれる”秘宝”。
それは……
”月はすべてを狂わせる魔力を宿す。月の光で狂った花は、月夜の水面に浮く花となり、儚い幻を映し出す…。月の女神はその狂った花を銀色の光で全てを癒す。狂った水面に映る花よ。銀色の光で自らを取り戻し、そして太陽の光で未来を照らせ”
これが、女神の皇子に伝わる……当たり障りのない…詩でした。
THE END