「むーしゃ、むーしゃ」と人だった物を咀嚼するまりさ。その額に穴が開いたと見えた次の瞬間、後頭部から餡を撒き散らして永遠にゆっくりした。
「ゆゆゆっ!?」
仲間の変わり果てた姿に騒ぎ出した周りのゆっくり達も、中枢餡を破壊され後を追う事になる。
(糞饅頭どもめ……)
偽装網に偽装材料を付けて狙撃を行っていた自衛軍の狙撃手は移動する。射撃特級は確かに素晴らしい。だが幾らゆっくりが餡脳とは言え同じ場所で攻撃を行っていれば、いずれは場所を標定される。細かく狙撃位置を移動する事が生き残る事に繋がると言えた。
上陸したゆっくりを迎え撃つ自衛軍にとって戦況は芳しくなかった。
人類の裏切り者――ゆっくりとの共生を唱える共生派のゲリラも後方攪乱で暴れており、自衛軍の展開は妨害を受けている。更に上陸した敵は橋頭堡を拡大しつつある。
ゆっくりはゆっくりしたゆん生を送るために生きている。ユーラシア大陸で草や虫を食べ尽くしたゆっくりは人の味を覚えた。後はイナゴの群れの様に手当たり次第に食べるだけ。
硝煙と餡子の甘い臭いが辺りに漂っている。潰しても潰しても新手のゆっくりが現れる。
陣地に張り付いていた部隊は悲惨だ。移動は出来ない。ゆっくりの叫び声を延々聞かされ続けた兵士達は頭がおかしくなりそうだった。
「なんなんだよ、あいつらは!」
見渡す限りのゆっくり。寄生型ゆっくりの取り付いたきたかぜゆっくりさえ居た。
なんとか敵を食い止めていた小隊機銃が止まった。銃声が途切れると「せいさいするよ」「じじいはしね」と言うゆっくりの怒声が聞こえた。
「弾が無い!」
射手の言葉に小銃を撃っていた男が怒鳴り返す。
「あほう! 腰の物はお飾りか」
弾の消費した兵士は超硬度カトラスを鞘から抜く。
「畜生、畜生。死にたくねぇ……」
涙を流す目には陣地に迫るゆっくりの姿が映っていた。
善行大佐の錯乱。それが5121小隊に届いたのは萩に敵が上陸した翌日の事だった。
芝村派閥の私兵扱いされている5121小隊は、学兵でありながら九州から引き揚げた後も部隊が残されていた。その立ち位置は微妙だが、有事にあって派閥の問題など些末な事だった。敵が攻め寄せた状況で戦う術を持つ者は、持たざる者の為に戦う。それだけだ。
山口県知事の独断で急遽編成された鷲宮師団に5121小隊は編入された。師団の戦車は人型やモコス等関係なく戦車大隊に一元化された。指揮の統一だ。
大隊本部に出頭した舞は辞令を受ける。
「芝村万翼長、貴官を5121小隊の小隊長に任命する」
有事の急な人事発令通知。命令は口達で行われたが、必要とあれば証明も防衛省から交付されると言う。
大隊長は自衛軍から派遣された大尉。骨董品の61式戦車を装備した学兵を指揮して九州を戦った。実戦経験者が持つ落ち着きに舞は指揮下に入る事を納得した。しかし疑問もあった。
「善行はどうした? あやつが小隊長のはずだが」
海軍大佐の階級を持つ善行が小隊長と言う奇妙な指揮系統で動く5121小隊。軍としては奇異な組織と言えた。勿論、芝村派閥のごり押し人事だ。
「善行大佐は錯乱した。現在、呉の軍刑務所に収監されている」
「なんだと」
思わず詰め寄る舞に大隊長は事情説明をする。
結論から述べると善行は第3戦車師団司令部で扇動し、西部方面軍司令部を襲撃した。すんなりと事が成った訳ではない。第3戦車師団司令部でも善行はやらかした。
「司令部は寄生型ゆっくりに乗っ取られています。速やかに排除しなければ我々、人類はこの戦に負けます!」
善行の発言に呼び集められた師団の面々は顔色を変えた。狂人を見る目付きだ。
「ふざけるな! 貴官の考えが間違っていたらどうする。海軍に指図される覚えはない」
作戦参謀酒見少佐は善行の言葉に激怒した。他の幕僚も同調するかの様に罵声を浴びせかけた。
「芝村の犬め!」
九州では芝村派が薩摩派と並び立っていたが、ゆっくりとの戦いで殆どが帰らぬ者となった。自然休戦期の予期せぬ攻勢、その後の戦線崩壊による九州の陥落。
バランスは崩れ陸軍では会津、薩摩派が幅をきかせており、芝村の影響は限られていた。
ここでも善行に耳を貸す者は少ない。
「臆病者」
そう言うと善行は腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。学兵の購買部でも売られている白式拳銃だ。
引金を引く善行の動作は軽く止める間もなかった。銃口から飛び出た9㎜パラベラム弾は本来の効果を発揮した。脳漿と頭蓋骨の断片、そして鮮血が撒き散らされた。
「なっ……」
突きつけられた拳銃に驚きの表情を浮かべたまま酒見少佐は額を撃ち抜かれて床に倒れる。そこには実戦経験者も居たが戦場から離れた後方の司令部。濃厚な血の香りに全員の感覚が麻痺した。
「師団長、宜しいですね」
善行の言葉に師団長は頷く。
「あ、ああ……」
頷かなければ自分が撃たれるとさえ思った。
酒見少佐を射殺した善行の強行に場の空気は飲まれた。なし崩し的に西部方面軍司令部の制圧が決定した。
「西本中将以下、司令部幕僚の身柄を拘束します。抵抗された場合の発砲は許可します」
命令下達されながら指揮を任された矢吹繁雄少佐は疑問に思っていた。
(九州の英雄……だけど信用出来るのか?)
突然現れて酒見少佐を射殺した善行。まともなではない。それ以上に胡散臭く思っていたが、上官の命令には従う様に教育されていた。それに善行の噂を聞いていた。芝村の私兵、懐刀と言われている。要望を断れば妻子がどうなるか。芝村の黒い噂が自分の身に降りかかる事を考えれば、選択は限られる。
官舎に残して来た妻と娘を思い苦渋の決断を下した。
「4中隊は尖兵として本部隊舎を包囲。中への突入、攻撃は待て。5中隊はモータープール、弾薬庫を、6中隊は正門、警衛所を抑えろ。武装解除した者は体育館に集めろ」
戦車の走行する轟音は駐屯地で珍しくない。しかしその日は違った。
戦車第3連隊第4大隊の74式戦車が司令部の建物を包囲した。歩兵一個中隊と迫撃砲小隊の増強を受けている。
92式歩兵戦闘車のハッチから上半身を出した善行は白い夏服姿で、ウォードレスを着た大隊の者と比べてミスマッチだった。
「何事ですか」
驚く当直士官に善行は投降を勧告した。
「私は海軍大佐善行。無駄な血は流したくない。武器を捨てて投降して下さい」
師団司令部の当直は小銃と機関銃程度の装備しかなく制圧は簡単だと思われた。
「善行大佐、何を血迷いおって……!」
「これは反乱だ」
駐屯地には正門以外にも出入り口がある。隣接する演習場に国道を跨がずに向かえる陸橋もその一つだ。中隊検閲の為に外来宿舎に泊まっていた歩兵第16連隊第12中隊が基通からの急報を受けて駐屯地に駆け付けた。
到着したのは僅かに歩兵一個中隊に過ぎない。しかしそれでも数にはなる。
94式小隊機銃の銃口が決起部隊を睨んでいた。12.7㎜の機銃弾はウォードレスを容易く食い破るであろう事は予想出来た。
方面軍司令部にまともな戦力はない。その前提条件が狂った。
中隊長の植村吾郎中尉は忌々しげに相手を観察する。装備は自分達と同程度。だが錬度は自分達の方が上だと感じた。
「あれは何処の部隊だ」
決起部隊を実質一個中隊で食い止めている相手。結果だけ見れば勇敢で称賛に値する相手だが、善行の命令一下で倒さなければならない。
「会津閥の16連隊ですね」
植村中尉は三ヶ月前まで九州にいた。独立混成第243大隊第4中隊として再編成された部下と共に潜ってきた死線の数は、本土で過ごしていた戦闘処女と比べるべくも無い。
「会津とは言え、味方と戦う何て本気ですか」
例え相手が弱兵だとしても、こちらも無傷とはいかない。
「善行大佐の命令だ」
「はぁ……」部下も乗り気ではなかった。
ゆっくりとの戦い以外に、足を引っ張る様な虫を飼っている訳にはいかなかった。西部方面軍司令部は包囲下にありながら断固として投降を拒否した。
駐屯地の外に所在する近隣の部隊に、可及的速やかな反乱軍鎮圧が下達された。それは試験部隊であっても例外ではない。
0101小隊の秋草一郎技術万翼長は寝ている所を起こされた。
多目的結晶の非常呼集で集まった隊員に、小隊長の堀立瑞希は不機嫌な表情で命令を告げた。
「相手は自衛軍だけど遠慮はいらないわ。彼らは反乱軍。速やかに西部方面軍司令部を圧迫する敵から解放せよ」
命令を受領した小隊の動きは早かった。彼らの商売道具である人型戦車を積み込んで西部方面軍司令部を目指した。