「最近どうよ?」
「……そうですね」
曖昧で抽象的な言葉、それでいて使い古された言葉である。
偶然スーパーでエンカウントを果たした大剣使いの少女、一歳年上となる少女に目を向ける。
そっと彼女が持つスーパーの袋を取り上げ、彼女の歩幅に合わせながら俺は暫し考えてみる事にした。
「あ、ありがと」
「……ん」
学校という物には生前良い記憶はない。
『加賀亮之佑』へと至る前の、俺が腐っていた頃は、一度も楽しいとは思わなかった。その精神を軟弱と罵る者もいたし、上から目線でアレコレと指図を出す輩も多くいたのを覚えている。
だからだろうか。こうして味わう事は二度となかったはずの学校は意外と悪い物ではなかった。好きな少女の制服姿を写真に収め色々な悪戯を行ったり、趣味で盛り上がれる有能な紳士淑女たちと遊んだりもした。これが楽しいかと聞かれると――楽しいと思える。
「――ああ、これが青春なんだな……と」
「……ん? まあ、いつも通りね」
「というか少し前にも部室に来ましたよね、先輩」
「まあね。……ほら、樹の凛々しい部長姿の方をアタシは見たいのよ!」
「しってる」
元勇者部部長・名誉部長、犬吠埼風。
讃州中学校を卒業し、晴れて高校生と化した彼女は声を高らかに告げる。
年月が経過しようとも薄れる事のない妹愛の深さ、重さについては俺も良く知っている。
それはかつて実妹、犬吠埼樹の声が散華した事が原因で怒りに呑まれ、大赦を潰すと決めた少女の決意の固さが語っていた。あの時の剣の重みは痺れる程に手のひらに残っている。命を懸けて、全てを敵に回しても、家族の為に戦おうとした少女の覚悟を俺は知っている。
「ところで亮之佑」
「はい?」
「せっかくだし、今日食べてかない?」
「ん……良いですね。風先輩のご飯、美味しいですから」
卒業しても、俺と風の縁は途切れる事は無かった。
高校生という色々と多感な時期であろう関わらず、明るく俺を食事に誘ってくれる。そういう優しい人であるのはそれなりに長い付き合いなので俺も分かっている。
「それにしても、最近少し寒くなってきたわね〜」
「そうですね……、こういう日は温かい物が良いと思うんですけど」
「へっへっへ……。旦那ぁ、そう言うと思って今日は鍋にするつもりなんですよ」
「鍋から締めのうどんね。凄く……良いと思います」
「でっしょ~? でもね、樹ったらすぐ太るだのなんだの言うのよ」
「……そこがまた可愛いんでしょ?」
「そう!!」
適当な茶番を繰り広げながら俺と風は夕暮れの中を歩いていく。
本日は学校があるわけでも、部活があるわけでもない普通の休日だが夜の光が世界を覆う時間は日を追うごとに早くなりつつあった。
どこか閑散とした寂しげな空気のある町を二人、同じ目的の場所へと歩いていく。
そうしてしばらく談笑を交わしていると、ふと風に連れられてコンビニに入る事になった。
「何か買うんですか?」
「うどんで思い出しちゃって。『うどんまん』なる物が出たらしくてさ……」
「……なるほど」
若干言葉を濁した風と暫し分かれた俺は店内を物色する事になった。
彼女のライフワークに関して俺は口を出せる立場ではない。よく食べる彼女ではあるが、美味しい物を食べる事で心身共に充実したいという気持ちは分かる。もしくは食べる事でストレスを解消しているのか。
「考え過ぎかな」
小さく首を振り思考を止める俺はなんとなく飲料コーナーに目を向ける。
以前よりも頻度は減ったが、それでもなんとなく酒缶が置かれている場所に目を向けてしまう。酒を飲むことで得られる酩酊感。癖になる感覚ではあるが依存する事だけはしなかった。
それは俺の周りに優しい彼女達がいてくれたおかげだろう。
彼女達が共に笑い、泣き、一緒に歩んでくれたからこそ、幾度も俺は救われているのだ。
酒よりも深く溺れ酷く依存しかけているという自覚がある。手放したくないと思っているのだ。
「――――」
そんな事を考えていると、ふと俺はスラックスに入れた携帯端末が震えているのに気付いた。
思考を止め、端末を取り出し画面に目を向けると園子から『NARUKO』経由でメッセージが届いていた。普段は家に来る頻度が多い分あまりツールを使わないので珍しく感じていると――、
『かっきーって実装されたら闇属性だと思うんよ』
「……?」
『きっと範囲系だと思うんだけど……かっきーはどう思う?』
「良いと思うよ……と」
――何を言っているのかよく分からないが、直感的に同意しておいた。
そんな風に端末を弄っていると、ふと此方に近づいてくる人影を目端に捉える。
先ほど分かれた風が買い物を済ませたのか、俺の元にゆっくりとした動きで近づいてくる。
「おまたせ、亮之佑。アンタは何か買わなくていいわけ?」
「いや、俺は風先輩を待ってたので」
「そっか。じゃあ、はい」
「……?」
合流した風と一緒にコンビニから出ると空は既に暗くなっていた。
小さく笑う風は小さな袋から白い物体を取り出し、俺に手渡してきた。
小麦粉を捏ね合わせ、拳大の大きさにしたような柔らかいソレは程良い温度であった。
「これは?」
「アンタなら肉まんかなって。奢りよ、奢り!」
「……、ありがとうございます、風先輩」
先輩と後輩の関係。
今更断るわけにもいかず、そっと薄皮に包まれた饅頭状のソレに齧り付いた。
ふわりとした生地、その中に包まれた肉の濃厚な味の調和に俺は静かに頬を緩めた。
チラリと隣を見ると満足そうな顔で『うどんまん』なる物を食す風の姿を捉える。
表情を見る限り、名前から想像させる不味さは無いのかもしれないと俺はそんな事を思った。
---
「そういえば風先輩」
「んー?」
今日の風はやけに抽象的だなと思いながら、隣に立つ少女に目を向ける。
エプロンを身に着け、慣れた様子で野菜を切る姿は若妻を彷彿とさせる風が準備を終わらせるのを見てから、ふと俺は話題作りの為に口を開いた。
「高校に入って彼氏は出来ましたか?」
「ぶふっ」
そんな事を尋ねると、唐突に風は漫画のワンシーンのように噴き出した。
此方としては軽い世間話のつもりだったのだが、彼女にとっては中々に突っ込まれたくはない話題であったのだろうか。
「え、あ、ま、まあね。アタシくらいになると、もう女子力が溢れて大変よ!」
「……風先輩」
「まあアタシレベルだとね……、女子力が高すぎて男が寄ってこないのよ」
彼女の女子力は遂に男を寄せ付けない程に強化されたのだろうか。
そんな事を追及すれば泣き出されるか、小突かれるか、怒られるかの三択なのが目に見えたのでそれだけは止めておいた。
「男達は見る目がないんですね。こんなに料理も出来て優しくて素敵な人なのに」
「ちょっ、ちょっと」
揶揄しているように聞こえるかもしれないが俺にとっては事実でしかない。
個性的な部員たちを纏め上げた部長、そして今も活躍している人類の希望である勇者の一人。サバサバとした性格ながらも責任感は強く、一人で抱え込む姿はどこか東郷と似ている。
「絶対良いお嫁さんになれるのに。俺が紳士じゃなかったら食べちゃうところだった」
「食べっ!? 変な事を言うんじゃないわよ、もう……」
絶妙に照れる風は、しかしどこか満更でも無いような表情を見せる。
樹と毛色が似ている金色、東郷ほどではなくとも衣服の上から分かる双丘は豊満さを伝えている。外見も中身も十分なほどに彼女は女性である事を意識させる。
「アンタ、そんな感じで友奈とか東郷とか、乃木とかに手を出したんでしょ!」
「……そんな訳じゃないですよ」
「はいはい。まあアンタはしっかりしているし、あの子たちを泣かせたりはしないでしょ」
「……もちろん」
風が言っているような事をした覚えはない。
イチャイチャしていたら身体が勝手に動いてしまったのだ。後悔はない。
ふと首筋にある指輪に触れようとする腕に口付けの跡を見つけ、無言で腕を後ろに回した。
「……」
「亮之佑って結構モテる方じゃないの?」
「いえ、そんな事はないです」
「えっ、そうだっけ? 前、ラブレターとか貰ってたじゃない」
「……まあ。でも知らない人に言い寄られても嬉しくはないので」
「なるほどね。あ、もう手伝いは大丈夫だから。テレビでも見てていいわよー」
「……」
犬吠埼家の台所を取り締まる少女の言葉に俺は引き下がらざるを得ない。
――得ないのだが、何故だろう。軽くあしらわれた事に僅かな憤りを感じる。
高校生になった事で精神的な優位でも得たつもりの少女は余裕ぶった表情で調理を進めている。
こうも容易く、――彼女にとっては丁重に扱っているのだろうが、扱われるとあってないようなプライドを刺激される。具体的には何か悪戯をしたくなるのだが。
「……」
「よしっ!」
とはいえ料理中の相手の邪魔をする気にもなれず、味付けに夢中な彼女を残し俺は台所から撤退する。リビングのソファに腰を下ろした俺はすることもなく黙ってテレビを点けた。
「……」
このまま風に養われたらとんでもなく自堕落な人間になりそうだ。
一瞬そんな事を思い、同時にそんな優しい姉がいる樹を俺は少しだけ羨ましく感じたのだった。
ついに犬吠埼姉妹に手を出す模様。男の明日はどちらだ!