――あの日から随分と時間が経過した気がする。
初めて加賀亮之佑と出会った日から、どれだけ時間が経過したのだろう。
小学校の頃、向かいに引っ越して来た彼。
インターホンを押し、初めて顔を見た時はなんて顔をしているのだと思った。
今にも死んでしまいそうな、弱弱しい表情に張り付けた薄い笑みを覚えている。
彼はあの年で既に独り暮らしをしていたのだ。
小学校すら卒業していないにも関わらず、家の事情で彼はあの家に一人だった。
そんな事情など分からず、ただ両親から同年代の友達が引っ越してくると聞いていただけ。
無邪気に話しかけ、笑いかけると、彼も愛想笑いを浮かべるが目だけは笑っていなかった。
それが何故か嫌だった。
だから、誰にも話した事が無かった友奈だけの秘密を。
押し花の為の花を探していた際に偶然見つけた桜を、彼にも見せたいと思った。
『――ありがとう』
初めて見せてくれた微笑。
作った物ではない。張り付けたような、仮面をつけたような愛想笑いではない。
本物の、おおよそ同年代だとは思えないような少年が初めて浮かべた微笑みだった。
少しドキドキしたが、それ以上に嬉しかった。
自分の行った行いは間違いではなく、目の前の少年を助ける事が出来たのだから。
彼は不思議な存在だった。
奇術師、手品師、芸達者。
紙を叩くとお金に変わり、ポケットからは花を出し、扇子からは水を出す。
転校生という価値も含めクラスメイトにも珍しがられ、彼が溶け込むのは早かった。
同年代の男の子と比べて随分と大人びており、男女問わず優しい人であった。
そして、会う度に友奈に優しくし、慈しむように亮之佑は友奈に笑い掛けてくれた。
揶揄われる事もあった。
その度に亮之佑は嫌な顔一つせずに、淡々とクラスメイトを黙らせた。
どれだけ彼が友奈を想っているのか、聞いている本人が悶える程に想いを語った。
明るくて、優しくて、可愛くて、勇気があって、少しお馬鹿な少女。
それが亮之佑にとっての友奈という少女への評価であった。
彼はそれからもどんどん格好よくなっていった。
頭が良い事は勿論、男女問わず優しく、エッチだけど看病は上手で、たまに口が悪いけど真面目な時に見せる真剣な顔は素敵で、辛い時には傍にいて寄り添ってくれた。
彼との付き合いが続いたある日、彼は腕を折ってしまった。
大した事ないと告げる彼の笑みは、いつか見た冷たく張り付けたような笑みだった。
心配で不安だった。それ以上に心の中で湧き上がる感情が彼を助けたいと叫んでいた。
初めて亮之佑と喧嘩した。
世間一般で言う喧嘩とは言えなくとも、お互いの意志がぶつかったのは初めてだった。
何よりも友奈にとって喧嘩をしてでも、空気を悪くしても助けたいと心から思った。
空気というのは大事だ。
喧嘩するよりは楽しく笑顔でいたい。
時には自分が緩衝材となることで不和を無くす事に尽力した。
ムードメーカーと呼ばれる事もあるが、友奈にとってその呼び名は相応しくはない。
ただ、険悪な雰囲気や空気というのは酷く苦手で、そうならないように動いただけだ。
粘って、粘って、彼の家に入り込んだ。
根負けしたと苦笑する彼に、助かったと口にする彼に、胸が熱くなった。
ぽかぽかするとか、太陽のような温かさという類の物ではなかった。もっとマグマが噴き出すような、熱く迸るような、ドロリとした言いようの無い物が胸を満たしていった。
それから、東郷と出会い、風と出会い、樹に出会い、夏凜と出会い、――園子に出会った。
バーテックスという人類の敵と戦いながらも、改めて手にした平和な一時は友奈の心に満ち溢れた。きっとこんな日々がいつまでも続くのだろうと、そう思って。
+
――私は悪い子だ。
そんな事を思うようになったのはいつからだろうか。
戦いが一段落して、次の戦いに備える為の準備期間の最中だった。
彼とのスキンシップは多い方だったが、それでもある程度の一線は保っていた。
ただそれは少しずつ、侵食していくように越えてしまった。その事に対して後悔はない。
彼はモテる。亮之佑はモテる方だ。
ただ、不思議と他の誰かと男女の仲にまでなる事だけはないという確信はあった。あったのだ。
それは何故か。自惚れでなければ、亮之佑は友奈の事が好きであると思って。
初めて彼に抱かれた時、妙に手慣れていると感じた。
それは段々と過激になっていくスキンシップだけではない、勘とも呼べる何か。
彼とそういう関係になって初めて、自分以外に彼が抱いた存在について察知出来た。
彼はモテる。だがそれだけ。
本当の意味で彼に最も近い女は限られている。
その様子を見れば、何となくだが理解出来てしまった。
同時に、心を過るドロリとした感情が、その思いを親友に向けた自分に嫌悪した。
東郷が亮之佑に向ける目線。
園子が亮之佑に向ける目線。
深緑色の瞳に時折宿す喜悦。
琥珀色の瞳に時折揺らす愉悦。
それは、その眼差しは、鏡で見たことがあって。
彼と行為をしているのだと感じて、理解して、明確に抱く思い。
嫉妬という名の思いを胸に秘めて、そんな自分に、酷く、吐き気を覚えた。
+
ぱちゅ、ぱちゅと水音が響く。
自らの結合部と彼の肉棒が触れる度に下劣な音が響き、快楽に脳が震える。
その度に自らの声とは思えない嬌声が飛び出る。
両親にすら聞かせた事の無い声が喉から転がり出る度に、慌てて口を押さえる。
その自らの反応を愉しんでいる彼はニヤリと嗤いながら友奈を虐めてくるのだ。
何度も、何度も。
何度達しても、飽きる事なく。
『友奈』
耳元で囁かれる。
その度に体中に浸透していく思い。
腰を揺すられ、恥ずかしい声を上げさせられる度に自らが塗り替わっていく。
耳朶を噛まれてあられもない声を上げる。
首を反らすとうなじを甘噛みし、背中を反らすと胸に吸い付く。
手慣れた動きで快楽を教わる度に、友奈の知らぬ『友奈』へと作り替えられていく。
ただ、容易く辱められそれ以上の快楽に溺れる度にチクリと胸中を過る思いが一つ。
経験する事で動きはより洗練される。ならばその経験は、一体、どこから得たのか。
――東郷さんとはどんな事をしたの?
――園ちゃんとはどういう風な事をしたの?
胸の奥で湧き上がる感情。
蓋をしてもなお何度も湧き上がる感情を呑み込み、唇を触れ合わせる。
そうして彼と身体を重ねる度に、甘く、暗く、切ない気持ちに囚われる。
恥ずかしい事を要求され、散々啼かされた。
彼は基本的に紳士だと言い張るが、二人きりだと凄く変態だった。
恥ずかしくなる程に身体は熱く、哀れなほどに顔を赤くし、厭らしい言葉を口にさせられる。
首筋を噛み付かれ、腋を舐められて、乳房に噛み跡を付けられた。
髪を撫でられ、お腹を頬ずりされ、恥毛の香りを嗅がれ、恥部から湧く蜜液を散々吸われた。
その度にみっともない声を上げて身体を痙攣させて、はしたなく法悦の空に上げられた。
そんな自分を見て悦ぶ彼に。
恥ずかしくも、どこか嬉しくなる自分がいた。
陰核を指で弄られて、自らの奥を怒張で擦られる度に視界に光が奔る。
喘ぎ、啼き、彼に与えられる快楽に絶頂を味わい、最奥を抉られる度に身体は仰け反る。
溺れる自分。哀れにも藻掻く自分を引き摺り込む彼に、時間を忘れ、思考を手放す。
抱かれる度に抱く考えは、その度に霧散していく。
優しく、厭らしく、友奈の身体を探索するように優しく彼は身体に触れる。
嫉妬も、嫌悪感も、優越感と快楽に塗り替えられていく。
――悪い子に変えられてしまう。
否、もうなってしまったのだろう。
亮之佑に、友奈は壊されてしまったのだろう。
行為を重ねる度に。
愛を深める度に、快楽は高まる。
「ぁ、ぁ、ぁぁ……ッ!!?」
我慢は許されず、声を上げる。
その度に血紅色の瞳に喜悦を混じらせる彼の姿に、言いようの知れない思いを抱く。
彼の体温を、彼の吐息を、彼の汗の匂いを、彼の怒張を、この身体は記憶し覚えていく。
それが酷く幸福に感じられて。
間違っているという言葉は霧散して、蕩かされていく。
『好きだよ』
囁かれる度に狂いそうになる。
情熱的に唇を交わし、指を絡め合わせ、彼の白濁を最奥で受け取る度に。
不健全であったとしても、彼に求められている事が嬉しくて、狂いそうに、なる――
+
裸で抱き合うと気持ちが良い。
そんな事を思いながら、寝台の上で痺れにも似た甘い甘い一時を味わう。
散々辱められ、はしたない声と粗相をし、何度も何度も彼は友奈の中に精を吐いた。
どうやら彼は友奈を虐めるのが好きらしい。
優し気な顔をしていとも容易く行われる行為を思い出し、僅かに顔が赤らむのを感じる。
汗と汗が混じり合い、お互いの匂いが混じり合う様は、夢ではないことを友奈自身に教える。
ふわふわ。
ふわふわ。
「私も、混ぜて欲しかったな……、なんて」
小さく呟く。
大切な物を得て、快楽を知って、少しだけ我慢する事を忘れてしまったのかもしれない。
無理やりにでも起こして欲しかったと、目の前で眠りこける彼の寝顔をジッと見つめる。
いつだったか、友奈の事を勇気があると言っていた少年。
そんな事はない。自分はいつだって怖がりで臆病な普通の少女でしかないのだ。
『貴方の為に、心を尽くします』
『私も混ぜて』
だから、あの時。
取られてしまうと、少しだけ彼女達に嫉妬した。
暗闇の中で琥珀色の瞳が此方を見る感情に、深緑の少女の言葉に、僅かにひるんだ。
タイミングを失ったと、そう言い訳をして、一人になった彼の部屋で自分を慰めるだけで。
そんな自分に嫌悪した。
そんな自分である事を、酷く、後悔した。
「――――」
繋がったままの結合部。
組み伏せるように腹が触れ合い、胸が触れ合い、一つの枕に顔を埋める。
裸同士で抱き合って晒された彼の裸体には、いままでの戦いで残った傷跡と、痕が。
首筋に三つの痕。
薄れつつある歯形は、まるで首輪のような鎖を思わせる。
三つの歯形、その正面に友奈は顔を近づけて、小さく口を開く。
ぴたりと歯形が合った。
当たり前だ。だって、友奈自身が付けたのだから。
「――――」
彼はきっと友奈を悲しませないだろう。
前例として、行動で示してくれた。それだけで十分だった。
『……それなら、きっと、大丈夫だよ、友奈』
とんとん、とお腹をリズミカルに叩きながら。
溺れ揺蕩う眠気の中で、子守唄のように語る彼の言葉を覚えている。
『きっと、――死ぬまで、ずっと一緒にいるから』
嬉しく思った。
ただ、少し嫌だとも思った。
言葉の綾だったとしても、『きっと』なんて言って欲しくは無かった。
「ねえ、亮ちゃん」
「……」
どこか疲れたように眠りにつく少年。
その腕に抱かれ安心感と同時に、少しだけ勇気を得る。
「これから先も、ずっとずっと」
貴方とお花見をしたい。
大好きな貴方とこれからも過ごして生きたい。
貴方に好きだと言われる度に、優しく微笑まれる度に、酷く胸が痛くなる。
こんな思いを抱いてしまうのは彼が特別で、きっと最初で最後になる確信があった。
――それほどに、どうしようもない程に、彼を、亮之佑を求めてしまっている。
「――――」
友奈は亮之佑の傍にいる。彼と愛し合っている。
独り占めしたいという暗い感情がある事は否定出来ない。
園子や東郷と愛し合っている事に対する嫉妬も少なくはない。
ただ、それでどうこうなる訳ではない。
友奈はきっと彼に壊されてしまったのだ。
あの戦い、空から降る殺意の雨に。目の前で死にゆく彼の微笑に。
『――好きだよ』
あの瞬間。
恐ろしいと思う程に、狂いそうな程の熱い熱い愛を囁かれて。
きっと、もう戻れない程に友奈は悪い子になってしまったのだ。
「――絶対に」
子供らしい悪戯だ。
独占欲とも呼べる感情が織りなす行為は、再び新しい噛み痕を彼に残す。
それで何かを得られるという訳ではないが、それでも少しだけ満足感を得た。
ふとカーテンもせずにいた窓からは、暗く果てない夜が地平線から侵食してきた。
「――絶対に放さないから」
もう、きっとなんて言わせない。
もう、躊躇なんてしたりはしないから。
だから、私を放さないで。
どうかずっと、私の傍にいて。
彼の腕に抱かれて、彼への沢山の愛を抱いて、彼に全てを捧げる。
いつもどこか寂しそうな彼に。友奈が与えられる物を全て。余すことなく。
そうしてこの果てなき夜に、彼に愛を囁かれ、身に余る幸福に心を震わせながら囁くのだ。
――どうか、貴方に愛を、と。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
あまり仲違いが起きる事なく(亮之佑目線)こうして奇術師は三股野郎になりました。
夏凜? 風? あれは少し火遊びをしただけですので……。