朝、ふと猛烈な違和感が右腕を襲っている事が原因で目が覚めた。
押しても引いてもびくともしない事に、夢見心地の中でその原因を探ろうと重たい瞼を開いて視界を確保すると、ふと白いキャンバスに描かれた黄金の稲穂を幻想した。
「……」
「すや……」
黄金の稲穂は少女の髪の毛であった。
幻想は現実で、現実は俺の右腕を枕にした彼女の寝顔が視界に映りこむ。
寝る前とは僅かに体勢が変わったのか、互いに一つの毛布に包まる脚やら何やらが絡まっているのが見ずとも感覚で理解する。そして左手は彼女の肩に触れているのを直接視界に収める。
僅かに布団の外に出ていたからか、左手の指先が冷えている。
それを認識し、急に寒気を覚えると同時に布団の中に戻し彼女の柔肌に押し当てると、小さく呻く少女の体温が僅かに左手に分け与えられていくのが分かった。
何となく彼女の長い髪の毛先を指に巻いたり、脚に絡まる剥き出しの腿肉を擦り合わせたり、起こさない程度に少女の身体に近寄り抱きしめたりして、『幸福』という概念の理解に努める。
偶然か少女も此方を抱き枕と認識したのか彼女の腕が俺の背中に回ると密着感が増す。
ふかふかだ。
園子の身体は、ふかふかだ。
至近距離で園子の整った顔をじっと見つめつつ、これではしばらく起きれそうにない事に気づき苦笑する。園子を引き剥がす気にはなれない。
彼女の柔らかくしっとりとした肌に触れながら、カーテンの隙間から覗く陽光に目を細める。
「最近、目覚ましよりも早く起きるな……」
「……くっき……縛って、……ころ……」
余談だが、園子は意外と寝言が多い方だ。
そうして暫く布団と少女の柔らかさに微睡みながら唯一自由な左手を園子の背中に回す。
滑らかな背中の感触を手のひらに感じながら彼女を抱きしめ返すと少女は吐息を漏らす。
「――――」
「すぅ……んぅ……」
長い睫毛が震える頻度も増えてきている。
感覚と経験的に彼女が目覚めるまであとほんの僅かであろう。
あどけない寝顔を見ながら、俺は右腕を彼女の枕にしてその時を待つ。
彼女の第一声は何だろうか。
朝チュンだね~か、おはよ~なのか。
いずれにせよ薄い唇の隙間から紡ぐ金鈴の如き声音が、俺が今日最初に聞く声となるだろう。
「ん、ん~……」
「……」
その琥珀色の瞳が自らを映すまで。
布団の中で、ジッと彼女の傍で、その時を待った。
+
「かくれんぼしよっ!!」
「いや子供か」
満面の笑みを浮かべて挙手する友奈に半眼でツッコミを入れる夏凜。
他にも東郷や樹といった面々が勇者部の部室に集合し、楽し気な会話をしている。
風は流石に毎日部室に来る訳ではなく、園子は大社に出かけて既に二日が経過した。
後頭部の髪の毛を揺らし友奈が告げる遊びの内容を知らない者は部室内にはいない。
『かくれんぼ』とは如何に自らの気配を消しバーテックスから逃げ延びるかを想定した訓練であり、実際に防人でも行われたというのは有名な話だ。
「いやいや、聞いた事無いわよ!?」
「落ち着いて夏凜ちゃん」
目端を吊り上げる夏凜を宥める東郷。
実は本日の部活、その中心となる依頼が偶然何も無かったのである。
そういった場合には自主的なごみ拾いやホームページの更新作業などがあるのだが――、
「しょうがないわね、友奈ちゃんは」
「友奈さんですからね」
友奈の親友である東郷は微笑を浮かべて足回りのストレッチを始めている。
かくれんぼにストレッチは果たして必要なのだろうか。怪我の可能性を低くするという観点から見れば重要なのかもしれない。別に走る訳ではないのだが。
スカートから覗く黒色のタイツの光沢をぼんやりと見つめると、東郷が視線に気づく。
「ふふっ……どうしたの?」
「いや、なんでも」
最近東郷の視線察知率が上昇している気がする。そしてその上で穏やかな微笑みを浮かべる心境について質問を投げ掛けたい。とは言え、流石に口に出すと此方が危うくなる気がするので、そっと彼女の曲線美から視線を逸らし別の事を考える。
「なんでかくれんぼ?」
「えっ? うーん、偶には良いかなって!」
外は寒く、普段ならば『鬼ごっこ』と言うだろうが友奈も自重したのだろうか。
既に放課後、あまり騒がしくしなければそこまで問題は無いだろうと思い東郷を見習いストレッチをしながら、どこに隠れるかの候補を脳内にリストアップし始める。
「ねえ、夏凜ちゃん。駄目……かな?」
「……しょうがないわね」
「やったー! じゃあ、私が言い出しっぺだから、私が鬼ね! ……じゅーう、きゅーう」
「はやっ!?」
毎回毎回ツッコミの為に声を上げる夏凜の律儀さから目を背け、既に部室を飛び出した東郷、樹の後を追いかける。背後から夏凜の気配を感じながらひたすらに早歩きを行う。
因みに『かくれんぼ』のルールは地方ルールと勇者部用の特別ルールだ。校内で行う場合は部室がある階のみ(園子考案)、走らない(東郷考案)というシンプルな構成である。
「にーい、いーち、ぜろ! ……もういいね」
足音を消し空き教室に隠れると、友奈の声が微かに聞こえる。
どこかに隠れた東郷たちを探し出す友奈の足音を聞きながら、俺は再度部室に戻る。
「りょーちゃん、とーごーさん、かーりんちゃん、いーつきちゃん、どこかなー?」
そっと部室の扉を閉めると声が遠ざかるのが聞こえる。
暫く時間は稼げるだろう、そう思い安堵の吐息をすると同時に、背後の扉が開かれる。
足音も無く突然開いた扉に振り向く余裕すらなく背後より何者かが背中に触れる。
その感触に思わず息を止めて――、
「――――」
「亮くん、みっけ」
見知った声音に吐息をする。
もしも彼女が包丁を持っていたら刺されていたなという益体も無い思考を抱きつつも微笑を浮かべながら振り向くと、先ほどまでと何ら変わらない制服と上にカーディガンを着用した東郷の深緑色の瞳と目が合う。
「――――」
「どうしてって? 亮くんの考えている事くらい分かるわよ」
「まだなんも言ってない」
「でもそんな事を言いそうだったでしょ?」
「……」
時々何を考えているのか分からなくなる少女は楽しそうな笑みを浮かべる。
青いリボンが巻かれた長い黒髪を揺らす東郷は最初からこの部室に隠れるつもりなのだろうか。緊急用に隠れるつもりのロッカーは確保した為、余裕のつもりだったのが、東郷には既に悟られている可能性が高い。
「どこに隠れるつもりだったの? 東郷さんは」
「そうね……天井とか」
「――――」
「冗談よ。例えばカーテンの裏とか、あとはロッカーかしら」
「まあ、妥当だよな」
そんな雑談を交わしながら、手持ち無沙汰になった俺は東郷の挙動を目で追う。
掃除用の道具などが入ったロッカーを背後に、周囲に人影が無いことを確認しながら東郷に近寄る。
「亮くん?」
「ハグしよ」
「えっと……、抱擁? 急にどうしたの?」
「人肌が恋しいなって。とうごにうむが欲しいのだ」
「あっ、ちょっと、もう……」
正面から彼女を抱きしめると、驚くほどに身体が小さいと感じる。
困惑したような口調で、それでも拒絶したり身体を離そうとはしないのは俺だからだろうか。
細い腰に回した腕、正面から抱きしめると少女の柔らかさと温かさに、少し心が和む。
「亮くんは時々強引よね」
「……でも? そういうところが~」
「調子に乗らないの! ……少しだけよ」
カーディガンと制服に包まれた彼女の肢体、衣服越しであろうとも抱きしめると分かる程に大きな双丘の感触が伝わってくる。艶のある濡羽色の髪の毛からは香料ではない彼女本来の香りが鼻腔をくすぐる。
おずおずと背中に回された東郷の手は、ぽんぽんとリズム良く優しく叩く。
「……少し背、伸びたでしょ」
「そうか? 最近測ってないから。東郷さんこそ大きくなったでしょ」
「私はそんなには……」
「そんな東郷さんは実は最近少し食べ過ぎてしまい、気が付くと……冗談だって」
「次変な事言ったら、吊るすわ」
「分かったよ。もう言わない」
特にお腹の防御力が増えた訳ではない東郷。
どちらかと言えば、実は最近防御力が増したかなというのは風だったりするが、割愛。
口を閉じ、代わりに背中に回した手をそっと下へ、スカート越しの臀部にそっと触れる。
「っ」
「……」
小さく息を呑む東郷のスカートの生地を舐めるように撫でる。
曲線美を描く尻肉、乳房とはまた異なる弾力が手のひらに伝わる。
「ぁ、ちょ……、いきなり……ッ」
「ちょっとだけだ」
抗議の半眼を向ける東郷に小さく笑い掛けながら指を動かし尻肉を弄ぶ。
困ったように肩を叩く少女を抱き寄せ、周囲に目を向けながら捏ねるように揉む。
ロッカーを背中に、部室の扉を見ながら抱き寄せた東郷のスカート内部に手を忍ばせる。
「……っ」
外部よりも僅かにむわりとした空間、そしてタイツに包まれた臀部を撫でる。
円を描くようにして尻全体を撫でまわし、手に乗る少女の尻肉は程良い重みを伝える。
少女の無意識に漏らす声を聴きながら痴漢をするかのように僅かにタイツを下ろす。
「ぁ!」
「……しー」
僅かに腰を震わせる少女、その背中側から手を回しタイツの隙間から下着を撫でる。
逆三角形の蜜処をなぞる俺の指の動きに合わせて抱いた少女の胸が上下し、結んだ唇から漏れるはずだった熱い呼気は声を隠すように鼻腔から漏れている。
「ぁ、んんっ……」
そろそろ友奈が樹を見つけた頃だろう。
時間的には厳しいが、もう少しこの少女を辱める為の悪戯はしたい。
「んん……!」
指の腹で肉芽の付近を擦ると少女は背中に回した腕に力を籠めて快楽に耐える。
徐々に湿り気を帯び始める下着の感触を指に感じると少女が僅かに顔を上げる。
痴漢行為を行う俺に対して、せめてもの抵抗なのか唇や頬、首筋を東郷は愛撫してくる。
「ぁ、っ、やだ……」
可愛らしい抵抗に応えるべく頬に口付けを行う。
ふと深緑の瞳を、僅かに頬を赤く染めた少女の顔を見つめると恥ずかしそうに顔を伏せる。
「~~~~!」
ちゅくちゅくと下着を少女の肉芽に擦り続けると、やがて少女は小さく身体を震わせた。
ピクッと身体を震わせる少女、そして至近距離でこそ分かる微かな雌の匂い、軽く達したらしい東郷は溢れんばかりの双丘を俺に押し付けて呼吸を繰り返す。
ぽたぽたと小さな滴が床に染みを作る。
学校で絶頂の余韻に浸る女のはしたない痕を残す。
そんな時だった。
背後のロッカーで何かがぶつかった音がした。
「……!」
「な、なに?」
「……さあ? 猫とか」
「そんな訳……」
ぼんやりとした表情の東郷だったが唐突な物音に我に返る。
ここがどこなのか、それを認識したのか様々な表情をコロコロと作りながら俺から離れる。
僅かに脱がしたタイツを元の位置に戻そうとスカートの中に手を入れる姿は何とも言い難い。
羞恥の表情と怒りの表情を入れ替え、スカートの中のタイツの位置を調整する姿は額縁に収めたくなる。そんな時、廊下から聞こえた足音と声に、逃げ場を無くした俺と東郷は互いを見やる。
逃げ場は最初から無かった。
「亮くん、あとでお仕置きね」
「授乳手コ……」
「吊るすわ」
「……さっき一人だけイった癖に」
「そ、それは……!」
「あー! 二人ともみっけ!」
「はぁっ、はぁっ……! 友奈さん、速いです……」
「――――」
樹の手を引っ張り部室の扉を開けた友奈は満面の笑みを浮かべている。
荒い呼吸をする樹は壁に手を付き、笑い掛ける友奈は此方に半眼を向ける東郷の後頭部しか見る事は叶わない。僅かに頬を赤らめる東郷は小さく咳をし、即座に友奈の方に振り返る。
「流石ね、友奈ちゃん」
「うーん、何となくここにいるかなって。ほら、犯人は現場に戻るって言うし!」
ちなみに勇者部の『かくれんぼ』は見つかった人は鬼の仲間になるというルールがある。
時間的な制約や面白さ等を追求した結果だが、四人の鬼に見つかっていないのはただ一人。
「夏凜ちゃんはどこ?」
小首を傾げる友奈と樹。
さりげなく足元の滴を靴で隠す東郷を横目に、俺は友奈に無言で手招きをする。
「……?」
とてとてと歩み寄る姿は子犬のように可愛らしい。
命ずる主人に近寄るメイドの如く従順に俺に歩いてくる友奈の手を引き、背後のロッカーへ。
「……ぁ」
「東郷先輩?」
何かを悟ったらしい東郷は顔を赤くし狼狽える。
此方を見やりパクパクと口を開閉する様は金魚のようで、顔が徐々に赤く染まっていく。
その様子に疑問を抱く樹に弁明の余裕が無いらしい少女を余所に友奈の薄紅色の瞳を見やる。
「……」
「……」
「……」
「ほんとに?」
「……」
「うん」
暫く目線のみで友奈と会話。
赤い髪の毛を揺らす友奈はそっとロッカーの扉に触れ、開ける。
「えへへ……。夏凜ちゃん、みーっけ!」
「――――」
既に潜んでいた少女に、顔が不自然に赤い少女に、無邪気な笑顔で友奈は告げた。
なお、夏凜の顔は赤く染まっていた。
同じく、東郷の顔も赤く染まっていた。
その後、俺は東郷にお仕置きをされた。
+
ずるずると汁音が響く。
麺を啜り、口内へと消えていく独特の食感、麺に含まれたスープが舌上で跳ね上がる。
「ん……うん」
ずるずる、ずるずるという音が響く。
それは自らが麺を啜る音であり、同時に隣の人物が奏でる音だ。
カウンター席の椅子に座り、白い蒸気が顔に掛かるのも気にせずレンゲで黄金色のスープを掬う。レンゲにメンマとチャーシュー、麺、スープを入れ、ミニラーメンを作るのは珍しくはない。
それは遊びのようだが遊びではない。
美味しくなければそんな真似などする筈がなく、何度かレンゲを黄金色の泉から掬い口内に送る行為に夢中になる。少し味の濃さに舌が慣れてきたら水を飲む。そして麺を啜る。
「旨いわね」
「……ん」
偶にはラーメンも悪くはない。
若い身体は容易く麺も具も汁も味わい尽くし、胃の中に納まる。
ほぼ同時に食べ終わったのか、ご馳走様と呟く少女はご満悦な様子だ。
「じゃあ、おっちゃん。二人分会計ね」
「えっ、いや、いいわよ」
「今回は布教したかったから良いよ。夏凜可愛いし」
「どんな理由よ……」
基本的に節制を心がけるが、偶に何てことない店に足を踏み入れる。
そうして昼ご飯にしようと決めた先で、美味い飯に巡り合えるのは少し嬉しい。
ついでにこの感動を共有すべく親しい友人と一緒に食べに来て思い出を共有するとなお良い。
「ここの海老味噌ラーメン、美味かったでしょ?」
「……まあ、そうね。美味しかったわ」
「マスターお聞きになりましたか?」
「……また来てくれ」
「あ、……はい」
白い手拭を頭に巻いた壮年の男性はサムズアップする。
手品と同じく突き詰めるのは食事も同様で、この店に通い続けた結果、常連客になった。
意外と波長が合い、偶に布教として友人を連れてくると喜んでくれる渋めの小父さまである。
サムズアップを返し、引き戸を開けて外に出る。
途端に冷風が首筋を撫でるが、ラーメンの効力により暫くは無効化されている。
「偶にはラーメンも良いだろ?」
「まあね。あとご馳走様」
「いえいえ」
律儀にお礼を告げる夏凜と共に夜道を歩きだす。
二人だけで。友奈も東郷も今頃は自宅にいるのだろう。今日はお泊りらしい。
「……で?」
「うん?」
夜道を歩いていると、ふと夏凜が口を開く。
いつもよりも声が小さく、僅かな震えが冷たい夜風に流される。
「……まあ、その、あんたがああいうのだってのは、分かってたけど」
「どういうのかな」
「変態よ、変態」
ありがとうございます。
罵倒する彼女に心の中で両手を合わせながら、ふと思った事を告げる。
「前から思っていたけど、夏凜って俺の事どう思っているの?」
「……は、はあ!?」
「いや、変な意味じゃなく、他己観察的な話だ」
色恋沙汰は夏凜との間で発生する可能性などまず無いだろう。
それは俺から夏凜への認識であり、夏凜もそう思っている。あくまで戦友だと。
とはいえ、戦友の前に男女であり、そういう状況にも発展しかけているのだが。
「まあ、あんたって自信過剰でカッコつけ、ナルシスト、悪知恵の回る変態ってとこね」
「わあ、素敵な評価だこと」
「だけど」
「だけど?」
「――、あんたなら一文無しで路頭に彷徨っても、きっと何とかできると思えるわね」
「……それはどうも」
反応に困る評価に眉をひそめる。
詳しく聞きたいが彼女にとっては終わった話なのか、小さく頬を赤らめる夏凜は声を上げる。
「そ、それで!」
「はい」
「東郷にしてたヤツ、あれって」
「……ああ、マッサージね」
「そうそう、マッサージ。……マッサージ?」
「そうだよ。マッサージ」
「……ふーん」
少女と横並びになって夜道を歩く。
向かう先は、夏凜が住まう場所。加賀家への道は少し戻らなくてはならない。
だが今日は戻ることは無いだろうという予感と、その的中は確かな物になりつつあった。
「夏凜もしたいの? 凄い解れるよ。あれよりも凄いのがあるよ」
「……そうなんだ」
「東郷さんにもした事ないような事とか……、あっでも、にぼしには無理か~」
「はあ!? 完成型勇者である私に無理な物とか無いから! 何でも来なさいよ!」
「じゃあ、する?」
「……」
「……どうする?」
「……」
夜道を進む歩みは止まらない。
――引き返す事は結局しなかった。