ゆらゆらと風に吹かれてカンテラが揺れる。
桜の大樹の一本の枝、そこに吊るされたカンテラが周囲を照らす。
仄かな光が映し出すのは黒髪、血紅色の瞳をした美少女だ。
喪服を連想させる黒い衣服は勇者服とは僅かに異なりながらも、その白皙の肌を際立たせている。黒、白、赤。シンプルな彩が彼女を作り、その色こそ彼女に相応しいとすら思わせる。
「……ああ、語弊があったね」
「――――」
「最初から座ってたか。申し訳ないが発言は取り消しだ。六股」
どこか含みを持った言い方、その一声に頬が強張る。
客観的な事実に、言い返しても毒にも薬にもならない。含んだ声音にはその行為を責める訳でも、行いの愚かさに憤怒する訳でも無い。
ただ客観的に、眼前の事実に嘲笑を浮かべるだけだ。
それはいつもの事だ。
ただ、気になる事があるとすれば――、
「いつの間に」
「うん?」
「……いつの間に、来たんだ。ここに」
彼女との、初代との契約。
この隔絶世界には代々加賀家に伝わる指輪を通じて行き来する。
契約内容は割愛するが、彼女は亮之佑を通じて世界を見る事を可能とし、亮之佑は彼女から戦う力とその知恵を借りる。そして定期的にこの世界で密談を行う。
だが亮之佑にはこの世界を来訪した記憶が無い。
指輪を使用した記憶も、使用に至るであろう動きも、動機も、時間も、記憶にない。
「どうなってる」
「――地獄の天国という言葉に聞き覚えは?」
「――――」
テーブルに肘を突き、髪の毛を掻き毟る亮之佑に初代は淡々とした口調で応じる。
その平然とした態度を見やり、亮之佑は意識的に深呼吸を行う。
慌てたところでどうにもならない。冷静に足らない脳味噌には酸素を送れ。
――大体、聞き覚えがあるかだと?
「……昔、誰かに聞いたな」
「目の前の美少女に聞いただろ?」
「美少女?」
「……そうだが?」
亮之佑の挑発にもすまし顔で答える姿は正しく本物。
自称美少女に違わぬ様相、挑発も皮肉も物ともせずに応じる黒髪の少女。
神世紀の人間との付き合いでは行う事の無い皮肉の応酬は互いに慣れた物だ。だが、本日は契約相手と戯れに来たつもりはない。
適当な雑談を行う前に聞くべき事がある。
軽口を叩きながら、回転する頭は簡潔に答えを導く。
「お前が呼んだのか」
「そう。……そんな目で見るなよ。寧ろ感謝して欲しいところだったんだが」
感謝。そう告げる初代。
唐突にこの世界に召喚される理由に心当たりは無い。
訝し気な顔を向ける亮之佑を、血紅色の瞳に映す少女は吐息する。
小さく吐かれた息は頭上に舞う小さな花弁を幾度にも回転させる。
くるくると錐揉み状に回転してテーブルに落ちる桜の花を見ながら初代は頷く。
「いくら若いと言っても、流石にギリギリだったね」
「は」
「神世紀始まって以来の腹上死になるところだったね」
「……、テクノブレイクって格好良いよな。服が破けそうな必殺技みたいで」
「酒池肉林と言えども、天罰が下ったんじゃないかな。肉体的に」
「神樹から?」
「――――」
沈黙を選んだ初代の態度に、亮之佑は血紅色の瞳を細める。
初代と同じ瞳、先祖返りとも満開の影響とも受け取れる瞳の色は元に戻る事は無い。
「いや、……自業自得じゃないかな」
「――まあ」
「うん」
二人、亮之佑と初代が正面から対峙し、お互いを見つめ合った。
冷たさを孕んだ夜風が肌を撫で髪の毛を揺らす。冷風が六股を行った男の頭を冷やし、この貴重な時間に行うべき事を思い出させる。
時間は貴重だ。この世界が現実よりも時の流れが遅くとも。
彼女は、初代は無駄な事はしない。
どれだけ毒舌家でも、クールを気取っていても、鼻で嗤おうとも、その行動には意味がある。
だからこそ、表面的な会話は止めるべきだ。
この世で最も近しい他人である彼女に、躊躇も遠慮も不要なのだから。
「何が言いたい」
「遊びもいい加減にしないと、死ぬよ」
「――――」
「お腹を刺されて、弄ばれたと泣き叫ばれて、キミは死ぬ。六等分に引き裂かれて、この二度目の人生を女に刺されて、……とにかく痛みと苦しみを持って死ぬだろう」
「っ」
どこか遠くを見るように、いつか辿る未来を見るように初代は告げる。
まるで見てきたように、過去の誰かの経験を見てきたかのように、少女は告げる。
脅しではない。忠告とも違う。
これは予言だ。彼女が告げる言葉に亮之佑はひどく喉が渇くような感覚に襲われた。
もしかして。
もしかしなくとも、ここが人生の分岐路ではないのか。
遊び人が死人になるのか、或いは別の道に向かう分岐点。
決断を迫られているのだ。
今、ここで、決断を下さなくては。
面談の場のように、将棋で王手を決められた時のように。
この世界で契約者が決断を行う事を、言外に亮之佑に迫っているのだ。
「女というのは時に『愛』という物のためになら、信念も性質も何もかも捨てて豹変する」
「――――」
「遊びたいのは……まあ、分からなくもない。だがその先の事も考えると良い」
「――俺、まだこんな歳だけど?」
「宗一朗のようにはなりたくないだろう?」
眦を和らげて、桜色の唇を震わせて初代は告げる。
その豊かな双丘に手を当て、長い睫毛に縁取られた瞳を揺らし、初代が語る実感の籠った言葉に亮之佑の心は酷く震えた。
宗一朗の事は、亮之佑の父親の事は、尊敬している。
その生き様は、いつか父親になるのだとしたら、こうなりたいと思えた。
だが、どんな人間にも欠点はある。
亮之佑の父親、いつか語られた若き頃の不倫と、その終わり。
その未来に刻一刻と近づいていて、お前もそうなると、後悔すると初代に諭されて。
「……」
「まあ、キミの人生だ。好きにすると良い」
そう締め括った少女はふと亮之佑に手を伸ばす。
手袋をしていない初代の手は冷たく亮之佑の頬に触れる。手のひらから伝わる親愛に息を呑む亮之佑を余所に、初代は亮之佑の前髪に指を絡ませる。絡ませて、少女は目を細めて言った。
「だが、こんな下らない事でボクを失望させるなよ」
黒色の少女が近づき、白い首筋からぷわりと砂糖菓子の香りが漂う。
徐々に顔を近づけて、鏡で見慣れた色の瞳を向けられて、甘やかな声音で少女は囁く。
巻き付けた細い指には亮之佑の黒髪と、見慣れない透明にも銀色にも見える――、
「――白髪になったら、そっくりだね」
+
意識の覚醒と共に途方もない倦怠感と疲労感に包まれる。
まるで腹部に包丁を刺されて、そこから命という名の血液が抜け出たような疲労感はこれまで体験した事の無い類の物だ。重み、重み、重み、重い重い重い重い重い重い重い――、
「ぁ、ぁー、ぁ」
自分が潰れるんじゃないか、脳裏に響く自身の危機的な状況下で必死に手足をばたつかせる。最低な気分だ。視界は薄暗いままで自分の状態も理解出来ず、緩慢な手足は動きが鈍い。
枯れた喉を呻かせて、必死に掴み取った栄養ドリンクのような形状の瓶の蓋を開けて、飲み込む。
ごく、ごく、と喉を鳴らして生きながらえる。
身体全体に広がる充足感は、俺に周囲を見るという余裕を与えた。
倦怠感は未だ絶えずとも呼吸を繰り返し、視界を暗闇に慣らそうとする中で、声が聞こえた。
「ぁ……?」
「んんぅ……」
「――――」
「……もう、私のだから……すやぁ」
声が聞こえた。
それも至近距離で、俺の胸元から声が聞こえた。
俺の身体を寝台にしてうつ伏せで眠りこけ、寝言を漏らす少女に目を向ける。
「その、こ」
自らの裸体を擦りつけて、どこか満足気な表情で眠る園子。
脚を絡ませて、睡眠で育てたのであろう豊かな双丘がふにゅんと押し付けられている。リボンは解かれ、長い金髪は乱れており、少女の寝息が僅かにくすぐったい。
薄暗い闇夜の中でも、僅かな月明りと闇に慣れた視界が極上の女体を映し出す。
柔らかな乳房も、抱きしめると分かる薄いくびれた腰も、弾力のある尻肉も。
この身体を味わい、好きにしたのだと思うと死に掛けの状態から回復する気がする。
「ああ……俺、生きてたのか」
地獄を生き延びたらしい。
快楽と、好意を持つ少女達による一方的な快楽地獄を。
俺の首元を涎で汚しながらもごもごと寝言を呟く少女の金髪を撫でる。
その姿を見ていると徐々に記憶が蘇る。
少女の身体を味わい、散々に吸い尽くされてそう時間は経ってない。
「ん……すぅ……」
「がっしり組み付いてやがる……」
あどけない寝顔を見せ、寝息を立てる姿からは想像できない。
先ほどまで淫らな声を上げ、愛液を滴らせ、騎乗位で子種を求めていた事など。
喜色の笑みを浮かべ、他の女達と共に雄の種汁を搾ろうと自らの身体を使っていた事など。
胸と胸を。
腹と腹を。
脚と脚を。
無意識なのか、自らの恥丘を怒張に擦りつけ熱い吐息をする園子。
僅かに身体を揺らし、むにゅん、むにゅりと乳房が形を変え、肉粒の硬さが伝わる。
髪の毛を乱れさせ、至近距離で眠りこける少女の形の良い耳に俺は小さく囁いた。
「あんなの、どこで覚えたんだ」
「……ぁ、どーじんし~」
「初めて××した感想は?」
「……んぅ……事実は小説より奇なり~……すぅ……」
「おーけー、だが園子。俺は攻められるより攻めたい派だ」
寝ている少女と会話しながら、やわやわと肉果を揉む。
僅かに情欲の色香と熱を残した女体の布団で暖を取りながら寝台の周囲を見渡す。
「お、あった」
恐ろしい程の倦怠感の中、辛うじて二本目のドリンクを見つけ蓋を取る。
爽やかなレモンの風味と炭酸が混じり合った甘露は冷たく、粘りついた唾液ごと喉の奥へと流れ込んでいく。ゆっくりと時間を掛けて瓶を傾け、喉を鳴らす。
「――――」
自らの生命が回復していく。
そんな事を漠然と思いながら、暫く手の中で特製ドリンクの瓶を回す。
途中からこのドリンクには助けられた。
成分が書いていないが気にしてもしょうがない。独特の味わいは美味であり、この夜を乗り越える事が出来たのは純粋な若さと雄の矜持と、特製ドリンクの効果に他ならないのだから。
ふと周囲の状況に目を向けて眉を顰める。
どしりと俺の身体に覆いかぶさっている女体と、すぐ近くで寝息をたてている猥らな姿をした少女が二人。シーツは汗と体液が混ざり、鼻腔を擽る淫靡な匂いは女の愛液と男の精を掻き混ぜたような性行為を物語っている。
肌と肌を触れ合わせ、暖かな人肌に吐息する。
左右にいる少女達は、寝息をたてながらも俺に擦り寄ってきた。
「ん、……」
左側で寝転がる東郷は此方を見るように横向きの状態だ。雪肌の如き肌を惜しげもなく晒し、寄せられた双丘が作る谷間には汗と体液が伝い、健康的な腹部と白濁と愛液の付着した黒色の薄毛と細い腿は、既に女性の身体として成熟している。
年相応な寝顔を見せる彼女は、どこか安心したように寝息をたてている。
「東郷さんが一番エッチだなぁ」
そんな東郷の腕には手錠が付けられ、両手は寝台の隅に伸ばされている。
肌を傷つけないように革製ではあるが、眠るには邪魔そうなので外し抱き寄せる。
「友奈は……」
「……ぁ、む」
最後に、腕や首筋に噛み痕を残した筆頭である少女、友奈に目を向ける。
シーツに髪の毛を広げ、あどけない寝顔を見せる姿は天使の如く。健康的な腹部や美乳、腿肉を晒し、良い夢を見ているのか口元を緩めている。
「2人がいいなぁ……くちっ」
暖房はつけてはいる。園子か東郷がつけたのだろう。
とはいえ裸体を晒して眠るには肌寒い。右腕で友奈を抱き寄せると、嗅ぎなれたシャンプーと花の匂いが鼻腔を擽る。そうして少女三人と密に暖を取り、辛うじて動く手で毛布を被る。
「両手に花だ」
倦怠感はともかく、頭の中は何処までも冷静だ。
自分が行ってきた行動、それらを振り返り、俺は思う。
後悔しない、その誓いを人生の指標としてきた。
だが、それは欲望に素直になるという事ではないのだ。その場の雰囲気で女を抱いて、結果的に逆レイプまがいの事をさせる程度には、少女達を少なからず傷つけたのだから。
「俺って、……」
最低だ。そう独り言を闇夜に呟こうとした時だった。
俺の携帯端末にメールが届いたのか、僅かに通知の表示が視界に映りこむ。
暗闇の中で僅かな光源となり得る携帯端末、その文明の利器の存在を忘れていた事を思い出し、手を伸ばし回収する事に成功する。
メールを開く。
夏凜からだった。
薄暗闇に慣れた身としては突然の光量に目を細めるばかりだ。そうして十秒程目を細め漸く光に適応した視界で、俺はその文面を読み取った。
――今度また家に来ない?
勘違いするなとか、違うからといった文を要約するとこうなる。
夏凜は決して馬鹿ではない。少し前に性行為をした事を考えて、それでも家に呼ぶという事は同じ状況になるのは必然であろう。それはつまり、自惚れでなければ――、
「――――」
携帯の電源を切った。
光は途絶え、ブラックアウトした端末の画面には見慣れた男の顔が映りこむ。
見る者を惹きつける血紅色の瞳、母譲りの黒髪と、そして僅かに増えた白髪。
「あー……、寝るか。美容と健康の為に」
既に時刻は美容どころか健康を損ねる時刻だが。
クリアであった思考も、徐々に眠気に侵食され始めている。
苦痛であった倦怠感は疲労感と混ざり合い、女体の体温と相まって瞼を重くする。
たまには契約者の言葉を聞き入れても良いだろう。
浮気して刺されるのはフィクションの中だけであって欲しいから。
六股を達成した奇術師。
今後増えるだろうか。増えたらただでは済まないだろうか。
そんな性懲りもない欲望と思考が闇夜に溶け混ざり、意識すら掻き消える。
鼻で呼吸すると、ぷわりと漂う少女達の色香。
明日見る彼女達は、一体どんな顔をしているのだろうか。
この監禁ごっこが終わっている事を祈って、俺は少女を抱きしめて眠り――、
「おやすみ」
声が聞こえた。
ぽつり、と静寂の夜に、少女の囁きを聞いた気がした。
六股挑戦編は以上でおわり。
ちなみに夏凜の誘いに乗れば、まあ昼ドラね。浮気はやっぱり駄目だね。
二股って聞くとサイテーってなるけど、三股とか六股ならおおっ! ってなる。
ここまでお読み頂きありがとうございました。気が向いたらリクエストとか番外とかひっそりと……。