「あれ、亮くん!」
学校が終わり、今日は勇者部の活動もなかった為に解散した放課後の事だ。
自宅に帰り制服から私服に着替え、御用達のスーパー諸々で買い物中に声を掛けられた。
白を基調とした洋服の上から水色のビスチェを着る少女、長い黒髪と深緑色の瞳が特徴の少女だ。
「――東郷さん」
「こんにちは」
「ああ」
振り返ると目に映り込む美少女。
穏やかに柔和な笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる少女も買い物の途中なのだろう。
家から近場のスーパーという事もあり料理が得意な少女とこうして会う機会は多い。
「まあ、さっき会ったばかりなんだけどね」
「……ふふっ、そうね。あっ、でも挨拶は大事よ亮くん。勇者部六箇条一つ」
そんな少女を揶揄するように頬を緩める。
そうして、目の前の少女に微笑みと共に小さく注意をされる。
「――挨拶はきちんと、ね」
「そうよ」
「じゃあ、……こんにちは、東郷さん」
「はい、こんにちは、亮くん」
「……」
子供に言い聞かせるような姿に思わず、はい先生!と言いたくなるのを抑える。
生真面目で勤勉なお嬢様然とした少女だが、時折思い込みが激しく怒らせると怖い。
脊髄反射で口を開く行為は控え、紳士らしくこの少女には別の話題を提供しようと口を開く。
「ところで、東郷さんは……夕飯の買い物?」
「ううん。夕御飯ではなくて明日の朝御飯に必要な物を揃えにね。亮くんの献立は……」
「加賀さんちは……、――さて、何でしょうか」
「むむっ!」
いつもの笑みを浮かべ、人差し指を立てる俺をわずかにジト目で見る東郷。
それから彼女と同じく籠に入れた食材を見て数秒ほど目を細めた聡明な少女は答えを出す。
「もしかして、……生姜焼きと、ほうれん草の胡麻和え?」
「あったりー」
こんな風にスーパーで主夫トークをするのは楽しいひとときである。
目の前の少女ともそろそろ3年目の付き合いであり、本人には言わないが親友とも呼べる関係。
戦友として、友達として、これまで『色々』あったが、彼女との縁はこうして今も続いている。
+
そうしてお互いに買いたい物、買うべき物を購入しスーパーを出る。
家の方向が同じで家自体もすぐ近く、仲も良いなら自然とこうなるのは必然とも言える。
東郷自身も嫌がる素振りを見せず、変わらぬ微笑を俺との話の最中に何度も見せてくれる。
「そういえば、あの映画。二作目はあんまりだったらしいね」
「そうなの?」
「ああ、風の噂だけど。……東郷さんはまだ見てないの?」
「そうね。最近は忙しかったしね」
「じゃあ、今度一緒に見に行かない?」
「ええ、いいわよ」
俺の誘いに小さく頷く東郷。
以前ならば、こうして誘う度に「あ、逢引!?」等々といった反応も見る事が出来た。
現在はすっかり慣れてしまったのか、俺にも友奈に対して接するような穏やかな態度が多い。
そのことを少しだけ寂しく感じ、断られない事を嬉しく感じる複雑な感情を抱えていると、
「あらっ……?」
それでも車椅子時代に比べると行動力が増した分クレイジーな行為も増えた少女。
もう少し周りに相談をして欲しい突発的行動が多い少女は、俺の背後を見て驚きの声を上げた。
その声音の方向、背後を振り返ると家の塀、少し視線を上にするとその驚愕の理由が判明した。
「猫か……」
勇者部の活動の依頼の中に、“猫の里親探し”という物がある。
そういう依頼を勇者部部長や仲間たちが見つけてくる度に飼い主への苛立ちが多少湧く。
それは生き物を飼うなら自分のペットの管理ぐらいキチンとするべきだという考えからだ。
もっとも、俺自身ペットを飼った事は前世でも今世でもない。
見る分には可愛いと思わなくもないが、世話をしてまで欲しいという程でもない。
そんな愛玩動物、もとい猫はやや背の高い木の上、折れそうな木の枝で丸くなっていた。
「……じゃあ、行こうか」
「えっ」
その姿を一瞥し、買い物袋を持った右手に改めて力を入れ直す。
特に面白い光景でもなかったので、黒髪の少女に呼びかけて立ち去ろうとすると服の袖部分を掴まれる。立ち止まり振り返ると、むぅ、と何か言いたげな顔をして俺と目を合わせてくる。
じぃぃっと深緑色の瞳を半眼にして。
「……あの子猫、あんな所にいたら危ないんじゃないかしら」
「さあ」
「さあって……」
何となくアレを見た瞬間にこうなる可能性は頭を過っていた。
やや非難めいた深緑の視線に対して、肩を竦めて受け流しながらやや逡巡して口を開く。
「あの猫がどういう意図であれ、自分で登ったのなら大丈夫だろ」
「……でも、落ちたら怪我しちゃうんじゃ」
「……自業自得だろ」
「冷たいわね、例えばあの子猫が友奈ちゃんだったら?」
「まずそんな危ない事はさせない」
「確かに……、そうよね」
確か猫は着地が得意な動物だと聞いた事がある。
二階程度の高さから落ちても平気そうに見えても骨や内臓にダメージを負う可能性があるとも。いずれにせよ猫に自己責任が適用されるかは不明だが、あそこまで登らせた飼い主が悪い。
それが自然の摂理という物だろう。
野良猫なら知った事ではないが、チラリと見た拍子に首輪が付いているのを確認した。
そして冷静な頭脳が目の前の少女を言い負かして猫を見捨てるべきだと先ほどから囁く。
周囲に人影はなく梯子もなく、木に近い塀は脚を乗せ難い高い構造であり助けるのは困難だ。
ちなみに俺は壁はともかく木を登る行為だけはどうしても出来ず、東郷もまたそれを知っている。
だから当然――、
「私が……」
「駄目だ。間違いなく怪我をする」
「で、でも」
「俺は東郷さんが怪我する所なんて見たくない」
「………」
「下から絶対パンツ見るよ」
「………!」
「ガン見だよ、今日履いている色、全力で商店街に行って叫ぶから。フルネームで」
「そ、それはやめて!」
だから、きっと東郷なら言うであろう言葉を俺は否定する。
目の前の彼女は国防仮面として一時期様々な事をしており不可能ではないだろう。
だが現在東郷が着ている私服はその時着用していた手や足を守る改造制服ですらないのだ。
ふとこの状況が己の記憶を刺激する。
それはいつだったか。とある公園のやや背の高い木の枝に猫がいたのを覚えている。
その猫は当時、部活の依頼で探していた愛玩動物であり、どうしても回収する必要があった。
「……にゃ、す」
「え?」
では、どうやって回収したのか。
その答えは隣で見上げていた赤い髪の少女から与えられた盲点とも呼べる方法だ。
「東郷さん。あの猫、助けたいって?」
「え、ええ」
「良い手が一個あるんだけど」
「……それは?」
「肩車」
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少し説明すると、どうやら東郷もその時の話を覚えていたらしい。
自分でも説明していて、お茶を啜りながら目の前の少女に語っていた事を思い出していた。
正直に言って猫はどうでも良かったが、東郷が助けたいのならと最低限頭を働かせた結果である。
薄情とか、冷たいと言われてもしょうがない。
猫を助けても『弱み』を握れるわけではないのだから。
「それでやるんですかい、国防仮面?」
「……こ、国防仮面はやめて亮くん」
「あれ結構好きだったよ、憂国の戦士!!」
「……、もうっ!」
結局、俺の提案に乗ったらしいやや顔を赤くした東郷は周囲を見渡す。
周囲に人がいない事を確かめて、俺にしゃがむようにと手と此方に向ける視線で合図をする。
モジモジとする動きをするスカートの少女、その足元に屈み少女を見上げ視線を合わせる。
「――どうぞ」
「亮くん? 分かっていると思うけど……、その、覗かないでね」
「分かってるよ」
本当に?といわんばかりの視線を無視して頭を下げると視界にスカートの布が映る。
同時に白く日に焼けていない白い両脚が両耳付近に揃うのを確認して、両手で太ももを掴む。
直後、後頭部に広がる人肌の温かさと何やら良い香りと、吸い付くような弾力のある肌に襲われる。
「あっ、くッ……。髪がくすぐったいわ亮くん!」
「グエッ!! ……待って待って東郷さん。冗談抜きで力を抜いて!」
持ち方が悪かったのだろう。
俺が程よい太さの東郷の太ももに手を這わせると、くすぐったさに東郷は脚に力を入れる。
彼女の股座に後頭部を潜らせてる側としては、内腿の滑々とした感触と圧迫感に呻かざるを得ない。
――太ももに圧迫されて死ぬ。
紳士としてはその死因は一瞬悪くないと思ったが常識的な部分で頭を振る。
そうしてそんな小さな行動の一つ一つが、少女の普段触れられる事のない部分を刺激する。
「……」
「きゃ……ッ! 待って亮くっ、んっ、あんまり頭を動かさないで……ッ!!」
「ああ、もうっ。おらっ――!」
「……んくっ……」
「ほらっ、しっかり掴まって」
「……ん」
一先ず持ち上げてしまおうと一息に力を入れる。
懸命に重くはないが少し安定しない少女の体を持ち上げようと俺は頭を上げる。
瞬間、フニフニとした彼女の一際柔らかな部分を後頭部に感じながらも強引に肩車を成功させる。
立ち上がると同時に東郷が俺の髪、頭に両手で触れる。
そんな少女の安定を求める行為がくすぐったく感じられ静かに目を細める。
視界の上部を狭めるスカートが邪魔で手で取り除き、ようやく吐息をつく。
微妙に苦しく安定感が足りないのは、俺が動く度に両脚を狭めようとする東郷の所為か。
彼女の股座の感触と白く柔らかい肌色が己の精神をも圧迫するような感覚の中で見上げる。
何となく慣れてくると楽しくなってくるのは子供心だろうか。
ふとこの状態でどこまで出来るかと思い、後頭部に感覚を集中させながら歩いてみる。
「……あッ! ……いっ、一度降ろして亮くん!」
「――えっ、なんで?」
「……ッ。いい、からちょっと首が擦れて……」
「――。ほらっ、さっさと猫を回収するよ。動かないで」
首の可動領域が狭く、それでも上を見ようと頭を意識して動かす俺に東郷が声を掛ける。
安全の為に両手で太ももをしっかりと掴み、腰を引こうとする東郷の下半身を全力で押さえつける。そんなやり取りをしていると、ふと東郷は安定の為か俺の黒髪を掴む両手にギュッと力を込める。
「ねえ、東郷さん。見えないから方向を教えて?」
「えっと、右に少し……あっ、ゆっくりね」
「……、こっち?」
「……っ! そう、ねっ」
至近距離で小刻みに首付近を揺らしていると、密着しているからか反応が分かる。
学校帰りで黒タイツは脱いだのだろう。首に感じるショーツが徐々に湿っていくのが分かった。
時折首の浮き出た骨が陰部に擦れる度に下半身がビクリと動くのを感じ、小さく笑みを浮かべる。
「ん? 東郷さん、大丈夫?」
「……う、うん、大丈夫よ、亮くん。……ふっ、……もう、ちょっと左に一歩くらいかな……」
わずかに丈が長いスカートが視界の上部で再び揺れ動く。
彼女の甘い匂いと熱気に理性が削れるのを感じながらも懸命に猫の為に体を動かす。
安定の為と言い彼女のしなやかな両脚を地面側に引っ張ると、両手で嬌声を押し殺すのが分かった。
「―――ぁ……ッ!!」
それでもこの距離で聞こえないはずがない。
両脚に一際力を入れ、やがて荒い息と共にゆっくりと弛緩させるのが肌を通して伝わってくる。
残念だがスカートが視界を邪魔する為に東郷の表情を見る事は出来ない。
だが自分でも驚く程にこの状況から生じる薄暗い快感が背筋をゾクゾクとさせるのが分かった。
その湧き上がる情欲を押し隠し、表面上はなんてことないような口調で東郷に対して口を開く。
「……どう、猫は?」
「――――」
返事はない。
それは単純に返事への余裕がなく、この状況でもある事へ集中しているからだろう。
初志貫徹。子猫が木の上で震えている所に少女は救いの手を差し伸べようとしているのだ。
――と、スカートの所為で上が見えない状況下で想像していた。
真面目な彼女の事だからキチンとするだろうと思っているとようやく返事があった。
「子猫ちゃん、確保したわよ」
「おっ、やったね!」
「――それと亮くん。……あとでお仕置きね」
「……え、なんのこと?」
「亮くん」
「だから、一体どういう……」
「亮くん」
「……」
「亮くんは少し悪戯が過ぎるから……、日本男児らしく……調教を……」
流石に3年も関係を構築すると表情や声の調子は関係ないらしい。
友奈と同じくらい東郷とは仲良くしているつもりだが、その逆もまた然りのようだ。
何かブツブツと恐ろし気な事を言っている東郷から逃げるか受け入れるかを考える俺だが、
「えっ……? ぃ……、いやあぁッ――!!」
「――は」
唐突に俺に乗ったままの東郷が急にバランスを崩し慌てた。
急な挙動に肩車の状態を保てず、せめて東郷が怪我を負うのだけは防ごうと身体を盾にする。
転倒の瞬間、身体に圧し掛かる少女の身体を受け止めつつ、多少の痛みは奥歯を噛み我慢した。
「……いてて」
「うっ……」
視界の端に毛玉が映る。
それは先ほど東郷が助けたはずの子猫でしっかりと着地し、平然とした様子で立ち上がる。
「一体、何が……」
あの場面で東郷がふざけるような少女ではない事は知っている。
だから、彼女が驚くような理由があったはずなのだと猫と周囲に目を向ける。
すると、触覚が二本ある誰もが嫌いそうな虫が猫の近くにいて、ここから離れていくのが分かった。
「……もう行きな」
おおよその原因は理解し、こちらを見る猫に頬を吊り上げる。
行為の意味は解らずとも小さく一鳴きした子猫は先ほどの虫を即座に咥えて走り去った。
その様子を地面と少女に挟まれながら見届け、ゆっくりと上半身を起こし東郷に呼びかける。
「東郷さん」
「んっ……あ、あれ? 虫が……」
こういうのはラッキースケベというのだろうか。
転んだ体勢が良かったのだろう。スカートから晒された薄青色のショーツがモロに見える。
ショーツのクロッチ部分に浮かぶ染みに触れながら呼びかけると、目を覚ましたらしい少女が動く。
「う……」
「えっ、あ……! ご、ごご、ごめんなさい亮くん!」
突如ズボン越しとはいえ彼女から不意に与えられた己の逸物への刺激に小さく呻く。
転んだ際に己の逸物付近にちょうど東郷の顔や手が当たるような位置故にだろう。
そうして少女もまた、自分がした行為の意味を理解して赤面しながら慌てて立ち上がる。
「い、痛くなかった……?」
「えっ、あ、いや。こっちこそ粗末な物を……」
「粗末なんて……、亮くんのは、えっと、結構立派で……、その、えっと、あう……っ」
「どう立派だったの? 東郷さん」
「~~~!」
そこに普段のおっとりとした姿はなく、赤面し慌てる姿だけがあった。
肩車をしている最中から勃起していた逸物だったが、ここまで反応されると少し恥ずかしく思う。ただ両手で耳まで赤い顔を隠し、羞恥に悶える東郷の姿に何か湧き上がる物がある。
「うう~~、うっ? 亮くん、手から血が……」
「えっ? ……あっ、本当だ」
内心で燃え上がる黒い何かを抑えていると、ふと東郷が声を上げた。
その声の内容、己の手を見ると手のひらの部分からジワリと血が滲んでいるのが見えた。
認識すると同時に生じた痛みに眉を寄せていると、今度は心配する様子で声を掛けられた。
「大変、消毒しないと!」
「いや、これくらい大丈夫だって」
「駄目よ! 大切な身体なのよ。細菌が身体に入り込んで悪化したら……ッ」
「――。心配してくれるんだ」
「当たり前よ!!」
「―――っ」
そう言って悲しそうな顔をした東郷は地面に置いた俺と東郷の買い物袋を手に取る。
同時に有無を言わさないと言わんばかりに、もう片方の手で俺の傷ついてない方の手を取る。
そのまま引き摺るように帰り道を歩き、恐らく自宅を目指すべく無言のままに脚を急かせる。
「どこに……」
「私の家に。絶対に離さないから」
「――強引だなぁ……」
「亮くんの方が強引じゃない」
「いや、俺は紳士だから」
さらに何か言おうかと考えて、その真剣な横顔に小さく口を閉じる。
何となく、誰かに叱られるのが自分でも驚く程に己の心底に響いているのが分かった。
そんな彼女の様子に対して何も言えずに黙り込み、彼女の家、東郷家に連れ込まれるのだった。