異世界、そこにあらゆる時代の勇者と巫女が集められた。
俺という異物を除いて、全員が神樹に見初められた見目麗しい少女たち。
彼女たちが呼ばれた理由は、神樹と対峙、並びに人間に興味が湧いた神への対応だ。
もともと八百万の神と人々の想いの集合体とされている神樹、その内部で何かがあったのか、造反する神や中立を自称する神が反乱や面白半分に暴れているという。
それらを分かりやすく可視化した世界。
奪われた力は土地という形に姿を変えて、勇者たちは戦う事を強いられる。
性格も容姿も良い少女たちはそれを了承した。
それなりの時間を、それこそ召喚された人物全員の誕生日を祝う程度にはじっくりと時間を掛けて、絆を深めて、一致団結することで四国の奪還に成功したのだ。
「ただそれで終わりにならず、今度は日本全土の奪還となって」
「これ以上の人員を呼ぶ事はリソース的に厳しく、遂に満開や切り札を使う事になったと」
讃州中学校勇者部部室。
二十人以上の少女たちと少年が収まるには物理的にやや厳しくなってきた場所。
ただ、そこには現在少女たちの大半がいなかった。
テーブルを挟み、パイプ椅子に座り口を開くのは同じ髪色をした少年少女だけだ。
コクリと頷いた黒髪の少女は口を開く。
「加えて、樹海化も以前までの物と異なったり、この世界の夜も唐突に長くなったりして……」
「敵もどんどん強くなると……」
「試されてますね」
少年が見据える先にいるのは一人の巫女だ。
白い肌に良く映える黒髪、おっとりとした表情は普段とは異なり僅かに引き締められている。
右目の泣きぼくろと赤いリボン、豊かな双丘は制服越しに主張している少女。
彼女の名は上里ひなた。
最初に勇者部をこの異世界、神樹内部へと呼んだ巫女。
「……? どうしましたか?」
「いえ、ひなたさんは美人ですね。つい見惚れてしまいそうでした」
「ふふっ……照れますね、さらりとそういう事を言えるのは若葉ちゃんの血でしょうか?」
「そうかもですね。分家で血的にはあんまり入っていないと思いますけど」
「いえいえ、園子さんにとても似ていますよ」
にこりと微笑む姿は思わず魅入る程度には美しい。
大和撫子を連想させる少女の大人びた姿は、可憐な隣人を思い出させる。
そんな事を思いつつ、気が付くと眼前の少女と視線が絡み合う。会話が途切れたことでなんとなく無言のままジッと見つめ、ゆっくりと白い頬に朱を差し始める彼女の姿を──、
「……うーん……それはあんまり良い風が吹かないな~」
そんな空気を壊すような間延びした声音。
パッと先に視線を逸らした巫女、彼女から声の発生源に目を向ける。
目を伏せると、最初に目につくのは純金を溶かしたような金色の長髪だ。
「むにゃむにゃ……」
「なんだ寝言か」
「寝言、ですか?」
「そうだよ照り焼き~……」
少年の腹部に頭を置き、ぐにゃりと身体を曲げて寝る少女。
隣に座っていた少女は学校の部室で堂々と昼寝を決行し、可愛らしい寝顔を見せている。その愛らしい少女の体温を感じながら、制服のスカートを捲り悪戯したくなる気持ちに溢れる右手を彼女の耳元に置く。これで寝ても起きても話は聞こえない。
端正な寝顔を見続けていると、思わず着やせした双丘に触れてしまいそうだ。
顔を上げて此方を見る巫女に話を進めるように笑みを浮かべる。
「……っと、ごめんなさい。話の腰を折っちゃって」
「いえいえ。こちらこそ……凄く仲が良いんですね」
「ひなたさんにとっての若葉みたいなものですよ」
「それでも改めて見ると本当に園子さんと亮之佑さんは仲睦まじいです」
「あまり人前でこういう事はしたくないんですけどね。我らが部長がうるさいから」
頬に手を当てる少女を見つめる黒髪の少年。
見る者を惹きつける血紅色の双眸を僅かに細め、小さく笑みを浮かべる。
敵が、バーテックスが現れると世界が樹木や草木に覆われた空間となる樹海化。
そのうえで勇者たちが強力な力である満開や切り札、武技を駆使して戦う事など今更だ。それは互いの共通認識であり、その上で彼女が何かを告げようとしている事を理解する。
「それで?」
「ええ。この世界において、満開や切り札の使用は勇者たちに影響が及ばなかったのですが……」
「まさか……!」
元いた世界、つまり神世紀300年においての満開システムは神に身体の一部を捧げる事で力を発揮するというものであった。
そのシステムは秘匿され、結果的に惨劇に繋がった事を思い出す。
脳裏を過るのは鬼と化した少女と、忘れられない悲鳴と怒号だ。
思わず眉を顰める亮之佑を見てそれらを察したのか、ひなたは慌てて首を振る。
「あっ、い、いえ、人体機能の一部が損なわれる散華が発生する訳ではなくて。ただ戦闘において切り札などを多用する人の、特に一部の方に対して妙な副作用が見られるとの事で……」
「副作用?」
「この世界に干渉を始めた中立を謳う神様の力の余波なのか、神樹様ご自身に何か異常があったのかまでは判明していませんが……。その……」
言い淀む巫女は目を伏せ、僅かに頬を赤らめる。
まるで告白でもしようとしているかのような、そんな態度を見せる豊満な双丘の持ち主。
微妙な気まずさを覚えながらも、彼女の薄い唇が再度開かれるのを見つめる。
「……その、身体が熱っぽくなるとのことで。精神的なストレスを感じるとかじゃなくて、あくまで身体の方に満開や切り札の影響が表れているらしく」
「ほう」
「今はまだ深刻な影響という訳では無いですが、今後どうなるか分からないもので」
「ほうほう」
「亮之佑さんにケアをして貰うのは神樹様からの神託によるものもあります。もちろん私や巫女たちも出来る限りの事はしますが、亮之佑さんにも彼女たちの事を気に掛けて頂ければと──」
+
カーテンの隙間、開いた窓からは曇天が覗く。
作られた広い空から雨がざあざあと降り注ぎ、アスファルトを黒く染める。
窓を開ければ湿った土の香りが鼻腔をくすぐるだろう。
ただ、少し風が強いので窓を開けると悲惨な事になるのは想像がついた。
「悪いけどカーテン、……閉めて貰えるかしら」
部屋の主に言われる。
仕方なしにと従順なペットの如くカーテンを完全に締め切ると室内は暗くなるが、一瞬の間をおいて天井の照明が点けられると、その明るさに思わず目を細める。
天井から目を逸らしなんとなしに部屋を見渡す。
黒色の棚、ベッド、カーペット、どこか落ち着いた色合いの家具類は個人的な好みと一致している。なんというか心が落ち着くのだ。
「まるで自分の部屋にいるかのような感覚」
「自分の部屋では無いのによくそんな風にくつろげるわね」
「マイカップを置くぐらいにはくつろいでるよ」
呆れたような声音に肩を竦める。
床に腰を下ろし、ついでに左方向に身体を傾けると柔らかな感触。
「邪魔よ。……くっつかないで」
「そんなこと言わないで下さいよ、先輩。もっと構って」
「……ならもっと画面に集中しなさい」
「二十連敗した後輩はもう格闘ゲーはしたくないのです。そんな訳でこのゲームをしましょう」
手に持ち見せつけるのは携帯用ゲーム機だ。
建築したり、戦闘したりするクラフトアクションゲームである。当然同じようにベッドの縁に背中を預ける彼女も熟知している。
そんなゲーム機を見せる俺に対して、何を思ったのか彼女は小さく笑みを浮かべる。
「良いけど……罰ゲームで言っていた結城さんの姿に変装しないの? 加賀くん」
「……今は道具が無いので、今度どこかに行く時にしましょう。千景先輩」
この世界での新たな出会いの一つ。
西暦時代の勇者の一人、郡千景とはそれなりの付き合いになる。
すらりと伸びた脚を包む黒いタイツ。
魅惑的な脚のラインの先にスカート、ゆったりとした衣服は黒を基調とした物。長く伸びた黒髪は絹のようにさらりと揺れ、少女特有の甘い香りを漂わせる。
どこか既視感を覚える少女の姿を見ているとどこか呆れた眼差しを向けられる。
「……何?」
「千景先輩の髪って凄く綺麗だなって」
「……と、東郷さんや鷲尾さん程では……無いけど。……ありがとう」
そっと目を逸らす彼女の目線は携帯ゲーム機へ。
少し照れたような表情で、目を伏せてゲーム機の操作をする彼女の姿に俺も続く。
「いや、だから……くっつかないで」
「そんなツンツンしないで下さいよ先輩。触れ合うのって大事ですよ」
「……それなら乃木さんや結城さんでも」
「千景が良いんだよ」
「……そ、そう」
加賀亮之佑として生きる二度目の人生でゲームをするとは思わなかった。
別段嫌いであったという訳ではない。最初の人生では好んでエロの付いたノベルゲーや銃を持って敵の基地に侵入するゲームやモンスターを狩るゲームなど人並にしていた。
ただ、二度目の人生ではそれらよりも自分が出来ることを増やす事が最優先だった。
文武両道、新たな人生ではあらゆる事に全力で取り組んできた。
そういった行為の先、受験や就職などの事を知ったからこそ、怠惰に遊んでいるだけという事だけはしたくは無かった。そんな事をした結果、再び後悔するなんて結末は嫌だったのだ。
出来うる限り今後に役立つ生産性のある行為を続けて、それらが身に付くように努力してきた。
だからこそ──、
「改めて何も考えずダラダラとするゲームってやっぱり楽しいんだよな」
「加賀くんは……あんまりゲームの才能ないけどね」
「楽しめたら勝ちなんですよツンデレ先輩。それにほら、建築とか農業とかちょっとしたアクション系はセンスありますよね?」
「まあ、……そうね。……あと私は三好さんのようにツンデレじゃないから……あなたの作った地下アジトを今から爆破しに行くわ」
「鬼ですか?」
「勇者よ。……座標は特定済み。破壊してあげるわ、跡形もなく」
窓の外から聞こえる雨音が止む気配はない。
この世界に召喚された西暦時代の勇者や拠点の遠い勇者や巫女たちは、大赦が用意した寄宿舎、一人につき一室と必要な物を与えられる。
彼女が住むこの場所もその一つだ。
「そういえばこの寄宿舎も作ったんですよ。経験値が美味しかったです」
「こういうのは本当に器用ね。……立派な建物を破壊しても経験値を取得できるって知ってる?」
「それの破壊はやめてくださいな」
「冗談よ。……それより、その『先輩呼び』はいつまで続けるつもり?」
ゲームの画面内で彼女のアバターが地下に作成した基地に侵入してくる。
華麗にトラップを退け、或いは破壊してゾンビやらを剣や弓で倒し的確に爆薬を設置していく。そんな惨殺現場から目を背けて彼女を見ると目が合った。
黒曜石のような瞳は俺を捉え、しかし画面を見る事すらせずゲームを続ける少女。
それだけの芸当が出来るのにどれだけの時間と情熱を注いだのか。
そんな思いを抱きつつ小首を傾げる俺に半眼を見せ──、
「あなた、普段はそんな風に呼ばないじゃない」
そう告げる少女は俺の一歳年上になる。本来はお姉さんキャラになるのだ。
だが、部長である犬吠埼風と同じ年齢だと言われるとあまり実感が湧かない。
「駄目でしたか?」
「駄目……ではないけど」
「先輩呼びする後輩というシチュエーションにグッとくる時があるというか。先輩って言ってくる後輩がいるってよくないですか? ギャルゲー前にしたでしょ?」
「……分からなくもないけど、普段通りに呼んで」
「分かりました、Cシャドウ」
「……あと今更あなたに敬語を使われるのは……なんか嫌だから」
「えー」
「やめなければ……、この宝箱も破壊するわ」
嘆息と同時にゲーム機に目線を下ろす繊細な年上の少女。
同じく画面に目を向けると暫くの間、無言でプレイを続ける。
さああっと降る雨音と端末のボタンを押す音。
肩付近に熱を感じながら、俺は無心のままゲームをする。
娯楽、というよりも新たな趣味を作るのは楽しい。
なによりもこの神樹が提供する停滞しがちな異世界では学年が変わることもなく暇になりがちだ。同じ範囲の勉強やテストは飽きて、真面目に聞く気になれず園子のように眠りそうになる。
だから同じことを繰り返し続けるよりも、新たなことに挑戦する方が精神的にも良い。
「……今日は意外としぶといわね」
「今日もだろ」
「その自信は……どこからくるの?」
こうして大人しく俺の隣に座る彼女も最初はこうではなかった。
基本的にツンツンしている少女も周囲の少女たちと接する事で徐々に態度も軟化していった。
ゲームをすることで耳を塞ぐように現実逃避する、そんな千景という少女と仲良くなるのはそれなりに時間を要した。
基本的に彼女は誰も傍に寄せ付けようとしないのだ。
誰も信じられず、何を信じたら良いのか分からない。そんな姿を好ましく感じる。
「勝ちね」
画面を見るとアバターが倒されたのか選択画面になっていた。
すなわち敗北して、続きをするか、止めるかの選択肢が映し出される。
このまま連敗するというのも如何な物かと考えて──、
「ん」
小さな声。少女の声に耳を傾ける。
黒タイツに包まれた腿肉はすらりと伸び、無駄な脂肪が少ない。
これだけ近い距離で、気がついたら手が伸びてしまうのは仕方のない事だった。
「……」
ジロリと俺を見る彼女は睨みつけるだけ。
悲鳴を上げる訳でも、逃げ出す訳でもなく、自らの脚に置かれた手がそれ以上どこかに伸びないように自らの手で上から押さえつける。
ほんのりと頬を赤らめて、少女は様々な感情を瞳に見せる。
「ちょ、ちょっと……!」
誰かが聞き耳を立てている訳でもないというのに、千景は声を潜ませる。
「負けたからって……こういうのでうやむやにするのは駄目よ。ゲームのことはゲームで……」
「千景。ちょっと熱っぽいけど、身体は大丈夫?」
「────」
小声で早口に何かを語ろうとする千景。
その言葉を封殺するように、俺は彼女の名前を呼ぶ。
腿に置かれた手をゆっくりと絡める。
まるで恋人同士が触れ合うように指の一本一本を触れ撫でる。
んっ、と千景の口から声が漏れる。
「前の戦闘で切り札を多く使っていたのは千景だから。そのケアをしないと」
「……大丈夫よ。……大丈夫だから」
覗き込んだ瞳には羞恥の他に、僅かながら隠せない情欲の炎。
瞳を通して奥に潜む感情を見られるのが嫌なのかそっぽを向く千景。
「んっ……だめ、よ」
「どうして?」
俺は彼女を抱き寄せ、耳元でささやく。
途端、電気でも走ったかのように千景が顔を逸らせた。
「こんな……だって……」
「──これはただの医療行為。その熱を抑える為だけの行為だから」
仕方ないと思わせる建前作りに、熱い吐息。
抱いた彼女の身体は細く、そして強く抱きしめるほどに熱くなる。
艶やかな黒髪に鼻がくすぐられ、かぐわしい淫香が意識を甘く包み込む。
「ん……、ん……っ」
強く抱きしめるごとに少女の抵抗は弱まる。
俺の腕を引き剝がそうとする千景の手から力が抜けていく。
「我慢は毒だって、前にも言ったろ?」
「……ぁ」
少しだけ抱擁を弱め、背中に回した手を耳へ。
くすぐったそうに口を噤む少女のつるつるした頬をなぞる。
いつの間にかトロンとした眼差しで俺を見つめる少女は喉を鳴らす。
ゆっくりと俺と千景の呼吸のリズムが重なっていく。
その顔には相変わらず幾つかの感情が混ざり合い、意図が読み取りづらい。
「加賀くん……」
そんな言葉を最後に俺は千景の顔に顔を寄せた。
唇は彼女の方から押し付けられた。