──勇者部の活動は多岐にわたる。
ゴミ拾い、物の整理整頓、人や動物の捜索、園児との遊戯。
他の人がやりたがらないことを率先して行う。だから勇者なのだと部の創設者は告げた。そんな勇者を名乗るに相応しい者たちの活動は、この異世界においても知名度が高まりつつあった。
片手で数えられる元の世界と異なり二十数人。才色兼備な少女たちは人気者だ。
「風先輩。こんな依頼が届いたのですが……」
「うーん?」
依頼は部長である犬吠埼風が持ってくるか、部室にあるパソコンに届く。
勇者部のホームページを制作した黒髪の少女がそれらを閲覧し、振り分け、部長に問い合わせる。
所属する人数が増えた分、多くの依頼を前に『なせば大抵なんとかなる!』というスーパー精神論で可憐な少女たちにタスクが割り振られるのだ。
「どれどれ……。ふむふむ、以前に行った幼稚園での劇とお遊戯会でのお手伝いと」
「はいはーい! 私がやりたいでーす!」
「私も私も! ぐんちゃんも一緒にしよ?」
「えっ!? ……た、高嶋さんが参加するなら」
「ありがとう、ぐんちゃん!」
「……! え、ええ」
最初に友奈が手を上げた。
明朗快活、存在するだけで周囲に笑みと勇気をくれる少女に賛同する者たち。
彼女の言葉に両手を叩いて応えるのは同じ髪色、同じ顔をした友奈に瓜二つの存在だ。高嶋友奈と呼ばれる彼女というドッペルゲンガーのような存在がこの世界にはいる。
横に並ぶと髪色も身長も顔の造形すら瓜二つなのだが──、
「似ているけど他人なんだよなぁ……」
初めて会った時には隠し子がいた説を疑ってみたものだ。
ただ、見比べてみると僅かにだが差異が分かる。
性格や趣味といった物は異なりを見せ、過ごした年月が別人であると判断させる。
「……そんなに高嶋さんが気になるの?」
ジックリと桜のような少女たちを見ていると声が掛かる。
にこやかに部室の奥の方で話している友奈たちを見ていると話しかけてくる少女。
勉強に専念するからといった理由で最近三つ編みにすることが増えた千景だ。友奈たちが二人で話しているところに入り込めなかったのか、或いは自ら引いたのか俺の近くに寄ってきた彼女は制服のスカートを揺らし、黒タイツに包まれた脚は曲線美を描く。
前髪から覗かせる黒曜の瞳はジロリと俺を見下ろす。
「友奈可愛いよね」
「……そうね。高嶋さんは最高よ……」
讃州中学校とは異なる丸亀城の、西暦時代の制服に身を包んだ千景。
半袖から伸びた白い腕で己を抱く彼女は、小さく首肯を見せると、唐突に腰を屈める。
そうして俺の耳元にまで端正な顔を近づける千景は静かに囁く。
「高嶋さんには……変な事をしないで」
「──。千景先輩になら良いんですか?」
「……っ、とにかくあなたの大好きな結城さんはともかく高嶋さんはダメよ」
半眼を見せる彼女は吐息が届くような距離で話す。
その気になれば唇を奪える距離で、しかし高嶋友奈という少女の方が気掛かりなのだろう。恥ずかしがる素振りも見せずに高嶋に手を出したら殴殺するぞと態度と目つきで示してくる。
西暦時代、千景が唯一心を開いたという高嶋。
そんな彼女が他人に奪われてしまわないか、不安なのだろうか。
「────」
そもそも、千景が俺に対してそんなことを考えることがおかしい。
人を性獣か何かだと思っているのか。そう思っているならば安心して欲しい。
基本的には医療行為として結果的に性的な行為に至っているだけなのだ。
ただ、それだけなのだ。
「先輩のことも好きですよ」
私はケダモノではありません。オオカミではないですよ。
そんな意思と共に彼女に告げる。少女の黒色の双眸を見つめると、瞬きを繰り返す千景はそっと目を逸らし、距離感に羞恥心を覚えたのか慌てて顔を耳元から離す。
パタパタと手で仄かに赤らんだ顔を扇ぎだす千景は小さな声で呟く。
「……答えになってないわ」
「────」
「でも」
「でも?」
「……私は、あ、その、……ありがとう」
唐突な言葉に反応する隙を与えないまま、千景は足早に部室の外へと向かう。
顔を僅かに伏せ、逃げるように部室から去り行く彼女の姿に追いかけて後輩プレイに甘んじようかと考えていると、柔らかい口調ながらもどこか冷たさを感じる声が俺に掛けられた。
「ふふっ、最近郡さんと仲が良さそうね。亮くん」
千景が閉めた扉から声の主へと目を向ける。
パソコン作業を行っている少女、その近くに座っている俺。
既に依頼の振り分けも終わったのだろう。
キーボードから手を離し、俺に向けられる瞳は吸い寄せられるような深緑色だ。
「そう見える? 仲が良いのは良いことだろ?」
「そうね。こっちに来た最初の頃に比べたら今の方がずっと良いと思うけど」
「それがどうかしたの?」
「……ううん。亮くんは優し過ぎるから少し困っちゃうわねって」
小首を傾げて肩に纏めた長い黒髪に青いリボンが良く映える。
ふわりと漂う甘い和菓子の香り、制服越しに主張する双丘と柔和な笑みは男の目を惹きつける。クラスの、学園のマドンナに相応しい美貌と性格を持ち合わせた彼女、東郷美森はその手を伸ばす。
伸ばした先は彼女の座る椅子、その隣の椅子に腰掛けた俺の手だ。
おずおずと、しかし離さないとばかりに細く柔らかい手が包み込む。
「ところでいつもより依頼の整理に時間が掛かっていたような気がしたんだけど」
「実は面白い小説のプロットが思い浮かんじゃって。少しメモ書きしちゃった」
「そっか」
「次回作は自信作! これを読んだ人は護国思想に染まりまくりよ!」
「……そっか」
小説をよく書く園子に感化されたのか、東郷もそれなりに小説を書く。
ネットの小説投稿サイトに載せられた彼女らしさ溢れる小説は長編の数々。
国を護る若人を増やすため、先導するため、今日も彼女は筆を執るのだ。
「それで何だっけ。夕ご飯を東郷さんが作ってくれるって話だっけ?」
「水臭いことを言わないで。亮くんの為なら朝昼夜三食しっかり作る用意があるわ」
「和食だけ?」
「亮くんが望むなら……洋食も作るわ」
「なら洋食は一緒に作ろうか」
「それも良いのだけど、亮くんには最初から最後まで私が作った物を食べて欲しいかな」
細く白い指が俺の指と絡まる。
傷の無い柔らかな手は色白でずっと触れていたくなる。
学校という場で、公に男女が触れ合うことの厳しい場で、ただ触っているだけの東郷の手は温かく、柔らかく、周囲の目から隠れるように肩を寄せ合い互いの指を絡め合う。
「亮くん……」
「東郷さん……」
蕩けるような声色が鼓膜を震わせる。
その甘い呼び声だけで、彼女の想いがどこにあるのか察する者は少なくない。
そんな青春色の秘密の行為を楽しみながら翡翠色の瞳をした少女──、絶世、あらゆるものを魅了してやまない至高の美貌の持ち主と見つめ合う。
色白の頬を赤らめて、恋する乙女のように瞳を潤ませる東郷。
その表情をさせているのが他ならない自分であるという、その事実に心が震えて。
「──誤魔化すつもりはないの?」
無感情に凍えた言葉と共に、きゅっと両手で手を包み込まれた。
驚くほどに力の強い彼女の握力はいったいどこから湧いたのか、大きな瞳を見開く少女は上目遣いに俺を窺い、しかし逃がそうとはしない。
「──ぁ」
僅かに高鳴る心臓の音が体内に響く。
だが握られた物は手であって心臓ではない。その事実を噛み締めて俺は笑顔を浮かべる。
こういう時の為に笑顔を浮かべる練習はしておくものだ。
「何が?」
「あんな分かりやすい態度を取っていたら誰だって気づくものよ。勇者部の大半の人はもう気づいているんじゃないかな」
「────」
「医療行為だもの。こんな風に身体が疼くのだから、仕方ないわよね」
「……東郷さんは鋭いなぁ」
「そうじゃないよ亮くん。ただあなたのことを良く見ているだけよ」
楽しく手を振り合いながら、東郷は微笑を浮かべる。
並みの男ならそれだけで惚れてしまいそうな、柔和な笑みにぎこちなく首肯を返すだけだ。
「……」
東郷は眦を和らげる。
瞳に光を灯し、どこか安堵と余裕の笑みを浮かべる彼女に何かを告げようと口を開こうとする。そんな俺の行動よりも先に鋭い声音が届いた。
「お二人とも何をしているんですか!」
「須美ちゃん……」
小首を傾げる東郷は困ったような表情を浮かべる。
そんな表情をさせる声の持ち主は、真面目さと頑固さを混ぜこぜにした若い声色、輝く翡翠の大きな瞳は俺と東郷を捉えて離さない。
まるで東郷を小型化させたような少女は長い黒髪を後ろに纏めて、握り合う手に指を差す。
──否、まるで、ではない。
彼女の名は鷲尾須美、彼女は東郷よりも年齢が少し若いだけの同一人物である。
小学生時代の東郷を生き写しにした彼女は、
「部室で男の人と手なんて繋いで……は、破廉恥です!」
「須美ちゃん、それは違うわ。亮くんは私の婚約者だから肌を許すのよ!」
「それは……でも、他の人ともそういうことをする軟派な人なんて……」
「須美ちゃんは亮くんのこと嫌い?」
「嫌いじゃありません。ですけど……」
まるで姑か、娘を嫁に貰われる父親のような態度を見せる須美。
言ってはなんだが、確かに女性関係ではあまり良い評価は貰える気はしない。
他の時代から召喚され新しく加入してきたメンバー含めて、勇者部の面々とは大なり小なり良好な関係を構築出来ている。
基本的に紳士的な態度でいるからか避けられることはない。
普段からの努力もあって、彼女たちからの信頼は得ているのは間違いない。
ただ、悲しいかな。女性関係に関してはあまり信用が足りていないのだ。
「完璧な存在なんていないわ。そういう少しダメなところも含めて私は亮くんが好きよ」
「好きゅっ!?」
「もし悪化したらまた調教するわ。夫の手綱を握る、それが妻の務めよ」
「…………」
「……せめて人前では止めて下さい。未来の私がこんな風になるなんて思われたくないですから」
不穏な言葉、交わした覚えのない婚約。
そんな自分同士の会話を前に、まだ残っている勇者部の面々は変わりない。
「また始まったにゃあ。いや~加賀っちはモテますなぁ」
「……海は全てに寛容だが、浮気はやはりダメか」
「まあ私たちの時代的にはね。今はどうか分からないけど、人口問題とか諸々も含めて多分大丈夫じゃないかな」
「雪花」
「棗さん?」
「この前、亮之佑の話をしていたら若葉が急に顔を赤くしたのだが何か心当たりは無いか?」
「うーん。無いけれども察しはつくというか」
「察し。つまり、海が関連している?」
「あの~雪花さん、棗さん。さっきから何の話をしているんですか?」
「なんでもない。勇者部の暗黙の了解という奴だ、ペロよ」
「そうそう、私たちもそろそろ部長から頂いた依頼を終わらせないとね」
西暦組の一部の者たちからはやや遠巻きにされている現状。
年単位での付き合いがあると、互いの性格や能力などは見えてくる。外から見ている分には面白いけど自分は関わり合いになりたくない、というスタンスの者も多く此方に手だけを振って部室の外へと脚を進める者もいるのだ。
味方などいない。依頼の達成の為に消えてしまったのだ。
「……そうだ、二人ともこの依頼を頼めるかしら」
「ほう」
ふと、我に返ったのか紙に記載された依頼書を見せてくる東郷。
その切り替えに閉口する須美は小さな手で受け取り、紙面に目を向ける。
「買い出しですか」
「そう、簡単な依頼よ。二人で行ってきてくれる?」
「……良いですけど」
「あれ、須美。そんなに俺と一緒に行くのが嫌なのか? ……俺、悲しいよ」
「いやっ、あのっ、嫌とかでは……」
「そっか。嬉しいよ、ありがとう須美」
「ぁ……」
悲し気な顔を見せて否定の素振りを見せたら笑顔。
先ほど握っていた東郷よりもやや小さな手を取ると、須美はかああっと顔を赤くする。
握手に照れたのか、白磁の肌には朱色が差す中で、彼女はそっと俯く。
「あの、ふ、不束者ですが……よろしくお願いします」
+
他人の家の風呂場というのはいつ来ても新鮮な物である。
言うなれば結婚した相手の実家、その風呂場にいる夫の気分だろうか。
その風呂場の一角で美しい嫁と致した思い出に浸るのも夫ならばよくあることなのか。
広々とした浴槽には並々とお湯が注がれて、どこか檜の香りが漂う。
どこか高級感の漂う場所は白い蒸気が辺り一面に広がりつつあった。
「急に雨が降るなんて……」
買い出しを終えた直後だった。
現地解散する直前に振り出した雨に、転んだ須美と荷物を抱えて東郷の家に向かった。そのまま自宅へと帰ろうとしたら、東郷に止められて風呂場に入ることになった。
濡れたのは俺だけではない。転んで泥だらけになった須美もだ。
放置しておけば風邪をひいてしまうだろう。だが彼女は裸で入るのに抵抗があるという。
──背後で扉の開く音がした。
「あの、し、失礼します」
振り返ると水着の少女がいた。
純白の水着はスクール水着と呼ばれる類の物。
無地の生地は彼女の白い肌によく映えており、僅かに既視感を覚える。
「……寒いから扉閉めて」
「は、はい」
「ちなみにその恰好は?」
「えっと、東郷さんが着ていくように……、仲良くしなさいって」
前方の鏡には羞恥を帯びた表情で恥部や双丘を腕で守る少女。
そんな彼女が着用しているのは、俺が以前東郷にプレゼントした水着だった。
微妙にサイズが異なるのか、豊かな双丘でも僅かにぶかぶかなそれは通常よりも肌を露出させている。ちょっとしたハプニングで簡単に脱げてしまいそうな、そんな頼りなさを感じさせる。
「……くちゅ!」
「早くこっちにおいで。風邪ひいちゃうよ?」
「あ、あのっ、亮之佑さん。なんで裸で……、水着を着るって」
「風呂場は裸になるのは当然だろ?」
突っ立ったままの彼女はくしゃみをし、既に幾分身体が冷えていることを示している。
彼女の愉快な質問に答えながらシャワーヘッドからお湯を勢いよく出して背後に浴びせかける。
「わっ!? わぷっ、ぷっ、ちょ、やめて……」
「ほらっ、温かいだろ?」
「あ、温かいですから。やめてください。もう、子供じゃないんですから。髪まで濡れちゃった……」
「さっきの雨で濡れていたじゃん」
「それとこれとは別です! ひあっ!? またお湯を……」
溺れたような表情で腕で顔を守ると頬を膨らませる少女。
怒ったような、笑っているような声を上げる彼女はシャワー攻撃に対して、やや緊張感が解れたのかゆっくりと歩み寄ってくる。
純白のスクール水着がお湯を含み、柔肌を透かし始めていることにも気づかずに。
白色の生地は薄く彼女の色白の肌を透かす。
俺に文句を告げている間も、豊かな双丘の先端も、臍の形も、秘所も。
裸よりもいやらしい、自らはしたない姿になりつつある彼女は気づかない。
異性の裸を前にしてそんなことに気づく余力がないのか。
翡翠色の瞳を羞恥に揺らす少女の手元に、石鹸を差し出す。
「せっかくだし、洗ってよ」
「わ、私がですか?」
「背中が届かないんよ」
「嘘をつかないで下さい! ……大体、私はこれでも殿方の身体を洗うなんて初めてで──」
「東郷さんはしてくれたんだけどな。須美にはまだ早かったな、ごめん」
「………わ、分かりました。洗うだけですからね。それだけですよ! それだけですから!」
須美と■ちゃんはどうしてこんなに人気なのか。