「へーい、かくれんぼしようぜ〜!!」
全ては乃木園子、彼女のそんな言葉と共に始まった。
讃州中学校の廊下は走ってはならない、そんなどこの学校にも大なり小なり似通ったルールが存在するだろうが、実際には休み時間になると鬼ごっこをして衝突する事故は往々にしてある。
衝突したら危ない。でもみんなで和気あいあいと遊びたい。ではどうするか。
走らなければ良い。サーチ&デストロイだ。
「どこでするの?」
「もちろん、学校でするんさね~。範囲は校舎内のみで外には出ない。暑いからね。あと、かっきーもいるからトイレや更衣室は禁止。鍵の掛かった準備室とかもダメってことで~」
「わぁ~! 面白そう! やってみたいな!」
「……ふふっ、そうね友奈ちゃん。そう思って既に皆を呼んでいるわ」
「学校もお休みで人もいないからね~。勇者部の月次イベントは本気を出さねば!」
「園ちゃん、今日はガチなんだね!」
「ふっふっふ……。遊びだろうと本気出す。それが人生を楽しく生きるコツなのだぜ!」
「あんなことを言っているけど……、止めなくて良いの」
「まあ、今までの園子ズによるイベントに比べたら健全なものだろう……。それに、アレはもう何を言っても止まらない。そういうパターンだ」
「今日の若葉ちゃんは悟り若葉ちゃんですね」
「ん~、取り敢えずあんまり熱くなりすぎて怪我だけはしないようにね。部長との約束よ」
そんなこんなで決行されるイベント。
この異世界に呼び出されて構成人数だけは増えた勇者部、しかし部室は狭いままだ。
日々、バーテックスとの闘いを繰り広げ、そして奪われた領土を取り戻す。そんな闘いの日々の中で互いを知り、普段の生活や交流を増やすことで、お互いの仲を深めていく。
そういった催しを行うと決まったのは少女たちの性格を考えると自然だった。
最近は園子がイベント係のようになった勇者部による勇者部の為だけの楽しいイベントは各々のバースデーパーティーに始まり、釣り、花火、山でキャンプ、海でバーベキュー、紅葉狩り、ハロウィン、雪合戦と飽きることなく様々な内容を繰り広げてきた。
そんな定期的に開催されるイベント、今回は『かくれんぼ』らしい。
「せっかくだから、見つける側が見つけた人に対してなんでも好きなことを一つ実行出来るみたいな罰ゲームがあると盛り上がると思うんだよね~。ほら、わっしー、ゆーゆを捕まえた後のことを想像して……鼻血出し過ぎだよ~」
「千景さんはこういうの得意そうっスね!」
「……そうね、まあ、スニーキングはゲームでも得意よ」
「スニーキング? なんスかそれ! 響きからしてなんか格好良さそう!」
「今度一緒にしましょうか」
制服が夏服になったとはいえ、勇者部の密集具合は凄まじい。
可憐な少女たちで構成されている中に紛れた黒一点としてはちょっと動くだけで誰かと触れ合える環境を喜ぶべきだろうが、しかし暑さには勝てない。
「一応制限時間を設けるってのはどう? 九十分ぐらいで良いんじゃない?」
「良いんじゃありませんの? まあ? 私にとっては九十分でも数時間でも余裕ですが」
「弥勒さんの根拠の無い自信はどこから……」
夏服から透けるブラ紐や二の腕が眩しく見える。
ルールの詳細が明確化していくのは人数がいることと積極性が高いからか。支給された棒アイスを舐めることを口実に無言を保ち、少女たちの夏服姿をぼんやりと目を向け続ける。
「それにしても暑いな~。こういう時、シンプルなアイスのバニラ味はタマに食べると美味しいんだよな~」
「オレンジ味も良いよ! ……ん? あっ、棒の部分にあたりって書いてる! やったー!」
「おめでとう、ゆーゆ。ちなみにアイスの棒の部分であたりが出た人は隠れる方ね」
「そんな簡単に出る訳……あたり!?」
「いつの間にこんな小細工を……」
「乃木パワーで~す!」
本日差し入れと称してアイスを持ち込んだのは園子の二名だ。
驚愕に震える若葉に笑みを見せ、何故か俺にウインクを見せる彼女。可愛い。
園子の何気ない仕草に高まる鼓動を鎮めるべくアイスを食べる。
抹茶味のそれは舌の上でトロリと溶けて、ひんやりとした冷たさを身体に届ける。
そうして余韻と共に僅かに齧った木の棒には薄くあたりの文字が残る。
「亮くんは私が見つけるわね」
「────」
突然、ふにゅっと背中に感じる柔らかい感触。囁かれる甘い声音。
その瞬間に思い出されるのは夜の情欲と女の喘ぎ声。意識して押し付けてくる硬いブラとシャツ越しの乳肉の柔らかさと声の甘さは体内のアイスを溶かすほどの淫熱を思い出させる。
奥ゆかしい少女、東郷は人目を気にしたのか一瞬だけ俺の手を握り、耳元に囁く。
「私が見つけたら……」
振り返り目に映るのは微笑を浮かべた大和撫子。
百人中百人が振り返るような美貌の持ち主は、翡翠色の瞳に波紋を広げる。
「また、食べちゃうから」
「────」
「その逆も、ね」
「────」
「どこに隠れていても絶対に見つけるからね」
すぐに離れる東郷。
揺れる黒髪、背中に何かを言うべきかと悩むが、彼女は振り向くことなく手を上げる。
何の文字も書かれていない木の棒は、彼女が捕食者になったことを示していた。
「……加賀くん」
「おっ、先輩じゃん」
「だから先輩って……もういいわ」
本日一番身体が冷えた瞬間に声を掛けてくるのは訝し気な表情の千景だ。
最近黒髪を見る時間も触る時間も増えた気がする。
黒髪少女、その次も黒髪の少女、己の髪の大半は黒髪であるから親近感が湧いてくる。
「どうしたんです? 俺がいないと寂しくなっちゃいましたか?」
「そんな訳……ないでしょ……。もうすぐゲームが始まるわよ」
溜息交じりの言葉に周囲に目を向ける。
千景の言葉通り、既に全員アイスを食べ終わり移動を開始していた。彼女が此方に見せた棒にはあたりと書かれており、仲間であるのが分かった。
「いや、かくれんぼに仲間も何もないんだろうけどさ」
「そうね。普通スニーキングミッションは一人でするものよ」
ゲームと現実を混同しがちな少女。
自他共に認める、昔は少し中二病だった黒髪の少女は余裕気な笑みを浮かべる。
頼りになりそうな彼女ならばきっとこの戦いも生き残ることが出来るだろう。
「えっ、ぐんちゃん。一人で隠れるの?」
「たっ、高嶋さん!?」
そんな彼女の元に迫りくる薄紅色の髪の少女。
少しだけ悲しそうに眉を顰める少女、高嶋友奈の声に千景は目を見開く。
「たかひまっ、高嶋さん、違うのっ、これは……」
「私もあたりだったんだけど……一人で隠れるね。残念だなー」
「あ、あの……私も一緒に……」
「えっ、本当に!? やったー! ありがとうぐんちゃん! ぐんちゃんがいたら百人力だよ!」
「そ、そんなことは……」
千景の意思など簡単に変えられてしまう少女の笑み。
頬に朱色を差し、困ったように目を逸らす千景の手を高嶋は掴む。
「あっ、りょーくんもあたり組だよね? 一緒に隠れる?」
友奈に良く似た顔の少女がそんなことを告げた。
あっけないほどにあっさりと千景の心を絡め捕った少女に俺は少し考えて首を振る。
「ん、いや三人もいると見つかるから。それよりもう始まった?」
「ううん。十五分後に開始だよ」
「見つける組はどこからスタートするんだっけ?」
「えっと……どこだったかな?」
「……更衣室に見つける組が集まって、時間が経過したら探し始めるらしいわ」
気が付くと部室には既に俺と高嶋と千景しかいなかった。
俺が数秒ほど東郷と千景に関心を向けている間に戦いは既に始まっていたようだ。勇者部の部室はこんなに広かったのかと、少女たちの残り香を呼吸の度に肺に収めながら口を開く。
「ちなみに二人はどこに隠れる予定?」
「そうね……基本的には隠れないわ」
「というと?」
「敵が来る度に見つからないように移動する……そうして相手が既に調べた場所に潜伏ね」
ルール上、隠れた場所から動いてはならないという訳ではない。
移動の最中に見つかったらアウトというリスクがあるが意外と有効な気がする。
「ほぇー、ぐんちゃんの作戦ってすっごい本格的だね!」
「ありがとう高嶋さん。……加賀くんは?」
「秘密です」
「……どうせ考えていないとかでしょ。そこの段ボールにでも入ったら?」
「あはは……。それじゃありょーくん、またあとでね!」
少しだけ不機嫌な表情を見せる千景を引き連れていく高嶋友奈。
彼女たちの後ろ姿を見届けて、一人、俺は無人となった勇者部部室に残る。
壁に掛けられた時計を見ると開始まで十分もない。
「────」
このまま見つかっても良いが、それは園子的には興醒めだろう。
たかが遊び、されど本気で遊ぶというのが俺と園子の昔からの暗黙的な了解だ。
残り時間で隠れるとしたらどこが最適だろうか。
大抵の場所は間違いなく他の勇者部の人間も思いつくだろう。
俺は少しだけ考えて、部室にあるロッカーに隠れることにした。
ここは部室を使用する者ほど物が中にあることを理解している為、覗き込むことは無いだろうと俺は判断した。残りの数分を掃除と片付け、そして偽装に使い、開始と同時に中に入る。
「灯台下暗し作戦、決行」
埃臭さは特にはない。
勇者部の清潔さは綺麗好きな少女たちによって隅々まで行き届いている。
うす暗いがそれなりに広い物件。
ロッカー扉上部には小さなスリットがあり光が中に入る。また扉の内側には正方形の鏡が備え付けられており、四六時中自分の顔を見ることが出来る。
「――――」
加賀亮之佑として転生して十数年。
この神樹の構築した異世界で過ごすこと数年。
血紅色の瞳が特徴的な少年。
白髪混じりの黒髪は僅かながら不規則なカールを見せる。生まれた瞬間から変わらないそれらをジッと見つめながら、時折思い出したように口端を緩めて笑顔の練習をする姿は不気味だ。
無表情よりも笑顔のある方が接しやすいだろうと始めたトレーニングは続いている。
「……」
そんな風に孤独に過ごすこと数分。
ロッカー越しに僅かに部室の扉を開ける音が聞こえ、鏡の中の少年は目を細める。
耳に意識を集中して、静かに、だが確実に此方に走り寄る音に無言で扉の取手を掴む。
「ここなら……、あ、あれ」
なんということだろうか。
作戦は何者かに筒抜けであったらしい。
そんな驚愕と己の浅慮に対する失望を胸に、腕に力を籠める。
「こんなに重い訳が……まさか、誰かいるのか!」
切羽詰まった声は扉越しにくぐもっており誰なのか判別が難しい。
扉の先の相手と腕比べをしながら、俺は無言でロッカーに引き籠る。
「頼む、開けてくれ! 見つかりたくないんだ!」
ドンドンと叩く音に数日前に見たゾンビ映画を思い出す。
声を出すなと悪態を吐きたくなりながらも、耳を傾ける。
「ひなたに、見つかる訳にはいかないんだ! 頼む! なんでもするから入れてくれ!!」
「なんでもって言ったな」
手を離すと、ガチャリと力強くこじ開けられるロッカーの扉。
開けた先で急に開いたことと中にいた俺に呆然とした顔を向ける少女の腕を掴む。そのまま口を開くよりも先に少女を中へと引きずり込むと静かにロッカーの扉を閉じる。
再び薄暗闇が広がるが、今度は少しだけ狭く、人肌の温かさを覚える。
「りょ、亮之佑!?」
「静かに」
此方を認識した途端、暴れようとする少女を優しく抱き留める。
長く煌びやかな金髪を後ろで纏めた髪型は、時折園子も真似ることのある独特な物。髪色は確かに子孫である園子と似てはいるが、頬を赤らめ釣り上げた眼差しはあまり似ていない。
そんな刹那的な思考を切り捨てて暴れる彼女の動きを止める。
「はにゃっ!?」
勇者部としてのリーダーが犬吠埼風ならば。
勇者としてのリーダーは乃木若葉であるというのは恐らく誰もが認めている。それだけの戦闘力を裏付けする数多の戦闘経験は、少女の凛々しさにも反映されている。
乃木若葉は男女問わずにモテる。
誠実で悪いことは悪いと言える委員長タイプの少女だ。
「お、おい、どこを触って……耳、はっ……」
そんな彼女の弱点である耳元を甘噛みしながら壁に押し付ける。
両脚の間に脚を挟み込み、抱いた腰は鍛錬の成果だろう、無駄な肉が少ない。
こうして密着すると少女の汗の香りが鼻腔をくすぐる。
追手から逃れる為に走っていたのだろうか、首筋にうっすらと汗が浮かぶ。首元にリボンの付いたサックスブルーのブラウスは汗を吸い、水色のブラと肌を透かしていることに彼女は気づいていない。
その眼差しはキッと俺のみを睨みつける。
反抗的な態度を前に、俺はもう片方の耳に吐息を吹き掛ける。
「こ、こんなことをして覚悟はひゃぁぁぁ……」
普段から親友であるひなたに弄られ調教されているのだろう。
耳を触るだけで面白いほど簡単に彼女は全身の力を抜く。股の間に押し付けた膝に柔らかい感触を覚えながら彼女が座り込まないように力を籠める。
肩を叩く両手を掴むと勇者の力の無い少女はあっけないほど簡単に拘束された。
そうして少女の耳に小さく静かにするように囁く。
その数秒後のことだった。
「──若葉ちゃーん。どこに隠れているんですか〜?」
余裕のある声色、その少女の声が近いことに気づくと紫紺の瞳が揺れる。
既にゲームは始まっているのだ。理由は不明だが彼女が泡を食ってここに隠れる原因、その少女が勇者部部室に脚を踏み入れていた。
それを理解したのだろう、俺と目を合わせる彼女の耳元に囁く。
「このまま突き出して見逃して貰おうかな?」
「……!」
「静かにしていて欲しい?」
こくっと白い喉を鳴らすのが分かった。
汗と少女自身の混ざった香りとロッカーに籠った熱気に頭がクラクラとする。
「……」
「なら、抵抗しないで」
言葉にはせず、瞳に波紋を広げる少女。
そっと顔を背ける若葉、その肩に顎を乗せて呼吸のみを繰り返す。ぎゅっと抱きしめた身体は華奢でありながら、それなりに豊かな乳房の存在を確信させる。
押し付けてくる彼女自身は意識することなく気配を隠すことに専心していた。
「……」
「……」
飲み物と時計を持ってきていなかったことを俺は悔やんだ。
背中に伝う汗の存在を感じながら、長く感じる時間の果てに俺と若葉を見つけられなかったハンターは去ったらしい。
僅かに聞こえる部室の扉を閉める音にどちらが溜息を吐いただろうか。
ビクッと下半身を震わせる若葉が俺の耳に囁く。
「っ……あ、脚」
「何?」
「脚をどかしてくれ……」
「どうして?」
「どうしてって……い、いいから離れろ……」
「残念だけど狭いから」
「耳元で喋るな……後ろにスペースがあるだろ」
「ないよ」
「どう見てもあふぅぅぅ……!」
赤らんだ耳に喋りかける度に身体を震わせる少女。
ゆっくりと膝を揺すると、頬に差す朱色が濃くなる若武士の表情。
俺の肩を叩いてくる少女の背中を撫でると、ぐっしょりと濡れたスクールシャツに張り付く髪。
「声出したら見つかるよ」
「誰のせいで……!」
「えっ、人の所為にするの? ここに入るときになんでもするって言ったよね」
「それはっ、亮之佑がいるとは、思わなくて」
「嘘吐いたの?」
「ちがっ、そうじゃ、ぁ……んんっ。こ、これ以上やったら怒るぞ!」
ぐにっと押し付けた膝に僅かな湿り気を覚える。
耳だけではなく顔まで赤くした彼女は怒気で震える小声を吐き、咳払いすると両脚の間に入り込んだ脚を下げようと手で押す。
「じゃあ、どうしてあんなにひなたさんから逃げていたの?」
「……捕まりたくないから」
「嘘だな。それだけならあんな切羽詰まって逃げたりはしないだろう」
「そういう訳では……」
俺が彼女の髪に手を入れた。
金色の毛髪は一本一本が滑らかで、手入れが行き届いている。
「ひなたさんからの罰ゲームって……エッチなのだろ」
「ちがっ、私とひなたはそういういかがわしい関係ではない! アレはただの医療行為だ」
「俺と千景がしているみたいな?」
「ああ」
「…………」
「…………──!!」
静寂が広がり、震える吐息が狭いロッカーに響く。
ゆっくりと自分が何を口にしたのかを理解した少女はみるみるうちに顔を赤くする。挙動不審気味に目を左右に泳がし、必死に目を合わせないようにする彼女。
その姿は吐き出した言葉が真実であることを証明していて、
「やっぱりあの時見てたんだろ」
「あ、いや、ちがっ……卑怯だ!」
「どっちが。ああいうことを夜な夜な二人でしているんだろ? いやらしい女め」
「~~~~!!」
俺の手首を掴む少女の力は強い。
睨みつける紫紺の瞳には様々な感情や熱を過らせ、幾度も口を開閉させる。
「ちがっ、信じられないかもしれないが……ここ最近、戦闘後に時折身体が疼くんだ。それで、ひなたに相談して、何度かそういうことをして、その度に疼きが強くなって、だから──」
「見ろよ、若葉」
慌てたように言い訳を口にする彼女の顎を掴み横を向かせる。
閉められたロッカーの扉、その内側に備え付けられた鏡には少年と少女が映る。
「あの日、俺と寄宿舎の廊下で話した時さ、気づいてないと思ったか?」
シャツを汗ばんだ肌に吸い付かせ、赤らんだ顔。
他人の情事を目の当たりにして興奮を覚えた、熱く濡れた瞳。
「あの時もこんないやらしい顔をしてたよ」
若葉が目を逸らし、腰に回した俺の腕を掴んだ。
俺は彼女を抱き寄せ、軽く耳を噛む。
途端、若葉は顔を逸らした。
「ぁっ!」
熱い吐息。
ロッカーの空間に、少女のかぐわしい甘い香りが漂う。
くすぶっていた淫熱が更なる熱と混じった淫香が俺を狂わせようとする。
「俺も疼きは治せる。ひなたさんよりも、たぶん、ずっと上手く」
頬を撫でていた手を耳へ。
軽く挟み、撫でるだけで若葉は身を竦ませた。
スカートの奥、脚の付け根に押し込んだ膝は布切れ越しに確かな湿り気を覚えた。
抱きすくめた若葉が、俺を間近で見つめた。
睫毛の長い、意思の強い瞳。それが熱く潤んでいる。
「園子は……」
「ん?」
「いや──」
若葉が何かを言いかけ、やめた。
僅かに呼吸を乱した少女が批難するような目で俺を見上げた。
「亮之佑も、身体の疼きを治せる。そう聞いた」
「そう。ただの医療行為だって」
言い訳を、建前を、口にする。
許可を求めるように若葉は俺を見上げる。
柔らかい頬を撫で指先が唇を突く。
ふにゅりと瑞々しい唇が震え、その上を指が滑る。
汗が伝う。
若葉の唾液に濡れた唇が、小さく動く。
「私は口が堅い。だから」
「……」
「──ひなたには、言わないでくれ」