勇者部では知名度の上昇に伴う人員不足の問題が常にあった。
神世紀時代の7人のみだった頃は無茶な量の依頼を持ってくる風を吊るす事も多かったが、神樹が形成したこの世界では様々な時代から美しい勇者や巫女が召喚され問題は解消した。
召喚される勇者の中には勇者部の存在を疑問視する声もあったが今では立派な労働力だ。
結果、勇者部の部室として割り振られている室内は肉詰め状態だ。
全員が集まると身体を少し動かすだけで誰かしらと触れ合うほどに狭い。
そうして人が集まるれば、些細なことが原因で言い合いになることもある。
この世界で年月を送り精神が成熟したと言えども、少女の肉体に足を引っ張られるのか、
「うどんうどんうどん!」
「蕎麦蕎麦蕎麦!」
「ノー!」
好物の話一つで大いに盛り上がれる少女たちの姿に俺は肩をすくめた。
どちらの食べ物が優れているのか優劣を競いたがる者たちの語り合いは尽きない。
「パスタやラーメン、素麺よりもやはりうどんの方が優れているのは比べるまでもない!」
「いいえ! やはり蕎麦! 蕎麦こそが世界を救うのよ!」
傍から見ている分には微笑ましい言い争いだ。どちらでも良い。
勇者部の割合としては生まれた土地にもよるだろうが、うどんを好む人が多い。蕎麦派を主張する西暦時代の勇者の一人である白鳥歌野と、うどん派の代表として相対するのは乃木若葉だ。
「まったく、あの二人も飽きないわね……。ん? 何見てんのよ亮之佑」
「見たら悪いのか?」
「悪くはないけど……」
「美少女を見ることに理由がいる?」
「あ……あっそ。……悪いけど、今更そんな言葉で照れると思ったら大間違いだから」
「耳赤いぞ~」
「うっさい!」
呆れた口調で呟く夏凜の言葉に、彼女たちの姿を遠目に見る。
勇者部部室には他にも少女たちがいるのだが、西暦時代の少女たちによる『うどんと蕎麦はどっちが美味しいか』対決に加担することも目を向けることも今では殆どない。
既に何年間もこの議論が語り尽くされ、枯渇してしまったからなのだろう。料理や部活の支援、時間の掛かる猫の捜索といった依頼の解決をするべく部室の外へと脚を向ける。
「はぁ~……小さい若葉さん、かわいいなぁ……」
「語り尽くせば日がまた昇る……二人のライバル関係にいつの間にか見知らぬ感情が芽生える……。ひょっとしてこれが恋? 二人の愛のロマンスが今、始まる……ビュオオオオウウ!!」
「始まってたまるか!」
モゴモゴと口内で何かを呟く少女や、風を吹かせメモを取る少女に若葉の顔が向けられる。
キラキラとした眼差し、大きな瞳に宿す感情を抱くふわふわ少女の世界には何者も踏み込めない。そんな独特の世界観を構築している個性豊かな少女たちを壁際から見つめる。
「でも~、ご先祖様もそんなこと言いながら歌野先輩とイチャイチャしてるでしょ?」
「だ、誰がイチャイチャなどしているか!」
若葉が小さくなる現象は神樹が現在修正を行っているらしい。
らしい、というのは神託が来たと告げる巫女組からの言葉によるものだからだ。
神樹の言葉を聞くことも交信することも出来ないが数日中には元の身体に戻れると聞いて、勇者部の少女たちが喜んでいたのを覚えている。
「ヘイ! 亮之佑さんはどっち?」
「──あ?」
「あ、じゃなくて、蕎麦派かうどん派かって話よ」
壁際でサプリをくれた自称完成型勇者と戯れていると話しかけられる。
西暦時代、農業王を自称する長野県の諏訪で勇者をしていた少女。
若葉と同じ時代、俺の前世と同じ、或いは似た時代から訪れたであろう彼女は会話にときおり英語を混ぜるという初めて観光に来た外国人のごとき不思議な口調を聞かせる。
英語という言語自体、この世界では無用の長物となった代物だ。
神樹の内部ではない元の世界には外国どころか四国の外に人などはいない。雑魚と揶揄される星屑に多くの人々はなすすべもなく捕食され、壁の外にあるのは地獄のような赤い世界。
300年前から英語の勉強は変わらず続けているのは、壁の中の人間に希望を見せる為か。
「んお、そうだな……」
歌野の英語混じりの会話に余所へ向かった思考を呼び戻す。
蕎麦派の歌野とうどん派である若葉の端正な顔を見比べる。期待を見せる歌野の顔と、俺を見ると何かを思い出したかのようにそっと目を伏せる少女たちの反応に頭を動かす。
「あらら? 若葉、どうかしたロッカー?」
「い、いや!? なんでもない! ……そ、それよりもビシッとうどん派だと言え!」
どちらでも良い。そういった曖昧な解答が全てを敵に回すということは間違いない。
この世界の住人は遺伝子組み換えでもされたのかという程にうどん狂いだ。
うどんは主食、水を飲むようにうどんを食べる。蕎麦派は少数となるのは当然のことだ。
「俺はどっちも好きよ。辛いともっと良いけど」
「あんたは辛ければなんでも良いんでしょうが」
「失礼な」
この世界は年越しうどんが主流だが、個人的には年越し蕎麦を食べもする。
身体はうどんを欲する時もあるが前世の魂は蕎麦でも良いよねと相槌を打たせる。
彼女たちのように優劣を争うという行為自体が無意味なのだ。そんなことは言い争う美少女たちを見ているだけの自分でも分かるのだ。
当人たちの理解など既に及んでいることは間違いない。ならば何故──、
「ご先祖様と歌野先輩はね~……ああすることでしかイチャイチャできないんさ」
「悲しき愛情表現か」
「そうなんよ……。蕎麦とうどんを主張しあう二人の愛は年の差を超えて燃え広がっていくんよ」
「年の差って」
ふわりと背中に抱き着いてくる柔らかさと温かさは忘れられない。
その少女の香りも声も感触も、目を閉じたとしても間違えることはない。
ブロンドヘアを青色のリボンで纏めハーフアップにし、前髪をパッツンに揃えた髪型。琥珀色の大きな瞳を創作意欲に輝かせ、片腕に猫のような枕を抱いた幼い少女。
見知った顔立ちだというのに、背格好も浮かべる表情も少し幼い。
「園ちゃん」
乃木園子だが乃木園子ではない。
数年前の、俺と彼女が大赦や大人たちの都合で会えなくなった後の彼女。神樹館小学校の制服を着用した彼女に目を向けると、ふわふわとした笑みを浮かべる。
瞳に信頼の色を滲ませて、目を奪われるような優しい声色で艶やかな唇を震わせる。
「かっきー先輩は依頼終わったの~? それともサボり?」
「依頼なら夏凜と終わらせてきたよ」
この世界で長い年月を共にした間柄だ。
贔屓目を引いたとしても、そのお嬢様然とした装いには芽生え始めた色気を感じる。
「園ちゃんはいつだって可愛いな」
「えへへ~……ありがとう、かっきー先輩」
「──、先輩はいらないよ。俺と園ちゃんの仲のだろ」
「先輩って属性をかっきーに付与できるのはこの私だけの特権だからね~。成長した私じゃ絶対に出来ないから、そう呼んじゃうんよ。私、かっきーの後輩してる~!」
心地よい声色を響かせて俺の身体に抱擁する少女。
ふわりと羽のように軽い身体を抱き返すと楽しそうにキャッキャッと笑みを浮かべる姿に心が洗われる気分になる。
「ちょっと待て! さっきから聞き捨てならないことを言うな! こらっ、乃木!」
「ぴええ~、ご先祖様が怒った~」
激昂しやすい短気な少女の姿に悲鳴を上げる子孫の少女。
歌野との蕎麦うどん対決を取りやめた若葉(小)は眦を釣り上げると、俺の背中に隠れて妄想を垂れ流す園子(小)を捕まえようと迫りくる。
「む、何だその手は……」
そんな若葉の進撃を止めるべく俺は両手を広げる。
背後にいる小さな少女を守る為にと立ちはだかる俺と若葉が対峙する。
「何だ亮之佑、私と戦るのかってああっ!?」
「高い高ーい! そして友奈直伝のハグ攻撃!」
「こ、こらっ、離れろぉ〜!」
「ハッハッハ!! 何だ若葉、俺と戦るのか?」
「くっ……!」
堅物な少女は絡め手に弱い。
それを体現するように、脇を掴み身体を持ち上げて抱擁すると乙女のような反応を示す。ブラウス越しに抱いた肌は柔らかく、程よい脂と肉が乗った身体は徐々に熱を帯びていく。
そもそも普段よりも小さくなった身体で何をしようと言うのか。
「ああ!? ズルいです亮之佑さん! 私にも若葉さんを抱かせて下さい!」
「いや……あんずは何を言ってるんだ」
正々堂々を謳う騎士道精神の塊のような若葉に友奈直伝のハグ攻撃。
人肌で心を落ち着けながら、相手とのスキンシップを図るという技は神樹が見初めた無垢な少女たちには有効であることを俺は実体験を通して知っていた。
「ふぅー」
「はにゃぁぁ……。 ひゃめっ、耳は……!」
大抵のことは吊るすだけで許してくれる少女の一人は耳が弱い。
その怒りを鎮めるように、そっと息を吹き掛けるだけで首を反らせて逃れようとする。背中から抱き着いた園子の腕がきゅっと首を絞めるのを感じながらも公衆の面前で少女を鎮める。
せっかくなので、ひなたが周囲に若葉との仲を見せつけるような耳への甘噛みを再現する。
「もっと広い心で笑って許さないとな? ダメだぞー」
「分かった! 分かったから……くぅ……、んっ」
「はわわ……!」
呆然と見守る少女たちを余所に、俺は若葉と戯れる。
おんぶ、というよりも首に腕を回して垂れ下がる園子が無言で力を強め、視界が少しずつ黒く染まっていくのを感じながらも若葉がへにゃあっと床に座り込むまで耳を弄ぶ。
顔を赤らめ荒い呼気で目元に涙すら浮かべて俺を睨む若葉は可愛らしかった。
「……元に戻ったら覚えていろよ」
「きゃあ! こわ~い。というか園ちゃんはそろそろ首離して」
「あっ、えへへ……ごめんね」
驚愕と畏怖の混じり合った視線を感じながらも風雲児の撃破に成功した。
ふにゃふにゃになった彼女のフォローを考えていると、くいっと制服の袖を引く少女に気付く。
「……やりすぎよ」
「ぐんちゃん先輩」
「せめて呼び方くらいは統一して。……それと、あなたにちゃん付けされるのはちょっと……」
「冗談ですよ、千景先輩」
半眼でジロリと俺を見上げるのは黒髪の少女。
趣味のゲームの腕は高く、大鎌を使用する勇者は俺の行為を責める。
「もうすぐ上里さんが帰ってくるから、……ここから離れた方がいいわ」
「ひなたさん怒るかな?」
「乃木さんが小さくなってから……随分と過保護になってたから」
「ああ……」
ロリ武士という新たな属性を身に着けた若葉に専属の巫女は母性でも芽生えたのか。
東郷が友奈に向ける目線以上に、些細な動きにカメラで写真を撮り、食事を共にし、風呂も共にして、普段以上に保護者の真似事をしているひなたが泣かされた若葉を見てどうするのか。
「ありがとう千景パイセン。今度部屋にクッキーでも持っていくよ」
「……え、ええ」
「──次こそは先輩の全部が見たいな」
「……っ」
「なんてね」
感謝の意味を込めて1歳年上の先輩を抱擁し、部室を出る。
旧世紀の外国ではハグやキスが挨拶なのだから何も問題は無いだろう。友奈が抱擁して良いのに、何故俺が抱擁してはならないのか。友奈風の女装をすれば良かったのだろうか。
廊下を歩き数分ほど、そんな取り留めのないことを考えていると、
「亮之佑さーん? どこですかー?」
と、背筋を凍らせるような声が遠くから聞こえた。
誤魔化す為の論理武装も言い訳も吹き飛ぶような、恐ろしい声音。感情的になった女が何をするか分からないのは記憶にある東郷が証明している。
こういった場合は、基本的に隠れ潜んで相手が冷静になるのを待つしかないのだ。
「逃げるか隠れるか、だ」
そうなれば俺が行う次の手は隠れるか逃げるかの二択だ。
自宅へ逃げ帰っても良いが、その道中に他の部員に捕まり部室に戻る未来が見える。そういう能力がある訳ではない。これまでの部活動を通してその可能性が高いと感じたのだ。
では、どこへ隠れるべきかなのだが。
「亮之佑先輩!」
「天使!」
「天使? そうではなくこちらに隠れませんか?」
近くの空き教室の扉が開き、ブロンド髪の少女が顔を見せる。
小さい若葉や園子に負けず劣らずの幼さのある彼女は心配そうな表情を顔に浮かべる。そんな手招きをする巫女の誘いに俺は頷く。
普段は使われていない空き教室、その部屋の隅にある準備室に足を踏み入れる。
教師も使用することの殆どない部屋は物が整理され、掃除が床にまで行き届いている。
空き教室の準備室。
二重の扉という隠れ家に僅かに安堵の嘆息をする俺に亜耶は静かに微笑む。
神世紀時代、俺や友奈と同じ300年には勇者の他に防人と呼ばれる部隊が存在する。
バーテックスを撃退するだけの勇者とは違い、壁の外での御役目に従事する少女たちの唯一の巫女が国土亜耶だ。サークルの人間にモテている姫と言えば分かるだろう。
「どうして?」
「ちょうど、学校側の依頼でこの部屋のお掃除をしていたので」
「あっ、いや、そうじゃなくて……」
可愛らしく小首を傾げる亜耶に思わず苦笑する。
慌てふためいて無様を晒していた自分を人のいない部屋に匿ってくれたのは──、
「……? なんとなく亮之佑先輩が困ってるようにみえたので」
「────」
「困っている人は放ってはおけません」
「────」
その笑みの眩しさに俺は己を恥じた。
罠ではないかと、少しでも疑念を抱いた自分の汚さに嫌悪感すら覚えそうになった。
「亜耶ちゃん、ありがとう。お礼に俺に出来ることだったらなんでもしてあげる」
「なんでも、ですか?」
どこか天然気味な彼女の無垢な姿は出会った頃の友奈を思い出させる。
不思議な親近感、もっと一緒にいたいと思わせる姿は防人の少女に人気なのも頷ける。
「ちなみに大丈夫ですとか、何もなかった場合は、なんやかんやで俺が死にます」
「ええっ!? わ、分かりました。えっと、そうですね……ううーん」
うんうんと頭を働かせて悩む無欲な少女の姿に思わず頬を緩めて。
やがて、パンと小さな両手を叩いた亜耶が明るい表情を見せた。
「あっ!」
「お金かな?」
「違います! その、……前に若葉先輩と一緒にした授業、あの続きをして欲しいです!」
おくれてごめーん。話が全然まとまらんかった。
若葉にするか、夏凜にするか、園子(小)にするか延々と悩んで亜耶ちゃんになった