──人を背負う、その行為には意外と気を使うことが多い。
「あ、あの……大丈夫ですから」
「うん? いや、気にしなくて良いよ~」
身体を揺らせば当然背負った相手にも振動が届き、最悪転ぶことがあれば共に怪我をする恐れすらある。注意を払い、散漫となる集中力を引き締めなければいけない行為だろう。
何より意識の無い間に運ばれる、脚を怪我したといったどうしようもない例外を除いて、見知らぬ他人に背負われることをストレスや不快に思うことは当然だ。
だからこそ、他人を背負うという行為にはそれなりの信頼関係が必要になる。
「それとも嫌だった?」
「あっ、嫌ということはないのですが……」
吐息を漏らす俺の思考を堰き止めるように少女は言葉を発する。
たどたどしく、どこか幼くも優し気な声色。首に回した腕と薄くも確かな柔らかさを伝える乳房が押し付けられ、背後から密着するように抱えた少女の体温と鼓動が伝わる。
トクントクンと聞こえる心の鼓動が彼女が落ち着いていることを証明している。
「その……重くないでしょうか?」
さらりと肩から髪の毛を垂らし、ふわりと甘い香りを漂わせる。
──どうして少女という生き物はこんなにも良い香りを放つのだろうか。
一瞬、どこか宇宙の彼方に向かいそうになった意識を保ちながら深呼吸を続ける。
日が沈む速さが増した季節、陽光が地平線に消えそうな中で俺は視線を彼女に向ける。幼くも彼女もそういったデリケートで繊細な部分は気になるらしい。
「いや、全然。風先輩の方が重いから」
「それは……流石に風先輩に失礼ではないのでしょうか……?」
「風パイセンの体重は女子力で出来ているから、何も問題ないんだ。……問題、ないんだ」
「な、なるほど」
「それに亜耶ちゃんをおんぶしたかったから。……疲れただろう?」
「それは……」
チラリと横を見ると夕日に映えるブロンドヘアに翡翠色の瞳の少女。
大人の階段を上ったからか、無垢であった幼い顔に知識と経験を宿したように見える。
──この少女を俺が汚したのだ。
そう考えると、仄暗い感情が首筋を撫でる。
神樹を信仰する者を犯し、未知への快楽を教えさせた。
自慰を覚え、性行為を覚え、その喜悦を他者に与える彼女をまだ無垢と呼べるのか。
俺の言葉に彼女は瞬きを繰り返す。
夕焼けに照らされる幼い巫女はやがて艶やかな唇を開くと、
「そうですね……。少しだけ疲れました……」
「なら、今日はぐっすりと眠って芽吹たちを悦ばせられるように修行しないとね」
「はい。今日はありがとうございました、亮之佑先輩」
「いいってことよ。……亜耶ちゃん、頑張ってね」
「はい!」
「あと、今日のことも秘密ね」
「……ふふっ、また秘密にすることが増えてしまいましたね」
弟子、というほどではないが俺の教えを受けた巫女。
素直に学んだ彼女は宣教師かウイルスのように他の勇者や巫女たちにも快楽を教えるのだ。
そんな風に無垢な少女が減っていけば、神樹はどうするのだろうか。
「……亮之佑先輩?」
「うん?」
思考の海に沈む俺を引き上げた巫女の言葉。
彼女の言葉に顔を上げると、既に寄宿舎の玄関前に到着していた。
「ここで大丈夫ですよ」
にこりと笑みを浮かべる少女が背中から下りる。
柔らかな感触と温もりが消えていく感覚に眉をひそめそうになりながらも頷き返す。
乱れた制服を直した彼女が地面に降り立つと、少し呆けた顔で周囲を見渡す。
寄宿舎と言えども、別に乃木家のように愉快な遊具はない。
少女の視線の先が人を探していると理解したのは、視線が重なってから。
「それにしても、ひなた先輩だけでなく誰にも見つかりませんでしたね」
「ああ。実は俺は忍者なんだ。だから誰にも見つからなかったのでござる」
「そうだったんですね! どんな術を使えるのですか?」
「誰にも見つからずに帰宅する術」
「凄いです!」
そっと下腹部を撫でる制服姿の巫女は色気のある笑みを見せる。
人の言葉に疑いを覚えないのか、或いは単純にスルーされただけなのか。それを確かめようと口を開く前に少し名残惜しそうな顔を見せる巫女が足早に寄宿舎に入っていった。
その翌日のことだった。
若葉に過保護な巫女の追撃に備えて勇者部を病欠することを考えていた俺は友奈に捕縛されて部室に来ていた。彼女の可愛らしい誘いを断ることなど出来る筈が無いのだ。
「……だ~れだ?」
キャッキャッと快活な笑みを浮かべる少女たち。
勇者部の部室で椅子に座った俺の目を背後から掌で塞ぐ少女の声。
くすくすと笑う声は二人。
無防備な少女たちは抱き着くように自らの身体を押し付けて柔らかさを主張する。後頭部を抱くように当たる少女の乳房はふにふにと制服とブラ越しに柔らかさを伝える。
「────」
「分からない? 私だよ、私」
「違うよ。私だよ、私」
「…………」
「「誰だと思う?」」
唐突だが、加賀亮之佑は勇者部の黒一点である。
女性陣だけならば無防備になるところを男の目を気にしてスカートが捲れたりしないようにする程度には元々意識されている。
共に時を過ごし、御役目を通じて多少の仲を深めることで友人にはなれる。だが、異性である以上、ある程度の距離感があった。その距離も行為をした者ほど無くなる傾向だが。
ともかく勇者部の部室という場所で堂々と距離感を無視して触れ合う少女は一握りだ。人前で異性と触れることを遠慮する奥ゆかしい少女が多い中、彼女の接し方は過去も未来も変わらない。
なにより、これだけ長く共にいて間違える筈がない。
ふわりと漂う香りは嗅ぎなれた花の香り、耳に囁くその声は幾度も聞いたから。
「友奈」
「正解ですが……どっちの友奈でショー?」
「ゆ……高嶋さんが目を押さえつつ、友奈が声を発している」
「ファイナルうどぅん?」
「うどぅん」
「でれれれれん……正解! やったー!」
「おめでとー!」
柔らかい掌が除かれ開かれる視界。
桜のような笑顔を見せる薄紅色の少女たちは双子と見間違えるような容姿。生き別れの姉妹なのではないのかと囁かれることもあるほどにその顔も背格好も似ているのだ。
そんな彼女たちが祝福するようにクルクルと俺の周囲を回る。
「凄いね、りょーくんは。私たちを間違えないなんて」
「凄いでしょ? 亮ちゃんは」
手を繋いで笑みを浮かべる友奈。
まるで自分のことのように笑みを浮かべる友奈。
間違えなかったことを喜ぶようにそっと肩に手を置き、椅子に座る俺を見下ろすように薄紅色の瞳に信頼と愛情を宿した少女が頬を緩める。
その姿に何か言うべきかと口を開く前に声が掛けられる。
「友奈ちゃん! 私も! 私も間違えないから!」
「はいはーい! 東郷さんにもしてあげるね」
友奈と名前のつく少女には黒髪の人間が惚れる運命なのか。或いは逆なのか。
掌の感触と背後からの抱擁に恍惚な笑みを浮かべる東郷はリボンに纏めた黒髪を揺らす。口端を緩め、形の良い耳元で囁かれると反対側に首を反らせる姿に何かのプレイかと考えてしまう。
「東郷さん。私はどっちの……」
「にー……いーち」
「結城ちゃん?」
「ぜろ」
「……ッ」
「ぜろ」
「……ん」
仄かに朱色に染まる耳元に友奈が囁く。
その姿に何かを察したのか、ゼロと囁く彼女にもう一人の友奈も続く。
「……ぜろ?」
「ぁ」
「ぜーろ」
「友奈ちゃん。それやめて……」
「ぜろぜろぜろ」
「ぁ、ぁ……」
柔らかな手で少女の目を覆い、両耳に左右から囁きかける。
ふぅ、と友奈が耳に吐息をして首を反らすと、高嶋がもう片方の耳に息を吹き掛ける。
「とーごーさん」
「「どっちが私?」」
「はぁぁぁん!!」
ビクッと身体を震わせる少女に笑みを浮かべる少女たち。
小刻みに痙攣する東郷はきゅっと脚を閉じると、恍惚な表情で鼻血を噴き出す。
「鼻血! 東郷さん、鼻血出ちゃってる!?」
「──。あら、本当ね」
数秒ほど虚空を見つめていた彼女は指摘が入ると冷静に取り繕う。
ティッシュで鼻を押さえる東郷の介抱を手伝う友奈ズの姿を見つめる。
「ところで結城ちゃん。ゼロって何の数字なの?」
「えっと……、あっ! ぐんちゃんも友奈でショーしよう?」
「ゆ、結城さん!?」
高嶋の問いかけに逸らした眼差しが黒髪の少女を捉える。
これ幸いとばかりに、明るい声音で話しかけられたぐんちゃん、もとい千景が驚きと指名を受けたことへの喜びを混ぜこぜにしたような表情を浮かべるのを見逃さなかった。
「ぐんちゃんには当てて欲しいなぁ」
「高嶋さん……。任せて、必ず当てるわ……」
「ありがとー!」
友奈と瓜二つの少女の笑顔にコクコクと頷き返す千景。
本日は長い髪の毛の一部を三つ編みにした彼女は友奈ズに囲まれて頬を緩める。クルクルと少女たちが回る中で、一瞬千景の黒色の瞳と視線が合うと彼女は僅かに口を開き、
「ぐんちゃん、目を閉じてね!」
「──え、ええ」
肺の中の空気を抜くように薄い唇から呼気だけがこぼれる。
友奈の柔らかい手に目元を包まれる千景の姿を見ながら、俺はおもむろに立ち上がる。
「じゃあ、どっちが……」
「『そうだ! せっかくだから、マッサージで判断して貰おうよ!』」
「!?」
友奈の声帯模写を行うことは空気を吸うように簡単だ。
遠巻きに眺めていた少女たちの目が見開かれるが何も口には出さない辺り、理解は早い。
同じように共に時を過ごしてきた桜の似合う彼女は笑みを浮かべて首肯を見せる。
「うん! 疲れも取れて一石二鳥だね!」
「よーし! どじゃーんって感じでもみもみしちゃうねー」
「『がんばるぞー!』」
「はひゃぁん!? あっ、待ってたかひまさん……ゆうきさんも……」
一人の友奈が目元を押さえながら、もう一方の友奈が千景を解す。
少女のマッサージ技術はどんな人間も喘ぎ、昇天せざるを得ない至高の技だ。
肩を揉み、頭皮を揉み、首筋を解し、肩甲骨付近を押し、腕を揉み、二人の友奈が交互に彼女の疲労を取ろうと奉仕するだけで千景の頬があっという間に緩み始める。
「もみもみー」
「もみもみー」
「ん……ぁっ……そこは……ゃめ」
同年代の男が聞けば危うい気持ちになりかねない千景の喘ぎ声。
彼氏や将来の男しか聞けないような官能的な声色に、本来ならば他の少女たちに追い出されているのかもしれないが、共に過ごした時と加賀亮之佑だからと許されている。
あるいは諦観もあるのかもしれないが、誰かの邪魔もなく千景の背後でその嬌声を聴く。
「……ぁぁ」
「ぐんちゃん、ゲーム一杯してるから目元が疲れるもんね。一杯解しちゃうね!」
「んッ!」
ぐっと指が制服越しに少女の肉を押す。
溢れる快感に首を反らし、耐えられないように唇から声が漏れる。
あまりの気持ち良さに記憶すら失う者がいるという友奈の絶技。
もともと高嶋の方はそこまででも無かったらしいが、友奈の真似をしているうちに同レベルにまで昇華したというマッサージは千景に抵抗の一つも許さない。
首を反らそうと背中を反らせようとも、等しく身体に快楽と疲労の低下を施す。
「ぐんちゃん、気持ちいい?」
「きもち……いいれす」
「良かったねー。それじゃあ、交代」
「も、もうだいじょうぶ……」
「お待たせ、ぐんちゃん。さっそく、もみもみー!」
「はぁぁ……!」
友奈は別に本職の資格を取得している訳ではなかった筈だ。
仮に取得していたとしても、ここまでの力を有しているのは何故なのか。
「愛よ。友奈ちゃんの愛が指先から伝わってきてるのよ!」
真剣な表情で友奈たちを見守るのは大和撫子の少女。
国を愛する彼女の言葉に首肯を見せる者も、それはおかしいとツッコむ者もいる中で、
「ぐんちゃんの肌ってとっても綺麗だね。頭皮もみもみー!」
「はひぁ……はひ……それらめぇ……」
「手足もすらっとしていてスタイルも良いよね! 勇者もみもみー!」
「ぁ……ぁー……」
友奈の掌に包まれた少女の瞳は虚空を見ているのだろう。
僅かに開いた唇を震わせて、昇天させ続けられる彼女の姿に部室の中の空気がジワリと熱を持つ。可憐な少女に身体を好き放題にされ嬌声を上げている千景をジッと見る者、脚を擦り合わせ頬を赤らめる者など、様々だが視線は一様に彼女たちに向けられる。
「ん……」
「……」
「友奈ちゃん。それくらいで……」
「ほえ? まだ終わってないからね! ちゃんと最後までやらないと!」
「ぁ、ぁっ、ぃっ……!」
友奈のマッサージにより生まれる官能的な雰囲気。
チラチラと互いを見やる視線には僅かな熱を灯し始める少女たち。
その空気は少女たちの端末から鳴り響く警報音に破られた。
「……バーテックス!」
「そろそろ来るんじゃないかと思ってたけど……」
樹海化警報。ハッと正気に戻ったように少女たちが口々に立ち上がる。
頬を叩き気を引き締める彼女たちを余所に、解放された千景は荒い息で身体を震わせる。
哀れな少女はふらふらと友奈たちから距離を取り、窓際に背中を預ける。
白い頬を染める朱色と火照る身体が熱の行き先を失ったように少女の色気を醸し出す。
「……絶対に許さない。鏖殺するわ……」
肉体とは裏腹に、その黒色の双眸は憎悪を宿している。
奥歯を噛み締めて、来る敵への苛立ちは高嶋との触れ合いが途中だったからか。
何かしらフォローを入れようかと口を開くのと部室の扉が開くのは同時だった。
「待たせた! 乃木若葉、本日より戦線復帰する!」
ガラリと扉を開け、少女たちの視線が金髪の少女に向けられる。
吊り目、前髪パッツン姫カットの彼女はここ暫く背格好も性格も小さく子供のようだったが、中学生程度にまで戻っていた。
背後に巫女を従えて見慣れた制服を着た少女が堂々と胸を張る。
「若葉ちゃん、おかえり!」
「凛々しい若葉ちゃんも素敵です」
「ご先祖様がおっきくなってる~」
「あぁ……。もう小さい若葉さんを見れないんですね……」
直前までの空気は忘れられ、少女を受け入れるムードになる。
勇者部の部長が犬吠埼風ならば、勇者としてのリーダーは乃木若葉だ。彼女がいるのといないのでは士気に関わるのだろう。そんな打算を抜きにしても彼女たちの喜びは大きかった。
純粋で、素直で、優しい少女たちに若葉は囲まれる。
「──乃木さんは流石ね」
その光景に卑屈な笑みを浮かべるのは千景だ。
誰にでも慕われ、尊敬されて人気も高い。そんな若葉の有り様を羨ましいと感じている彼女の小声は隣にいた俺以外には届かない。
羨望と嫉妬。僅かに暗い光を瞳に宿す彼女の腰にそっと手を添えるとビクッと震えた。
「ぁ……加賀くん?」
背後に部室の壁、正面には少女たち。
戦闘の為の樹海化が近づく僅かな時間に、俺は千景の臀部を撫でる。
「ちょ、ちょっと……」
制服のスカートの奥、黒色のタイツに包まれた内腿を手で這うと彼女がキッと睨みつける。
熱の籠ったスカートの中は熱く、肢体は湿り気を帯びていた。
慌てて口を噤んだ彼女は端正な顔を向けてくる。
周囲の目を誤魔化す為になんでもないような表情を見せるも、背後で自らの恥部に伸びようとする手を掴もうと慌てて腕を伸ばす。
はふ、と短く呼気を漏らす千景の身体は熱を帯びていた。
タイツ越しに少女の恥丘周辺を爪で擦るに留めて、そっと手を引っ込める。
「──先輩も魅力的ですよ」
「────」
「手を出しちゃうくらいに」
「……最低」
男の視線から守るように自らを腕に抱く少女の瞳に暗い色は無い。
スキンシップは効果があるのか、吊り上げていた眦を和らげる彼女は告げる。
「私も……」
「うん?」
「私も、あなたや乃木さんみたいに自分に自信が持てたらって。そう思っただけよ」
「────」
別に自信がある訳ではない。
どれだけ憧れても、憎み、嫌悪するほどに羨望を抱いても他人にはなれない。
俺は加賀亮之佑という男にしかなれない。
だからせめて、二度目の人生では死ぬまで後悔しないと大言を放つ自分を好きになれる、後から振り返って自分にも他人にも誇りに思える自分になるのだ。
理想とする他人の姿を模倣出来ずとも、理想とする自分を目指すことは出来るから。
「……ありがとう」
何も言えない自分にボソリと感謝の言葉を千景は呟く。
長い睫毛に縁取られた目を伏せ、ふいっと端正な顔を僅かに背けていた彼女。
「あと……」
樹海化の白光が世界を、部室を飲み込まんとする中でチラリと上目遣いをする千景が囁いた。
「……このあと、部屋に……きてくれる?」