そして後になって曇る若葉ちゃん。いいよね
樹海化が発生する直前、世界の時は止まる。
神樹によって全ての時が止まり、樹海化時に街も人々も全てが木や根に変換される。それが元の世界での神樹の法則だったのだが、神樹が内包する世界では少し法則が変わる。
「……お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
湯呑から立つ湯気から香ばしい香り。
何度か息を吹き掛けて、恐る恐る口をつけるとほうじ茶の味。
「ひなたさんの入れたお茶は美味しいですね。心が和みますよ」
「あら、お上手ですね。ではこちらも……」
「これは?」
「以前受けた依頼者の方から勇者部の皆様へと、時々届く茶菓子です」
「ああ、また届いたんですか」
勇者部はあくまでボランティア活動という名目の部活動だ。
あくまで金銭を求めず、人が行おうとしないことを勇んで行う勇者の集まりの為、先方からの報酬などは基本的には部長である風が断りを入れる。
だがそれでも断り切れず食材や菓子類などを感謝の気持ちとして受け取ることがある。
「食べて良いんですか?」
「ええ、あとで皆さんが帰ってきたらおやつに出そうと思ってまして」
箱に入っていた菓子はチョコレートだった。
葉や月などを模した高級感漂う菓子を一つ選び口に運ぶと広がる甘味と僅かな苦み。噛む前に舌の上で甘やかに溶けたチョコに仄かなラム酒の香りが鼻腔をくすぐる。
部室のメンバーには少し早そうな大人の味は、文句のつけようのない美味しさだ。
「いや、うちの美少女たちが文句を言う姿とか思いつかないけど」
「そうですね」
「ひなたさんも食べよう? 大人の味ですよ」
「私も先ほど一つ頂きましたから」
「……ひなたさんも食べよう? 一緒に食べるともっと美味しいよ」
「……では、もう一つ」
慎ましくチョコ一つ分で満足したと告げる巫女に遠慮しないようにと勧める。
チョコが嫌いなのかと思ったが、ひなたは白魚のような指先で細やかな装飾の施された茶色の菓子を一つ手に取り優雅に口に含むと頬を緩ませる。
これが風ならば遠慮することなく空箱になるまで食べていただろうと考えながら見ていると、
「──美味しいですね」
照れ笑いのようにはにかむ、スタイルの良い黒髪の巫女。
西暦時代の勇者専属の巫女である上里ひなたと部室のテーブルで向かい合う。
──普通の人間には味わうことすら叶わない茶会の時間。
本来ならば巫女であろうとも神樹に見初められた勇者以外の時間が止まる筈なのだが、この世界においては勇者と巫女に限りその制約から逃れることが出来るのだ。
召喚されて戦えない事を知った時から始まった不思議な時間。
勇者が戦いに行っている間、ただ待つことしか出来ない者だけの集い。
寂寥に駆られ、焦りを飲み込み、己の無力を嘆き、傷を舐め合うかのように俺は巫女たちと時間を共にする。ある時はひなたと、ある時は亜耶と、ある時は巫女全員でと様々だ。
「若葉ちゃんは必ず帰ってくる。それを分かっているつもりなんです。それでも、ふとした時にどうしようもなく不安に駆られて、……こうして話をするだけでも気が紛れたりしますから。だから亮之佑さんには感謝しています」
「────」
「若葉ちゃんの前で不安そうな顔なんてしていられませんから」
勇者を想う巫女のなんと健気なことか。
不安を飲み込み、帰還する勇者たちを迎え入れる彼女はこの時間も大切だと告げる。巫女の仕事は戦闘中には無いが、それでも神樹の神託に耳を傾けて勇者を導く大事なお役目だ。
人事を尽くして彼女たちの帰還を待つことがお役目の一つと言える。
それに比べて──、
「俺は何なのって感じだけど」
「亮之佑さんの場合は神樹様がお認めになられたということではないのでしょうか」
頬に手を当てて告げたひなたの言葉に力なく首を振る。
仮に神樹が認めたのならば、どうして勇者としての力を与えはしないのか。
どうして、ただ見ているだけの存在に成り下がらなくてはならないのかと。
どうして、どうして、どうしてと。
そんな風に脳内で繰り返される疑問は何度目か。
いつの間にか乾いた口内に甘さは残っておらず湯呑を傾けて温くなった茶を飲む。
「まあ、こうして女子会が出来るだけ良いのだけど」
「女子会……?」
「『ああ。ひなたとこうしてお茶をするのは楽しいからな』」
「若葉ちゃんボイス……! そういえば亮之佑さんは女装が趣味でしたね……。たまに結城さんや園子さんに変装して部室に来るほどに」
「可愛い子に変装するのって萌えなんですよ。一人だけ男子がいるよりは目立たないかなって」
「確かに目立たないかもしれないですが、それはそれで良いんですか?」
決して女装が趣味という訳ではない。嗜む程度の物である。
とある事情から女装を始めとした変装技能を本気で磨く必要があっただけなのだ。うっかり他人を惚れさせる程度には加賀亮之佑と同一人物であるという認識をさせないように努力しただけ。
「演じるのは得意なんだ」
おっとりとした表情の少女は小首を傾げる。
制服越しに主張する豊かな双丘は東郷にも劣らない。
姿勢良く椅子に座る彼女は優雅に湯呑を傾ける。
白い喉を覗かせ、上品に味を楽しむ少女を見ている間は静寂が広がる。数十名を抱えている筈の勇者部部室は俺と彼女以外に誰もおらず、数分前まで少女たちがいた痕跡はない。
「……女子会と呼ぶには二人きりですね」
「亜耶さんたちも買い出しの途中でしたからね」
勇者部に所属する勇者は俺を除いて全員が戦闘中だ。
以前は園子も巫女たちと同じく居残り組だったが現在は戦線に復帰している。ふわふわとした言葉と表情と身体で俺の心を和ませていた金髪令嬢の姿もなく、黒髪美人の巫女と居残りだ。
なんとなしに見つめ合うと、眼前の巫女が小首を傾げる。
「……もしかしてこのまま私も襲われるんですか?」
「同意も見境もなしに襲ったりはしませんよ。……それとも、食べてしまっていいんですか?」
少女の背丈は並んでみると意外にも小さいものだ。
普段から若葉を尻に敷いている女房兼保護者のような存在も一人の乙女。神樹に見初められるだけのことはある端麗な小顔、その顎を指で持ち上げると白い頬が仄かに朱色に染まる。
見つめ合い、そっと目を逸らした少女は俺の手首を掴み、ゆるりと首を振る。
「……冗談ですよ」
「そうですか。……ところで、私もというのは?」
「亮之佑さんがあのお役目を始めてから千景さんの態度が随分と変わりましたから。最初の頃は……その、特に亮之佑さんへの当たりが冷たかったので」
「ああ……昔は尖ってましたね。この前その頃の動画を見せたら凄く狼狽えてましたよ」
「あの、そういうことをされるのは……」
「冗談ですよ」
「……あまり揶揄うと怒りますよ」
この世界に召喚されて出会った勇者の中で千景が一番男への警戒度が高かった。
勇者になれるのか曖昧な異性の存在というのは彼女の中では胡散臭さや不信感を抱くには十分だったのか。友奈のフォローがあったとはいえ、当時の彼女との距離は非常に遠いものだった。
「その、千景さんの場合は少しご家庭の環境のこともあるでしょうから」
「気にしてませんよ。……人間って精神的な余裕が無いと周りを見ることも出来ないですから」
環境というものはどうしようもないことの一つだ。
親の性格、周囲の人間、暮らしている町の環境は変えることは難しい。
自分がいくら変わろうと決意しても、周囲が脚を引っ張り貶めようとするから。考えることを抑制されて、戦おうにも周囲は敵だらけで、そんな状況下で力もない子供に何が出来るだろうか。
その点で言えば、俺が転生した先は最高の環境だった。
経済的にも血筋的にも恵まれた家庭環境、好きな習い事を受けさせてくれる偉大な両親。
友奈や園子を始めとした、他人に対して優しい人々が傍にいてくれた。
神樹はともかく、西暦とは違い他人に対して優しい宗教国家で本当に良かった。
「もう一度あの世界に転生したら死んでたかも」
「てんせい?」
「独り言です。……そんなに分かりやすかったですか?」
「ええ、それはもう。女性はそういうのに敏感ですから勇者部の大半は察していますよ」
「そ、そうですか」
「ええ、本当に分かりやすいですから。例えば──」
「例えば?」
「──若葉ちゃんとか」
「────」
にこりと笑みを浮かべた巫女と視線を絡み合わせる。
身長はやや低いひなたは顔を上げて、俺は見下ろして互いの顔を見合う。
「──、幼馴染ですもんね」
「親友ですから、ちょっとしたことでもすぐ分かるんです。若葉ちゃんって嘘が下手ですから。隠そうと必死になってチラチラと私を見るのが可愛いんですよ。……全部バレバレですのにね」
俺の手を握り締める少女がにこりと微笑む。
遠い戦場、今も戦っているであろう幼馴染に思いを馳せるかのように視線を虚空に向ける。その視線がゆっくりと下へと下がり、やがて俺の顔へとジッと向けられる。
混ぜ合わさった感情が耐えきれないように巫女が俺を見つめる瞳を揺らす。
「怒ってませんよ」
少女の笑みは穏やかで、しかし有無を言わせぬ圧があった。
保護者気取りなのか、独占欲なのか、嫉妬なのか、俺の手を握る彼女の手は力強い。
そのまま手首でもへし折らんとする彼女の手を押さえながら俺は必死に頭を回す。
「そ、そういえば、ひなたさんは若葉の写真とか撮ってましたよね」
「ええ、若葉ちゃんの写真なら、それはもう二十四時間撮り続けていたいくらいに」
「ほう」
「そんなこと、亮之佑さんなら知っている筈ですよね。もう数年の付き合いですし」
「……まあ、お察しの通り俺と若葉はもうエッチな治療をして……いたいいたい!! 手が取れる! 取れちゃう! 勇者の治療行為はひなたさんもしているんですよね? で、でもあんまり上手くいかなかったと」
「……まあ、そうですが。若葉ちゃんが言ったんですね。若葉ちゃんってばもう……あとで──」
力強く手を握りブツブツと何かを呟くひなたを見ながら、空いた手で携帯端末を取り出す。
電源を点けて、中にあるデータを検索して、とある少女との治療の画像を呼び出し、見せる。
「────」
少女が息を呑むのが分かった。
喉を鳴らし、ジッと視線を携帯端末に向ける少女に話しかける。
「若葉の治療をした時の画像を1枚だけプレゼントします」
目の前の少女が親愛を捧げる少女の画像。
俺が彼女を治療した時の、この部室内で本人から同意を得て撮った淫らな画像。長い髪の毛を振り乱し、汗を鎖骨に伝わせて、半脱ぎのブラウスと赤らんだ肌や蕩けた表情が情事を想像させる。
乳房よりも上部分のみが映った若葉の画像をひなたは食い入るように見つめている。
「それあげますので、平にご容赦を」
「────」
俺の言葉など耳に入らないと言うかのように、しかし手首を掴む力が和らぐ。
さらりと肩から黒髪を流し、大きな瞳で親友の痴態を見る彼女は何を思うのか。
「……だけですか?」
「あ?」
「一枚だけですか? 撮ったのは」
そっと手首から手を放した彼女は上目遣いで俺に尋ねる。
薄い唇から熱い吐息を漏らすひなたは曖昧な笑みを浮かべる。
怒気も喜びも含んだような不思議な微笑に俺は動じることなく笑みを返す。そっと腕を掴んでいた少女の手を外すとゆっくりとテーブルを回り込み、ひなたに近づく。
携帯端末の画面をスライドさせて、彼女に見せる。
「ほら、これとかも個人的にお気に入りなんですよ」
「……!」
ひなたが息を呑むような写真を幾つか見せる。
巫女が何を言おうとも、若葉本人から許可を取った官能的な写真だ。
半脱ぎの少女が床に組み伏せられて肉棒で貫かれたり、乳房も陰毛も乙女の大事な物を晒して、正常位でトロトロになるまでディープキスをして性行為に励む写真。
華奢な巫女の隣に座り、一枚一枚丁寧に誰も知らない勇者の痴態を見せていく。
宝物と呼ぶべき画像をこうして誰かと共有するのは初めてだった。ひなたの肩を抱き寄せて、ふわりと甘い香りを漂わせる彼女と顔を近づけて、ひそひそと小さな声で話を続ける。
「ひなたさんもこういう写真持ってるなら見せて下さいよ」
「わ、若葉ちゃんはこういう写真は嫌がって撮らせてくれなくて。あんまり……」
「ちなみにひなたさんだけですからね。こういう写真を見せたのは。これとかどうですか」
「そ、そうですね……。これなんかが一番トロトロ若葉ちゃんで良いですね」
「じゃあ、それをあげましょう」
「……ありがとうございます」
怒気を鎮め、僅かな戸惑いよりも好奇心が勝ったのか、俺のコレクションに目を向ける少女。
白い肌を朱色に染めながらも、ジッと若葉の痴態から目を離さない姿に頬が緩む。
切り替えの早い彼女は何も告げず、ただ無言のままに若葉の画像を自らの端末に収める。
「あ、あの……」
「ん?」
「……頂けるのは一枚だけですか?」
「他のも欲しいんですか? ん~、撮るの大変だったからなぁ。残りはトレードにしましょう」
「と、トレード?」
「本当にこういう写真を見せるのってひなたさんが初めてですから。だから特別ですよ」
「はあ。それでどんな写真を……?」
少女との性行為をした証を誰かに見せることはまず無い。
本来ならば撮影をした本人に見せて盛り上がるか一人で盛り上がる為の物だから。しかし、不思議なことに今日は茶飲みの仲であるひなたの言葉に応じようと思った。
「せっかくだから、ひなたさんの写真とか欲しいなぁ」
「わ、私のですか?」
「そうそう」
「……亮之佑さんのことですから、エッチなのですか?」
「そうであっても、そうじゃなくても良いですよ。ひなたさん美人だから目の保養になるから」
「分かりました」
「あとは若葉とのエッチな写真でも……おっと?」
「二人なら若葉ちゃんの裏アルバムも充実していくと思うんです」
「はあ」
「あと、参考までに若葉ちゃんとのえ、エッチな事とか聞かせて頂いてもいいでしょうか。私だって若葉ちゃんをあんな風にトロトロに気持ち良くさせたいんです!」
「あ、はい」
腕で己の豊満な身体を抱き、半眼で俺を見ながらも、即決で承諾するひなた。
若葉の写真を収めたアルバムを作りたいからか、或いは別の思惑があるのか。グイグイと顔を近づけてくる彼女の思考は官能的な未来に目を向けているようだった。
「なら、話だけではなくて実践の方が力が付きますよ。今なら無料で教えますよ」
「そ、そういうのは心の準備が出来てからで……。それにもう少し自力で頑張りたいので……」
ひなたとの話の直後に戦いが終わったらしい。
戦闘が終了したかどうかも巫女には分かるらしく、慌てたようにひなたが距離を取ると勇者部の部室に人が現れた。元の世界のように神樹を祀る場所限定ではなく、樹海化前にいた場所を指定して戻ってくることが出来るようになったのはこの世界特有の現象の一つだ。
「ただいまのハグー!」
「おかえり」
「うん!」
ぎゅうっと抱擁する友奈は満面の笑みを浮かべている。
身体に傷などなく、問題なかったと告げる彼女を抱き返す。
「若葉ちゃんも、おかえりなさい」
「ああ、ただいま。亮之佑に変なことはされなかったか?」
「いえ、何も。とても紳士的でしたよ。ねえ、亮之佑さん」
「そうですね」
夫婦のように自然と抱擁し合う若葉とひなた。
背格好の見慣れた風雲児の背中に目を向けながらも園子や東郷、勇者部のメンバーを抱きしめたり話しかけたりする。戦いから戻った勇者に対して、俺はいつもそうしている。
「皆さん、美味しいチョコがあるんですよ。おやつにどうぞ」
「……それはぼた餅よりも美味しいということですか」
「東郷、張り合おうとしないの」
静寂など無かったかのように騒々しくなる部室。
非日常を知っているからこそ、全力で日常を送ろうとする少女たち。
本来ならばバーテックスとの戦闘があろうとも部活の依頼を行うのだが、本日は特に依頼もなく、自然と解散することになった。
「今日はこの後に東郷さんとデートするんだ」
「友奈ちゃんとデート……デート……!」
「わっしー、鼻血出てるよ~」
世界を守る勇者とて少女たち。
ずっと男とイチャイチャしている訳でもなく、女友達同士でショッピングに向かうこともある。
彼女たちを見送って、俺が向かう先は寄宿舎だ。
若葉や亜耶といった彼女たちが寝泊りしている場所は何度も訪れたことがある。
世界を守る勇者や巫女のいる居場所としてはそこそこ豪華な場所。
掃除の行き届いた廊下を歩くも、誰ともすれ違うことなく目的の場所に辿り着いた。
「──遅いわ、加賀くん」
ノックをする前に扉が開かれる。
長い黒髪をなびかせる制服姿の少女に手を引かれる。
パタンと閉じた扉。
電気を点けていないのか薄暗い部屋で、向かい合う少女の荒い呼気。
目を閉じた端麗な千景の顔が近づく。
壁に押し付けられ、目の前に迫る少女は薄暗い部屋でも分かる程に赤面している。
「その……」
モジモジと黒いタイツを擦り合わせる少女は勢いに乗り切れなかったのか、身体ごと壁に俺を押し付けるも、その後の行動が思いつかないのか目を左右に泳がせていた。
肩を掴んでいた手を握ると、助けを求めるような顔の少女に囁く。
「全部見せてくれる気になったんですか、先輩?」
「……」
僅かに俯いた顔は数秒ほど経て、再度俺を見上げる。
返す言葉は無く、ただ恋人のように指を絡めると爪先を伸ばした。
「ん──」
唇が重なる。
千景からするキスというのは珍しく、甘く柔らかい唇を押し付けてくる彼女を抱きしめる。静かに腕を背中に回す彼女は甘えるように身体を押し付けると唇を僅かに離した。
味わうように舌が唇を舐める。
「キスって……甘いのね」
「────」
上目遣いで呟いた千景の唇を、今度は俺が奪うことにした。