目覚めると朝の6時30分だった。
「――ふあ」
眠気から乖離していく意識、重い目蓋を開けながらもしばし布団の暖かさに微睡む。
何故目覚め直後の毛布の感触にはいつも抗い難い魔力があるのかと思いながら、やがて全身に血が巡り手足が温まるのを感じ、眠気を振り切り小さな欠伸と共に上半身を起こし着替え始めた。
「今日は、トーストと目玉焼きと肉団子でいいか……」
着替え、素足のまま一階に降り洗面台の前で顔を洗い終える。
小さく鏡の前で日課の行為をし着替えた後に、手早く朝ご飯の準備を始めた。
「…………」
ふと無言のまま黙々と手慣れた動きで朝食を作りながら思い返す。
肩車から始まる東郷との情事の、少女との秘め事の内容が脳裏を過ると即座に頭を振る。
一人きりの空間で朝から思い出すには鮮明な出来事は、非常に男子的には良くはない。
精神的な中身はともかくも若い身体は正直だ。
フライパンで目玉焼きを作る時も起きたばかりの下半身は大きく膨らんでいる。
白身に小さな穴ができ、フライ返しで黄身を割りながらも小さく深呼吸を繰り返し抑える。
「落ち着け、俺」
精神年齢だけなら前世の歳を足しても既に40歳は超えているのだ。
この記憶と生前から引き継いだ意識が無かったら猿のように一人で慰めていたかもしれない。
決して慌てふためいてはいけない。
こういう時こそ冷静になれるかどうかが非常に大事だと俺は思いながら、丁度良いタイミングで沸騰したお湯をマグカップに注ぎ、音を立てないように銀色のスプーンで丁寧に掻き混ぜる。
「――7時か」
胡椒をかけた目玉焼きを、バターを塗ったトーストに載せて一先ず完成だ。
空から少女が降ってきそうな朝飯をリビングに運び、壁に掛かった時計を見る。
白い壁に掛けられた丸時計は針を刻み、朝食の準備が15分程で完了した事を告げていた。
「……いただきます」
告げる相手はいないが何となく言わずにはいられず小さく呟く。
最近は市販のココアパウダーを買ったからか、自然とコーヒーを飲む機会が減った。
カフェインの抜け出た身体だが特に問題はなく、――寧ろ朝早くに目覚められるようになった。
実際にコーヒーが身体に及ぼそう効果自体はあまり知らないが特に飲まずとも死にはしない。
嗜好品ではあるが決して生活必需品という程でもないと感じる庶民派の俺は無言で咀嚼する。
黙々と噛み、満腹感を得ながら、すぐに食べ終わり片付ける。
食器を洗い終え、食後にチーズを一切れ齧りながらテレビの音声を聞き流す。
そんな風に朝の和やかな時間を過ごしていると、7時30分頃ぴったりを狙うかのように玄関のチャイムを鳴らす音が客の訪問である事を知らせるべく役割を果たし、俺の鼓膜に響かせた。
「はい、はーい」
「あ……」
玄関を開けると少女の姿が視界に入る。
黒髪を青いリボンで纏めた美少女は、白い肌にわずかに朱を混ぜながら小さく笑みを浮かべる。
その姿はある程度予想していたとはいえ、こうして目を合わせると少し気恥ずかしさを感じた。
相手の姿を見ると、ふいに彼女の白い裸体と情事が脳裏を過る。
それはこちらの顔を見て頬を赤く染めた東郷の様子を見るに同じ思いだったらしい。
わずかな沈黙の中で、美しく長い艶のある黒髪に触れながらも東郷が先に口を開いた。
「……、ぉ、おはよう亮くん」
「――おはよう、東郷さん」
そんな微妙な気まずさも、実際に話を始めると氷のように溶けるのを感じた。
こうして見る限り、讃州中学校の制服を着た東郷は特に何かが変わった様子はない。
いつもと変わらず親し気に、既に友奈を起こして外に出てくるのを待っている状態だという。
そのまま戸締りをし、カバンを持ち東郷と共に外に出る。
心なしか以前よりも全体的に艶のような魅力を感じるのは気のせいだろうか。
「東郷さん、その、大丈夫だった?」
「……うん、大丈夫よ」
今日は黒タイツではなく、黒いソックスを東郷は履いている。
その事には積極的な突っ込みを入れず、視線だけ向けながら漠然とした問いかけをする。
俺の質問に対して大きな目を瞬かせながらも、やはり穏やかそうな表情は変わらない。
思わず赤面するまで確かめたくなる感情を堪え、飛び出そうとする言葉を噛み締めていると、結城家の扉が開き淡紅色の髪に桜の髪留めとポニーテールを揺らしながら快活そうな少女が姿を見せる。
「おはよー! 亮ちゃん。改めて、東郷さんも!」
「おはよう、友奈ちゃん」
「ああ、おはよう」
いつもの日常が始まる。
このまま適当な雑談を交わしながら彼女たちと登校するのだろう。
わずかな靄を抱えたまま、しかし告げる言葉すら見つからず彼女たちと歩いている時だった。
「そういえば東郷さん。今日はタイツじゃないんだね」
「……ええ、ちょっと、そういう気分だっただけよ友奈ちゃん」
「そっか、今のも似合うよ! ……あっ、ところでね―――」
そうして友奈は別の話題を口にする。
東郷のささやかな変化に対してそれ以上の言及はない。
それでも何気ないその言葉に、一瞬ではあれどわずかに鼓動が高鳴るのを感じていた。
---
2日が経過した。
ここ最近は勇者として、『外』での任務はまだない。
テスト期間も終わり、再び部活が再始動し始めた頃、昼休みに友奈に呼ばれた。
彼女たちとは仲が良いが、学校ではあまりベタベタしているつもりはない。
学業を疎かにすれば自分が困るというのは、文字通り骨身に染みる程に痛感した。
学生の本分はボランティアでもアルバイトでも部活でもない。勉強だ。
生前はその意味も価値も理解できなかったが、一度死ぬとその大事さが解った。
だから、この新しい人生では知識を増やすことも、考え続ける事も決して止めなかった。
特に友奈に関しては傲慢ではあるが成績を下げて欲しくはないという強い思いがある。
既に紳士達と仲良く昼ご飯を食べ終えた俺は了承して、彼女としばし行動を共にする。
昼休みだからか男女の賑わいで騒がしく感じる廊下を歩き、やがて空き教室に二人で入る。
「それで、どうしたんだ?」
「うん、えっとね……」
扉を閉め、念の為に窓側に移動してからようやく口を開く。
改まって何かを言うような仲でもない。寧ろ相当に深い関係であると言える。
聞かれたくない事ならば放課後にいくらでも話す時間も機会も友奈の為に作るのだが。
「その、今日……、全部のテスト、返ってきたじゃないですか」
「お、おう、そうだな」
何故か敬語で今日の出来事、――正確には午前の授業の内容を友奈は口にする。
上目遣いでこちらを見やる姿は思わず抱きしめたくなる程に可憐だが欲望を抑え同意する。
「今回は凄い高得点だったじゃないか」
「うん、園ちゃんや東郷さん、亮ちゃんがわかりやすく教えてくれたからだよ!」
「いや、結局は友奈の努力次第だったから……、良くやったよ」
改めて口にすると快活な姿を見せる友奈だが再び何かを言いたげな顔をする。
その姿をぼんやりと見ながら彼女の表情を見ていると、少し前の出来事だが思い出す事があった。
「……勉強、一杯頑張ってもっと成績上がったら」
「―――っ」
その言葉に友奈はハッとした顔で此方を見上げる。
いつの間にか教室の隅に彼女を追い込んでいると、少女の華奢な背中が壁にぶつかる。
カマかけだったが今の反応から見て、今回友奈が呼んだ件はその事らしいのだと俺は察した。
基本的に、友奈はあまり我儘を言わない少女だ。
自分のことよりも他人を優先する節があり、それが魅力で短所でもある。
これでも最近は些細なお願いなどは普段言わない分、可能な限り叶えようと思っているが、
「ちゃんと頑張ったからね……。ここで、たくさん、して欲しいの?」
「ち、ちがっ……ッ!!」
「違うの?」
「ぁ……、ぅ……」
思わず揶揄うように、少女だけに解る言葉で尋ねると友奈は慌てて否定する。
想像したのか、やや赤い顔の少女の顔横付近の壁に手を置きながら小さく微笑みかけると、友奈は挙動不審に薄紅の瞳を左右に動かし、薄桃色の唇を震わせながらしっかりと俺の顔を見上げる。
「亮ちゃんと約束したけど……、ちょっと内容を変えたいんだ!」
「うん」
「亮ちゃんと結婚生活をしたくて……」
「うん……、じゃあまずは指輪を買うか」
「あっ!! ちがっ、えっと違わなくて……」
逆プロポーズを空き教室でされた俺は、その後友奈からたどたどしく説明を受けた。
これまでの彼女との『悪戯』は、大体俺から友奈にするような物が実は非常に多かった。
彼女の言い分を分かりやすく纏めると、いつもされるだけなのは悪いからとお礼をしたいらしい。
与えられるだけではなく自らも与えたい。
つまりは、マッサージや御飯を作るといった俺への日頃の恩返しをしたいのだという。
それに付与して、彼女自身がそういう新婚ゴッコを所望しているらしいのだと凡そ察した。
「前にも似たような事をした気がする」
「うん、あの時は楽しかったね!」
女の子の憧れの様な物なのだろうか。
単純に一日中性的な事をして欲しいでも良かったが目の前の少女が言うはずもない。
欲の無い少女だなと改めて思いつつも、仄紅色の瞳を見つめながら最後に聞き直す。
「そんな事でいいの?」
「そんな事がいいんだよ!」
「……分かった。可愛い友奈の頼みなら引き受けよう。今日の放課後からで良いか?」
「うん、ありがとう!」
お礼を言われるのも変な気持ちになる。
尽くされるよりも尽くしたいと口にする謙虚な少女の願いを叶えただけだ。
それなのに、嬉しそうな顔をする友奈の愛らしい笑顔に思わず頬を緩めざるを得なかった。
---
放課後。
明日から連休を控えていた授業も既に終わり、俺は別宅に向かっていた。
家の鍵を所持している友奈が先に向かい、『ゴッコ』の準備をしているので適当に時間を潰す。
この世界にも存在していたコンビニで立ち読みしながら情報を収集する。
それでも内容があまり入ってこないのは、新婚ゴッコが楽しみに感じているからだろうか。
年甲斐もなくワクワクとする思いの中、数分ほどでもうすっかりと見慣れた家に到着する。
「――ただいま」
鍵は開いていた。
故に誰かが来ているのは確実だ。
キチンと施錠し、見知った靴があるのを確認しながら廊下を歩いていく。
「……あっ、お帰り!」
足音で認識したのか、キッチンの方から桜色のエプロンを着用した少女が顔を見せる。
楽しそうにする姿を見せながら、目の前に歩いてきて小首を傾げて小さな口を開く。
「えっと……、ご飯にする? お風呂にする? それともマッサージ?」
「違う、そうじゃない」
「えっ」
天然かワザとかは不明だが追及はしない。
一先ずは目の前の少女とのゴッコに付き合おうと思う。
せっかくなので、前回のゴッコ遊びの設定を引き継いで楽しむべく逡巡した後に口を開く。
「友奈」
「なーに?」
「お帰りのキスはどうした?」
「ふぇ……?」
「いつもしているじゃないか」
「し、し、してないよ!」
「友奈。俺たちは夫婦、そして友奈は俺の嫁、俺は友奈の旦那。後は……わかるな?」
「ぅ……ん」
そう口にすると、ポニーテールの少女はわずかに頬を赤らめる。
その姿を見ながらも此方からは積極的には動かず、彼女の動きを無言で待つ。
己の羞恥の感情と戦っているであろう友奈はやがて決意を決めたのか両腕を俺の首に回す。
「ん、――――」
唇が触れ合うだけの温かみのあるキス。
視界一杯に映りこむ幼さの残る少女からの接吻。
その行為に満たされるように、思わず腕を回しわずかに力を込める。
背中に両腕を回すと、呼応するように首筋に回した友奈の腕が強まる。
啄ばむように唇の形を、柔らかさを、暖かさを確かめるような接吻だ。
水の中で溺れるような、それでいて極上の感覚がピリピリと脳裏を過る感覚が続く中で、
「っ」
「……! ……!」
俺から先に唇を離す。
その動きに震えるように酩酊したかのような薄紅の瞳に正気が戻る。
数秒ほど小さく口を開けながらぼんやりとした少女は、やがて頬を真っ赤にして俯いた。
その恥じらいが俺を幸福感と黒い感情に浸す。
だが、これは前戯ですらないただのスキンシップのような物だ。
全ての過程を壊し、今すぐに押し倒して己の怒張に従って少女を陵辱する事は出来ない。
「それで、何を作ったんだ……?」
「ぁ……、うんっとね……」
なんて事ないような表情を作り話題を作る。
そうして意識を逸らすと、わずかに瞳を揺らしながら少女は笑みを浮かべた。
---
今回友奈が作ったのは肉ぶっかけうどんだった。
非常に美味だったが、沈黙を恐れるかのように友奈が喋るのが印象的だった。
その後、折角だからと友奈の得意なマッサージを頼む頃にはすっかり空気は元に戻っていた。
「ああ~、逝くんじゃ~」
「肩付近が、結構凝ってたよ」
リビングにうつ伏せになる俺の腰付近に友奈は座っている。
羽のように軽すぎる身体、その両腕から繰り広げられるマッサージが心身共に癒しを与える。
自宅とはいえ情けない声を漏らさないようにしていると、気づくと施術は終わったらしい。
立ち上がり両腕を頭上に上げると随分と軽く感じる。
お礼を言いながら壁に掛けられた時計を見ると既に夜の8時を回っていた。
そろそろお風呂の時間だと思いながら、スキンシップを図るべく友奈の背後に回り抱きしめる。
「……亮ちゃん? ……ふぁ」
自然な動きで俺の両手は友奈の胸に宛がわれていた。
はっと背後を取られた友奈が小さく吐息する中で、服の中に両手を伸ばし、
「ぁっ」
もにゅ、と手のひらの中で友奈の胸が揉み潰れる。
奇術で下着を剥いだ訳ではなく、最初からこの家で再会し抱き合った瞬間に確信していた。
優しく揉むと小さな吐息をこぼし、きつく揉むとビクリと身体を震わせ目をぎゅっと閉じる。
肌触りが良く、程よい大きさの柔肌を手のひらで下乳付近の線をなぞるように揉む。
臍周りを片手の指で円を描くように撫で回し、もう片方で次第に硬度を持ち始める突起を弄り始める。
根本付近を指で強めに擦ると、背中を俺の胸に預けるように抵抗も薄く、されるがままになる。
「ひっ、あっ……ッ」
背後から抱きしめ感じる少女の身体の柔らかさと鼓動。
友奈の髪から香る少女の匂いと確かな弾力を全身で味わうという行為。
「ぁぅ……!」
「――友奈の声、もっと聞かせて」
「まって、あっ、ひゃめ……」
両脚を閉じ、赤い顔で俺が弄る度にひく、ひくっと小刻みに友奈は揺れる。
肉粒を指で潰し、摘まむと見せる、俺に胸を揉まれるという羞恥の表情が俺を昂らせる。
白い首筋に汗を滲ませ嬌声を上げる友奈への愛撫を続けると、やがてビクリと身を跳ねさせた。
「も、もうっ、本当にっ、あっ、ああぁあっ……ッッ!!」
背筋をピンと伸ばした友奈が身体を弛緩させる。
彼女の恥部には一切触れていないにも関わらず、友奈は口端から細い涎を垂らしている。
どこかぼんやりとした表情をする友奈の赤らんだ耳に吐息をすると小さく身体を動かした。
「友奈」
「……ぁ」
「一緒に、お風呂入ろ。洗いっこ、しよ?」
回りくどい言葉ではなく直球で話しかけると、俺の胸に身体を預けたままの友奈は顔を上げる。
先ほどから細い両脚をすり合わせる姿は思わず悪戯したくなるが、今はまだ情欲の支配を拒む。
やがて、言葉が脳に浸透したかのような時間が経過する中で、コクリと確かに友奈は頷いた。
「――先に、入ってて」