私が彼が亡くなったことを知ったのは三月に入った頃だった。
毎月来店してくれた彼が二月は来てくれなかった。
心配になった私はたまたま来店していた彼の先輩に訊いたところ、一月に彼が亡くなったことを教えてくれた。
頭が真っ白になった。
彼の悲報を訊いてからのことは覚えていない。気づいたら自宅に戻っていた。
そしてその日から私は自宅に引きこもった。
お店から電話が何度もあったけど、鬱陶しくなってスマホの電源を切り、接触を絶った。
ちなみにショックで引きこもったわけではない。
だって私は彼の死を実感出来なかったから。
彼の死を実感できたのは一週間後のことだった。
気づくと鞄にメモが一枚入っていた。どうやら彼の先輩が渡してくれたらしい。
メモには彼のお墓があるお寺の住所が記載されていた。
彼の先輩は風俗嬢の私に気遣って、自宅ではなくお寺の住所を教えてくれたのだろう。
風俗嬢の私が彼のお家に行けるわけがないもの。
私は雨の中傘もささずに彼のお墓に向かった。
きっと酷い冗談だ。
彼が私に悪戯をしている。
そう自分に言い聞かせながら歩き続けた。
お寺に到着してから10分かけて、ようやく彼のお墓を見つけることが出来た。
墓誌に刻まれた彼の名前を見た瞬間――――私は彼がこの世にいなくなったことを認識した。
私は彼のお墓の前でみっともなく泣き崩れた。
どのくらい泣いていたかわからない。
涙が枯れると私はお寺を後にした。
そして―――私は自ら命を絶った。
彼がいない世界で生きていても仕方ない。
彼がいる世界に一秒でも早く逝きたい。
どこでもいいから彼と一緒にいたい。
そんな私に、マンションの屋上から飛び降りるのにためらいはなかった。
きっとすぐに彼と会える。そう思っていた私だけれど……。
「こ、ここはどこなの……?」
私は気がついたら知らない部屋にいた。
窓もドアもない。壁一面真っ白な部屋。
「ここはあの世に行くための前室みたいなものですよ」
「ひゃっ!?」
いきなり目の前に女性が現れた。
しかもとてつもない美人だ。
私も容姿にそれなりに自信があるけれど、レベルが違う。
「始めまして、○○○○さん」
「は、初めまして……?」
なんで私の名前を知ってるんだろう。
そもそも彼女は誰なんだろう。
それにここはどこなの。
沢山の疑問が一気に押し寄せる。
「私は神です」
「………………え?」
神と名乗った女性は戸惑う私に丁寧に説明してくれた。
ここは現世とあの世の境であること。
私が自殺した理由を知っていること。
そして私のこれからを神様が案内してくれることを。
「そうですか……私、死ねたんですね」
「はい、即死でしたよ。まぁ、50階以上あるマンションの屋上から飛び降りたんですから、死なない方がおかしいですよね」
「は、はい……」
私の死体は酷いことになってるんだろうなぁ。原形もとどめてないかも……。
「あ、あの……」
「何ですか?」
「神様に訊きたいことがあるんですけど」
彼女が神様なら絶対訊かなければならないことがある。
「私が答えられることなら」
「ありがとうございます。一月に上里歩夢くんっていう男性が来ませんでしたか?」
彼が今どこにいるのか知りたい。
現世では一緒になれなかったけど、せめてあの世では一緒になりたい。
そのために私は命を絶ったのだから。
「来ましたよ」
「本当ですか!?」
「はい」
「歩夢くんは今どこにいるんですかっ!?」
「……それを教えることはできません」
「そ、そんなっ……。お願いします! 教えて下さいっ!」
私は懇願し続けたが、神様が答えてくれることはなかった。
「どうしても……駄目なんですか……?」
「申し訳ございません。ルールですので」
「っ……」
一瞬、絶望しかけたが私はすぐに気持ちを切り替えた。
なら自分で彼を探すしかない。
恐らく彼ほどの善人なら天国にいっているはず。
なら私も天国にいければ、いつか彼と出会えるはずだ。
「……わかりました。なら私がこれからどうなるのか教えて頂けますか」
風俗に堕ちてしまった私だけれど悪行を働いたことはない。
だから私は天国にいけるはず。
「そうですね。○○さんは地獄行きの予定です」
「な、なんでですかっ! 私、悪いことなんてしてませんっ!」
「悪いことをしていない? いやいや、してますよね」
「ひっ」
優しかった神様の表情が冷酷で残酷なモノに一変した。
神様はゆっくり私に近づき、お腹を指差した。
「あなた、自分の子供を殺しましたよね?」
「……っ!」
「身籠ってることをわかっていながら、自殺したんですよね?」
「そ、それは……」
そうだ。私は彼の子供を身籠っていた。
彼とはお店でしかセックスしていない。セックスどころかお店以外で会ったこともない。
ならなぜ妊娠出来たのか。
そんなの簡単。
コンドームに穴を空けていたからだ。
「愛しの彼の子供をあなたは殺したんですよ」
「だ、だって……仕方ないじゃないですかっ! 彼がいないのに私が子供と二人で生きていけるわけがないんですからっ!」
私が妊娠した理由。
それは彼と一緒にいたかったから。
優しい彼なら、身籠った私を自分の女にしてくれると思った。
だから私は彼と性交するたびに、コンドームに穴を空けていた。
「……そんなに彼のことを愛してたんですね。自分の子供を殺してまで」
「やめてくださいっ! 殺しただなんて言わないでっ!」
これ以上神様の言葉を聴きたくない。
私は両手で両耳を塞いだ。
「……すみません。少し言いすぎましたね」
「え…………?」
「あなたの人生を考えれば、命を落としたのは仕方ないと思います。けれど私も神様なので……子供をみちづれにした母親に説教をしないといけないんですよ。ちなみに地獄行きも嘘です」
気づくと神様の元の優しい顔に戻っていた。
そして私を抱きしめてくれた。
「21年間、よく頑張りました」
その言葉を聴いた瞬間、眼からは涙が止めどなく流れて来た。
「すみませんでした……。みっともない姿を見せてしまって……」
「いえ、私は神様なので。気にしないでください」
「は、はぁ……」
今日の私は号泣してばかりだ。
涙はとっくに枯れたと思っていたけれど、意外と水分残っていたんだ。
「さて、まだ定時まで時間があることですし、上里さんのこと聴かせてくれますか?」
「よ、喜んでっ!」
私は神様に彼との出会いから話し始めた。
私が彼に興味を持ったのは、彼の膝に手術跡があったからだ。
自分の腕や手首にリストカットの跡があったからか、わからないけれど、私は彼の痛々しい手術跡に惹かれるように見入ってしまった。
そんな私の視線に気づいた彼は、元陸上部で長距離ランナーであったこと、高三の夏前に大怪我で手術をしたこと、手術は成功したがランナーに戻れなくなったことを教えてくれた。
想定外の重たい過去話を話させてしまった私は彼に謝った。
優しい彼は怒ることなく、逆に私のリストカットの跡について訊いてきた。
「やっぱり上里さんって面白いですね」
神様がケラケラ笑っている。
確かに初対面の女の子にリストカットについて訊いてくる男性は珍しい。
実際、たくさんのお客さんが私を指名してくれたけど、痛々しいリストカットの跡について訊いてくる人は誰もいなかった。
そんなの当たり前だ。
お客さんは性欲を満たすために来店している。
メンヘラ女の重たい話なんて聴きたくないに決まっている。
中には傷跡を気味悪がって、二度と指名してこないお客さんもいた。
なのに彼は遠慮なく訊いてきた。
そして、可愛いのに勿体ない、と言ってくれたのだ。
もしかしたらこの時から私は彼のことを好きになっていたのかもしれない。
数分雑談をしてから私は仕事をし始めた。
彼は風俗が初めてだったようで、私が仕事モードになってから、酷く緊張していたのをよく覚えている。
可愛かったなぁ……。
あそこは可愛くなかったけど。
あんな大きいの初めて見た。
あそこが壊れるかと思ったけど、痛みはまったくなかった。
むしろプロの私が、素人の彼に気持ちよくしてもらっているようだった。
「さすが上里さん。現世でも大活躍だったんですね」
もしかして神様は彼のあそこのサイズを知ってるのだろうか。
少し気になったけれど、私はそのまま話を続けた。
彼に褒められた私だけれど、自傷癖が簡単に治るわけがなく、暫くは彼に痛々しい傷跡を晒してしまっていた。
私の自傷癖が治ったのは、彼と出会って三ヶ月が過ぎた頃だった。
克服できた理由は単純。
彼の悲しい顔を見たくなかったから。
そう思うだけで、自然と自分の身体を大事にすることが出来るようになった。
すると彼は、リストカットの跡を治療が出来る病院を紹介してくれた。
嬉しかった。
馬鹿でどうしようもない私のためにここまでしてくれるなんて。
この頃から私は彼の彼女になりたいと思うようになった。
風俗嬢の私と浪人生の彼。
そんな二人がどうすれば一緒になれるのか本気で考えた。
馬鹿な私は妊娠すれば彼と結婚できると思い、コンドームに穴を空けるようになった。
私が妊娠すれば、彼は就職して、私と赤ちゃんと一緒になってくれると思った。
もちろん浪人生の彼がすぐに就職できるとは思わない。
だから私は沢山貯金をするために仕事を頑張ることにした。
目標は500万。
これくらいあれば二人とも仕事をしなくても一年間は暮らしていけるはず。
一年あれば彼も就職が決まり、贅沢をしなければ三人で暮らしていけると思った。
一月の上旬。
私は彼の子供を身籠ることに成功した。
貯金も500万に達した。
本当はすぐにお店をやめたかったけれど、契約が3月まであったので、残り二ヶ月間は仕事を頑張ることにした。
彼には二月に来店した時にすべてを告げようとした。
私が彼を好きなこと、彼の子供を身籠ったこと、同棲する資金が溜まっていること。
4月になれば彼との幸せな生活が始まる。
そう思っていたのに……。
彼は―――――19歳の若さでこの世を旅立ってしまった。
「そ、そんなに上里さんのこと好きだったんですね……」
神様が若干引いてるような気がするけど、気のせいだよね。
「はい、愛してますっ!」
「そ、そうですか……」
早く会いたい。
彼に会って、私がどれだけ彼のことを愛してるのか言いたい。
それと彼の大好きな星間飛行を聴かせてあげたい。
彼が好きだった曲を、私はカラオケで猛練習した。
アニメは興味なかったけれど、彼の為に頑張ったのだ。
「おっと、定時が近くなってきましたので、本題に戻りますね」
「はい」
「あなたには選択肢が与えられます」
「選択肢ですか?」
「はい」
どういうことだろう。
人間って死んだら天国か地獄に行くだけだと思っていた。もちろん決定権は神様が持っている。
死者が天国行きか、地獄行きか、決められるってことかな?
「まず天国行きです」
「はい」
「もう一つは人生をやり直すことです」
「や、やり直す……?」
神様は私が理解できるよう、やり直しについて説明してくれた。
私や彼が死んだ世界線とは違う世界に行き、人生をやり直すようだ。
またやり直しポイントというものがあり、ゲームでいうとセーブポイントと同じとのことだった。
私のやり直しポイントは以下の通りだった。
①高三の夏休み
②風俗嬢になった時
③彼と出会った時
どれも私にとってターニングポイントだ。
「さて、どうしますか?」
「そんなの決まってます。3番の彼と出会った時に戻してください」
一刻も早く彼と会いたい私にとって、迷う余地なし。
「い、いいんですか? 1番に戻れば不幸にならずにすむんですよ……?」
「そうですね、1番に戻れば両親に勘当されることもなく、平和に暮らしていけるかもしれません」
「そうですよ」
「でも私にとって彼がすべてなんです。家族に勘当されてもいい、同級生に後ろ指を指されてもいい、元カレに借金を背負わされてもいい、傷だらけの身体に戻ってもいい……彼と一緒になれるなら問題ないです」
「……彼以外の男に抱かれることになるんですよ?」
「それも我慢します」
本当は嫌だけれど。
もう彼以外の男に抱かれなくなんてない。
でも彼と一緒になるためなら私は頑張れる。
「たとえ不幸でも、悲劇でも構わない……彼と生きていきたいんです」
「……わかりました。これ以上は何も言いません」
「ありがとうございます」
「ただ……彼と一緒になるために子供を利用しちゃ駄目ですよ?」
痛いところつかれちゃった。
「が、頑張ります……!」
「はい、頑張って下さい。それでは新しい世界線にお送りしますね」
「もうですか?」
「もう定時五分前なので」
「そうですか……」
残業嫌いなんだ。
神様も人間と変わらないんだと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「よい人生を送ってください」
「ありがとうございます」
「さよなら、○○さん」
私は光に包まれた。
感覚で、違う世界線に送られているのだとわかった。
そう思った直後に、私はかつての職場にいた。
予想より早くやってこれたようだ。
すぐにスマホで日時を確認した。
8月20日。
彼と出会った日だ。
念のため身体も確認した。
腕と手首には生々しい傷跡が多数あった。
(そういえば前日に切ったばかりだったんだっけ)
もっと綺麗な身体で彼と会いたかったけど仕方ない。
神様に頂いたチャンス。
妊娠に頼らないで彼の彼女になってみせる。
☆☆☆
それから一年が過ぎた。
私は風俗店をやめて、飲食店のウエイトレスとして働いている。
収入は激減したけれど、幸福度は激増した。
「今日はバイト休みなの?」
だって愛しの彼が隣にいるんだもん。
「うん、そうだよ。歩夢も休みでしょ?」
「そりゃ日曜だし」
「あはは、だよね」
私は無事に彼と一緒になることが出来た。
この世界での彼も優しくて、私のことを真剣に思ってくれた。
唯一違うのは、彼が死ななかったことだけ。
私は彼を死なせないために、餅を食べないよう必死に説得した。
そしてお店を辞めてから私は彼に告白をした。
彼は私の愛を受け止めてくれた。
彼は実家を出て、私のアパートに住むようになった。
受験に落ちて二浪確実だった彼は、大学進学を諦めて、就職をした。
各々の収入は低いけれど、二人で暮らしていけるくらいのお金はある。
少額だけれど貯金も出来ている。
「天気もいいし、出掛ける?」
「そうだな……映画でも見に行くか」
「行くっ!」
同棲して五ヶ月。
私たちは幸せに暮らしている。
間違いだらけの道を歩んできた私だけれど、すべてはこの時のためだったと思うと、不思議と自分の人生を誇れるような気持ちになった。
「映画見終わったら、カラオケでも寄るか」
「いいね。またあれ聴かせてあげるね」
「楽しみにしてるよ」
神様ありがとうございました。
私は幸せを掴むことが出来ました。
約束通り子供も利用していません。
利用はしてないけれど……。
「歩夢」
「なに?」
「帰ったら大事な話があるんだ」
「今じゃ駄目なの?」
「駄目」
結ばれてから出来た子供なら問題ないですよね?
次回からは原作5巻分です!